転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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119話 大賢者 VS 霊長類最強

 

『さあ、これより準決勝を開始します。まずは準決勝第1試合 ポップ選手 対 マァム選手です。どうぞ!』

 

この日一番かもしれないほどの大歓声の中、俺とマァムは並んで舞台までの石畳の上を歩いて行く。あの後、大方の予想通り第2試合はマァムが、第3試合はダイが勝利した(ちなみに第4試合の勝者はフォブスターだった)。

 

「マァム……。分かっていると思うけど、閃華裂光拳だけは使用禁止だからな。俺はまだ死にたくないんだから」

 

「分かっているわよ。でも、私ポップには胸を借りるつもりで挑むから、ポップも本気でやってよね。少々怪我したって、私は気にしないわ」

 

胸を借りる? 何を言っているんだ、マァムは。どう考えても、この狭い舞台の上ではマァムの方が有利に立ち回れるだろう。胸を借りるのは俺の方だと思うんだけどな。ダイのおかしな認識が、マァムにまで伝染しているんじゃあるまいな……。

 

「そうそう。折角だから、何か賭けないか。俺が勝ったら、……そうだな。膝枕で耳かき……は、鼓膜を破られそうだから止めといて、無難に今度美味しいものを食べに行った時に奢るとか?」

 

「鼓膜なんて破らないわよ、失礼ね! でも、美味しいものを食べに行くのは良いわね。どうせなら、メルルも入れて3人にしましょう。私が勝ったら、ポップには2人分奢ってもらうわね」

 

「了解。じゃあ、大食いのマァムに奢らされないように、頑張るとしようかね」

 

「誰が大食いよ!」

 

 

 

『さあ、それでは準決勝第1試合を始めます。皆様ご存じの通り、2人は普段は同じパーティーで背中を預け合う仲間同士です。ポップ選手は“勇者一行(パーティー)の頭脳”とも呼ばれ、かたやマァム選手は“勇者一行(パーティー)の切り込み隊長”とも呼ばれるお2人』

 

そう言えばこの解説者、マァムの事を最初の紹介以来、『霊長類最強の女武闘家』って呼ばなくなったな。あの後、マァムがこの解説者の所に個別にお話しに行っていたみたいだけど、そういう事なのだろうか。良い異名だと思うんだけどな……。実に残念だ。

 

『さあ、そんな2人ですが直接戦えばどちらが強いのか、今日その答えが分かります! それでは、両者、始め!』

 

 

おっと、開始の合図があった。俺は即座にマァムと距離を取るために後方に飛んだが、マァムは開始線の位置で静かに武神流の構えを取っただけで、こちらに詰めてこない。

 

よし、それなら好都合だ。俺はチウの時と同様に睡眠水球呪文(ラリホーボール)を唱え、複数の水球をマァムに放った。しかし、マァムはその水球が自身に近づいても全く慌てなかった。そして、ある一定の距離に達した時点で、残像が残る程の早さで右手を動かしたかと思うと、途端に水球が全て破裂してしまった。ああ、あれは多分、高速で動かした掌圧で気流を裂いて水球を割ったんだな。

 

うーん、チウにも破られたし、最近睡眠水球呪文(ラリホーボール)に良い所が無いな。

 

……と思っていたら、突然目の前のマァムの姿がぶれた。その直後マァムが俺の側面に現れ、その右拳を撃ち込んできた。

 

しかしその拳が俺に届く寸前、マァムの右拳に巨大な氷の塊が付着しそのスピードが目に見えて遅くなった。そのため、どうにかその拳を俺は躱せたが、今度は即座にマァムの蹴りが飛んできた。だが、やはりそのマァムの足に舞台の石畳と連結した氷が纏わり付き、その攻撃を途中で阻害する。

 

もちろん、これらは俺があらかじめ周囲に展開していた氷結魔法による攻撃阻害だった。しかし、マァムの動きが目で追えないほど速い。俺の右側面に現れたかと思えば、次の瞬間には左側面に現れる。最初こそ俺の氷結魔法がその動きを追っていたが、徐々にマァムの動きに追いついていけなくなってきた。まずいな、剥がされる……。

 

『おーっと、これはマァム選手の目にもとまらない連続攻撃だぁッ! そして、それを見事な魔法技術で躱していくポップ選手! 大会屈指の好カードにふさわしい攻防に、会場も大盛り上がりです!』

 

その解説者の言葉の通り、観客席からは興奮の声が上がる。視界の端では、控え室の屋根の上に登って、脳天気に拳を突き上げているダイの姿が目に入る。

 

――つっ! 氷の壁を打ち抜いたマァムの拳が俺の頬を僅かにかすった。とっさに俺は右手の指をその氷の壁に開けられた穴に向けて、閃熱呪文(ギラ)の魔法を速射で数発放った。俺が至近で放った熱線はマァムの足下に一瞬で到達するが、その熱線をマァムは巧みな足裁きで躱していく。しかし、俺との至近の距離をキープしたまま熱線を捌く事までは出来なかったようで、マァムは俺から距離を取るようにバック転しながら大きく後ろに後退した。

 

 

 

『なんとなんと、ポップ選手の目にも止まらない矢継ぎ早の閃熱呪文(ギラ)が、マァム選手を後退させました! 私、この世に生を受けてもうすぐ40になろうかという歳ですが、あれほどの威力と速度、精度を兼ね備えた閃熱呪文(ギラ)を目にしたのは初めてです。ご覧下さい、皆様。この堅い石床を、先ほどポップ選手が放った閃熱呪文(ギラ)が見事に貫通しております……!』

 

ノリノリでマイクパフォーマンスをしつつ、石床に空いた穴を覗き込んでそう評する解説者。うーん、前から思っていたが、この審判兼解説者って某天下一武道会の名物司会者にそっくりだな。これで黒いスーツを着て黒いサングラスをかけていたら、見分けがつかないぜ。

 

おっと、そんな事より目の前の強敵(マァム)の事を考えよう。持ち前のスピードに加えて、パワーまで兼ね備え、見事な体捌きで縦横無尽に戦場を駆け回る。様々な条件が重なっていたとはいえ、バランがその神出鬼没な動きに苛立ちを隠せなかったのも分かるぜ。敵にすると、本当にマァムはやっかいだ。『霊長類最強の女武闘家』の名は伊達では無いという事だな。

 

……駄目だな、受けに回っているとそのうち押し負ける。そう考えた俺は、攻めに転じる事にした。俺の突き出した右手の周囲に、一瞬で13本の氷の槍が出現する。そう、これは俺の十八番と言える氷系呪文(ヒャダルコ)だ。

 

俺はその槍を、マァムを取り囲むように全周囲に展開した。

 

『おーっと、今度はポップ選手、彼の代名詞とも言える氷結魔法でマァム選手の周囲に氷の槍を作り出した! さあ、マァム選手はこれをどう迎え撃つのでしょう!?』

 

マァムは自身を取り囲む氷の槍を見て、かかってきなさい、と言わんばかりに目を輝かせた。

 

だから俺は、お手並み拝見とばかりにマァムの周囲に浮遊させた氷の槍をマァムに突っ込ませた。その槍の先端こそ突き刺さらないよう潰してはあるが、それ以外の射出速度、質量等はこれまで敵に放って来た際と寸分変わらない本気の攻撃だ。当たり所が悪ければ骨折もあり得るが、さて、マァムはこれをどう迎撃するだろう?

 

マァムは、その全周囲からの攻撃に対してその場に止まるのではなく、右側面に飛んだ。そして、そこから間合いに入った氷の槍数本を瞬く間に拳で砕いた。しかしその間も他の氷の槍はマァムに肉薄するが、マァムはそれらの氷の槍をマトリックスを彷彿させる見事な体裁きで躱す。いや、ただ躱すだけではなく、交差する瞬間にやはり複数の槍を砕かれた。

 

そんな攻防を数度こなした所で、俺の作り出した13本の氷の槍は全て迎撃されてしまった。最後の2本に至っては、かつてハドラーに対して放ったように1本目の斜線軸上の背後に2本目を隠したトリック攻撃だったというのに、それすらマァムは最初から予期していたかのように見事に捌いて見せた。

 

今、舞台の中央に立ち油断なく俺を見つめるマァムの周囲には、砕かれた無数の細かい氷の欠片がキラキラと浮遊している。

 

……強くなったな、マァムは。本当にそう思う。

 

『……私も、私にしかできない、私だけの力を身に着けたくて……』

 

もう随分前のように感じられるが、かつてこのロモスの側の魔の森でマァムにそう相談された事を思いだす俺。マァムの努力が結実しているのを実感した俺は、思わず口角が上がった。

 

「やるな、マァム。最後の攻撃なんか、ハドラーにも通じた俺の取っておきだったんだけどな」

 

「ふふふ。ポップならやりそうだと思っていたから、何とか対応出来たわ」

 

俺の言葉にそう返したマァムが腰を落とす。来るな……。仕方ない、出来れば正攻法で勝ちたかったが、今のマァムにはそれだけじゃあ勝てないようだ。やはり奥の手を使うしかないか。

 

マァムが再び俺に向かって加速する。考える時間を与えると不利になると分かっているのだろう。だが、甘いな。俺はもう作戦を決定しているんだ。

 

即座に俺は左手をマァムに突き出し、「即死呪文(ザキ)……」と唱えた。途端にマァムの全身を黒い霧が覆い始める。

 

「――嘘でしょッ!?」

 

マァムがその攻撃に驚き、急停止し両手で耳を塞ぐ行動をとる。今マァムの耳には、呪怨の囁きが届こうとしている事だろう。

 

『何という事でしょう! ポップ選手、同じパーティーの仲間であるマァム選手に対して、即死魔法を使いました! 大丈夫でしょうか、マァム選手!?』

 

まさか俺が即死呪文を放つと思わなかったのだろう。解説者はもちろん、観客席からも悲鳴のような響めきの声が上がった。

 

マァムは両手を耳に当てて、脂汗を流しながら苦悶の表情を浮かべている。ここが勝負時と判断した俺は、右手に氷の棍を作りだしマァムに向かった。

 

「たぁあー!」

 

俺の横薙ぎに振った棍の攻撃を身をかがめる事で辛うじて躱すマァム。俺が選択したのはマァムの間合いとも言える接近戦だが、両手を耳に当てたマァムからの反撃は返ってこない。ここぞとばかりに俺は連撃でマァムを舞台の端に追い込んでいく。時折マァムから鋭い蹴りが飛んでくるが、死への囁きにより集中力を乱され、両手も拘束されている影響なのか、その攻撃は本来のマァムのスピードから言えば天と地ほどの差がある攻撃だった。

 

『ポップ選手、距離を取った魔法戦から一転、巧みな棍捌きでマァム選手を舞台の端に追い詰めていきます。マァム選手、もう後がありません! これは勝負あったでしょうかッ!?』

 

解説者の言葉の通り、俺はマァムを徐々に舞台の端に追い込んで行った。よし、もう少しだ。後少しマァムを後退させたら、一気に場外に突き落として、マァムの場外負けを狙おう。

 

そう考えていた時、とんでもない裏切りの声が観客席から飛んだ。それは、メルルだった。

 

「マァムさん! その即死呪文(ザキ)に、呪怨の力はありません!」

 

――! ちょ、酷くないッ!? 恋愛より友情を取ったと思われるそのマァムに対するメルルの援護に、俺が思わず客席のメルルを振り返ると、そのメルルは「あ、しまった……」と言うかのように口に手を当てていた。

 

いやいや、もう遅いよ、メルル! メルルのよく通るその声は、両手を耳に当てていたマァムにもしっかり届いていたようで、「呪怨の力が無い……?」と呟いた声が俺の耳に届いた。

 

まずい、マァムに気づかれる! もう俺はこの位置からマァムを場外に突き落とそうと横薙ぎに氷の棍を振ったが、蹴り上げられた足刀によって一瞬でその棍が粉々に砕かれた。

 

砕かれた氷の破片が、俺の視界いっぱいに広がる。それは、マァムの足刀蹴りが十分な威力を取り戻した事を、俺に悟らせていた。

 

くそっ! マァムの集中が戻った。となると、これ以上この間合いに留まる事は自殺行為だ。俺は即座にマァムから距離を取った。

 

そうだ。俺がマァムに放った即死呪文(ザキ)は、その術式から相手を呪い殺す部分をそっくり削り落として、黒い霧と囁き声しか発しないただの『なんちゃって即死呪文(ザキ)』だ。本物の即死呪文(ザキ)なんて、仲間に、それもマァムに使うわけがないからな。

 

しかし、この呪文で両手を封じ、集中力の途切れたマァムの場外負けを狙うという俺の目論見は潰えてしまった。……これはまずいな。こうなると、保険で用意していたあの手がマァムに通じるかどうか、という所だな。

 

 

 

 

マァムは、メルルの声を聞いた途端集中力を取り戻していた。呪怨の力がない……? なるほど、それは確かにポップが使いそうな手口だ。彼はバラン戦でも似たような呪文を開発して、効果的に使っていた。私もポップが即死呪文を本気で使ってきた事に信じられない気持ちを抱いていたが、それなら納得できる。

 

しかし、それでは今自分の周囲でひそひそと囁いているこの声は……?

マァムは、先ほどまでは意識して聞くまいと耳を閉ざしていたその囁き声に意識を向けた。するとその囁き声は、高らかにこう唄っていた。

 

『霊長類最強の女武闘家~~♪ それはマァム~~♪』

『そのパワーはマンドリルを凌ぎ~~♪、そのスピードはあばれザルを凌ぐ~~♪』

『そしてその美貌はシルバーデビルをも凌ぐ~~♪ マァム~~♪ それは霊長類最強の女武闘家の名前~~♪』

 

あろうことか、それはマァムを死へと誘う呪詛の言葉などではなく、ただのマァムに対する罵詈雑言だった……。

 

それを理解した瞬間、マァムの全身から溢れんばかりの闘気が立ち上がった。その闘気は、一瞬でマァムの周囲を揺蕩っていた黒い霧を吹き飛ばす。

 

「ポップー!! 絶対に許さないわよ! 覚悟しなさい!」

 

一瞬で頭に血が上ったマァムは、そう叫んでポップに突進をかけた。

 

 

 

 

 

「ひぃっ!!」

 

――やばい、完全にバレた! 怒髪天をつく勢いで突進してくるマァムに完全に腰が引けた俺は、飛翔呪文(トベルーラ)を唱えて、俺に許された高度限界ギリギリの高さまで飛んだ。俺にそうさせたその凄まじい威圧感は、その瞬間確かに竜魔人バランにも匹敵していた。

 

恐怖のあまりガチガチと音が鳴る歯の震えを食いしばって抑えた俺は、そのまま眼下の舞台を見下ろすが、……マァムがいない!?

 

――ゾクッ!

 

背筋に殺気を感じた俺が背面に作り出した氷の壁と、いつの間にか宙に飛び俺の背後を取っていたマァムの放った蹴りが激突するのは、ほぼ同時だった。

 

そのマァムの蹴りは一瞬で分厚い氷の壁を粉砕し、そのままの勢いで俺の身体を打ち据えた。かろうじて俺は背後を振り返り両腕でその蹴りを受け止めていたが、そんなもので怒り心頭の今のマァムの蹴りの威力を抑えられる訳もなく、俺はそのまま舞台に叩きつけられた。

 

『あーっと、マァム選手、ポップ選手の即死呪文(ザキ)を破った後、凄まじい猛攻を見せております! これは勝負あったかー!?』

 

舞台に膝をついた俺は、上空を見上げる余裕もなく即座に飛翔呪文(トベルーラ)で横っ飛びに飛んだ。直後、先ほどまで俺のいた場所にマァムの放ったかかと落としが炸裂したのを、俺はこの目で見た。怖えー! 直撃していたら脳天かち割られていたんじゃないか!?

 

だが、俺だってやられていたばかりでは無かった。

 

かかと落としを放ちながら舞台に着地したマァムの周囲に、どぱんっと泥水が飛んだ。そう、マァムの攻撃の余波で弾け飛んだのは舞台の表面に敷き詰められていた石床ではなく、茶色く濁った泥水だった。

 

『なんとーッ、怒濤の猛攻を見せていたマァム選手の体が、一瞬にして泥の中に沈んでしまったー! これも、ポップ選手の魔法なのでしょうかぁッ!?』

 

解説者が叫んだとおり、マァムの身体は上空からの落下エネルギーも加わり、その豊かな双丘が泥面にぷかりと浮くほどまで泥の中に沈み込んでいた。

 

よしっ、作戦通り! 元々の俺の作戦はこうだった。『なんちゃって即死呪文(ザキ)』でマァムを場外負けに持って行けたら御の字。それが無理だった場合は、マァムを激高させ攻撃をワンパターン化させ、罠にはめるという2段構え。そのために俺は、命の危険を顧みずあんな歌詞を付けていた。

 

「――氷系呪文(ヒャド)!」

 

即座に俺は、沼から抜け出せずにいるマァム目がけて氷系呪文(ヒャド)を唱えた。冷気がバキバキバキと射線軸上の石畳を白く凍らせつつ、マァムに迫っていく。そうだ、これは泥沼呪文(ドロヌーバ)から氷系呪文(ヒャド)へと続く俺の必殺コンボだった。このまま泥の沼ごとマァムを捉えたら、後はマァムの死角から睡眠水球呪文(ラリホーボール)を喰らわせて眠らせる。

 

 

 

しかし、マァムの底力は俺のそんな戦略を超えてきた。

 

泥沼に囚われた事で逆に頭が冷えたのか、マァムは自身に向かってくる冷気を見てほんのわずか目を閉じた。

 

そして次の瞬間目を大きく見開き、その両の掌を自身を捉えている泥沼の表面に叩き込んだ。すると、信じがたい事に半液体のその泥を支点にマァムの下半身がズワッと泥沼から飛び出した。そしてそのままマァムは両腕に力を込め、上空に舞い上がる。

 

……意味が分からない。液体という十分な反力の得られない物質を支点に泥沼から脱したばかりか、そのまま宙に高々と舞い上がるとは。一部が泥沼と化した舞台から脱し、華麗に宙を舞うマァムの姿はまさに水面から飛び立つ水鳥のごとし、と言う言葉がふさわしく、観客席からもその光景に息を呑んだような、ため息にも似た感嘆の吐息が一斉に漏れた。

 

「う、美しい……。――!? いや、ユダじゃねぇしッ!」

 

その光景に心を奪われた俺は一瞬ユダ化してしまったが、直ぐにハッと我に返った。

 

「まだだッ、まだ終わらんよ!」

 

変態お姉から、颯爽とした赤服グラサンの男へと気持ちを切り変えた俺は、自身の体内に魔力を練り上げる。そうだ、まだチャンスは続いている。マァムは今、宙でその体勢を立て直しているところだ。今のうちに神風呪文(パキ)の魔法を直撃させ、場外負けに持って行こう。

 

そう考えた俺は、左手をマァムに突き出し氷系呪文(ヒャダルコ)と並んで俺の十八番と言える神風呪文(パキ)を唱えた。

 

途端に全ての艱難辛苦を吹き飛ばす神の力が宿った神風が俺の手からとぐろを巻くように出現し、マァムに向かっていく。

 

しかし、その様子を宙で見ていたマァムは、何を考えたか、カクンと全身に漲らせていた力を抜いた。その状態のマァムに神風が届いた途端、さながら木の葉が宙をヒラヒラと舞いながら落ちるかのように、マァムがその気流の外縁部をなぞるように降下してくる。

 

嘘だろ!? ――ていうか、あの動きは見た事があるぞ! そうだ、テランで竜騎衆ラーハルトがあの動きをして、俺の神風呪文(パキ)を躱していた。まさかマァムがあの動きを習得していたとは……!

 

そんな事を考えている間にも、あっという間にマァムは突風を避けて俺の背後にスタッと降り立った。

 

「――しまった!」

 

ここは完全にマァムの間合いだ! 俺は背後を振り返る事なく即座にその場から離れようとしたが、それを許すマァムでは無かった。飛翔呪文(トベルーラ)でその場から離れるより早く首根っこを引っ掴まれた俺は、石床に背中から引き倒され「ぐえっ!」と、カエルが潰れたような声を発した。

 

俺の背には石床の冷たい感触が、そして眼前には雲一つ無い青空を背景に、こめかみに青筋を浮かべたマァムの顔が占有する。

 

「これで終わりよ、ポップ! 武神流 奥義 閃華裂光拳!!」

 

「ちょっ!? それは、死んじゃうってマァム!」

 

マァムの光る右拳が横たわる俺の胸部に迫る。俺はその瞬間死を覚悟して、両目をぎゅっと閉じた。しかし、そのまましばしたっても衝撃がやってこない。俺が恐る恐る目を開けると、その拳は俺の身体に撃ち込まれる直前に寸止めされていた。

 

「ふふ。即死呪文(ザキ)で脅かしてくれたお返しよ。ギブアップ……で良いかしら、ポップ?」

 

勝利を確信したマァムのその良い笑顔に、俺は「……もちろんギブアップだよ、マァム」とコクコクと頷きながら答えた。

 

こ、怖かった。本当に死ぬかと思った。これほどの命の危険を感じたのは、デルムリン島でダイの海破斬が俺を両断せんと迫った時以来だった。俺はこの時、もう二度とマァムと戦わない事を固く心に誓った。

 

『――おーっと、今ポップ選手の降参宣告がありました! 大会屈指の好カードとなったこの試合、最後に勝ったのはマァム選手でした! 皆様、激戦を繰り広げたお二人に今一度拍手をー!』

 

俺達の健闘を称えてか、万雷の拍手が観客席から浴びせられた。ダイも、選手控え室の屋根の上で手を叩いてはしゃいでいる。そんな周囲の熱狂の中、俺はマァムの手を借りて、よろよろと立ち上がる。

 

マァムは、少し照れたような控えめな笑みを浮かべて、その観客席からの歓声に手を振って応えている。

 

しかし、俺はどうにも経験したことの無い心のモヤモヤを解消するため、隣で手を振って観客に答えているマァムに尋ねた。

 

「な、なあ、マァム。最後の神風呪文(パキ)を躱したあの体捌きだけど、まさか俺に隠れてラーハルトにこっそり会っている、なんて無いよな?」

 

「……え? 会っているわけないじゃない。彼とはテランで別れたきりよ。あの体捌きは確かに彼の動きを参考にしたけど、見よう見まねでやってみただけよ」

 

彼……だと? 随分と親しげな言い方だな、おい。マァムの言葉に多少は安心したが、俺は念のためにマァムに釘を刺しておいた。

 

「……そ、そうか。それなら良いんだ。い、一応言っておくけど、う、浮気は駄目だからな。俺、そういうNTR耐性無いんだから、そんな事になったら絶対泣くからな」

 

俺のその言葉に、マァムは一瞬顔を赤く染めた後、すぐにジトッとした目で俺をねめ付け、俺の耳に手を伸ばした。途端に、引きつるような痛みが俺を襲う。

 

「い、痛い、痛い……!」

 

「……全く、浮気するなって、どの口が言っているのよ、あなたは!? あなたの方こそ、よっぽど他の女の子に目移りしているじゃない! そこの所、分かっているのかしら?」

 

「俺がいつ目移りしたよ!? 昨日のは誤解だって分かったじゃ無いか!」

 

「何が誤解よ! しっかり求婚までされていたじゃない!」

 

「あれはただの遊びだってクラリスも言っていたじゃないか! って、い、痛い! ご、ごめんっ、ごめんってば! 耳が千切れるって、マァム!」

 

『おーっと、マァム選手とポップ選手の場外乱闘が始まったようです。どうやらこちらは痴話げんかの様子。この喧嘩は、マァム選手の圧勝のようですね!』

 

俺達の様子を見て解説者がそう大きな声を出した途端、観客席から大爆笑が発生した。俺とマァムはその爆笑の渦の中、顔を真っ赤にして控え室に戻って行った。

 

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