迎えた選抜レース当日。俺は学園の練習場へと足を運んでいる。しかし、随分久しぶりだ。
「思えば、テンポイントをスカウトした時以降選抜レースは見てこなかったからな。久しぶりなのも当たり前か」
少し興奮を覚えながら俺は席を確保するために移動する。……だが、思ったよりも人が多くて苦労した。いくら有望株がいるかもしれないからといって、こんなに多いものだろうか?
そんなことを考えていた時、後ろから声をかけられる。
「おっ、神藤じゃねぇか」
仲の良いトレーナーだ。丁度いい。何か知ってるかもしれないから聞いてみよう。
「よう。選抜レースにきたはいいが……なんか多くねぇか?人」
「あ?お前知らねぇのか?」
「知らねぇって……何がだ?」
「その様子だと、本当に知らねぇみたいだな」
彼はそのまま続ける。
「見て分かったと思うが、今日の選抜レースを見に来ているトレーナーは多い。その理由は、あるウマ娘が出走するからだ」
「あるウマ娘?そんなに有望なやつが出走するのか?」
「有望なんてもんじゃねーよ!あのミスターシービーが出走するんだぜ!?そりゃこれだけの人数が集まるってもんだよ!」
彼の言葉に、俺は思わず吹き出しそうになった。が、すんでのところで踏みとどまった。次に襲ってきたのは、疑問である。
(アイツ、沖野さんのスピカとか別のチームに入ったんじゃなかったのか!?)
そう考えていると、彼はそのまま興奮気味に話を続けた。
「リギルやハダルだけじゃなく、スピカや他のチームの勧誘を蹴った自由人が、このレースに出走するんだ!みんな是が非でも欲しいんだろうさ。ミスターシービーって逸材がな」
「……まぁ、リギルみてぇなトップチームが勧誘するぐらいの逸材だからな。そりゃのどから手が出るほど欲しいだろうよ」
「だろ?だから、こんだけ人が集まってるってわけさ」
「なるほどな……」
とりあえず、これだけの人数が集まっているのには納得した。というか、よく見たらおハナさんとか沖野さんがいた。2人もシービーを見に来たのだろうか?とりあえず後で挨拶しに行こう。
俺はひとまず彼にお礼を言う。
「理由を教えてくれてありがとな」
「いいってことよこのぐらい。……で、お前もやっぱミスターシービー狙いか?」
「ついさっきまで出走することを知らなかった時点で察してくれ」
「ま、そうだよな」
そんなことを話しながら彼とは別れる。
シービーが出走するらしいが、俺の目的はあくまでチームに入りそうなウマ娘のスカウトだ。そこを肝に銘じておく。というか、シービーは気まぐれでレースに出走しているだけかもしれないし俺のスカウトを受けてくれる確率なんてとてつもなく低いだろう。
(……自分で考えといてあれだが、絶対にそんなことねぇな)
シービーがレースに出走した目的は分からないが、あわよくばスカウトできればいいな。そんなことを考えながら俺は選抜レースに集中することにした。
アタシは辺りを見渡す。彼は、ミスター神藤は選抜レースを見に来ると言っていた。その姿をアタシは探していた。
それが他の人達には余裕の表れだと思ったのだろう。アタシを褒める言葉が聞こえてくる。
「あれがミスターシービーか……」
「レース前でもあの余裕……これは大物だな……」
「よーし……ッ!スカウトするぞ~……!」
(残念。アタシがスカウトして欲しい人はもう決まってるんだよね)
心の中で謝りながらも探し続ける。そして、見つけた。スタンド席中団の方でターフに視線を向けている彼の姿が。思わず笑みが零れる。
(っとと。抑えとかないとね)
もうすぐレースだ。気を引き締めないと。とはいっても、どのように走るかはもう決めてある。アタシはゲートに入りながら今日はどのように走るかのプランを立てる。
(今日のアタシは衝動のままにじゃない。良い子ちゃんとして走る。その後の彼の反応次第で……決めようかな?)
とはいっても、彼がどんな反応するかは予想がつきやすい。きっと、アタシが望んでいる言葉を出してくれるはずだ。
集中する。良い子ちゃんとして走るためにスタートダッシュに出遅れるわけにはいかない。おそらくこの先はないってぐらいにアタシは集中する。そして……。
(ッ!ゲートが開いた!今ッ!)
アタシは駆け出した。前の方、先行気味のポジションに。さぁ?キミの目にはどう映る?ミスター神藤。
俺はミスターシービーのレースを観戦している。アイツは好調なスタートダッシュを決めて先頭集団につけていた。周りからは称賛の声が聞こえてくる。
「流石だな。噂通りの傑物だ」
「出遅れることなく好位置につけた。調子もよさそうだな」
「流石の逸材ね。ミスターシービー」
他もおおむね似たような評価だ。だが、俺には少し違って見えた。
シービーの走りは見た目だけなら確かに凄い。ただ、走ってる本人は……。
(なんというか……窮屈そう?楽しそうじゃねぇな)
そんな印象を受けたのだ。まるでわざと取りたくもない戦法を取っているように。表情もなんとなく苦しそうだ。俺が窮屈そうに走っていると考えているから、フィルターか何かがかかっているのかもしれないが。
そう考えていると、隣から声をかけられる。
「よう誠司。久しぶりだな」
声をかけてきたのはスピカのトレーナー、沖野さんだ。俺は頭を下げて挨拶をする。
「お久しぶりです沖野さん。挨拶が遅れてすいませんでした」
「気にすんなって。お前も忙しかったんだろ?」
俺は苦笑いで返す。実際結構忙しかったので沖野さんのとこに挨拶に行けなかった。
「……で?お前の目にはどう映る?ミスターシービーは」
「まぁ、凄いですね。全員が目にかけているのが分かります」
他の出走者と比べても圧倒的だ。それぐらいに差を感じていた。だが、沖野さんが聞きたいのはそういうことではないらしい。
「それだけじゃねぇだろ?お前も感じてるはずだ。なんとなくの違和感を……な」
「……言っちゃってもいいんですか?」
「良いんじゃねぇか?他の奴らはレースに集中してるし」
なら、遠慮する必要はないだろう。俺は思ったままの感想を沖野さんに伝える。
「窮屈そうに走るな、と。アイツ本来の走りじゃないみたいに」
「ほう。俺達と同じ意見か」
「俺達?」
「おハナさんだよ。おハナさんも同じことを思っているらしい」
そう言って沖野さんは自分の後ろの方を指差す。そこにはリギルのトレーナー、おハナさんがいた。俺は頭を下げて挨拶をする。
「やっぱり、あなたもそう思った?」
「えぇ、まぁ」
ただ、スピードに関しては文句なしといってもいいだろう。一級品だ。
レースは終盤に入る。
《さぁ残り200を切りました!残り200を切って先頭はミスターシービーだ!後続との差をつけていく!やはり今日の選抜レース再注目のウマ娘だ!グングンと差をつけていく!そして今100を切りました!これはもう決まったでしょう!》
……凄い、の一言で片付けていいものじゃない。他とは隔絶とした差を感じる。成程これが……。
「リギルが勧誘したくなる逸材ですか……。確かに凄いですね」
「ま、私のチームには来ないだろうからスカウトの声はかけないけどね」
「俺もだ。断られちまったからな」
俺は2人に尋ねる。なぜシービーは2人の勧誘を断ったのか?それが純粋に疑問だった。
「なんでシービーは勧誘を蹴ったんでしょうね?どっちも凄いチームなのに」
「さぁ?トウショウボーイ曰く、あの子は独特の感性で動くタイプだから分からないわ」
「同感だ。ま、誰のとこに行くかはちょっと楽しみだけどな」
そう言いながらレースを見る。すでにシービーが1着でゴールしていた。
《……そして今ゴールイン!ミスターシービー圧勝!2着との差を7バ身つけて勝利を飾りました!2着は……》
そして、トレーナー達が堰を切ったようになだれ込む。狙いはもちろん、シービーだ。口々にスカウトの言葉を投げかけている。
俺はそれを見ながら、考えていた。
(ミスターシービー……。確かに凄い逸材だが、なんか、違う。うまく言えねぇけど、アイツにはもっと違う走りがある。そんな気がする……)
そう考えこんでいると、トレーナーの山を掻き分けて誰かがこちらへと近づいてきていた。
「ゴメンねー?ちょっと通してくれるー?」
そう言いながら現れたのは……。
「シービー?」
「やぁミスター。どうだったかな?アタシの走りは?」
スカウトの声をかけられているはずの、ミスターシービーだった。
レース後。アタシはスカウトの声を聞きながら目的の人物を探す。
この人でもない、この人も違う。というか、この中にいない。そのことに少し苛立つ。
(お眼鏡にかなわなかったのかな?それはそれで傷つくけど……)
多分違うだろう。そんなことを考えながら探していると……見つけた。だが、少し離れた位置で何か考え込んでいるように見えた。
もしかして、気づいたのだろうか?アタシの走りに。少しうれしさを覚えながら、アタシはトレーナー達を押しのけてミスターの元へ近づく。
「ゴメンねー?ちょっと通してくれるー?」
そうしてアタシはミスターのところにたどり着いた。ミスターは、驚いたような表情を浮かべている。ただすぐに気を引き締めたのか真面目な表情に戻った。
「やぁミスター。どうだったかな?アタシの走りは?」
ミスターは考え込むようなそぶりを見せる。少しの沈黙の後、口を開いた。
「……俺の所感でも構わないか?」
「うん。忌憚のない意見を聞かせてほしいな?」
少し溜めた後、ミスターは続けた。
「随分と窮屈そうに……?いや、違うな。随分つまらなさそうに走るんだな」
「……へぇ?」
アタシは目を細める。だが、内心では喜んでいた。
周りからは信じられないといった声が飛んでいる。だが、それよりも重要なのはこの人の意見だ。ミスターはそのまま続ける。
「なんていうのかな……?俺はお前の噂から、もっと自由に走るもんだと思っていた。だが、現実は優等生のような走りをするんだなって。そう思っただけだ。気を悪くしたならすまないが……もしかしてわざと優等生っぽく走ったのか?」
「いいや。大丈夫だよ。アタシの方から忌憚のない意見を、って言ったわけだからね」
口では余裕そうに振舞うが、内心は喜びに満ちていた。
やっぱりこの人は分かってくれた。アタシが、わざと優等生っぽく走ったのを。そして、確信した。この人なら、アタシの走りたいスタイルで走らせてくれると。そして何より。
(アタシの目的のために、頑張ってくれる人だ)
この点に関してはテンポイントさんへの行動を見ていれば分かる。ウマ娘のために努力を惜しまない。そんな人だってことが。
アタシは今決めた。この人のチームに入ろうと。
「それじゃあミスター神藤。1つお願いをいいかな?」
「なんだ?俺の叶えられる範囲ならいいぞ」
アタシは告げる。その一言を。
「ねぇ、ミスター神藤。アタシのトレーナーになってよ」
……今、何が起こっているのか理解できなかった。俺の目の前にはミスターシービー。周りには大勢のトレーナー。そのトレーナー達は一様に俺を睨みつけている。
きっかけは、今シービーに言われた言葉。
「ねぇ、ミスター神藤。アタシのトレーナーになってよ」
その言葉だ。
……無言のままはよくないだろう。俺は答える。
「なんで俺なんだ?」
「アタシがずっとそうするって決めてたから」
「決め手は?」
「ミスターならアタシの走りたいように走らせてくれる。そして、アタシのとある目的のために全力を尽くしてくれる。そして何よりも……」
彼女はとびっきりの笑顔で答えた。
「勘、かな?」
彼女の言葉に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。ただ、なんとなくコイツらしい。そう思った。
「よりによって勘かよ」
「良いんじゃない?直感って大事だよ?」
「ま、それもそうだな」
俺は、改めて彼女に告げる。
「俺でよければ。これからよろしくな。ミスターシービー」
「うん。よろしくねミスター神藤」
こうして。俺のチームに新しいメンバーが加わることになった。
……余談だが、この後他のトレーナー陣から嫉妬と羨望の籠った視線を向けられ続けたので選抜レースはシービーのレースを最後に帰ることにした。
仲間が増えたよ。