「ありがとう、お嬢さん……。時間がない。もう十分だ」
クロコダインは、回復魔法を使って傷を癒してくれたメルルに対して礼を言った。
「あ、でもまだ傷が……」
メルルは、回復魔法の最上位呪文に当たる
「身体が動けばそれで十分だ。早くダイの援護をせねば……!」
「その通りだ。いかにダイが
そう言って、やはりマァムによって傷を一時的に癒されたヒュンケルが立ち上がる。
クロコダインとヒュンケルは互いに顔を見合わせ、足を1歩踏み出した。
しかし、そんな2人の前に立ちはだかる者がいた。
それは、陸戦騎ラーハルトだった。
「竜騎衆の名に懸けて、バラン様の邪魔はさせん。……ちょうどいい。魔王軍を裏切った元軍団長の首は、俺が取ってやろう……!」
ラーハルトは2人にそう宣告し、手に持った槍を構えた。クロコダインとヒュンケルは、立ちはだかったラーハルトの力量を正確に洞察した。強い……。例え万全の状態であったとしても、勝てるかどうか分からないほどの力量の持ち主だと。
しかし、2人の後ろから現れたマァムが、ラーハルトに訴えた。
「待って、ラーハルト! よく見て、あの様子を。竜魔人となったバランは、もうダイを自分の息子だと言う事すら忘れて、ダイを殺そうとしているわ。あなたは、バランにそんな事をさせても平気なの!?」
ラーハルトは、そんなマァムの訴えに表情を変えない。
「下らん……。バラン様はあれ以降、ずっとディーノ様の行方を捜していたのだ。ようやく再会したディーノ様を、自分の手で殺す事などあり得ぬことよ……」
「あれ? あれとは何だ、ラーハルト。そもそもバランがダイの父親なら、ダイの母親はどこにいる? お前は、何か知っているのか?」
そのヒュンケルの問いかけに、ラーハルトはしばし主君バランとその愛息ディーノの闘いの様子を見つめ、口を開いた。
「どこにいるか、だと? よくもそのようなたわ言を口にしたものだ……」
「何……?」
「知らぬのなら教えてやろう……! バラン様がこの世でただ一人愛した女性……、すなわちディーノ様の母上は……人間に殺されたのだ!!」
「「「「!」」」」
その言葉に驚愕するヒュンケル達に、ラーハルトはバランとその妻、そして2人の間に授かったダイに起こったつらい出来事を語った。かつて存在したアルキード王国の王女であったソアラ姫と偶然出会ったバラン。そして2人の間に生まれたディーノと名付けられた赤子。
だが、3人の仲睦まじい幸せは長くは続かず、
ラーハルトの口から語られた事実にマァムは驚愕する。
「そ、そんな……。それが
「そうだ。バラン様の心の痛みがようやく貴様らにも分かっただろう……!」
「た、確かに…よく分かった。だが、だからこそ俺はバランに伝えねばならん。かつては俺も人間の世界に失望していた。悪魔に魂を売り全てを破壊してやりたいと思っていた。だが、ポップが、仲間達が気づかせてくれた。人間の世界もまだまだ捨てたものじゃないとな……!」
「そうだ、ラーハルト。俺もポップに、ダイ達に自身の誇りを取り戻させてもらったのだ。今の話を聞いて余計に俺は、バランとダイは敵対しあうべきではないと思った」
「そうよ、ラーハルト! ポップが言っていたわ。バランはダイの事を、ダイはバランに起こった事を知るべきだと。ようやく再会した2人が殺しあうなんて、そんなの絶対におかしいわ!」
「黙れぇぇッ! 貴様らなんぞに何が分かる!」
ラーハルトは、これ以上の問答は無用とその手に持った槍の切っ先をマァム達に向けた。その気迫は、どれほど言葉を尽くしても、今ラーハルトを翻意させる事は不可能だと彼らに思わせる程のものだった。
そのためマァムは、ラーハルトに対し腰を落とし、握りしめた拳を腰だめに添える武神流の構えを取った。
「ヒュンケル、クロコダイン! ラーハルトの相手は私がするわ! 2人はダイの援護に行って!」
「だが、マァム。あいつは手ごわいぞ。お前だけでは……」
「うむ。俺だけでもお前の盾に――」
マァムを心配する2人に、マァムは心配ないと胸を張った。
「心配いらないわ。あいつとは一度戦っているから、その手の内は良く知っているつもりよ。ポップが生き返った時に、ダイがいないんじゃあポップが悲しむわ。だからお願い。ここは私に任せて、2人はダイの元へ……!」
そのマァムの言葉に、2人は顔を見合わせて頷き合った。そして、マァムを置いて2人はダイの元へ駆ける。
だが、当然その行動をラーハルトが見逃すはずがなかった。
「馬鹿め!! 俺がそれをやすやすと許すと思うか! 2人まとめて死ぬがいい! ――ハーケンディストール!!」
ラーハルトが空高く飛び上がり、その手に握った鎧の魔槍を神速の速さで振り下ろす。その槍から発生した衝撃波が、ダイに向かって駆けるヒュンケルとクロコダインの背に迫った。
しかし、その衝撃波は2人に直撃する寸前で、横から放たれた衝撃波によって霧散する。それは、マァムの放った豪破一闘による衝撃波だった。
「ちっ! 女、いつぞやは俺に手も足も出せずに敗れた事を忘れたか? ましてや、今はあの小賢しい賢者すらおらぬではないか。それでよく俺を足止めするなどと言ったものよ!」
「ラーハルト……。バランが人間を憎む理由は分かったわ。でも、やっぱり今のバランは、ポップが前に言っていたように、獣だと思うわ……」
「貴様! バラン様を獣だと! 取り消せ、女!! さもなくば……!!」
ラーハルトが、マァムにその槍を突きつけて睨みつけた。
マァムはラーハルトの目を静かに見つめていた。以前ポップがレオナに語っていた言葉が、思い起こされる。
『
あの時は、ポップの言っている事の意味を、十分に理解していなかった。だけど、バランの過去を聞いた今は、その意味を理解できた。バランもまた、世界の
だからポップは、バランを殺したくはなかったのだ。殺そうと思っていたなら、あの異様な魔力を放出していた呪文を使えば殺せていたはずだ。結局ポップは、ダイのため、バランのために自己を犠牲にして散ってしまった。自分の事をいつも後回しにするポップらしいと言えばポップらしいが、今回ばかりはそのポップの行動をマァムは許せなかった。
バランにダイを殺させてはいけない。そうなれば、もうバランは完全に獣と化してしまう。そして逆に、ダイにもバランを殺させてはいけない。バランの身に起きた悲劇に、心から寄り添ってあげられるのは、息子であるダイだけなのだから。
「ラーハルト。あなたを止めるわ。それがポップが望んでいた、バランにとってもダイにとっても最善の道だと思うから……」
マァムは、右手にメタルフィストを握りしめラーハルトに拳を突きつける。それは、マァムの覚悟を示した行動だった。
「出来もせん事を口にするな、女! もはや女だからと言って手加減はせぬぞ! 直ぐに、あの男の後を追わせてやる!」
ラーハルトのその言葉に胸がうずくマァム。ポップ……。私は、全てをポップに委ねすぎてしまっていた。だからポップの行動を止めることが出来なかった。ポップが死んだのは、私のせいだ。
――!
一瞬で間合いに入ったラーハルトの槍が五月雨となってマァムに突き込まれる。それをマァムは小刻みなステップで躱していく。一度対峙していたためか、以前よりその動きが良く見えていた。
「――! チィッ!」
自身の攻撃が躱された事に驚いたラーハルト。しかもそれだけにとどまらず槍を引く僅かな動作の間に、マァムはラーハルトの懐に潜り込んでいた。
「ふっ!」と息を吐くと同時に、右拳をラーハルトの顔面に撃ちこむマァム。思い切りの良いその攻撃にラーハルトの動きが僅かに遅れた。かろうじてその首を傾げ、メタルフィストの直撃を避けたラーハルト。マァムの拳は、ラーハルトの纏う鎧の魔槍の肩当てに命中し、それを粉砕していた。
この日初めてマァムの攻撃をその身に受け、思いのほか強い力にラーハルトは称賛の言葉を送る。
「ほう……! なかなかやるではないか! だが、そのパワーも当たらなければ意味が無いのは貴様も分かっていよう!」
続いて放たれたマァムの横薙ぎの蹴撃を、ラーハルトは軽やかに上半身を逸らし躱す。そして逆に魔槍をマァムの足を狙って払う。それをマァムは後方に一回転する事で躱した。再び距離をとってにらみ合う二人。
「ラーハルト、あなた本当に今のバランをこのままダイと戦わせて良いと思っているの?」
「当然だ……! バラン様の成す事に過ちなどあろうはずがない。確かに、今はディーノ様に剣を向けてはいるが、それもディーノ様を思ってのこと。きっとバラン様の思いはディーノ様に届く――「ズガーーーーン!!!」」
ラーハルトの言葉を遮るかのように、突如空に巨大な爆発が発生した。それによって生じた爆風が一瞬マァムやラーハルトに強く打ち付けたかと思うと、次の瞬間逆にその爆風は上空に向かって吸い込まれるように立ち上っていった。マァム達が空を見上げると、そこにはまるで空で火山が爆発したかのような、もうもうとした白煙が立ち上っていた。
「ま、まさかあれはバラン様の
ラーハルトが上空を見上げて呆然とした声を出す。マァムは、爆発からかろうじて逃れたダイの姿を確認し、ほっと安堵のため息を漏らした。そしてマァムは再びラーハルトに視線を投げかける。
「バラン様、バラン様って、あなたはバランの言葉にただ従うだけがバランのためになると本当に思っているの!?」
マァムはそう言葉をラーハルトに投げかけながら、半ばその言葉は自分自身に向けられていた。私はポップの言葉にただ従うだけだった。信頼……? 違う、私はただポップに甘えていただけだ。ポップの重荷を背負おうともせずに、私は……。彼は、いつからバランに対して
どうして……、どうして私はポップの考えに気がついて、それが間違いだって言ってあげられなかったのよ……!
悔やんでも悔やみきれないこの悔恨の思い。もしもう一度やり直せる機会があるなら、どれほど良いか。でも、もうそんな機会は巡ってこないかもしれない。
せめて、……せめてダイとバランにだけはそんな結末を迎えてほしくない。だからマァムは、ラーハルトに声を張り上げた。
「竜魔人となったバランは、もう目的を見失っているわ! あなたは、バランがダイを殺して、それで本当にバランが満足するとでも思っているの!? バランの事を本当に思っているのなら、止めてあげる事も必要なんじゃないの!?」
「くっ! 黙れぇぇーーーッ!!」
マァムの言葉に激高したラーハルトは、マァムに突進し先ほど同様神速の槍を突き込む。そのスピードは、先ほどより更に速さが増していた。
「少々俺の槍を躱した程度で、俺の槍を見切ったとは思わん事だ……! そら、更にスピードを上げたぞ! これを避けきれるか!」
マァムにはもはや、瞬き一つする余裕すら無くなっていた。
「――くっ!」
徐々にその槍の軌道から逃れられなくなり、血風がマァムの周囲を覆った。
「マァムさん!」
メルルが劣勢のマァムに声を張り上げる。メルルからは、ラーハルトの槍が分身したかのように数十本にもなって見えていた。同時にメルルは気が付いた。マァムの握りこんだ右拳から、吹き出すような黒い粒子が放出されている事に。
「――これで、終わりだ、女!」
ラーハルトは、この日最速の一撃をマァムの胸に突き込む。しかし、その一撃がマァムの胸に突き込まれる寸前、ラーハルトの神速の動きは、見るも無惨な鈍重な動きへと変貌していた。
「こ、これは!? ――ぐ、ぐぅぅぅッ! こ、この魔法はあの男の!? だが、何故!?」
ラーハルトの視線が、
ポップの放った
それは、マァムのメタルフィストに付与されていた魔道具が暴走した結果だった。ポップからの注意点、ベタンの魔道具を5Gまで引き上げる時間は2秒以内に収める事。それを超えると魔道具が暴走すると。
マァムはその暴走を、意図的に起こさせていた。自身までもその重力磁場の中に身を置く事で。
今、ラーハルトとマァムの身体には等しく
自身がラーハルトを上回っているもの、それはすなわちパワーだった。
ラーハルトは、重力磁場の影響によりその動きのほとんどを拘束されていた。そのラーハルトに対し、持ち前のパワーにより無理やりにでも身体を動かし肉薄するマァム。もちろん彼女にとっても容易な重圧では無かったが、この環境下でなければラーハルトに勝てないという事は良く分かっていた。一歩足を踏み出すごとに、筋肉が、骨が悲鳴を上げる。それでもマァムは、ただひたすらラーハルトに向かって突き進む。
その左拳は、白く輝いていた。この重力磁場の暴走は長くは続かない。一撃で決めなければならない。マァムは自身の持つ最大の技で、勝負を決めるつもりだった。
「はぁぁぁー! 武神流 奥義 閃華裂光拳!!」
マァムの踏み込んだ左足がズシンッと陥没する。同時に、光り輝くマァムの左拳がラーハルトに突き込まれた。
「ガハァッ!!」
その左拳はラーハルトの鎧の胸部を貫き、その肉体に確かに達していた。致命の一撃を受け、ずるりっと大地に崩れ落ちるラーハルト。
その直後、彼らを包んでいた重力磁場が消失した。そして同時に、マァムが右拳に装備していたメタルフィストがボロボロと崩れ落ちていった。それは、
さらさらと砂のようになって零れ落ちていくメタルフィストを、マァムはただ見つめていた。あの誰もいない港町でポップから貰った唯一の贈り物。
ごめんなさい、ポップ……。
マァムは、心の中でその武器を渡してくれたポップに詫びていた。
「くっ……。み、見事だ、女……。 ゴ、ゴフッ!」
口から吐血し大地に横たわるラーハルト。そのラーハルトが、首を僅かに起こしマァムを称えた。マァムはラーハルトの傍に膝を着き、その胸部に生じた深い傷にそっと手を添えた。
「動かないで、ラーハルト。動かなければ、命だけは助かるわ」
「1つだけ……聞かせて……もらおう。い、今のはガルダンディーに、……放った技では無かったな? あ、あれなら……確実に……俺の命を奪えていた……はずなのに……なぜ?」
そのラーハルトの言葉は正しかった。マァムは、先ほど拳をラーハルトに打ち込む寸前まで閃華裂光拳の構えをとっていたが、その直前にその技の発動を止めていた。
「それは、……あなたの目がバランと同じ目をしていたから。もしかしたら、あなたもバランと同じように……」
マァムのその答えに、ラーハルトは皮肉な笑みを浮かべ、遠い目をした。
「ふ、ふふふ。そうだ……。俺は……人間と……魔族の混血よ……。人間だった俺の母は……、俺が……魔族の血を引いているという理由だけで……人間に迫害され……死んだ……。バラン様だけが……俺の悲しみを分かってくれた……」
自身の身の上を語るラーハルトの頬に、一筋の涙が落ちた。それは、マァムの流した涙だった。
「フフッ……。甘い奴だ……。他人の悲しみを……我が事のように……。女……。いや、マァムと……言ったな。……すまない。俺は……気づくのが遅かったようだ。お前に……託したい……。……バラン様を……ディーノ様を……頼む」
「ええ。分かったわ。きっとバランを止めて見せるわ」
そしてマァムは立ち上がり、ヒュンケル達の後を追った。