転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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112話 竹馬の友 side 旧友達

~~~~ランカークス村 セーヌ川のほとり~~~~

 

side ライカ

 

「ジーン君! ラーメン3丁、餃子3皿追加ね! ルッツ君、お勘定お願い!」

 

「「分かった!」」

 

切羽詰まった様子の2人の返事を聞きながら、私はお客さんが席を立ったテーブルの上を、素早く片付ける。早く次のお客さんを案内しなきゃ。とてもではないが、お皿やお箸を洗っている時間がない。

 

手をせわしなく動かしながら、私は(しまったなー)と考えていた。昨年に続いて今年の『手紙送り』は遠方から出店してくる同業者がいないから、店を出したら稼ぎ放題だと睨んだ私の考えは正しかった。

 

だけど、ジーン君の作る料理が評判良すぎたのか、ルッツ君が念密に計算して算出した値段設定が良かったのか、はたまた、美人過ぎる看板娘がいけなかったのか、想像以上の賑わいで、私達3人だけで出している出店は、まさにてんてこ舞いの忙しさだった。……ちなみに一番の要因は、美人過ぎる看板娘だと確信している。

 

こんな事だったら、お手伝いの人を他に雇うべきだった。私達は、それぞれがほんの少しお小遣いを稼げたら良いやという甘い考えで1ヶ月前より準備して出店していたが、このお昼のかき入れ時のあまりの忙しさに、既にその事を後悔し始めている。

 

ああ、料理を待つ長い行列の終わりが見えない。ジーン君の料理の進捗はどんな感じだろう? もう一人料理人がいたら大分この長い行列が改善されるのに、ポップ君から教えてもらった料理を作る事ができる人は今のところ彼だけだから、誰も手伝う事ができない。

 

そんな事を考えていたから、不意に私に声をかけてきた人の声に私は驚いて、思わず手に持っていたお皿を地面に落としそうになってしまった。

 

「やあ、ライカ。ずいぶんと忙しそうだね。ああ、あそこにいるのは、ジーンとルッツか。はは、3人でお店を出しているのか。元気そうで何よりだ」

 

私は思わず全力でその声の聞こえた方に振り返った。そこには、懐かしい友人が以前と変わらない笑顔で立っていた。

 

「ポ、ポップ君……。え、い、いったい、いつランカークス村に帰ってきていたの?」

 

「ああ、今日の朝のうちにね。ちょっと用事ができて村に戻ってきたんだけど、明日まで待つ必要が出来たから、仲間と一緒に村をぶらぶらしていたのさ。皆を紹介するよ、……っていうか、メルルは覚えているよね?」

 

えっ、メルル? メルルちゃんの事を忘れる訳がない。5年ぐらい前にたった2週間だけ一緒に遊んだ仲だけど、とっても良い子でいつかまた再会したいと思っていた、私のかけがえのない友達だ。

 

「ライカちゃん、久しぶりです。メルルです。覚えていますか?」

 

そう言ってポップの後ろから私の前に現れたのは、びっくりするぐらい綺麗に成長したメルルちゃんだった。まだ10歳だった頃から感じていた神秘的な雰囲気はより深くなっていて、夜空のように綺麗だった黒髪も、思わず嫉妬してしまいそうになるほど艶を増しているように私の目には見えた。私に向かって微笑みを浮かべるその懐かしい顔を見て、私は思わず涙ぐんでしまった。

 

「うん、うん……。覚えているよ、メルルちゃん。会えて嬉しい。よく来てくれたね」

 

あれ? メルルちゃんがポップ君と一緒にいるという事は、どういう事を意味するんだろう? メルルちゃんと抱き合っている時にそんな疑問が頭に浮かんだが、席に着いたお客さんが料理の注文をするために私を呼んだ。

 

――いけない! もっとゆっくりと話をしていたいけれど、そんな場合じゃなかった。私はお客さんに「はーい、今すぐ!」と返事を返したが、ちょうどその時、私にある考えが思い浮かんだ。

 

「ああ、ごめんよライカ、忙しい時に。落ち着いた頃に、また顔を出すよ。それじゃあ「待って、ポップ君!!」」

 

思わず私は、私に背を向けたポップ君の襟首をワシッと掴んで叫んでいた。

 

「ねえ、詳しい話は後で聞くから、ちょっとお店手伝ってくれない!? 良いわよね!? 良いわね!」

 

最初から返事など聞くつもりもなかった私は、目を白黒させているポップ君達の背を押して、厨房となっているテントの中に放り込んだ。ジーン君とルッツ君が、「えっ!? ポップ!? そ、それに君はメルルかい!? いつ帰ってきたの!」などと騒ぎ始めるが、私はそれを一喝する。

 

「はいはい、そんな事は後よ、後! ポップ君、ジーン君と一緒に料理をお願い! メルルちゃんは、皿洗いをお願い! えっと、あなたは……マァムさんって言うのね。マァムさんは、私と一緒に外の接客対応をお願い。君は、えっと、ダイ君ね。空いたテーブルからお皿を回収してくれるかしら!」

 

更に私は、ポップ君の肩に乗っかっていたパンちゃんの首根っこをひっ掴んで、目線を合わせた。この子は数週間前からポップ君の実家に出入りしている、かつて魔の森で出会ったベビーパンサーだ。私の事を覚えていたのか、おやつの時間になると決まって私の家に遊びに来る、良い根性をした食い意地の張った女の子。

 

「ふふふ。パンちゃん、今は猫の手も借りたいくらいなの……。手伝ってくれるわよね? この間お肉奮発してあげた事、覚えているわよね?」

 

私の血走った目に、引き攣った顔でこくこくと頷きを返すパンちゃん。よろしい。気をよくした私は、木片で作ったこの店の看板に紐を通して、それをパンちゃんの首にかけた。

 

「これを付けて辺りを回って、店の宣伝をしてきてくれるかしら? よろしくね♪」

 

パンちゃんは、殺気だった今の私に逆らう事の愚かさを察したのか、何も文句を言うことなく、お店の宣伝をするために、駆けていった。

 

 

 

「ポップ! 餃子3皿、出来るか!?」

 

「レシピは俺が渡した通りなんだろう? だったら問題ないさ。餃子の調理は俺に任せな! しっかし、ライカは相変わらずだなー。ルッツとジーンの苦労が忍ばれるよ」

 

「だろう? 今日だって、絶対稼げるから店出そうってあいつに言われて出したは良いけど、目の回るような忙しさなんだぜ。なあ、ルッツ?」

 

「うん、下手に口答えすると、倍で返ってくるからね。ポップも気をつけた方が良いよ」

 

テントの中でそんな事を喋っているルッツ君達の声が、私の耳にまで聞こえてくる。あの3人は、1年以上会っていなかったというのに、もうその期間が最初から無かったかのように打ち解けている。そんな時、私は男の子って良いな、と思ってしまう。

 

「ちょっと男子! 口じゃなくて、手を動かしなさい、手を! 追加で餃子2皿と、ラーメン3丁よ! ルッツ君、野菜を大急ぎで切って!」

 

「「「へーい」」」

 

3人が声をそろえて、返事を返す。その様子を見ていたマァムと言う名前の女の子が、クスクスと笑っていた。

 

「ふふふ。ポップのあんな表情、初めて見たわ。ライカさんって、言ったかしら。皆、とっても仲のいい友達だったのね」

 

「そう……ね。ごめんなさいね、マァムさん。禄に返事も聞かずに無理矢理こんな事させちゃって……」

 

切羽詰まっていたから、ちょっと、いや、かなり強引に巻き込んだ自覚のあった私は、マァムさんに思わず謝罪した。マァムさんだけではない。ダイという名前の男の子も、さっきからテーブルの上のお皿を片づける作業を、文句を言う事なくやってくれている。初めて見た空飛ぶスライムも、お皿を口に加えてふわふわとテーブルを回っている。メルルちゃんも、テントの中で時折3人と楽しそうに会話を交わしながら、お皿を洗っていた。

 

ポップ君達のおかげで、料理を待つ行列を捌く時間がずいぶんと早くなった。でも、パンちゃんの宣伝のおかげか、減ったと思ったらまた新しくお客さんが行列に並んできて、今でも休む暇もないほどの忙しさだった。

 

「くすくすくす。良いわよ。こんな経験、初めてでとっても楽しいわ。あ、良かったら私の事はマァムって呼んで」

 

「分かったわ。じゃあ、私の事もライカって呼んで! お昼のかき入れ時ももうすぐ終わると思うから、よろしくね!」

 

そして私は、新たな注文を取るためにお客さんの下へと駆けて行った。

 

 

 

「うあー、疲れたー。もう俺、手が痺れて何も持てねえよ……。ルッツ、今日の売り上げ、どのくらいになった?」

 

約2時間後、戦争のようだった昼のかき入れ時が過ぎ、用意していたラーメンのスープが切れてようやく店は閉店していた。その閉店した店の前にある共用の椅子に深く腰を下ろしたジーン君が、腕を自分で揉みほぐしながら、疲れ切った表情で呟いている。

 

「うーん、ちゃんと取りまとめたわけじゃないけど、売り上げで言うと1,000Gは下らないんじゃないかな。もしかすると1,500Gまでいったかも……。大儲かりだよ」

 

「1,500G!? たった1日でかよ!? そいつは凄えな。俺達で均等に割っても、凄え儲けじゃねえか」

 

「ちょっとジーン君! 手伝ってくれたポップ君達にも、ちゃんとお礼はしないといけないわよ!」

 

「ああ、それはもちろん分かっているよ。ダイって言ったか? お前、小っこいくせに見かけによらず力持ちだなー。助かったよ。それにゴメだったか? お前もよくやってくれたよ」

 

ジーン君の言葉に、ダイと呼ばれた男の子は恥ずかしそうに頭をかき、金色に輝く可愛らしいスライムは、「ピィ、ピィ」と誇らしげに空を舞っている。

 

私はと言えば、ようやく落ち着いてメルルちゃんと会話を交わせていた。

 

「メルルちゃん、ポップ君とまた再会出来たんだね。……良かったね」

 

「ありがとう、ライカちゃん。今は、ポップさんと一緒に旅をさせてもらっているの」

 

そう言って、メルルちゃんは少しはにかみながら微笑んでいる。一緒に……。それって、そういう事なのかしら。俄然、好奇心が沸いた私の鼻を、今日何度も嗅いだ匂いがくすぐった。

 

「あんな人数のお客さんを3人で捌こうなんて事自体、どだい無理があったんだよ。ほら、皆。忙しすぎてお昼を食べる時間も無かっただろう。ラーメンはもう残って無いけど、余っていた餃子を焼いたから、食べようぜ。ああ、パンはこっちを食べな」

 

そう言いながらポップ君が、私達のテーブルに美味しそうに焼けた餃子を置いた。そして、足下でくたっと寝そべっていたパンちゃんには、ラーメンの具材として余っていた焼き豚(チャーシュー)を上げる。ふふふ。食いしん坊のパンちゃんが、突然起き上がって目を輝かせ始めた。パンちゃんも頑張ってお客さんの呼び込みをしてくれたから、いっぱい食べてもらわないといけないわね。

 

「わー、俺、ずっとこれ食べてみたかったんだ! いっただっきまーす! ――! 美味しい! これ、すっごく美味しいよ、ポップ!」

 

「……本当。ほとんどの人がラーメンと一緒に注文していたから、どんな味かと思っていたけど、本当に美味しいわね。口に含んだら肉汁がたくさん溢れてくるわ……。この料理も、ジーンさんが考えられたんですか?」

 

マァムのその言葉に、ジーン君がいやいや、と手を振る。

 

「俺じゃないよ。これは、ポップが村を出て行く時に残していったレシピを再現しただけさ。ラーメンも今度作ってあげるから、いつでも食べに来たらいいよ」

 

「そうなんですか……。ポップ、あなた、たこ焼き料理だけでなく、こんな料理まで考えついていたなんて、本当に料理人になっても良かったんじゃない?」

 

「ははは。まあ、それは平和になって賢者業を廃業した時にでも考えるよ。そんな事よりジーン、こっちの皿の餃子も食べてみなよ。こっちは、ちょっと味付けを変えてみたんだぜ」

 

「何!? ――! ほ、本当だ。何だ、このスパイシーな味付けは? 初めての味だぞ」

 

あら、本当ね。私も、ポップ君が指し示した餃子を食べて驚いた。普段の味付けとはまた違う感じね。ちょっと辛口だけど、これはこれで好きな人がいるかも……。

 

「それは、このカレー粉をまぶした特製カレー餃子さ。ベンガーナの町で買える香辛料を組み合わせただけだから、後でその組み合わせを教えてやるよ、ジーン」

 

「ああ、絶対だぞ、ポップ! これなら直ぐに、新しい店の看板料理になりそうだ!」

 

「ちょっと待ってジーン。ちゃんと原価計算しないと直ぐには店頭に出せないよ。ポップ、その香辛料の値段は……」

 

また3人で盛り上がり始めた男子を横目に(ダイ君は餃子を食べるのに必死のようだ)、私はメルルちゃんとマァムに話しかけた。

 

「ねえ、2人とも。私、ポップ君と2人の関係がすっごく気になるんだけど……。もしかして、2人って……」

 

「「……」」

 

やっぱり……。私の直感は正しかったみたいだ。2人とも、途端に顔を茹蛸のように真っ赤にして俯いてしまった。まあ、メルルちゃんがポップ君の事を好きだったのは、5年前から知っていた。多分その事を知らなかったのは、当のポップ君ぐらいだろう。

 

そしてさっき知り合ったばかりのマァムだけど、彼女も彼女で、自分の知らないポップ君の表情を発見して喜んでいる様子だったから、すぐに彼女の気持ちが分かった。

 

しかし、2人か……。私が昔あんなにアプローチしても全く気がつかないほどニブチンだった彼に、2人も彼女ができるなんて。何か彼の意識を変えるよっぽどの事があったのかな、と私は思った。

 

実を言うと、ポップ君達の噂はこのランカークス村にも届いていた。『勇者』というのは、今目の前で餃子を口いっぱいに頬張って、目を白黒させているダイ君の事だろう。そして、『氷の賢者』の異名で呼ばれているのが、今まるで悪巧みをしているように男子3人、顔をつきあわせてニヤニヤしている彼、ポップ君だ。

 

更に言えば目の前にいるマァムも、『霊長類最強の女武闘家』と呼ばれている女性のはずだ。乙女のように顔を赤らめているその様子からは、接客中に彼女のお尻に手を伸ばそうとしたがらの悪い客を、あっという間に地面に叩きつけていた姿はとても想像できない。あれ以降、彼女には店の用心棒としての役割も果たしてもらっていた。

 

ダイ君も、ポップ君も、マァムも彼らの事を知らない人達からしたら、魔王軍との戦いにおける私達人間側の希望の星そのものなのだろう。実際ポップ君に会った事の無い人は、彼をまるで全知全能で、間違いなんて一切犯さない完璧な人間のように考えている節がある。

 

でも私は知っている。ポップ君はランカークス村にいた時から、時折突拍子のない行動をしては自警団の人に叱られ、教会のマリーさんに抱きしめられたらその日1日だらしない顔で過ごす、普通とは決して言えないものの、それでも全知全能、完璧な人間からはほど遠い男の子だった。

 

私は何故か、勇者一行(パーティー)が、巷で噂されている完璧な人達の姿とは違う事に嬉しくなった。ああ、いけない。ダイ君が餃子を喉に詰まらせて青い顔をし始めた。ゴメちゃんという空飛ぶスライムが「ピィ、ピィ!」と慌て始めるが、ポップ君やメルルちゃん、マァムはそれぞれ話しに夢中で気がついていない。慌てた私が、水の入ったグラスをダイ君の前に差し出すと、ダイ君はそれを引ったくるようにして奪い、一息に飲み干した。

 

そしてようやく落ち着いたのか、「ぷはー……。ああ、死ぬかと思った……。ありがとう、ライカさん」と、ばつの悪そうな顔で私にお礼を言った。照れたように頭を掻くダイ君を見て、私は思わず吹き出してしまった。

 

ふふふ。誰に言っても、信じてくれないだろうな。今ここで、魔王軍に対抗する旗頭の『勇者』が、餃子を喉に詰まらせて死にそうになっていたなんて。

 

『勇者一行(パーティー)の頭脳』とも呼ばれている『氷の賢者』が、トレードマークのバンダナを捻りはちまきのようにまき直して、餃子を一心不乱に焼いていたなんて。

 

そして、『霊長類最強の女性』が、ごろつき共を震え上がらせる程の睨みを効かしながら、私達の店の用心棒を務めていたなんて。

 

 

 

くすくすと笑う私の前で、ダイ君は頭をかきながら恥ずかしげに俯いていた。

 

 

 

 

 

~~~~ランカークス村 教会~~~~

 

 

side マリー

 

「ふー、今日は一段と暑いわね」

 

8の月のランカークス村は、暖かな日差しがふり注いでおり、私は額に浮かんだ汗を拭いながら思わずそう呟いていた。今日は、『手紙送り』の日だから仕事をしている人間は少ない。だからなのか、今日は朝から治療を求めて教会に集まる人達が少なかった。そのため、手持ち無沙汰だった私は、庭に落ちた葉っぱを集めていた。

 

不意に、私に何かを知らせるかのような心地いい風が、前方から吹き抜けた。たなびく髪を押さえながら私が教会の門を見ると、門の向こうから数人の男女がゆっくりとこちらへ向かってくる所だった。彼らの会話が風に乗って私の耳まで運ばれてくる。

 

「それじゃあ、そのお祭りの一環で泥沼を作る魔法を使って落とし穴を作っちゃったの?」

 

「ぷっ、あ、あははは……。そりゃあ、怒られるよ。……の作る泥沼って底なし沼じゃないか」

 

「うーん、クイズで外れた人が壁を突き破ったら泥沼だったって趣向だったんだけど、加減を間違えて底なし沼になっちゃったんだよな。それで、答えを間違えたライナー隊長が突っ込んで死にかけて……。あの時は、かんかんに怒られちゃったな……」

 

「くすくすくす。その話、前にライナー隊長から聞きましたよ。あの時、皆大笑いして誰も助けてくれなかった事は絶対に忘れないって言って怒ってらっしゃいましたよ?」

 

(どこかで聞いた話ね、誰かしら?)と思ったのはほんの一瞬だった。私の目は、先頭を歩くその少年の姿に釘付けになった。懐かしい……。彼がこの村を旅立って1年と少ししか経っていないというのに、もう何年も会っていなかったかのような郷愁の念を、私は胸に抱いた。

 

彼らが教会の門をくぐり、ゆっくりと近づいてくる。初めて彼がこの門を潜った時は、今の背丈の半分も無かった。あれはもう10年以上前になるかしら。

 

彼が私に気づき、片手を上げて近づいてくる。だから私は、彼の反応を半ば予想しながら、少しだけ彼をからかうかのように声をかけた。

 

「……お帰りなさい、『ランカークス村の小さな賢者』君。それとも、『氷の賢者』殿とお呼びした方が良いかしら?」

 

「や、やだなあ、やめてくださいよ、マリーさん。いつものようにポップでお願いします」

 

頭を掻きながら恥ずかしそうにそう返す彼の答えは、私の予想した通りだった。くすくすくす。良かった、この子はあの日から少しも変わっていない。

 

でも、私は彼の顔を見て、どこか以前と違う所がある事に気がついた。……何だろう。少し考えた私は、……ああ、これは死線をくぐった男の顔だ、と私は不意に気がついた。教会で施療を毎日のように行っていると、生死をさまよう状態に陥った冒険者の方と出会う事がままある。1年ぶりに会ったポップ君は、そんな彼らと共通する空気を纏っていた。

 

彼は今、15歳。世間一般的には少年とも、大人とも、どちらとも捉えられる過渡期にある年齢だった。だけど、5歳の頃から彼を見続けている私にとって、彼はいつまでも私にとっては子供にしか思えなかった。その子供が、この年齢で死線を越えた顔をしている。その事を、ことさら不憫に感じた私は、思わず彼を抱きしめていた。

 

「そう……。それじゃあ、お帰りなさい、ポップ君」

 

私は、彼を抱きしめて両の手をポップ君の背に回す。ああ、大きくなった。新しい呪文を覚えてくる度にこうして抱きしめて褒めてあげていたけれど、この子はあの時よりがっしりとした体つきになった。いつの間にこんなに……。

 

「マリーさん……」

 

ポップ君の手も私の背中に回される。どうしてだろう……。以前は無邪気にぎゅっと抱きしめてあげられたのに、私が変わったのか、ポップ君が変わったのか、どこか切ない感情が私の胸中を占めた。……これではいけない、やり直しだ。そう考えた私は、改めてポップ君をぎゅーっと抱きしめなおそうとした。

 

しかし、私のその試みは成される事がなかった。それは、突然ポップ君が誰かに首を捕まれて、私から引き離されたからだった。

 

「もう十分でしょう、ポップ。いつまでやっているのよ、いつまで……!」

 

「そうですよ、ポップさん。それ以上は駄目です。マリーさんも、ご結婚されたとお聞きしたのに、節度ある態度を取っていただかないと困ります……!」

 

私の名を呼んだ聞き覚えのある声に、私は思わずその言葉を発した黒髪の少女の姿をまじまじと見つめた。

 

「え……。あなた、もしかして、メルルちゃん? そ、そうよね、メルルちゃんよね?」

 

「はい。メルルです。お久しぶりです、マリーさん」

 

「まあっ! ほんとにメルルちゃんだ。嬉しいわ! よく来てくれたわね!」

 

私は5年ぶりに再会したメルルちゃんに、ぎゅっと抱きついていた。お人形さんのようにかわいらしかったメルルちゃんがこんなに大きくなったなんて……。

 

「わっ! マ、マリーさん。く、苦しいです……。そ、そのお胸が……」

 

メルルちゃんが、私の胸の狭間でわたわたと悶えている。

 

「……良いな、あれ。俺ももう一度再会の喜びを――」

 

「あなたは、さっきので十分でしょ! そこを動かないの!」

 

ぷっ。ポップ君とその隣のお仲間かしら、活発そうな女性との先ほどからの会話のやりとりを耳にしただけで彼らの関係性が分かった気がして、思わず私は吹き出してしまった。

 

 

 

この後、メルルちゃんが窒息する前に解放した私は、ポップ君達がランカークス村に戻ってきた理由を聞いた。そうか、用事があって村に帰ってきただけで、またすぐに何処かに行っちゃうのか……。それもそうね。まだ魔王軍との戦いは続いているんだし、勇者一行(パーティー)と呼ばれている彼らに、まだ安息の日が訪れる事はないんだろう。

 

でも、それを聞いたらポップ君じゃないけれど、私は余計にさっきのハグでは物足りないと感じた。

 

「あら、だったら私、さっきのポップ君との挨拶、あれだけじゃ足りないわ。1年以上会っていなかったのよ? 後1時間ぐらいはハグさせてくれても、罰は当たらないんじゃないかしら?」

 

「だ、駄目ですよ、マリーさん! ポップさんは、そ、その、私達とお付き合いする約束をしているんですから、過剰な接触は禁止です!」

 

「ふふふ。そんな事、あなた達を見た瞬間に分かったわよ。……良かったわね、メルルちゃん。夢が叶って……」

 

先ほどまでのポップ君を巡るこの子達のやりとり。経験豊富なマリーお姉さんが、それを見て分からないはずがないじゃない。でも、それとこれは別なのよ、と私が別の方面からの彼女達の説得を考えていると、私の背後の教会の扉が開く音がした。それと共に聞こえてくる元気な声。

 

 

 

「あー、ポップだ! ポップ、いつ帰ってきたの!?」

 

振り返るまでもなく分かる。これは、私の娘のリンの声だ。声を発するとともに、元気いっぱいに駆けてきたんだろう。気がついたら、もうリンはポップ君に飛びついていた。

 

「わっと! あはは。重くなったなー、リンちゃん。もう4歳になったんだっけ?」

 

「もう、ポップ! れでぃーに、重くなったな、はだめでしょう! そう言う時は、大きくなったって言うの! 分かった!?」

 

くすくすくす。再会するなり以前のようにやり込められているポップ君に、つい笑みが溢れてしまった。

 

「リンちゃんって言うんですね。私、メルルといいます。お母さんのマリーさんには、以前ずいぶんとお世話になったんですよ。よろしくお願いしますね?」

 

「わー、この人がメルルさん。……すっごくきれい。良かったね、ポップ。こんなきれいな人が恋人になってくれるチャンスは、もう2度と無いわよ」

 

「は、はは……。愛想を尽かされないよう頑張るよ」

 

「――あっ、この子だーれ!? 私、羽のあるスライムなんて、初めて見た!」

 

「ピ、ピィィィ!?」

 

空をふよふよと飛んでいた金色のスライムを目にしたリンは、咄嗟にそのスライムの羽を掴んでまじまじと見つめた。

 

「こら、駄目よ、リン。そんな風に乱暴に掴んだら。ほら、びっくりしているでしょう?」

 

「あっ、ごめんなさい! それでそれで、あなた、だーれ? お名前は言える?」

 

空飛ぶスライムの羽から手を離して、もう一度顔を近づけて問いかけるリン。そんなリンに、ダイという名の男の子が優しく話しかけた。

 

「その子は、ゴールデンメタルスライムのゴメちゃんだよ。仲良くしてあげてね。あっ、俺はダイ。よろしくね!」

 

「ゴメちゃんって言うんだ……。とっても良いなまえね、気に入ったわ! 私のとっておきにつれてってあげる! ダイもおいで! あっ、パンもいるのね。もう、みんないらっしゃい!」

 

「わっ!? ちょ、そんなに引っ張らないでよ!」

 

「ピ、ピピィ!?」

 

「ニャ、ニャニャ!?」

 

あっという間にリンに連行されていく3人。我が子ながら、あの竜巻のような行動力には恐れ入ってしまうわ。ポップ君もその様子を見て、変わっていないなーと言わんばかりに苦笑している。

 

 

 

「ははは。すまないね、ポップ君。うちの娘が君のお仲間まで巻き込んでしまって」

 

「あら、あなた。いつの間に戻ってらしたんですか?」

 

私達が、リンに手を引っ張られて連れ出されていくダイさんの背中を呆然と見つめていると、外出していた夫がいつの間にか背後に立っていた。

 

「たった今だよ。戻ってくると何やら賑やかな声が聞こえてくるから、誰かと思ったらポップ君だったとは。お帰りなさい、ポップ君。お元気でしたか?」

 

「はい、マイル神父。マイル神父もお変わりないようで、安心しました」

 

「ははは。この村は変わりませんよ。……そちらはメルル君だね? 君も、元気そうでなによりです」

 

「ありがとうございます、マイル神父。いつぞやは、祖母共々お世話になりました」

 

そう言って、ぺこりとお辞儀をするメルルちゃん。

 

「いえいえ、こちらこそあの節はお世話になりました。ナバラさんもお変わりないですか? あの時彼女に占ってもらった村人が、今でもナバラさんの事を語り草にしていますよ」

 

「ふふふ。ありがとうございます。はい、祖母も今はテラン国で元気にしております」

 

「そうですか、それは何よりです。ああ、マリー。せっかく来ていただいているんです。立ち話も何ですから、中に入ってもらいましょう」

 

いけない、そうだった。長旅で疲れているでしょうに、主人に言われるまでその事に気がつかなかったわ。

 

「あら、そうでしたね。ごめんなさい、皆さん。よろしかったら、中へどうぞ。ダイさん達は、リンが後からお連れすると思いますわ」

 

 

 

私は皆さんを教会に案内しながら、隣を歩くポップ君に問いかけた。

 

「ポップ君、この村を出てから新しい呪文をいくつ覚えたのかしら?」

 

「16個です! 封印された呪文を含めたら17個です、マリーさん!」

 

事前にきちんと数えていたのか、私の問いかけに即座に答えたポップ君に、私は思わず吹き出してしまった。くすくすくす。本当にこの子は、こういう所は昔から少しも変わらない……。

 

以前、村を訪れた旅の吟遊詩人は氷の賢者と呼ばれる人物を、『その未来を見通す冷静沈着な眼差しは氷野の如し、その清廉潔白な志は白雪の如し、その身に内包する絶大な魔力は雪嵐の如し』と唄っていたけれど、誰か別の人と勘違いしているんじゃないかしら。私の知っているポップ君は才能は確かに豊かだけど、その本質は、もっと暖かい血の(かよ)ったどこにでもいる普通の男の子なのに……。

 

私はポップ君を手招きして、彼の耳元でそっと囁いた。

 

(16個ね。ふふ、いっぱい頑張ったわね、ポップ君。じゃあ、今度こっそり一人でいらっしゃいな。マリーお姉さんが16回、ぎゅーってして褒めてあげるから)

 

私は、後ろにいるポップ君の彼女さん達の耳に入らないよう注意していたけれど、どうやらメルルちゃんには筒抜けだったみたい。

 

「マリーさん! 聞こえていますよ!」

 

「あ、あははは……。聞こえちゃった? もう、良いじゃない、少しぐらい……。私、メルルちゃんがこんなに独占欲の強い子とは思わなかったわ」

 

「そういう問題じゃありません、マリーさん! ……もう、ポップさん、絶対に一人でここに来たら駄目ですよ!」

 

「メルルが、この教会が危険だと言っていた意味がようやく分かったわ……」

 

「……封印された呪文も数に含めたら17個なんだけど……」

 

「「ポップ!/ポップさん!」」

 

私が3人の微笑ましいやりとりを見つめていると、教会の裏庭に繋がる戸口からリンが飛び込んできた。ぐったりした様子のダイさん達がその後に続いている。

 

「気に入ったわ、ダイ。あなた、私のおむこさんにしてあげても良いわよ。私が15さいになったらむかえに来るのよ。良いわね!」

 

「え、ええー!? お婿さんって、何だよ。そんな先の事、俺分かんないよ!」

 

そんなリンとダイさんのやりとりを面白そうに見つめていたポップ君が、「くっくっく。ダイ、お婿さんだなんて、ちゃんと姫さんに断りを入れておかないといけないんじゃないのか?」と揶揄するように口を出す。

 

「ちょっ、ポップ!? レオナは関係ないだろう!?」

 

「むっ! れおなってだれよ、ダイ? もしかして、うわき?」

 

「浮気って、何を言っているんだよ! もう、ポップが変な事を言い出すからだよ!?」

 

「はんっ、さっき母さんにばらされた仕返しだ。お前も、修羅場とやらをそろそろ経験するんだな。骨は拾ってやるよ」

 

「ポップ!」

 

くすくすくす。随分とダイさんとポップ君は仲が良いのね。こうしていると、2人はまるで本当の兄弟のように見えるわ。メルルちゃんやマァムさんと言い、死線を越えるような戦いを繰り広げているポップ君の周りにこんなに素敵なお友達がいてくれている事に、私はそっと胸の内で安堵の息を吐いた。

 

 

 

~~~~ランカークス村 村長執務室~~~~

 

 

side サーラ

 

 

「村長、お客様がお見えです」

 

「うむ。通しておくれ」

 

扉の向こうから掛けられたその受付の女性の言葉に、儂は西の山脈に沈みかけていた夕日に目をやりながら、返事を返した。

 

ふっふっふ。ようやくきおったか。パンから連絡は受けておったが、久しぶりに見る教え子の姿を想像して、儂はわずかに口角をあげた。

 

「失礼します、村長。父さん……、ジャンクに注文されていた品をお持ちしました」

 

大きな麻袋を両手に抱えて、待ちかねていたポップが村長室の扉をくぐって入ってきた。

ふむ……。なるほど。1年ぶりに見るポップの顔は、儂の記憶と少しだけ違っていた。この村を旅立ってからどれほどの修羅場をくぐってきたのか。

 

「……村長? どうかしましたか?」

 

「ああ、いや、すまなかったね。うん、お帰り、ポップや。君の噂は聞いておるよ。少し君と話がしたい。納品の品はそこに置いて、こちらに掛けてくれぬか」

 

儂は、ポップを村長室にあるソファーに座るよう指し示した。さて、ポップはどの時点で気がつくじゃろうな。

 

 

 

供されたお茶に口を付けたポップが、儂を首をかしげながら見つめて口を開いた。

 

「あのー、この父さんに注文した武器って、人間用の物じゃ無いですよね? 『刃のブーメラン』とか『鉄の爪』とかありますけど、こんなのいったい誰が使うんですか、村長?」

 

未だに儂がエウレカの里のサーラだと気がついていない様子のポップが不思議そうにそう問いかける。全く、儂の変身呪文(モシャス)が精緻すぎるのか、ポップが鈍すぎるのか、一体どっちなんじゃろうな。

 

「まあまあ、そんな事より、どれ、君も旅の間に成人したのだろう? 一杯どうじゃね?」

 

儂はヒントを出してやるつもりで、足下に置いていた瓶を彼に掲げ、透き通るほど透明な液体をテーブルに置いた2つのグラスに注いだ。

 

「え、こんな時間からお酒ですか? いや、さすがにお使いに来ておいて、酒の匂いをさせて帰るわけにはいかないんで……」

 

「ほっほっほ。まあ、この1杯だけじゃ。軽く口をつけるだけでも構わん。そら、ランカークス村が生んだ英雄の無事な帰還に乾杯じゃ」

 

「英雄って、俺はそんな……。はー……。本当に1杯だけですよ。全く、村長室で酒盛りだなんて……」

 

ポップは苦笑しながら、注がれた酒に口をつける。そして、直ぐに首をかしげた。

 

「……あれ? このお酒の味って……。え、どうして、あのお酒を村長が……?」

 

ほっほっほ。やはり覚えておったか。エウレカの里の洞穴に沸く聖なる水で作った酒の味を。

 

「……どうしてじゃと思うね、ポップ?」

 

儂は、鈍い教え子のために、ほんの少しだけ変身呪文(モシャス)の魔法の精度を落としてやった。どうじゃ、これなら気がつくじゃろう。

 

案の定、ポップは儂の姿を凝視し驚きに目を見開いた。

 

「ん!? え、ちょ、ちょっと待ってください! い、今、一瞬村長が別の人に見えたんですが……!?」

 

「ほう、別の人? それは、肌は赤く、頭部は山羊のように見えるメッサーラ族の魔物の姿の事かね?」

 

「――!? ま、まさか、……サーラさんですか!? えっ、そ、村長は何処に!? 何でここにサーラさんがいるんですか!?」

 

「ほっほっほ。ようやく分かったか。全く、気がつくのが遅いわ。ランカークス村の村長は目の前におるではないか。儂はお主が生まれる前より、エウレカの里長をしつつ、ここランカークス村の村長も兼任しておったのじゃよ。どうじゃ、驚いたか?」

 

儂の言葉に、ポップはパクパクと口を開け閉めした後、言葉もなくこくこくと頷いた。うむ、狙い通りポップを驚かせる事に成功したようじゃの。愉快、愉快。儂は、くっくっくと忍び笑いを零した。

 

 

 

「全く、サーラさんが村の村長まで兼任していたなんて、何でもっと早く言ってくれないんですか? 俺、全然気がつきませんでしたよ。パンの変身呪文(モシャス)は分かったのにな……」

 

「ほっほっほ。儂は、かれこれもう15年も変身呪文(モシャス)をかけ続けておるからのう。儂から教わったばかりのパンの変身呪文(モシャス)はともかく、儂の変身呪文(モシャス)は達人の域に達しておるのよ。ほれ、こんな事もできるぞ?」

 

そう言って儂は、皺だらけだった老人の右腕だけを、もっと若々しい腕に変貌させた。

 

「わっ、凄い。右腕とそれ以外の部位をそれぞれ別人のそれに模写するなんて。その右腕、もしかして俺の腕を模写しています?」

 

「ほっほっほ。そうじゃ、よく模写できているであろう? しかし、これほど完璧に変装しておっても、アバン殿には見抜かれてしもうたわ」

 

「えっ!? アバン先生が!? それって、俺を迎えにこの村に来た時の事ですか?」

 

「そうじゃ。あの時アバン殿は儂の所まで挨拶に来られてな、一目見るなり儂の正体に気づかれたぞ。あの時は、儂の変身呪文(モシャス)の腕も落ちたと思ったものじゃったが、あれはアバン殿が特別鋭かっただけじゃったのかもしれんな。……のう、ポップ。アバン殿はやはり……」

 

「はい……。アバン先生は、僕達を助けるためにハドラーとの戦いで……。でも、アバン先生、俺にサーラさんの事を一言も言わなかったけど、どうしてかな……」

 

首を傾げて考え込むポップに、儂は答えてやる。

 

「それは、儂が口止めしておったからじゃよ。その方が面白そうじゃったからじゃが、そうか、アバン殿はやはり亡くなられたか……。あの方は魔道具開発に造詣が深うての、短い時間じゃったがこの部屋で魔道具談義に花を咲かす事ができ、楽しかったわ。……惜しい人を亡くしたものじゃな、ポップ」

 

「はい、本当に……。あれ、そう言えば父さんは、サーラさんの事は? あっ、この武器ってもしかして……」

 

「そうじゃ、ジャンクも気がついておるぞ。まあ、ジャンクには儂から正体を明かしたんじゃがな。この武器は、もちろん里の皆向けの物じゃよ」

 

「やっぱり父さんも知っていたんですね。あっ、そういえば母さんが、父さんが村長に会いに行く度にお酒を飲んで帰ってくるって文句を言っていたけど、あれってそういう事だったのか……」

 

「ほっほっほ。そういう事じゃな。ジャンクとは、時々ここで酒盛りをしておったわ」

 

「ははは。母さんがピリピリしているんで、ほどほどにしてあげてくださいね。でも、魔王の邪気が強くなっているというのに、サーラさんには影響していないようですね?」

 

ポップがそう言って、不思議そうな顔で儂を見つめる。

 

「ふむ、儂には影響が現れんな。もっとも、影響が現れんのは、儂以外にはパンとセリーヌぐらいで、他の者は道具無しでは洞穴から外には出られんようになったがの」

 

「へー、さすがはサーラさんですね。でも、道具って何ですか? それがあったら、皆洞穴から出られるんですか?」

 

「うむ、道具というほどのものではないが、洞穴の中の鍾乳石を加工した物を身につける事で、一時的に魔王の邪気を払う事が出来る事に気がついてな。魔王軍が懲りずにお主の両親を攫いに来た時などは、それを身につけて撃退しておったわ」

 

「あっ、それはライナー隊長からも聞きました。父さん、母さんを守っていただいて、本当にありがとうございました。おかげで後顧の憂いなく戦えます。里の皆にもお礼をしに行こうと思うんですが……」

 

「なんの。1度出し抜かれてしもうたからのう。2度目は許さんだけよ。里の方じゃが、今は行かん方が良いじゃろう。皆、それぞれがやるべき事を見定め、自己の研鑽に努めておる。その言葉だけで十分じゃよ」

 

「そう、ですか……。分かりました。じゃあ、里の皆には、全部が終わった後、改めてお礼に行くと伝えていただけますか。それじゃあ、俺、教会に忘れ物を取りに行く用事がありますので、そろそろ帰りますね」

 

そう言ってポップは、ソファーから腰を上げた。

 

「うむ。短い滞在と聞いておる。ご両親に親孝行をしっかりするんじゃぞ。……む? 誰じゃ?」

 

儂がそうポップに別れの言葉を言っておると、突然執務室の窓が外から開けられた。ふむ……。3階にあるこの部屋の窓に、外から入ってくる者といえば……。

 

「ポップ、おそい。むかえ、きた」

 

「えっ!? パン!? お、お前、ここ3階だぞ!」

 

やはりパンであったか。相変わらず、思わず目を覆いたくなるほどの変身呪文(モシャス)の精度よ。一見して人間の子供と見えなくはないが、耳と尻尾はベビーパンサーのままのため、一目で変身呪文(モシャス)と看破できてしまう。

 

「もんだい、ない。パンと、かえる、ポップ」

 

パンは、窓の外から軽業師のように前転しながら部屋の中に入ってきて、ポップの手を取る。

 

 

「ん……。ああ、ごめんよ、パン。ちょっと俺、さっき寄った教会に忘れ物しちゃってさ、あっちに立ち寄ってから帰るから、先に帰っていてくれるか?」

 

「……だめ。きょうかい、ぜったい、だめ。マァム、メルル、いった」

 

「な!? パン、お前、あいつらに買収されたな!?」

 

パンは、ポップのその言葉の意味がわからないのか、首をこてんと傾げた。

 

「ばいしゅう……わからない。でもパン、ポップ、つれてかえる。おにく、まってる。パン、はやく、たべたい」

 

「それを買収されているっていうんだよ! 畜生! 10年来の友達のくせに、簡単に裏切りやがってー! 俺とお前の仲は、その程度だったのかよ!?」

 

そう騒ぎ立てながら、ポップとパンの2人は部屋から出て行った。しかし、扉の向こうからも2人の賑やかな会話が聞こえてくる。

 

「なあ、パン。さっきの教会うんぬんの話は、マァムとメルルには内緒な?」

 

「ん……。おにく、5枚」

 

「馬鹿! 多すぎるよ! お肉3枚だ!」

 

「だめ。びた1まいも まかりならん」

 

「おまっ!? そんな言葉、誰に教わったんだよ!?」

 

「らいか」

 

「ライカー! パンにいらん言葉を教えやがって―!」

 

ほっほっほ。1年ぶりに会ったと言うのに、それを感じさせない彼らの仲の良さを目の当たりにして、儂も思わず顔がほころんだ。しかし、ポップはパンが変身呪文(モシャス)の魔法を習得した本当の目的をまだ知っておらんのじゃろうのう。面白くなりそうじゃったから、儂から伝える事はせなんだが、はてさて、どうなることか。

 

しかし、アバン殿が亡くなられたか……。惜しい人を亡くしたのう。儂は、あの日アバン殿とこの部屋で交わした際のやりとりを脳裏に思い出していた。

 

 

 

『いやー、実に有意義な一時を過ごせました。ありがとうございました、サーラさん』

 

アバン殿はそう言って席から立ち上がろうとしたが、それを儂は引き留めるように声をかけた。

 

『それなら良かったが……。のう、アバン殿。一つだけ聞かせてくれぬか。ポップの事じゃが、そなたはあの子をどのように導いていくつもりかね? こう言ってはなんじゃが、魔法技能に特化しておらぬそなたに、あの子を育てられるのかね?』

 

儂のそのぶしつけな質問にアバン殿は不愉快な顔一つすること無く、再び席に着き居住まいを正した後、儂の目を見つめ返した。

 

『おっしゃるとおりです。私では、彼への指導に早々に限界が来るでしょう……』

 

『ふむ……。それで……?』

 

『サーラさん、私は彼に出会うまでは、彼の力をただ単に伸ばす事を第一に考えていました。ですが、彼と出会った瞬間からその考えを変えました』

 

『考えを変えた? どういう意味ですかな、それは?』

 

アバン殿は、見所のある人間の能力を開花させるために、世界を旅していたと聞いている。その彼が考えを変えたとはいったいどういう意味か……。アバン殿の言葉の真意が掴めず、儂は思わず首をかしげた。

 

『彼は、齢14の歳にして既に世界最高の魔法使いと謳われる大魔道士マトリフに匹敵するほどの才の持ち主です。もちろん、今戦えばマトリフの方が上でしょうが、経験さえ積めばそれもいずれは……』

 

『ふむ……。大魔道士マトリフの名は聞いた事がありますの。確か、14年前の魔王軍との戦いで、その名を上げた御仁ですな。しかし、一度会っただけでそこまであの子の力を推察するとは……あなたの洞察力も並々ならぬものがありますな』

 

儂のその言葉に、『いえいえ、実は彼の事はここ数日こっそりと遠くから拝見していたのですよ』と、まるで少年の様な笑みを浮かべるアバン殿。なんと、そのような事をしておったのか。あの子は存外鈍い所があるから、全く気がつかなかったじゃろうな。

 

しかし、その後彼は真剣な表情で独白するかのように口を開いた。

 

『……先ほど、私は彼の才を魔法力と言う観点でのみ述べました。ですが、それは彼の一側面に過ぎません。私が思うに、彼の最大の長所はその魔法力ではなく、既存のものに縛られない自由な発想と、人間ばかりか魔物まで自然と引きつける魅力だと考えています。それらは、修行によって身に付くものではありません。まさに、彼にしか備わっていないオンリーワンの才能です』

 

『ほう……』

 

アバン殿の話の行先が見えてきた儂は、腕組みをしてアバン殿の目をジッと見返した。

 

『私やマトリフは、既に魔王軍にその名が知られています。ですが、ポップはまだ知られていない。“ランカークス村の小さな賢者”、ですか。確かに近隣にその名が知られている名声ではありますが、彼を形容するには過小評価過ぎる代名詞です。

このまま魔王軍が本格的な侵攻を開始するその日まで彼の存在を隠し通す事ができれば、それは魔王軍に対する強力なアドバンテージとなります』

 

『ふむ……。しかし、それならポップを弟子にせず、ランカークス村に留めておいた方が良いのでは?』

 

儂の問いに、アバン殿は肩を竦めるようにして首を振った。

 

『いえ、それならそれで彼は一人で何らかの行動に出るはずです。そして、きっとその行動に付随する結果は、世界に燦然と輝く事でしょう。そうなった時、当然彼に対して魔王軍の目が向く事になる。それならいっそのこと、私の下に置いておく方が良い。そうすれば……』

 

『なるほど……、アバン殿をスケープゴートにして、あの子の事を魔王軍から隠す事が出来ると……』

 

『その通りです。私がポップと行動を共にすれば、往々にしてその成果のほとんどは私が成した事と誰もが捉える事でしょう。人間はもちろん、魔王軍でさえも……』

 

『しかし、そうするとアバン殿は、もしかすると弟子の成果をかすめ取る卑劣な師と言う悪名を後世いただく事になるやもしれませんぞ』

 

儂の指摘に、アバン殿は晴れやかな笑みを浮かべて答えた。

 

『確かにそうかもしれません……。ですが、それがいったい何ほどの事だというのでしょうか。大事なのは、来る魔王軍との戦いに打ち勝つ事です。私が悪名をいただく事など、その前では論評にも値しない雑事でしかありません』

 

自身の名が地に落ちる事を歯牙にもかけていないと言い切るアバン殿に、儂はゆっくりと頷いた。

 

『それに、サーラさんも彼に対して同じ事をしていますよね? 彼がバクーモスを討伐した事に関して、沈黙する事を周囲の者に求めたとか?』

 

『ほっほっほ。それをどうやって知ったのか、と聞くのは野暮でしょうな。確かに、そうですな。アバン殿ほど明確な考えがあったわけでは無いが、まだあの子を世に出すには早いと思ったのは確かですな』

 

ライオンヘッドから進化した特別進化種バクーモス……。あ奴がいつからか、ギルドメインの森に流れ着いていたのは知っておった。あれに対抗できる者はエウレカの里でもセリーヌのみと考えた儂は、密かにかの者の討伐をセリーヌに依頼しておったが、その前にポップがあれを討伐するとは思ってもみなんだ。

 

『英断だったと思います。彼はきっと、来る魔王軍との戦いにおいてキーパーソンとなる人間です。私は、彼の存在を魔王軍にできるだけ隠しながら、彼に足りていない部分を伸ばしていきたい。それが私の考えている彼の指導方針です』

 

 

 

あの時のアバン殿の言葉通り、現在あの子は勇者一行(パーティー)の要としてその存在感をいかんなく発揮している。その存在を事前に魔王軍に知られていたら、これほどの働きを果たす事が出来ただろうか。もしかしたら、本格的な魔王軍の侵攻の前に暗殺の対象となっていたのは、アバン殿ではなくあの子だったのかもしれない。

 

そう考えた時、儂はアバン殿の深慮遠謀に震えが走った。そして同時に、儂は村長室の天井を見上げて深い息を吐く。

 

「アバン殿の言葉の通りじゃったのぉ。じゃがのう、アバン殿……。それでも儂は思うぞ。今少し、あなたの背中をポップに見せてやって欲しかったと」

 

 

サーラのその独白に応える者は、誰もいなかった。

 




長すぎますね……。でも、どの旧友との再会もナレーションで飛ばしたくなくて、こんな風になってしまいました。ようやく里帰り回が終わりました。次はいよいよ懐かしのあの国へ……。
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