──時間はキングスポイントと神藤誠司が会う少し前。
外は土砂降り。プロキオンの部室には沈んだ表情をしているシービー、ミラクル、オフトラの3人とソファで絶望したような表情を浮かべているテンポイントだった。
俺はオフトラから何があったのかを聞いた。一部始終を見ていたらしいミラクルから聞いて、テンポイントとキングスが口論したこと、それによってキングスが外に飛び出していったこと。その内容を詳しく聞いていた。
「……そうか」
「ま、キングスの気持ちも分からなくはないよね。テンポイントさんとどうしても比べられちゃうし」
「でも、それをテンポイント先輩にぶつけるぐらい思い詰めてたなんて……」
「どうして、私達に言ってくれなかったんでしょうか……?」
「言えないだろうさ。アイツ自身、テンポイントにコンプレックスを抱いていることは目を逸らしたかったことだ。大好きな姉に対して、酷いことを言いたくない。だから自分の中にため込んでいた……そんなとこだろうよ」
とりあえず、やるべきことは決まった。傘を持って部室を出ていこうとする。
「どこに行くの?ミスター」
「決まってんだろ。キングスを探しに行くんだよ」
「わ、私も探します!キングス先輩心配ですし!」
「お、おれも……!」
「気持ちは嬉しいが、お前らはテンポイントを励ましてやってくれ。多分、滅茶苦茶ダメージ受けてるから」
「「え?」」
2人してテンポイントがいるソファへと目を向ける。
「あー……ボクはダメなお姉や……。キングスの気持ちなんも分かってへんやん。辛すぎ、こんままなめくじになりたい……」
「て、テンポイント先輩!?しっかりしてください!」
「テンポイント先輩がなめくじかぁ。それはそれで面白そうかも」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよシービー先輩!?」
「とりあえずお前らはテンポイントを励ましてやってくれ。頼んだぞ」
俺は部室を飛び出す。傘はささない。たまには雨にうたれるのもいいだろう。
ひとまずアイツが行きそうな場所を探す。室内から屋外まで、いろんなとこを探した。学生の子からキングスの目撃証言なんかも聞いて、アイツのことを必死に探す。そして……アイツを、キングスをついに見つけた。
「ここにいたか、キングス。探したぞ」
「……お前」
「とりあえず、傘でも差したらどうだ?風邪引くぞ」
俺はキングスに傘を投げて渡す。キングスは傘を受け取って……そのまま雨に打たれ続けた。傘を差す気力もないか、それとも。
「丁度良かったし。アンタに言いたいことがあるし」
「俺にか?聞くだけ聞いてやるよ」
とはいえ、大体察しはついている。
「あたしをチームから抜けさせろし」
「お断りだ。お前にはまだまだ頑張ってもらう」
やはり。自分をチームから抜けさせろというと思っていた。だからこそ、俺はキングスの言葉にノータイムで答える。そして、これも予想通り。キングスは……怒りの表情を滲ませていた。
「……なんでだし?」
「決まってるだろ。俺もお前も納得しないからだ」
「あんたもあたしがいない方が清々するでしょ?あたしみたいなお荷物」
「俺はお前をお荷物だと思ったことはない。だからお前がいなくて悲しくなることはあっても清々することはない」
「……あたしに、これ以上苦しめって言うの?勝てないのに?」
「まだ勝てないと決まったわけじゃない。これから勝てるかもしれない……いや、勝たせてみせる」
「今まで勝てなかったのに?よくそんなことが言えるし」
「それに関しちゃ耳が痛いな。俺の指導不足のせいだ。すまない」
雨に打たれながら、俺とキングスは問答を続ける。
「……あんたのせいじゃないし。あたしに才能がないから、あたしが弱いからだし」
「……」
「これから頑張ったって、あたしはもう勝てない。元から中央で勝てるようなウマ娘じゃなかったし。だから、諦めさせてほしいし……」
「無理だな。それに、平地で勝てなくてもまだ障害レースがある。障害レースならきっとお前も……」
「どこに行ったって同じだよ!どこに行ったって……あたしは勝てない!中央で勝てるようなウマ娘じゃない!」
「なんでそんなことが分かる?まだやってもいないのに」
キングスは辛そうな表情をしている。悲しくて、辛くて。諦めたくないのに、それでも諦めざるを得ない。そんな表情をしていた。
「障害レースに転向したところで!あたしはきっと負け続ける!負け続けて……!お姉の顔に泥を塗るだけ!良い笑いものになるだけだよ!」
「そんなことはない。障害レースならば、お前はきっと輝ける」
「なんでそんなことが言えるの!?」
「……フリー・スタイルレース」
キングスは驚いたような表情を浮かべる。あんまり言いたくなかったが……背に腹は代えられない。
「お前……見てたの!?」
「たまたま、な。そこで走る姿を見て、お前には障害レースの才能があるんじゃないかって思った。だからこそ、お前に障害レースの転向を勧めたわけだ」
「……!だとしても!フリー・スタイルレースはお遊びのレース!本物とは違うし!だからきっと、障害レースに転向したところであたしは勝てないし!」
「何がそんなに怖い?やってもいないことに、何をそんなに恐れている?障害でも怖いのか?」
「……ッ!」
キングスは別に障害が怖いわけじゃないだろう。だからこそ、別の理由があるはずだ。キングスが走ることを恐れる……本当の理由が。
「……もう、うんざりなんだし」
「……何がだ?」
「あたしはなにをやってもお姉と比べられる。どんなに頑張ってもお姉を越えられない。最初はそれでも良かった……だって、あたしはお姉が大好きだから」
キングスは吐露する。己の心情を。自分の心に秘めていたであろう……本当の気持ちを。
あたしは、目の前にいるトレーナーに自分の気持ちをぶつける。そうすれば、アイツはきっと諦めてくれる。優しいアイツなら、あたしの気持ちを汲んでくれる。そう、思ったから。
「お姉はいつだって凄かった。そんな凄いお姉の妹であることが、あたしは誇らしかった……でも、どこに行ってもお姉と比べられるようになってから、どんどん嫌な気持ちが湧いてきた」
「……」
「お姉さえいなければ、そうすればあたしはもっと評価されたんじゃないか?テンポイントの妹としてじゃない、キングスポイントで評価されたんじゃないかって……そう思うようになった。そんな自分が……たまらなく嫌だった」
アイツは黙って話を聞いている。お互い傘もささずに、話を続けていた。
「あたしには才能がない。そんなこと……小さい時からお姉をずっと見続けてきたから分かってた。平地で負け続けて、それは確信に変わったし」
「……」
「きっと、障害レースに転向したところで同じ結果になるし。負けて、恥を晒して……良い笑いものになる。だからそうなる前に、もう実家に帰るし。中央は……あたしには分不相応な場所だったんだし」
「そうか」
アイツは、納得してくれたかな?あたしはもう恥を晒したくない。だからこそ、もう走るのは……。
「そうやって、お前は逃げるのか?打てるべき手があるかもしれないのに、それすらもせずに逃げるのか?」
「……はぁ?」
「ハッキリ言ってやる。お前がやろうとしているのは……ただの逃げだ。何も変わりはしねぇ、ただの現実からの逃避だ。そんなことしたって、後悔するだけだぞ」
落ち着いていた気持ちが、また火が点く。目の前のアイツに対する苛立ちが、募っていく。
「お前にあたしの気持ちが分かるわけないし!あたしがどれだけ辛いか……どれだけ苦しい思いをしてきたか!アンタには分かるのか!?」
「……分からないな。俺はどちらかといえばテンポイント側の人間だ。才能に恵まれた、な。だから、お前の気持ちは分からない」
「じゃあ!勝手なことばかり言うなし!」
「だが!ここで逃げたらお前がさらに苦しむことになるのは目に見えてる!苦しむのが目に見えてんのに……その道を進ませるバカがいるわけねぇだろ!」
「~~ッ!じゃあ、どうしろって言うの!?」
感情がぐちゃぐちゃになって、言いたいことが纏まらない。でも、あたしはアイツに自分の気持ちをぶつける。
「どんなに頑張っても報われない!結果を出しても、誰もあたしを褒めてくれない!お姉に迷惑が掛かっちゃう!お姉の顔に、泥を塗っちゃう!それに……それに……!」
あたしが、本当に嫌だったこと。それは……。
「もうこれ以上、あたしをテンポイントの妹として見ないでよ……!あたしは、あたしはキングスポイントなんだよ?でも、これ以上中央で走ったらお姉の顔に泥を塗るだけじゃなくて、余計にテンポイントの妹として見られちゃう……!だから、もうあたしをひっそりときえさせてよぉ……!」
涙が止まらない。アイツの顔を見ることができない。アイツが……どんな表情をしているのか分からない。
「……それが、お前の本心か」
「……」
あたしは黙って頷く。もう、あたしは走りたくない……。
「ここで逃げたら、同じことを言われるだけだぞ!」
「……え?」
「中央から逃げ出した妹!そんな出来損ないの妹を持った姉はさぞ悲運だなと!所詮賢姉愚妹だったなと!そんな記事を書かれるだけだ!お前が逃げたところで!何も変わりゃしねぇ!」
「でも……でもぉ!だったらどうすればいいの!?」
「決まってる!落ちた評判は、勝って取り戻すしかねぇんだ!お前が勝てば!世間の声を黙らせることができる!テンポイントの妹としてじゃねぇ!キングスポイントとしてのお前を見てくれるファンがきっと現れる!」
「あたしにはっ、さいのうがない!どうせ、しょうがいにいってもかてないし!」
「さっきから言ってるだろ!やる前から諦めてんじゃねぇ!それにお前、悔しくねぇのか!?」
「ぐやしいにきまっでるじゃん!でも、じじつだもん!」
「だろうな!俺だって悔しいよ!お前を勝たせてやれねぇ自分自身に苛々する!だからこそ……見返してやりてぇだろうが!」
あたしは顔を上げる。アイツは……怒ったような表情を浮かべていた。それは、誰に対する怒りなのかは分からない。でも、あたしに対してということではないのは、不思議と分かった。
「俺の担当ウマ娘をバカにしたアイツらを!お前をテンポイントの妹としてしか見ないアイツらを!見返してやりてぇだろうが!」
「でも……どこにいってもあたしはお姉の妹で……」
「違うだろ!お前は、キングスポイントだ!テンポイントの妹なんて名前じゃねぇ!お前はキングスポイントって名前があるだろ!それを証明するために……アイツらに刻みつけるために!障害レースを走れ!キングスポイント!テンポイントとは違うってことを、世間のヤツらに教えてやれ!」
何言ってるのか分からない。でも、アイツは……不思議と、あたし自身が安心できるような表情を浮かべていた。
「……どうせ、障害レースに転向しても負けるかもしれない。恥を晒すだけかもしれないし」
「お前の評価はどん底だ。今更恥を上塗りしたところで何も変わらねぇだろ」
「酷くない?」
「生憎だが事実だ。それを受け入れろキングス」
……まぁ事実だけど。なんか癪に障る。
「障害レースを勝っても、あたしはお姉の妹としてしか見られないかもしれないよ?」
「だったら、お前の走りで証明してやればいい。テンポイントの妹としてじゃない、キングスポイントここにありってことをな」
「……障害レースなら、あたしは勝てるの?」
「それはまだ分からねぇ。だが、きっと勝たせてみせる。もし勝てなかったら俺を好きなだけ罵れ。蹴とばしてもいい。お前んちの畑の肥料にしても構わん。だから最後に……もう1回だけ足掻いてみないか?キングス」
アイツは、あたしに手を差し出した。あたしはその手を……取らずにアイツに蹴りを入れる。まぁ、ソフトタッチ程度のものだけど。アイツは苦笑いを浮かべていた。
「……フン。どうせ、逃げ出したところで変わらないんだったら……最後にもう一回だけ足掻いてやるし」
「そいつは良かった。じゃあ、今後はちゃんと障害レースの練習しろよ」
「考えといてやるし」
「確約してくれませんかね?」
そんなの知らない。ただまぁ、ちょっとは真面目にやる。こんなあたしを信じてくれてるわけだし。
天気は変わらず土砂降り。でも、あたしの心は……ちょっとだけ晴れたような気がした。
「て、テンポイントせんぱ~い!?しっかりしてくださ~い!」
「……ボクはなめくじや。なめくじやからこうやってジメジメしとるのが似合っとるねん」
「そ、そんなことないです!ほら、キングス先輩もきっとすぐ帰ってきます!」
「ミラクル、それ逆効果じゃない?」
「……一生牛乳だけ飲んで生きていたい」
「あぁ!?テンポイント先輩がついに地面に!?」
「好物要求してるあたり結構図太いねテンポイントさん」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよシービー先輩!というか、先輩も手伝ってください!?」
「めんどくさ~い。それにミスターならキングスを連れ帰ってきてくれるよ。そしたらテンポイントさんも復活するでしょ。あ、アタシ散歩行ってくるね」
「シービーせんぱーい!?」
「諦めましょうミラクルさん!私達だけで対処するんです!」
「う、うん!分かったよオフサイド!」
部室では、いまだに落ち込んでいるテンポイントを必死に励ましているオフサイドトラップとケイエスミラクルがいた。
最後にもう一度だけ足掻くことを決めたキングス。これがどう傾くか。