「何だ、これ? 糸……か?」
今、俺の目の前には、上空から延びた細い糸が垂れ下がっていた。俺の周囲の様子は、先ほどまでの雲の上のような光景ではなくなっていた。気がついたら真っ暗な闇の中、目の前にキラキラと光る糸が垂れ下がっていたのだ。ゴメも、いつの間にか消えている。
これって、もしかしてこの糸を伝っていけば助かるのかな? ひょっとして、バランが自分の血を分け与えてくれた結果がこれか? 散々煽ったし、最後は
でも、何故糸なんだ? まるで児童文学の『蜘蛛の糸』みたいだな。俺にとっての生き返る試練のイメージが無自覚にこれだったって事なのかな? それとも、カンダタ繋がりなのか? 俺、あんな変な格好はしていないんだけどな……。
いずれにしても、あれだな。
俺は、その先が見通せないほど長い長い糸を見上げて、一つ息を吐いた。空は完全なる闇黒に閉ざされており、その常闇に一筋の糸だけが白く輝いて伸びていた。
さて、果たして俺にこの試練が突破できるんだろうか? 原作ポップは突破した。だけど、必ずしも俺がこの試練を突破できるかどうかは分からない。俺は原作ポップより弱いからな……。いや、上辺の強さの話をしているんじゃない。内面、つまり精神力の事を言っているんだ。
原作ポップは、俺より呪文の習得数は少なく、物語の序盤は臆病で、強い敵が現れるとダイを置きざりにして逃げ出すような人間だった。だけどロモスでは、なけなしの勇気を振り絞ってクロコダインと対峙した。バルジの島ではマァムを助けるためにハドラーにも臆することなく渡り合い、竜騎衆戦に至っては仲間から軽蔑される作戦を自ら選択し、たった一人で敢然と竜騎衆に立ち向かった。
あいつは凄い奴だ。心から尊敬する。原作を読んでいた時は、ポップはただ好きなキャラクターの一人だったが、この世界に来てからはもう完全に惚れ込んでいる。だって、読むのと実際に体験するのは偉い違いだ。クロコダインの威圧感、ハドラーの凶悪さ、ザボエラの卑劣さ、ミストバーンの不気味さ、そしてバランの圧倒的強者感。皆が皆、絶望に押しつぶされそうになるほどの強者だったが、あいつは少しずつ少しずつ成長しながら彼らと堂々と渡り合っていた。
同じ状況なら、俺にそんな真似が出来ただろうか? 俺はこれまでの戦いで、仲間を見捨てて逃げたりした事は無い。だけどそれは、原作ポップ以上の安全マージンを、原作が始まる前に俺が十分取っていたからこそできた話だ。その上、俺には原作知識があるときたもんだ。あいつと比べるべくもない。
多分、あいつと同じ状況に俺が置かれたら、俺はあいつほどの勇気を示せないだろう。いや、多分じゃない。絶対に無理だ。だから俺は、あいつより弱いんだ……。
さあ、そんな俺にこの糸を登り切れるのだろうか。いや、そもそも俺は生き返りたいのか……?
ああ、駄目だ、駄目だ。こんな事を考えている時点で、俺には生き返る資格なぞないのだろう。
仕方ない。挑戦もせずに諦めるのは良くない。やるだけの事をやってみるとしよう。
そして俺は、天より降りている光る糸をグッと握りしめた。
どれほど登っただろうか。下を振り返っても、既に登り始めた場所は真っ暗で何も見えない。最初こそ、俺以外の死人まで下からこの糸を伝ってくるのではと戦々恐々としていたが、そんな事は無かった。
そして、この糸を登るのにやはり腕力は関係なかった。必要なのは、生きるという確固たる意思、精神力だった。
【ま……だ……っているのか? あきら……の悪い……だな……】
ああ、また来たか。段々と間隔が短くなってきているな。
糸を伝って登っている俺の隣に、宙に浮くように黒い影がボワッと現れた。その影は、俺の姿を形どっていた。
【まだ登っていたのかよ。諦めが悪い男だな】
(ああ、そうだよ。諦めが悪くて、悪かったな)
【何度も言ったじゃねえか。生き返ってどうするんだよ? また痛い思いするだけだぜ?】
(痛い思いをしたって良いんだよ。俺はまだ15歳なんだ。生き返る事のできる可能性があるんなら、頑張るだけさ)
【はっ! 痛い思いをしても良いだと。よく言うぜ。お前の身体、傷だらけじゃねえか。何がマトリフのしるしだよ。その両手の火傷、見られたものじゃないぜ。身体だって、傷だらけじゃねえか。かっこつけているんじゃねえよ! 痛えなら、痛えって言えよ!】
(痛いよ。痛くないわけないじゃないか。だけど、俺が我慢したら、誰かが痛くなくて済むんだ。俺はそれで良いんだよ)
【けっ! 聖人君子を気取っているつもりか? 俺は知っているぜ。お前はこの世界が好きだと言いながら、どこかでこの世界に忌避感も抱いているだろう?】
(そう……だな。確かにそうかもしれない。この世界は確かに好きだ。だけど、この世界は死が身近にありすぎる。それが俺には耐えられないし、それを当たり前のものと受け止めている空気も嫌だ。俺はその世界を変えたい。世界はもっと、誰に対しても優しいものであるべきだ)
多分俺は、どこまでいっても現代的な日本人の感覚から抜け出せないんだろう。病気になったり疫病が発生するだけで、あっけなく人が死ぬ。天災による死者だって多い。俺の祖父母は疫病で他界しているし、メルルも両親は天災で亡くなっているという。
人生50年という敦盛を唄ったのは織田信長だったかな。この世界の平均寿命も、およそそんなもんだ。全く、こんなの戦国時代の日本かよって話だ。いや、前世でも、世界に目を向ければそんな環境の国はあったと思う。だけど俺には、平和な日本で生まれ育った記憶があるんだ。そんな環境を、ごく当然の事だと受け入れる事はできねえよ。
【残念だったな。ここから抜け出せないお前に、世界を変える機会は訪れねえよ。じゃあな。……また来てやるよ】
そう言って、俺の姿をした影は消えていった。はー、しんど。でもまあこの何もない空間で話し相手をしてくれるだけ、ましなのかもしれないな。
しっかし、あいつはもしかすると、もう1人の俺という奴なのかな? ほら、あれだ。ペルソナーッ、て言ったら出てくる奴。……そういえばあれ、6出たのかな? なんてこった、もう未練は無いつもりだったのに、前世でやり残した未練を思い出してしまったではないか。少しへこんだ俺は、それでも上を見上げて糸を登っていった。
【我は汝、汝は我……】
(…………)
【無視するんじゃねえ!】
(いや、だってさあ、こっちは真面目にこの試練に挑んでいるんだよ。正直、付き合っていられんよ)
【お前が望んだんじゃねえか!】
(望んでないよ。ちょっとペルソナっぽいなって思っただけだよ。そんな事より、この糸いくら登っても全然たどり着かないんだけど、本当に出口に繋がっているのか? 知っていたら、教えてくれないかな?)
俺は手を休める事なく、糸を上に上に登っていく。
【馬鹿か、てめえ。何で俺がそんな事を教えなきゃいけないんだよ! そんな事より、お前がここで死んでいた方が良い理由を、特別に教えてやるよ】
(へー、是非聞きたいね。何だい、その理由って)
【てめえは、この世界の事を前世で読んだ漫画で知っているんだろう? だが、その知識はここまでのはずだ。ここから先は、お前にとっても未知の領域だろう?】
(そうだな。確かに俺は、ここから先の『ダイの大冒険』の展開を知らないな。……それが?)
【察しの悪い奴だな。勇者
(ああ、そうだな。確かに、これまでのようにはいかないだろうね)
【だからお前は、ここで死んだ方が良いんだよ。ここで死ねば、お前は知謀に長けた稀代の大賢者という名声を得たまま、歴史に名を残す事になるぜ。だが、もし生き返ったりしたら、確実にお前は今まで築き上げた評価を落とす事になる。何て言ったっけな、そうそう、『晩節を汚す』って奴さ】
(なるほどね。確かにそういう考え方もあるな。だけど黒ポップ君、心配してくれるな。俺はそんな名声に執着はしていないし、晩節を汚す事に何の感慨も無い。むしろ、周囲に老害と言われるほどに長生きしたいと思っているのさ)
【ちっ、しぶてえ奴だ……】
黒ポップはそうつぶやき、消えていった。寂しいから、ずっといてくれても良いんだけどな……。
【なあ、お前どうして生き返りたいんだよ?】
再び現れた黒ポップが、そんな当たり前の事を尋ねてくる。
(今更、それを聞くのか? そうだな。色々理由はあるが、一つは俺がポップだからだな。俺はダイの相棒ポップとして、この旅を最後までダイと共に歩み、大魔王打倒を目指すべき立場の男だ。生き返って、ダイの手助けをしてやりたいんだよ。そんでもって、大魔王を倒して俺の好きな人達が安心して暮らせる未来を手にしたい)
【けっ。どうしてダイの相棒のポップが、この旅を最後までついて行けるって分かるんだよ?】
(何だって? いや、だって――)
【だってお前、知っているのはここまでだろうがよ。原作じゃあ、この後すぐにポップが死んじまう展開になっているかも知れないじゃないかよ】
(……。へー、その切り口は初めてだな。確かにその可能性は無い事はないが……)
【無い事はないっていうレベルじゃねえよ。考えても見ろよ。ダイは
(……)
【ここから先の戦いは、きっとこれまでとは次元が違うぜ? そんな戦いに、ただの武器屋の息子がついて行けたと本気で思っているのかよ? 早晩、戦いについていけなくて離脱するか、死んでしまうかするに決まっているじゃねえか。賭けたっていいぜ? あいつは、大魔王との戦いの前に戦力外になっているさ】
(……)
俺は初めて、自身の糸を握った両の手から力が抜けるのを感じていた。言われてみると、そうかもしれない。いやしかし、原作ポップは凄い奴だ……。俺の知っているあいつなら、きっと大魔王にも一泡吹かせられたはずなんだ。
だけど、それは俺の希望的観測でしかないのか……? 俺のそんな思いとは裏腹に、黒ポップは持論を展開する。
【俺の推測はこうだね。一度は死の淵から蘇ったポップ。しかし、早晩ポップは魔王軍の手によって暗殺される。ほら、あのおかしな死神がいただろうがよ。きっと、敵の挑発に乗って孤立したところで、あいつに殺られるんだよ。その死に悲しんだダイ達は、新たな仲間を迎え、結束を新たにして、これまで以上に魔王軍との戦いに臨んでいく。どうよ? 読者受けしそうな、ありそうな展開だと思わねえか?】
(そう……だな。俺の予想とは違うけれど、確かにその可能性もあるかもしれない。否定はしないよ。だけど、仮にそうだったとしても、原作と違って俺が最後までダイを支え続けたって別に良いじゃないか)
【違う、違う。そうじゃねえんだよ。俺が言いたいのは、お前がこれ以上頑張る必要がねえって事だよ。良いか、ポップは早晩死ぬ。だけど、大魔王バーンの討伐は出来るさ。それは確実に断言できるぜ。だって、友情、努力、勝利の少年誌で連載していたんだぜ? 負けて終わりのはずがないさ。絶対に勝って大団円を迎えるさ】
(……)
【お前の守りたい者、さしずめ故郷に残してきた両親や友人達か? そいつらも助かるさ。だって、勝つんだから。ポップがいなくてもな。だからさ、もうお前がこれ以上傷ついてまで、頑張る必要はないのさ。分かるだろう? 後は才能や血筋に恵まれた仲間達に任せて、お前は一足先にゆっくりさせてもらったらいいのさ。実際、お前はよくやったよ。だけど、お前の役目は、ダイをここまで連れてきた事で終わりさ。自分でも言っていたじゃないか】
(……そう、だな)
確かに俺の第1目標は、ダイをここまで導き真の
……いけない。少しずつ俺の両の手から力が抜けていく。……うん? いけない、のかな? もう十分と言っても良いのではないか? やるだけの事はやったじゃないか。後は皆に任せて……。
だけど、何か忘れていないか?
……そうだ、アバン先生だ。この世界には、アバン先生が欠けている。原作では生きていたに違いないアバン先生が、この世界では既に死んでしまっている。
俺はアバン先生の代わりの役割を果たさないといけない。これは俺に課せられた義務だ。ダイやマァム達もいくらかは肩代わりをしてくれるだろうが、一番重たい部分は俺が背負わないと駄目だ。
俺は再び両の手に力を込めて糸を握り直した。
【義務……ねえ。もう少しという所だったが、やっぱり駄目だったか……。やっぱこいつは馬鹿だ】
聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で黒ポップが呟いたかと思うと、その姿は忽然と消えていった。何がもう少しだったのかな……?
あれからどれほど登っただろうか。……おかしい。一向にてっぺんにたどり着かない。下を見ても、上を見ても、糸しか見えない。まるで、出口のない迷宮を延々と彷徨っているみたいだ。
何でだろう? 俺はアバン先生の代わりをしなければならないと心に決めて、再び登り始めたはずなのに……。
そういえば、さっきから黒ポップが現れない。あんなのでも、出てきてくれると気が紛れるんだけどな。
俺は、自分の握っている糸に視線をやった。この糸の輝きが徐々に失われつつある事に、俺は少し前から気づいていた。
ああ、これはやっぱり駄目だったかな。どうにも、この試練を突破できる気がしない。やはり俺は、原作ポップにはかなわないみたいだ。
アバン先生が果たすはずだった役割を代わりに果たしたいが、もうそれもダイやマァム、ヒュンケル達に任せてしまおうか。彼らならきっと、俺以上に上手くやってくれるだろう。
父さん、母さんに申し訳ない事をしたな。あまり悲しまないでくれると良いんだけど……。鞄の奥にしまったあの手紙。マァム達なら気が付いて、両親に渡してくれるだろう。
徐々に、糸を握りしめている俺の手の力が抜けていく。もう、楽になろうか……。
【……いけませんねー、ポップ】
(――!)
突然暗闇の中に現れた黒い影から発せられた声に、俺は再び両の手に力を込めた。その影の頭部のシルエットは、特徴的なカールが左右にくるっと巻かれているように見えた。思わず糸を握る手が震え、俺はごくりと唾を飲みこんだ。
(まさか、……アバン先生、ですか?)
【ええ、私ですよ、ポップ。久しぶりですね。元気でしたか? いや、ここにあなたが居る以上、元気では無いのかもしれませんね。あっはっは】
アバン先生のシルエットをしたそれは、両手を腰に当ててカラカラと笑った。その仕草は、紛れもなくアバン先生そのものだった。そう認識した瞬間、俺は頭にかーっと血が上るのを自覚した。
(な、何を……。い、いや、そんな事より、よく俺の前に姿を現せられましたね、アバン先生!)
【おや、何をそんなに怒っているんですか、ポップ?】
(何を、じゃないですよ! 何考えているんですか、
【おやおや? ポップこそ、今まさにその
俺はそのアバン先生の突っ込みに、思わずたじろいだ。
(うっ!? だ、だけど、俺とアバン先生では立場がまるで違うじゃないですか!! だいたい、どうしてあのペンダントを俺にかけたんですか! 魔王軍との戦いの事を考えたら、アバン先生が生き残る方が良いって事ぐらい、先生なら分かるでしょうが!!)
【ポップ……】
俺は思わずアバン先生に対して声を荒げていた。それは、あの日からずっとアバン先生に問いただしたかった、メルルにだけ打ち明けた身を焦がすような俺の葛藤だった。
(……み、皆もフローラ女王も、それを望んでいたんですよ。なんで、なんで……先生は……。い、いや、もう良いですよ。終わった事ですから……。ほら、もう……。せっかく現れたんですから、俺の代わりにアバン先生がこの試練を突破してくださいよ!)
【……ポップ?】
(……アバン先生がここで試練を突破したら、俺の身体にアバン先生が転生できるかもしれないじゃないですか)
【おお、なるほど……! それでは、私は15歳の若い身体で再び生き返るかもしれないという事ですね?】
アバン先生のシルエットは、さも感心したように手をポンと打った。その仕草を見ただけで、俺は思わず涙が出そうになった。それは、アバン先生との旅の間に、何度も目にした仕草だったから。
(そうですよ。皆、きっと喜びますよ? 俺じゃなくて大勇者アバンが復活するんですもん。そりゃあ、身体はアバン先生のよりちょっと、いや、かなり虚弱で頼りないかもしれませんが、魔力だけは自信あるんですよ。アバン先生なら、すぐに俺の身体を使いこなせますよ。フローラ様だって、若いツバメが出来たって大喜びされるかもしれませんよ。イケメンでないのが申し訳ないですが……)
【なるほど、なるほど……。……ですがポップ。それが本当に可能だと思っているんですか……? いえ、間違えました。……皆が、本当にそれを望むと思っているんですか?】
アバン先生が、そう俺に静かに問いかけた。
な、何を分かりきった事を言っているんだよ、アバン先生……。
(そ、それはそうでしょう。俺じゃなくてアバン先生が生き返るんですよ? そりゃー、最初は皆も驚くでしょうけど、すぐに皆これで良かったと――)
【ポップ……。……全く、あなたは相変わらずですねー。皆があなたの事を目で追っているのに、あなたはそれに気づこうともしない。ほら、感じませんか? あなたの両の手に、あなたを想う人のぬくもりが。あなたの耳に、あなたを呼んでいる仲間の声が】
(両の手のぬくもり? 俺を呼んでいる声?)
それを意識した途端、何もない無機質だったこの暗闇に、輝かんばかりの彩色が差した気がした。
『ポップ、お願いだよ、戻ってきてよ! 俺、ポップのための勇者になるって決めているんだよ! ポップがいなかったら、意味がないじゃないか!』
『ポップ。お前が闇に捕らわれた俺を、救い出してくれたのだ。お前は、俺にその借りを返させる事もなく逝ってしまうと言うのか!』
『勝手に、預けた命を返すなどと言いおって! 俺の命は、そう易々と返されるほど軽くはないわ! 早く起きぬか、ポップ!』
『ちょっと、ポップ君! 私は、まだ君にパプニカに仕官してもらうのを諦めてないのよ! こき使ってやるんだから、早く起きなさい!』
驚く俺の耳に、俺が戻ってくるのを待つ、そんな声が聞こえた。
そして、両の手からは、姿は見えないが優しいぬくもりと共に、声にならない悲鳴にも似た想いが伝わってくる。この手のぬくもりは、あの2人だろうか。どうやら、ずいぶんと泣かせてしまっているようだ……。
【ほら、ちゃんとあなたにも伝わったでしょう? 皆が、あなたが生き返ってくる事を願っているんです。馬鹿な事を言っていないで、しっかり考えなさい。さあ、あなたの生きたい一番の理由は何ですか?】
俺は、そのアバン先生の問いかけに、うつむいた。ダイ、ヒュンケル、クロコダイン、姫さん、それに……。
……会いたい。彼ら、彼女達にもう一度会いたい。ずっと蓋をしていた俺の心の奥底から、溢れんばかりの感情が溢れ出した。もう、自分の気持ちに嘘はつけなかった。
俺は、顔を上げた。アバン先生のシルエットは、目が霞んではっきりと見る事ができなかった。
(彼らと、まだまだ一緒に旅がしたいです。楽しい事も、苦しい事も共に経験したいです。……それと、……彼女達にもう一度会いたいです)
【ふふふ。よくできました。それでは、上を見上げてご覧なさい】
俺はアバン先生のその言葉に、頭上を見上げた。すると、あれほど到達地点が見えなかった、ただ糸が延々と続いていた闇黒の空間に、光のもやのようなものが突如出現していた。それを見て、なぜか俺は理解した。あれが、到達点だと。
(ど、どうして急に……)
【当たり前ではないですか……。まったく、あなたは賢いくせにどこか抜けているんですから……。私の代わりを果たさないといけない? 課せられた義務? そんな考えで、生きるという強い精神力を問われているこの試練を、突破できるわけが無いじゃないですか。この試練は、あなたの、仲間と共に歩みたい、好きな女性に会いたいというあなたの最も強い生命への欲求でもってしか突破できないものだったんですよ】
彼ら、彼女達に会いたい。たったそれだけの希求が、俺にこの試練を突破する力を与えたのかよ。俺は、俺が思っていた以上に彼らの事を求め、彼女達の事を好いていたらしい……。どうやら俺の心は、俺の頭より先に答えに辿り着いていたみたいだ。
それを俺が認識したとたん、俺の手が勝手に動き始めた。それはまるで、彼女達が俺の手を取って、早く登ってこいと言っているかのようだった。
(ちょっ!? あ、待って、アバン先生! 俺、まだ先生には言ってやりたい事が……!)
しかし、俺の戸惑いをよそに、俺の身体は頭からその光のもやの中に入り込み、すぐに周りの景色を見る事ができなくなった。
そして、俺の意識はここで途絶えた。
アバンの姿をしていた黒い影が、次第に分裂していく。分裂した黒い影は、いつしかポップの影の形を構築してまとまった。
『たく、手間を取らせやがって……! 頭でっかちに考えるんじゃなくて、最初から素直に好きな女にもう一度会いたいって言っときゃあ、こんな所とっとと抜け出せただろうに。我ながら、馬鹿な野郎だぜ!』
そして、ポップの影の形をした何かも徐々にその姿を消していった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ポップの指先がピクッと動いた。それを最初に感じたのは、ポップの左右の手をそれぞれ握っているマァムとメルルだった。
思わず2人は、顔を見合わせた。堪えきれないほどの喜びが、2人の胸中を占めた。
そんな2人の様子を見て、レオナがポップの胸に耳を添える。
トクン、トクン、トクン……。
レオナの耳が、その規則正しい心臓の鼓動を捉えた。
「……生き返った。……生き返ったわよ、ポップ君!」
そのレオナの声に、皆が奇跡が起きた事を知り、喜びが爆発した。
ダイは、未だ眠ったままのポップの頭を抱きしめ、涙を流しながら喜びに打ち震えていた。
そして、不意に先ほどバラン達が去った方角に目を向けた。
既にバラン達の姿はその視界に映らない。しかしダイは、自身も満身創痍な状態だったにも関わらず最後の力をポップに与えて去ったあの男に、初めて暖かみのようなものを感じ取っていた。
~~~~■■大陸 大魔王の間~~~~
■■大陸の最も深き場所 大魔王の間。そこに、天幕に周囲を囲まれた大魔王バーンの玉座があった。荘厳かつ、
「驚いたな……。まさか勇者達があのバランをも退けるとは……」
天幕に囲まれた玉座に座る者から、そんな感嘆とも取れる言葉が漏れた。その言葉を発した者こそ、魔界で神とも謳われる大魔王バーンその人だった。大魔王の間には今、大魔王バーンと死神キルバーンにその使い魔、そして魔影参謀ミストバーンがいた。
「ええ。子供とはいえ、さすがは竜騎将バランの息子。まさかあれほどの潜在能力を秘めていたとは思いませんでした。おまけに、厄介だったあの賢者まで生き返るとは」
「残念、残念♪」
死神キルバーンとその使い魔が、その言葉とは裏腹にニヤニヤと笑みを浮かべている。
「ふっふっふ。ミストバーンが暗殺を命じたのは、あの男だったか」
「ええ。良いところまでいったんですが、すんでのところで網から逃げられてしまいました。……氷の賢者、なかなか侮れない男でしたよ」
「でもバーン様、あいつ生意気な奴なんだよー!」
「……」
バーンの御前ではしゃぐキルバーン達を、ミストバーンが静かに睨みつけた。
「おっと、そう睨まないでくれたまえ、ミスト。次こそはあの男を始末して見せるさ」
キルバーンは、ミストバーンに対しスッと頭を下げる見かけだけは慇懃な態度を示した。そんな2人のやり取りをよそに、天幕の中のバーンは一人面白そうに呟いた。
「それにしても、なかなかに興味をそそられる呪文を見せてもらったな……」
その言葉に、キルバーンはミストバーンに下げていた頭を上げ、愉快げに笑った。
「ええ、本当に……。あれが12年前にアルキードを滅ぼした
「うーん、残念♪ キャハハハ」
キルバーンとピロロは顔を見合わせて可笑しそうに笑った。しかし、天幕の中から意識していなければ聞こえないほどの小さな声が漏れた。
「いや、そちらではない……」
「……え?」
「……」
キルバーンとミストバーンの2人が天幕越しにバーンに視線に投げ掛けるが、何故かそのバーンはただ自身の両の手に視線を落としていた。
その後、おもむろに顔を上げたバーンは、ミストバーンに対して命じた。
「
「……承知しました……」
ミストバーンはそうバーンに返事を返し、静かに大魔王の間から退出していった。
明日も投稿予定です。