転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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124話 VS 鬼岩城 ① 魔王軍の襲撃

ホルキア大陸の南端から更に南へ約300kmの沖合。つい今しがた海上で発生した爆裂呪文(イオ)の連鎖爆発の影響で、肌を切りつけるような冷気の風が荒れ狂い、流氷漂う海原は大きくさざめいていた。

 

背後にうっすらと見える北方の大陸マルノーラの輪郭を背にし、瞬間移動呪文(ルーラ)を急制動して佇むは、それぞれが白と黒を基調とした衣服を纏った2体の魔族。その内の黒を基調とした道化師のような恰好をした男の左腕には、年若い黒髪の少女が抱えられていた。

 

対して、彼らと20m程の距離を挟み、彼らの行く手を遮る様にして佇んでいるのは、先ほど彼らの頭越しに爆裂呪文を立て続けに炸裂させる事でその動きを止めた緑衣の魔術師だった。

 

「んーー! ん、んーー!」

 

口に添えられた荒縄によって満足に声を発する事の出来ない少女が、目の前の魔術師を見て、声にならない叫び声を上げる。

 

自身の腕の中で身じろぎをする黒髪の少女に僅かに視線をやった道化師が、「クククッ」と目の前の魔術師を嘲笑するかのような笑い声を上げた。

 

「ウフフフ。この娘には、僕の気配を何故察知できたのかをじっくりと尋ねるつもりだったんだけど、まさか君がこれほどこの娘に執着を示すとはね。駄目じゃないか、呼んでもいない観客が勝手に舞台に上がって来ては」

 

「……」

 

道化師がひやりとした殺意を隠すかのような陽気な声を上げる一方、傍らの白い長套を纏った男はそれとは対照的に、目の前の魔術師にただ無言の殺意を放つ。

 

だが、緑衣の魔術師は2人から注がれるその背筋の凍るような殺意を真正面から受け止め、逆に険しい視線を彼らに向ける。

 

「よく言う……。観客を無理やり舞台に引っ張り上げたのは、お前が先だろうが。お前の血塗られた舞台に、その子は不釣り合いなんだよ。さあ、大賢者の名にかけて、その子を返してもらうぞ……!」

 

その言葉と共に、2人の魔族にも決して劣らない殺気を放つ緑衣の魔術師。魔術師と2体の魔族との間に、一触即発の空気が漂った。

 

 

 

 

 

刻は、数刻前に遡る。

 

 

~~~~パプニカ王国 アシムの港町 沖合~~~~

 

 

祖父の代からアシムの町で漁師業を営んでいるククリ(33歳)は、その日弟と共に太陽が水平線から顔を出す前から、沖合に船を出して漁を行っていた。魔王復活後は海にも危険な魔物が出没するようになったが、ホルキア大陸から魔王軍を一掃できてからは、よほど沖合に行かない限り怖い魔物と出くわす事もなくなった。

 

最初に異変に気がついたのは、ククリの4つ下の弟キリコだった。規則的に凪いでいた波が突如として不規則となり、漁船が大きく揺らいだため、キリコが網を手繰っていた手を思わず止めて顔を上げた。

 

「な、なあ兄貴。今の波は何だろう……? それに、これは霧? こんな時間にどうして……」

 

既に太陽は最も高い位置に昇っているはずだった。しかし、どうしたわけかその太陽を覆い隠すような濃霧が、いつの間にやら辺り一帯を覆っていた。

 

言いようのない不安に駆られたのは、キリコだけではなかった。既にククリも、ゴクリとつばを飲み込みながら周囲をキョロキョロと見渡していた。

 

「――!? う、うわぁああーー!」

 

突然キリコが大声を上げて、指を空高くさした。直ぐにククリがその指の先を見つめる。するとそこには、深い霧の中、遙か上空でまるで両目のように見える何かが二つ、血のような赤い光を発していた。

 

 

兄弟にとって幸運だったのは、その漁船の大きさが霧の中に存在する巨大な何かに対してあまりに小さく、それ故にその不気味に光る赤い目にとまらなかった事だろう。

 

帆を限界まで張ってアシムの港町に帰港せんと急ぐ漁船の横を、その巨大な何かはブオーン、ブオーンと低い駆動音を発しながら、パプニカの町に向かっていた。

 

 

 

 

 

~~~~ パプニカ王国 大礼拝堂 ~~~~

 

 

大礼拝堂の最上階では、現存する各国の首脳が集まり世界会議が開催されていた。その場には、主催者であるパプニカ王国第1王女レオナを始め、ベンガーナ王国クルテマッカⅦ世、ロモス王国シナナ王、テラン王国フォルケン王、そして既に壊滅したリンガイア王国の元将軍バウスンが、中央に設置されたテーブルを囲むように席に着いていた。

 

この会議は、レオナがポップに先日語っていたように、魔王軍に対抗するため各国が一致団結して立ち向かう事を決意する目的で、彼女が各国首脳に声をかけて実現していた会議であった。

 

当然この会議の開催自体を魔王軍に知られる事を避けるため、レオナはあらかじめ各国首脳には一見それと分からないよう密かにこの地に集まる事を要請していた。

 

しかし、軍事大国であるベンガーナ王国クルテマッカⅦ世が、一目でそれと分かる軍艦に自国の誇る戦車部隊を載せてこの地に現れた事から、会議は冒頭から紛糾していた。

 

「はっはっは。魔王軍など、恐るるに足らぬわ。失礼だが、パプニカの町こそこのような有様だが、我がベンガーナの首都は傷一つついてはおらぬ。それこそ、魔王軍が我がベンガーナを恐れている何よりの証拠よ」

 

そう高笑いをするクルテマッカに、レオナは何かを言いかけたが悔しげに俯いた。レオナは知っている。ほんの数日前に密かにアバンの使徒達とベンガーナの町を訪れた際、1体のヒドラと5体のドラゴン、それに数十体のサタンパピーの襲撃をベンガーナの町が受けた事を。

本来であれば、その際に無視できないほどの被害をベンガーナの町が受けた事は間違いないが、その襲撃は偶然居合わせたアバンの使徒達の活躍により軽微な被害で終わった。

 

その件に深くかかわっていたレオナは騒ぎを大きくする事を避けるために、ベンガーナの守備隊に撃退の功を譲っていた。恐らくはそれもあって、クルテマッカはその襲撃を自国の戦力のみで撃退したと考えているのだろうが、今更ながらにレオナはあの時の自分の判断が正しかったのか、葛藤する羽目になっていた。

 

そのレオナの葛藤を余所に、レオナを除けばこの場で最も魔王軍の脅威を肌で感じているであろう男が口を開く。その男は、すでに亡国と言っていいリンガイア王国で、かつて智将あるいは猛将とも唄われた将軍バウスンだった。

 

「クルテマッカ王はそのようにおっしゃっておられるが、城塞都市と唄われた我がリンガイア王国は魔王軍の侵攻によって僅か1週間で壊滅しました。失礼ながら、貴国が今健在なのは、魔王軍がベンガーナ王国の攻略に本腰を入れていないためでは無いですかな?」

 

そう眼光鋭くバウスンに言葉をぶつけられたクルテマッカは、激高して「――無礼な!」と席を蹴って立ち上がる。同時に、壁際で待機しているクルテマッカの側近達もバウスンに厳しい視線を向ける。その目は一様に、『国を守れなかった敗軍の将が何を言う……!』と、如実に語っていた。

 

レオナはその様子、特にバウスンの態度に僅かに違和感を持った。リンガイアの宿将バウスンの勇名は遠くこのホルキア大陸まで鳴り響いている。そして同時に、その人柄は将軍とは思えないほど温和な人物だとも聞いていた。

 

しかし、先のバウスンの言葉は正鵠を射てはいるものの、他国の王に対して少々配慮に欠けた発言だった。智将バウスンなら、自身の発言に相手がどう反応するか程度の事は承知しているはずなのに、と……。

 

当のバウスンは、自身を忌々しげに睨み付けるクルテマッカ及び壁際に直立している彼の側近達を、ただ冷めた表情で見つめていた。

 

バウスンは、既に自国の王族がリンガイアの城壁が破られたあの日に亡くなられたであろう事を悟っていた。バウスンは、最後まで王城近くの王族のみが知る洞窟内に秘匿された港で国王夫妻やその家族が来るのを待っていたが、その港にやってきたのはおびただしい返り血をその身に浴びた魔物共だけだった。

 

既に一人息子の死を悟っていたバウスンは、その地を自身の墓標とする事を決意したが、彼のその決意を部下達が必死の思いで止めた。一人でも多くのリンガイアの民を救うため、将軍はまだ死んではならないと、彼らは切々に訴えていた。

 

その言葉に苦渋の思いで従ったバウスンだったが、あの日から今日までの日々胸中を占めたのは、一人息子ノヴァに対する悔恨の思いだった。それは、戦場で彼が敗れた事ではない。父として、息子に十分な教育を受けさせてやれなかった事に対する悔恨の念だった。

 

バウスンは、クルテマッカから目を剃らし、そっとレオナに視線を向ける。パプニカ王国第1王女レオナ。一度は国を追われたものの、父の死を乗り越えアバンの使徒の助力を得て再び国を奪還。

現在はアバンの使徒に対して全面的な後援を行いつつ、まだ成人してもいない歳でこうして魔王軍に対する世界規模での反攻作戦の音頭をとっている傑物。今勇者と呼ばれているまだ見ぬダイという少年は、この姫の伝手によって勇者アバンの指導を受けられたというではないか。

 

……対して、自分はどうか。勇者アバンと知己を得ていながら、息子にその指導を与えてやることすらできなかった。勇者アバンが城に来たあの日に、息子を彼に師事させる事ができてさえいれば、息子にもまた違った結果が訪れたのではないか。そんな忸怩たる思いが、今バウスンの胸中を占めていた。

 

クルテマッカとバウスンの対立を見ていたロモス国王シナナが、両者の間を取り持つように口を開く。

 

「……クルテマッカ王。貴国の軍事力は万民が認める所であるが、魔王軍の力は想像を絶しておる。それは、2度も国家存亡の危機に陥った儂がよう分かっておる。互いに不愉快な例えかもしれぬが、もし貴国が城塞都市と唄われたリンガイア王国に攻め入ったとして、僅か1週間でかの国を滅ぼせるとお思いか?」

 

「む……! そ、それは……」

シナナ王のその言葉に、クルテマッカは言葉を詰まらせた。負けるとは思わない。しかし、リンガイア王国は、近隣にまで名を響かせるバウスン親子を擁し、かつカルッサという馬より身軽かつ賢い鳥に騎乗した屈強な戦士団を有していた。更にあの堅個な城壁も加味するとなると、とてもではないが1週間で勝利を収める事など不可能だと思わざるを得なかった。

 

しかしクルテマッカは、それでも自国の軍事力を信じていた。先日ベンガーナの町を襲った2度に渡る魔王軍の襲撃の話は臣下から聞いている。1度目はドラゴンの上陸は許したものの、精強な自国の守備隊の獅子奮迅の活躍によって討伐に成功。その際、偶然その場に行き合わせた冒険者も多少の力になったとの報告を受けはしたものの、勝利の立役者は守備隊であったと報告を受けている。

 

また、その数日後にあった2度目の襲撃は空飛ぶドラゴンの襲来であったが、それもごく短時間のもので、多少の死者は出たものの守備隊の反撃にあって這々(ほうほう)の体でドラゴンは退散したと聞いている。

 

やはり、我が国の軍事力に疑いの余地は無い、と再びクルテマッカが大きく胸を張る。

 

「ふんっ。城塞都市であるリンガイアの防御力は認めるが、攻撃こそ最大の防御よ。儂はここパプニカへ、我が国の誇る新鋭艦『アレス』を乗り付けてきておる。後で皆を甲板に案内して――『ドォォォーーン!!』」

 

その時、突如耳を覆わんばかりの轟音が部屋中に響いた。

 

その突然の轟音に、皆が何事かと、大礼拝堂の四面に備えられているバルコニーに飛び出す。そんな彼らの目に映ったのは、あろうことか宙を飛ぶ軍艦の姿だった。

 

「ア、アレスが空を飛んでいるだと!?」

 

驚愕に目を大きく見開いたクルテマッカ。先ほど皆を案内すると言ったばかりの自国の船のありえない光景に彼は、わなわなと震えていた。

 

最も早く平静を取り戻したバウスンが港を指し示す。皆がそこに目を移した瞬間、絶句した。湾内には、巨大な、……あまりにも巨大な山のような大きさの異形の化け物がいた。

 

 

 

軍艦を破壊され激高したクルテマッカの命で迎撃に出た戦車隊の大砲が、異形の化け物に対して一斉に火を噴いた。だが、もうもうとした黒煙の中から再び姿を現したその化け物に、ダメージを受けた様子は見受けられない。いや、それどころか、異形の化け物の胸部からはずらっと並ぶ大砲が姿を現し、戦車隊に対してその砲身を向けていた。

 

 

 

海岸線に展開されたベンガーナの戦車隊の車列から火球が次々と発生する。それを絶望的な思いで見ていた彼らの側に、突然瞬間移動呪文(ルーラ)の光が着弾した。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ちっ、もう戦端が開かれていやがる。目を開く前から鼻に漂う火薬と物が燃える燻った匂いが、それを俺に知らせていた。

 

パプニカ王国の大礼拝堂のバルコニーに着地した俺達は、眼下に広がる光景に目を奪われた。既にパプニカの城下町はパニックになっている。そして、海上には……。

 

俺と共に瞬間移動呪文(ルーラ)でこの地に戻ってきたマァム、メルル、チウ、ゴメも、言葉を出す事もできずに海上を凝視している。もちろんそれは俺も同様だった。

 

おいおい、何だよあれは……。ゴジラ……、いや、ウルトラマンがいる世界じゃないんだぞ。こんなの、俺達じゃなくてワンダバの出番だろうがよ。しかし、あの見た目からすると、どうやらあれがおっさん達が言っていた忽然と姿を消した鬼岩城なんだろうな。

 

どうにかその圧倒的な異様から視線を剥がした俺は、今にもそれが上陸寸前の町並みに視線を移す。巨大な鬼岩城が海から迫って来ている事もあって、特に港周辺の騒乱が酷い事になっているようだ。意味が分からない事に、巨大な軍艦が陸上にある建物の屋根に頭から突き刺さっていて、もうもうと黒煙を上げていた。

 

畜生……! せっかく復興が始まったばかりだっていうのに、またこんな事に……!

 

「ポップ君! それに皆も、よく帰ってきてくれたわ!」

 

俺達がバルコニーに着地した事に気がついた姫さんが喜色を浮かべて、俺達を出迎えてくれた。しかし、直ぐに肝心の奴がいない事に気がついたようで、「ダイ君は!?」と姫さんは驚きの声を上げた。

 

俺達は簡単にダイの現状と、何故この危難に気がついたのかをその場にいた全員に伝える。ああ、3日前にロモスで会ったばかりのシナナ王もいるな。俺の視線に気がついたのか、シナナ王が僅かに頷きを返してくれたので、俺もそっと黙礼をする。

 

後はフォルケン王と……おや、懐かしい顔だ。ベンガーナ国王クルテマッカだな。昨年アバン先生と謁見した時以来だ。相変わらず、居丈高な顔をしているな。俺の事を覚えているかな? ああいうタイプは俺は生理的に好きで無いから、忘れてくれていると嬉しいんだが、念のためあまり近づかないようにしよう。俺は、クルテマッカの視線が姫さんで隠れる立ち位置まで、できるだけ自然に見えるよう移動する。

 

……? あの偉丈夫は、初めて見る顔だな。戦士としても十分な練度に達してそうだが、それ以上に、この非常時でも冷静に現状を把握しようとしている理性的な目が特に印象に残る御仁だ。

 

もしかして、あの人がノヴァの父親のバウスン将軍か? 俺はあの日結局バウスン将軍と会っていないから確証は無いが、もしそうだったら早くノヴァの無事を伝えてやらないとな。とはいえ、今は緊急事態だ。その辺りの話は後にしよう。

 

その時、突如海上の鬼岩城からパプニカの町全体に聞こえるほどの暗い声が響き、俺は鬼岩城を再び凝視する。マジで、ゴジラやウルトラマンと取っ組み合いが出来そうな程のとんでもない大きさの怪物だ。

 

ギルドメイン大陸のとある場所から動き出す描写は原作知識で知っていたが、こうして足を生やして動いている所を実際に見ると壮観だな。その下半身は岩そのものだが、胸部より上はパルテノン神殿と城が岩間に融合したようになっており、その胸部からはいくつもの大砲が顔を覗かせていた。これではまるで、動く要塞だ。

 

 

「……パプニカ王女レオナよ……。……そして世界の指導者たちよ……。我は偉大なる大魔王バーン様の配下……魔影軍団長ミストバーンである……!」

 

ミストバーン……。バルジの島ではフラフラ動き回って戦場を掻き回した挙句、結局何がしたかったのか分からない正体不明の軍団長だな。

 

「……命令する。……死ね。お前達には一片の存在価値も無い。大魔王バーン様の待望の花を汚す害虫だ……。……降伏する事も許さぬ……。死ね! この国ごと地上から消えよ! バーン様のお耳に届くよう精いっぱい大きな最後の叫びをあげてな……!!」

 

そのミストバーンの死の宣告と共に、鬼岩城の胸部より多数の動く甲冑(リビングアーマー)がわらわらと出現する。その動く甲冑(リビングアーマー)は、鬼岩城の両手に乗って次々と港に降り立つ。

 

姫さん達世界の指導者達がその言葉に目を剝き、息をする事を忘れたかのように鬼岩城を見つめる。駄目だな、バウスンも含めた皆が先ほどの人を人とも思っていない冷酷無比な死刑宣告に圧倒されてしまっている。

 

そんな沈んだ空気を察した俺は、ことさらに余裕の表情を浮かべて虚勢を張る。アバン先生ならどうするだろう……と、こういう時にあの人が取るであろう所作を脳裏に思い浮かべて。

 

「ははっ。言うねえ、ミストバーン。だけど俺の故郷には、『一寸の虫にも五分の魂』って言葉があるんだぜ? そうやって人間を虫けら扱いして見下していると、いつの間にか足下を崩されている事になるかもよ?」

 

俺の言葉に、皆がはじかれたように俺を見つめる。そうだ、呑まれている場合じゃないぜ、皆。

 

「どうしたんだよ、姫さん。いつものお転婆ぶりがなりを潜めているじゃないか。あんな玩具に怖じ気づくなんて、姫さんらしくないんじゃないか? そんな弱気じゃあ、ダイを、あいつにできた新しいガールフレンドに取られちまうぜ?」

 

俺の言葉に、姫さんの薄緑色の瞳に魔王軍に対する反骨の光が徐々に灯っていく。俺が望んだ彼女らしい笑みをその顔に浮かべるまで、さほどの時間は必要としなかった。

 

「言ってくれるじゃない、ポップ君。でも、そうね。ちょっと私らしくなかったわね」

 

そう言った姫さんは指導者達を振り返り、今の自分達に出来ることをやろうと発破をかける。その様子を見てもう大丈夫だと思った俺は、「姫さん、あのデカ物の相手は俺達がするから、こっちは任せたぜ」と伝える。

 

「分かったわ。ポップ君達も気をつけてね! それと、ダイ君に出来た新しいガールフレンドの事、後でちゃんと聞かせて貰うわよ!」

 

ようやくいつもの調子が戻った姫さんが、俺達をそう激励する。同時に、ダイのガールフレンドについて食いついてきたので、「それはダイに直接聞いてくれ」と返す。

 

姫さんとそんなやりとりをしている俺をクルテマッカが何か言いたそうに見ていたが、俺はことさらそれに気づかないふりをして、バルコニーから町の状況を確認する。

 

どうやら防衛線は港と町の間に構築されているようだが、至る所で煙が立ち上がっている。時折ドーン、ドーンと大砲の炸裂する音を発しているあの戦車部隊は、見覚えがあるな。そうか、ベンガーナ王国の軍か。だが、こうしている間にも大砲の音が徐々に減ってきている事から、その戦車部隊は壊滅的な被害を受け始めているように思える。

 

遠目で分からないが、あの防衛線の何処かにおっさんがいるだろうから、まずはそちらと合流すべきだな。……ヒュンケルはいるのかな? まあ、あいつはいつも最適なタイミングで現れる星の下に生まれているから、必要な時にやって来てくれるだろう。

 

俺はマァムとチウに手を差し出した。この程度の距離なら、2人を手で引いて飛んでもさすがに腕が保たないという事はないはずだ。ていうか、こんな目立つ所でマァムにおんぶされるのは絶対に嫌だ。メルルとゴメは留守番だな。

 

俺はメルルに姫さんの側にいるように伝えて、マァムとチウを連れて飛翔呪文(トベルーラ)の魔法を唱えようとした。

 

しかしその寸前、「待ってください、ポップさん!」と、俺を制止する声が飛んだ。

 

 

 

 

 

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side クルテマッカ

 

 

「陛下、もうすぐパプニカの港が見えて参ります」

 

ベンガーナの港を出て3日目の事だった。新鋭艦『アレス』の看板上で風に当たっていた儂に、側近の1人がそう報告を上げてきた。

 

「うむ、そうか。予定より2日も早いとは、アレスは流石に脚が早いな」

 

「はっ。アレスは我が国の最新技術を惜しみなく投入して建造した新鋭艦です。その名の通り、世界を見渡しても現在この艦と並ぶ脚の船は、同型艦のアル・アレス以外ありますまい」

 

技術士官上がりの側近の言葉に儂は頷きを返す。うむ、アレスとは古代語で『翼』という意味を持つ。まこと、空を飛ぶかのような快速を誇るこの艦にふさわしき名よ。

 

だが、この艦はただ脚が速いだけでは無い。ロモス王家所有の大型船『ルビス』のような魔物を近づけさせない機能は有しておらぬが、この艦は近づく魔物を殲滅する能力に長けておる。儂は、両舷に備え付けられている合計48門の大砲に視線を向ける。ふふふ。脚が速いがために、これが火を噴く所を今日まで見られなかったのが残念でならんな。

 

儂がそんな事を考えている間にもアレスはその快速を飛ばし、白波を立てながら順調に航海を続けている。ふっふっふ。各国の王も、この船を見て目を丸くする事だろうて。

 

パプニカからの使者であるエイミと申す者が気球を使ってベンガーナまで謁見に来たのはいつだったか。聞けば、魔王軍の脅威に対抗するための世界会議をパプニカで開催したいとの申し入れだった。

 

パプニカと言えば、一度は魔王軍の攻勢に屈し滅びた後、再度奪還を果たしたと聞いていた。しかし、一度滅びたのではまだ復興の最中であろうに、そのような大それた申し入れを各国に行う余裕があるとは……。

 

「パプニカの現在の君主は、第1王女のレオナといったか?」

 

儂の問いかけに、別の側近が「はっ、その通りです」と返事を返す。

 

「ふむ……。一度宴席で会った事があるな。儂の記憶が確かなら、まだ成人もしていない歳だったと思うが、なかなか思い切った真似をする。しかし、魔王軍に対する諸王の旗頭を務めるには、いささか荷が勝ちすぎであろう。会合の後は、年長者である儂が先頭に立って旗頭となってやらんとな。わっはっは!」

 

クルテマッカの言葉に、側近達は「まことに、まことに。そのような大それた試みこそ、我らがベンガーナが中心にならねばなりません」と相づちを打つ。

 

気をよくした儂は、一つの疑問を頭に浮かべる。

 

「ところで、パプニカはアバンの使徒とやらを抱え込んでいると聞くが、彼らの力はいかほどのものであろうな?」

 

「はて……。市井では、ロモスに侵攻してきた町を埋め尽くすほどの魔物をただ一つの魔法で退却させた、と言われる『氷の賢者』なる者がよく話題に上がっているようですが、にわかには信じがたい話ですな」

 

「はっはっは。誇張もそこまでいくと、大したものだ。たかが魔法一つがそのような力を発揮するなど聞いた事がないわ」

 

もとより儂は、魔法の力などに大して期待をしておらぬ。彼ら魔法使い共の放つ魔法の威力は、せいぜいが大砲一発分程度の力でしか無い。その上、魔法力が尽きれば彼らは無用の長物と化す。それよりは、誰でも一定の練度に達してさえいれば無限に放つ事が可能な大砲の方が、威力も継戦力も確かで遙かに有用だ。

 

しかし、『氷の賢者』か。そう言えば、昨年アバンと会談した折に紹介された弟子が、賢者見習いの子供では無かったか。確かベンガーナ国出身と言っていたはずだが、もしやあの時の子供が……? ふむ、名は、なんと言ったかな。……ポッポ? いや、ポポだったか?

 

まあ、名などどうでも良いわ。我が国出身という縁もある事だ。儂の度量を示すためにも、もしあの時の子供と会う事があれば、我が国で雇ってやっても良いだろう。賢者というからには、回復魔法の一つも使えよう。目端が利くようなら、儂の側近に取り立ててやっても良い。

カールもリンガイアも滅んだ今、ギルドメイン大陸で唯一の強国となったベンガーナに仕える事ができるのだ。きっと、ポポとやらも感涙にむせび泣いて喜ぶ事だろう。

 

儂がそんな事を考えていた時、遠方にかすかに灯台らしき建物が儂の視界に入ってきた。待っておれよ、諸王達よ。ベンガーナが、いや、儂が来たからには大船に乗ったつもりでいると良い。

 

そして魔王軍よ。今日この日からお前達は震えて眠れ。ベンガーナは、悪には決して容赦せぬ。魔王軍の首魁、大魔王バーンと言ったか。儂の目の黒いうちに事を起こしたのがお前の運の尽きだ。本気を出したベンガーナの力で、魔王軍如き魔界に叩き返してくれるわ!

 

 

 

儂は、我が目を疑わんばかりの目の前の光景に、ただ息を呑むばかりだった。我がベンガーナ国が威信をかけて建造した翼の名を冠する新鋭艦が、今儂の目の前で空を飛んでいるのだ。これは現実の事なのか……? 頭がうまく働かぬ。船が空を飛ぶ。そんな機能が付与されているなど、国の技術者共からは聞いた事がない。

 

「おいっ! アレスに本当に空を飛ぶ機能をつけていたなど、儂は聞いておらなんだぞ!」

 

「はっ!? わ、私もそのような報告は受けておりませぬ!」

 

儂と同様に、驚愕の表情を浮かべてその光景を見ておった側近が、泡を食った様子で唾を飛ばした。

 

「で、ではなぜ――「落ち着かれよ、クルテマッカ王」」

 

儂の言葉を遮ったのは、先ほど儂に無礼な態度をとったリンガイアの将軍バウスンだった。バウスンは続ける。

 

「いかなる船も空を飛んだりはしません。あの船は飛んだのでは無く、放り投げられたのです」

 

「ほ、……放り投げられただと!? 船をか!? そなた、いったい何を……!」

 

バウスンは儂の言葉に無言のまま、港の方を指さした。その指の先を見つめた儂は、これ以上驚く事がまだあったのか、という程の更なる驚きの光景をこの目で見る事となった。

 

そこには、全身岩で出来た山のような大きさの化け物がいた。その化け物を見た瞬間に、儂も悟った。この化け物が、まるで虫けらを摘まんで排除するかのように、無造作にアレスを掴んで放り投げたのだ。

 

誰かが発したと思われるゴクッ、と唾を飲む音が儂の耳に届く。いや、それを発したのは儂だったか。

 

おのれ……! 屈辱にうち震えた儂は、バルコニーから身を乗り出す様にして、大礼拝堂の周囲に整然と待機させていたベンガーナが誇る戦車隊に檄を飛ばした。

 

「アキィーームッ!! 戦車部隊を出撃させろ! 我がベンガーナ軍の真の力を見せてやるのだっ!!」

 

「はっ!! かしこまりましたっ!!」

 

儂は、先陣を切って港に向かって駆けていく戦車部隊を見送った。我が国の誇る戦車部隊ならきっとあの図体ばかりでかい岩の化け物を倒してくれる。そう信じて……。

 

 

 

……信じられん。儂は夢でも見ておるのか。儂の自慢の戦車部隊が、一瞬で全滅の憂き目に合うなど。あの部隊は、アキームを筆頭に我が国の最精鋭を連れてきていたのだぞ。あのような化け物、これまでわが国には現れなんだ。

 

まさか、リンガイアの将軍バウスンの言葉が正しいのか……? 本当に、魔王軍は我が国に対して本腰を入れていなかっただけなのか? だとしたら、どうなるのだ。我が国の軍事力が、どの国よりも優れている事は間違いない事実であろう。その我が国の力が通じず、どのように魔王軍に対抗するというのか。

 

ドォーーーーンッ!

 

建物に垂直に突き刺さったまま黒煙を燻らせていたアレスが、突如轟音と共に爆散した。恐らく積み込んでいた大砲の火薬に炎が引火したのであろう。一度もその大砲が火を吹く事無く、ただの残骸と化したアレス。

 

儂の胸中を、絶望の帳が降りていく。駄目だ……。魔王軍とは、人間如きが太刀打ちできる存在では無かった。今日より震えて眠る事になるのは儂の方だった。いや、震えるどころか、永遠の眠りが今にも儂に訪れようとしている。

 

その時、突如儂の視界の端を光の矢がかすめ、直後この場に冒険者の格好をした者達が現れた。

 

魔法使い然とした格好の少年が1人。武闘家らしき少女もいる。後は、占い師……か。それに、獣人? 突然の乱入者に儂の護衛達の間に緊張が走るが、何故かパプニカの3賢者、ロモスの兵達は相好を崩してその乱入者を迎え入れる。

 

なるほど、彼らがアバンの使徒か……。パプニカのレオナ姫の言葉で儂は彼らがアバンの使徒である事を理解した。どうやら勇者は、剣の完成を優先させたため彼らと共には来なかったようだ。

 

しかし、剣だと……? 馬鹿馬鹿しい。新鋭艦も、戦車部隊も、あの異形の化け物によって、虫けらの如く薙ぎ払われたというのに、剣一本でいったい何をするつもりなのか。

 

あの化け物を操っているらしきミストバーンなる者の死刑宣告が、パプニカの町全体に響き渡るように発せられた。害虫……。この世に生を受けてからこれまで、そのような言葉を投げかけられた事など無かった。だが、儂はその言葉に反発するどころか、それを受け入れるかのように拳を握りしめ、ワナワナと震える事しか出来なかった。人間とは、これほど無力なのか……!

 

しかし――。

 

「ははっ。言うねえ、ミストバーン。だけど俺の故郷には、『一寸の虫にも五分の魂』って言葉があるんだぜ? そうやって人間を虫けら扱いして見下していると、いつの間にか足下を崩されている事になるかもよ?」

 

そう発して不敵な笑みを浮かべたのは、緑色のローブを羽織り魔法使い然とした背格好の少年だった。この男、どこかで……。

 

『……ランカークス村のポップと申します。以後、お見知りおきください』

 

不意に1年前の記憶が、儂の脳裏を電流のように走った。そうだ、この少年だ。ちょうど1年程前に儂に謁見し、型どおりの挨拶をしたあの少年。記憶にある姿よりも背が伸びている。その顔つきに精悍さが加わってもいる。そして何よりも、……そして何よりも――。

 

不思議だ……。背格好も容貌も、口調すらまるで異なるというのに、この少年の佇まいが儂にあの男を連想させる。そう、あの男だ。あの男が醸し出す、言葉で言い表す事の困難な独特な空気感……。儂の周囲にいないタイプの人間であり、どこかそれを好ましいものと考え、それ故に我が国の騎士団長として迎え入れようとしたあの男。

 

……勇者アバン。

 

 

 

何故か儂は、この少年に勇者アバンの姿を重ねて見ていた……。

 

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