転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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106話 閑話① 受難の大賢者

~~~~ハドラー&ザボエラ 撃退直後~~~~

 

 

……ふわぁ、よく寝た。ここ最近、きたるバラン戦が頭にちらつき眠りが浅かったが、そこを乗り越えた安心感からだろうか、ずいぶんと深く眠れた気がする。いや、もしかしたらこれは、メルルがくれた『夢見の実』の効果もあるのかもしれないな。確か、心の綺麗な人は一番見たい夢を見る事ができるって言ってたっけ。

 

……? あれ? 俺、何の夢を見ていたのかな? なんか、とんでもなく幸せな夢を見ていた気がするが、全く思い出せない……。うーん、悔しすぎるな。今度またメルルにもらって試してみよう。

 

心の綺麗な人は、と言う大前提がある事を完全に無視した上でその事を心のノートに書き込んだ俺は、上半身をベッドから起こし、両手を頭上に伸ばして大きく伸びをした。

 

俺は瞼を擦りながら、首を巡らした。部屋には、俺以外には誰もいなかった。皆は何処にいるんだろう。

 

少し首を回した際、窓から見えた外の景色に俺は違和感を覚えた。あれ……? 月明かりだけではっきりとは見えないけれど、あんな隕石が落ちたような広場、小屋の周辺にあったかな?

 

俺は首を捻りながら部屋を出た。今、何時なんだろう……。お腹空いたな。何か食べるものがあると良いんだけど。そんな事を考えていると、俺の休んでいた部屋の隣の部屋から、よく知った声が響いてきた。

 

「だから、そんな事しないって言っているでしょう! ――いい加減にしなさい!!」

 

……? この声は、マァムの声だ。いい加減にしろって、なんだろう。こんな夜中に大声を出して。

 

俺はその大声が発せられた部屋の扉をゆっくりと開いた。途端に中にいた人間の視線が俺に集中する。

 

 

「……どうしたんだよ、マァム。外まで声が漏れていたぞ。あれ、師匠? いつの間に?」

 

俺は、眠る前にはいなかった師匠の姿に驚いた。

 

 

 

「そ、そんな事が俺が寝ている間に……」

 

皆から聞かされた内容は、驚くべき話だった。俺に化けたザボエラと、ハドラーが襲撃をかけてきたとは。しまったな、いきなりやらかしてしまったようだ。事前に展開を知っていたら、俺も何らかの対処が出来ただろうに、完全に出し抜かれてしまった。原作の展開を知らないというのは、やはり厳しいな。まるで五里霧中の状態で、ランタン片手に手探りで進むようなものだ。

 

「そんな事が……。皆、怪我は――」

 

「……待ちな」

 

俺が皆を心配して一歩足を踏み出そうとした所で、師匠から鋭い声が飛んだ。その目はかわいい弟子を見る目つきではなく、まるで敵を見ているかのような強い眼差しだった。

 

「さっきの話を聞いていなかったのか? 妖怪爺がお前に化けて現われたと言っただろう。今、俺の目の前にいるお前が、またあいつが化けた姿じゃないと誰が言えるんだ?」

 

……なるほど。確かに撤退したと見せかけて、もう一度俺に化けて襲撃してくるくらいの事は、ザボエラならやりそうだな。

 

師匠の言葉で、部屋の空気がピリッとひりついたのを俺は感じた。

 

「マトリフ殿、それでは、こやつはポップでないかもしれないと?」

 

「で、でもおじさん。いくら何でも、直ぐにまた同じ手段をザボエラが取って来るとは……」

 

「そうだよ、マトリフさん。それに、このポップからは嫌な感じがしないし、きっと本物のポップだよ」

 

クロコダインのおっさんが訝しげな眼で俺を見つめ、マァムとダイは信じたくないかのような視線を俺に送ってくる。

 

姫さんが、部屋の扉の前で立ち尽くす俺と師匠を見比べ、口を開いた。

 

「確かにマトリフ殿のおっしゃる懸念も分かりますが、何か彼が本物のポップ君だと証明する手段はありませんか?」

 

「へっ、じゃあ、何か本物のポップしか知りえないような事を聞いてみたらどうだ? ちゃんと答えられたら本物だし、答えられなかったら偽物だよ」

 

良い手段だと思った俺は、ポンと手を叩いて「ああ、良いですね。それなら俺の疑いも晴れそうです。どうぞどうぞ、皆、何でも聞いてよ」と皆を促す。

 

その俺の言葉に、ダイが、はいっとばかりに最初に手を挙げた。

 

「じゃあ、俺から! えっと、ポップが、マァムをブロキーナ老師の所に送って戻って来た日の夜、ポップがでろりん達と出かけたお店の名前を答えられる?」

 

「……」

 

ちょっ、待って。ダイ、いきなり何て質問してくれてんの、お前? よりにもよって、その質問は無いだろう。ていうかお前、そんな記憶こそバランに奪われたままにしておけよ……!

 

「どうした? 答えられねえのか、ポップ? やっぱりお前……」

 

師匠が、言葉に詰まった俺を見て不審な表情を浮かべる。その右手には、既に煌々とした炎が纏われている。いけない、師匠の十八番 炎の十字架(クロス・オブ・ファイア)が火を噴きそうだ。ここは心を鬼にしてでも正直に答えるべきだ。

 

「あ、いや、えっと、ク、『クラブ・バニー』というお店にお付き合いでちょこっとだけ顔を出しておりました、はい……」

 

「何がちょこっとよ、ポップ! ダイから、朝帰りしたって聞いているのよ! おまけにあんな熱いメッセージカードまで貰って……!」

 

「ポップさん……!」

 

正しい答えを返したと言うのに、マァムとメルルの俺を見つめる視線が途端に険しくなった。何故こうなる……? 姫さんはブハッと息を吐いたかと思うと、口を抑えて肩を震わせ始めた。おそらく必死で笑いを堪えているのだろう。そして師匠は、ダイに視線を投げかけて確認する。

 

「どうだ、ダイ? ポップの答えは『クラブ・バニー』で合っているか?」

 

「え……? うーん、そう言えば俺、ポップの行った店の名前を知らなかったや! あははっ!」

 

頭を掻きながらそうのたまったダイに、皆が盛大に体勢を崩す。壁に背中を預けていたヒュンケルまでもが、カクンっと膝から力が抜けたかのように崩れ落ちかけたが、あいつは直ぐに冷めた顔で元の体勢に戻った。姫さんは、もはや目に溢れんばかりの涙を浮かべて、ひーひー、と苦しそうに痙攣していた。

 

そして俺は、ダイに対する殺意が急速に芽生えていた。くっ、ダイめ……! 実はお前こそ、ザボエラが化けているんじゃなかろうな……!

 

 

「くっくっく。どうやら第1問は保留のようだな。じゃあ、次はメルルだったか、何か聞いてみな。妖怪爺が知りえないような古い話で何かないか?」

 

「あ、はい。それじゃあ、5年前に私がランカークス村を訪れた時に、ポップさんが楽しい遊びに誘ってくれたんですけど、その遊びは何か分かりますか?」

 

「もちろん! アイススケートだ。メルルは直ぐに上手に滑れるようになって、ライカ達と一緒に何時間も滑っていたよな」

 

これだよ、これ。さすがは天使メルル。ダイとは違うぜ。メルルも、「正解です」と頷いている。おい、ダイ。こういう所だぞ? これには、皆も間違いないんじゃね、という顔をし始めるが、どうやら師匠だけは違ったようだ。険しい表情を崩さないまま、師匠が俺を更に問い詰める。

 

「どうやら第2問はクリアのようだな。だが、魔王軍の連絡網は侮れねえからな。そこまで調べていた可能性が無い訳じゃない。後は俺が直接確認してやる。いいか、即答しねえと、こいつを喰らわしてやるからな」

 

師匠が、右手に構えた炎の塊をゆらゆらと揺らして、俺を脅しつける。いや、ベッドの上で炎を発現させないで欲しいな、師匠。まあ、魔法制御に長けた師匠だから火の粉を飛ばしたりはしないだろうけど……。

 

「良いですよ、何でも聞いてください。バッチこいです!」

 

「よし、じゃあ、俺がお前に最初に伝授した魔法は何だ?」

 

重圧呪文(ベタン)!」

 

「バルジの島に突入する際にお前が乗った船は?」

 

「氷の船!」

 

「俺がお前に与えた卒業の品は?」

 

「マトリフの印! あと、魔道士のマントと、呪われたベルト!」

 

「呪われてねえって言ってんだろうが!」

 

多少の認識の齟齬はありつつも、その後も矢継ぎ早に繰り出される問いに即答していく俺。熱の入った俺達のやり取りに、俺と師匠以外の皆は一言も発せず、ただ俺達を見つめていた。そして幾度かの応酬の最中、唐突に俺の予想の斜め上をいく質問が投げかけられた。

 

「マァムのスリーサイズを上から順に言ってみろ!」

 

「ぐっ!? た、確か……、そう! 88、59、90!」

 

……危なかった。一瞬逡巡してしまったが、遠い過去の記憶を瞬時に引っ張り出す事で、どうにか対処できた。マァムのスリーサイズは連載中に読者アンケートで公式の回答があり、俺はそれを心の片隅にメモっていたんだよ。国立大学医学部 現役合格の記憶力を舐めてもらっては困るぜ、師匠。

 

そして、この質問が師匠の最後の問いかけだったようだ。晴れ晴れとした表情で師匠は俺を称える。

 

「……見事だ、ポップ。お前は、確かに俺の弟子のポップに間違いないようだ。感服したぜ」

 

「いえ、最後の質問にはさすがの俺も手こずらされました。ですが、疑いが晴れたようで何よりです、師匠」

 

「――何が、手こずらされたよ、この馬鹿!!」

 

そう口にした瞬間、俺の脳天に鈍器で殴られたような衝撃が走り、その衝撃は脳天から足先まで瞬時に電流のように流れて行った。頭の上に星が瞬き、思わず頭を抑えてうずくまる俺。この衝撃を与えたのが誰かなんて、これまでの経験でとうに分かっている。

 

「痛ったーッ!! いきなり何するんだよ、マァム!」

 

やはりマァムだった。俺がうずくまった体制のまま見上げると、そこには怒りの波動を背中から放出して、仁王立ちするマァムがいた。

 

「何するんだよ、じゃないわよ! あなた、どうして私のスリーサイズを知ってんのよ!?」

 

「へ? いや、別に俺だけじゃなくて、皆知ってるって」

 

「み、皆ってあなた……」

 

愕然とした表情で口に手を当てるマァムをよそに、俺は前世の記憶の中から該当するページを引っ張り出す。確か、ダイの大冒険が連載されていた時期は1990年代前半あたりだったはずだ。そして、その時期の週刊少年ジャンプはドラゴンボールやSLAM DUNKと言った珠玉の作品が軒並み揃い、発行部数はなんと600万部を軽く超える黄金期を迎えていたはずだ。と、いう事はだ……。

 

「えーと、単純に考えても、600万の人間がマァムのスリーサイズを知っていると思うよ」

 

「そんなはずないでしょうがッッ! この大馬鹿!!」

 

再び俺の頭部に振り下ろされた白く輝く拳が、俺の意識を一瞬で刈り取っていった。

 

 

 

その後、姫さんの回復呪文(ベホマ)によってかろうじて意識を回復した俺。うん、回復呪文(ベホイミ)でなく、回復呪文(ベホマ)をかけられていた点から、俺がどれほどのダメージを受けたのか、分かっていただけると思う。

 

今、部屋には師匠とマァム、メルル、そして俺だけが残っていて、2人が何かを師匠に訴えている様子を、俺は後ろからぼーと眺めていた。

 

しかし危ない所だった。死んだと思ったら生き返ったりで、俺も精神的に錯乱していたと見える。素で前世の記憶を口走ってしまうなんて、どうかしていた。

 

どうやらマァムは、俺が以前ネイル村で診断呪文(インパディ)をマァムに唱えた際にスリーサイズを知ったと捉えたらしい。正直、それは違う、誤解だと弁解したい所ではあるが、読者アンケートで公表されているなんて言えた話ではないから、何も言い訳できないところが辛い。

 

ちなみに師匠は、最初から俺が本物だと分かってあんな三文芝居を演じていたようだ。そう言えば、ヒュンケルに変身呪文(モシャス)をかけていた時も真っ先に看破していたし、俺もうかつだった。おそらく師匠は、大変な時にのんきに寝ていた俺に対して、ヤキを入れたかったんだろう。そして、闘気の扱いに長けたヒュンケルとクロコダインの2人も俺が本物だと見抜いていたはずだ。ちくしょう、あいつらめ。それでもバルジの島で桃園の誓いを結んだ仲間かよ。覚えてろよ……。

 

俺がジトッとした視線を師匠に送ると、同時にその師匠も俺をギロッと睨み返した。

 

自己犠牲呪文(メガンテ)……だと?」

 

うっ、その話か。俺は、まさに蛇に睨まれた蛙のように身体を小さくする。

 

「そうなのよ、マトリフおじさん。またポップが自己犠牲呪文(メガンテ)なんて馬鹿な事をしないように、何とかできないかなって思って……」

 

そのマァムの言葉に、師匠は呆れたような視線を俺に向けた。

 

「……たく、テメエはどうしようもねえ馬鹿だな。破邪呪文(マホカトール)で寿命を縮めただけじゃ飽き足らず、自己犠牲呪文(メガンテ)まで使いやがるとは……」

 

あ、マズい。破邪呪文(マホカトール)の件は黙ってて欲しかったな……。

 

破邪呪文(マホカトール)で寿命を縮めた? おじさん、それ何の話?」

 

マァムが眉間にしわを寄せ、訝しげに師匠に問いかける。メルルもギョッとした様子で前のめりになった。ほら、こうなるって分かっていたから、言っていなかったのに……。

 

「何だ? お前らこいつから聞いてねえのか? こいつがロモスで使った破邪呪文(マホカトール)の事だよ。あれはな……」

 

 

 

「ちょっとポップ……。私、そんな話聞いていないわよ……!」

「ポップさん、どういう事ですか……!?」

 

う、うう……。師匠から全てを聞いた2人の責めるような視線が痛くて、目を合わせられない。

 

「……だ、だって、聞かれなかったし。聞かれたら、答えようと思っていただけだし……」

 

目を泳がせながらの俺の苦しい言い訳は、余計に2人の視線による俺への圧を強くしただけだった。

 

「まあ、それほど心配するな。1回使ったぐらいじゃあ、それほど縮んじゃあいないだろうさ。ああいうやつは、2度、3度と使えば使うほど倍々式に増えていくもんだから、これ以上使わなかったら大丈夫さ。それに、ほとんどの輝聖石は俺がこいつから取り上げているから、もう使いたくても使えねえ。お前達は、こいつが勝手に新しい輝聖石を入手しないかだけ、気をつけていればいいさ」

 

その師匠の言葉に、ようやくマァムとメルルの俺を咎めるような視線が和らいだ。

 

「……分かったわ。ありがとう、おじさん。ポップを止めてくれて。それで、話を戻すんだけど、もうポップが自己犠牲呪文(メガンテ)を使わないようにしたいんだけど、何か良い方法はないかしら?」

 

「だから、もう使わないって言っているだろう? だいたいあれは、ダイの記憶を取り戻すために仕方なくって言う部分もあったんだ。もうその必要も無いのに、使うわけ無いじゃないか」

 

俺自身がもう使わないって言っているのに、何故信じてくれないんだろう。

 

「あなたのその言葉ほど、信用できないものはないわ。あなたの事だから、他にどうしようもなくなったら、また同じ事をしそうだし……」

 

えー、マァムの俺への信用度が低空飛行しているんだけど。俺は、メルルだけは信じてくれるよね、と縋るような視線をメルルに向けた。

 

……しかし。

 

「……ごめんなさい、ポップさん。私も、この件についてはマァムさんと同じ意見です。さっきの破邪呪文(マホカトール)の事を聞いたら、なおさらです。何か強制的にでもポップさんの行動を制限しないと、私も安心出来ません」

 

何てこった。さっきまで、俺と結婚するかしないかの議論をしていた2人からの、俺に対する余りの信用の無さに俺は絶句した。

 

「けっけっけッ! 身から出た錆とはこの事だな、馬鹿弟子。話は分かった。ちょうど良い魔法があるから、そいつをお前らに教えてやるぜ」

 

「魔法? マトリフおじさん、それってどういう?」

 

マァムが首を傾げながら、そう師匠に問いかける。

 

「ああ、こいつは一言で言えば、魔法の使用を禁止する呪文封じ(マホトーン)の強化版だな。かけられた相手は、術者が解除しない限り未来永劫その魔法を唱える事ができなくなるっていうやつだ」

 

「――! そ、そんな魔法があるんですか!? 無茶苦茶強力な魔法じゃないですか!? ど、どうして俺に教えてくれなかったんですか!?」

 

俺は師匠から聞いた魔法の凶悪さに思わず我を忘れたが、師匠は俺の動揺などどこ吹く風と言った様子でパタパタと手を振る。

 

「落ち着け、ポップ。こいつは、確かに強力な魔法だ。だけどな、こいつは全く実戦的な魔法じゃないんだよ」

 

「実戦的じゃ無い? 何故ですか? 聞いた限りでは敵の魔法をずっと使用不能にする強力な魔法のように思えますが……」

 

「ああ、そうだよ。だがな、この魔法を相手にかけるには、相手の体に数分間は継続して触れ続けておかなきゃならねえって欠点があるんだよ。おまけに相手が多くの魔法を覚えていたら覚えているほど、その時間は長くなる。魔法をほとんど覚えてねえ弱え魔物なら短時間でかけられるが、だったらわざわざそんなまどろっこしい事をする必要ねえだろ? 倒した方が早いんだからよ」

 

「数分間……。なるほど……。それは確かに実戦では使えませんね……」

 

睡眠呪文(ラリホー)で眠らせた後魔物の身体に触れるなら……、いや、それならその間に倒した方が手っ取り早いか。敵の魔法を自分のものに出来るなら実に魅力的だと思うが、封印となると確かになかなか扱いにくい魔法だな。

 

「だろう? だから俺も開発はしたものの、一度も使った事がねえ呪文なんだよ。どうだ、マァム、嬢ちゃん。こいつを覚えて、ポップの呪文の中から自己犠牲呪文(メガンテ)を封じたら、お前達が解除しない限り、こいつは一生自己犠牲呪文(メガンテ)を使う事が出来なくなるぜ?」

 

げっ!? そんな魔法で俺の自己犠牲呪文(メガンテ)が封じられるわけ!? いや、さっきはもう使うつもりはないって確かに言ったけど、でもせっかく苦労して覚えた呪文だよ? 自己犠牲呪文(メガンテ)を俺に教えてくれた爆弾岩のロッキーとの思い出が詰まった、大切な呪文なんだよ。それはちょっと酷くない?

 

「マァム、メルル。そんな呪文をかけられなくても、俺はもう自己犠牲呪文(メガンテ)を使わないと約束す――」

 

「それを教えて、マトリフおじさん!

「マトリフ様、是非教えてください!」

 

「……」

 

もうこの2人の俺への信用は、底辺を突破しているようだった。

 

 

 

今、俺は右の手の平をマァムに、左の手の平をメルルに取られている。あの後すぐに2人は、師匠から封印魔法とも言うべきその呪文『封印呪文(マホドーン)』を契約儀式によって習得した。呪文構造は長いが、内容はそれほど複雑ではなく、2人で分担して覚える事でしっかり使用できるようになったようだ。

 

この呪文の構造は大きく分類すると、相手の習得呪文の一覧を把握する術式と、特定の呪文に封印をかける術式の2つに分類される。マァム達は、マァムが習得呪文の一覧を把握する術式を、メルルが特定の呪文に封印をかける術式を分担して覚えたようだ。

 

自己犠牲呪文(メガンテ)があったわ、メルル。……どう、分かる?」

 

「はい、ちょっと待ってください。……ええ、分かります。これですね。それじゃあ、封印しますね」

 

それから数分が経過した。メルルが、ホッとした表情で口を開いた。

 

「はい。封印が出来ました。これでもう、ポップさんは自己犠牲呪文(メガンテ)を使えないはずです」

 

ああ……。しどい……。せっかく覚えた呪文なのに……。

 

「そう、良かったわ。それでね、メルル。ちょっと耳を貸してくれない?」

 

「何ですか、マァムさん?」

 

何だろう、2人は俺の手を握ったまま何やらこそこそやり出した。

 

(だからね、多分この魔法……、……だと思うのよ)

(――! それはいけませんね! 今すぐ……しましょう……!)

 

何だ、何を話し合っているんだ? よく聞きとれない。俺は、何か嫌な予感がし始めた。

 

「ね、ねえ。マァム、メルル。終わったんなら、もう手を離しても良いかな?」

 

「駄目よ、ポップ。まだ終わっていないわ。もう少しそのままでいなさい」

「すぐに済みますからね、ポップさん」

 

そして更に数分が経過した。

 

「終わりました、ポップさん。どうですか? 身体におかしな所はありませんか?」

 

2人はようやく俺の両手から手を離した。

 

おかしな所はない。だけど、何はなくともまず俺の中の呪文を確認せねば。さっきから俺は、猛烈に嫌な予感に苛まれているんだ。

 

自己犠牲呪文(メガンテ)……は、駄目だ。自己犠牲呪文(メガンテ)を構成する膨大な呪文を頭に思い浮かべようとすると、途端にその呪文がバラバラにそれぞれが手を離したかのように分裂してしまい、呪文を構築できない。これが封印魔法か。

 

何て恐ろしい魔法を開発したんだ、師匠……。これって、戦闘中は使えないだろうけど、捕まえた凶悪犯から強制的に呪文を取り上げて、更生させたりする時に使えるんじゃないのか? あるいは、寝ている相手の側にそっと忍び込んで、こっそりと呪文を取り上げたりする事もできるのでは? 

 

……危険すぎる魔法だ。こんな魔法が世に出たら、とんでもないことになるぞ。社会の構造が変わりかねない。こんな軽いノリで伝授して良い魔法じゃないはずだ。魔法の真価というのは、実戦的かそうでないかで語られるものではない。むしろ平時においては、実戦的でない方が大きな影響を周囲に与える事がある。これは、その典型ともいえる魔法だ。

 

俺がゾッとした顔で師匠を振り替えると、さっきまでニヤニヤしながら鼻をほじくっていた師匠は、一転して険しい顔に変貌していた。

 

「……師匠。この呪文……」

 

「……くっくっく。ポップ、合格だよ」

 

……やっぱりそうか。師匠も当然、この魔法の恐ろしさを分かっていたか。

 

「お前が気が付いたように、この魔法は危険だ。だから俺も、この魔法を伝授したのは今回が初めてだ……。しかし、色気づいて腑抜けているかとも思っていたが、さすがだな。勘所は大したもんだ。やはりお前に託すのが一番だな」

 

託す? ……何を託すつもりだ?

 

「ポップ……。俺が死んだら――」

 

「師匠!」

「マトリフおじさん!」

「マトリフ様!」

 

「うるせえよ、騒ぐんじゃねえ。俺はもう100近い歳だぞ。いつポックリ逝ったっておかしくねえんだ。下手すりゃ、この戦いの帰趨を見届ける事も無く逝っちまうかもしれねえ。だから言っておくぞ、ポップ。俺が死んだら、俺の開発した呪文の類いの扱いはお前に一任する。お前になら安心して託せる」

 

「師匠……。どうか、そんな事はおっしゃらないで下さい。俺はまだまだ師匠と一緒に……」

 

俺は、師匠のその言葉に思わず涙ぐんだ。嫌だ、嫌だ。俺は師匠と、平和になった世界を謳歌したいんだ……。師匠なんだぜ。100歳がどうだって言うんだ。200歳までだって生きられるよ。何だったら、俺より長生きしてくれよ……。

 

「くっくっく。……ポップ。お前は良い奴だよ。正直、90年余を生きてきて、最後にお前に会えたのは、俺の人生における最大の幸運だったと思っているぜ。俺にゃあ、女房も子供もいなかったが、子を持つ親の気持ちって奴はこんなもんなのかもしれねえなあ……」

 

「師匠……。ぐすっ。ふ、ふふふ。そこはさすがに、孫か、曾孫ぐらいにしませんか。いくらなんでも年が離れすぎかと」

俺は涙ぐみながらも、師匠の物言いに、つい突っ込みを入れてしまった。

 

「うるせぇ! ……ちっ、手前はアバンの野郎によく似てやがるぜ」

 

「アバン先生にですか? でも、俺は……」

 

「職種の事じゃねえよ。気質の方さ。英雄気質って言うのかねえ。あいつも、自分の身を顧みず無茶ばかりする奴だった。……あれは、魔王軍と戦っていた時だったよ。あいつは、自分も犠牲になる事を覚悟の上で『凍れる時間(とき)の秘宝』という呪法を使いやがった」

 

『凍れる時間(とき)の秘宝』……。何だろう、それは? 随分と大仰なパワーワードだな。今度じっくり話を聞かせてもらおう。

 

「詳細は省くが、その呪法の余波を受けて石になったあいつの身体に縋り付いて涙を流していた女の姿を、今でも覚えているぜ……」

 

「アバン先生にそんな事が……。――! もしかして、封印呪文(マホドーン)の呪文は……」

 

もしかして、封印呪文(マホドーン)の呪文は、師匠がアバン先生にかけるために開発した呪文では……。

 

師匠は俺の言葉に、ほんの少し憂いを帯びた笑みを浮かべた。俺の予想は、どうやら当たっていたようだ。

 

「アバンの野郎は、お前と違って隙が無くてな……。あれは、魔王の居城に乗り込む前夜の事だったか。女王のために、あいつが眠っている間に自己犠牲呪文(メガンテ)を封印してやろうとしたんだが、うまく躱されたよ。それが、今のこのざまさ……」

 

「師匠……」

 

師匠は、マァム達に目をやった。

 

「マァム、それにメルルだったな。こいつは、アバンよりずっと、どんくせえんだ。やばい呪文をこいつが覚えたと思ったら、かまう事はねえ。こいつが寝ている間にでも封印してしまいな。ほっといたら、こいつは直ぐにアバンの後を追いやがるぜ? お前達が気を付けて、できるだけ長生きさせてやんな」

 

「マトリフおじさん……。ええ、きっと……!」

「マトリフ様。マトリフ様の想いの詰まった大切な呪文を伝授していただき、ありがとうございました。絶対に無駄にはしません……!」

 

「へへ……。じゃあ、俺はちっとばかし、外で風に当たって来るぜ。ほら、ポップ。自己犠牲呪文(メガンテ)の他にも封印された呪文がないか、確認しなくていいのかよ?」

 

師匠は俺の肩にそっと手を置いて、部屋から出て行った。

 

……ハッ、そうだった。師匠の話に圧倒されて忘れるところだった。俺は、さっきのマァム達の最後のやりとりがやけに気になっていたんだ。もしかして、自己犠牲呪文(メガンテ)以外にも封印された魔法があるのではないだろうか。

 

――! まさか神風呪文(パキ)!? あれほど魔法に罪は無いとマァムに弁解したというのに……!

 

……? いや、大丈夫だ。神風呪文(パキ)の魔法はちゃんと術式が構築できる。

 

おかしいな……。俺の勘違いかな? あれ、いや、何か変だぞ……。

 

――!? 

 

やられた!! あの魔法が封印されている! 神風呪文(パキ)の魔法と交換で師匠に教えてもらった、あの魔法!

 

そう、『幻惑敏捷手技呪文(ゴッドハンド)』の魔法だ!!

 

えー!? マジかよ。この魔法、幻惑呪文(マヌーサ)敏捷力変動呪文(ピオリム)の術式を絶妙な配分で組み合わせた幻惑かつ神速の指使いを可能とする合成魔法だよ? 師匠の言う通り、極大爆裂呪文(イオナズン)より習得に苦労した魔法なんだよ!?

 

いやいやいや、ていうか、俺、この魔法まだ1回も使っていないんだけど……!! そんなの有りかよ!? オー・マイ・ゴッド! ああ、この世に神はいないのか……。

 

これは交渉が必要だ。ネゴシエーション・タイムだ。

 

「あ、あのー、マァムさん、メルルさん。俺の習得魔法の中から『幻惑敏捷手技呪文(ゴッドハンド)』っていう名前の魔法が封印されているようなんだけど……、これ、何かの間違いでは? この魔法、何も危険な事なんてない、人畜無害な魔法だよ……? ……爆発しないよ?」

 

「あら? 爆発しないからと言って、人畜無害とは限らないわよ? 威力の有無だけが呪文の全てじゃないんでしょう? でも、そうね。私達が納得できる使い方をする魔法なら解除しても良いわよ? ねえ、メルル?」

 

「ええ。私もそれで良いですよ。それで、いつその呪文を使うつもりだったんですか?」

 

「私も聞きたいわね。何処でその呪文を使うつもりだったのよ?」

 

「……」

 

いつだって? 何処でだって? ……い、言えない。パプニカの復興がもっと進んだら、師匠とパプニカの夜の街に繰り出して、2人でダブル幻惑敏捷手技呪文(ゴッドハンド)を放とうと約束していたなんて。

 

俺はチラッと2人を覗き見た。2人は、一歩も引くつもりがなさそうな目で俺を見つめている。

 

……無理だな。俺の幻惑敏捷手技呪文(ゴッドハンド)は、一度も発動する事無く、今死んだのだ。

 

いや、待て。何故、俺だけが封印されなきゃならんのだ。一番に封印すべき人物がいるだろう……!

 

「あ、あのー……。師匠もその魔法は保有しているのですが、そちらも封印した方が良いのでは?」

 

「……。それもそうね。世の女性のためにも、今封印しておく必要があるわね」

 

「そう、ですね。ポップさんに悪影響を及ぼさないためにも、必要かもしれませんね」

 

「でしょう? 是非、封印しちゃってよ。抵抗するようなら、俺が睡眠水球呪文(ラリホーボール)で眠らせるからさ」

 

俺はノリノリで、師匠を鬼達に売る事にした。当然だ。何故師匠だけお触り魔法が許されて、神風呪文(パキ)と交換で教えてもらった俺のお触り魔法だけが封印されなければならぬのだ。理不尽すぎるだろう……!

 

ん? 師匠、妙に戻りが遅いな?

 

俺は窓に近づき、昼にあんな大戦を演じながらもこんな夜更けに一人外で筋トレしている頭のおかしいヒュンケルに声を掛けた。

 

「ヒュンケル、師匠を知らないか? さっき涼みに行くって外に出たんだけど……」

 

「マトリフ殿なら、一足先にパプニカに帰ると言って、さきほど瞬間移動呪文(ルーラ)で飛んで行ったようだが?」

 

「――!?」

 

ひでえ!! 師匠、自分だけ逃げたな!! 自分の魔法まで封印されてはたまらんと!

 

「ちっくしょー! マトリフ師匠の馬鹿野郎!!」

 

「あーあ。マトリフおじさんには逃げられちゃったか……。まあ、おじさんの唯一の楽しみみたいなものだから、今回は大目に見てやるとしますか」

 

「そうですね。あっ、ポップさんは駄目ですよ!」

 

マァムとメルルが窓際にやってきて、外を眺めながらそんな事を口にする。

 

「ああ、ポップ。これからは時々あなたが変な魔法を覚えていないか、確認するわよ。良いわね?」

 

「ふふふ。駄目って言われても、ポップさんが眠っている間に見ちゃいますけどね」

 

「……」

 

俺に人権は無いのだろうか……。よくもこんな危険な魔法を、よりにもよってこの2人に教えたものだ。俺は、師匠に対する怒りが沸々と沸いてきた。

 

封印呪文(マホドーン)に対抗するために、早々に呪文を隠蔽する魔法を開発せねば。大魔道士マトリフの開発した魔法だ。容易な事ではないだろう。だが、これは成さねばならぬことだ。

 

そして同時に、いつの日か今日この日封印された幻惑敏捷手技呪文(ゴッドハンド)を再びこの手に取り戻して見せようぞ。

 

俺はその事を、心のノートにしっかりと刻みつけた。

 

 

 

###########################################

 

 

大魔道士マトリフ逝去の翌年、大賢者ポップによってマトリフの残した数々の呪文が公表された。しかし、その公表された呪文の中には、極大を冠する呪文を筆頭に秘匿されたと思わしき呪文が数多く存在したため、一部の魔法使いから『ポップ・マーカストンは師の研究成果を不当に簒奪した』と非難の声が上がった。

 

大賢者ポップは、それらの非難の声に対して自己を一切弁護せずに沈黙を守っていたが、その一部の非難の声は悪化の一途をたどった。そして、一部の者の間では『ポップ・マーカストンは師の研究成果を奪うために、師をその手で殺めた』という噂まで、まことしやかに囁かれるまでに至った。

 

事ここに至って、当時の新生パプニカ王国初代女王レオナが、その非難に対して異例とも言える声明を発表した。

 

その声明の内容は以下のものであった。

 

『大魔道士マトリフの開発した呪文の一部が秘匿されている件に関しては、全ての扱いを弟子である大賢者ポップに一任すると大魔道士マトリフ自身が述べているため、非難には全く当たらない。

また、公表したところで、非難している魔法使い達がその高度な内容を理解できるはずもなく、大賢者が公表に費やす時間の浪費であり、無垢な赤子に刃物を与えるに等しい危険な行為ですらあると言える。

そのため私は、新生パプニカ王国女王の名において、大賢者ポップの判断に全面的に賛同する』

 

この声明文は、レオナ女王の人となりを顕著に表している典型的な例として、後に学び舎の教本にも掲載されている。また、この声明の発表後時を置かずして、カール王国、ロモス王国、ベンガーナ王国及び新生リンガイア王国も声明を発表した。その内容は、レオナ女王の声明文を幾分オブラートに包んだ文面ではあったが、内容はいずれも同じようなものであった。

 

なお、オーザム王国も同時期に声明文を発表している。それは、『白狼王』の名で名高いライオネルの名において公表されており、その内容はレオナ女王の声明文を凌ぐほど直接的かつ過激なものであった。詳細は割愛するが、それは『我が国にとって大恩ある大賢者に対して、流言飛語を声高く叫ぶ愚か者共には、白狼の怒りが必ずや下るであろう』と言った、脅迫とも取れる声明であった。

 

これらの国家の擁護があった事、及び、大多数の人間が大賢者に対して敬愛の念を抱いていた事も相まって、次第に一部の魔法使い達の大賢者に対する罵詈雑言や秘匿呪文の公表を求める声は沈静化していった。

 

また、こんなエピソードも残されている。

 

大魔王戦役から三十数年後、当時、魔道に関しては十年に一人の逸材と称えられた、とある国の貴族の青年が、大魔道士マトリフの残した極大呪文の伝授を望んだ。その青年はありとあらゆる非合法な伝手を用い、その術式の一つを入手し聴衆の前でその呪文を行使した。

 

しかし、呪文の発動と同時にその青年の両手は醜く焼け焦げ、それにより集中が乱れたためか呪文も正しく発動されなかった。

 

そのため、その青年は大魔道士マトリフの残した術式の不備と、その継承者である大賢者ポップの欺瞞を声高に叫んだが、これに対して当時世界魔術師協会の会長であったフォブスター・アルマークが発表したコメントが残されている。

 

『大魔道士マトリフ並びに大賢者ポップの両名は、いずれも百年に一人とも二百年に一人とも謳われる不世出の魔術師である。その彼らですら扱いには細心の注意を払っていた極大呪文を、高々十年に一人と目される程度の魔術師が軽々しく扱えるはずも無し。魔法技術の研鑽に終わりはない。我々は、先達に敬意を示し、謙虚に魔道と向き合わなければならぬ。それを忘れたかの者は、愚かであり、哀れですらあると言える』

 

大魔王戦役から150年経った現在。故フォブスター・アルマークの言葉を胸に、今も多くの者が、魔法技術の更なる探究に従事している。彼らは皆、いつか大魔道士と大賢者がたどり着いた境地に到達できる事を夢見ている……。

 

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