転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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125話 VS 鬼岩城 ② パプニカ攻防戦

カーン、カーン、カーン……。

 

直径5mにも満たない円筒状の薄暗い空間に、靴が硬い石床を踏みしめる乾いた音が反響していた。

 

「はぁっ、はぁっ! だ、大丈夫ですか、テムジン様?」

 

長い螺旋階段の先頭を走って登っている青年が、肩越しに背後を振り返りそう言葉をかけた。その青年に遅れる事、数段後ろで壁に手を突きながらもどうにかついてきているのは、高齢の文官 テムジンだった。

 

テムジンは、「ハアッ、ハアッ……。あ……、ああ、私の事は気にせずにオルソン君は先に行きなさい。私は、……休み休み行かせてもらうから……」と、息も絶え絶えの様子で返事を返す。

 

「そういう訳にはいきません、テムジン様。さあ、もう少しで頂上ですよ。頑張って!」

 

オルソンと呼ばれた青年は既に登った階段を数段降りて、半ばその場に崩れ落ちかけていたテムジンを起こして、その肩を貸した。そして2人は、狭い階段を並んでゆっくりと登り始めた。

 

パプニカの町の港区画の片隅にたたずむ灯台の中には、彼ら2人しかいなかった。先ほど最下層にある外部と繋がる扉の鍵を固く施錠した彼らは、一度は降りた螺旋階段を再び登り始めた所だった。その螺旋階段は、30mほどの高さの円筒形の灯台の内壁をぐるりととり囲むようにして、設置されていた。

 

彼らが今この灯台を登っているのには、理由があった。それは、今より1時間ほど前まで遡る。世界会議の晩餐会で供される食材の買い付けに港区まで来ていたテムジンに、灯台の管理人であるオルソンが息せき切って駆け寄り、言ったのだった。

 

それは、隣町のアシムの港町からの光を使った連絡で、正体不明の巨大な怪物が海上よりここパプニカに向かってきているといったものだった。アシムの港町とパプニカの町との灯台を用いた連絡手段の構築は、つい先日王女レオナの随行としてアシムの港町に行ったテムジンが発案したばかりのものだった。

 

即座に海岸にほど近い港区画の人々を避難させなければならないと考えたテムジンは、灯台管理人のオルソンの手を借りて、灯台に備え付けられていた拡声器の魔道具を用いて避難を呼びかけた。それが功を奏し、ほとんどの人々が内陸部の方に避難が出来たが、その間にも巨大な怪物が間近に迫っており、彼らが灯台から脱出しようとした時には、既に灯台の周辺は動く甲冑(リビングアーマー)の集団に囲まれてしまっていた。

 

今は、先ほど施錠した最下層にある鉄製の扉のおかげで魔物共は灯台内に入り込めていないが、その扉を壊そうと剣をたたき付けているのか、ガンガンという耳障りな音が、灯台内部に取り残された2人の耳に否応もなく届いていた。

 

テムジンは、自身に肩を貸してくれているオルソンに顔を向け、苦渋の表情を浮かべた。

 

「すまなかったね、オルソン君。私の仕事に君まで付き合わせてしまって……」

 

「いえ、テムジン様のお手伝いができて良かったですよ。俺の母さん、港区画で働いているんです。テムジン様のおかげで、今頃は避難ができているでしょう。本当にありがとうございます」

 

そう言って笑みを浮かべるオルソンの顔を見てテムジンは、自身の力でこの気の良い青年を救うにはどうすればよいか、思案していた。

 

その時だった。

 

耳をつんざくような爆音が2人の耳に届き、突如として灯台が激しく揺れた。その揺れにバランスを崩したテムジンは灯台の内壁に手をつき、同時にオルソンは手すりをきつく握りしめた。そんな2人に、振動で壁の一部が剥がれたのか、パラパラと内壁の欠片が降りそそぐ。

 

突如発生した振動が収まった後、互いに顔を見合わせる2人。2人の表情には、一体何が、と疑問符が浮かんでいたが、気を取り直してどうにか最上階にたどり着いた。

 

そして2人が眼下を見下ろすと、灯台の周囲にあれほどたくさん蠢いていた動く甲冑(リビングアーマー)の集団が、見る影もないほど破壊尽くされていた。動く甲冑(リビングアーマー)の纏っていた鋼鉄の甲冑が、まるで布を引き絞ったかのようにひしゃげ、千切れ、圧壊していた。

 

その光景を呆然と見ている2人の耳に、再び『ドドドドーン!』という、先ほどと同じ爆発音が届く。

 

その音に2人が遠くの海岸線に目をやると、東西に延びている海岸線の東から西に向かって次々に地上で爆発が発生していた。その爆発によって、重たい甲冑を着込んだ動く甲冑(リビングアーマー)が、まるで紙吹雪のように宙を舞っている。

 

「い、いったい、あれは……」と、呆然とした様子で呟くオルソン。

 

そのオルソンの隣でテムジンは、その連続して発生している爆炎の上空を滑空する緑衣のローブを纏った見知った人物の姿を見つけ、心の中で感謝の言葉を述べていた。

 

……ありがとうございます、ポップ殿、と。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ドドドドーン!

 

 

東西に延びる長い海岸線を東から西に向かって滑空していた俺の背中を、爆裂呪文(イオ)による爆発音と爆風が打ちつける。

 

俺の左手に捕まっているチウが背後を振り返って、「……す、凄い……」と唖然とした表情で言葉を発した。

 

俺は大礼拝堂を飛び出した後、海岸線を一直線に東から西に向かって飛翔しつつ、眼下を埋め尽くしている動く甲冑(リビングアーマー)に対して次々と爆裂呪文(イオ)の爆球を地上に放っていた。

 

この攻撃は、避難誘導がうまくいったためなのか、海岸線に動く甲冑(リビングアーマー)以外存在しなかったからこそ実現した無差別攻撃、いわゆる絨毯爆撃だった。爆裂呪文(イオ)の爆発によって、次々と動く甲冑(リビングアーマー)共が空高く吹き飛ばされ、俺が飛んだ背後の海岸沿いには物言わぬ鋼鉄の残骸が山のように積み重なっている。

 

しかし、先ほどチウが思わず感嘆の声を上げたように、俺もこの効果は少々想定外だった。なんといっても、威力がおかしすぎる。俺は先ほどから爆裂呪文の低級に位置する爆裂呪文(イオ)の呪文を放っているだけだが、体感的に爆裂呪文(イオ)1発の威力でこれまでの爆裂呪文(イオラ)1発に届こうかというほどの威力になっている。これはいったい、なんとしたことだろう?

 

ロモスの町でザイード(今はシーザーと名を変えているが)と闘った際は、ノヴァがその体内に捕らわれている事もあって、俺は自身の放つ呪文の威力に制限をかけていた。もちろんそれは、その後の闘技場での試合も同様だった。だから何の制限もなしに呪文を放つのは、実のところバラン戦から数えるとこれが初めてと言える。

 

威力だけの話ではない。呪文の発現速度、命中精度、収束率などあらゆる要素で飛躍的な向上が見られる。俺は空を飛翔しつつ、自分の右手をじっと見つめた。当然これは(ドラゴン)の騎士の血を摂取したためだという事を、俺は理解していた。

 

バラン戦の後、ヒュンケルとマトリフ師匠が言っていた通りだな。確か、古来より伝説の(ドラゴン)の血を飲んだ人間は、様々な力が向上するとかなんとか……。

 

……しかし、よくよく気をつけないといけない。俺は高速で飛翔しながら、既に小さくなった背後の灯台を振り返った。先ほど何故か灯台の周囲を取り囲んでいた動く甲冑(リビングアーマー)の集団を一掃するために爆裂呪文(イオ)を放っていたが、今までと同じ威力で考えていたものだから、危うく灯台ごと吹っ飛ばしてしまうところだった。

 

俺がそんな事を考えていると、ゴクッとつばを飲み込む音が聞こえた。その音は俺の左手に捕まっているチウから発せられていた。動く甲冑(リビングアーマー)を次々と吹き飛ばしているといっても、まだまだその数に衰えは見えない。今は空中から見下ろしているだけだが、地上に降り立った時に多勢に無勢になるのでは、と考えているのかもしれない。

 

だから俺は、青い顔をするチウに「大丈夫だよ」と声をかけてやる。

 

「ロモスでのザムザとの戦いや、俺との戦いでやっていたように余計な事を考えずに、自分に出来る事をがむしゃらにやると良いさ。大丈夫、チウは十分強いよ」

 

「う……。ふ、ふん! そんな事、お前に言われるまでもないさ! 見ていろよ! 敵をいっぱい倒して、マァムさんを振り返らせてやるからな……!」

 

俺に対する反発心からか、チウにいつもの調子が戻って来る。萎れていたチウの髭がピンと張られた事からも、それが分かった。

 

「ははは。その意気だ」と俺はチウに言葉を返すが、そのチウは眼下から視線を剥がして俺に更に言い募った。

 

「ところでお前、あんな所にマァムさんを放り込んで本当に大丈夫なんだろうな!? マァムさんにもしもの事があったら……!」

 

「くすっ。マァムなら大丈夫だよ。おっ、そんな事より前を見ろよ、チウ。頼もしい仲間が見えてきたぞ」

 

その言葉の通り、飛翔する俺達の前方に、ひときわ大きな巨躯が見えてきた。その巨躯の腕が大きく振り払われるたびに、何体もの動く甲冑(リビングアーマー)がまるで紙切れのように空高く吹っ飛ばされていた。

 

 

 

「おっさん、待たせたな!」

 

俺は、鎧袖一触が如く、押し寄せる動く甲冑(リビングアーマー)共を退けているおっさんの側に着地した。おっさんの周囲にはバダックさんと……、あの人は確かアキームと言ったかな? 以前クルテマッカの側に控えていた戦士の姿があった。

 

「おお、ポップ! よく戻ってきてくれたな! む? ダイとマァムはどうしたのだ、ポップ? 一緒では無かったのか?」

 

「やはりポップ君じゃったか! あのとんでもない爆発を見てそうでは無いかと思っておったぞ。いやー、地獄に仏とはこの事よ!」

 

「バダックさんもお待たせ! ダイは、今新しい剣を打ってもらっている途中なんだ。後から来るよ。マァムは……」

 

俺は周囲に視線をやった後、「マァムは、ここに来る途中で別の動く甲冑(リビングアーマー)の集団がたむろしていたから、そこに放り込んできたよ」と返事を返した。

 

「……ほう。では、とうとうダイにふさわしい剣が手に入るのだな。それは完成が楽しみだな!」

 

そう言ってガッハッハと豪快に笑うおっさんは、ふと俺の後ろで身を縮ませているチウに目をやった。俺は背後を振りかえって、そのチウを紹介する。

 

「ふうむ? こんなのがお前達の役に立つのか?」

 

そう言って、チウを見たおっさんが訝しげに口にする。

 

「はは。こう見えても、なかなか男気がある奴なんだぜ。まあ、仲良くやってくれよ。俺は上空を担当するからさ」

 

俺はおっさん、バダックさんに手を振りながら、徐々に宙に浮かび上がっていく。そして十分な高度に達した俺は、鬼岩城目指して飛んだ。

 

 

 

鬼岩城はその巨体故に動き自体はとても遅いが、それでもちょうど陸地に足を踏み出した所のようだった。動力源からの駆動音なのか、ブオーン、ブオーンというくぐもった重低音と、足を一歩踏み出すたびに発生する破壊音が重なって俺の耳朶を打った。

 

その鬼岩城は、俺がその周囲を飛んでも何もできないとでも思っているのか、特に俺に意識を向ける様子が無い。

 

だったら、無理矢理にでも俺を意識させてやろうか。そう考えた俺は、先ほどからドーン、ドーンと鬼岩城の胸部から火を吐いている大砲に目をつけた。何故、人間の開発した武器を魔王軍が使っているんだろうな。まあ、そんな事はどうでもいいか。弱点はとことん攻めていかないとな。

 

そう考えた俺は、右手に魔法力を集中させ、その直後閃熱呪文(ベギラマ)と唱えた。鬼岩城に対して突き出した俺の右拳から、閃熱呪文特有の直進性と火力を兼ね備えた閃光が放たれた。

 

と、重いな……。この呪文も爆裂呪文同様に、威力が格段に上がっているようだ。今まで以上に感じる閃熱の反動に俺は危うく身体を持って行かれそうになったが、咄嗟に右腕に力を込めてそれを制御する。こいつは本格的に全ての呪文の確認をしておかないとまずいな……。まあ、今出来る事では無いけど、その事を忘れないようにしよう。

 

俺はその閃熱呪文(ベギラマ)の閃光を、鬼岩城の胸部に上下2列で並んでいる大砲の上段を狙って右から左へと舐めるように放った。直後、熱線が大砲を放つための火薬に引火したのか、大きな音を立てて並んだ大砲が連鎖的に爆発していく。もうもうと発生する煙が去った後、鬼岩城の胸部は大きく抉れ、上段に並んでいた大砲は一門残らず消え去っていた。

 

よしっ、次は下段の方だ。

 

さあ、次は下段に並んだ大砲を……と俺が身構えた時、突然鬼岩城の抉れた胸部から黒いガス状の魔物が次々と現れてきた。

 

――こいつらは!? 

 

その黒いガス状の魔物は俺の周囲を囲む動きを取りながら、次々に呪文封じ(マホトーン)の魔法を放ってきた。ちいっ! ガストかよ! 呪文封じ(マホトーン)なんぞ、そう簡単に喰らってやるつもりはないが、いかんせん数が多すぎる。空で戦う人間が俺だけなのもあるのだろう。数十体ものガストが俺の周囲を取り囲もうと迫ってくる。

 

だが、俺に焦りはなかった。飛翔呪文(トベルーラ)でガストの攻撃を躱しながら、俺は眼下を確認する。ここは海上だ。だったら派手にやってやろう。

 

俺は右手に火炎呪文を発現させた。同時に、左手には真空呪文だ。ガストから十分な距離を取った俺は、自身の両手を胸の前で組み合わせる。一呼吸で火炎呪文と真空呪文を融合させる事に成功した俺は、前方から向かってくるガストの集団にそれを放った。

 

「――火炎竜巻 火炎真空呪文(メラゾロス)!!」

 

「ギャァァァァーーー!!」

 

俺の両手から放たれた圧倒的熱量の炎と真空の刃が、一瞬にして数十体のガストを切り刻みながら灰へと変えていく。この呪文は以前デルムリン島でダイを相手に放っていたが、あの時はダイが相手だったため、その威力に制限をかけていた。しかし、今は制限をかける必要もなく、同時に俺自身の魔法力の向上も手伝い、火炎竜巻 火炎真空呪文(メラゾロス)はあの時以上の高威力となっていた。

 

しかし、まだ俺の周囲にはたくさんのガストがいる。だから俺は、ゆっくりと自身を中心にして両手を突き出した格好のまま、俺の身体を時計回りに回転させていった。

 

「コロニーだって吹き飛ばす火炎旋風銃(ローリング・バスター・ライフル)……だぜ?」

 

それはさながら、超威力の火炎放射器を360度全周囲に放ったようなものだった。猛火がとぐろを巻き、ただの1体のガストすらうち漏らすまいと次々と周囲のガストを灰へと変えていく。

 

そして、俺がちょうど1回転して再び鬼岩城を視界に収めた時には、あれほどいた空を埋め尽くすほどのガストは、1体も存在していなかった。霧状の魔物が焼け焦げたためか、髪が焼けた時のような嫌な匂いが俺の鼻をつき、思わず俺は顔をしかめた。

 

……おかしいな。これだけ派手にやったんだから、奴が現れてもおかしくないんだけどな。俺は鼻を押さえながらそっと周囲に視線を走らせたが、ガストのなれの果てと言える黒い煙がただ周囲に漂っているだけだった。

 

 

 

 

 

ポップが海上でガストの集団と対峙していた時と前後して、一人の戦士がパプニカの町中を駆けていた。逃げ出そうとする人の流れが一様に海から陸に向かっているのに対して、その戦士はただ一人海側に向かって駆けている。パニックになっている人々でごった返している町中をどういうわけか一陣の風のような早さで駆け抜けるその戦士の瞳に、今まさに命の危険に晒されている親子の姿が遠く映っていた。

 

 

「と、父さん……。怖いよぉー」

 

7歳ほどの歳の男の子が、父親とおぼしき壮年の男の背中に隠れて震えている。壮年の男は料理人なのか、左手にフライパン、右手にお玉を握りしめて、自分達をじりじりと取り囲む動く甲冑(リビングアーマー)と対峙していた。

 

その男の両手が小刻みに震えている事から常日頃は争いごとなどを苦手としている事は明らかだったが、背中に匿う息子、更にその背後には年老いた母を筆頭に避難が間に合わず取り残された住民がいては、怯んでいる場合では無いと覚悟を決めた目を動く甲冑(リビングアーマー)達に向けていた。

 

「ティ、ティルト。大丈夫だ、お父さんがきっと守ってやるからな!」

 

視線だけは動く甲冑(リビングアーマー)に向けたまま、男は背後の息子を勇気づけようと声をかける。

 

「無理じゃ、マティアス! 儂らを置いて、お前はティルトを抱えてこの場を逃げる事だけを考えよ!」と、恐らく男の母親だろうと思われる老婆が男の背中に声をかける。

 

「けっ! そういうわけには行くかよ! ようやく復興が始まったんだ。お袋も含めて、皆で店を盛り立てていこうって誓ったばかりじゃねえか! おい、てめえら! 追い詰められた人間の底力を見せてやるぜ! 覚悟しなッ!!」

 

自らを奮い立たせるように、マティアスと呼ばれた男は10体は下らない数の動く甲冑(リビングアーマー)に対して気勢を上げた。しかしその気勢を目にしても、感情の全く感じられない動く甲冑(リビングアーマー)達は右手に剣をぐっと握りしめ、逃げ遅れた集団を蹂躙すべく半円状に周囲を取り囲む。

 

そして、十分な包囲網が敷けたと考えたのか、動く甲冑(リビングアーマー)の一体が、先頭に立つ男に対して剣を振り上げた。

 

マティアスはその振り下ろされるであろう剣の軌道の先に、自身が左手に持つフライパンを盾にするかのように掲げ、ぎゅっと目を閉じた。

 

「父さん!」

 

「マティアス!」

 

男を案じた息子と母からの悲痛な叫び声が、マティアスの耳に届いた。そして同時に、キィンッという鋭利な刃が硬質な何かを切断する音までもマティアスの耳は拾っていた。

 

……?

 

いっこうに、感じるであろう衝撃がその身に届かない事を不審に思ったマティアスが恐る恐る目を開けると、彼と動く甲冑(リビングアーマー)との間に軽装のいでたちをした白髪の青年が立っていた。その青年は、右手に握っていた鋼の剣をまるで錆を落とすかのように無造作に一振りした後、ベルトに差している鞘にパチンッと剣を戻す。

 

その行為がほんの僅かに周囲の空気を震わせたのか、彼らの周囲を包囲していた全ての動く甲冑(リビングアーマー)が、左肩から右脇にかけて斜めに徐々にずれていき、次の瞬間ガラガラガラと大きな音を発して崩れ落ちていった。

 

その様子を見て、「す、すごいや……」とマティアスの息子のティルトが羨望の眼差しで白髪の青年を見上げる。少し離れた集団からも、声にならない感嘆の声が漏れ聞こえた。

 

幼い子供の声に、白髪の青年は背後を肩越しに振り返り、ふっと優しげな笑みを浮かべた。その笑みを見たマティアスはこの危難が去ったことを悟り、それを成してくれた青年に対して諸手を挙げて感謝の意を示した。

 

「あ、あんた……! 助かったよ、本当に助かった! ありがとう……!」と、その青年の両手を取ってぶんぶんと上下に揺らしながら喜ぶマティアス。息子を、そして母の命が救われた安堵からか、マティアスの瞳には薄らと涙が浮かんでいた。

 

「もう、父さんったら。泣いたりしちゃって! このお兄ちゃんみたいに、もっと格好いい所を見せてよ!」

 

息子にそう詰め寄られたマティアスは、面目ないとばかりに頭を掻いたが、その時白髪の青年がティルトの目線と合わせるかのようにすっと片膝をついたかと思うと、その頭にポンッと手を置いた。

 

「……ぼうや。名前は?」

 

「ティルト! 7歳だよ!」と威勢良く答えた息子に対して、青年は眩しいものを見るかのように目を細めて、再び笑みを浮かべた。

 

「……そうか。俺もティルトと同じぐらいの歳に、俺を守ろうとする父親の背中に縋った事がある。俺の父親は戦士で、君の父親は料理人のようだが、自分にとって大事な存在を守ろうと決意したその背中は同じだと俺は感じた。ティルトの父さんは、とても格好いいと思うよ。……もっと誇ると良い」

 

息子に投げかけるその言葉を側で聞いていたマティアスは、その瞬間この青年の事を無条件で気に入っていた。

 

「な、なあ、あんた、名前は? 名前を教えてくれないかい?」

 

マティアスのその問いかけに、青年は少し逡巡する素振りを見せた後、ぼそっと一言「……ヒュンケル」と呟くように発した。

 

「そうか、ヒュンケルか! 俺の名はマティアスだ。港区の端で小さな食堂を開いているからさ、良かったら今度食いに来てくれよ。魚料理には定評があるんだぜ! あんたなら、いつでも無料でご馳走するよ!」

 

「いや、それは……」と、遠慮を示すヒュンケルの手を取って、にこやかに笑みを浮かべるマティアス。すんでの所で命を救われた他の者達も口々にヒュンケルに礼を言って、まだ争乱の収まっていないこの地から離れるためにその場を立ち去っていく。

 

マティアスもティルトの手を引いて、ヒュンケルに「いいな、絶対だぞ。落ち着いたら食いに来てくれよな!」と声を掛けて、名残惜しそうにその場を離れていく。

 

ただ、マティアスの母である老婆だけがヒュンケルの側で、ヒュンケルの表情をじっと見つめていた。

 

「……ふむ。ヒュンケルと言ったかい。確か、この国を一度は滅ぼした魔王軍の軍団長の名がヒュンケルと言ったかのう。『魔剣士』とも噂されるほどの剣の使い手と聞いておったが……」

 

「……」

 

その言葉に、ヒュンケルは沈黙で肯定の意を示した。その姿をじっと見つめていた老婆は、皮肉気な笑みを浮かべて言った。

 

「……じゃが、どうやら『魔剣士』はとうに死んでおったようじゃの。今ここにいるのは、息子と孫を救ってくれた『聖剣士』のようじゃ……」

 

「……いや、俺は……」と、その呼称に抵抗を示すような表情を取るヒュンケル。

 

そんな時、「おーい、かあちゃん。早く逃げるぞ!」、「お婆ちゃん、早く、早く!」と、一向にその場から離れない老婆を心配して、先ほどの親子が遠くから声を張り上げた。

 

「うるさいねー、今行くよ! ふむ……。息子も言っておったが、落ち着いたら店に来ると良いさね。儂の作るうしお汁も、息子の料理に劣らず人気じゃよ」

 

ヒュンケルの背中を優しく叩いて、息子達の所にゆっくりと向かい始める老婆。ひとしきりその背中を見つめていたヒュンケルは、前方から聞こえてきた剣戟の音に再び駆けだしていた。

 

 

 

 

 

「ひょえー。ポップ君は、また一段と力をつけたようじゃのうッ!」

 

バダックが、遠くの海上でポップがガストに対して火炎呪文を行使する様を見て、そう感嘆の声を上げる。それも無理は無かった。地上から見たその光景は、まるで空一面に紅蓮の絨毯が敷かれたかのようだった。その光景を見たアキームは、呆然として声も出ない有様でいる。

 

「し、信じられぬ……。あれほどの魔法を、一個人が放つなど……」

 

「ふっ、こちらも負けてはいられんな!」と、手に持った斧を一振りして残った動く甲冑(リビングアーマー)をなぎ倒すクロコダイン。

 

「うむ……! 爺さん、再びこいつを振れるとは思わんかった。ありがとうよ!」

 

「はっはっは。気に入ってくれて何よりじゃ! パプニカの金属で新しく蘇った『真空の斧 MARK-2』、これからの戦いに役立ててくれい!」

 

 

 

「おおよそ片付いたかな」と、周囲に視線を巡らせてそう息をつくクロコダイン。そんな時、「クロコダイン!」と彼を呼ぶ声がクロコダインの耳に届く。

 

クロコダインは、その声に後ろを振り返った。そこには、鋼の剣を腰に差したヒュンケルがいた。

 

「おお、ヒュンケル! 来てくれたか!」と、クロコダインがヒュンケルに喜色を浮かべて迎え入れる。

 

「ふっ。やかましくて修行に没頭できなくなったんでな。黙らせに来たのさ」

 

ヒュンケルがそう不敵な言葉を発した時、遙か高所から大きな声が響いた。

 

「フッ、フフフフフッ。相も変わらずの自信過剰だな、ヒュンケル」

 

その地獄の底から発せられたのではと錯覚しそうな程の冷たい声の主は、ヒュンケルにとって先刻承知の相手だったようだ。その声は、遠方で動きを止めた鬼岩城から発せられていた。

 

「……ミストバーンだな。そこから出てこい! どうせ最後に貴様は俺に倒されるのだ。いらぬ手間は省きたい!」

 

「馬鹿め、お前達如き、こやつらがいれば十分よ。私の顔を見る事など……二度とあるものか!! 行けっ! わが軍最強の鎧兵士(デッド・アーマー)達よ!! ゴミどもに、地獄を見せてやれッ!!」

 

ミストバーンのその宣告と、鬼岩城の大きな掌から黄土色をした鎧を纏った巨漢の鎧兵士が3体現れるのは同時だった。

 

「な、何という妖気か!?」とアキームが、動く甲冑(リビングアーマー)とは一線を画すその3体の纏う気配に、おののくような声を上げた。

 

3体の鎧兵士(デッド・アーマー)は地上に降り立つやいなや、地響きを立てながらクロコダイン達目がけて突進してくる。だが同時に、悠長に彼らが到着する時間を待ってはいられぬと、その場から飛び出す戦士がいた。ヒュンケルだった。

 

一瞬で彼我の距離を詰めたヒュンケルが、手にしていた鋼の剣を上段から振り下ろす。

 

鎧兵士(デッド・アーマー)だか何だか知らぬが、その程度で俺達を倒せると考えるとは、もうろくしたか、ミストバーン!! ――大地斬!!」

 

次の瞬間、先頭の1体の見るからに頑強そうな鎧が大地ごと真っ二つに裂けた。しかし、そのすぐ背後から2体目の鎧兵士(デッド・アーマー)がヒュンケルに迫る。

 

「無駄だッ! ――海波斬!!」

 

ヒュンケルが、残像の残る程の速さで横薙ぎに剣を振るう。直後、鎧兵士(デッド・アーマー)が上下に分かたれるようにしてずれていき、大きな音を立てて地面にその残骸を散らした。

 

残るは1体。迫り来る鎧兵士(デッド・アーマー)を前にして、ヒュンケルは海波斬を放った剣を腰のベルトに吊るしていた鞘に納刀し、幾分前傾姿勢を取って両目を閉じた。

 

「ミストバーン、よく見ておくのだな。これぞ、実体無き者を斬る空の奥義……! アバン流刀殺法 空――「どかんか、ヒュンケル!!」」

 

ヒュンケルの言葉を遮り、突然「ドゴンッ!!」と、大きな音を立てて円状に陥没する大地。同時に、ぶわっと衝撃波の余波のような爆風が離れた所にいるバダック達まで届いた。その爆風が彼らの間を凪いでいった後、その陥没した大地の中心にいたのはクロコダインだった。

 

クロコダインは、ヒュンケルが3体目の鎧兵士(デッド・アーマー)に対して技を放とうとしていたその上空から、右手に握った斧を鎧兵士(デッド・アーマー)に対して振り下ろし、文字通りそれを粉砕していた。

 

クロコダインの足元には、原形が分からないほどひしゃげて押しつぶされた鎧兵士(デッド・アーマー)だった物の残骸が転がっている。

 

「おい、クロコダイン……」と、眉間に皺を寄せた憮然とした表情をクロコダインに向けるヒュンケル。クロコダインの攻撃の余波を至近で受けたためだろう。ヒュンケルが不機嫌そうに自身の纏う旅人の服をはたくと、細かな石礫がパラパラと地面に落ちた。だがクロコダインは、そんなヒュンケルのクレームに逆に声を荒げる。

 

「何だ、その顔は! お前は2体をやったでは無いか。俺は1体だけだぞ。文句を言いたいのは、俺の方よ!」

 

「お前は、その前に動く甲冑(リビングアーマー)を何体も倒していたのではないのか。俺はまだ1体も倒していないぞ」

 

しれっと自身の撃破スコアを過小申告しながら、獲物を奪われた事をことさら強調するヒュンケル。そんなヒュンケルに、「あのような雑魚共を数に含められるか!」と、話にならんとばかりに唾を飛ばして詰め寄るクロコダイン。

 

この時、もし彼らがバルジの島で、追い詰められたフレイザードが鎧兵士(デッド・アーマー)の鎧を纏った姿を見ていれば何らかの感慨を抱いていたかも知れないが、その事を知らない彼らにとって、鎧兵士(デッド・アーマー)など動く甲冑(リビングアーマー)を少々大きくしただけという認識に過ぎないようだった。

 

 

 

「……なんという強さだ。ポップ殿だけではない。クロコダイン殿も、アバンの使徒の長兄と言われるヒュンケル殿も想像を絶する強さだ。この戦いを戦車部隊で対処できると考えていた私が、浅はかだったのか……」

 

アキームは、獲物の取り合いで言い争いを始めたクロコダインとヒュンケルを呆然と見つめながら、そう独白する。そんな彼の肩にバダックはポンと手を置いて、慰めるかのように声をかけた。

 

「なーに、お前さんの戦車部隊が悪いわけではないさ。ただ、戦いにおいてはやはり魂がそこに宿っておらんといかんのではないかのう。無機質な大砲が奴らに通じず、熱い血潮の通った彼らの武技が奴らに通じたのは、その違いが大きいと儂は思うがのう」

 

「魂が宿る……。そうか、私の戦車部隊にはそれが足りなかったのか」と、何かを悟ったかのように呟くアキームだった。この時のアキームの悟りが後に大きな騒動を巻き起こす事になるのだが、それはまた別の話であった。

 

 

 

クロコダインとの不毛な言い争いを終わらせたヒュンケルは、動きを止めたままの鬼岩城に向かって不敵な表情を浮かべた。

 

「さあ、下らん前座は終わりだ、ミストバーン。お前の軍団は既に壊滅したぞ。配下が全滅したとなると、お前が出てくるしかないのではないか?」

 

「……。フ、フフフッ! フハハハハ! それで勝ったつもりか、ヒュンケル。我が魔影軍団は不滅の軍団!! 暗黒闘気のある限り何度でも蘇る……!! この鬼岩城の右胸に位置する(ラング)の間では常に新しい鎧兵士が生産され続けるのだ。貴様達に勝機は無いわ……!」

 

 

「何っ!?」と驚きの声を上げて鬼岩城を見上げるクロコダイン達。彼らの視線が集中する先で、ミストバーンの言葉が正しい事を示すかのように鬼岩城の右胸からは黒い瘴気のようなものが立ち上がっていた。

 

「そ、そんな……、いくら倒しても直ぐに復活するなんて……。これじゃあ、切りがないよ」と、自慢の髭をしおしおと縮めながらチウが嘆く。

 

その時、彼らの頭上から彼らもよく知った者の声が発せられた。彼らが頭上を見上げると、緑衣のローブを風にたなびかせた賢者が、ふわりと宙に浮かんでいた。

 

 

「わざわざ教えてくれてありがとうよ、ミストバーン。だったらその、(ラング)の間とやらを消し去ってやるよ」

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

なるほどね……。確かにミストバーンの言う通り、(ラング)の間とやらから次々に新しい鎧兵士が生み出されているようだ。無限製造機関を潰す事は最優先事項だな。

 

そう考えた俺は、左手に火炎呪文を、右手に氷結呪文の準備をする。そう、これは極大消滅呪文(メドローア)のセットアップだ。さすがにあれだけの巨体を1発の極大消滅呪文(メドローア)で消し去る事は出来ないが、(ラング)の間を狙い撃つだけなら問題無いだろう。ご丁寧にミストバーンが急所の位置を知らせてくれたんだ。きっちりと仕留めてやるさ。

 

(ドラゴン)の騎士の血の影響か、バラン戦までと比べて呪文の合成が早くなった気がする。さほどの時間をかけることなく、俺の両手には全ての物質を消滅させる唯一無二の弓矢が創成された。

 

その弓矢の照準を動きの止まった鬼岩城の右胸に合わせ、俺は魔法の矢を引き絞る。さあ、後はこの右手につがえた消滅の矢を放つだけだ。

 

 

だが……。

 

 

 

冷たい……。不意に俺の首筋に、硬質で冷たい何かが触れたような気がした。同時に、俺の背中をまるでドライアイスを押し付けられたような凄まじい悪寒が走る。

 

それが気のせいなどでない事は、直ぐに分かった。極大消滅呪文(メドローア)を放つ体勢のまま俺がそっと視線を下げると、全ての色彩を吸収するかのような漆黒の鎌が俺の首にぴたりと添えられていた。それを俺が認識したのとほぼ同時に、俺の背後からかつて聞いた不快な声が発せられた。

 

「ウフフフ。油断したね、氷の賢者君。……これでチェックメイトだよ」

 

俺が首を巡らし背後を見ると、そこにはベンガーナの町で出会ったあの死神キルバーンが、勝利を確信した笑みを浮かべて佇んでいた。

 

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