転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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104話 ハドラー軍団最後の戦い

~~~~テラン城 近郊~~~~

 

 

ガサッ、ガサガサッ……。草を鬱陶しそうに払う音が、わずかに周囲に漏れる。

 

勇者一行(パーティー)と竜騎将バランによる激闘の痕がまだ生々しく残るテラン城近郊の森の中に、2体の魔族が潜んでいた。陽はとうに西の空に沈み、月が空に浮かんで久しい時刻だった。

 

1体は、魔軍司令ハドラーだった。ハドラーは、勇者ダイの抹殺を目的としてこの地に来ていた。魔王軍は、先の勇者達とバランの闘いの帰趨を、悪魔の目玉による映像から把握していた。

 

そしてハドラーは、勇者ダイが竜騎将バランの息子であるという事実を秘匿していた事について、大魔王バーンより厳しい叱責を受けていた。

 

大魔王バーンは、ハドラーの犯した3つの失敗をハドラーに突きつけた。1つは、ロモス、パプニカを奪還され軍団長の離反を招いた事。2つは、バルジ島における敗北。そして3つは、今回の1件。

 

本来なら、この3つの失敗によってハドラーは粛清されるはずであったが、唯一アバンの抹殺に成功していた事で、かろうじてハドラーは命拾いした格好だった。そして大魔王バーンは、ハドラーに最後通告を下した。

 

『勇者ダイとその仲間を全滅させる事。さもなくばその命は無い』、と……。

 

つまりこれは、ハドラーにとって大魔王バーンより与えられた最後のチャンスだった。

 

そしてそれは、ハドラーに付き従っているもう1体の魔族も同様だった。もう1体の魔族、それは妖魔師団長ザボエラだった。大魔王バーンの腹心とも言えるミストバーンを除けば、最後の魔王軍六大軍団長の一人。この男もまた、魔軍司令ハドラーの失脚と共に自身の身が危うくなる立場だった。

 

「……ザボエラ。ダイ達が、この先の小屋にいるのは間違いないのだな?」

 

「ヒッヒッヒ。間違いございません。先ほど悪魔の目玉で確認しました。今は、小屋の外に女が一人で見張りに立っているのみ……。おそらく、勇者ダイを含めその他の者は皆十分に傷が癒えておらぬと見えます」

 

「よし……。では、その女から始末する。もはや俺達に悠長に構えている時間は無い。奇襲で一気に片をつけるぞ……!」

 

「それでは、女の始末は儂にお任せくだされ。ヒッヒッヒ……」

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

side マァム

 

私は今、皆が休んでいる小屋の外で魔王軍の襲撃を警戒して見張りに立っていた。生き返ったばかりのポップは、あの話し合いの後また眠ってしまった。そして、ダイやヒュンケル、クロコダインも皆ひどい怪我と出血をしていて、レオナが回復魔法をかけてもすぐには戦闘が可能なほどには回復しなかった。そのため、比較的軽症だった私が手を上げる形で見張りに立っている。

 

既に辺りは真っ暗だ。ときおり鳥や虫の鳴き声が聞こえるぐらいで、昼間のバランとの激闘が嘘だったかのように、周囲を静かな静寂が包み込んでいた。

 

1人になった事で、私は先刻のポップやメルルとのやり取りを思い出していた。実は、あの後3人で話し合い、結婚とかそういう話はこの魔王軍との戦いが終わった後に、改めてきちんと話し合おうという風に変わっていた。それは、ポップの『まだ魔王軍との戦いが続くのに、それが終わったら結婚しようなんて、死亡フラグ以外の何物でもない』という言葉が発端だった。

 

死亡フラグという言葉の意味が良く理解できなかったけれど、私は、まだ激闘が続く中そんな事にうつつを抜かしていられないと言う意味にその言葉を捉えた。

 

確かに、魔王軍との戦いに勝利する事が今は一番大事な事なので、私もその意見に同意した。それは、メルルも同じ思いのようだった。それに、よく考えたらミサンガの件もある。私達だけで性急に事を進めるのは良くないと、メルルも私も思い直した。

 

だから、この戦いが終わったらまずはお付き合いから始める。それが私達3人で話し合った結論だった。

 

でも、その後2人でレオナにこの話を伝えた際に言われた言葉に、私達は動揺した。

 

『2人がそれで良いなら何も言わないけど、気を付けた方がいいわよ? ポップ君、天然ジゴロの素養があるから、この戦いが終わる頃には、お嫁さん候補が片手で数えられないくらいになっている可能性があるわよ?』

 

そんなまさか……、とも思ったが、よくよく考えるとその言葉に頷いている自分がいた。

 

ポップは、ロモスでは女僧侶に好意を寄せられていた。パプニカでも、魔術師見習いの娘達に積極的にアプローチを受けていた。ポップは美人に弱くて脇が甘いから、直ぐにあんな見え見えの誘惑に引っかかる。

 

私はメルルと顔を見合わせた。正直言って、あのミサンガを送ったエルサさんという女性はもう仕方ないかもしれないと思っていた。だけど、これ以上は阻止しないといけない。これからは、協力してポップから目を離さないようにしようと、私とメルルは密かに誓い合った。

 

はー、ほんの2ヵ月前まではこんな事で頭を悩ませるようになるなんて、思いもしなかったな。でも、不思議と悪い気はしないわね。母さんは賛成してくれるかしら? くすっ。硬派だったらしい父さんがもし生きていたら、ポップの事をどう思うかな。もしかしたら、ポップは父さんに会うなり豪破一刀で一刀両断にされちゃうんじゃないかしら? 私は、空に浮かぶ月を見上げながらそんな想像をして、一人笑みを浮かべていた。

 

その時、不意に目の前の茂みがガサガサッと動いた。私は浮かれた気持ちを脱ぎ捨て、即座に戦闘態勢を取った。

 

「――誰!? 出てきなさい!」

 

早速、魔王軍が襲撃してきたのだろうか。私は油断なく茂みの先の暗闇を凝視した。

 

「ごめんごめん、驚かせたな、マァム。……俺だよ」

 

そう言って現れたのは、さっきまで私の頭を悩ませていたポップその人だった。

 

「……ポップ、あなたいつの間に小屋の外に出ていたの? それに、さっきまで寝ていたはずじゃあ……」

 

「ああ、目が覚めたから裏口からこっそりと抜け出したんだよ。ちょっとマァムと2人きりで話がしたくてね」

 

2人きりと言う言葉に、私はドキリと心臓が脈打つのを感じた。私が僅かに動揺している間にも、ポップは私のすぐ傍にやってきた。そしてポップはごく自然にその手を伸ばして、私の頭越しに背後の木にドンッと右手をついた。

 

「ちょ、ちょっと、……ポップ。いきなり、何を……」

 

ポップからこんな風に直接的なアプローチを受けた事のない私は、このポップの行動に戸惑った。

 

「マァム。月明かりに照らされた君は、思わず息を呑んでしまうほど美しいよ。大丈夫、俺に全てを任せて」

 

「ポップ……」

 

ポップはそう言って、覆いかぶさるようにして顔を私に近づける。ポップの息遣いを、至近で感じる私。

 

「だめよ、ポップ……。こんな所で……。それに、あなたの息、なんだか甘いわ……」

 

「それはマァムも期待しているから、そう感じるのさ。なーに、気にしなくても良いさ。どうせ見ているのは月だけだよ……」

 

 

そしてポップの左手が、そっと私の腰に伸びた。

 

 

 

だから私は、そのポップの左手を………………握りつぶした。

 

グシャッ! 

 

骨の砕ける嫌な音が、静かな森の中でやけに大きく響いた。

 

「――! あぎゃぁッ!! な、何を、マァム!!?」

 

木に右肘をついて私を見下ろしていたポップが、苦悶の叫び声を上げた。

 

はー……、私ったら魔王軍にこんな手口で籠絡出来る程、軽い女だと思われているのかしら……。私に対する魔王軍の評価に少なからず落胆した私は、思わずため息をついていた。

 

「……全く、三枚目のポップが、あんな歯が浮くようなきざな言葉を吐くわけないじゃない。さあ、正体を現しなさい、偽物!」

 

私は、覆いかぶさろうとしてたポップの胸をドンと突き飛ばし、私にとって最適な間合いを確保する。そして私は、そのまま悲鳴を上げているポップに向かって左足を踏み込み、武神流の奥義を放った。

 

「――閃華裂光拳!!」

 

「ギャァァァッ!!」

 

その瞬間、ドゴォォッというくぐもった打撃音と共に、月明かりしか存在しない薄闇を白い閃光が切り裂くように瞬いた。

 

ドカァッ!

 

閃華裂光拳の衝撃は、ポップを背後の木に背中から激突させた。直後、そのポップを白い煙が包み込む。その煙が晴れた後、現れたのはザボエラだった。

 

「やっぱりザボエラだったわね。でも、油断したわね。閃華裂光拳を打ち込まれたら、さすがのあなたも……。――! 効いていない!?」

 

おかしい。私は確かに、閃華裂光拳をポップに化けたザボエラの身体に撃ち込んだ。なのに、ザボエラにその効果が現れている様子はない。いったい、どうして?

 

「ヒッヒッヒ。儂の身体にはほれ、この通り死んだ魔物の皮を張り付けておったのよ。お前のそのおかしな技は、先の竜騎衆との戦いで見ておったからのう。あのおかしな閃光。幻の回復呪文マホイミを応用していると見た儂の推測は、正しかったようじゃの。おおかた、生物の回復機能を逆手にとった技じゃろう? じゃったら、死体には効果は無いのう……。キーヒッヒッヒ」

 

ザボエラはニヤニヤと笑みを浮かべながら、身体の表面に貼り付けた様々な魔物の死体から剥ぎ取ったと思われる醜悪な皮を、私に見せつけるようにピラピラとめくった。

 

竜騎衆との戦い……。閃華裂光拳を使ったのは、あのガルダンディーとの一戦のみ。その一戦だけで閃華裂光拳の秘密にたどり着いた? いくらザボエラの得意分野である魔法を応用した技だといっても、あまりに早すぎる。妖魔師団長ザボエラ……。私は、この男の力を見誤っていたのかもしれない。

 

「しかし、驚いたのう……。何故、睡眠呪文(ラリホー)の成分を抽出した儂の魔香気が効かなかったのじゃ?」

 

「……おあいにく様。あなたが私の前に現れた時から、私は自分の身体の周りに睡眠解除呪文(ザメハ)の薄い膜を張っておいたのよ」

 

「ほほう……。武闘家のくせに睡眠解除呪文(ザメハ)まで使いこなすとは、思ったよりはやるではないか」

 

魔法の扱いに長けたザボエラに、遠距離戦を挑んではいけない。私は前方のザボエラに対して接近戦に持ち込むべく前傾姿勢を取った。たとえ閃華裂光拳が通じなくても、他にも打つ手はある。しかし、突如横合いから発せられた異様な気配に、私は意識を割かれた。

 

「ちっ! ザボエラめ、大口を叩いておったくせに失敗しおって……! もう良い、下がっていろ。後は俺がやろう……!」

 

「あなたは、まさか……ハドラー!?」

 

茂みからのそっと姿を現したのは、大柄な1体の魔物だった。その様相は、ポップ達から聞いていたので知っている。こいつがアバン先生の仇、魔軍司令ハドラーだと私は推察した。

 

「ほう……、俺を知っているか、小娘? そうだ、俺こそが、本来なら貴様ごときが名を呼ぶことすら許されぬ、魔軍司令ハドラー様よ」

 

ニヤッと獰猛な笑みを浮かべるハドラー。

 

私は自分の推察が当たった事より、魔軍司令と妖魔師団長の2人が奇襲をかけてきた事に戦慄を覚えた。

 

「――皆! 魔王軍の襲撃よ!」

 

即座に私は、小屋に向けて大声を張り上げた。しかし、何故か反応が無い。

 

「ククッ、ムダムダ! お前にはかからなかったが、既に小屋の中の連中は儂が放出していた魔香気の力によって海より深~~く眠っておるわい!!」

 

「くっ!」

 

しまった……! まさかこれほど広範囲に影響を及ぼすほど強い香気だったなんて。

 

「クックック。勇者達全員の抹殺が俺の目的だからな。貴様のような雑魚にこれ以上時間を浪費するわけにはいかん。死ねぃッ! ――爆裂呪文(イオラ)!」

 

ハドラーの頭上に複数の爆球が浮かび上がった。その直後、それが私めがけて放たれた。

 

――いけない! 

 

ドドドドドドッッ!

 

私の周囲に爆球が次々と着弾し、轟音と爆風が辺りを覆った。爆発の衝撃に木が次々と倒れ、大地は激しく隆起し大量の土砂が宙を舞った。私は、その爆球による攻撃と倒れてくる木々をかろうじて躱していく。

 

しかし、爆球により巻き上げられた土煙で視界が効かなくなった一瞬、私はザボエラに魔法力を束にした光の帯のようなもので拘束されてしまった。

 

「あぅッ! くっ! しまった!」

 

私はその拘束を解こうとしたけれど、力で解けるようなものではないのか、びくともしなかった。

 

「キッヒッヒ。チョロチョロと目障りに動いておったが、こうなってしまえばお仕舞いじゃろう。さあ、ハドラー様。とどめを……!」

 

「うむ、よくやった、ザボエラ。クックック。女。心配するな。すぐに他の者もお前の後を追わせてやる」

 

駄目っ! 皆までこんな奴らに殺されてしまう!

 

「皆、起きて! ハドラーが襲撃に来ているのよ!」

 

「無駄だ! 死ねい! ――火炎呪文(メラゾーマ)!!」

 

ボファッ!

 

ハドラーの手から業火が吹き上がり、それが私に放たれた。思わずギュッと目を閉じて、その衝撃に備える私。

 

ズズーーーン!

 

しかし次の瞬間、ハドラーの火炎呪文(メラゾーマ)は私の目の前に出現した巨大な氷の塊によって遮られていた。

 

「何!?」

ハドラーが驚愕の声を上げる。その直後、ズバンッという鋭い風切り音が聞こえたかと思うと、ザボエラの絶叫が森の中に木霊した。

 

「グ、グォォ! 儂の、儂の腕がーー!!」

 

一体何が、と思った時、私を拘束していた光の帯が消失したので、私は大きく後退し態勢を整えた。

 

ザボエラが左腕を押さえて、地面の上でバタバタと悶え喚き散らしている。そのザボエラの左腕の肘から先はすっぱりと切断され、地面に転がっていた。

 

「だ、誰じゃぁッ!! 儂にこんな真似をしおる奴はー!」

 

「――! 上か……ッ!?」

 

ハドラーが上空を見上げた。私もその視線の先を追う。そこには、いつの間に現れたのか、月を背景にローブを羽織った魔法使いが鋭い眼差しでハドラー達を見下ろしていた。

 

「……うすぎたねえ手で、友達(ダチ)の娘に触るんじゃねえ……!!」

 

そうハドラー達を睥睨しながら言葉を発した魔法使いは、人間界最強の大魔道士であり、私の父さん、母さんのかつての戦友でもあるマトリフおじさんだった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

マトリフは、眼下を油断なく見据えた。マァムは、大丈夫だ。さっきは拘束されていたようだが、特に怪我を負っている様子はない。敵はハドラーと、妖魔師団長だというザボエラの2人か。

 

マトリフはマァムの隣に降下し、背後の小屋をチラッと見た。

 

「よう、マァム。どうした、他の連中はずいぶんと寝坊しているじゃねえか?」

 

「ありがとう、マトリフおじさん。おかげで助かったわ。皆は多分、ザボエラによって眠らされちゃっているわ」

 

「けっ! あの馬鹿弟子もかよ? 全く、後で説教だぜ! 魔法使いが、敵の謀略に引っかかりやがって……!」

 

「ふふ……。ほどほどにしてあげて、マトリフおじさん。ポップは、生き返ったばかりなんだから」

 

マトリフは、マァムのその言葉にわずかに眉を上げてマァムの顔を見たが、今はそれを確認している場合では無いと判断した。そのままマトリフは、ハドラーに射るような視線を向ける。

 

「よう……元気そうじゃねえか。……3流魔王!」

 

「くっ! 貴様の顔は、覚えているぞ! 15年前、アバンに味方してこの俺にたてつき、我が忠臣ガンガディアを倒した男だな!」

 

「けっ。懐かしい名前を出すものだ。その忠臣ガンガディアが冥府で待っているぜ。そら、……特別サービスだ! 俺があの世に送ってやるから、あいつと感動の再会を果たすんだな!」

 

マトリフは、ローブの袖をまくり右手に魔法力を込めていく。それは、大気が思わず揺らぐほどまでに圧縮された魔法力だった。

 

「くっ! 目障りなおいぼれがぁッ!!」

 

当初ハドラーは、自身の持つ最大の呪文、極大閃熱呪文(ベギラゴン)で、目の前の魔法使いを背後の小屋共々葬ってやろうと考えていた。しかし、先のバルジ島での戦いで、勇者一行(パーティー)の賢者ポップに同じ極大閃熱呪文(ベギラゴン)を放たれ、敗れた記憶が思い起こされた。

 

今、目の前にいる老練な魔法使いは、あの男が言っていた師ではないのか? だとすれば、極大閃熱呪文(ベギラゴン)を放つのは危険だ。

 

そう考えたハドラーはマトリフを接近戦で仕留めるべく、ドンッという大地を蹴りつける音を後に残して突進した。

 

「けっ! 俺に接近戦を挑んだ馬鹿が、これまでにいなかったとでも思っているのかよ! マァム! その妖怪爺は、お前に任せたぜ!」

 

マトリフはそう叫び、飛翔呪文(トベルーラ)で上空に飛び上がった。そしてハドラーもまた、そのマトリフを追って上空に飛んだ。

 

「何じゃと! 爺に爺呼ばわりされる覚えは無いわ! ――!?」

 

マトリフの言葉に激高するザボエラだったが、直後に、自身に向かってきたマァムへの対応に意識を割かねばならなかった。

 

そうして、空中ではマトリフvsハドラー、地上ではマァムvsザボエラの戦いが展開される事となった。

 

 

 

通常、魔法使いは接近戦に持ち込まれる事を好まない。それはポップもそうであったし、当然マトリフもそのご多分に漏れないが、彼はポップと異なり90年余にも及ぶ様々な戦闘経験の蓄積があった。この戦闘経験の蓄積の差が、彼とポップとの差だった。

 

マトリフはハドラーの突進を飛翔呪文(トベルーラ)で躱しつつ、空中にいくつもの爆裂呪文(イオ)の爆球を作り出す。その爆球が一定量に達したと判断したマトリフは、それを迫ってくるハドラーに次々に放った。

 

「馬鹿め! この程度の威力の呪文で俺を倒せると――! 何!!?」

 

ドドドドドド……ドンッ!!

 

次々に炸裂する爆球。しかし、その爆発の最中突然ひときわ大きな爆発が発生し、空に巨大な火球を発生させた。突如、ハドラーの想定した以上の威力の爆発が至近で発生し驚愕するハドラー。

 

「グゥッ! 爆裂呪文(イオ)の爆球の中に爆裂呪文(イオラ)級の呪文を紛れ込ませていただと!? 小癪なまねを!!」

 

ハドラーは、爆裂呪文(イオ)程度の爆球なら避けるまでもないと甘くみていたが、その数倍の威力の爆裂呪文(イオラ)がその中に紛れていたため、その前進を阻害された。

 

「けっ! まだ終わりじゃないぜ、3流魔王! ――氷系呪文(ヒャダルコ)!」

 

「――!?」

 

先ほどの爆発の余波により昂ぶっていた戦場の温度が、今度は急速に降下していく。そうさせたのは、突如マトリフの眼前に出現した、ハドラーの身長にも達するほどの巨大な円錐状の氷の塊だった。ハドラーが声を上げる間もなくその見事な氷塊を創出したマトリフは、その氷塊の切っ先をハドラーに向けて加速させた。

 

「――こんなもの!」

 

ドヒュンッと音を立てて迫ったその巨大な氷の塊を両手で受け止めるハドラー。しかし、突如その氷の塊はハドラーの腕の中でギュルルルルッと回転を始める。それは、マトリフの放った神風呪文(パキ)による魔法の推進力を氷塊が背後から受けたためだった。

 

ガリガリガリガリッ!

 

氷ではなく鋼鉄と言って良いほどの硬度を有した氷塊はまるでドリルのように回転し、その先端がハドラーの腹部に楔を穿ち、その両の手には無数の傷をつけていく。

 

「グ、グォォォ!」

 

バリィーン!

 

全身に血管を浮き立たせるほどの力で、巨大な氷の塊を圧壊したハドラー。そして血走った目で、眼前の小賢しい魔法使いに目をやるが、そのハドラーの目に魔法使いの姿は映らなかった。

 

映っていたのは、自身の周囲を高速で飛び交っている大量の木の葉だった。ザァァァァァッと音を立てて、木の葉がハドラーを中心に繭のように取り囲む。

 

「くっ、こ、これは一体……!?」

 

マトリフは、片手で神風呪文(パキ)を発現し、眼下の森の中から大量の木の葉を巻き上げていた。そして、もう片方の手をハドラーに向け唱えた。

 

「……火炎呪文(メラゾーマ)……」

 

ゴファッと音を立ててマトリフの手から発現した炎は、まるで巨人が振るうかのような巨大な(ロングソード)の形状を成していた。そう、マトリフもまた、自身の巨大すぎる魔法力が故に火炎呪文(メラゾーマ)の形状を特定の形に変質させていた人間だった。

 

大気までも燃焼するかのようなその煉獄の剣の切っ先が、大量の木の葉に囲まれたハドラーに向けられ、その直後爆ぜるように加速した。

 

 

 

ハドラーは、何が起こっているのか理解が追いついていなかった。気づけば、自身の腹部に巨大な炎の剣が突き刺さっていた。その炎の剣は、目の前の木の葉の壁を突如貫いて現れたため、避ける間もなかった。

 

ゴオォォォォォッッという激しい音と共に全身が炎に包まれるハドラー。周囲の木の葉も一斉に燃え上がる。すさまじい熱量と共に業火が吹き荒れ、ハドラーは身体の内部からも熱に焼かれた。同時に、ハドラーに突き刺さった炎の剣の鍔と柄に相当する部分からも唸りを上げて火が噴き出す。

 

月明かりしか差さない闇夜を背景に、まるで十字架の形にも似た猛火が空を煌々と踊っていた。

 

炎の十字架(クロス・オブ・ファイア)……。俺のとっておきだ。こいつを墓標替わりに冥府へ墜ちていけ、3流魔王」

 

「ガ、ガハァーーッ!!」

 

体内から業火に焼かれると言う経験した事のないほどの激痛に叫び声をあげるハドラー。それは、その大きく開いた口から炎が外に噴出するほどのダメージだった。

 

まさか目の前のおいぼれが、これほどの超火力を可能とするほどの魔力を有していたとは……! このままでは、焼け死ぬとハドラーが覚悟した時、不意にその炎の威力が弱まったのをハドラーは感じた。

 

間違いない……。炎の威力が弱まっている。ハドラーは獰猛な目つきで、目の前の魔法使いを見据えた。

 

 

 

マトリフは、自身の残魔力を正確に把握していた。それは、老齢を重ねたマトリフにとっては何よりも必要な技能だった。後十秒、火炎呪文(メラゾーマ)の火力を維持すればハドラーに回復不可能なダメージを与えられる。

 

そして、そのために必要な魔力はまだ残っていたはずだった。

 

だが、マトリフは突如として火炎呪文(メラゾーマ)の出力を抑えた。

 

炎の十字架(クロス・オブ・ファイア)を放つまでの一連の戦闘の流れは、マトリフが思い描いた通りの展開だった。爆裂呪文でハドラーの足を止めた後、氷系呪文と神風呪文でハドラーの身体に次の攻撃のための楔を打ち込む。そして、周囲の環境まで利用しハドラーの目を潰した上で、その穿った楔めがけて炎の剣を放つ。

 

最小限の手数で勝負を決めたいマトリフにとって、一手一手の全てが計算されつくした必勝の戦略だった。それは、人間界最高の大魔道士の名に相応しいものであり、愛弟子であるポップを含めてもなお、『一分以内で一対一の魔法勝負ならまだ地上の誰にも負けない』という豪語を裏付ける、巧緻を極めた戦い方だった。

 

しかしマトリフは、何故かその必勝の戦略を自らの手で突如断ち切っていた。

 

それは、当のマトリフ自身にも説明のできない不可解な行動であり、突如警鐘を鳴らした自身の勘にただ従った結果だった。

 

だが、老練な大魔道士は、90年余にも及ぶ戦闘経験の積み重ねで培われた自身の勘を信じる事で、これまで自身が生き延びてきた事を十分に理解していた。ポップなら気づかなかっただろう。それは、マトリフだからこそ気づけた、いや、この場合は気づいてしまった……とも言えた。

 

「ちぃっ! 何だってんだ! もう少しだったってのによぉッ!! ――!?」

 

自身の信じた勘に思わず毒づくマトリフ。集中力の途切れたマトリフの眼前で、不意にハドラーが消えた。何処に!? ――と、マトリフが思う間もなく、ハドラーの強く大きな拳がマトリフの背中を背後から打ち据えていた。

 

ボキボキっという骨の折れる嫌な音が、背中から発するのを感じたマトリフ。そしてマトリフは、そのまま空中から地面に叩きつけられた。

 

ドカァッ、バキバキバキィッ!

 

木々の枝をへし折りながら地上に叩き付けられたマトリフ。その様子を、地上でザボエラと交戦中だったマァムが視認した。

 

「――マトリフおじさん!」

 

蒼白な表情のマァムがマトリフの元に駆け寄り、その身体を抱き起こした。かろうじて意識はある。しかし、ハドラーに打ち据えられた背中の怪我が酷い。高齢の上、魔法使いの脆弱な身体は、ハドラーから与えられたたった一度の攻撃だけで致命の傷を受けていた。

 

「ごふっ! に、逃げろ、マァム……」

 

吐血しつつも、マァムの事を気にかけるマトリフ。もちろんマァムには、そんな事は出来なかった。

 

「待って、おじさん! 今、回復魔法をかけるから! ……回復呪文(ベホイミ)!」

 

一刻の猶予もないと判断したマァムが、マトリフの背中に左手を当てて回復呪文(ベホイミ)の魔法を唱える。優しい青色をした魔法の粒子が途端にマトリフを包み込み、徐々にその傷を癒やしていく。このまま時間が過ぎれば、マトリフの傷は癒えただろう。

 

だが、時はマァム達を待ってはくれなかった。

 

「くっくっく……。散々やってくれたな、おいぼれめ。さあ、今度こそとどめを刺してやろう……! 貴様の方こそ、冥府でアバンに会うが良い!」

 

マトリフに止めを刺すべく地上に降り立ったハドラーが、そんな2人を見て嘲笑する。

 

くっ! マァムは逡巡した。今、回復呪文を唱えるのをやめる訳にはいかない。しかし、このままでは……!

 

ハドラーの右手に、閃熱呪文の光点が集中する。

 

「死ねぃッ! ――閃熱呪文(ベギラマ)!」

 

ドォォォーーンッ!!

 

ハドラーの右手から放たれた閃熱呪文(ベギラマ)が、マァム達を焼き殺さんと加速する。しかし、マァムはそれが直撃する寸前、腰の魔弾銃を引き抜き、向かってくる閃光目がけて引き金を引いていた。

 

ドンッ! ――という音を残し、銃口から閃光が放たれた。その魔弾には、ポップが込めた閃熱呪文(ベギラマ)が充填されていた。

 

ズシュァァァァァッッ!

 

ハドラーの放った閃熱呪文(ベギラマ)と、魔弾銃から放たれた閃熱呪文(ベギラマ)が激突する。激突部から発生した熱風が周囲に吹き荒れ、飛び散った火の粉が周囲の木々に燃え移る。

 

「何!? 無駄なあがきをしおって! ――だが、いつまでその武器の力が保つかな!」

 

ハドラーの言葉通りだった。両者の放った閃熱呪文(ベギラマ)はほぼ同じ威力を有していた。いや、むしろ魔弾銃から放たれた閃熱呪文(ベギラマ)の方が優勢ですらあった。しかし、魔力供給が可能なハドラーの閃熱呪文(ベギラマ)に対して、魔弾銃から放った閃熱呪文(ベギラマ)は魔弾内の魔力が尽きればそれ以上の発動は不可能だった。

 

激突した直後こそ、ハドラーの方に押し返していた魔弾の閃熱呪文(ベギラマ)が、徐々にその勢いを失って減速していく。そして逆に、ハドラーが放出し続けている閃熱呪文(ベギラマ)が魔弾銃の放ったそれを押し返し始めるまで、さほどの時間を必要としなかった。

 

最後の時間が、ほんのわずか後に延びたに過ぎない。ハドラーは勝利を確信し、ニヤッと口角を上げた。

 

 

 

しかし、時は今度はマァム達に味方した。

 

魔弾の魔力が徐々に減衰していく事に焦燥の表情を浮かべていたマァムの前に、1人の少年が押し寄せる閃熱呪文(ベギラマ)の熱線から盾となるように立ちはだかった。

 

「――ダイ!」

 

マァムは思わず喜色を浮かべ、反対にハドラーは驚愕の表情を浮かべた。そしてマトリフは、久しぶりに見たダイのその横顔に、ほう……とでも言いたげに片方の眉を上げた。

 

「な!? 貴様は、ザボエラの魔香気で眠っていたはずでは!?」

 

「……消えろ、ハドラー! 俺はもう絶対に仲間を殺させない!」

 

ハドラーの放った閃熱呪文(ベギラマ)(ドラゴン)の紋章を発現した右手で受け止めるダイ。ダイは、その受け止めた右手をそのままハドラーに対して打ち込んだ。その瞬間、閃熱のエネルギーは、再びハドラーに対してまるで川を逆流するかのように向かっていった。

 

ズワァァァッッ! ――と音を立ててハドラーに迫り来る熱線。恐怖で顔をこわばらせたハドラーが、もはや自身にとって唯一の配下となったザボエラに対して声を荒げた。

 

「くっ! ええい、何をしておるかザボエラ! 早く俺に加勢せぬか!」

 

ハドラーの言葉に、突然のダイの参戦に呆然としていたザボエラが我に返る。

 

「はっ……、ははっ! ――閃熱呪文(ベギラマ)―――ッ!!」

 

ザボエラの突き出した右手から、閃熱のエネルギーがドンッ、と音を立てながら放出された。

 

ハドラーの放った閃熱呪文(ベギラマ)に、ザボエラの放った閃熱呪文(ベギラマ)が加わる。勢いを増した閃熱呪文(ベギラマ)が再び猛然とダイ達に襲い掛かる。闇夜の中、閃熱呪文(ベギラマ)による閃光と、燃え広がりつつある木々が周囲を明々と照らしていた。

 

「どうじゃッ! 我らが魔族の力を見たかあッ!! キーッヒッヒッヒッ!!」

 

「グ、グハハハハッ!!」

 

勝利を確信したハドラーとザボエラが嘲笑する。しかし、彼らは覚醒した(ドラゴン)の騎士の力をまだ十分に認識できていなかった。ダイの右手の甲に浮かび上がった(ドラゴン)の紋章が、更に激しく煌めいた。ヒィィィーンという、金属同士の共鳴音にも似た高い音が戦場に響く。

 

「俺は……、俺はもう……仲間を二度と死なせるものかぁッ!!!」

 

「「――!?」」

 

――ズオッッッ!!

 

その言葉と共に、拮抗していた閃熱呪文(ベギラマ)の閃熱エネルギーの全てがハドラーとザボエラに襲い掛かった。2体は声を発する余裕もなく、その光の奔流に巻き込まれるようにして消失していった。

 

ズォォォォォーーーーン!!

 

直後ハドラー達のいた地点を中心に凄まじい爆風が発生する。マァムは、吹き付ける爆風に思わず手で顔を覆った。その爆風は、周囲の木々をバタバタと左右に揺らし、同時に、木々に燃え移っていた炎を一瞬で吹き飛ばしていった。

 

一陣の爆風が過ぎ去った後、マァム達の前方に、高熱によって焼け焦げたような空虚な大地がぽっかりと出現していた。

 

 

 

「ふー……」と言葉を吐き、ペタンと地面に座り込むダイ。そんなダイに、マトリフに対して回復呪文をかけ続けながらマァムが笑みを浮かべた。

 

「ふふ。ありがとう、ダイ。おかげで助かったわ」

 

「えへへ。皆にいっぱい迷惑をかけちゃったから、これくらい何でもないよ。マトリフさんも来てくれたんだね。ありがとう」

 

ダイに礼を言われたマトリフは、皮肉げに口をゆがめながら答えた。

 

「ハドラーとザボエラの閃熱呪文(ベギラマ)を右手で受け止め、自身の閃熱呪文(ベギラマ)を加えて打ち返しやがったな。ったく、ちょっと見ない間に随分とレベルアップしたみたいじゃねえか」

 

マトリフの賞賛の言葉に、えへへ、と頭を掻いて照れたように笑うダイ。そんなダイを見て、マトリフも口角を上げて言葉を続けた。

 

「くくっ。自分の力や正体について腑に落ちたような顔をしているな。良いじゃねえか。勇者ってのは、何も考えずに前だけを見ていたらそれでいい。難しい事はパーティーにおける魔法使い、……あの馬鹿弟子に考えさせておけばいいのさ」

 

マトリフの飾り気のない言葉に、ダイとマァムは顔を見合わせて含み笑いを浮かべた。

 

 

 

そんな彼らの頭上に広がる夜空に、戦場から逃げ出すかのような瞬間移動呪文(ルーラ)の光が残光として僅かに残っていた。

 

 

 

 

 

マァムにマトリフ、それにダイがハドラー達と死闘を繰り広げていた最中、ポップは小屋の中のベッドの上で一人シーツを抱き枕のように抱えながら、ニヤけた顔で寝言を呟いていた。

 

「う、うーん……。えへへ……。メルル……。マァム……。…………エルサさん」

 

ポップの身体の中に溶け込んだ(ドラゴン)の血は、全く仕事をしていない様子だった……。

 




試験的に擬音を多用した戦闘シーンにしてみましたが、いかがでしたでしょうか? 投稿も100話を超えているというのに、未だに戦闘シーンの描写が苦手で試行錯誤しています……。

今週はここまでとなります。次話は、『テランの地に別れを告げて』です。次回で本章完結予定です。来週は週の後半から所用がありますので、水曜更新ができるよう準備中です。
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