「キ、キルバーン……」
首筋に、俺の父さんが打ったサバイバルナイフを突きつけられた一つ目の使い魔は、そうキルバーンに助けを求めて情けない声を上げた。
「「……」」
キルバーンとミストバーンが無言で俺を見つめる。ミストバーンが無言なのは珍しい事では無いが、キルバーンが無言なのは珍しいんじゃないかな。
「……驚いたね。まさか、僕の『死神の笛』が通用しなかったとは。いつから気づいていたのかな?」
しかし、キルバーンはすぐにいつもの調子に戻って、邪気の塊のような笑みを浮かべて問うてきた。俺はキルバーンとミストバーンの双方を視界に収める位置に少しずつ移動し、その問いに答えてやる。
「はっ。元バンドマンを舐めんなよ。俺は耳だけは良いんだよ。お前がその大鎌を一振りした時、耳にちょっとした違和感を覚えたのさ。だから俺は……。よっと」
そこで俺は言葉を句切り、一つ目の使い魔を腕の中で拘束したまま首を左右に傾けながら、軽くその場で上下に身体を揺らした。その反動で、俺の左右の耳からどろっとした液体が少量零れ落ちる。
「水……! そうか、君は耳に水を……」
「そういう事。その技は、人間の耳に届きにくい高周波を密かに発生させ、それで敵の五感を気づかれない内に奪う技だろう? あいにく俺の耳は、高周波の音を聞き取れるんだよ。その音に気付いた俺は、耳の中に水を貯める事でその影響から逃れたのさ」
ようするに、あいつが言う高周波の音ってのは
この有毛細胞の有無というのは個人差があり、この細胞が多く存在する者なら
最初のこいつの鎌の一振りに五感に異常を覚えた俺は、即座に
「さて、これで互いに人質を確保した事になるよな。お前達がその子を離さないのなら、俺もこいつを離すわけにはいかないな。そこで、どうだ? 提案だけど、ここはフェアにお互いの人質交換といかないか?」
俺は、太陽を反射してぎらつくサバイバルナイフの刃を一つ目の使い魔の首筋にピタピタとあてつつ交渉する。「キ、キルバーン、……助けて……」と、青い顔をした使い魔が情けない声を上げる。
俺とキルバーンの間を凍り付いたような空気が流れた。しかし、それは一瞬の事だった。突如として、その凍り付いた空気を切り裂くように、ミストバーンの伸ばした左手の爪が俺目がけて一直線に伸びてきた。
――ちっ、こいつッ!
「ワッ、ワワワッ!」
やかましい一つ目を拘束したまま、俺は
「おい、ミストバーン。俺の話を聞いていなかったのか? こいつの命が惜しければ――」
「……馬鹿め」と、俺の言葉を遮るミストバーン。
「大魔王様に刃向かう貴様の命と、たかが使い魔の命。比べるべくもない……。キル、何をしている。あの使い魔ごと氷の賢者の息の根を止めろ……!」
ミストバーンにそう水を向けられたキルバーンは、ためらうこと無くその言葉に頷きを返した。
「クスクスクス。そうだね。ピロロ、君とは長い付き合いだったけれど、どうやらここまでのようだ。君の代わりはまた魔界で見つけるから、ここは氷の賢者と共に死んでくれないかい?」
「そ、そんなー、キルバーン……」
ミストバーンばかりか、主であるキルバーンにも見捨てられた格好の使い魔は、俺の腕の中でがっくりと肩を落とす。ちっ、がっくりと肩を落としたいのは俺の方だよ……!
「やれやれ、もう少しお前の利用価値が高かったら、俺の命と釣り合っただろうに……な!」
ミストバーンに発破を掛けられたキルバーンが、再び俺に向かってきた。大上段から振るわれる大鎌の攻撃をかろうじて躱す俺。たくっ、こいつを人質に取ったせいで片手が使えなくなってしまった。……これはとんだ悪手だったかな。
「おいっ! ボクを捕まえても意味が無いって事が分かっただろう! 早く解放した方が身のためだぞ!」
「うっせえっ! お前の使い道は今考えてんだよ! 黙ってろ!」
腕の中でそう喚く一つ目の使い魔に怒鳴り返しながら、キルバーンの攻撃を辛うじて避け続ける俺。
そして、キルバーンとの攻防の最中、俺は一瞬ミストバーンの動きを視界から外してしまった。直後に背中に感じる凄まじい掌圧!
「――がはっ!!」
いくらかローブがダメージを吸収してくれているだろうに、それでも思わず肺の中の空気を吐き出さざるを得なくなるほどの衝撃を背後より受けた俺は、キルバーンの前に無防備な姿をさらしてしまった。
ちっ! 間に合わない! 俺は、キルバーンの振り下ろされようとする大鎌と俺との間に、氷の壁を構築するが錬成時間がまるで足りていなかった。これでは防ぎきれない……!
しかし、その俺ばかりか使い魔ごと両断しようと振り下ろされた大鎌は、何故か俺の張った薄い氷の壁を砕く事ができずに、その氷の壁の半ば辺りで刃が止まる。
即座に俺はキルバーンから距離を取る。忌々しそうに、キルバーンが氷の壁から鎌を引き抜き氷を粉砕する様子を見つめながら、俺は頭の中で疑問が渦巻いていた。
どうして、今の攻撃を防げたんだ? これまでの攻防で、キルバーンの膂力はある程度把握できている。明らかに先ほどの氷の壁は、奴の攻撃に対して強度が不足していた。これまでと同じ威力の攻撃だったら、あの程度の氷壁は一息で砕かれて、俺は使い魔ごと身体を両断されていたはずだ。
「さっきの攻撃はどうして……。何か理由が……?」
いったい、どうして……。その俺の疑問への答えは意外にも、俺が捕えている使い魔から発せられた。
「……キルバーンは、長時間の戦いに向いていないんだ。だから……」
「……何だって? 長時間の戦いに向いていない? まさか……。いや、しかし……ありえるのか、そんな事が?」
俺は、拘束したままの使い魔が呟いたか細い言葉に、そう返事を返しつつその言葉の意味を考えていた。長時間の戦いに向いていない……。本当だろうか? 言われてみると確かに、キルバーンの戦闘スタイルは一撃必殺の暗殺が中心と思われる。パプニカから始まりこの海上での戦いと、これほどの長時間にわたって行われる戦闘は、得意とはしていないのかも知れない。すると、今はキルバーンがパワーダウンした状態と言う事か?
にわかには信じがたい話だが、他ならぬキルバーンの使い魔のこいつが言う話だ。自分の命も危うい中、俺に嘘をつく必要もないだろうし、信じても良いのかもしれない……。となると、少し希望が見えてきたぞ。
「さあ、どうする、氷の賢者君。あの娘をその手に抱くためには、ミストを倒さなければならない。だけど、もう分かっていると思うけれどミストには一切の呪文が通じない。……ああ、そう言えば、君が先ほど鬼岩城に放ったあの呪文なら通じるかも知れないよ」
キルバーンは再び鎌を身体の前でクルクルと回転させながら、俺を挑発するかのような事を口にする。
「そうか、ピロロが邪魔なんだね? あの呪文は、片手が塞がっていたら放てないものね」
ちっ、そうだよ……! お前の言うとおりこいつが邪魔だ。人質が人質の役割を果たさないなら、無用の長物でしか無い。キルバーンの言葉通りこいつを解放し、
だが、あの呪文は隙が大きい。その上、いくら
俺はじっとミストバーンに拘束されたメルルを見つめる。その目は、「もう十分だから早くここから逃げて!」、と言っているように俺は感じた。キルバーンが、ミストバーンに拘束されているメルルに視線を投げかける。
「ウフフ。どうやら、その娘も君に逃げて欲しがっている様だよ。僕とミストを相手にしてこれだけ粘ったんだ。今逃げた所で、君を責める者などいないさ。逃げたければ、逃げても良いんだよ?」
「逃げるだって? その子を置いてか? 馬鹿言うなよ」
逃げるなんて選択肢は、最初から俺の中には存在しない。考えろ、考えるんだ、ポップ! きっと何か手があるはずだ!
「おい、お前! いい加減に離せよ! 恥ずかしくないのかよ、ボクみたいな弱い魔族を人質にとって!」
腕の中で一つ目がそう身じろぎして俺をけなす。その一つ目に視線をやった俺は、不意に一つの考えが頭に思い浮かんだ。そして俺はもう一度メルルに視線を投げかける。一か八か……だな。だけど、これしか無い……!
「おい、一つ目。確かピロロと言ったな。命が惜しかったら、今から少しの間無駄口をきかずに口を閉じていろ……!」
「……えっ?」
大きな一つ目を更に大きく見開いたピロロから視線を外し、俺は再び迫ってきたキルバーンに対して
途端に周囲に吹き荒れる氷雪の嵐。
「無駄だ……。いかなる呪文も私には通じない。 ――!? これは……!」
氷雪が周囲を囲っても余裕の表情を崩さなかったミストバーンが、不意に困惑の声を上げた。それは、俺の
周囲一帯が純白に包まれる中、俺はミストバーンに肉薄した。
「小賢しい真似を……!」
眼前に出現した俺の影を察知したのだろう。ミストバーンの左手から放たれた爪が俺を狙うが、それを辛うじて躱す俺。そして俺は、手を伸ばせば届く距離までメルルに肉薄した。助け出したいが、ミストバーンの醜悪な爪がメルルの全身をきつく縛り上げていた。メルルの潤んだ瞳に俺の顔が映る。
もう少し、もう少しでそこから解放してやるからな、メルル。
俺のその心の声がメルルに伝わったのか、メルルはその瞳から涙を零して、まるで否やをするように首を左右に振った。
俺は一瞬だけその場に留まり、直後にその場を離れた。
ホワイトアウトがもたらした白の光景は、一時的なものだった。俺が再びミストバーンと距離を取ってほどなく、海上を吹く強い風にさらわれてか、白い濃霧は徐々に晴れていった。
その霧が晴れた時、俺の右腕の中には先ほどまでミストバーンに拘束されていたはずのメルルがいた。
「何だとっ!?」と、さすがに驚愕の声を上げたミストバーンは、自身が右手で拘束していたメルルに視線を向ける。するとそこには、メルルとまるで交換されたかのようにピロロが情けない顔をして拘束されていた。
「これは……いったい……」
「くくく。お前が人質交換に応じてくれないから、無理やりにでも交換させてもらったのさ。悪く思うなよ、ミストバーン」
俺の腕の中のメルルと、自身の掌中のピロロを見比べて呆然とした声を発するミストバーンに、俺はそう返事を返す。
「驚いたね、いつの間に……」
「簡単な事さ。これぞ、我が師アバンから伝授されたアバン流忍法『順逆自在の術』さ。2つの対象の位置を瞬時に入れ替える、アバンが考案した秘技中の秘技だよ」
「なるほど……。まさかそのような技が存在したとは。アバン、聞きしに勝る芸達者だったようだね。見事だよ、氷の賢者君。僕などより、君の方がよっぽど道化師に向いていそうだ。ウフフフ」
ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべて、俺の言葉に追従するかのような発言をするキルバーン。……? 自分で言っておきながらあれだが、妙に物わかりが良すぎるのが気持ち悪いな。大丈夫か、こいつ? まあ、武芸百般だったアバン先生の名前を出しとけば、皆がさもありなんと納得する気持ちも分からないでもないが……。
正直、本家本元の道化師であるこいつの目を欺けるのかが心配だったんだが、どうやらアバン先生の名に救われたな。
「お誉めに預かりどうも。それじゃあ、メルルも取り返せたし、俺はこの辺りで退散させてもらうぜ。――じゃあな、2人共!」
そう言って、俺が腕の中のメルルを取り込むようにして
「逃がさん……!」
拘束していたピロロを邪魔だとばかりに眼下の海に放り投げ、ミストバーンが鬼気迫る勢いで俺に向かってきた。
それを見て俺はようやく、安堵の息を密かについた。……と同時に、俺は腕に抱いていたメルルをあろうことかミストバーン同様に宙に投げ捨て、流氷漂う海に落ちる寸前となっているピロロに向かって全力で飛翔した。
ミストバーンから放り投げられたピロロは、そのまま重力に従い海中に落ちる寸前だった。それを俺はかろうじて海面すれすれでキャッチして、その腕の中にしっかりと抱きしめた。
俺の意表過ぎる動きに、ミストバーンが愕然とした表情で俺を上空から見下ろしている。
「貴様、いったい……」
くくっ。やはり気づいていないようだな。ミストバーンが暗黒闘気の使い手とは聞いていたから心配だったが、どうやらその心配は杞憂だったようだ。
「くくっ。特別にネタばらしをしてやるよ。さあ、お気に召したらお捻りを頼むぜ?」
俺はニヤッと笑みを浮かべて、重ねた指をパチンと鳴らした。途端に、俺の腕に抱かれたピロロと、宙に投げ出されたメルルの身体を白い煙が包み込む。そしてその煙が晴れた時には、ピロロだったものはメルルに、メルルだったものはピロロの姿に変わっていた。
つまり、俺の腕の中にいたピロロは、メルルの姿に変わった事になる。
「――なッ!?」
「な……?」
驚愕の言葉を発するミストバーンと、そのミストバーンを揶揄する俺の言葉が奇しくも重なる。
俺の腕の中のメルルは、呆然とした顔で俺を見上げている。俺はサバイバルナイフを使って、メルルの口に巻かれている荒縄を慎重に切断してやった。
「やあ、メルル。助けるのが遅くなってごめんよ。精一杯やったんだけど――」
俺の言葉は途中で中断させられた。それは、メルルがギュッとその両手を俺の首に廻して抱き着いて来たからだった。
「ポップさん、ポップさん! ありがとうございます。助けてくれて! 私、私、本当は……怖くて……」
そう言って肩を震わせ俺の胸に飛び込んできたメルルを、俺は落ち着かせようとその背中に手を回して優しく撫でた。良かった、本当に良かった。
「……貴様……私を謀ったな……」
おっと、上空から凄まじい殺気が俺に放たれてきた。ちっ、こいつらさえいなかったらこのままメルルと熱いキスを交わす所までいけたかもしれないのに、無粋な奴らだな。仕方ない、もう少し相手をしてやろう。
俺はメルルを右腕にしっかりと抱きしめたまま、ミストバーン達のいる高度まで飛翔した。キルバーンの後ろには、ばつの悪そうな顔をしたピロロがいる。
「くくっ。もう理解しただろう? 俺は、メルルとピロロにそれぞれ逆の姿になるように
「……」
それは、ギリッと奥歯を噛みしめる音が聞こえて来るかのような、氷の沈黙だった。怖えな、おい。ミストバーンの背中から隠しようのない闇のオーラが吹き上がっているぞ。その隣では、ピロロがキルバーンに謝罪する声が漏れ聞こえてくる。
「ごめんよ、キルバーン。ボク……」
「ウフフフ。悪運の強い子だね、ピロロ。今度は油断しない事だね。……次は無いからね」
……ピロロか。メルルがミストバーンの手から離れた瞬間、俺はピロロを開放する前に殺害する事も可能だった。しかし、あいつは俺の言葉に従い、自身が
だから、あいつを無傷で解放してやったのは、それに対する俺なりの温情のつもりだった。
……しかし俺は、この先何十年もの長きに渡って、この時俺が下した判断を後悔し続けることになる事を、この時点では知るすべも無かった。
「さあ、今度こそ本当に俺は退散させてもらうぜ」
そう言って、俺は再び
しかし……。
「おっと。待ちたまえ、氷の賢者君。めったに感情を露わにする事の無いミストをここまで動揺させた君に、特別サービスで一つだけ忠告しておいてあげよう。今、
「何だと……?」
後は
「輪切り……だと。お前、まさかまた……」
「クックック。その通りだよ。君からも好評だったあの鳥かごを既にこの戦場に構築済みなのさ。信じられないというのなら、試してみると良い」
その言葉に、俺は思わず下唇を噛みしめた。ハッタリ……いや、恐らく本当だ。メルルを奪還した以上俺がこの戦場に留まる理由が無いという事を、聡いこいつならすぐに察したはずだ。それを防ぐために、かつてベンガーナの上空でこいつが仕掛けたあれは実に有効だ。
キルバーンとミストバーンの隠しようのない俺への殺気に当てられたのか、俺の腕の中のメルルがギュッと身体を硬化させるのを俺は感じた。俺の邪魔をしないようにとメルルは気丈に振る舞っているが、常人なら向けられただけで気絶しそうな威圧を俺と共に受けているんだ。無理も無い……。
……よし。メルルには悪いが、マァムと同じようにいったん例の魔法の筒の中に入っていて貰おう。その方が俺も、
「メルル、済まないけれどちょっとの間この筒の中に入って――。……? あれ、筒、筒が無い? どうして……?」
俺が腰のベルトに差していたはずの魔法の筒を探して手を巡らせていると、「クックック……」という耳障りな笑い声が聞こえてきた。
「クックック。もしかして、捜し物はこれかい?」
そう言って、手の中の魔法の筒をブラブラと揺らしながら、からかうように俺に見せつけてきたのはキルバーンだった。
紛れもなくそれが俺の探していた物だった俺は、思わず声を荒げていた。
「なっ!? いつの間に……!」
どうして俺の腰に差してあった魔法の筒が奴の手に……!? すると、俺のその疑問に答えるかのように、キルバーンの背後から嫌らしい笑みを浮かべた使い魔が現れた。
「キャハハハ。ボクが、君の元から離れる時にいただいておいたんだよ。お前のせいで怖い思いをしたんだ。ざまあみろっ!」
くっ、ピロロめ。そうか、あの時こいつが俺のベルトに差していた魔法の筒に、手を伸ばしていたのか。畜生め。温情なんかかけずに、あの時こいつを始末しておけば良かった……!
「よくやったよ、ピロロ。この魔法の筒のおかげで、パプニカでは思わぬ不覚を取ったからね。ウフフフ。こういうやっかいなアイテムは、こうしておくに限るよ……!」
そう言ってキルバーンは魔法の筒を左手で握りしめ、グシャッと握りつぶした。
ちっ、貴重なアイテムだったというのに、詰めを誤ったな。こうなったら、メルルの安全を第一にこいつらと渡り合うしかなさそうだ。そう考えた俺は、ドラゴンローブを束ねている腰のベルトを外して、バサッとローブを大きく広げた。
「メルル、怪我をしたらいけないから、このローブの中に入ってくれるか?」
「……はい、分かりました、ポップさん。でも、私の事はどうか気にせずに、自分の事だけを第一にして下さい……。私なんかより、ポップさんの命の方が大切ですから……!」
「それは聞けないな。俺の中では、将来の恋人であるメルルの命が一番大切だから。大丈夫、メルルを守って、俺も無事に帰還してみせるさ。バクーモスの時だって、そうだっただろう?」
俺はことさら、こんなの危難でも何でも無いよと、いうような笑顔を浮かべて、メルルをローブの中に迎え入れた。そのメルルは、若干顔を赤らめて「分かりました。では、この戦いが終わった後、私はあの時のようにポップさんに回復呪文をかけます……!」と俺に宣言してくれた。
俺がそんな会話をメルルと交わしていた時、突然鋭い風きり音が発せられた。それは、キルバーンがその手の中の漆黒の鎌を大きく回転させた音だった。そしてそのまま、鎌を肩に担いだキルバーンは俺に指を突きつけて言った。
「ククク。大きく出たね、氷の賢者君。状況が分かっているのかな? その娘を助け出したとはいえ、君達は二人揃って僕の鳥かごの中に囚われているんだよ? ましてや君は、君にとって足手まといにしかならないその娘を抱えている。これで、どうやってその娘を守って君も帰還するというのさ」
「そうだ、そうだ! 今度こそ、お前の首でお手玉をしてやるぞ!」と、キルバーンの背後にいるピロロもやかましい事この上ない。やっぱりあいつ、始末しておくべきだったな……。
「はっ。分かってないな、キルバーン。男の子ってのは、惚れた子の前では実力以上の力が出せるものなんだよ。メルルが足手まといなわけないだろう。メルルは、いつだって俺に火事場のクソ力を与えてくれるブースターのようなものなんだよ……!」
「クスクスクス。だったら、それを証明してみたまえよ、氷の賢者君」と、キルバーンが肩に担いでいた鎌を俺に突きつける。同時に、ミストバーンも両手の爪をスッと延ばして戦闘態勢を取った。
さあ、どうする……。俺が魔王軍幹部クラス2名を相手に勝利するための戦略を構築している時、上空より発せられた大きな声が突然戦場に轟いた。
「――待たせたな、ポップ!!」
「ポップー! 大丈夫ッ!?」
それは、その存在自体が鋼鉄の盾と錯覚しそうな程の巨軀を誇るリザードマンと、俺が誰よりも頼りとする弟分の2人だった。
本日はここまでです。