あたしにとっての姉
あたしにとって、お姉は小さい頃からの憧れだった。
あたしのお姉ちゃん、テンポイント。凄く奇麗で、凄くカッコよくて、小さい頃からみんなの中心にいるような、真面目で優しいあたしの自慢のお姉。
そんなお姉とは対称的に、あたしは小さい頃から人見知りが激しい子だったのを覚えている。基本的に知らない子とは関わらないし、時には親戚の子にも噛みついたことがある。
『うわーん!キングスちゃんが、キングスちゃんがー!』
『コラ、キン!謝りなさい!』
『……いやだし。あたしわるくないし』
……今思い返しても、相当な悪ガキだったのを覚えてる。自分のしたいことだけをやって、気に入らないことがあればすぐに噛みつく。だから、あたしはあんまりいい印象を抱かれていなかった。……お姉以外は。
『やっぱここにおったかキングス』
『……おねえ』
『となり、ええか?』
お姉はあたしが何か問題を起こすといつもこうしてやってきてくれた。あたしが落ち込んでいることを察して、どこに隠れようといつだって見つけてくれた。前にどうして隠れている場所が分かるのかと聞いたら、姉だから当然と返された。苦笑いをしたのを覚えている。
『ボクんためにおこってくれたんやろ?ボクがバカにされとる思うて、つい手が出てしまったんやろ?』
『……うん』
『うんうん。ボクはうれしいで~キングス』
けど、お姉は甘やかすだけじゃない。ちゃんと、叱ってくれた。それはきっと、母さんと同じ。あたしを大切に思っているから。
『やけどなキングス。キングスは、ぶたれたらいたいよな?いややよな?』
『……うん』
『おかあさまは、いつもなんていうとる?』
『……あたしがされていやなことは、ほかの子にもやるなって』
『じゃあ、キングスがやったことは?』
『……わるいこと』
『キングスはええ子やから、なにしたらええか分かるよな?』
『……うん』
『よっし!やったらいっしょにごめんなさいしにいこか!ボクもいっしょにごめんなさいしたるから!』
そうやって、お姉に手を引かれてその子のとこに謝りにいくのがワンセット。もう何回繰り返したか分からない、いつものことだった。
お姉はレースでも強かった。同級生相手に負けなしなのは当然で、年上の相手にも勝つぐらいには才能に溢れていた。
『さすがでございますテンさま!やはりテンさまはおつよいですね!』
『カシュウ?さまはやめてくれへん?』
『はい!テンさま!』
『わかってへんやん!』
そんなお姉のもとには、いつも人が集まっていた。あたしはそれを遠巻きに眺めているだけ。でも、お姉が褒められるとあたしも自分のことのように嬉しかったから気にしたことはない。むしろ誇らしかった。あんなに強いお姉の妹である自分が誇らしいから。
でもお姉は身体が弱かったから、走った次の日は体調を崩すことが日常茶飯事だった。そんなお姉を看病するのはあたしの役目。母さんに無理言ってあたしが看病をしていた。
『ごめんなキングス。なおったらまたいっしょにあそぼうな?』
『うん!はやくなおして、いっしょにあそぼ、おねえ!』
『イチも!イチともあそんでテンねーね!』
『ウチも!ウチのこともわすれないでね!』
『はいはい!みんなテンをあまり困らせるんじゃないよ!テン、しっかり治しなさいね?』
『うん、オキねえさま。みんなも、なおったらいっしょにあそぼうな!……ゴホッ!ゴホッ!』
『ほら、テンをゆっくり休ませるためにもさっさと戻るよ!』
『『『はーい!』』』
あたし達姉妹間の仲は良好だ。今でも仲は良い。
あたしにとってお姉は誇りだった。その思いはお姉がトレセン学園に入学してからさらに強くなった。
連勝に次ぐ連勝。最優秀ジュニア級ウマ娘に輝いて、学校のみんなに自慢して回ったのを覚えている。レースは、母さんが許してくれなかったから見に行けなかったけど。
クラシックレースでもお姉は大本命に推されていた。当然だ。お姉は強いんだから。そのお姉の強さが世間にも認められた気がして、とても嬉しかった。
……けど、お姉はクラシック級では散々だった。皐月賞2着、日本ダービー7着、菊花賞2着。特に菊花賞と……前哨戦?に使った京都大賞典は見に行ったので覚えている。あまりにも悔しい結果だった。年末の有マ記念も、お姉はトウショウボーイとか言う奴に負けてしまった。凄く悔しくて、その日は一日中荒れていたのを覚えている。お姉のトレーナーであるアイツにも、強く当たった。
その頃には、お姉の評価はジュニア級の頃から一変していた。大事なレースで勝ちきれない、色々と惜しいウマ娘。その評価が、たまらなく悔しかった。
『いい加減な記事ばっかりだし……ッ!お姉は強いんだ!負けたのは、ちょっと運が悪かっただけ!まともにやったら、お姉の方が強いんだ!』
そう、自分に言い聞かせていた。
そんなお姉はシニア級に上がってからまた勝ち始めた。そして、ついに大レースである春の天皇賞を制して大喜びしていた。きっとこの調子でお姉は勝ち続ける。そうに違いない。そう、思っていた。
けど、お姉は宝塚記念でまたトウショウボーイに負けてしまった。そして、評価は固まってしまった。
『テンポイントはトウショウボーイに一生勝てないだろう』
……ふざけるな。お姉の方が強いんだ!お姉はいつだって強かった!だから、トウショウボーイなんかよりもずっと強いんだ!あたしはずっとそう思っていた。でも、周りはそう思っていないのが大半だった。
そのたまりにたまった鬱憤が、ファン感謝祭で爆発してしまった。見知らぬファンに、当たってしまった。気づいた時には遅かった。あたしは言いたいことだけ言ってその場から逃げた。
逃げた先の、お姉とアイツが普段使っている部室に逃げ込んだ。まぁ、合宿に行ってるはずのお姉が学園に戻ってきて、見つかってしまったわけだが。
『こっからのレースを全部勝って証明したる。ボクの方が強いって、キングスは間違ってへんてことをな』
お姉とそう約束して、あたしは迷惑を掛けたみんなに謝った。母さんと一緒に、大泣きしたのを覚えている。
お姉はその約束通り、それからのレースを勝って証明した。特に、トウショウボーイへのリベンジとも言えたあの有マ記念は、伝説のマッチレースを制して名実ともに日本一の称号を手に入れた。あたしは、嬉しくて泣いていた。
お姉は年明けから海外に挑戦することになった。その壮行レースに選ばれた、日経新春杯。そこで、悲劇が起こった。
『そんな……?嘘だよね、お姉?……おねえぇぇぇぇぇぇぇ!』
お姉は、第4コーナーで骨折してしまった。それも、症状はかなり重く復帰できるかは分からないほどの大怪我を。
正直あたしは諦めていた。その代わり、あたしがお姉の分まで走ろう。そう思っていた。けど。
『ボクは走るでキングス。絶対に諦めたりせぇへん。やから、治ったら一緒に走ろか!』
お姉は、走ることを少しも諦めていなかった。それどころか、また一緒に走ろうと言ってくれたのだ。それが、どんなに嬉しかった。
『……うん!約束だし、お姉!』
そこからお姉は、地獄のようなリハビリを経て本当に復帰の道を歩み始めていった。ただ、事故のトラウマで上手く走れなくなってたけど、あたしは心配していなかった。だって、お姉ならきっと乗り越えられる。そう思っていたから。
そして、お姉は年末のあるレースで奇跡とも呼ばれた復活を遂げた。世界中からウマ娘を招待して行われた、年末の祭典。そのレースでお姉は、見事に優勝したのだ。
会場の人達はみんな涙を流していた。流星の貴公子と言われているお姉の奇跡の復活を目の当たりにして、知らずのうちに涙が流れていたんだと思う。だって、あたしがそうだったから。
そして年が明けて。お姉はあの日行けなかった海外のレースへと出発した。……アイツには、お姉がまた怪我しないようにしっかりと釘を刺しておいた。まぁ、あまり心配はしていないが。
あたしにとってお姉はずっと憧れだった。小さい頃からその思いは変わらない。奇麗で、カッコよくて、レースも強い自慢の姉。あたしにとっての誇り。
……でも、だからこそ分かっていた。そんな素晴らしい姉を見てきたからこそ。そんな姉の強さを小さい頃から見てきたからこそ。あたしには痛いほどに、分かっていた。
《……今テンザンスターがゴールイン!未勝利戦で見事勝利を飾ったのは14番のテンザンスターです!2着は6番キングスポイント!やはり道中掛かったのが響いてしまったか!?》
《う~ん……キングスポイントの姉であるテンポイントは素晴らしいレースを見せてくれたのですが……。彼女はどうも勝ちきれないレースが続きますね》
《これでキングスポイントはデビューから5連敗!このままだとクラシックレースには間に合いません!奇跡の復活劇を見せてくれたあの〈流星の貴公子〉の妹の未来に暗雲が見えています!》
自分には、走りの才能なんてものはないことを。
第一章 自分の道開幕です。