──確かに、あたしはお姉を尊敬している。でも、それと同時にあたしにとってコンプレックスでもあった。
やっぱり姉妹だからか、あたしは良くお姉と比べられていた。
「テンポイントさんはもう少しうまくやれてたんだけど……」
お姉が悪いわけじゃない。ただ、あたしはお姉と比べて劣っていたから、どうしても比べられた。
「キングスちゃんっておねえさんとはぜんぜんちがうね」
先生や、同年代の子からも良く比較されていた。でも、当時はそんなに気にしてなかった。
「あたりまえだし!おねえはすごいんだもん!あたしなんかぜんぜんだし!」
……でも、それがいつの間にかあたしを縛りつける鎖になっていた。
初めてお姉に嫉妬したのはいつだったろうか?確か……小学生ぐらいの頃だった気がする。お姉はいつだって凄くて、誰よりも速くて、誰よりも強くて……同年代どころか年上を相手にしても勝つぐらいだった。でも……あたしはそんなことはなくて。どこにでもいる平凡なウマ娘で。
「テンポイントは強いのに、妹の方は全然だな」
「ま、テンポイントちゃんの才能は凄いからな。あれと比べるのは酷ってもんだよ」
お姉と走る度にそんな声を聞いて、胸がチクチクと痛んだ。それがきっと……あたしがお姉に対してコンプレックスを抱いた始まりだと思う。
母さんに泣きついたこともあった。お姉みたいに速くなりたいのに、お姉みたいになれない。そんなあたしを、母さんは優しく抱きしめてくれた。
「気にすることはないわ。テンはテン、キンはキンだもの。キンはキンらしく、走ればいいのよ」
「せや!周りん声なんか気にする必要はねぇ!キンはキンらしく走りや!」
「あたし……らしく……」
「そう。走るのは自由なんだから。テンのようになれなくたっていいの」
母さんと父さんは優しくあたしをそう諭してくれた。……でも、あたしの心は晴れないままだった。
そんなあたしでも、少しは才能があったのかトレセン学園に入学することができた。入学してから、お姉のことを尊敬している友達にも恵まれて、こんなあたしとも仲良くしてくれた。それが嬉しかった。
……でも、学園に入学してからもあたしはやっぱりテンポイントの妹としか見られなかった。
「ねぇ!キングスポイントさんってあのテンポイントさんの妹なんでしょ!?」
「え?う、うん……」
「いいなぁ。じゃあやっぱり走るのも早かったり!」
「い、いや、別に……そんなことはないけど……」
「またまた謙遜しちゃって~」
そんな風に言った子達は、あたしの走りを見て落胆したような表情を浮かべていた。あの時の表情は……まだ覚えている。
期待外れ、思ったような走りじゃない。本当に、お姉の妹なの?そんな感情の視線が向けられていた。
(……勝手に期待したのはそっちじゃん。なのに勝手に失望しないでほしいし)
でも、別に関わるような子達じゃないからよかった。気にするだけ無駄、そう教えられてきたから。
学園に入学してからもお姉はあたしに良く気にかけてくれた。でも……それが何だか申し訳なかった。別に他の子達の嫉妬があったとか、そういうわけじゃないけど……何となく比べられてるんじゃないかって思って。あたしはそれが嫌だった。
フリー・スタイルレースのことをお姉には言わなかった。なんで言わなかったのかは分からない。でも、何となく言いたくなかった。
あたしにとって、お姉は尊敬の対象でもあって……コンプレックスでもあった。日本にとどまらず、世界でも活躍し続けた〈流星の貴公子〉。世代の代表格で、凄く強いウマ娘。
対して、あたしはどうだ?未勝利戦を勝つのがやっと。条件戦で一度も勝てていない。そんなあたしが、あのテンポイントの妹だなんて……周りからすれば、恥知らずも良いとこだろう。
「キングスちゃんはキングスちゃん!気にすることはないって!」
「そーそー!キングスちゃんにはキングスちゃんの良いとこがあるんだからさ!」
「これからも頑張っていこうよ!キングスちゃん!」
「……うん。ありがとう」
みんなの励ましが、逆に辛かった。お姉みたいになれない自分が、お姉みたいに強くない自分が……腹立たしくて、苛ついて……情けなくて。
そんな時、アイツは障害レースへの転向を勧めてきた。まぁ当然だろう。平地で結果を残せないのに、いる意味なんてない。むしろ三行半を叩きつけられてもおかしくないレベルだ。これが最後の砦……でも、あたしは平地で勝てないなんて言うのが嫌で。まだ、お姉のようになることを諦められなくて……みっともなく縋りついた。アイツが提示した賭けに。
『平地で年内に1勝でもあげること』
でも、あたしはそれすら達成できなかった……。だからもう、大人しく障害レースに転向することにした。けれど……なんだか癪で、あたしはアイツに反抗し続けた。
……本当、情けなさ過ぎて涙が出てくる。ずっとワガママ言って、迷惑を掛けっぱなしで……本当
(良く見放してくれないよね……)
アイツの優しさは、お姉経由で良く知っている。だからあたしも、少し調子に乗っていたんだと思う。
アイツに反抗し続けて迎えた障害レースの転向試験。あたしは……飛ばずに障害を躱した。障害レースに置いてそれはご法度。一発アウトの行為だ。勿論あたしは転向試験に落ちた。でも……アイツは。
『……次、頑張るぞ』
何も言わなかった。いっそ、罵ってくれた方が楽になれたのに。罵倒された方が……実家に帰ることができたのに。
それから次の日。空は、あたしの最近の心と同じ曇り模様。確か雨が降るとか言ってた気がする。傘を持って学園に登校して。お昼頃から予報通りに雨が降って。授業が終わって部室に向かった。部室には……
「待っとったでキングス」
私怒ってます、といった感じのお姉が立っていた。……まぁ、何を言われるかなんて分かってる。
「な、なんだし?お姉」
「分かっとるやろ?こん前の転向試験や」
「うっ」
やっぱりそうだった。あたしはお姉と向かい合う。お姉は、あたしを睨みつけていた。思わずたじろぐ。
「なんで、障害を躱したんや?」
「……」
「誠司からも言われとったやろ?そういうんは障害レースでは一発アウトやって。キングスもそれは分かっとったやろ?」
「……分かってるし」
「じゃあ、なんで障害を躱したんや?」
「……なんか、癪だったから」
なんて言えばいいのか分からない。でも、あたしはそう言うしかなかった。
「癪、か。なぁキングス。あんまワガママ言うて誠司を困らせたらアカンで?」
「……分かってる」
「分かってへんやろ。誠司も、キングスのこと思うてやってくれとるんやから。こんままやと、学園にもおられんくなるで?それはキングスかて嫌やろ?」
「……別に。学園にいられなくなっても、あたしは別にいいし」
思わず。そう声が漏れ出てしまった。お姉は驚いている。そして、すぐさまあたしを睨みつけてきた。
「……なんやと?もっぺん言うてみぃキングス」
「別に、学園にいられなくてもあたしは困らないし。お姉やみんなだって、あたしがいない方が清々するでしょ?」
「……本気で言うとるんか?」
「本気だし。あたしみたいな出来損ないの妹、いない方がお姉のためにも……ッ!?」
次の瞬間、お姉はあたしの胸倉を掴んできた。お姉の方があたしより小さいからお姉はあたしを見上げる形になる。でも……お姉は鬼の形相を浮かべているのが分かった。
「キングスがいない方が清々するやと……!?んな訳ないやろうが!あんまふざけたこと言うてると怒るで!?」
「て、テンポイント先輩!お、落ち着いて!」
「え?え!?な、何の騒ぎですか!?」
「……バチバチにやり合ってるねぇ」
いつの間にか来ていたミラクルがお姉を止めようとする。オフトラとシービーは、今来たんだろう。事態が呑み込めていないようだった。
「キングスはボクにとって大事な妹や!たとえキングスが自分の事出来損ないや思うてても、ボクはそうは思うてへん!諦めるんはまだ早い!キングスだって、きっと輝ける道が……ッ」
「……お姉にあたしの何が分かるし!」
我慢できずに、あたしも大声を出す。ありったけの思いを、お姉にぶつけた。あたしの抱いている……お姉に対する、コンプレックスを。
「お姉は小さい時から強かった!速かった!みんなの憧れだった!あたしはそんなお姉が大好きだったし、誇りに思ってた……でも!同時に疎ましかった!」
「き、キングス……」
「お姉はみんなから賞賛されて……!あたしはそれを遠巻きに見ているだけ!誰もあたしを褒めてなんてくれなかった!結果を残しても、お姉の妹だから当たり前!お姉の妹なんだからもっとできるはずって!勝手にそんなことを言われ続けた!」
「キングス、先輩……」
「あたしにはお姉みたいな才能がない!でも、どこに行ってもあたしはお姉の妹として比べられ続ける……!お姉に、あたしの苦労が分かる!?テンポイントの妹として生まれた、あたしの苦悩が!」
「……」
お姉は、驚いたような表情であたしを見ている。昔からあんまり言い返してこなかったし、これだけ言うのも初めてだから当たり前かもしれない。でも、あたしはもう止まらなかった。
「もう嫌だし……!お姉と比べられ続けて、出来損ないって言われ続けて!そんな気持ちで走るくらいだったら、学園なんて辞めてやるし!」
「キングス!それだけはあかん!」
「じゃあ何!?お姉はこれ以上あたしに苦しめって言うの!?どんなに頑張っても報われない、努力しても褒められないって言うのに……!これ以上何を頑張れって言うの!?」
「そ、それ、は……」
「何も言えないんだ!当たり前だし!お姉にはあたしの苦悩なんて分からない!苦しみなんて一生分かりっこない!お姉なんか……お姉なんか……!」
そしてあたしは……言ってはいけないことを言ってしまう。
「お姉なんか大ッ嫌いッ!!」
言って、しまった。ついに、言ってしまった。感情のままに言ってしまって、あたしは後悔する。
「……ッ」
お姉は、悲しそうな表情を浮かべていた。あたしは、もうこの場にいられなくて……部室から逃げるように去っていった。あたしを追ってくるのは……誰もいなかった。
……ついに、言ってしまった。言っちゃいけないことを、ずっと胸の中にしまい続けてきた、醜い心を。
土砂降りの中、あたしはおぼつかない足取りで歩いている。あてもなく歩き続けて……やがて、練習場について立ち止まる。
(……ハハ。やっちゃったし。もうこれで、お姉にも嫌われちゃったし)
まぁ、しょうがないか。だってあたしは出来損ないで……何もできないんだから。
これからどうしよう?学園を辞めて、母さんの手伝いでもしようか?……うん、それがいいかもしれない。その方が、みんなの迷惑にならないから……。そんなことを考えていると……
「ここにいたか、キングス。探したぞ」
「……お前」
あたしは振り向く。そこには、見知った顔のスーツ姿の男が立っていた。
「とりあえず、傘でも差したらどうだ?風邪ひくぞ」
自分だって傘さしてないくせに。アイツは……神藤誠司はそこに立っていた。
トレーナーはなにを語る?