転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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103話 やらかした後の後始末

 

「う、うう……ん。こ、ここは……?」

 

俺は、わずかに重く感じる瞼を少しずつ持ち上げて、俺を取り巻く状況を確認した。どうやら俺は、ベッドに横たわっていたようだ。それほど広い部屋ではない。ベッドだけで部屋の半分を占める程度の広さだ。ああ、ここには見覚えがある。バランと最初の戦闘をした日の夜に寝泊まりした、テランの城にほど近い小屋の一室だ。小窓からは、日の光がうっすらと差し込んでいる。どこか名残惜しさを感じる日の光、これは夕日だろうか……。

 

……そうか。俺は、どうやら試練を乗り越えて生き返ったらしい。俺は、あの暗闇の中での出来事を覚えていた。最後は結局、アバン先生に助けられちゃったな……。いつまで経っても、俺はアバン先生から卒業できない。

 

皆は無事だろうかと思い、視線を巡らしてびっくりした。俺の右手をメルルが、左手をマァムが手に取ったままの体勢で、そのまま俺にかけられているシーツの上に上半身を預けて眠っていたのだ。まだ眠るような時間では無いと思うんだが、今日は朝から激戦続きだったからな。よっぽど疲れていたんだろう。

 

あの時、暗闇の中で俺の手に感じたぬくもりは、やっぱりこの2人だったか。俺は、くすっと笑みを浮かべ、その押さえられている両手を引き抜こうと力を入れた。

 

……抜けない。意外にがっちりと押さえられているな、俺の両手。

 

無理に引っこ抜いて2人を起こしても悪いと考えた俺は、どうにかして2人を起こさずに引き抜こうと1人悪戦苦闘していた。そうこうしていると、カチャッと音を立てて突然部屋の扉が開いた。

 

扉の前に立っていたのは、ダイだった。

 

ダイは扉のノブを握った態勢のまま、俺と目を合わせた。その目は、驚きのためなのか徐々に大きく見開かれていった。

 

「……やあ、ダイ。元気だったか?」

 

俺はそんなダイに、そう声をかけた。ダイは、俺のその挨拶に返事を返さず、固まったままだ。そして、次第にその大きく見開いた両の目に、大粒の涙がポロポロと浮かんできた。

 

「お、おい、ダイ。何をそんなに泣いているんだよ? もしかして、どこか怪我しているんじゃ――」

 

「ポップー! ごめん、ごめんよー! 俺が、ポップの事を忘れたりしたから……! う、うゎあーん!!」

 

……びっくりした。突然、ダイがそんな風に泣きながら俺に抱きついてきた。やれやれ、両手が自由なら、その背中を撫でてやるところなんだが、あいにくと、俺は今両手を動かせない。

俺の記憶の中のダイは、俺の事を忘れてしまっていた。だけど、今のダイは俺の事を思い出しているんだろう。俺は、その事が無性に嬉しく、思わず俺も涙ぐんでいた。

 

だから、照れ隠しに言った俺の言葉の選択は、それほど悪くはなかったはずだ。

 

「……おいおい、ダイ。何をそんなに泣いているんだよ? ダイの記憶も戻ったし、俺もピンピンしているんだ。結果オーライじゃないか。ほら、いい加減泣き止めよ」

 

俺のその言葉に、俺の胸に顔を押しつけて泣いていたダイの肩がピクリと動く。

 

そして、そのダイの号泣で、俺の両手を拘束していたメルルとマァムも寝ぼけ眼で目を覚ましてきた。

 

「やあ、メルル、マァム。お早うさん。いつからそうしてたんだよ、2人共? そんな態勢で寝ていると肩がこるよ?」

 

何故か2人は、無表情な目で俺を見つめた。

 

「ポップ! 目覚めたのか!?」

 

突然、ダイによって開けられたままの扉から、おっさん、ヒュンケル、姫さんも駆け込んできた。あ、ゴメも彼らの頭の上からパタパタと飛んできた。そして、その後ろからはナバラさんがひょっこりと顔を覗かせた。

 

「ああ、皆。元気そうで何より。自己犠牲呪文(メガンテ)、失敗しちゃってごめんな。皆に迷惑をかけちゃったよな。次があったらきっちり仕留めるから、勘弁してくれ」

 

俺の耳に、ピシッという石に亀裂が入ったような音が確かに聞こえた気がした。駆けつけてきたおっさん達が急に押し黙ってしまった。ゴメは「ピ……!?」と言葉を発した後ポトンと床に落ち、ナバラさんは顔に手を当てて何やら呆れたような顔をした。

 

あれ? 俺、何かまずい事言ったかな? 俺がそんな事を考えていると、マァムがとろけそうなほど優しい笑顔を浮かべ、俺に問いかけた。

 

「……ポップ? 身体の調子はどう? どこか痛いところは無い?」

 

俺の身体を気遣ってくれる癒される笑顔だ。やっぱり、笑顔のマァムは可愛いな。

 

「いや? 何か分からないけど、体調はすこぶる良いよ。それがどうかした?」

 

「……そう。なら、少し力を入れてやっても問題ないわね……」

 

力を入れる? いったい何を……、と思った次の瞬間、俺の頬は、右に左にパパーンと張られていた。一瞬、意識がぶっ飛んだかと思うほどの衝撃だった。そして後から、ジンジンと痛みが伝わってきた。

 

え……、俺、今もしかして往復ビンタをマァムにされたの? マァムの手が高速過ぎて見えなかった。往復ビンタなんて、前世を含めても初めての経験なんだけど……。

 

俺が痛む頬に手を当てて呆然としていると、メルルが、「ポップさん? 怪我をするといけませんから、手を頬から離してくれませんか?」と、これまた天使のような良い笑顔を俺に向けた。

 

…………。

 

何のために、などと考える事ほど愚かな事は無いのだろう。俺は言われるがまま、そっと頬から手を離した。途端に、俺は再び左右の頬を張られた。とは言っても、マァムの時と違ってペチペチという程度の可愛いものだったが。

 

親父にもぶたれた事の無かった俺の頬は、目覚めてからわずかな間に既に2度ぶたれてしまった。

 

「……マァム。俺とヒュンケルの分もやってくれ。遠慮はいらん」

俺が呆然としていると、戸口に立っていたおっさんが剣呑な目つきで俺を見やりながら、マァムにそう依頼した。

 

ヒュンケルも、その隣で静かに頷いた。

「……殺しても構わん」

 

……え? 俺、生き返ったばかりなんですけど、すぐ殺されちゃっても良いの? もう、何を依頼したかなんて、考えるまでもなかった。

 

クロコダインとヒュンケルの依頼を受けたマァムが、再びベスポジを取った。

 

「ちょ、ま、待って! せめて、メルルに依頼して――」

 

パパーン(×2)

 

「――ぐはっ!?」

 

俺の嘆願は最後まで聞かれる事なく、再びマァムの往復ビンタが俺を襲った。それは、スナップの効いた神速の往復ビンタ2連発だった。待って……。ほ、本当に死ぬから。病み上がりならぬ、黄泉上がりの俺はもう息も絶え絶えだった。ていうか、立て続けに左右に捻られた首がやばい。超やばい。

 

しかし、まだ皆の俺に対する怒りは収まっていないようだった。

 

マァムの往復ビンタ2連発の後、ゴメがその小さな翼でペチペチと俺の頬をはたいた。うん、これはちょうどいい箸休めのようなものだ。ただ、肉体的なダメージは無くとも、泣きながら俺の頬をはたくゴメを見て、俺の精神力はがっつりと削られた。

 

そして次は、姫さんだった。鼻息荒く俺の前にやってくる、姫さん。メルルが、姫さんのためにベスポジを譲る。メルル……。しかし、マァムほどの事は無いだろうと、高をくくっていたら握り混んだ拳で思いっきり頬をぶん殴られた。え、待って……。とんでもなく強烈だったんだけど……。俺は、頭の上に星が複数飛んでいるのを自覚した。

 

「ふー……。すっきりしたわ」

 

そう言って姫さんが握り混んだ右手を開くと、ゴトッと音を立てて大きな石が床に転がったのを、俺の目は捉えた。

 

いったいいつからあんな石を持っていたのか、一国の姫さんが石を握り込んで殴っていいのか、など色々と突っ込みたかったが、どうやらこれで皆から俺への制裁は終わったようだ。……良かった。

 

 

……いや、まだ終わっていなかった。それも、どうやら特大の奴が残っていたようだ。

 

ダイが、顔をうつむかせたまま、わなわなと肩を震わせている。

 

「ピンピンしている? 次は仕留める? 何を言っているんだよ、ポップ。ポップ、死んじゃってたんだよ。どこが問題ないんだよ。次は、ってなんだよ。俺が、ポップが死んじゃってどれだけ辛かったか、分かっているの? ポップだけは、俺から離れていかないって言っていたよね?」

 

こ、怖い……。俺は初めて、弟分のダイに対して恐怖を感じた。これが、覚醒した(ドラゴン)の騎士の殺気というやつなのか。俺はゴクリと唾を飲み込んだ。周りをキョロキョロと見渡したが、誰も俺を助ける気はないようだった。それどころか、姫さんとマァムが俺の両腕をワシッと掴んだので、身動きすら取れなくなった。

 

「そ、そうだな……。次なんかあるわけないよな。し、失言だったよ。謝るよ。で、でもさ、俺ちゃんと言ったよな。俺がいなくても、別にダイは1人というわけじゃ無かっただろう? 皆がダイを支えてくれただろう? だから別に問題は――」

 

「ポップがいないと、何の意味もないじゃないか!! ――ポップの馬鹿!!!」

 

ガンッ!!!

 

ダイは俺の言葉を遮り、顔を上げたかと思うと、突然俺の頭に強烈な頭突きをかましてきた。

 

お、おぅ……。頭から火花が飛び出した。絶対に。

 

「い、痛っーー……!」

 

俺は涙目になりながら、頭を両手で押さえた。……なんて石頭だよ、ダイ。ていうか、お前今、頭に竜闘気(ドラゴニックオーラ)を纏っていなかったか?

 

痛たたた……と、頭を押さえてうずくまる俺の頭上から、姫さんの声がかかる。

 

「ふう……、これで、皆の溜飲も少しは下がったかしら。……ほら、ポップ君。いつまでも痛がっていないの。皆に言わなきゃいけない事があるでしょ?」

 

俺は痛む頭から意識を切り離し、姫さんを、そして皆に目を移した。そうだな。言わなきゃいけない事があるな。ていうか、これを最初に言っておけば、俺はこんな痛い思いをせずにすんだ気がするな。

 

俺は姿勢を正し、ぺこりと皆に頭を下げた。

 

「えーと、皆。勝手にあんな事をして、ごめんなさい。深く反省しています。もう、自己犠牲呪文(メガンテ)は使いません。……多分」

 

「「「「「――多分!!?/ピピィ!!?」」」」」

 

「あ、いや、絶対、絶対使いません。ほんと、ほんと。大賢者、嘘つかない」

 

ゴメも含めた全員から、即座に突っ込まれてしまった……。皆の、信用できぬ、という視線が痛い。

 

「はー……。正直、まだまだ言い足りないし、殴り足りない所ではあるけれど、他にも問い詰めないといけない事があるから仕方ないわね。この続きは、また今度にしておきましょう」

 

姫さんが、やれやれとでも言いたそうに肩をすくめる。え、まだ続くの? もう終わりじゃなかったの? ていうか、他に問い詰めないといけない事って、何だろう? まだ俺、何かしたっけ?

 

「じゃあ、マァムとメルルを残して、私達は下がりましょ。ほら、ダイ君行くわよ」

 

「え、俺達がいたら駄目なの? 何があるの、レオナ?」

 

「ダイ君には、まだちょっと早い話よ。じゃ、マァム、メルル、しっかりやりなさいよ」

 

そう言って姫さんはダイを半ば引っ張りながら部屋から出て行った。他のメンバーも同じく退出していった。

 

……そして、部屋には俺とマァム、メルルだけが残された。2人は、俺のベッドの左右に備え付けられている丸椅子にそれぞれ腰を下ろす。

 

えーと、何だろう。俺はこの2人だけが残った理由が分からないまま、未だにジンジンと痛む頬に手を当てていた。

 

何かを言いよどんでいたマァムが、はたと手を打って口を開いた。

 

「あ、ポップ。その顔の腫れ、回復魔法で治すのは禁止よ。しっかりと反省する事。いいわね?」

 

「……はい」

 

マァム達がいなくなったら、前みたいに治して変身呪文(モシャス)で偽装を施すとしよう……。

 

「祝勝会の時と同じ手口が通じるとは思わない事ね。次はしっかりと、変身呪文(モシャス)で偽装されていないか調べるわよ」

 

ゲッ! やっぱりバレていたか。調子に乗って、マァムの前でバランにネタばらしするんじゃなかったな……。

 

「……祝勝会の時って何の事ですか? ポップさん、いったい何をしたんですか?」

 

「何にもしていな――」

 

「後で教えてあげるわ、メルル」

 

「お願いします、マァムさん」

 

「……」

 

……なんだなんだ。この場は、俺がこれまでにやらかしてしまった事の情報共有の場としてセットされたのか? 

 

「えーと、マァム、メルル。2人の話って、それだけ? それなら――」

 

「そ、そんな訳ないでしょ! 私達が残ったのは、……ほら、あれよ。あなたが、自己犠牲呪文(メガンテ)を唱える前に言った、あの件よ……」

 

自己犠牲呪文(メガンテ)を唱える前に言ったあの件? なんだそれは? あの時は、皆に一言ずつ別れの言葉を伝えて、それから自己犠牲呪文(メガンテ)を唱えただけ……だったよな。

 

あれ? いや、待て。俺その前に、何かこの2人に言ったぞ。あれは、確か……。

 

『2人とも、好きだったよ。いつか一緒になりたいと思うほどに』

 

あ、……ああッ!!!

 

お、俺、何て事を口走ってしまったんだよ!!

 

ちょ、完全にこれ、忘れてたんだけど! 

 

何が、『旅の恥は掻き捨て』だ! 旅、終わってないじゃないかよ!

 

いや、待って。俺、これ覚えてたら、あの試練突破してまで生き返ってこようとしてなかったわ、マジで……。

 

駄目すぎるだろう、これは。姫さんが、問い詰めないと、と言うのも当然だ。切腹ものだよ、これ。2人に対してそんな事を言ってしまうなんて、どんだけ自意識過剰なんだよ俺。なろう小説の主人公にでもなったつもりかよ。あの時の俺は、精神的にとち狂っていたんだ。うん、そうだ、そうに違いない。

 

マァムが何の事を言っているのか理解した俺は、まず姿勢を正す所から始めた。死に装束があったら、それを着る所から始めたいぐらいだった。

 

「……ポップ?」

「……ポップさん?」

 

俺はベッドの上で正座をし、そしてそのまま土下座した。

 

「2人に対して、大変失礼な事を言ってしまいました。大変申し訳ありません。煮るなり焼くなり好きにして下さい……」

 

「ちょ、ちょっと顔を上げなさいよ、ポップ! 私達、そんなつもりじゃあ……!」

 

「そうですよ、ポップさん! 顔を上げてください!」

 

「いや、そうはいかない。2人が許してくれるまで、顔を上げるわけには……」

 

「もう! 許すとか、許さないとかの話がしたいんじゃないんです! ポップさん!」

 

「そうよ! いきなり何しているのよ! とにかく顔を上げてポップ! これじゃあ、話もできないでしょ!」

 

……ん? 許す、許さないの話じゃないの? 2人と一緒になりたいなんて、屑の発言をした俺を断罪する場じゃないの、これって?

 

俺は恐る恐る顔を上げた。

 

「全くもう……。私達が聞きたいのは、この間の言葉が本気かどうかって事よ。ほら、す、好きとか、い、一緒になりたいとかっていう部分よ……」

 

マァムが顔を赤らめながら、俺にそう問いかける。メルルも真剣な眼差しで俺を見つめている。

 

本気か、本気でないか……。それなら答えは決まっている。

 

……本気だ。

 

俺は、マァムの真っ直ぐで、誰に対してもその心に寄り添って愛情を注ぐ姿が好きだ。そして、メルルの控えめながらも実はその中に強い芯があって、いつも自分ではない誰かのために強くありたいと願っているその姿が好きだ。

 

だいたい俺がこうして生き返れたのは、2人にもう一度会いたいという俺の切なる願いが強い生きたいという希求に繋がったからなんだ。あの日の差さない暗闇の世界でそれを自覚した俺は、今更その思いに嘘はつけない。

 

だけど、だけどだ……。俺が彼女達を求める事と、彼女達が俺を受け入れるかどうかというのは、また別問題だ。

 

正直に答えないとアバン先生に対して嘘をついた事になると考えた俺は、マァムの問いかけに正直に答えた。

 

「……本気だよ。2人の事が好きだって言う言葉に嘘はない。でも、こんな事許される訳ないという事もよく分かってる。マァムとメルルの気持ちもさることながら、2人に対してこんな事を言うなんて。俺は最低の男だ。だから、本当にごめん。できればあの言葉は忘れてもらって、これまでと同じ対応をとってくれるとありがたい!」

 

そして俺は、再び2人に土下座した。ああ、もうこのまま切腹して死んでしまいたい。顔から火が出るとはこの事だ。どれほどそうしていただろうか。俺にとって永遠のように感じた時間が経過した時、額をシーツに押しつけて謝罪する俺の頭上で2人が口を開いた。

 

「本気、だって……。どうする、メルル?」

 

「ふふふ。私、嬉しいです。昔からの夢が叶って。本当に夢のようです」

 

「まあ、メルルはそうよね。私は……。はー……。仕方ないか、好きになっちゃったんだもんね。ほら、ポップ。だから、顔を上げなさいって言っているでしょ!」

 

俺はゆっくりと顔を上げた。もう殺してくれていい。許される事なら、今から誰もいない場所に行って自分のこめかみに指を突っ込み、もう一度自己犠牲呪文(メガンテ)を唱えたい。俺はまさにそんな心境だった。

 

「……良いわよ。一緒になってあげるわよ、あなたと」

 

「私もです! ポップさんと人生を一緒に過ごせるなんて、夢みたいです!」

 

は? な、何言っちゃっているの、この人達? 俺、自己犠牲呪文(メガンテ)の衝撃で耳がおかしくなったのか?

 

「……え? な、何で……? 何でそんな事になるの? ……ちょっと2人とも、頭大丈夫?」

 

「失礼ね! 大丈夫に決まっているでしょ! ポップが言い出したんでしょ! 2人と一緒になりたいだなんて!」

 

「そうですよ! それとも、ポップさんは私じゃなくて、マァムさんとだけ、その……夫婦になりたいんですか? 私と一緒になるのは嫌ですか?」

 

「え、あ、……い、いや! 2人共好きだよ! だ、だけど、倫理的にそれは駄目だろうと……!」

 

悲しげに顔をうつむかせるメルルに、俺は慌てて手をパタパタと振る。そんな俺に、何か達観した様子のマァムが口を開いた。

 

「まあ、確かに複数の人と結婚している人はあまり見ないわね。でも、別に駄目という訳じゃないわよ?」

 

「ええ。私も希にですが、旅の途中でそのような夫婦の形を取られている方を拝見した事はありますよ」

 

「え……。そ、そうなの? い、いや、だけど、それにしたって2人は良いの!? 自分1人だけを見てくれる男と結婚したいとか、思ったりはしないの!?」

 

俺のその問いかけに、マァムは若干顔を赤らめ、俺と視線を合わさないまま小さな声で答えた。

 

「それはまあ、正直少しはそう思わない事もないけど……。でも、1番大事なのは、私が誰と一緒になりたいかって事よ。私は……まあ……、ポップなら良いわよ。自分の事より周りの人の痛みや幸せばかりを気にかける優しい所。誰もが挫けそうな時に勇敢に困難に立ち向かう所。そんな所が、す……好きかもって思ってるし……。時々それが行き過ぎて、今回みたいな馬鹿な事をしちゃうところが玉に瑕だけど……」

 

そしてメルルも、花のように微笑んで口を開いた。

 

「ふふふ。私もそうですよ。私の事もちゃんと見てくれるのでしたら、私も気にしません。それに、私はマァムさんと一緒でむしろ嬉しいです。だって、私一人じゃいつも無茶するポップさんを、抑えきれませんもの」

 

「あら、それは私もよ、メルル。今回の件で私も懲りたわ。ポップの面倒は、私一人じゃ手に余るもの。一緒に頑張りましょう?」

 

「はい、マァムさん!」

 

え、良いの、それって? この世界って一夫一妻制じゃないの? 後で重婚だなんだって捕まるのは御免だよ?

 

俺は思わず頬をつねっていた。痛い……。これは夢じゃないようだ。

 

良いのか、これ? 2人は良いと言っている。いや、しかし、本当に良いのか? あまりに俺に都合の良すぎる話じゃないか。

 

「……。え、と。も、もう一度聞くよ? 2人とも、俺なんかと一緒になりたいって本気で思っているの? だって、俺だよ? 誰かに精神混乱呪文(メダパニ)かけられてない? ドッキリだったら今言ってね? 2人なんだよ? 一夫一妻じゃないんだよ?」

 

俺がそう2人に問いかけた直後、急に部屋の扉が『バンッ』と音を立てて開いた。飛び込んできたのは、姫さんだった。俺は一瞬、その手に『ドッキリ 大成功!』と書かれた看板を持っているのではと思ったが、もちろんそんな事は無かった。

 

「ああ、もう、煮え切らないわね! 2人がそれが良いって言っているんだから、良いじゃない! だったら君はもう、2人まとめて養う気構えを持ったらそれで良いのよ! ――違う!?」

 

俺はその姫さんのあまりの剣幕に、こくこく、とただ頷きを返す事しかできなかった。

 

「ちょっとレオナ。いつから聞いていたのよ、全く……」

 

「姫様、恥ずかしいです……」

2人から向けられるジトッとした視線を全く気にせず、姫さんは腕を組んで鼻息荒くふんぞり返った。

 

「もちろん……最初からよ! こんな面白い、違った、こんな大事な話を私が聞き逃す訳無いでしょ!」

 

その姫さんの言葉に、マァムとメルルは見つめ合ってやれやれと言いたげに苦笑している。

 

「そしてポップ君! 2人を養うのは大変よ! その覚悟が、はたして君にあるのかしら?」

 

姫さんが、フフンとばかりに顔を仰け反らして俺に問いかけるので、そんな覚悟が全く無い俺は自信なげに答える結果となった。

 

「え、えーと、……頑張ります?」

 

「何よ、頼りない言葉ね! ふふふ。それじゃあ優しい私が、そんなポップ君に良い働き口を紹介してあげるわ! パプニカ王国 宮廷魔術師よ! どう? お給料、弾むわよ♪」

 

「あ、それは遠慮しておくよ」

 

「――どうしてよ!?」

 

どうしても何も、前に言ったじゃないか……。姫さんの元で働いたら、俺、絶対胃に穴が空いちゃうよ。それに、俺が死んでいる時に、姫さんが俺をこき使ってやるって叫んでたの、しっかり覚えているんだからな……。

 

「ちょっと、レオナ。私だって働くわよ。ポップ一人に負担をかけるつもりはないわよ」

 

「わ、私もです! 占いしかできませんが、私がポップさんを養うぐらい頑張るつもりです!」

 

え? そうなの? だったら俺、ヒモになれたりするのかな? それ、良いかも。2人に養ってもらいながら、毎日趣味に没頭して日がな一日を過ごす。この過酷な魔王軍との戦いの果てに、そんな未来が待っていたら最高だな。

 

「キーーーー! 諦めないわよ、私は絶対に! 大賢者のくせに、賢者の国に仕官しないなんて、そんな事許されるわけないんだから!」

 

まるでどこかで見た漫画の世界のお嬢様のように、ハンカチを口に加えて悔しげに引き絞る姫さん。そしてひとしきり悔しげに叫んだ後、風のように部屋から飛び出していった。

 

何だったんだ、今のは……。

 

俺達3人は顔を見合わせて、誰からともなく笑い合った。

 

「あ、あははははッ」

「ぷっ、ふふふふッ」

「くすくすくす」

 

その重なる笑い声を聞きながら、俺はこんな風に笑い合いながら人生を過ごせるのなら、それも悪くないかと考えていた。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

side ダイ

 

時は少し遡る。

 

 

 

「皆、本当にごめんね。俺が皆の事を忘れちゃったせいで……」

 

バランとの戦いの後、俺達はボロボロの身体を引きずって、森の中にある小屋に移動していた。ポップはまだ隣の部屋で眠っているままだ。心配だけど、脈はしっかりしているし、今はメルルとナバラさんがついていてくれているから大丈夫だろう。俺と同じように、テーブルを囲んだ椅子に腰掛けていたレオナが、ほっとした笑みを浮かべて口を開いた。

 

「良いのよ、ダイ君。今はもう私達の事を思い出してくれているんでしょう? それなら、それだけで十分よ。ねえ、皆?」

 

「うむ、姫の言うとおりだ。どうだ、ダイ。もう、俺の顔は怖くはないだろう?」

 

「え……、う、うん。怖くないよ」

 

俺はクロコダインの顔は怖くはないけれど、多分知らない人が初めて見ると怖く感じるだろうな、とは思った。言わないけれど……。でも、俺の言葉に満足したのか、壁に背中を預けていたクロコダインは、うんうんと満足そうに頷いている。

 

そのクロコダインに、「意外に気にしていたのだな」と笑いかけるヒュンケル。そしてヒュンケルは、俺の方に視線を投げかけた。

 

「ダイ、バランとその奥方ソアラ殿の身に起きた事はさきほど話したとおりだ。ソアラ殿……、お前の母親になるが、気を落としているのではないか?」

 

「え、うん……。そうだね。バランがあんな奴だったから、お母さんはどんな人だろうって思っていたけど、とっくに死んじゃっていたのはやっぱり寂しいかな。でも、俺には爺ちゃんもいるし、ポップも、ゴメちゃんもいるから大丈夫だよ!」

 

「ピピィッ!」と元気よく翼をピシッと掲げるゴメちゃんの身体を俺は優しく撫でた。ゴメちゃんにも、寂しい思いをさせちゃったな。

 

「そうか……」と、ふっと笑みを浮かべるヒュンケル。その隣でレオナが、「もう……! そこは私の名前を出してくれても良いところじゃないの!?」と不満げな声を上げた。

 

「ダイ……、やっぱりバランの事は父さんとは呼べない?」

 

マァムが、そうどこか遠慮がちに俺に尋ねる。バラン……。ポップを生き返らせてくれた事は嬉しいけど、そもそもあいつのせいでポップが死んじゃったんだし……。それに、ポップをいきなり殺そうとした事も許せないし……。

 

「うん、ちょっと無理……かな。次に会ったら雌雄を決するって、あいつ言ってたし……」

 

「そう……。でも、ダイ。これだけは覚えておいて。ポップは、バランを殺そうと思ったら殺せる手段があったのよ。それでも、バランがダイにとって、たった一人の肉親だから最後までその手段を執らなかったわ。それほどまでに頑張ったのに、ダイとバランがまた殺し合ったりしたら、ポップが悲しむと思うわ……」

 

そのマァムの言葉に、俺は思わず視線を落とした。うん……、それは分かっている。あれだけ強かったバランだけど、ポップが最初からバランを殺そうと思って戦っていたら、ポップならそれが簡単に出来たはずなんだ。だってポップは、誰よりも強い世界一の魔法使いだから。ポップが必死で守ってくれたものを、俺が自分から壊す訳にはいかない……。

 

そう考えた俺は、顔を上げてマァムの顔を見返した。

 

「うん……。俺、まだあいつを父さんとは呼べないけど、次はいきなり剣を抜くんじゃなくて、ポップがやったみたいに話してみるよ。それでバランが剣を引いてくれるかどうかは分からないけれど……」

 

「そう……。ふふ。ダイからそんな風に歩み寄ったら、きっとバランも答えてくれると思うわ。バランにも、ポップの言葉はきっと届いていると思うから……」

 

うん、と俺はマァムに頷きを返した。ちょうどその時、ポップの様子を見ていたメルルが部屋に戻ってきた。

 

「あ、メルル! ポップの様子はどんなだった?」

 

ポップの容態は皆が気にしていたのだろう。俺の言葉に、皆も伺うような視線をメルルに向けた。

 

「はい、もう呼吸も安定していますので大丈夫だと思います。お婆様の見立てでは、後1、2時間もしたら目を覚ますだろう、と……」

 

「そう、良かった……」とマァムが心からほっとしたようなため息をついた。クロコダインとヒュンケルも、言葉には出さないまでも安堵の息をそっと漏らしていた。

 

そんな中、レオナは腕組みをして皆に厳しい視線を投げかけた。俺は、レオナのその右手に何故かさっきから石が握りしめられている事に気づいていた。あの石は、さっきレオナが小屋の裏手であーでもない、こーでもないと言いながら物色していた石だ。レオナは、あの石を何に使うつもりなんだろう?

 

「でも、皆。ポップ君が目を覚ましたら、しっかりと今回の件はお灸を据えておく必要があるわよ……!」

 

「無論です、姫。あいつは、自分の立場が全く分かっておらぬ! 俺が死のうが、誰が死のうがあいつだけは最後まで生き残って皆を引っ張っていかねばならぬのに、真っ先にその身を投げ出すとは……!」

 

クロコダインが、唸るように怒気を上げた。その隣でヒュンケルもコクッと頷いた。

 

「クロコダインに同意する。マァム、それにメルル。お前達も、今回ばかりはあいつに甘い顔をしないようにな」

 

「ええ、もちろんよ。しっかり言い聞かせておかないと、ポップの事だからいつかきっとまた同じ事をするわ。メルルも良いわね?」

 

「はい……! もちろんです!」

 

控えめな印象のあったメルルが、マァムの言葉に瞳に強い意志を込めて頷くのを、俺は意外に思って見ていた。俺の肩に乗っているゴメちゃんも、「ピピッ!」とレオナに敬礼するかのように右の翼を高く掲げる。

 

うん、俺もレオナの言う通り説教が必要だと思っていた。以前デルムリン島で、ポップは自分の手首を自分の魔法で傷つけたけど、今回はその比じゃないぐらいの事をポップはした。もちろんそれが俺の記憶を蘇らせるためだったという事は分かっているけれど、そのために自分の命を捨てるなんて絶対に許せない。

 

もう絶対に同じ事をしないように、きつく叱っておかないと……!

 

俺がそう決意していると、レオナが「そう言えば……」と言って、マァムとメルルの方に視線を投げかけた。

 

自己犠牲呪文(メガンテ)の事は皆で彼をやり込めるとして、2人は2人で、ちゃんとポップ君を問い詰めた方が良いわよ?」

 

ポップを問い詰める……? 自己犠牲呪文(メガンテ)以外に、何かマァムとメルルがポップに問い詰める事があったかな? 俺はレオナの言葉の意味が分からず首を傾げたけれど、マァムとメルルはその意味が分かっていたみたいだ。2人は、どうしてだか急に赤い顔をしてソワソワとし始めた。

 

「……で、でもレオナ。あれは私の聞き間違いだったのかもしれないし……。ポップがあんな事を言うはずが……」

 

「そ、そうですよ、姫様。マァムさんの言う通り、あれは空耳かもしれませんから……」

 

蚊の鳴くようなか細いマァムとメルルの言葉に、レオナは呆れたような表情を浮かべた。

 

「何言っているのよ、2人共。2人がしっかり聞いているのに、聞き間違いや空耳なわけないでしょう。ねえ、ヒュンケル、クロコダイン。2人もしっかり聞いたでしょう?」

 

レオナに尋ねられたヒュンケルとクロコダインは、愉快そうに笑みを浮かべて答えた。

 

「ふっ……。ええ、俺の耳にも確かに聞こえました」

 

「うむ……! 俺も聞きましたぞ! 確か、『2人とも好きだった』でしたかな。わっはっは、ポップもなかなか大胆な事を言うものだ!」

 

クロコダインの言葉に、マァムとメルルは更に顔を赤くしたように見えた。それを見たクロコダインは、不思議そうな表情を浮かべた。

 

「む……? どうしたのだ、2人共? お前達もポップの事を憎からず思っていると俺は思っていたが、違ったのか?」

 

「えっ!? え、えっと、そ、そうだっ! 私、ポップの所に行ってナバラさんと交代してくるわね! じゃ、じゃあ……!」

 

「あ、ま、待ってください、マァムさん! わ、私も……!」

 

クロコダインの言葉に、マァムは突然あたふたしたかと思うと、逃げる様に席を立った。そして、どうしてだかメルルもそれに続く。

 

部屋には、レオナとヒュンケル、それに俺とゴメちゃんだけが残された。

 

「ふーむ、俺は何か余計な事を言ってしまったかな……?」と、クロコダインが顎を摩りながらポップの眠っている部屋の方に視線を投げかけた。

 

「別におかしな事は言っていないと思うけど、ポップ君が2人共に告白したって所が、すんなりと頷けないんじゃないかしら」

レオナもポップのいる部屋の方を見てそう言った。

 

「2人共……? それが何か問題なのですかな? リザードマンの世界では、男の器量が十分であれば複数の女性を娶るのはごく当たり前の事ですが……? いや、もちろんその逆も然りですが」

 

「……クロコダイン、さすがに男と女の問題で、人間とリザードマンを同列で語るのはよした方が良い」

 

ヒュンケルが、苦笑しながらクロコダインを諭す様に口を開いた。

 

「ふふふ。でも、さすがにリザードマン程では無くても、人間の世界もそういうケースが無い訳じゃ無いわよ。それに、私の予感では、多分ポップ君達はそっちの方が上手くいくんじゃないかしら……。うふふふ。これは、天然ジゴロのポップ君にチェックメイトをかける絶好のチャンス到来ね。パプニカの恋愛王の名に懸けて、マァムとメルルの2人共を幸せにして見せるわよー!!」

 

そう鼻息荒く拳を握りしめるレオナを、俺達は苦笑いを浮かべながら見つめていた。

 

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