転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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116話 大賢者 名探偵と化す

 

「全く、シナナめ。突然、敗者復活戦を執り行うなどと言いおって。危うく計画が破綻する所だったではないか……」

 

ザムザは、そう誰に言うとも無くブツブツと呟きながら、ロモスの町の東にある闘技場へと足を進めた。夜が空けてほどないため、通りに面したほとんどの店はまだのれんが下りたままだった。トーナメント自体は午後からの開催であるが、ザムザがこの時間に闘技場に足を運んでいるのには理由があった。

 

それは、今より1時間程前に突然国王からの使いの兵が、彼の住まいとしている城の一室にやってきて、ある事を伝えたためだった。

 

その使いの兵はザムザに、「急遽、午前中に昨日の予選で敗れた選手の敗者復活戦を行う事になったため、闘技場に足を運んで欲しい」と述べた。

 

そのような話を初めて聞かされて驚いたザムザだったが、自身の超魔生物の研究材料が増える事になるのならそれも良いかと考え、急ぎ身支度を調えここ闘技場に向かっていた。

 

ザムザは、閑散とした選手入場口をくぐり抜け、闘技場の舞台の上に上がった。それは、敗者復活戦開始の挨拶を、舞台上から行って欲しいと聞かされていたためだった。その舞台の周囲を取り囲むように一定の角度のついた観客席がすり鉢状に配置されているが、敗者復活戦は観客を入れずに行うつもりなのか、客席にはただの一人も観客がいなかった。

 

……? ザムザは不思議に思い周囲を見渡した。観客がいないのはいい。しかし、肝心の敗者復活戦に挑む選手がいないのは何故だ? 時間が早すぎたのか? いや、シナナの使いの者は至急闘技場に来場願いたいと伝えて来ていたが……。

 

そんな疑問を抱いた時、観客席の一角にある貴賓席にロモス国王シナナが姿を見せた。その姿を見て、ザムザは形だけは慇懃に礼をした後、シナナを見上げて口を開いた。

 

「おお、国王陛下。お召しに従い、参上いたしました。突然の事で少々驚きましたが、敗者復活戦とは実に良きお考えと存じます。して、その敗者復活戦に挑む戦士はどちらにいるのでしょうか?」

 

ザムザにそう問いかけられたシナナは、平素の好好爺(こうこうや)とした表情から一転して、不憫な者を見るかのように、眼下のザムザを見下ろして口を開いた。

 

「……すまぬな、ザムザ殿よ。少し確認したい事があって、そなたに来てもらったのじゃよ。……後は任せて良いかな?」

 

そう言ってシナナは、背後に立つ薄緑色をしたローブを纏う男を振り返った。

 

その男は「はい、お任せください」と言葉を返し、シナナ王の前に足を進めザムザを見下ろした。

 

 

 

 

 

俺は、闘技場の舞台の上でこちらを見上げているザムザを見つめた。こいつがザムザか……。昨日、貴賓席でシナナ王の隣にいた人間だな。

 

「おお、あなたは『氷の賢者』と名高いポップ殿ではないか。これはこれは、お目にかかれて光栄です。まさかあなたも敗者復活戦に飛び入りで参加されるのでしょうか? だとすれば、この大会も大いに盛り上がる事でしょう。私は歓迎いたしますぞ」

 

ザムザは、俺の狙いが何であるか分からないのか、それとも分かっていて何も知らないふりをしているのか、窺う事のできない表情で大げさな仕草をした。

 

「ザムザ殿。申し訳ありませんが、私が今ここにいるのは、敗者復活戦に出るためではありません。私がここにいる理由は、あなたが画策している陰謀を白日の下に晒すためです」

 

「ほう、陰謀……。これは心外ですな。陰謀などと、いったいポップ殿は何を言っておられるのか。私はただ、ロモス王国の国力増強のために大武術大会を開く事をシナナ王に進言しただけでございます」

 

ザムザは、いかにも心外だと言いたげに両手を広げて首を左右に振る。へえ、言い逃れをするつもりだな、こいつ。いいだろう、望むところだ。名探偵コナンを毎週コンビニで立ち読みしていた俺の追求を免れると思うなよ。

 

俺は、『眠りの小五郎』の推理を頭に思い浮かべて、言葉を続ける。

 

「……ほう、しらを切りますか。では、武術大会の賞品を偽物にすり替えた理由をお聞かせ願えませんか?」

 

俺のその言葉に、ザムザはひくっと口を歪めた。しかしそれは一瞬の事で、直ぐに取り繕った表情に戻った。

 

「なんと、『覇者の剣』が偽物にすり替わっていると……? それが本当ならゆゆしき事態ですな。どれ、私も確認すると――」

 

「おっと、その場を動かないでいただきたい、ザムザ殿。あなたが、武器屋の主人を脅迫し『覇者の剣』の偽物を作らせ、その後その主人を監禁していた事は調べがついているんですよ」

 

俺の言葉に、ザムザが今度こそ誰にでも分かる驚愕の表情を浮かべた。

 

そう、調べはついているんだ。昨夜、いや、もう今日の未明と言っていい時間だったが、あの主が行方不明となっていた武器屋を出てパンの案内で連れられていった先は、ロモスの町の郊外にある朽ち果てた一軒家だった。

 

そこで俺達は、拘束された武器屋の主人とその主人を監視する複数の魔物を発見した。魔物の排除は容易だった。俺が睡眠水流呪文(ラリホーボール)を屋根から突き出た煙突より放り込み、武器屋の主人を含めたほとんどの敵を無力化させた。同時に、睡眠水流呪文(ラリホーボール)の範囲外にいて無事だった残りの敵は、窓を叩き割って突入したマァムが鎧袖一触の如く蹴散らした。

 

そうして救い出した主人と無力化させた魔物から話を聞き、俺達はこの事件の黒幕がこの武術大会の責任者ザムザである事を知った。後は、夜分ではあったものの危急の要件と言う事で、深夜にシナナ王に面会し全てを伝えた次第だった。

 

「これはこれは、『氷の賢者』殿のお言葉とも思えませんな。いかに高名なあなたでも、そうまで言われては私も反論せざるを得ません。いったいどこにそのような証拠があるのですか? その武器屋の主人とやらが、私に攫われたと言っているのですかな?」

 

「武器屋の主人は、直接的に貴方の事を存じてはおりませんでした。ですが、武器屋の主人を捉えていた魔物は、親玉がザムザであると口にしていましたよ……?」

 

「ほう、ザムザ。それは奇遇ですな。ですが、同じ名の人間など星の数ほどいるのでは? それだけで私を疑うなど、言いがかりも良いところでは? そもそも、貴方は私の言葉より魔物の言葉を信じると? 魔物が、人間側の結束を崩そうと私を陥れているのかもしれないではないですか」

 

ザムザという名の人間なんて星の数ほどいるのかな? この大会の関係者の中にザムザという名の人間が一人ならもう決まりだと思うけどな。まあ、いいや。逃れようのない証拠を、突きつけてやるとしよう。

 

「それはどうでしょう? 貴方と同じ名前の人間がそれほどこの町にいるとも思えませんが、まあそれはこの際置いておきましょう。貴方の言葉と魔物の言葉のどちらを信じるのかという議論も、もう必要ないでしょう。だってザムザ殿。あなた、さきほど自分が犯人だと自白しているんですから」

 

「何を……」と、戸惑いの声を上げるザムザを俺は更に追いつめる。

 

「あなたは、先ほど私の『武術大会の賞品が偽物とすり替えられている』という問いかけに、即座に『覇者の剣が偽物にすり替えられているのか』、と返しましたよね?」

 

「それがどうしたというのですかな? 実際に『覇者の剣』はすり替えられていたのではないのですか?」

 

「ええ、確かにすり替えられていましたよ。だけどあなた、どうして『覇者の剣』と断定できたんですか? 2位、もしくは3位の賞品がすり替えられていたのかもしれないじゃないですか」

 

「――!? ……チッ!」

 

ザムザが目を大きく見開き、悔しげに舌打ちをした。そこで俺は、纏っているドラゴンローブの裾を大きく翻して、ザムザに右手の指を突きつけながら宣言した。

 

「どの賞品がすり替えられていたのかを知っているのは、それをすり替えた犯人のみなんですよ! つまり、賞品のすり替えをしたのはあなただ! ()()()()()()()()() 観念しろ、ザムザ!」

 

一度は言ってみたかったこの決め台詞を初めて口にする事の出来た俺は、感動のあまりうち震えていた。ああ、俺はひょっとしたらコナン君の世界に転生してもやっていけたのかもしれない。

 

……。いや、やっぱりやめておこう。あの町の殺人事件の発生率は、前世の日本平均の約6,000倍と聞いた事がある。それは、下手をすればこの『ダイの大冒険』の世界の死傷率すら上回っている可能性がある。うん、俺はあの町で黒タイツの男の魔の手から逃れて生き残っていく自信が無い。

 

そんな事を考えている俺の背後から、空気を読まない奴らのヒソヒソ声が聞こえてくる。

 

(……ねえ、マァム。2位と3位の賞品って、『危ない水着』と『ステテコパンツ』だったよね? 俺がザムザでも、賞品が偽物とすり替わっているって言われたら『覇者の剣』かなってまず思うんだけど、俺がおかしいのかな?)

 

(ううん、ダイはおかしくないわ。おかしいのはポップよ。ポップったら、時々変なスイッチが入るのよね。見た目は大人なのに、中身が子供みたいな事をしたり。困ったものだわ……)

 

(しー……! 駄目ですよ、2人とも。ポップさん、今とっても幸せそうじゃないですか。それに、私は子供みたいなポップさんも好きですよ)

 

……。背中からチクチクと麻酔針を撃たれているかのように感じる俺。幾分俺の心は傷ついたが、どうやらザムザの方は空気を読める男だったようだ。

 

「ク、ク、クックック……。ハーハッハッハ! 見事だ、氷の賢者! お前の言う通り、『覇者の剣』を本物と入れ替えたのはこの俺だ! ――見るがいい、この姿を!」

 

そう言ってザムザは、自らにかけていた変装を俺達の前で解いた。変貌したその姿は、魔族特有の尖った耳と青白い皮膚をしていた。

 

「我が名はザムザ!! だが正体は人間では無い!! 魔王軍妖魔師団長ザボエラが一子。妖魔学士ザムザだっ!!!」

 

「お、おお! ほ、本当にザムザ殿が魔族だったとは……!」

 

「今までずっと我らを謀っていたのか!?」

 

シナナ王の護衛をしている兵士からそんな声が上がる。シナナ王も認めたくなかったかのような表情で、魔族としての姿を現したザムザを見つめている。

 

へえ、ザボエラの一子だって? あいつに子供がいたのか。と言う事は、妻がいたと言う事か? 嘘だろう? あんな妖怪爺に妻なんて、どう考えてもおかしいだろう。いや、今はその事は良い。今は、きっちりとザムザを詰ませておく事が肝要だ。

 

「ザムザ。お前の企みはもう終わりだ。大人しく投降して、本物の『覇者の剣』の在処を話してもらおう」

 

しかし俺のその言葉に、ザムザは嘲笑で返した。

 

「クハハハッ!! 投降だと!? 馬鹿め! ここで貴様らを片付ければ、当初の目的は達成できたも同然では無いか。研究材料が、生者から死者になっただけの違いでしかないわーーー!!」

 

そう言い放った途端、ザムザの身体が再び強烈な閃光に包まれ、その光が晴れた後そこには闘技場の舞台からはみ出しそうなほどの巨体に変貌した異形の化け物がいた。

 

で、でかい!! この大きさは、以前バルジの島で出会ったエセ巨人兵の大きさに匹敵するぞ!

 

「な、なんて大きさなの!」

「どうして、急にあんな大きさに!」

 

 

「ダイ、マァム、行くぞ! メルルは、王様達と一緒にいるんだ!」

 

俺達は貴賓席から駆け下り、ザムザの正面に回った。しかしザムザは、俺の顔を見て余裕の表情を浮かべる。

 

「クックック。氷の賢者よ。お前の相手はこやつに任せよう。――来い、ザイード!!」

 

直後、巨大化したザムザの隣に、黒い稲妻のようなものが天より落ちた。その稲妻が着弾した衝撃で飛び散る瓦礫に、俺は思わず手で顔を覆ったが、直後その場所に現れた戦士に俺は声を荒げた。その戦士は全身漆黒のフルプレートの鎧をその身に纏っていたが、かつてバルジの島で対峙したその戦士を俺が見誤るはずが無かった。

 

「――! お、お前はノヴァ! なあ、そうだろう!? 無事だったのか!?」

 

「ククク……。違うぞ、氷の賢者。こやつはノヴァなどという名では無い。言っただろう。こやつの名はザイードだ!!」

 

ザムザが足下に出現した黒衣の騎士にそう声をかけると、それに呼応するかのようにノヴァの纏った漆黒の鎧の腹部に大きな口が現れ、言葉を返した。

 

「はっはっは。そういう事だ。ノヴァなど既に死にかけの道具でしかない。ほれ、見てみるがいい」

 

そう言ってザイードと呼ばれた黒衣の騎士は自身の右手でその頭部を覆っている兜を取り払った。

 

そこには、虚ろな表情のノヴァがいた。目は開いている。だが、その目は何も映していないかのように、焦点が定まっていない。

 

「お前の事はどうだっていいんだよ! おい、ノヴァ! 目を開けたまま寝てるのかよ、お前! 目を覚ませよ!」

 

「無駄、無駄。こやつは既に廃人も同然。こやつが死のうが死ぬまいがどうでも良かったが、お前に対する牽制のためだけにこれまで生かしておいたのよ」

 

「ふざけるな! おい、ノヴァ! 生きている限り、俺が助け出してやるからな! 絶対に諦めるなよ!」

 

「はっはっは。どうやって助け出すというのだ? さあ、見せてやろう。親父に与えられたこの新たな身体をな!」

 

そうザイードがそう言った途端、奴の鎧の内側から弾けるようにボコボコと醜悪な肉の塊が噴出し始める。その肉の体はあっという間にノヴァの全身を覆い尽くしていき、ノヴァの虚ろなその顔すらも膨らみ続ける肉の塊に覆い隠されていく。俺は必死にそんなノヴァに語りかける。

 

「おい、ノヴァ! 俺だよ、ポップだよ! 覚えているだろう! リンガイアで会ったじゃないか!」

 

その俺の声が届いたのか、僅かにノヴァの目に光が戻った気がした。

 

「う……。ポ、ポップ?」

 

「そうだ、ポップだ! 自分をしっかり持て! お前は北の勇者だろう!」

 

ほんの僅か、ノヴァの目が俺の目と交差した。しかし、膨らみ続ける肉の塊がとうとうそのノヴァの頭部をも覆い尽くした。

 

「ポップ……。た、助け……」

 

その言葉を最後に、ノヴァだったその全身は醜悪な肉の塊に包み込まれ消えていった。俺が最後に見たノヴァは、その瞳から一筋の涙を零していた。

 

ノヴァ……。悔しいよな。あれほど才能に恵まれていたのに、ザボエラやこんな奴に道具のように扱われて。お前はこんな所で終わる奴じゃないのに。あの光る剣を堂々と振りかぶる姿を、もう一度見せてくれよ……。

 

ノヴァの身体を包み込んだ肉の塊は加速度的に膨らんでいき、とうとう隣に立つザムザの巨体に匹敵するほどの大きさにまで成長した。その表皮は、以前バルジの島で見たような半液体状ではなく、超魔生物を自称するザムザに近い体表に包まれていた。違いと言えば、ザムザの全身が生物として確かに生きている事を証明するかのような張りのある肉体をしているのに対して、ザイードと呼ばれた化け物は肌の下から死斑が透けて見えるような青白い肉体をしていた。

考えたくはないが、これがザボエラが研究していた、ザイードという種で行った実験体の完成形なのだろう。

 

「はっはっは。最後の最後に意識を取り戻したようだが、もう遅いわ。奴はこの通り俺の身体の中よ。……おい、ザムザ。こやつらを倒したら、親父に俺の働きを余すことなく伝える約束、忘れるなよ」

 

「ああ、分かっている。その時は父上もお前を手放した事を後悔し、もう一度お前を迎え入れてくれるだろう。心配するな」

 

何の会話をしているんだ、こいつらは。親父というのはザボエラの事か? いや、そんな事より俺はノヴァを助け出さないといけない。だけど、ザムザが邪魔だ。どうする……?

 

俺がそう考えていた時、隣で戦闘態勢を取っていたダイが「ポップ、ノヴァを助けてあげてよ」と声をかけてきた。

 

「助けてあげてって、だけどお前、ザムザもいるのに……」

 

「ザムザの方は、俺とマァムでどうにかするよ。だからポップは、ノヴァを助ける事だけ考えてあげて」

 

ダイは、こっちは任せろとばかりに俺にそう声をかけた。するとマァムも横目で俺を見て、ダイに同意した。

 

「そうよ、ポップ。ノヴァはあなたの大切な友達なんでしょ? ポップならきっと助けられるわよ。ザムザの方は私達に任せて、彼を助けてあげて!」

 

「マァム……。だけど、2人だけじゃ「2人だけじゃあ、ないぜ?」」

 

突然後方からかけられた別の声に驚き、俺は背後を振り返った。そこにいたのは、でろりん達のパーティーだった。

 

「やれやれ、会場にちょっくら細工しようと早めに来たら、こんな事になってやがるとはな。だけどまぁいいや。せっかくだから、お前から貰った剣の試し切りをしてやるぜ」

 

「ほっほっほ。魔法が通じんなどと言う言葉が聞こえたが、どれ、試してみようかの」

 

「ほら、何をしているのよ。ここは私達に任せて、早いところあの子を助けてあげなさいよ」

 

「……ポップ、任せろ」

 

 

 

でろりん達が口々にそう言って、俺の隣で戦闘態勢を取った。

 

ありがたい。これで俺は、ノヴァを助け出す事に集中できるというものだ。

 

「……皆、ありがとう。じゃあ、ダイ、マァム。後は頼むな」

 

俺の言葉に、ダイとマァムが頷いてくれた。

 

よしっ! そうと決まれば場所を移そう……!

 

俺は飛翔呪文(トベルーラ)の魔法を唱え、一瞬でザイードの足下に移動してその体に手を触れた。

 

ザイードが「――何!?」と声を上げるが、俺はその声を無視し、視界に入った高台を見つめて瞬間移動呪文(ルーラ)の魔法を唱えた。

 

 

 

 

 

光の矢が、ロモスの町を見下ろせる高台に着弾した。ここは、以前マァムをブロキーナ老師の所に連れて行く際に腕が疲れてすぐに休憩する事となった高台だった。その証拠に、あの時マァムがたたき割った岩が未だに存在している。

 

「ナーーーゴ」

 

不意に俺の足下で、猫の鳴き声が聞こえたから見下ろすと、なんとそこにはパンがいた。

 

「パン、お前!? つ、付いてきていたのかよ!」

 

俺の言葉に、パンはいたずらが成功したかのようにゴロゴロと音がしそうな笑みを浮かべる。

 

「お、お前、遊びじゃ無い―― ――! っと、危ねえ!」

 

俺はとっさにパンの首根っこを掴んで、後方に飛翔呪文(トベルーラ)で飛んだ。

 

ズシーン!

 

先ほどまで俺達がいた地面に大きな拳が打ち込まれていた。やったのはもちろんザイードだ。

 

「おのれー! よくも俺をこんな所まで飛ばしたな! 良いだろう、早くお前を殺して残りの勇者達も始末してくれるわ。そして、俺は親父に認められるんだ!」

 

「お前がさっきから言っている親父というのは、ザボエラの事だよな? 何だってあんな奴の所に戻りたがるんだよ? だいたい、お前元は鎧だろう? 何だってザボエラが親父なんだよ?」

 

「黙れぇっ! 俺には親父しかいないんだ。お前を殺せば、認めてもらえる。俺は捨てられてなんかいないんだぁっ! ――氷系呪文(マヒャド)!」

 

「ちっ! ――防御光幕呪文(フバーハ)!」

 

ザイードの放った氷系呪文(マヒャド)に対して俺は防御光幕呪文(フバーハ)で対抗する。一当てして分かった。こいつの魔法力は、俺のレベルに達していない。

 

「ノヴァを返してもらうぞ、ザイード! ――閃熱呪文(ベギラマ)!!」

 

俺の放った閃熱呪文(ベギラマ)が、氷系呪文(マヒャド)による氷雪の嵐を貫き、そのままザイードの右肩を貫通する。

 

だが、次の瞬間俺は、「――何!?」と大声を上げる事となる。何故なら、閃熱呪文(ベギラマ)を受けて傷ついたその怪我が、見る見るうちに肉が内側から膨らみ、その怪我が癒やされていったためだった。

 

 

「はっはっは。無駄だ。この程度の怪我は即座に回復する。それに貴様は、俺の体内にいるノヴァを怪我させる事を恐れて、攻撃を躊躇せざるを得ないはずだ」

 

魔法戦では分が悪いと思ったのか、ザイードが俺に向かって突進してきたため俺は即座に空に飛翔してそれを躱した。パンは俺のローブの背中に爪を立てて、くっついている。

 

「逃げ回っていて良いのか、氷の賢者よ。そら、向こうではザムザが暴れているぞ」

 

ザイードが眼下に見える闘技場を指さして、俺をそう挑発する。その言葉に俺も一瞬その方向を見るが、なるほど確かにザムザがその巨体でダイ達に攻撃を仕掛けている。いくらかのダメージを与えているようだが、ザイード同様負った怪我が直ぐに回復している様子が窺えた。

 

「お前と言い、ザムザと言い、何なんだよ、その超回復力は? それもザボエラの研究成果なのか?」

 

「そうだ。ザムザが言っていただろう。俺達の肉体は、生物と死者の違いこそあれど、共に(ドラゴン)の騎士の最終戦闘形態『竜魔人』を目指して作られているのだ。少々の負傷なぞ、即座に回復するわ!」

 

そう言って腕を振り回して俺を捉えようとするザイードの攻撃をかいくぐり、俺は閃熱呪文(ギラ)爆裂呪文(イオ)の魔法を使ってダメージを与えるが、奴の言うとおり少々のダメージでは、与えた端から回復されてしまう。

 

……やっかいだな。このままでは埒が明かないし、ノヴァが、奴に取り込まれた身体の中でどれほど生きられるのかも不透明だ。出来れば一気に大技でけりをつけたいところだが、なかなかそうもいかない。おそらく、極大閃熱呪文(ベギラゴン)の貫通力や極大消滅呪文(メドローア)の消滅力ならこいつに対して十分なダメージを与えられるだろうが、それを使うとあいつの身体の内部に囚われているノヴァまで殺しかねない。

 

どうする……? 俺は奴の攻撃を掻い潜りながら考える。一番の問題は、ノヴァが奴の身体のどのあたりに取り込まれているかが分からない事だ。俺はダイのように空の技を習得していないから、ノヴァが一体どこにいるのかが分からない。それさえ分かれば、奴の動きを封じている隙に助け出せるのに……!

 

俺がそんな焦燥に囚われていたら、俺の背中にくっついていたパンが、不意に首を伸ばしてペロリと俺の頬を舐めた。

 

「パン……。お前、何を……」

 

俺が高速で飛び回りながら肩越しにパンを振り返ると、「任せろ」とばかりに瞳を輝かせているパンと目が合った。

 

――! そうか、パンなら出来るかもしれない!

 

「サンキュー、パン! お前の力を貸してもらうぞ! ――氷系呪文(ヒャダルコ)!!」

 

俺は鞄に手を伸ばしつつ氷系呪文(ヒャダルコ)の魔法を唱えて、俺の周囲に13本の氷の槍を即座に創成した。

 

そして俺は、その槍を全てザイードに対して上空より叩きつけた。

 

「氷ごときで、超魔生物と化した俺を倒せると思ったかー!!」

 

俺が放った氷の槍のほとんどが、振り払われたザイードの手により砕け散っていく。だが、一番後方にあった1本の氷の槍だけがその振り払われる手を掻い潜り、ザイードの口の中に突っ込んだ。一瞬驚きの表情を浮かべたザイードだったが、即座にその鋭く尖った巨大な歯で口の中の氷をガリガリと噛み砕く。

 

「ガーハッハッハッ! 俺に氷のシャーベットをご馳走してくれようというのか。存外気が利くではないか、氷の賢者!」

 

「ああ、特製のシロップをかけたシャーベットだから存分に味わってくれよな!」

 

俺は、ノヴァを救うチャンスは今しかないと判断し、ザイードに対して突っ込んでいく。

 

「馬鹿め! 正面から突っ込んでくるとは! 死ねッ! ――!? か、身体が動かん!!?」

 

俺を叩き潰さんと腕を振り上げていたザイードの動きが、突如として止まった。さすがザボエラ。大した効き目だ。

 

「き、貴様、まさかこれは毒か――!? おのれ、卑怯な真似を!!」

 

「ノヴァを人質にしているお前に、卑怯だなんて言われる筋合いはないんだよ! それにその毒は、お前の大好きな親父、ザボエラが調合した毒だ! むしろ感謝してもらいたいぐらいだぜ!」

 

奴の口に突っ込ませた本命の氷の槍の内部に、俺はある小瓶を含ませていた。その小瓶は、以前ここロモスの城でザボエラに飲むように渡された小瓶だった。結果的にはおっさんのおかげでその小瓶を飲む羽目には至らずに済んだが、あの戦いの後、床に転がっていた小瓶を俺は密かに回収していた。

 

いつかザボエラに飲ませてやろうと思ってこれまで鞄の奥にしまい込んでいたが、奴を親父と慕うこいつに飲ませる事が出来たんだ。俺は十分満足だ。

 

俺は、動きの止まったザイードの腹の前で急停止した。ザイードはまだ全身の筋肉が麻痺しているのか、完全に動きを止めている。小瓶の中に入っていた毒は、一言で言えばしびれや筋肉の麻痺を促す神経毒のようなものだった。もちろん俺の身体のサイズに調合された毒が、この巨体にどれほどの時間通用するかという懸念はある。……急がないと!

 

「――パン、頼む!」

 

「ニャッ!!」

 

俺の言葉に、俺の肩で立ち上がったパンが即座に咆吼を上げた。それは、パンの得意技『見破る』が発動した瞬間だった。かつてエウレカの里でかくれんぼをした時に百発百中の精度を誇ったパンの『見破る』が、ザイードを看破する。

 

直後、パンがさっと身を翻しザイードの腹の一点に爪で軽い傷を付ける。そして、器用にザイードの身体を蹴った反動で、再び俺の肩に戻ってきた。

 

――そこか!

 

俺はパンがつけた傷の場所に対して、手に握った氷の棍を振り下ろした。

 

あの日俺は、リンガイアの城の演習場の地面に大きな割れ目を作った。あの時俺が放った技はお前を倒すために放ったものだったが、今はお前を助けるために放とう。

 

――戻ってこい、ノヴァ!

 

「――アバン流棍殺法 地竜閃!!」

 

俺の放った一撃は、大地ではなく、ザイードの腹を僅かにだが断ち切っていた。しかし、それだけで十分だった。醜悪な死肉に囲まれた肉壁の中に、確かにノヴァの姿がある事を俺の目は捉えていたから。

 

俺は間髪を入れずにザイードの腹の中に手を突っ込み、かろうじて見えるノヴァの腕を掴んだ。そして俺は、瞬間移動呪文(ルーラ)の呪文を唱えた。

 

 

 

今俺の腕の中には、目を閉じたままのノヴァがいる。医療魔法の診断呪文(インパディ)の魔法を唱えたから分かる。ノヴァは、ザイードの身体の中から助けたとはいえ、一刻の猶予も許されない状況だった。2ヶ月近くもの間、ザボエラやザムザに身体をいじくり回されていたためか、すぐにでも腰を据えて医療呪文(ベホマメント)で治療しないとその命が危ない状態だ。いや、むしろよくここまで生きていたと思える有様だった。俺だったらとっくに死んでいてもおかしくないだろう。

 

……よく頑張ったな、ノヴァ。俺はノヴァの乱れた髪をそっと撫でつけ、地面にその体を横たわらせた。

 

「すぐに戻ってくるから待っていてくれ、ノヴァ。パン、俺が戻って来るまでノヴァの事を頼むな」

 

俺の言葉に、パンが分かっていると言いたげに尻尾をさらりと振って、俺の手を撫でた。

 

 

 

「き、貴様ー! よくもその小僧を……。もう許さん! 今度こそ、貴様の息の根を止めてくれるわ!!」

 

神経毒の効果が切れ、俺の方にドスドスと向かってくるザイードに対して、俺は冷静に相対していた。その俺の右の掌からは氷の結晶が、そして左の掌からは炎が噴き上がっていた。

 

俺は左手の炎を握りしめ、弓状に炎を構築する。その炎で出来た弓に氷雪の魔法力を纏わせた右手を重ね合わせる。次の瞬間、俺の手の中に眩いばかりに白く輝く魔法の弓矢が誕生した。

 

「もう許さんのは、俺の言葉(セリフ)だ! お前の顔を見るのはもううんざりなんだよ! ――消えろ!! 極大消滅呪文(メドローア)!!」

 

 

 

ロモスの町を見下ろす高台から、一条の白く輝く光の矢が虚空に向かって放たれた。

 




本稿で、100万文字突破! 量より質を向上させるように、とは言わんで下さい。
明日も投稿予定です。
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