「ほら、俺がここに来たのは、こいつをお前達に渡すためだったんだよ」
そう言ってマトリフは、懐から1冊の書物を取り出した。
先ほどのハドラーとの戦いで重傷を負ったマトリフは、小屋の中の一室でベッドを借りて体を休めていた。今この場には、未だ惰眠をむさぼり続けているポップを除いた全員が集まっていた。
レオナが、書物を手渡されても文字の読めないダイに代わって読み上げる。それは、かつてアバンがカールの図書館に寄贈していて、カールが滅びた後も奇跡的に焼失していなかった『アバンの書』だった。
『……傷つき迷える者達へ……。敗北とは傷つき倒れる事ではありません。そうした時に自分を見失った時の事を言うのです。強く心を持ちなさい。焦らずにもう一度じっくりと自分の使命と力量を考えなおしてみなさい。自分にできる事はいくつも無い。一人一人が持てる最善の力を尽くす時、たとえ状況が絶望の淵でも――必ずや勝利への光明が見えるでしょう』
皆が、そのアバンの残した言葉に感極まった様子で押し黙った。レオナは、何かを決意した顔でその『アバンの書』をパタンと閉じた。
「……ケツに卵のカラが付いたヒヨコのお前達にゃ、ありがたい品物だろ。ま、大事にしな」
マトリフはそう皮肉な笑みを浮かべる。ダイは、そんなマトリフに「ありがとう、マトリフさん!」と礼を伝えた後、そういえば、と疑問を口にした。
「ねえ、ところでマトリフさんは、どうして俺達がこの小屋にいるって分かったの?」
「ああ。テランの城の門番に聞いたんだよ、森の中にある猟師小屋で、お前達が体を休めているってな。そんでもって、俺がこの森の上を飛んでお前達を探していたら、マァムとポップの奴が乳繰り合っているじゃないか。こいつはいかんと思って、傍から見守ってたんだよ」
「――!? ち、乳繰り合ってなんかいないわよ! 私はただ、罠にかかった振りをして敵を油断させていただけよ! そ、それに、あれはポップじゃなくてザボエラよ!」
マァムは、マトリフの言葉を、顔を真っ赤にして否定する。そんなマァムを、格好の獲物を見つけたという顔がふさわしいレオナが冷やかした。
「へー、じゃあ、本物のポップ君だったら最後までいってたんだ?」
「な!? そ、そんな訳無いじゃない! 何言っているのよ、レオナ!」
「……マァムさん」
メルルが額にググッとしわを寄せて、マァムをねめつける。
「ケッケッケ。おい、お前達気をつけろよ。マァムの両親は、アバンとの冒険中にやる事やってマァムをこしらえているんだからな。下手をすると、そのうちマァムは赤ん坊を背負って、切った張ったをやっているかもしれねえぞ?」
「わっはっはッ。マァム、赤子を背負っていてはあの軽快な動きはできんぞ」
「そうね。それに、赤ちゃんの教育にも良くないと思うわよ、マァム」
マトリフに続き、立て続けにクロコダインとレオナに揶揄されたマァムは、ボンッと音がするほど紅潮し、声を荒げた。
「だから、そんな事しないって言っているでしょう! ――いい加減にしなさい!!」
メルルの、「その時は赤ちゃんは私が預かっておきますよ、マァムさん!」という何のフォローにもなっていない言葉に突っ込む気力すら、マァムには残されていなかった。
そんなマァムが、ぜぇぜぇと荒い息を吐いていると、ふいに部屋の扉が開いた。
顔を覗かせたのは、ポップだった。
「どうしたんだよ、マァム。外まで声が漏れていたぞ。あれ、師匠? いつの間に?」
~~~~ その翌日 テラン城 フォルケン王私室 ~~~~
寝台に身体を預けているテラン国王フォルケン王が、俺達を見つめていた。フォルケン王の前には、俺、ダイ(+ゴメ)、マァム、姫さん、メルル、ナバラさんが立っていた。ヒュンケルとおっさんは城門の所で待機している。あの2人、過去が過去だからかこういう場に出るのを遠慮するんだよな。ちなみに師匠は、とある理由で昨夜のうちにパプニカの住居にとんぼ返りしてしまっている。
俺達はこれからパプニカに戻る予定なので、お世話になったフォルケン王に挨拶に来ていた。
「そうか、パプニカ王国に戻るか。大した協力もできず、すまなかったのう」
フォルケン王はそう言ってくれるが、ダイを匿ってくれたばかりか、衣食住まで提供してくれていたんだ。おまけに、バランとの戦闘の余波で、この城にも建物の一部が崩れるなどの被害が出ている。俺は申し訳なくて、思わず顔を俯いてしまったよ。
俺達を代表して姫さんが、フォルケン王に言葉を返した。
「いえ、フォルケン王。十分すぎる援助をしていただきました。パプニカ王家を代表し、心より感謝申し上げます」
「それなら良かったが……。
フォルケン王に優しい目で見つめられたダイは、目に見えて動揺した。
「あ、お、俺、ダイです。初めまして。そんな、様とかはやめて下さい。後、お城、壊しちゃってごめんなさい……」
くすくすくす……。俺は、俺の隣で頭に手をやってペコリと頭を下げているダイを見て、思わず笑みをこぼしてしまった。見ると、フォルケン王やカナルさん、それに侍女の皆さんも、そのダイの飾らない仕草にほっこりしたのか、一様に笑みを浮かべていた。
「そうか、ではダイと呼ばせてもらおう。勇者ダイよ。そなたには、これから先、
「は、はい! ありがとうございます! 俺、一人じゃ何もできない半人前の
「うむ。さて、レオナ姫よ。先ほどの姫の提案、儂も賛同しよう。今更、この老骨がどの程度お役に立てるか分からんが、準備が整ったら声をかけてくれ」
「――! ありがとうございます! フォルケン王に賛同いただけて、とても心強く思います。どうか、王の知見を私達にお貸しください」
なんだろう? 姫さん、フォルケン王に何か頼み事をしたのかな? 俺達が会談する前に、2人だけで何やら話し合っていたみたいだけど、その関係だろうか。
「……さて、ポップよ」
おや、俺に声がかかったぞ。
「はい、何でしょうか、フォルケン王?」
「そなたは、これから先も勇者ダイの一の仲間として、アバンの志を胸に魔王軍と戦っていくのであろう。そのそなたが、いつまでそのような格好をしておるのだ? 大賢者を名乗るのなら、それらしい格好もせねばならんぞ」
ああ……。確かに今の俺の格好は、みすぼらしいの一言だ。すでにこの服が『みかわしの服』だったと判別できる人の方が少ないほど、俺の服はズタボロだ。元々バラン戦前に継ぎ接ぎだらけだった事に加えて、先日の
「良いか、ポップ。そなたは既に、この地上に生きとし生ける者全ての希望なのだ。そのそなたが、いつまでもそのような格好をしていては、見る者が不安に思おうぞ」
「ですが、皆の希望の星は勇者ダイで、私なんてダイの添え物のようなものですから、誰も気にとめたりはしないかと……」
「何を言っておるか、ポップ。ベンガーナの町では、勇者と並びお前の噂で持ちきりなのだぞ。それは、この床に伏せっておる儂の耳にまで入ってくるほどよ」
「そうだよ、ポップ君。この国に立ち寄る旅人が口を揃えて言っていたよ。勇者
フォルケン王の傍に控えているカナルさんが、フォルケン王の言葉に追随する。
「……そ、そうなんですか。それはくすぐったいですね」
それに、ドラゴンはともかく、
「ロモス、パプニカに続いてベンガーナでもそなた達は魔王軍を退けたからのう。そうそう。お嬢さんがマァムだね? お嬢さんも噂されておるぞ。何でも、『霊長類最強の女武闘家』、じゃったかの、カナル?」
「ええ。その名は、ロモスからの旅人の口からよく話題に上がりますね」
「……れ、霊長類最強……」
その二つ名が不本意なのか、マァムが呆然とした表情で呟く。
「ぶはっ! く、くっくっく……」
そして俺は、そのマァムの二つ名を聞いて思わず吹き出していた。何故なら、その二つ名を最初に口にしたのは俺だという自覚があったからだ。あのでろりん達と飲みに行ったクラブで、クラリスという名のバニー嬢からマァムの事を聞かれた俺は、その二つ名と共にマァムの事をアピールしておいた。しかし、まさかあの時の言葉が、海を渡って遠いこのテランの地まで響き渡るとは。
ぷ、ぷぷぷ……。だ、駄目だ、ツボに入った。笑いが止まらない。俺が涙目になりながら、マァムの隣りで口を抑えてプルプルと肩を震わせていると、突然俺の脇腹に手刀が突き入れられた。それは、残像が残るほどの神速の手刀だった。
「――ぐふぁッ!」
痛っう――! 俺が激痛に顔をゆがめて、それを行ったであろうと思われるマァムを恨めしげに見ると、そのマァムは我関せずといった表情でそっぽを向いていた。おまけに、何やらブツブツと(一体誰がそんな事を……。ロモス……?)と呟いていた。
……危ない、危ない。この名を最初に口にしたのが俺だなんて事がマァムに知られたら、いったいどうなることか。俺は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
いや、だけどさすがにそれは大丈夫だろう。ロモスに行ってクラリス嬢と会わない限り、その二つ名の発生源を突き止める事など不可能なはずだ。もうロモスは、百獣魔団を退けた事でイベントとして終わっている地だ。今更、あの地に行く事はもう無いだろう。
俺がそんな事を1人悶々と考えていると、再びフォルケン王が俺に視線を投げかけた。
「おっと、いかん。話がそれたな。つまりだな、ポップよ。ダイだけではなく、そなたももう、勇者ダイと並んで民草の希望となっておる。アバンの背に隠れていられたあの頃とは、もう違うのだ。己の力を過信し増長せんのはそなたの長所と言えるが、逆に己の立場を自覚せず、己に対して正しい評価を下せぬのは短所とも言えるぞ。いい加減、身だしなみにも気をつけよ」
そのフォルケン王の言葉に、姫さんがそら見たことか、と言わんばかりに呆れた目で俺を見ていた。うーん、アバン先生の背に隠れていられたあの頃とは違う……か。なかなか身につまされる忠言だな。耳が痛いぜ。
だけど、そうか。さすがにこの服のまま通すのは駄目か。まあ確かに、もう『みかわしの服』に付与されていた本来の防御効果も、ほとんど残っていない感じだしな……。思い入れのある服だったけど、命にも密接に関わる話だしここまで言われたら仕方ないか。
「畏まりました。ご忠告に従い、パプニカに戻ったら新しい服を見繕う事にします」
「いや、その必要はない。カナル、あれを」
「はっ」
カナルさんはそう答えて後ろに下がったかと思うと、侍女の方から何かを受け取ってすぐに戻ってきた。そしてカナルさんは、俺達の前でその手に持っていたものを恭しく広げた。
それは、ローブの形状をした薄い衣服だった。薄緑色を基調としたゆったりとした衣服で、いかにも後衛職という感じの上下一体となったローブだ。そのローブの胸元には、竜の顔にも似た意匠が施された装具が縫い付けられている。いったい何の糸で編み込まれたものなのか、ローブの袖口と裾には粉雪のようなふわふわとした純白の生地が縫い込まれている。そしてその純白の生地からは、時折光の滴のような魔力光がキラキラと零れていて、とても美しかった。
「……フォルケン王、これは……」
「これは、『ドラゴンローブ』という衣よ。薄く鞣した竜の皮に魔力の込められた糸を編み込むという、既に失われた技術がふんだんに用いられておる。薄手のローブじゃが、鋼鉄の鎧よりも防刃性が高く、あらゆる呪文攻撃やブレス攻撃にも一定の耐性を有しておる。ポップ、この衣をお主に授ける。これからの戦いに役立てるが良い」
え、これを俺にくれるの? いや、しかし既に失われた技術で編まれたローブって、とんでもなく貴重な物じゃないのか。どう考えても、プライスレスな代物だぞ。
「い、いやしかし、こんな貴重なローブ、頂くわけには……」
「かまわん。ある意味、これはそなたの師であった勇者アバンからの贈り物と思うが良い」
「アバン先生の? それはいったい……」
「ふふふ。このローブは、前大戦時にアバンが、テランの国を荒らしておった魔物を討伐した際に、その根城より発見してきた品よ。当時アバンの仲間にはこれを纏える者はおらんかったようで、いったん儂に預けておったのじゃ。いつかこの衣を纏える者が現れたら、受け取りに来させてもらうと言ってな」
「そんな事が……」
「アバンが生きておったら、きっとそなたに与えたであろう。受け取れ、ポップ。アバンからの贈り物ぞ」
「良かったじゃない、ポップ君! それに、ドラゴンローブなんて、
「そうですよ、ポップさん。きっとポップさんにお似合いですよ!」
「うん。大賢者のポップにピッタリだよ!」
「ピィー、ピィー♪」
「ふふふ。ちょっと衣が立派すぎて、着られてる感が出るかもしれないけどね」
姫さん達が口を揃えて、受け取る事を勧めてくる。まあ、ここまでお膳立てされて受け取らないという選択肢は無いな。それに、アバン先生がかつて入手した衣だという事も、俺を後押しした。
「分かりました、フォルケン王。ドラゴンローブ、ありがたく頂戴いたします」
その俺の言葉に、フォルケン王は深く頷いた。
「メルルや。儂はこの後、フォルケン王に話があるからね。ここで、お主とはお別れさせてもらうよ。もうお主は、儂以上の占い師じゃ。お主の思うがままにやってみると良い……」
「お婆様……。ありがとうございます。どうか、お身体に気をつけて……」
「なーに、儂はしばらくテラン城で厄介になる事にするよ。それに、儂の予感では、そう遠くない先で、また会える気がしているよ。それまで、お主も元気でな」
「……はい」
俺達は、メルルとナバラさんのお別れの挨拶を邪魔する事なく見守っていた。そうだ。メルルは、このままナバラさんと別れて、俺達の旅に同行してくれる事になっている。神託とも言える星読みを行えるメルルの力は、オンリーワンのものだ。本当にありがたい。
俺は、メルルの事を心配しているナバラさんを安心させようと、別れの挨拶を終えたらしい2人に声をかけた。
「ナバラさん。メルルの事は、俺がきっと守りぬきます。どうか、ご安心下さい」
「ああ、ポップよ。その点は、儂は何も心配しておらんよ。お主が、ギルドメインの森からこの子を救い出してきたあの時からな。儂が心配しておるのは、その孫娘の婿殿は最終的にいったい何人の嫁を娶るつもりか、という事だけじゃな」
「お、お婆様ったら……!」
「……」
……俺はナバラさんのその言葉に何も言い返す事ができなかった。いや、2人だよ? それ以上はない……はず。
「お待たせ、クロコダイン、ヒュンケル」
「何の。話は済みましたかな、姫?」
「ええ。ここでやるべき事は全て終わったわ」
フォルケン王にお別れの挨拶をした後、俺達はテラン城の城門でクロコダイン達と合流した。さあ、後はパプニカに
……ようやく帰れるな。なんだか、パプニカが祖国のように懐かしく感じる。いや、そんな風に思っている事を、姫さんに知られるわけにはいかないな。また、熱烈なリクルートを受ける事になる。
しかし、あれだけの激闘があって、よく誰一人欠けずに帰れたものだ。あ、いや俺は一度死んだが。俺達がパプニカを離れていたのは、いったい何日だったんだ。今日を除くと3日……か?
その間、ヒドラ&ドラゴンの襲撃、死神の罠、メルルとの再会、バランとの戦い、ダイの記憶喪失、竜騎衆との戦い、竜魔人との戦い、俺の死亡&復活、ハドラー&ザボエラの襲撃、師匠の参戦、俺の呪文封印、2人の彼女候補者(?)の爆誕……、おいおい、両手の指で数え切れないほどのイベントが目白押しだったじゃないか。
……なんて濃密な3日間だよ。
しかし何だな。これほどイベントが目白押しだったわけだが、まだ何かあったような気がするのは、気のせいかな? 何だったかな……?
「ほらポップ君、何しているのよ! 早く帰るわよ! 帰ったら、たこ焼きのレシピを教えてもらうんだからね!」
たこ焼き……。なんか一瞬頭に引っかかるものがあった気がするが、……いかんな。一瞬、記憶の泉の水面に顔を出したその何かは、直ぐに泉の奥底に沈んでいってしまった。
うーん、まあ良いか。思い出せないと言う事は、多分大した事では無かったんだろう。
「よしっ! 皆集まってくれ! パプニカへ帰ろう!」
そして俺達はテランの地に別れを告げて、濃密な3日間を過ごしたギルドメイン大陸を後にした。
~~~~ベンガーナの町~~~~
「おお、シュミット君! 無事だったかい!? ヒドラとドラゴンの襲撃に加えて、昨日は鳥の姿をした魔族が町を襲ったと聞いて、心配していたよ!」
「ああ、ロンテ店長! ほんと、怖かったんですよー! でも、ドラゴン達は勇者様達がちょうど町に来ていて、退治してくれました!」
「なんと! 守備隊がドラゴン達を撃退したと聞いて驚いていたが、それは勇者様だったか!」
ロンテは、不在の間の店を任せていたシュミットと言う名の店員が無事だったことに安堵の声を上げた。
「あ、そうだ、店長! 店長が以前言っていた、たこ焼き料理を教えてくれたって言うポップさんが、店を訪ねてきたんですよ!」
「何だって!? そ、それじゃあ、もしかして、ヒドラを倒した勇者様達って!?」
「ええ。ポップさんは聞いた話じゃあ、5体ものドラゴンをたった1つの呪文で撃退したそうですよ! 今、町に滞在している冒険者の間では、その話でもちきりですよ。店長の言っていた通り、凄い魔法使いですね!」
「ああ! ポップ君は以前ランツェの町でも巨大な魔物の討伐をしているし、彼ならきっと魔王軍をやっつけてくれると私は確信しているよ」
ランツェの町でのかつてのポップの姿を思い出しているのか、ロンテは遠い目をしながらそう恍惚と口を開いた。その後、何かを思い出したのか、ハッとしたようにシュミットを振り返り大声を上げた。
「そうだ! ポップ君はこの店のたこ焼きは食してくれたんだろうか!? ポップ君は何か言っていたかい、シュミット君!?」
ロンテは、シュミットの肩を掴みガクガクと揺さぶった。それほどロンテにとって、ポップの感想は待ち望んでいたものだった。
「ええ、とても美味しかったと伝えて欲しいって言っていましたよ、店長」
「――! そうか……。このソースは、ポップ君のお眼鏡に叶ったか……。ああ、嬉しいねぇ。私も会いたかったよ……」
そうしみじみと呟くロンテを微笑ましく見つめていたシュミットは、もう一つロンテに伝えるべき事があったことを思い出した。
「あ、そうそう店長。ポップさんにランツェの町で町長と店長が計画されている彫像の事を伝えたんですけど、こんな事を言っていましたよ?」
その後、シュミットからポップの言っていた言葉を聞いたロンテは深く唸り声を上げた。
「重大な懸念がある……。確かに、そう言っていたんだね、ポップ君は?」
「はい。深刻そうな表情で、早まるなとも。店長、もしかしてポップさんは……」
「うん。私もそう思う。私が思うに、ポップ君は私に叱咤しているのではないだろうか。たかだか100年保つ程度の彫像では駄目だ。もっと、そう200年でも300年でも保つようなものにするべきだと……」
「店長、俺もそう思います!」
ロンテは、シュミットの言葉に我が意を得たり、と大きく頷いた。ポップ君、私が間違っていたよ。そうだ、たこ焼きは至高の料理だ。100年どころか、200年先でも300年先でも愛される料理にしなければならない。そしてポップ君は、そのシンボルとも言える彫像が100年程度しか保たないようでは駄目だ、と言っているのだ。
そんなポップ君の熱い思いを汲み取った私は、すぐに計画の練り直しをしなければと考えていた。
今回の出張で彫像のポーズは決めてきた。それは、ポップ君とドムが肩を組んで親指を立てているポーズだ。大きさはポップ君の等身大程度を考えていたが、ポップ君の叱咤もあった。私が考えていたとおり、やはりこれも、もっと大きな物にするべきだろう。何百年を経てもランツェの町の観光スポットとなるように……!
魔王軍との戦いで忙しいポップ君だ。いつかその戦いが終わったら、ポップ君をランツェの町に招待して見て貰おう。きっと喜んでくれるはずだ。
ロンテはそう考え、早速彫像の素材について検討を始めた。
どうやら、大賢者ポップのもう一つの闘いは完敗に終わりそうだった。
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大魔王戦役から150年経った現在、テラン王国の名は地図上に存在しない。しかし、その国名は地図上から消え去っていても、現在テラン王国のあった場所には小規模な集落が存在しており、その集落を纏めて、人は『テランの里』と呼んでいた。
テランの里は、現在は統治者不在のまま半ば自治区のような扱いとなっているが、名目上はホルキア大陸のパプニカ王国が飛び地という形で管理している。そして、遠方ゆえ目が届きにくいパプニカ王国に変わり、何らかの変事が生じた際はこの地に隣接するベンガーナ王国及び新生リンガイア王国が、この集落に手を差し伸べると言った協力体制が構築されている。
この地にある
大魔王戦役の終結から数十年後に、『氷の大賢者』ポップ・マーカストンと『神託の巫女』メルル・フォーサイスの子孫がこの地に移り住み、それ以来その血を引く者がテランの里の里長を務めている。
『神託の巫女』として名高いメルル・フォーサイスの神代の力は、その子孫に連綿と受け継がれており、歴代の各国の為政者が時折その予言の言葉を求めて、密かにこの地を訪れていると言われている。
歴代の里長の中で最も高名な者は、ナーバラ・グランマーズであろう。今より57年前、当時14歳だった彼女(後に第六代里長となる)は、ホルキア大陸南部を襲った未曾有の大地震をその発生の5日前に予言したと伝わっている。
その予言はすぐにホルキア大陸を治める新生パプニカ王国まで伝わり、その予言を信じた当時の女王の迅速な対応もあり、数万人の死者が予想されたほどの地震の規模に反して、人的被害はほとんど発生しなかったと記録されている。
テラン王国最後の国王であるフォルケンの住まいであった王城は、その規模を幾分縮小しつつも新生パプニカ王国の離宮として現在もこの地に存在している。このかつての王城には、一つの不名誉な噂が150年前の大魔王戦役の最中に誕生している。それは、『テランの王城の地下牢には、
しかし大魔王戦役終結後、テラン王国が、それが根も葉もない噂である事を広く知らしめるために地下牢を一般に公開した際、噂された
なお、この噂とは無関係と思われるが、大魔王戦役終結間もなく、新生パプニカ王国の初代女王と、その彼女に連行されるように緑衣の魔法使いが平身低頭の様子で地下牢に向かったという噂も存在するが、その真偽は定かではない。
いずれにしても、テラン王国の名は地図上から消えても、自然と共生する生き方を尊ぶその生き方はテランの里に確かに受け継がれており、この地は大魔王戦役当時からの変わらぬ情景を、今でも訪れた者に与えてくれている。