ダイとバランの闘いは、激化の一途を辿っていた。その両者の戦いにクロコダインとヒュンケルが参戦するも、その戦いの帰趨にほとんど影響を与えることが出来なかった。
それほど、
ダイは
そんなダイに、ヒュンケルが決死の覚悟で自身の鎧の魔剣を投げ渡す。しかし魔界の名工の手による鎧の魔剣を持ってしても、ダイの力にはおそらく一撃しか耐えられず、また、バランの真魔剛竜剣の強度にも劣っている事は確実だった。
そのためダイは一撃でバランを倒すため、ただひたすらバランに生じる隙を狙っていた。
仰向けに横たわるポップの身体の上を、清浄な光の粒子が十字の形を形成し覆っている。それは、レオナの唱えた
しかし、レオナは焦燥の念に捕らわれていた。それは、先ほどよりポップに対して
駄目なのか……。レオナの胸中を、絶望的な想いが占めていく。元々一度も成功した事の無い、極めて成功率の低い呪文だった。しかし、それでもポップほどの高位の賢者なら、きっと奇跡が起きると彼女は考え、ひたすらその呪文を唱えていた。
お願い、ポップ君! 戻って来てよ! あなたがダイ君達を引っ張らなくて、誰が引っ張っていくのよ!
レオナは、
おそらく彼は、そのダイの忘れがたい記憶を契機として全ての記憶を呼び起こさせようと、勇者アバンと同じく
だから、彼の行った事に対して一定の理解はできる。実際、確かにダイは全ての記憶を取り戻している。おそらく彼の取ったやり方以外で、ダイの記憶を取り戻す事は不可能だっただろう。それは分かる。
しかし、そこから先に彼はいったいどんな展望を持っていたのか……。勇者だけで、魔王軍との戦いを戦い抜いていけるはずもない。戦士であるヒュンケルやクロコダイン。武闘家であるマァム。そして、賢者なら彼には遥かに及ばないまでも、私も数えられるかもしれない。
だけど、それだけだ……。役割分担の話ではない。勇者
レオナの見た所、それが出来るのは彼しかいなかった。勇者アバンと1年以上にわたって刻を共に過ごし、その死の直前に至るまで勇者アバンの息吹を最も間近に受けていた人物。
彼しかいない。
先を見通す能力に長けた彼のことだ。彼は、自分が死んでもアバンの使徒の誰かが中心となって皆を引っ張っていくだろうと考えていたに違いない。しかし、彼の計算はたった一つの点において大きな間違いを犯している。それは、彼自身に対する自己評価の低さだ。
誰も彼の代わりはできない。……できないのだ。
レオナは、以前より彼のそうした自己評価の低さに気がついていた。気がついていながら、それを謙虚と言う名の美徳の1つと捉え特に指摘はしてこなかったが、事ここに至ってそれが誤りであったと痛感していた。
お願いよ、ポップ君。生き返って来てよ! それに、あなた、あんな言葉を2人に投げかけておいて、1人でさっさっと逝ってしまうなんて事、許されるわけないでしょう!
そんなレオナが必死で願う傍らで、気絶していたゴメが僅かに発光していた事に、誰も気が付いた者はいなかった。
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俺は今、ふわふわとした雲の上のような場所を歩いていた。いや、歩いていたという表現は違った。足が勝手に進むのだ。
なるほど、これがあの世へ続く道か……。そういえば、原作でもこんな描写だったような気がするな。すると、この先は三途の川になっていて、俺はそこを渡ってあの世にいくのかな……。
「ポップー!」
「うわ!? あー、びっくりした! はは、来たな、ゴメ。そろそろ来る頃だろうと思っていたぜ?」
いったいどこから現れたのか、俺の顔の前に突然ゴメが現れた。はは、本当にゴメがしゃべってるよ。想像していた以上に、かわいい声をしているな。
「そろそろ来る頃? そ、そんな事より、そっちへ行っちゃダメだよ! それ以上進んだら、本当の死の世界に行って帰れなくなっちゃうよ!!」
「うーん、そんな事言っても、足が勝手に進んでしまうんだよ」
「しっかりしてよ、ポップ! キミはこんな所で死んじゃダメだよ! 今までずーっといっしょにがんばってきたんじゃないか。ポップが死んじゃったりしたらボク……ボク……」
ゴメはポロポロと涙を零して俺を見つめる。ああ、初めてゴメと会話ができたというのに、こんな場面でごめんな、ゴメ。
「うん……、ごめんな、ゴメ。本当にごめん。それで、俺の事よりダイはどうなった? 記憶は戻ったのか?」
ゴメの話によると、どうやらダイの記憶は戻っている事、そしてバランはピンピンしていてまだ大暴れしているという事だった。そうか……、ダイの記憶は戻ったか。良かった、原作ポップの時は記憶が戻って、俺の時は戻らないと言う事だったら、いつかダイの所に化けて出てやろうと思っていた所だ。
しかし、バランはピンピンしているだって? 何故だ……? 原作ポップの二の舞はすまいと、ガチガチにあいつのこめかみに指を突っ込んでいたというのに……。
「ちっ。バランはノーダメージか。情けないな。あれだけ皆に協力してもらっておいて失敗しただなんて……!」
「そうだよ! だから、ダイ達が大変なんだ! ポップがいないと、みんな……!」
そうだな。ゴメの言う通りバランへの対応を急がないといけないな。ぐずぐずしていると、この雲の絨毯の上にヒュンケルやおっさん達まで浮かんできかねない。
「……分かった。じゃあ、ここからダイに対して援護をしてやるよ。ゴメ、どうやったか知らないけれど、あの時はお前が奇跡を起こしたんだろう?」
「あの時……? 何を言っているの、ポップ? ボクは何も……」
「良いから良いから。俺がダイにしてやれる最後の援護にして、大賢者最後の呪文になるんだ。……さて、となると、やっぱりこれが良いかな?」
俺は左右の手に
――!? いやいやいや、消し去ったらまずいだろう……! ついさっき、俺はバランが今後のキーパーソンになるって言ったばかりじゃないか。駄目だ駄目だ、さすがに
……危なかった。しかし、となると何が良いだろう? あんまりしょぼい呪文だったら、大賢者としての沽券に係わるよな。何と言っても、大賢者の今生における最後の呪文なんだぜ?
ふーむ、と俺は顎に手を当てて考えた。ゴメは俺のそんな様子を不思議そうな顔をして見つめている。
最後ぐらいはでっかい花火をパーッと……。花火……。ドカーン……。
――! そうだ、あれでいこう! 師匠から教わったというのに、まだ一度も実戦で使った事が無かったし、あれが良い!
「よしっ、派手な花火を打ち上げてやるぜ……! ゴメ、しっかりダイに届けてくれよな!」
そして俺は、何も見えない灰色の空に向かって両手を突き出した。
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「ぐあっ!」
ダイは、バランに生じた隙を狙って突進を仕掛けたが、その隙はバランが故意に作り出したものだった。バランの放った紋章閃がダイの左肩を射貫く。
「……かかりおった! しょせんはガキ。私とは戦いの年季が違うわ! さあ、これで最後だ! ギガブレイクで散れッ!!」
隙の生じたダイに対して、バランが
「「「ダイ!」」」
ダイの危機的状況に、地上から
しかし、そんなバランに向かって、突如地上より凄まじい程の爆発力を収束した爆球が放たれた。
ズガァァーン!!
ダイに向かって加速していたバランの背にその巨大な爆球が直撃した瞬間、極限まで圧縮されていた爆発力が瞬時にバランを包み込むかのように爆裂した。爆裂に伴い発生した凄まじい衝撃波は地表にまで達し、地上の木々は爆風で左右に激しく揺れた。空には、突如として巨大なキノコ雲が出現していた。
「――ガァアッ!! こ、これは
キノコ雲の発生源、つまり爆心地でその凄まじい爆発の直撃を受けたバランが、驚愕の声を上げた。
バランの言葉通り、それは
「バ、バカなぁッ!!? 死人が
人間の執念……! バランはこの時、初めて人間に恐怖を覚えた。
その
そのためにダイは、動揺しているバランに向かって加速した。その手には鎧の魔剣が逆手に握られていた。既にダイの身体は、先ほど地上から放たれた、おそらく魔弾によるものと思われる
「――アバンストラッシュ!!」
「――!?」
交錯する2人。
バランは自身の持つ真魔剛竜剣が根元からへし折られ、胸に真一文字の斬撃が浴びせられたのを知覚しながら地上に墜ちていった。そしてダイも同じく、全ての力を出し切った上に真魔剛竜剣から解放された電撃に全身を撃たれ、地上に墜ちていく。
「ダイ!」
地上に叩きつけられる寸前、マァムがダイの身体を受け止めその衝撃を和らげる。レオナを除く全員がそのマァムとダイの元に集まる。ダイは皆に力ない表情で、しかし、確かに彼らとの間に絆の感じられる表情を浮かべ彼らに礼を述べた。
「……皆、ごめんね。俺が不甲斐なかったせいで、皆にそんな酷い怪我をさせちゃって」
「ふふ。良いのよ、ダイ。本当に良かった……。お帰りなさい、ダイ」
マァムの言葉に、ダイは微かに頷きながら「うん、……ただいま、皆」と力なく笑顔を向けた。
そして、ダイがよろめきながらも立ち上がった時、その手に握ったままだった鎧の魔剣に異変が生じた。
「剣が……」
ダイの手にあった鎧の魔剣の刀身が、ボロボロと崩れていったのだ。ヒュンケルの言葉通り、右手に集約された
「ごめん、ヒュンケル……」
「気にするな、ダイ。お前の役に立ったのだ。これ以上の事は無いさ」
そう言って、ヒュンケルはダイの肩に手を置き微笑みかける。そのヒュンケルを見上げ、ダイはうん、と大きく頷いた。
「そうだ……! ポップ! ポップにもお礼と、いっぱい言ってやらないといけない事が!」
ダイは、
しかし、ダイの目に映った光景は、横たわるポップの傍でがっくりと肩を落とし涙を零しているレオナの姿だった。その姿を見た瞬間、ダイは自身の視界に映る全てが、一瞬で無彩色の世界へと変貌したかのように錯覚した。
いや、そう感じたのはダイだけではなかった。ダイの周囲に集まっていたクロコダイン、ヒュンケル、マァム、メルルまでも言葉を飲み込み、一瞬で
「ポ、ポップ……? レ、レオナ……。ど、どうしてそんなに涙を……? う、嘘だよね。嘘だと言ってよ、レオナ?」
よろよろとよろめきながら、そう言葉を絞り出すダイ。
「そ、そうよ。う、嘘よね、レオナ? だって、さっき……」
「ひ、姫様。……違います、間違いです。きっとポップさんは生き返って……」
レオナに、間違っていると言って欲しいという願いを込めて、首をかすかに振りながら呻くように声を発するマァムとメルル。
そんな彼らに対して、レオナはただ自分の力不足を詫びた。
「……ごめん、ごめんなさい、ダイ君、マァム、メルル。私の
「そ、そんな……」
フラフラとよろめきながら、ゆっくりとポップの下に近づくダイ……。その足取りは、先ほどまでのバランとの戦いの時とは打って変わって、力の感じられない歩みだった。それは、知りたくない、受け入れたくない、というダイの心情が行動に表れた結果なのだろう。
ヒュンケルとクロコダインは、言葉を発することなく、悔しげに下を向いた。元々低い成功率の蘇生魔法だ。たとえ失敗しても、レオナを責められるもので無い事は、2人も十分に理解していた。
「だ、だけど……さっきの
ポップの傍にたどり着いたダイは、レオナの肩に両手を置きそう声を投げかける。
「え、ええ……。さっきの
「う、うう……」
「ポップさん、ポップさん……」
ダイと同じようによろよろと崩れ落ちる様にポップの下に来たマァムとメルルは、そのポップの左右の手を胸に押し抱いて涙を流していた。それは、既に冷たくなっているポップの手に、温もりを取り戻そうとするかのような行いだった。
「う、嘘だ……。嘘だよ、そんなの……。ポップ……。目を開けてよ。俺から離れないって言ってくれたじゃないか。ポップの嘘つき……。う、うわぁぁぁ……」
ダイも、ポップの遺体にすがりつき大粒の涙を流す。ダイには、ポップが
『お前が何者であろうと気にしない奴は、俺だけじゃない。ここにいる全員がそうだ。お前は決して一人じゃない』
そうだと思う。レオナも、マァムも、ヒュンケルも、俺を人間じゃないからといって迫害したりしないと思う。だけど、……だけど、俺はポップに一番傍にいて欲しかったんだ。これからもポップと一緒に過ごしたかった。あの包み込むような笑顔を、これから先も向けていて欲しかった。
「――ダイ!」
ポップの遺体にすがりついて涙を流すダイに、突如ヒュンケルが緊張した声を発した。
その声に、皆がヒュンケルの視線の先を追う。
そこには、ラーハルトに肩を借りた満身創痍のバランが立っていた。その手に握られた真魔剛竜剣は鍔元より折れており、その全身は血だらけで立っているのが不思議なほど疲弊している様子だった。
「ま、まだやるのか!」
ダイは、涙を拭ってバランを睨み付ける。もう仲間は誰も傷つけさせない。ダイはそう決心していた。
「……虚勢をはるのは、よせ。もはや戦う力など一握りも残っていまい……。お互いにな……」
バランは、自身を睨み付けるダイに対しそう静かに言葉を返し、ラーハルトに肩を借りたままゆっくりとポップの遺体に近づいた。
確かに心臓が停止してる……。では、先ほどは何故……。バランの胸中を理解不能な感情が支配した。この男は、ディーノが最も大切に思っている男だったな。男の方も、ディーノとしきりに対話をすべきだ、と私に説いていた。その手を拒んだのは、私だ……。そして、私はディーノから、ディーノが最も大切に思っている男の命を奪ってしまった。
バランは、ポップの顔の上に自身の手を差し出した。そして、握りしめた掌から一筋の血をポップの口に垂らした。
皆が言葉もなくその様子を見つめている。マァムもメルルも、ポップの手を握りしめたまま、神聖な儀式のようにも見えるバランのその行為を見つめていた。
「
「「「!」」」
そのバランの言葉に驚愕するダイ達。
それだけを言って、バランは彼らに背を向けた。
「ディーノよ……。もはや何も言わん。お前は、お前の信じた道を進むがいい。そして次に会った時こそ雌雄を決してやる……! お前が私に勝てたら人間のために魔王軍を滅ぼすがいい! しかし、私が勝てば……私は人間を滅ぼす……!!」
「ま、まだそんな事を言うのか!?」
「……今更……生き方を変えられん。……大人とはそういうものだ……」
バランのその言葉に、ダイの「分からずやーーっ!!」という言葉が木霊した。
彼らが見つめる先で、徐々に小さくなっていくバランとラーハルトの背中。そんな時、バランに肩を貸していたラーハルトが、一度だけ背後のマァムを振り返り口を開いた。
「……マァム。その男が息を吹き返すかどうかは、俺には分からん。だが、その男がお前にとって大切な者なら、呼びかけてやるといい。俺もその男には貸しがある。あの時の雪辱を果たすためにも、その男には生き返ってもらわねば困る」
「ラーハルト……」
敵から送られた思わぬ言葉に、マァムは呆然とラーハルトを見つめた。
そしてラーハルトは、その後は一度も背後を振り返る事なく、バランと共に去って行った。
今週はここまでです。後2週で本章を完結予定です。次話は、『試される精神力』です。