あの雨の中の説得から数日が経った日。今日もキングスは障害レースの練習を積んでいる。前と違う点といえば……。
「……うっ、くっ……やっぱ苦手だし……ッ!」
「気合入れろーキングスー!障害の飛び越えは慣れだ!数重ねて慣れるしかねぇ!」
「分かってるしー!」
キングスが練習に前向きになってくれたことだろう。以前はすぐに癇癪を起こしていたものの、今では癇癪を起こすことは少なくなった。……完全にはなくなっていないが、まぁ気持ちが前を向いてくれただけでも上々だろう。
「次の転向試験はもうすぐだー!気合入れていけー!」
「はいはい!分かってるし!ごちゃごちゃうるさいし!」
キングスは今日も地道な努力を重ねる。
……まぁ、後もう一つ変わった点といえば。
「あ……」
「き、キングスっ!」
キングスとテンポイントの目が合う。テンポイントはなんとか笑みを浮かべながら、キングスは気まずそうにしながらお互いを見ていた。
「キングス!次の転向試験頑張ってな!お姉応援しとるで!」
「……あたしは練習あるし。お姉も自分の練習したら?」
「あ!?ちょ、ちょい待ちキングス!……いってもうた」
あの日喧嘩別れした2人だ。キングスも顔を合わせづらいのだろう。後は……練習に集中したいというのも本音かもしれない。もうこれ以上、負けるわけにはいかない。自分という存在を証明するためにも、勝たなければならないのだから。
「……うわーん!誠司ー!キングスが冷たいんやー!」
「泣くなテンポイント。実際キングスもトレーニングが忙しいんだ。仕方ねぇだろ」
「うぅ……謝りたいのに……謝れへんやん……」
「転向試験が落ち着いて、障害レースのメイクデビューを勝てばまた元のように話せるだろうさ」
「……根拠は?」
「……」
俺はテンポイントから目を逸らす。テンポイントは深い溜息を吐いた。
「今はとにかく集中させてやれ。キングスもお前と仲直りしたいと思ってるさ」
「……根拠」
「お前らずっと仲良かっただろ?だからキングスだって、きっとお前と仲直りしたいって考えてるさ。アイツは……お前のことが大好きなんだからな。妹のこと、信じてやれ。お姉ちゃん」
「……分かった」
「分かったなら、お前も練習してこい」
不承不承ながらテンポイントはトレーニングへと向かう。仲直りには……まだ時間がかかるだろう。だが、きっと仲直りはできるはずだ。
「キングスー!頑張れよー!」
「分かってるー!」
キングスの転向試験はもうすぐである。
それからトレーニングを重ねてキングスの2回目の転向試験を迎えた。
「……それでは。始め」
「ッ!」
試験官の合図とともに、キングスは走り出す。キングスは第1障害を……飛んだ。
(ひとまずは前回みたいなことにはならなかった……が)
障害を飛び越えるというのは大前提だ。これぐらいで一喜一憂はしていられない。まだ試験は続いているのだから。
「わっわわっ!?っと!」
「う~ん……」
思わず唸ってしまう。なんというか……危なっかしいな本当。障害を前に極端な減速はしない、飛び越えもまぁ着地は手間取っているものの及第点だ。
(飛び越えはできるけど……まぁ下手だなアイツ。不器用というかなんというか)
トレーニングで多少マシになったとはいえ、それでもキングスの飛び越えは危なっかしいことこの上ない。ハラハラドキドキしぱなっしだ。
だが、転向試験自体はそう難しいものではない。よっぽど変なことをやらかさない限りは合格できる。そしてキングスは6つ目の障害を飛び越えて……ゴール板を通過した。後はタイムなのだが……試験官が今確認している。
「……うん!これなら大丈夫ですね。キングスポイント、障害レースの転向試験クリアです!」
「よっ、……し!」
胸をなでおろす。これでキングスは障害レースへの出走が可能となった。なんとか年内に障害レースに出れる。
「お疲れさんキングス。これでまずは一安心だな」
「ありがと。……でも、ここから勝てなきゃ意味ないし。まだ転向試験に合格しただけ。ようやくスタートラインだし」
「気持ちも切れてねぇみたいで良かったよ。んじゃ、帰ったらさっそくお前の出走するレースについて決めていくか」
「ん、分かった。まぁその辺はお前に任せるし」
キングスも随分棘が少なくなってきた気がする。あの説得を経て、少しは信頼されたのだろうか?だとしたら嬉しいもんだが。
転向試験を終えてトレーナー室へと戻ってくる。早速、キングスの出走するレースについて相談していくことにした。
「さて、前々から言っていたと思うが……お前には年内に障害レースの未勝利戦に出走してもらう」
「まぁそれは前から聞いてたし。問題ないし」
「覚えてくれていたようで何よりだ。それで肝心のレースだが……12月14日の未勝利戦を予定している」
「……あんまり期間なくない?」
「そうだな。だが、少しでも多くの経験を積ませておきたいんだ。だから、できるだけ早くに障害レースのデビュー戦を済ませておくってのが狙いだな」
「……まぁ分かったし。それじゃ、それまでのトレーニング、よろしく頼むし」
「あぁ!任せておけ!」
これでようやくスタートライン。気合を入れてキングスのトレーニングメニューを考えるか!
……とまぁ。気合を入れたは良いものの、生憎と俺に障害レースのトレーニングをするノウハウはない。なんせ初めてのことなのだから。
なので知り合いの伝手を使って色々と聞いてみることにした。
「……というわけだが、参考になったかのう?神藤さんや」
「はい。とても参考になりました。ありがとうございます三國トレーナー」
「ほっほっほ、構わんよ。ワシとしても、障害レースのウマ娘を育て上げようとしているトレーナーがいてくれて嬉しいからのう」
そんな三國トレーナーだが……この人はある障害レースのウマ娘を育て上げている。知らない人はいないであろう、そのウマ娘を。
「グランドマーチスを育て上げたあなたからトレーニングの内容を教えていただけるなんて……嬉しい限りですよ」
「グランドマーチスか。アイツも結構なじゃじゃウマ娘じゃのう。今は芳しくないが……うむ、これは言わないでおこうか」
何を隠そう、この人はグランドマーチスを育て上げた人物でもある。だからこそ、こうして時間を割いてトレーニング内容を教えてもらえるのは本当に嬉しい。
「では、これでワシは失礼させてもらおうか。チームメンバーのメニューを考えんといかんしな」
「はい。お忙しいところをありがとうございました」
「さっきも言ったが、構わんよ。障害レースのトレーナーが増えてくれるのは嬉しいからのう。それと、君が障害レースに転向させようとしているウマ娘……キングスポイント、じゃったか?」
「そうですね。キングスがどうかしましたか?」
俺が尋ねると、三國トレーナーはフッと笑った。
「待っておるぞ。君達が……高みへと至るその時を」
それだけ言って、三國トレーナーは立ち去った。
「……期待、してくれてんのか?」
だとしたら、かなり嬉しい。
そうして迎えたトレーニングの時間。早速教えてもらったトレーニング方法を踏まえた上で色々な練習を考えてみた。後は試行錯誤を繰り返してキングスに合う形にしていくだけだろう。
「というわけで、これを未勝利戦までの間こなしていくぞ」
「……うげ。結構ギッシリだし」
「そこは我慢してくれ。これも勝つためだ」
「……分かってるし。勝つためには頑張るし」
「それにしても、素直に聞いてくれるようになったな。やっと信頼してくれて……」
「ふんっ!」
「イッテェ!?」
こ、コイツ!蹴り入れやがった!?手加減はしてるだろうけど滅茶苦茶イテェ!
「調子乗んなし!」
「わ、分かったよ。俺が悪かった。だから頑張るぞ……」
「分かればいいし」
「だ、大丈夫?トレーナー」
「問題ねぇミラクル。いつものことだ」
「それ、大丈夫じゃないんじゃないかな……」
ミラクルは心配した表情をしているが本当に問題はない。なんせ初対面で脛を蹴ってくるようなヤツだ。慣れている。
「あ、キングスさん障害レースの練習してる~」
「ホントだ。頑張れ~!キングスさ~ん!」
「ッ!」
あ、キングスが応援してくれてる子達から視線を逸らした。応援している子達もキングスの性格を知ってか、それ以上何か言うこともなく応援の言葉だけを送って去っていった。
「キングス先輩、勝てると良いですね。トレーナーさん」
「そうだなオフトラ。……なんにせよ、最善は尽くすさ。お前も、トレーニング頑張ってこい」
「はい!私も早くデビューできるように頑張るぞー!」
オフトラは気合を入れながらトレーニングに戻る。他のメンバーも、シービー以外は頑張っていた。というか……。
「シービーはどこ行ったんだよおい!」
「シービー先輩なら外走ってくるって言ってそれっきりです……」
オフトラが申し訳なさそうにそう答えた。アイツめ……!
「自由にもほどがあるだろ!トレーニングしてるなら文句はねぇけどよ!」
「いや、文句言うてもええと思うでボクは」
「あはは……。あ、テンポイント先輩。おれの走り、見てもらえませんか?」
「あ!わ、私も!私もお願いしますテンポイント先輩!」
「おーええでええで。ボクに任せとき!」
あっちはテンポイントが対応するので俺はキングスの方を見る。キングスは……苦戦しながらも飛び越えの練習をしていた。
「おーしその調子だ!後は斜めには飛ぶなよー!」
「分か、ってる、し!」
そうして毎日トレーニングを積んでいった。
そして……キングスの障害レース未勝利戦の日を迎える。
ついに迎えた障害レース未勝利戦。