転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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お久しぶりです! いやー、案の定というか何というか、4月よりネット環境も整っていない僻地に単身引っ越す事になり、wifi環境を含めた生活基盤を整えるのに時間がかかってしまいました。

加えて、リアルの仕事量が激増し、とてもではないですが趣味に興じる心の余裕が無くなって、これほど再開が遅くなってしまいました。お待ちいただいていた方には大変申し訳ありませんでした。

ですが、一度始めたからにはどれほどの駄作であろうと完結させねばならぬ。そんな思いから、再投稿を始める事としました。

来週以降休日を目途に1話づつ投稿します。……多分。


「「「――多分!!?/ピピィ!!?」」」

というポップ君が受けた突っ込みを受けないよう頑張ります……。


123話 嵐の前の静けさ

~~~~パプニカ レオナ姫執務室~~~~

 

パプニカ王城の奥まった場所にある城下町を見下ろせる見晴らしのいい部屋。その部屋で、白を基調とした動きやすそうな衣服を纏った1人の少女が、机の上に積まれた書類に次々に目を通していた。彼女の背後にある大きく開かれた窓からは、洗い立てのような朝の太陽の光が降り注いでいた。

 

そんな彼女に、扉をノックして入室して来た男が声を掛ける。

 

「レオナ姫、シナナ王が到着されましたよ」

 

その報告に、レオナは執務机から視線を上げる。

 

「そう、ご苦労様、アポロ。時間ぴったりね。シナナ王は長旅でお疲れではないかしら?」

 

「そのような様子は見受けられませんでした。先ほどお会いしましたが、船自体は昨夜の内に港に着いていて、船内で十分に睡眠は取れたと元気そうに言っておられました」

 

レオナはその言葉にこくりと頷く。昨夜のうちに着いていたのなら、事前に用意していた迎賓館に泊まっていただく事も可能だった。しかし、それをせずに船内で一夜を明かしたという事は、恐らく復興途上のパプニカへの負担を少しでも避けようというシナナ王の配慮なのだろう、とレオナは推察する。

 

ロモス国王 シナナ王……。評判通りの王様のようね。ダイ君達も、気の良い王様として信を置いているみたいだし、会談でも前向きな発言を期待できそうだわ。

 

レオナがそうほくそ笑んでいると、アポロが含み笑いしながら口を開いた。

 

「そのシナナ王から聞いた話ですが、ロモスでまたポップ君達が活躍されたそうですよ」

 

「え!? ど、どんな事があったの!?」

 

ダイ達が(ドラゴン)の騎士の力に耐えられる剣を探してパプニカを起って以降、彼らの情報に飢えていたレオナはその話に飛びついた。レオナがアポロから聞いた話は、ロモスに再び魔王軍の脅威が迫っていたという驚きの内容だった。

 

 

 

「そんな事がロモスであったのね。でも、探していた剣の手掛かりが掴めたようで良かったわ」

 

順調に剣の捜索が続いているようで安心したレオナは、自身のやるべき事に意識を戻した。

 

「アポロ、大礼拝堂の準備はどんな様子かしら?」と、アポロに尋ねるレオナ。3賢者筆頭であるアポロは、世界会議の実行責任者だった。

 

「滞りなく。テムジン様から随所でお知恵を貸していただけましたので助かりました」

 

「そう。テムジンは他国を招いた会議の経験が豊富だから、こういう時に頼りになるわね。でも、実際の実務を仕切ったのはアポロでしょう? お疲れ様。後少しだからお願いね」

 

そう言って、レオナはアポロを労った。エイミとマリンには、2つある気球を使ってそれぞれに各国との橋渡しを任せていたが、アポロには国に残って受け入れ準備を粛々と進めてもらっていた。

 

魔王軍によって一度は滅びたパプニカ王国は文官の数が絶対的に不足しているのでアポロも大変だったはずだが、気さくで面倒見の良い彼は、年若い文官からベテランの文官までよく慕われていて、皆の手を借りる事でその準備を抜かりなく行う事が出来ていた。

 

ふふふ、彼を中心に据えれば皆が彼のために労を惜しまず助力してくれるだろうという私の考えは当たったわね、とレオナは内心でほくそ笑む。

 

「そう言えば、エイミとマリンはもう大礼拝堂まで行ったけど、テムジンは何処にいるのかしら? あなた達3賢者とテムジンは、会議の冒頭で皆に紹介するつもりなんだから、そろそろ身支度をしておいてもらわないといけないわよ」

 

レオナのその問いに、アポロは言いにくそうに口ごもるが、レオナの怪訝な面持ちを受けて戸惑いながらもその口を開いた。

 

「……それが、テムジン様は、諸王に本日の晩餐にお出しする献立の食材を港まで買い付けに行っておりまして。いえ、今日ぐらいは別の者に任せるよう私は言ったのですが、テムジン様が……」

 

「……テムジンがどうしたの? 彼は何て……?」

 

レオナは、自身が徐々に不機嫌になっていっている事を自覚しながら、アポロに続きを促す。

 

「それが、テムジン様は『一度は王族に害をなした人間が、いくら他国の事と言えど諸王の前に姿を現せば、彼らを不愉快にさせよう』と、申されまして……。どうやら、テムジン様は今回の世界会議では裏方に徹するつもりのようです」

 

その言葉を聞いて、レオナはドンッと執務机に右拳を振り下ろした。

 

「何よ、それ! 私が良いって言っているんだから、良いじゃない! もし不愉快な気持ちを諸王に抱かせたのなら、それはそれを決めた私が責められたらいいだけの話よ。せっかくポップ君が彼を認めてくれて、良い流れになってきていたのに……!」

 

レオナがそう愚痴を零すのも無理は無かった。かつて王族であるレオナの暗殺未遂を起こしたという事実は、レオナ自身が考えるよりも大きかったようで、テムジンを内務大臣に起用したものの、未だに彼に面従腹背で接する者が多くいた。

 

それが変化の兆しを見せたのが、勇者一行(パーティー)の頭脳と称えられているポップを交えた先日の会議だった。レオナ自身はそこまで意識していなかったが、実はあの会議は多くの文官が注目していた会議だった。

 

ポップ本人が気づいているかどうかは分からないが(恐らく気づいていないと思われる)、『勇者一行(パーティー)の頭脳』、あるいは『氷の賢者』として名高いポップの発言は、パプニカ城内で重きを置かれている。

 

その彼がテムジンを信用し重要な情報を提供したという事実は、テムジンを取り巻く不審の目を取り除くのに十分に寄与した。もちろん、内務大臣就任後の、以前の彼からは想像もできない謙虚な姿勢、微に入り細に渡る真摯な仕事ぶりもあったのだろうが、とにかくあの日より彼を見る周囲の目が変わっていったのは事実だった。

 

 

怒りを行動で発散した事で、幾分気持ちが落ち着いたのだろう。レオナは深い溜息をついた後、行儀悪く肘を机について、その手に顎を乗せる。

 

そのまま深く瞑目する彼女の脳裏には、あの日の出来事が思い起こされていた。それは、アバンの使徒の助力を得てパプニカの奪還が成された翌日、……つまり祝勝会の翌日の事だった。

 

 

 

 

 

執務に必要なスペースだけ瓦礫を撤去した王城内の一室。昼下がりの傾きかけた太陽の光が差し込むその部屋の中央には、簡素な椅子に腰かけるレオナの姿があった。

 

そのレオナの前で、両手を後ろ手にきつく縛られたテムジンが膝を着いて頭を垂れている。その部屋にはレオナとテムジン以外にも、3賢者にバダック、それに複数の魔法兵、文官が控えていた。

 

あの不死騎団がパプニカの町に迫った日、犯罪を犯し拘束されていた受刑者の多くは地下牢に取り残されていて、それがためにほとんどの者が命を落とした。しかし、不死騎団の魔の手を逃れ、運よく逃亡していた何名かの受刑者がいた。

 

その者達は、本来なら直ぐにでも捜索し再度拘留すべき者達であったが、一度は滅びたパプニカ王国にそのような人的余裕は無く、その捜索は後回しにされるはずだった。

 

そのような状況で、運よく不死騎団の魔の手から逃れていた受刑者の1人であるテムジンがレオナの前に引き出されてきた理由は、つい先刻彼が身一つで自首をしてきたためだった。

 

レオナは、頭を垂れて表情の伺えないテムジンを静かに見つめていた。

 

今から1年ほど前、地の神の恩恵をこうむる儀式に挑むためデルムリン島に向かったレオナは、そこで同行していたテムジンを中心とする数名の配下に裏切られた。デルムリン島の住人であるダイやブラス達によりレオナはかろうじて一命を取り留めたが、彼らの助力が無ければレオナの命はそこで潰えていた。

 

その後テムジンを筆頭とした反逆者はパプニカに戻った後、無期懲役を言い渡され地下牢に拘束された。それ以降レオナは地下牢に足を運ばなかったため、彼に会うのは約1年ぶりという事になる。

 

「顔を上げてくれるかしら、テムジン」

 

レオナの言葉に、テムジンは肩をピクッと震わせ静かに顔を上げた。レオナは、テムジンのその目を見て、僅かに眉を上げた。それは、レオナの記憶にあったテムジンの目とあまりに違っていたためだった。上手く言葉にできないが、それは憑き物の落ちたような目をしていた。

 

「テムジン、あなたは自ら出頭してきたと聞いていますが、それは何故? 各国に伝手のあるあなたなら、ホルキア大陸を出て他大陸に逃亡するという道もあったのでは?」

 

そのレオナの問いかけに、テムジンはよどみなく答えを返す。

 

「私は、レオナ姫の暗殺を企てた罪で、陛下より無期懲役の罰を下されております。魔王軍が大挙して押し寄せた際には、混乱のため地下牢から離れざるを得ませんでしたが、再びパプニカが王家の手に戻ったのでしたら、私も地下牢に戻るのが筋と言うものでしょう」

 

その答えに、レオナは人知れず息を吐いた。1年前、自分はこの男の本性に気づく事が出来ず、それがために命を失いかけた。

 

たった1年でここまで人が変わるものなのだろうか? この堂々とした立ち振る舞いが、1年前同様に見せかけという可能性だってある。しかしレオナは、何故かこの振る舞いを見せかけとは思えないでいた。

 

「レオナ姫、こちらを……。さきほどお伝えしました、アシムの町民から届けられた減刑の嘆願書です」

 

レオナはアポロが差し出した嘆願書を受け取り、それにざっと目を通す。そこには、今自分の目の前にいるテムジンに対する減刑の嘆願が大勢の署名入りで記載されていた。その嘆願書には、何故テムジンの減刑を望むのかの理由まで詳らかに記載されている。

 

その内容は、つい先ほどアポロから口頭で聞いていた内容と一致した。

 

パプニカの町が不死騎団の手に落ちたその日と前後して、パプニカからほど近いアシムの町の住民は三々五々に町から退去していた。その内の集団の一つが、町の側の森の中にある洞窟に避難していたが、折り悪くそこが不死騎団のアンデッドの集団に発見された。

 

住民の多くは死を覚悟したが、そこにボロボロの服を纏った高齢の男が現れる。その男は、魔法の扱いに長けており、今にも住民を虐殺しようとしていたアンデッドの集団を退かせる事に成功する。その高齢の男こそが、かつてパプニカで司教の地位にあったテムジンだった。

 

その後テムジンは、不死騎団がアバンの使徒の手によって壊滅するまで、アシムの住民に寄り添い続けたという。怪我をした者は癒し、敵が近づけばそれを排除し、そして時には、不幸にも命を落とした者に対して元司教として手厚い祭事を執り行う。

 

そんな日々を過ごしていたテムジンは、パプニカが人間の手に戻ったという噂を聞き、止める住民の声を振り切り自首をしてきていた。

 

レオナは、アシムの住民から届けられた嘆願書をテムジンにも見えるようにかざした。

 

「テムジン、あなたの減刑を願ってアシムの住民から嘆願書が届けられているわよ。あなた、随分と彼らに力を尽くしてあげたようね。ここには、あなたに向けられたお礼の言葉もたくさん書かれているわ」

 

「お礼など……。彼らは、着の身着のままでいた私に、清潔な衣服と温かい食事、それに寝床を提供してくれたのです。私こそ、彼らに救われました。礼を言うのはむしろ私の方でございます」

 

「そう……。それじゃあ、本題に入るわね。テムジン、あなたは再び地下牢に拘束される事を期待してここに戻って来ているようだけど、その希望を叶える事は出来ません」

 

レオナのその言葉に、テムジンは特に表情を変える事無く頭を下げる。レオナは、彼がその直前に見せた悟ったような表情から、恐らくテムジンが自分の言葉を曲解して受け止めている、と感じた。そのためレオナは、その誤解を解くために言葉を続けた。

 

「アポロ……。彼を拘束している縄を解きなさい。彼には、今より再びパプニカ王国に仕える文官に戻ってもらうわ」

 

レオナの言葉に、周囲の者から戸惑いの声が上がる。それはテムジンも同様だった。思わず頭を上げてレオナを凝視したテムジンの顔には、この日初めて驚きの感情が浮かんでいた。

 

「よ、よろしいのですか……レオナ姫?」

 

「そ、そうです、レオナ姫。いくら嘆願書があるからと言って、姫の命を狙った不届き者を無罪放免にするばかりか、再び仕官を許すなど……! 正気の沙汰とは思えません!」

 

「私も同感です。不死騎団の手が迫っていたという状況は理解しますが、この者が脱獄したというのもまた事実。ここは、無期懲役ではなく死罪がふさわしいのでは、と私は愚考しますが……!」

 

文官達の何名かが、我先にとレオナの判断に異を唱える。そんな彼らに、レオナはことさら何でもない表情を浮かべて、呆れたように答える。

 

「死罪……? もし死罪を告げる必要があるのなら、私としてはテムジンにでは無く、昨日の祝勝会でポップ君と一緒になってはやし立てていた魔法兵に告げたいところだけど?」

 

その言葉と共に発せられたレオナのジト目に、部屋の中にいた数名の男性が明後日の方を向いて決して彼女と目を合わせまいとする。

 

レオナは、更に目を細めて彼らに剣呑な視線を送る。まったく、今思い返しても腹立たしい。とっておきの『Hな下着』をあんな衆目の面前で晒されてしまうなんて……。あの時囃し立てていた魔法兵達には、今日から3日間城中のトイレ掃除を申し渡しているが、その程度の事でこの私の憤懣やるかたない気持ちが晴れるわけでは決してない。

 

「コ、コホン……、あー、姫」 

 

レオナが、処罰が甘かったかしらと考えていた時、バダックが咳払いをしつつ、「冗談を言っている場合ではありませんぞ、姫」と、レオナを諌める様に口を開いた。

 

冗談ではないんだけど……ね。まあ、良いわ。確かに今はテムジンの処遇についてはっきりさせておく方が先決ね。そう考えたレオナは、言葉を選びながら皆に聞こえる様に口を開いた。

 

「先ほど、テムジンに死罪を、という声も上がりましたが、パプニカ王家は、図らずも既に一度テムジンに死罪を言い渡しています」

 

レオナの言葉に、再び室内にどよっとざわめきが走る。皆の顔に困惑の表情が浮かぶが、それが言語化されて発せられる前に、レオナは続けた。

 

「テムジンに限った話ではありませんが、不死騎団が迫ったあの日、パプニカ王家は地下牢に拘束していた彼ら受刑者をそのままにしてしまいました。それは、刑の執行者がパプニカの刑務官から魔王軍に変わっただけで、彼らに対して『死罪』を命じたのとなんら変わりません」

 

レオナのその言葉に、納得した様子の者が何名か現れる。しかし、先ほど声高にテムジンに対して死罪を望んだ文官が異を唱える様に声を上げる。その文官は、テムジンが司教の地位にあった時、彼の政敵とも言える立場の者だった。

 

「た、確かに既に命を落とした受刑者に対してはそうでしょう。しかし、テムジン殿は生きておいでです。今から彼に死罪を与える事を免れる理由にはなりますまい?」

 

「そうかしら……? あの日、あの場にいた者には等しく死罪が与えられました。確かにテムジンを始めとして数名の受刑者はそれから免れる事が出来ましたが、私としては一度死罪を免れた人間に更に死罪を与えるつもりはありません。それに……」

 

そこで言葉を切ったレオナは、アシムの町から届けられた嘆願書をヒラヒラと掲げて見せる。

 

「彼は地下牢から脱した後、本来民の命を守らねばならなかった我々に代わって、アシムの民を守ってくれています。試みに尋ねますが、あなたはパプニカを離れてから再び今日ここに戻って来るまで、いったい何処で何をしていましたか?」

 

私の言葉に、その文官は途端にしどろもどろになって「わ、私は……家族を守るために……必死で……」と、小さく言葉を発した。レオナは知っていた。この文官が、パプニカ魔法兵団が北の平原で不死騎団に敗れたという一報を聞くや否や、家族だけを連れて国の所有物である船を私的に動かし、他大陸に逃げ出していた事を。

 

……しかしレオナは、その事で彼を責めるつもりはなかった。生き残った皆が、何かしら死んだ者達、守るべき民達に対して負い目を感じている。もちろんそれは、バルジの島に逃亡したレオナも同様だった。もっと国として強く立っていたならば、民にこれほどの犠牲を強いる事は無かった。家族を亡くし、慟哭の声を上げる民の声を聞く事も無かった。

 

「……皆にあらためて伝えたいと思います。我々は、今こうして運よく生き残り、再びパプニカの国を興そうとしています。ですがそれは、皆さんご承知の通り危難に助力してくれたアバンの使徒達の力のおかげであって、我々の力で成せた事ではありません」

 

レオナの言葉に、3賢者を含めたこの部屋にいる皆が悔しそうに俯く。悔しい……。そう、皆がそう思っている事が大事なのよ、と、皆を見回したレオナは心の中で呟く。

 

「皆さんは、今のままで胸を張れますか? 私は張れません。私は、一刻も早く私達の力でパプニカを前以上の国に再興したく思います。そのためには、同じ志を抱く同志が一人でも多く必要です。昨日までの事を全て忘れろとは言いません。ですが、この苦難の時には、私は昨日ではなく、明日を見るべきだと思うのです……!」

 

テムジンが、下げていた頭を上げてレオナを見上げる。皆も、レオナの声に言葉を挟むことなく聞き入っている。

 

「テムジンの行いは、ここにいる誰もが出来なかった尊い行いです。彼の行いを否定できる者はいますか? いないでしょう? パプニカは傷つき、今はようやくその出血が止まった状態です。これからパプニカを回復させ、以前以上に頑強にするために必要なのは、信頼できる仲間です。決して仲間を切り捨てる事ではないはずです。私は、パプニカ王国の第一王女として、テムジンを再び登用したいと考えています……!」

 

広くも無い部屋の中に、レオナの決意の言葉が、まるで見えないさざ波のようになって浸透していくようだった。レオナの言葉を反芻しているのか、誰も口を開こうとはしない。いや、1人だけいた。

 

それは、先ほどテムジンに対して死罪を主張していた文官だった。憮然とした表情のまま彼はテムジンに近づき、膝を着いた。

 

「まったく、このような結び方をされては痛くてたまらんかったろうに。……おい、アポロ。姫にこの拘束を解く様に命じられていたではないか。はよう、ナイフを貸せ」

 

その文官はテムジンが後ろ手に縛られている縄を検分し、アポロに手を差し出した。その動きに、呆然としていたアポロが、「はっ!? は、ははっ! 失礼しました!」と答えると同時に、小走りで彼の下に駆ける。

 

テムジンを拘束していた縄が地面に落ちるのを確認した文官は、テムジンにすっと手を差し述べる。

 

「あなたとはこれまで色々とありましたが、姫の言葉の通り過去を振り返っていても始まりませぬ。共に力を合わせて、パプニカを盛り上げて参りましょうぞ」

 

「……かたじけない」

 

その手を取り立ち上がったテムジンに対して、誰からともなく拍手が送られていた。

 

 

 

 

 

 

「信頼を失うのは一瞬でも、信頼を得るのは時間のかかるものです。それほどお急ぎになられなくても良いのではないでしょうか。テムジン様の誠実な仕事ぶりは、少しずつですが皆に知られるようになってきています。確かに今回の世界会議は多くの者に名を知ってもらう良い機会ですが、それが今のテムジン様にとって良い事かどうかはまた別ではないでしょうか?」

 

アポロのあまり性急に事を進めすぎるのも良くないという諌言に、レオナは過去から現在に意識を戻す。

 

「そうね、アポロの言う通りかもしれないわね。テムジンを一足飛びに表舞台に戻そうと思って私も焦っていたみたい。ありがとう、アポロ。これからも気が付いた事はどんどん言ってね」

 

レオナは、笑みを浮かべてアポロの諌言を素直に受け入れた。主君の器量を改めて認識したアポロは、クスッと笑みを浮かべて返事を返した。

 

「もちろんです、レオナ姫。ふふふ。それにしても、レオナ姫のこのような殊勝な姿をもっとポップ君に知ってもらってはどうですか? そうすれば、彼も姫の下では胃が痛くなるなどと言う理由で姫の仕官の誘いを断る事もなくなるのではないですか?」

 

そのアポロのからかう様な口調に、思わずレオナは「うるさいわねっ!」と返す。確かにレオナは、勇者一行(パーティー)の頭脳と呼ばれているポップに対して、手を変え品を変え何度も仕官の誘いをしているが、彼からは一向に色よい返事を貰えていない。

 

大変不本意ではあるが、彼の『姫さんの下では胃が痛くなる』という言葉に、そんな事はないと一笑できない自分が憎い。それに、彼はパプニカとは別に仕官を考えている国があると、以前言っていた。その国がどこかについてレオナは確認していないが、彼女にはある程度想像がついていた。

 

それはおそらく、カールだろうと……。

 

ちょっとした偽悪的な一面のある彼の事だ。理由を尋ねても、『美人過ぎる女王様がいるから』などとはぐらかすような答えを返すだろうが、それが本当の理由なら『美人過ぎる女王様ならパプニカにもいる』とレオナは返す事ができる。

 

しかし、彼がカールへの仕官を希望している本当の理由が別にある事ぐらいの事は、レオナは察しがついている。

 

どうにかして彼をパプニカに迎え入れられないだろうか。彼は現在勇者一行(パーティー)内で軍師的な役割を果たしているが、彼の能力は平時でも有用なはずだ。いや、彼の性格を考えると、平時の方がより輝けるはずだ。

 

彼がその自由奔放な発想から誰も想像できない施策を立案し、アポロがそれを土台から支える様にして実行に移す。きっと彼とアポロは、理想的な両輪の関係が構築できるはずだ。

 

――!

 

そんな事を考えていたレオナに、突然天啓が降りた。

 

そうよ……。彼の性格からして、宮廷魔術師や、3賢者の役職を用意するのはむしろ悪手だったわ。それよりはむしろ宮廷画家のような……、ううん、宮廷楽師なんか良いんじゃないかしら……! 実際彼は、誰も聞いたことの無い楽曲を奏でられるほど音楽に精通している。一度楽師として就任してもらって、そこから政務に少しずつ携わってもらう。

 

うん、これならいけるわ! きっと彼の抵抗感も薄れるはず。

 

レオナは、その自身の考えに確信があるのか、実に晴れ晴れとした笑みを浮かべた。

 

 

 

しかし、我々は知っている。『氷の大賢者』として名高いポップ・マーカストンが、大魔王戦役終結後新生リンガイア王国の顧問の地位につき、長く同国の復興と発展に力を尽くす事を。

 

……何故か? この時レオナに降りた天啓は確かに妙案だった。だが、彼女は知らない。この日よりそれほど時を置かずして、旧リンガイア王国のとある男がやはり『氷の大賢者』を自国に囲い込むための策を密かに立案する事を。

 

その策は、この時レオナが思いついた妙案と又従妹程度に近しい策だった。後日、その策によってポップ・マーカストンを新生リンガイア王国に囲い込まれた事を知ったレオナは、地団駄で床を踏み抜かんばかりに悔しがる事となるが、現時点ではその事を知るはずも無かった。

 

主君が降ってわいたような妙案を思いついてほくそ笑んでいる事を知ってか知らずか、「それより、レオナ姫。我々もそろそろ大礼拝堂に向かいませんと」と声をかけるアポロ。

 

そして2人は連れ立って大礼拝堂へ向かうのだが、それはパプニカを未だかつてない激震が襲う2時間前の事だった。

 

 

 

 

 

~~~~ギルドメインの森 ロン・ベルクの作業小屋~~~~

 

 

……カーン、カーン。

 

幼少の頃から聞き慣れた、剣を打つ規則正しい音がロン・ベルクの小屋の中から聞こえてくる。俺はその音をBGMに、小屋の側に立つ木の根元に腰を下ろし、昨日ルッツから手渡された書類に目を通していた。

 

この書類には、医療魔法を世界に広げるための医療大学の設立について提案する内容が記されていた。どこかに大学としての体裁を整えた学び舎を用意し、そこに講師のできる人間を複数人揃えた上で、全世界から習得を希望する生徒を呼び寄せて一定期間詰め込み教育をする。そうして医療魔法を習得した人材を世界にどんどん送り出していく。

 

そんな内容だ。もちろん課題も記されている。スポンサーの獲得、学び舎の建設、講師の選定&育成、生徒の募集等々と言った細々とした事務作業に加えて、医療魔法自体にも改良の余地があると指摘されている。ルッツの見解では、『皆が皆、俺のレベルの医療呪文(ベホマメント)を使えるようになるのは直ぐには難しいのではないか』という事だった。

 

だったら、『特級』、『1級』、『2級』という風に治療できる病気のランクに応じて呪文と資格の両方をある程度分類して学習していくことで、医療魔法を系統だった一つの学問として長期的に発展させていけるのではないか、とルッツは提案してくれていた。

 

凄いな、ルッツ。これなら魔王軍との戦いが終わったら俺もすぐにでも行動に移すことができるし、実際にルッツはその準備を既に始めていて、講師の選定も水面下で行っているらしい。少しでも早くこの魔法を世界に普及するんだというルッツの意気込みが伝わってくる。『ポップが生きて帰ってくる事が大前提なんだから絶対に死ぬんじゃないぞ』、という言葉が書類の末尾に記載されていた。

 

そこまで読んだ俺は書類から顔を上げて、周囲を見渡した。

 

俺達は、昨日の朝デルムリン島を発って、その足でそのままロン・ベルクに『覇者の冠』を渡して、ダイのための新しい剣を打ってもらっていた。その手伝いをしている父さんが昨日の夜家に帰ってこなかった所を見ると、どうやらロン・ベルクは昨日の夜も休まず剣を打っていたようだ。今が昼前の時間帯だから、もうすぐ打ち始めてから丸一日が経つ事になるが、まだ完成までには時間がかかりそうだ。

 

今、ダイは小屋の中で剣を打つロン・ベルクの隣でその様子を見つめている事だろう。どうもロン・ベルク曰く、ダイのための剣なんだからダイが傍にいないといけないみたいだ。どういう理屈かは分からないが、魔界の名工とまで唄われる人物の言葉なんだから、まあ言われるとおりするしかないだろう。

 

そういう訳だから、ダイを除いた俺達はロン・ベルクの集中を乱さないよう、小屋の周辺で思い思いに過ごしていた。マァムとチウは、少し開けた場所で、共に軽く体を動かしている。メルルは、朝から母さんと一緒に作ってくれたお弁当を、木陰に敷いた敷物の上に並べている。

 

パンは、昨日ランカークスの村に戻ったら、そそくさと森の中に消えていった。少し足を引きずっているように見えたのは、昨日の正座の刑のせいだろうな、間違いなく。

 

しかし、子供だとばかり思っていたパンが俺の子供が欲しいと言い出すなんて……な。出会った時から背格好が変わらないから意識していなかったけれど、心はそれなりに成長していたのだろうか? 

 

まあ、気分屋のパンだから俺の子供が欲しいなんて、どこまで本気で言っているのか分からないけれどな。ん……? まさかパンが変身呪文(モシャス)の魔法を覚えた本当の目的って……。いや、深く考えるのはやめておこう。きっと気のせいだ。

 

そもそもベビーパンサーって、いつキラーパンサーと呼ばれる成獣になるんだろう? もうパンと出会ってから7、8年になるというのに、背格好はあまり変わったように見えないんだけどな。

 

これについて、昨日村長室で会ったサーラさんからは『パンは、意図的に成長を抑えておるからのう。しかし、それもそろそろ限界が近づいているようじゃな。ポップ、次にパンと会った時は目を見張るような成長をしているかもしれんぞ?』と笑みを交えて言われた。

 

目を見張るような成長……か。ふふふ、母親があのセリーヌだからな。もしパンが大きくなったら、それはそれは綺麗なキラーパンサーになりそうだな。これは、今から楽しみだな。

 

 

 

そうして、皆がそれぞれの時間を過ごしていた時、メルルが突然頭を押さえてワナワナと震え始めた。そして俺達は、パプニカに再び危機が訪れようとしている事を知ったのだった。

 

 

 

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ベンガーナ王国東部に位置し、近傍にギルドメインの森を有する人口約3,000人を数える中規模の町。それがランカークスの町である。もっとも、それは大魔王戦役から150年を経た現在の話であって、大魔王戦役勃発時は人口1,000人を数える程の村だった。

 

この町の名を耳にして誰しもが最初に頭に思い浮かべるのは、大魔王戦役を勝利に導いた英雄の一人、『氷の大賢者』ことポップ・マーカストンの生まれ故郷であるという事であろう。

 

ポップ・マーカストン自身は、大魔王戦役終結から程なくしてこの地を離れ、遠くラインリバー大陸ロモス王国のネイル村に住居を移しているが、彼がこの町で過ごした14年余の歳月のなごりは、今でもこの町の端々に残されている。

 

例えば、町の北東部に当時より存在する町で唯一の教会もその一つである。この教会は、現在の町の規模から言えば不釣り合いなほど小さな規模であるが、今でもこの教会には大勢の祈祷者が遠方からやって来ている。

 

この教会の礼拝室の一角には、ポップ・マーカストンが初めて魔法を習得したと伝えられている部屋が現在も残されており、今でも回復魔法や医療魔法の伝授を希望する見習いの僧侶や治癒士が頻繁に訪れている。

 

それは、千を越える魔法を操ったと伝えられるポップ・マーカストンにあやかって、最初の魔法の契約儀式をこの部屋で行いたいと多くの者が希望するためであるが、今ではそれはランカークスの町にとっても貴重な収入源となっている。

 

また、現在ランカークスの町には武器屋が3軒存在するが、そのうちの1軒はポップ・マーカストンの父親であったジャンク・マーカストンから教えを受けた彼の孫(ポップ・マーカストンにとっての末の息子)を先祖に持つ者が営む武器屋である。歴代店主の腕前は当時より評判を呼んでおり、大都市ベンガーナはもちろん、他大陸からも買い付けに来る商人が後を絶たないほどである。

 

その店の看板商品は『吹雪の剣』であり、この剣は末の息子が独り立ちする際に父であるポップ・マーカストンと祖父であるジャンク・マーカストンが製作に協力し、3人で作り上げたと言われている。その製作技術は秘伝とされており、歴代の後継者にのみ口伝で伝えられている。

 

このように、ランカークスの町にはポップ・マーカストンがこの町で生きた証が現在も至る所に残されているが、町長室の壁面にもその証は残されている。そこには、ポップ・マーカストンが逝去する数日前に書き残したと伝わる十二文字の記された横物の掛け軸がかけられている。ただし、そこに書かれている文字は現在どの国でも使われていない言語で書かれており、その意味を知るものは歴代町長のみと言われている。

 

一説によれば、その文字を解読できた者には、ポップ・マーカストンからの遺言が与えられると伝えられているが、それを解読できた者は現在まで現れていないため、その詳細は不明である。

 

そしてもう一つ、この町の特徴としては町長が魔物である事に加えて、頻繁に町中で魔物の姿が見受けられる事もあげられる。大魔王戦役以後、人間の町に邪気の無い魔物が訪れる事が珍しくなくなったとはいえ、この町ほど人の生活に魔物が溶け込んでいる町は、ラインリバー大陸で大ネズミが村長を務めているとある村を除けば、ここだけと言える。

 

この町を訪れる魔物の多くは、ギルドメインの森奥深くにあるエウレカの里の民であるが、彼らは定期的にこの町で露店を開いている。時折ベンガーナ市場に高品質な魔結晶や魔道具が出回る事があるが、その出所がこの露店である事はベンガーナ国で商売をする者なら誰でも知っている事実である。

 

また、彼らエウレカの民は町の子供達にも慕われているが、その理由は彼らが毎年冬の始めになると町の外れにあるため池の水を凍らせ、スケートリンクとして開放する役割を果たしているためである。

 

元々このアイススケートという遊びはポップ・マーカストンの考案とされており、当時は無料の子供の遊び場であったが、現在は成人した者は有料となっている。なだらかな坂道を登り切った先の受付で町職員と魔物が席を並べて働いているのは、この町の冬の見慣れた光景となっている。

 

オーザム国を除けばスケートリンクが存在するのはこの町のみであり、4年に一度オーザムの町とランカークスの町で交互に開かれているスケート大会は、今では全世界から出場者が殺到するほどの人気競技となっている。

 

なお、余談であるが、大魔王戦役終結後ポップ・マーカストンが家族を連れてこのアイスリンクを訪れた際に、彼の妻の1人であるマァム・マーカストンが記録した30回転半(トリジンタプル・アクセル)は、非公式記録(※記録者が目で追えなかったため本人の自己申告)でありながらも現在まで破られていない人外の記録として、スケート愛好者には広く知られている。

 

さて、その魔物達であるが、運良く大魔王戦役当時からエウレカの里で暮らしていた魔物に町中で出会う事があれば、彼らの口から彼らと親交のあったポップ・マーカストンの知られざる一面を聞く事もできる。その語られる話は、ポップ・マーカストンの飾らない人間味あふれるエピソードが多く、その言葉の節々から今でも彼らが故人となったポップ・マーカストンを慕っている様子が見て取れる。

 

今年はポップ・マーカストン没後80年にあたる節目の年であり、彼を偲ぶ様々な祭事がランカークスの町でも予定されている。故人に想いをはせる事を望むなら、是非この機会にランカークスの町を訪問する事をお勧めしたい。

 

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