……ついに、この日がやってきた。
「さて、キングス。ついにこの日がやってきたな」
「……なんか、忙しすぎてあっという間だったし」
「実際かなり日程を詰めたからな。そこに関しては申し訳ない」
別に文句を言う気はない。コイツはいつもあたしのために一生懸命にやってくれた。……口には出さないけど。癪だし。
「現状のおさらいといくかキングス。まずお前の評価だが……まぁ最悪だな」
「うっ」
「このレースは3番人気だが……まぁテンポイントの妹が鳴り物入りで障害レースに参戦するんだ。大抵は同情票とか、何となくで応援しているファンだろうな。取り繕わずに言えば、お前の勝利を期待しているヤツらはほぼいない」
「喧嘩売ってるしテメェ!」
やっぱムカつくコイツ!でも、トレーナーは大真面目な表情で続けた。
「言っただろ。現状の確認だって。つまるところ、これが現時点でのお前の評価なんだ。それを受け入れろキングス」
「分かってるけど……分かってるけど!」
いざ言葉にされるとすっげぇムカつくし!
「だからこそ……そんなヤツらの鼻を明かしてやろうぜ?お前が勝って、勝利を期待してなかったヤツらを魅了するんだ。テンポイントの妹としてじゃない。お前の……キングスポイントの走りで」
「……実際、できるし?」
トレーナーは、あたしの目を真っ直ぐに見て答えた。その目は……あたしの勝利を微塵も疑ってない、子供のような……純粋な目だった。
「できるさ。そのために今まで頑張ってきたんだろ?自分の走りを見つけるために必死こいて努力してきた。後は……それをこのレースで発揮するだけだ」
「……まぁ、頑張ってくるし」
「おう。頑張ってこい」
最後にトレーナーは笑って退出した。あたし一人になる。
「……もう、負けるわけにはいかない。あたしは……あたしなんだッ!」
気合を入れる。しばらくしてあたしは控室を出た。あたしの……最後の足搔きが始まる。
キングスとの会話を終えて俺は京都レース場の観客席へと戻った。先に来ていたテンポイント達と合流する。
「せ、誠司。キングスはどうやった?」
「ま、気合は入ってたよ」
「キングス先輩、大丈夫でしょうか……?」
オフトラが心配そうに呟く。その声に真っ先に反応したのはシービーだった。
「ま、やれることはやったんだからさ。後はなるようになれ……じゃない?」
「シービー先輩……そんな楽観的な」
ミラクルは飄々とした態度を崩さないシービーを咎める。だが、それを受けてもシービーは余裕そうな態度を崩さなかった。
「そうは言うけどさミラクル。アタシ達が緊張したってどうしようもないでしょ?だから、アタシ達にできることはキングスの勝利を信じてどっしりと構えるだけ。そうでしょ?ミスター」
「ま、そういうことだ。あんまり身構えると、キングスも委縮しちまうぞ?だからといって、シービー程楽観視しろとは言わないが」
「ありゃ。怒られちゃった」
「何事も程々にってことだ……それよか、そろそろ入場してくるぞ」
俺がそういうのと同時、出走するメンバーが続々と入場してきた。
《京都レース場大5R障害レース未勝利戦に出走するウマ娘達が続々と入場してきました。距離は2910m、天候は晴れ、バ場の状態は稍重と発表されています。まず入場してきたのは1枠1番……》
「ひゃ~、未勝利戦でも2910mあるんですね」
オフトラは驚いたような表情をしている。まぁ未勝利戦で3000m近い距離も走るのは障害レースぐらいだろう。
「障害レースは基本的に長丁場だからな。一番有名な中山大障害なんかは4100mもあるぞ」
「よ、よんせんひゃく!?ひゃ~……キングス先輩大丈夫でしょうか?」
「キングスはスタミナはつけてるからな。その辺は問題ないさ」
そんな時、観客席がざわつく。ターフに目を向けると……キングスが入場してきたところだった。
《続いて入場してきたのは3枠3番、本レースの3番人気キングスポイント!障害レースには初挑戦です。果たしてどのようなレースを見せてくれるのか?》
《平地では14戦1勝。思うような結果を出せずに障害レースの世界に飛び込んできました。頑張ってほしいですね》
観客の声が聞こえてくる。
「確かテンポイントの妹だろ?キングスポイントって」
「平地で勝てないから障害って……」
「ここでも勝てなかったら地方行きもあるんじゃない?」
「なんにせよ、あんま期待はできないよなぁ。平地は散々だったし」
隣にいるテンポイントの圧が増しているがここで暴れても何にもならないことは分かっているのだろう。大人しくしていた。
「散々な言われようだねぇキングス」
「……ま、平地で勝ててねぇのは事実だ。それは認めなきゃならねぇ。だが」
「だが?」
「こいつら全員、終わった頃にはキングスのファンになってるだろうよ。それぐらいの自信はある」
「わーお。それは楽しみだね」
シービーは楽しそうな表情を見せる。その間にも続々とウマ娘が入場し……着々とゲートインを済ませていった。
《最後のウマ娘がゲートに入りました。京都レース場大5R、障害レース未勝利戦が今……スタートしました!各ウマ娘好調なスタートを切ります!》
ゲートインを済ませて、スタートが切られる。キングスは……中団の位置にいた。
「……スタートはまずまず、やな」
「ま、今までの練習の賜物だな」
そしてキングスは第3号障害……生垣障害を飛び越える、のだが……。
「ヒッ!?」
「わぁっ!?」
オフトラとミラクルが驚いたような悲鳴を上げる。テンポイントもハラハラとした表情をしていた。シービーは口にこそ出さないが苦笑いを浮かべている。……まぁ、気持ちは分かる。
《さぁ各ウマ娘が最初の障害、第3号障害生垣障害を、ジャンプしました!先頭で飛越したのは2番のホワイトアロー。ホワイトアローが抜け出したか。危なげなくジャンプして……いえ、キングスポイントがちょっと着地でもたついたか?キングスポイントが着地でもたついたぞ》
相変わらずというかなんというか。
「ホント危なっかしいなアイツ……見てるこっちがハラハラするわ」
「ほ、ホンマに大丈夫なんよな?キングス怪我したりせぇへんよな!?」
「確約はできん。それが障害レースだからな」
「えぇ!?じ、じゃあ……」
「だから信じろ。キングスの力を」
俺達にできることはそれしかない。キングスは現在中団の位置にいる。好位置とも悪い位置ともいえない微妙な位置。
レースは進んでいく。キングスは……相変わらず危なっかしい飛越を披露していた。アイツが障害を飛越するたびに観客席から心配そうな声が上がる。
「おいおい?大丈夫かよ?よくあんなんで障害レースに転向しようって思ったな」
「なんか、飛越失敗しそうで怖いんだけど……」
「そ、それだけは勘弁してくれよ……!個人的に応援してるんだからさ~。頑張れーキングスポイント~!」
すでにレースは半分。アイツは先頭集団に追いつこうとしていた。
……あぁ!マジで面倒だし!こうなりゃさっさと突っ走って……ッ!?ゲッ!障害!?
「うわっと!?」
あたしは慌てて飛ぶ。そして……最早お家芸とばかりに着地にもたつく。その度に他の子との差が開いていく。
《さぁ第4号障害生垣障害を、飛越します!キングスポイントがまた着地にもたついたか?先頭集団から少し離される。先頭を走るのは2番ホワイトアロー。そこから差がなく2番手追走するのは8番シンカズバール。さらに1バ身離れてブイエイトとマサリンドウがおります》
《しかしまぁキングスポイントの飛越は見ていてハラハラしますね。まだ経験が浅いのが分かります》
当たり前だし!こちとら初の障害レースだし!本番未経験だし!……まぁ、そんなのなんのいいわけにもならないけど。
トレーナーは言ってた。障害の飛越は慣れだって。練習はしたけど……それは全員がやって当たり前の量だ。なにも、あたしだけがやってることじゃない。だから……これだけ飛越に手間取っているのは、あたしがサボってきた、手を抜いてきたツケが回って来ただけの話。
また自己嫌悪に浸りそうになると、今度は竹柵障害がやってきた。これはさっきの生垣障害とは違う。思い切って飛越しないと、飛び越えることはできない。あたしは力を込めてジャンプする!
「っわわ!?っとと」
何とか着地してまた走り出す。その度にフラストレーションが溜まっていった。
(自業自得なのは分かってるけど……!イライラするし!)
この障害のこととか、後は……自分の不甲斐なさに。
思えば、小さい時から比較され続けてきた。お姉の方が凄いとか、お姉ならもっとできるとか。周りからお姉と比較され続けてきた。その度にあたしはお姉に対する誇らしさと自分の惨めさを比較して……落ち込んでいた。
母さんや父さんは落ち込んでるあたしを見て励ましてくれた。あたしはあたし、お姉はお姉だと。でも、周りの声はどうしても気になってしまう。
6号障害を飛越する。今度は着地にもたつかなかった。前との差を詰めていく。先頭との差は……5バ身ぐらい?よく分からないけどそれぐらい。
後1つ……後1つ障害を越えたら終わる。あたしは5番手ぐらいの位置。追いつけないこともない。けれど……どうしても悪いイメージが湧いてしまう。
勝ってもどうせテンポイントの妹としてしか見られないんじゃないか?そもそも勝ったところで賞賛はされないんじゃないか?あたしが障害レースに転向したことは……全部、無駄なんじゃないだろうか?そんな風に考えてしまう。
(……いや、そうじゃない。そうじゃないだろ、あたし!)
そこまで考えたところで、アイツから……トレーナーから言われたことを思い出す。
『落ちた評判は、勝って取り戻すしかねぇんだ!お前が勝てば!世間の声を黙らせることができる!テンポイントの妹としてじゃねぇ!キングスポイントとしてのお前を見てくれるファンがきっと現れる!』
『お前は、キングスポイントだ!テンポイントの妹なんて名前じゃねぇ!お前はキングスポイントって名前があるだろ!それを証明するために……アイツらに刻みつけるために!障害レースを走れ!キングスポイント!テンポイントとは違うってことを、世間のヤツらに教えてやれ!』
……そうだった。また、逃げそうになるところだった。癪だけど、アイツに感謝しないといけない。
(確かに勝ったところで何も変わらないかもしれない……けど!変わることだってあるかもしれない!)
あたしをあたしとして……テンポイントの妹としてじゃない、キングスポイントとして見てくれるファンがきっと現れる!それに何よりも……もう負けるのは嫌だ!
勝つんだ、どんな場所でも関係ない。あたしがあたしだと証明するために……ッ!
「あたしは!勝つんだぁぁぁぁぁぁぁ!」
最後の第7号障害を飛び越える!今度ももたつかなかった!前との差を詰めていく。後はもう障害はない……全力で、駆け抜けるだけ!
(もう負けたくない!あたしがあたしでいるためにも……あたしはこのレースを勝つ!)
あたしは全力で駆け抜ける!
《さぁ最後の第7号障害を飛越しました!ホワイトアローが少し着地にもたついたか?それ以外は綺麗に飛越しました!そして少し遅れてキングスポイントも……飛越しました!綺麗な飛越です!》
前との差はどんどん詰まっていく。あたしだって疲れてるけど……疲れてるのはみんな同じ!
「ぜってー負けないし!どけぇ!」
外から追い抜く。あたしが追い抜いたのを見て驚いたような表情を浮かべてたけど……関係ないし!前との差は3バ身に縮まった!これなら……いける!
《勝負は最後の直線に入りました!先頭を走るのはシンカズバール!シンカズバール先頭!そこから差はなくブイエイトが上がってきています!そして……後方からキングスポイントとハイストロードが上がってきた!キングスポイントもの凄い脚!前との差をグングン詰めていく!これは届くか!?残り200を切ったぞ!》
あたしはがむしゃらに駆け抜ける。しっかり見てろし観客共!あたしは……テンポイントの妹なんかじゃない!あたしは、キングスポイントだ!これが……
「あたしの!キングスポイントの走りだぁぁぁぁぁぁぁ!」
全身全霊で駆け抜ける。気づけば……先頭を走っているやつを追い抜いて、1着でゴールしていた。
《キングスポイントが鋭い末脚を発揮して最後はシンカズバールを躱しましたゴールイン!障害レース未勝利戦を勝利したのはキングスポイント!キングスポイントが見事に障害レースのデビュー戦を勝利で飾りました!これは見事な勝利!まさに驚異的な伸び脚でした!》
《いやぁ凄い脚でしたね。彼女の今後のレースが楽しみです!》
《2着は半バ身差でシンカズバール。3着はアタマ差でハイストロードでした》
息を整えながら、あたしは観客席を見る。
「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」
小規模だけど、歓声が上がっていた。それが自分に向けられてると思うと……少し嬉しかったり。
アイツがいるところ……お姉がいるところへと視線を向ける。お姉は変装してるから分かりやすい。アイツは……トレーナーは笑顔を浮かべていた。プロキオンのみんなも、あたしを祝福するように笑顔だった。
「……へへっ」
あたしは何となく嬉しくなって。適当にサムズアップしといた。
まだデビュー戦を勝っただけ。でも……あたしの道はここから始まる。ここから……テンポイントの妹じゃない。キングスポイントとしてのレースが……本当に始まるんだ。そんな気がした。
障害レース初勝利。ここからキングスポイントの本当の物語が始まる。