side ライナー
「隊長―。全員出発の準備できましたー」
「よおーし。それじゃあ、皆、もうひと頑張りだ!今日の夜は村でゆっくり休もうぜ!」
「おー!!」
俺の号令に、自警団隊員の皆が返事を返してくれる。皆、気の良い奴らだ。
自警団は、隊長の俺を含めて専属隊員が7名、兼業隊員が14名、合わせて21名の小さな団だ。
もっとも、専属隊員で隊の事務処理関係をこれまで一手に引き受けてくれていたストーンが、長期病休に入っているため、現在は20人で運営している。
それに、兼業隊員は皆家業があるため、常に任務に就けるわけではない。今日の隊商の護衛に付いている自警団員は、俺を含めて丁度10人だ。護衛対象の隊商は、隣町から俺たちの村ランカークス村まで、定期的に肉や小麦、塩や砂糖といった糧食を主に運搬していて、村にとって重要な隊商だ。隣町から俺たちの村までは、荷馬車で丸3日ほどの距離にある。
丁度昨日の昼頃に隣町の自警団から隊商の護衛を俺たちが引き継ぎ、今は昼を少し回った頃だ。この調子で行くと、今日の夕方には村に着けるだろう。今のところ予定通りだ。
俺の出身は、今いるこのベンガーナ国ではなく、同じ大陸に存在するカール王国の小さな村だ。
貧しい村で、家も裕福じゃあなかったから、口減らしのために俺は家を出なければいけなかった。15で家を出て、そのまま冒険者になった。学が無いものだから、剣を振るぐらいしか能がねえ。剣だけを携えてこの15年ほど冒険者稼業を続けていた。冒険者だった頃には何度も死にそうな目にあった。
獰猛な魔物との遭遇、迷宮内での危険な罠、天変地異との遭遇、何度も危機があったが、どうにか生き延びたのは、悪運が強かったことと、慎重な俺の性格にあったのだろうよ。
同じ冒険者仲間には慎重が過ぎると笑われることもあったが、俺を笑っていた奴らは皆もうこの世にはいない。
転機は7年程前だった。西部ギルドメインの大森林を抜けたところにあるギルドメイン山脈は、魔力伝導率の高い魔結晶が取れる鉱山地帯とも知られていた。
魔結晶は、魔法を発動する魔道具の素材となるもので、市場では高価で取引されている。当時俺が所属していた4人組のパーティーはその魔結晶を採掘し、それを元手にそろそろ冒険者稼業から足を洗おうと考えていた。
俺はその頃30の年に足を踏み入れており、その他のメンバーも皆似たり寄ったりだった。自分たちの技量の向上に限界を感じ始めていた頃でもあった。
結果として、この遠征は大失敗だった。魔結晶のある山脈にたどり着くどころか、大森林を抜けることすら出来なかったのだ。
原因は、森の中に生息する魔物の強さも当然あったが、それ以上に、何やら幻惑にでもかけられているかのように方向感覚が麻痺する場所が多数存在するためだった。斥候を務めていたストーンが、これは通常の手段では抜けられないとさじを投げるほどだった。
ストーンの斥候としての腕は確かだ。これまでの冒険でも何度も奴に助けられている。その奴がさじを投げた。俺達のパーティーには魔法使いはいないので、魔法的なアプローチでここを突破することも不可能だ。
これは無理だと俺たちは判断し、森から撤退することにした。
森を抜けた後、川を挟んで対岸に位置する村で休憩をしようと考えたのは当然だった。俺たちは大森林の冒険で疲弊しきっていたから、しばらくそこで逗留するのも悪くないと思い始めていた。その村の名前がランカークス村だった。
村に着いた俺たちは、久しぶりに人家に囲まれほっと息をついた。魔物に襲われることを警戒しながらの野宿では気が休まらないからな。
宿に入って冒険で汚れた身体を身ぎれいにした後、夜には、そのままの勢いで村にある酒場の一つに集まって、酒を飲み交わしながら今後のことを話し合っていた。
今回の遠征は失敗したがもう1度挑戦するか、それとも命があっただけ儲けものと考え、大金は得られなかったが、ここでパーティーを解散するか、まあパーティーとしての今後の方針を相談しあったわけだ。
結論を言うと、パーティーの解散が決まった。決め手は、隣の席で酒を飲んでいたこのランカークス村の村長の誘いだった。俺たちの話し合いを側で聞いていた村長は、もし解散するならこの村で自警団を作らないかと俺たちに持ちかけてきた。
この村は、規模はさほど大きくないが、森で得られる素材を求めて冒険者が集まりやすく、川も近くを流れていて人口が最近増えてきているそうだ。
ただ、時折森を抜けて街道にまで危険な魔物が出没する事が多く、旅の商人がこの村に近づきにくくなっているそうだ。
そこで、自警団を組織し、この村の近隣の治安を回復して欲しいという話だった。まあ、自警団というのは他の村や町でも見たことがあるから、大体の仕事内容は把握している。自警団の給料は村から配給される月給制だから、一攫千金は狙えない。だが、危険はこれまでの冒険者稼業の比ではないほど低くなるだろう。
俺たちは仲間内で1日じっくり話し合った結果、この誘いを丁重にお受けした。皆、そろそろ安定を望んでいたと言うことなのだろう。俺たち4人のパーティーは皆がそのまま自警団員となった。そして、パーティーのリーダーだった俺はそのまま団長に就任した。
斥候だったストーンは、自警団員になった後直ぐに村で女性といい仲になったようで、自警団発足とほとんど時をおかずに結婚の報告をしてきた。あいつは俺とは違い髪がさらさらで、女受けが良かったからな。
ちっ、むかつくぜ。おまけに変なところで学があり、数字に強い。出身は聞いたことがないが、もしかすると良いところの出なのかもしれない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そして今、俺は隊商の護衛任務に精を出している。
小休憩の後は特に問題は生じず、隊商は夕方にはランカークス村にたどり着き、俺たちの任務は終わった。次は1週間後に隊商が隣町に移動する時に、同じように護衛をする予定だ。
「ライナー隊長、それに自警団の皆さん、護衛ありがとうございました。帰りもどうぞよろしくお願いします」
隊商の団長が俺たちに礼の言葉を言ってくれる。この団長とはこれまでに何度も一緒に旅をしているので、互いにもう気心が知れている。こうやって感謝されるとやりがいを感じたりもする。
「気にしないでくれ。今回も商売がうまくいくと良いな! それじゃあ、また帰りに!」
俺は気さくに返事を返し、自警団の詰所に戻る。詰所で、護衛の間に消費した食料や消耗品の数を確認し、次の旅程計画を立てないと行けない。
本当ならこういう作業はストーンがやってくれていたんだが、今はあいつがいないから皆で手分けしてやっている。早く病気を治して戻ってきて欲しいぜ。
「おかえりなさい、あなた。疲れたでしょう?直ぐに晩ご飯、できますからね」
家に帰った俺を迎えてくれたのは、5年ほど前に結婚した妻のスーザンだ。そう、俺もこの村に腰を落ち着けて2年ほど過ごした頃に、結婚した。
当時俺は33歳、妻は26歳だった。妻は一度10代で結婚した後、離縁してこの村に戻ってきていたようだ。何やら子供がなかなか出来なかったらしく相手の方から離縁を申し立てられたらしい。スーザンは村に戻った後、酒場で給士として働いていた時にその飲み屋で飲んでいた俺と出会った。
俺はストーンとは違い女性の扱いなどさっぱり分からなかったが、彼女には逆にそれが良かったらしい。物好きなことだ。出会ってから半年後に俺たちは結婚した。子供はいない。だが、俺たちの間にその問題は何の禍根にもなっていない。
「ああ、今戻った。特に変わりは無かったか?」
スーザンのいつもの笑顔に密かに癒やされながら、俺は確認する。この変わりが無かったかというのは、当然我が家のことも含むが、ランカークス村全体の事も意味する。
俺達自警団の普段の仕事は隊商の護衛や魔物からの治安維持活動だが、時と場合によっては人間相手の治安出動もありうる。そのため、村で人同士でおかしな動きが無いかを確認することはもう癖になっていた。
「特に何も無かったわよ。ああ、そういえば、明日武器屋の息子さんが2番区画の糧食屋さんの倉庫でネズミ退治するって人づてに聞いたわ。」
ほう? 武器屋の息子がネズミ退治?武器屋の息子と言えばポップ君のことだな。
ポップ君には何度か教会で自警団員の施療で世話になっている。俺も回復魔法をかけて貰ったことがあるが、まだ6歳だというのに回復魔法を使いこなしている、ランカークス村が生んだ逸材だ。
だけど、回復魔法ではネズミは退治できないだろう?
彼は確か攻撃呪文は行使できなかったはずだ。と言うかそんなことが出来たら彼は賢者ということになるじゃないか。
彼がいったいどんな手段でネズミを退治するのか興味を持った俺は、妻に詳しいことを聞いて、明日見物に行こうと心に決めた。
~~~~翌日~~~~
翌日、俺は妻に教えられた場所に出向いてみた。糧食屋の倉庫といえばこの辺りのはずだが……。
「ああ、ライナー隊長、隊長も見物に来たんですね? こっちです、こっちです。もうすぐ始まりますよ」
糧食屋の親父が俺を見かけて声をかけてくれた。良かった、ここで合っていたようだ。俺が、人だかりのできているところに早足で行くと、その輪の中央にポップ君がいた。
「いやー、毎年ネズミの被害には頭を悩ませているんですよ。それでいて、特に今年はネズミが多い気がしていましてね。昨日村に来た隊商の糧食が、明日この倉庫に運び込まれる予定なので、どうにかそれまでにネズミの数をちょっとでも減らしたいと思いまして。それで、教会のマイル神父に相談に行ったら、側にいたポップ君がどうにか出来るかもしれないと言ってくれたんですよ。そんで、それならということで依頼してみたんです」
話し好きの糧食屋の親父がニコニコしながら俺にそう話しかけてきた。なるほど、そういうことか。
しかし、ポップ君は一体どんな手段でネズミを退治するつもりなのかな?
「それでは、今からネズミ退治をします。やり方としては、僕がネズミの住まいとなっている配管内に氷系呪文をかけて、ネズミを一網打尽にします。その後、大量の水で凍ったネズミをこの配管の出口まで押し出します。恐れ入りますが、出口に流れ着いたネズミの始末は皆さんでお願いします。ネズミは人間にとって危険なウイルスを媒介します。絶対に火葬して、灰は適切に処分していただけますようお願いします」
俺が糧食屋の親父の会話を聞いていると、ポップ君が作業手順の説明を始めた。いつも思っているが、本当にこの子は6歳なんだろうか。大人でも理解しがたい話を時折語り出す。ウイルスとは何だ? 聞いたことがないが、俺が学がないから分からないだけだろうか?
しかし、ネズミの大量発生が人間にとって害になるということは以前聞いたことがある。
単純に糧食を食われるという事も損害だが、俺たちがこの村に定住するずっと昔にも流行病で大勢の村人が亡くなったと聞く。そして、その年は例年にないほど大量のネズミの発生があったようだ。
だからネズミの大量発生と流行病は何かの関係があると、以前村の誰かが言っているのを耳にしたことがあるが、彼はそのことを言っているのだろうか?
いや、待て、そんなことより今彼はさらりと重要なことを言ったぞ。氷系呪文をかけるだって? いったいいつの間に攻撃呪文を覚えたんだ!?
俺が困惑している間に、ポップ君は淡々と準備を進めている。
「それでは、氷系呪文を発動します。皆さんは後ろで待機していてください。寒くなると思いますので、薄着の方は倉庫の外に出ることをお勧めします」
ポップ君の言葉に従い、見物客はぞろぞろと彼の後ろに移動した。その様子を確認し、彼は静かに深呼吸を行い、右手を前に突き出した。
そして彼は呪文を行使した。
「では、いきます!
俺はその言葉を聞き一瞬、なんだ
俺も冒険者だったから多少は魔法のことは知っている。氷系呪文なら、最下級から順番にヒャド、ヒャダルコ、ヒャダイン、マヒャドという順に威力が上がっていく。その氷系呪文の最下級がヒャドだ。
昔パーティーを組んでいた時の仲間で
とてもではないが、
しかし、そう思ったのもつかの間、その後の光景に俺は目を疑った。
ポップ君の右手から放たれた
不意に俺は寒さを感じ身震いをした。気が付くと周りの見物客も同様のようだった。皆、肌寒いのか服の前を腕で抱え込み、寒そうにしはじめた。
どれほど
「配管全体の凍結に成功しました。おそらく中に潜んでいたネズミは凍死していると思います。これから、水をここから流し込んで、出口の方にネズミの死骸を押し流します」
ちょっと待ってくれ。配管全体の凍結が出来た?
しかし、見渡しても水が用意されているように見えないが、一体こいつは何を言っているんだ? 俺の動揺をよそに、ポップ君は再び配管にむき直し、左手を配管にかざした。そして、次の言葉を発した。
「
とんでもない水の量だ。俺はびっくりした。おそらく
驚いているのは俺だけでは無く、見物客全員だった。皆から「おぉー!?」という声が上がり、あまりの水量に驚きの声を上げている。
無理はない。
皆も
俺達の驚きをよそに、ポップ君は淡々と、配管の中に大量の水を流し込んでる。と、思っているとようやく水の勢いが収まっていき、水滴が彼の左手から垂れ始めたところで、魔法の発現が終わったようだ。
「これでネズミの死骸は出口に流れていったはずです。出口の方に移動してみましょう」
そうポップ君は皆に声をかけて、出口の方に歩き出した。
俺たちもぞろぞろと移動を始めたが、口々に「初めて見たぞ、あんな魔法!」、「あの大量の水は一体どこから来たんだ!?」「そもそも最初のあの氷結魔法は本当に
そうだな、俺もそう思う。少なくともあれを
俺は、
「ああ、うまくいったようですね。皆さん、みてください。ご覧の通りネズミの死骸が流れ着いています。」
ポップ君が指し示した配管の出口の先は大きなポケットのようになった大穴が空いている。事前に大きな網をその大穴に仕掛けていたのか、その網の中に凍り付けになった大量のネズミがギッシリと積み重なっている。
そして、量が多すぎて網に入りきらなかったネズミもいくらか周りに散らばっているようだ。
皆、口を大きく開けてその光景を見ている。おしゃべり好きの糧食屋の親父も顎が落ちんばかりに口が開いている。
もちろん俺もその1人だ。
まるで村中のネズミが集まったんじゃ無いかと言わんばかりのすさまじい量のネズミの死骸に見物客一同声も出ない様子だった。
「ちょっとこの網では小さすぎたみたいですね……。すいません、皆さん。僕の計算違いでした」
ポップ君はそんな風に言って、申し訳なさげに肩をすくめて、俺たちにわびてきた。
……いやいやいや、違うぞポップ君。問題はそこじゃない!
確かに網からあふれたネズミの死骸も周りに相当数散らばっているが、決して問題はそこじゃない! このすさまじい成果を目にして、皆なんと声をかけて良いか分からず固まっているんだ。
何故それが分からない!?
「……す、すごい数のネズミだね。こんな数のネズミが私の倉庫の下を通っている配管に潜んでいたのかね? さすがにぞっとしたよ」
ようやく立ち直った糧食屋の親父が、そうポップ君に話しかける。そうだろうな、俺も自分の家の中にこれほどの数のネズミがいたら卒倒するだろう。スーザンなんて、そのまま昇天してしまうんじゃないか?
「いえ、ハイネさん(糧食屋の親父のことだ)の倉庫の下だけのネズミじゃ有りませんよ。あの配管はこの村の至る所を走っていますので、それら全ての配管に潜んでいたネズミがここに集まっているんで、ちょっと多すぎるように思えるんですよ。決して、ハイネさんの倉庫が不潔だとかそういうことではありませんから、ご安心ください」
ちょっと多すぎる? これほどのネズミの数をちょっとで済ますのか、彼は?
いやいや、そんなことより、この子はもしかして村全体の配管を凍結させたのか? 本当にこの子はいったい何を言っているんだ?
本当にもう、俺はこの子は色々な意味でどこかおかしいと感じた。
他の見物客も、安心して欲しいと言われた糧食屋の親父すらも一言も返事を返せず、辺りはシーンとして、いたたまれない雰囲気になったまま、その場が凍り付いてしまった……。