転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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130話 超魔生物の脅威

「待たせたな、ポップ!!」

 

「ポップー! 大丈夫ッ!?」

 

 

声だけで判別できるその頼りになる仲間の声に、俺は喜色を浮かべて上空を見上げた。すると、ガルーダに両肩を掴まれたクロコダインのおっさんと、そのおっさんに続くようにダイが上空より駆け下りてくる所だった。

 

「――おっさん、ダイ!」と声を上げた俺はしかし、不意にまずい事に気がつき、慌てて声を張り上げる。

 

「ま、待てっ、おっさん! ここには見えない刃が――「ガシャーーン!!」」

 

俺の言葉が終わる前に、突然ガラスが砕けたような音が周囲に響き、何やら細かな破片がキラキラと日の光を反射しつつ海に墜ちていった。俺がその様子を呆然として見つめていると、キルバーン達と俺との間に割って入るようにして目の前で急制動したおっさんの背中が、俺の視界いっぱいに映った。そして、一呼吸おいてダイもそのおっさんの隣に並び立つ。

 

「ほう……、もうメルルは救出しているようではないか。さすがだな、ポップ」

 

おっさんが僅かに首を肩越しにめぐらせ、俺のローブの内側にいるメルルを見てニヤッと笑みを浮かべる。その言葉に、ダイは身体ごとこちらを振り返り、喜色を浮かべてメルルに言葉を投げかける。

 

「本当だ! メルル、大丈夫だった? 心配したよ」

 

「は、はい……。クロコダイン様も、ダイさんもご心配をおかけして済みませんでした」

 

そんな会話をダイ達は交わしているが、俺はクロコダインの状況が気になって仕方なかった。

 

「お、おっさん……。来援に来てくれたのはありがたいが、その……降りてくる最中に、見えない刃で身体を切り裂かれなかったのか?」

 

「見えない刃……? ああ、そう言えば先ほど少し肌がむず痒く感じはしたが、そうか、その事を言っているのだな?」

 

そう言っておっさんは、そのゴツゴツした固そうな自分の肩に軽く触れた後、これしきの事何ほども無いという顔をした。

 

「むず痒くって、あれって一応あそこにいるキルバーンが仕掛けた『鳥かご』って言う刃の結界だったんだけどな。どんな肌をしていたら、あれを痒く感じるんだよ……」

 

俺はおっさんの規格外の防御力に唖然とした。恐らく、おっさんが結界を破り鳥かごを粉砕した事で、ダイはその存在自体に気づく事なくここまで来たのだろう。

 

「ぐっふっふ! 俺の代名詞は、この鋼鉄の身体だぞ。そのような目に見えぬ程度の刃など、蚊ほども感じぬわ! 俺に傷を付けたければ、オリハルコンの刃でも持ってくるのだな!」

 

そのおっさんの高笑いに、突然の来援に動きを止めていたキルバーンが苦々しげに口を開いた。

 

「……そうか……。そうだったね。君達の中で、空を飛べる奴が勇者以外にもいたっけ……。しかし、僕の鳥かごの結界をこれほど無造作に破るとは、さすがは獣王と言っておこうか」

 

「なんだよ! あいつなんて、ただの鈍感リザードマンさ!」とピロロ。だが、おっさんがそのピロロをギロっと一睨みすると、慌ててピロロはキルバーンの背中に隠れた。

 

くくくっ。何だって良いさ。おっさんとダイが来てくれたら、百人力だ。俺は2人の背後から、ミストバーン達に言葉を投げかける。

 

「さあ、形勢逆転だな。こっちには3人。そちらは2人だ。どうする、逃げたいなら追わないぜ?」

 

俺のその挑発に、キルバーンはぐっと息を呑むように押し黙った。しかし、ミストバーンだけは何故か肩越しに背後を振り返り、呟くように言葉を発した。

 

「……来たか」

 

何が、と俺が考える間もなく、突然巨大な何かが戦場に現れた。その何かは凄まじい速度でここに到着し、キルバーン達の隣で急制動をかけて停止する。その何かは、全身にズタボロの黒い布を纏っていて、爛々と光る目を俺達に向けていた。

 

 

 

海上に吹く強い風に煽られ、バタバタとその男(?)が頭からすっぽりと纏った黒い布がたなびく。……大きいな。おっさんの体躯に匹敵するほどだ。そして、今の飛翔呪文(トベルーラ)の速度、布の下から感じる圧倒的な威圧感が、この突然現れた男がただ者では無い事を俺達に告げていた。

 

おっさんとダイが、ぐっと腰を落としていつでも動ける態勢を取る。当然、俺もだ。メルルを抱えた俺の腕に力がこもる。こいつが魔王軍の一員である事に疑いの余地は無かった。旧知の仲なのか、ミストバーンもキルバーンもこの男に警戒する素振りは見せていない。

 

しかし、あの目。どこかで見た気がするが……。

 

「ククク。久しぶりだな、ダイ、ポップ、それにクロコダインよ」

 

黒ずくめの男が、野太い声で俺達にそう語りかけてきた。久しぶりだと……? やはりこいつは俺達と以前会った事がある奴なのか? 警戒心をむき出しにする俺達に対して、ともすれば威厳すら感じられる口調のまま鷹揚な態度を崩さない男。その男が、俺達を憎たらしい程ゆっくりと見渡して口を開く。

 

「さっそく勇者を……、と言いたいところだが、ちょうど良い前座がいたわ。クロコダインにポップか……。ちょうどいい。お前達には、バルジの島での借りがあったな」

 

バルジの島……! こいつ、まさか……!?

 

「――ダイ、ポップ、下がれ!!」

 

突然、おっさんが俺達に対して声を張り上げた。同時に、そのおっさんはガルーダの力を借りて男に対して突っ込んでいく。そして、それは男も同様だった。

 

キルバーン達と俺達の中間地点で、ガツーーンとぶつかり合うおっさんと黒ずくめの男。重量級同士の戦士のぶつかり合いに、思わず顔をしかめそうになるほどの硬質な音と衝撃波が周囲に走った。

 

おっさんと黒ずくめの男は、互いに拳を重ね合わせ手四つの力比べを始めていた。まるで獣王改心撃を放つ時のようにおっさんの両腕に血管が浮かび、筋肉が盛り上がっている。それは、見ている俺まで思わず力が入るほどの、拮抗した力比べだった。

 

だが、拮抗していたように見えた両者の力比べは、信じられない事に徐々におっさんが押され始めた。互いにがっぷり四つで組み合わせていた両の手が、徐々におっさんの方に覆い被さり始めたのだ。

 

「グ、グググ……! な、何という力か……!」

 

おいおい、嘘だろう。パワーファイターのおっさんを上回る膂力なんて、見た事も聞いた事も無いぞ。あのバランだって、竜闘気(ドラゴニックオーラ)抜きでおっさんをパワーで圧倒する事など、出来ないはずだ。

 

今やおっさんに覆い被さらんと押し込んでいる黒ずくめの男が、背中を逸らせつつあるおっさんを揶揄するかのように語りかける。

 

「フッフッフ。どうした、クロコダイン。お前達軍団長は、各々の得意とする分野では魔軍司令すら上回るのではなかったのか?」

 

「――!? 貴様、やはり!? ええい、姿を見せぬかッ!! ――カァァッ!!」

 

その言葉を聞いた瞬間、おっさんの目がくわっと見開き、その口を大きく開いた。そしてその口からおっさんの特技『焼け付く息(ヒートブレス)』が勢いよく放たれる。

 

至近で喰らったその炎の息に、さすがに黒ずくめの男は組み合わせていた両手をほどき後方に退いた。だが、既に奴の羽織っていた黒い布は真っ赤に燃え上がっていた。その炎は、黒い布を煤へと変えながらなおも燃え盛る。

 

そして、奴の纏っていた黒い布の全てが煤へと変わるのにそれほどの時間を必要とはしなかった。その黒い布の下から現れた姿……。

 

 

それは、テランの襲撃時に死んだと思われていたハドラーだった。

 

 

 

「やはりハドラーであったか……。しかし、その姿は……」と、その異形から目をそらさないままおっさんがそう口にする。ああ、そうだ。おっさんが思わずそう言いたくなるほど、ハドラーの外観は変貌していた。腰まで長く伸びた銀髪。それにその肉体は、まるで……。

 

「――! そうだ、超魔生物……!」

 

ロモスでの事を思い出した俺は、思わずそう口に出していた。俺のその言葉が聞こえたのか、ハドラーは俺に視線を向けて肯定の言葉を発した。

 

「そうだ、ポップ。俺は超魔生物として新たに生まれ変わったのだ。お前達に勝つためにこれまでの全てを投げ捨ててな!!」

 

やはりそうか……。ザムザの研究成果を元にザボエラが完成させたんだな。しかし、これほどのパワーアップを果たすとは……。俺は、新たに生まれ変わったハドラーの内面から感じられるその圧倒的な魔力に、思わず唾を飲み込んだ。

 

「クックック。クロコダインの次は貴様だ、ポップ!! ――火炎呪文(メラゾーマ)!!」

 

超魔生物が呪文を唱えただと!? いや、そんな事よりまずはこれを防がないと!! 腕の中にいるメルルの事を考慮した俺は、最も防御力に秀でた呪文を選択する。魔力圧縮は……間に合わない!

 

「くっ! 防御光幕呪文(フバーハ)(×3)!!」

 

目を見張るほどの火炎呪文(メラゾーマ)の発現速度に、十分な魔力圧縮が間に合わないと判断した俺はいったん3倍に圧縮した光幕を展開する。かろうじてハドラーの手から放たれた黒い炎が着弾する直前に、その光幕が俺の全身を包み込んだ。だが、呪文を発動するために突き出した左の手に感じる業火の圧力が、この危機的状況から全く脱していない事を伝えていた。

 

既に光幕の何処かしこに亀裂が入っているのか、十分な耐魔性能を有しているはずのドラゴンローブの防御力すら突き抜けて、地獄の業火の熱風が俺の身体に吹きつける。メルルが苦しそうに眉を潜めるが、俺の集中力が削がれる事を気にしているのか、うめき声一つ上げずに堪えてくれていた。

 

――もう少し耐えてくれ、メルル! 今、光幕の強度を上げる!

 

即座に俺は、後述詠唱で防御光幕呪文(フバーハ)に対して行える魔力圧縮を限界値である5倍まで跳ね上げ、展開中の防御光幕呪文(フバーハ)に重ねがけする。

 

それによってかろうじて光幕が安定するが、この時既にハドラーは次の行動に移っていたようだ。突如として炎をかき分けてハドラーが俺の至近に肉薄した。いつの間にか、その右拳からはヘルズクローを出現させている。

 

俺は、ハドラーがそれを俺の胸に突き込もうとしている様子を、何故かスローモーションのようにはっきりと感じた。おいおい、冗談じゃ無いぞ。今、俺の腕の中にはメルルがいるんだ。

 

せめてメルルだけはその射線軸上から逃れさせようと、そのメルルの身体を俺から引き剥がすように彼女の腕を引く。

 

だけど、俺に出来たのはそこまでだった。避けられない。俺はいつぞやの時のように、そのヘルズクローが俺の胸に吸い込まれる光景を思い浮かべ、思わず顔を背けた。

 

 

ガキィーーン!

 

金属同士がこすれ合う甲高い音が俺の耳朶を打つ。驚きと共に俺が正面を向き直ると、そこにはハドラーのヘルズクローをパプニカのナイフでガッチリと受け止めるダイの姿があった。

 

「ポップ、下がって!!」

 

そのダイの言葉に俺は一も二もなく従って、後方に下がる。

 

ヘルズクローとナイフのつばぜり合いは長くは続かず、すぐにダイも後退する。

 

俺を仕留め損なった事を特に気にもしていない様子で、ハドラーはニヤッと俺たちに向けて笑みを浮かべた。

 

「……あの時とは逆だな。まだひよこも同然だったお前が、よくもここまで成長したものよ。それでこそ我が好敵手……」

 

あの時……。デルムリン島での事を言っているんだろうな。あの時俺は、ダイに突き込まれようとしていたヘルズクローからダイを救うために、とっさにその身代わりとなった。そして先ほどダイは、あの時とは全く逆に、俺を助けようと飛び込んでくれた。しかも自身は無傷のままで。

 

ああ、ハドラーの言うとおり、よくここまで成長したものだよ。俺はダイの後ろ姿を見て、誇らしい気持ちを抱く。

 

俺がダイの背中を見つめていると、その背に背負った剣が「ガシャン」と音を立てて鞘から飛び出した。お、驚いたな、勝手に鞘の口が開いたぞ。ダイも一瞬だけ驚いた表情で振り返ったが、直ぐにスラリと剣を引き抜いてハドラーに対して構えた。

 

 

ダイの手にある剣をじっと見つめていたハドラーは、その顔に深い笑みを浮かべた。

 

「ほう……。それが貴様の新しい剣か。面白い。では、俺の剣も披露せねば失礼というものだな」

 

俺から見てもダイの手にある剣は凄まじい力を秘めている事が分かるが、そのダイと対峙しているハドラーはそれを意にも介さずニヤリと笑みを浮かべる。

 

そして、自身の右手の拳から出現させていたヘルズクローを仕舞い、代わりに艶めかしい光沢を放つロングソードをその甲から出現させた。な、何だ、あの剣は……!? 日の光を反射し、その剣は白銀に輝いている。その輝きは、今ダイの手にあるダイのためだけの剣の放つ輝きと酷似していた。まさか、あの剣は……。

 

「その剣は……まさか……覇者の剣!?」

 

俺のその呟きを拾ったハドラーが、「そうだ! 俺も持っているのだ。お前の剣に勝るとも劣らぬ伝説の武器 覇者の剣をな!」と、不適な笑みを浮かべた。

 

なんてこった。……皮肉な話だな。共に『覇者の剣』と『覇者の冠』という、恐らく同一人物が装備する事を想定されて作り出された剣と冠が、このように装備者を別にして対峙し合う事になるとは。

 

「どんな剣が相手でも負けるもんか!」

 

どす黒い熱波のような闘気を纏ったハドラーに対して、ダイも竜闘気(ドラゴニックオーラ)をその全身に纏わせていく。一触即発の気配に俺達は息をのんだ。

 

「フフフ。どうやら、今度は2対3から、3対3になったようだね。これで数は揃った事になるが、どうする……? 続けるかい、ミスト?」

 

キルバーンが自身の隣で佇むミストバーンにそう声をかける。問われたミストバーンはほんの少しだけ沈黙し、ハドラーに対して視線を投げた。

 

「ハドラー、お前はまず大魔王様にお目通りせねばならん。今のお前なら、大魔王様も寛大なお言葉を下さるだろう。……勇者との戦いはいったん預けておけ」

 

そう声を掛けられたハドラーはダイを一瞥し、吹き上がるように発せられていた黒い闘気を抑え込んだ。

 

「クックック。賢者も悪くは無いが、やはり俺の血が騒ぐのはお前よ、ダイ……! だが、残念だがお前は見たところ万全では無い様子。ミストバーンの言葉に従い、まずは大魔王様の下に馳せ参じるとしよう。……アバンの使徒共よ。俺は『死の大地』でお前達を待つ。雌雄はその時につけるとしよう……!」

 

「フフフ。いい勝負が見られるかと思ったけれど、仕方がないか。僕も少々動きすぎて疲れたしね。それじゃあ、氷の賢者君。また遊ぼう。では……シー・ユー・アゲイン!」

 

 

 

そうして奴らは光の矢と化して、北の空に向かって去って行った。ふー、『死の大地』……か。まあ、特別目新しい情報という訳では無いな。ヒュンケルとおっさんが以前鬼岩城の足跡を追いかけて行ったら、『死の大地』にほど近い海岸でその足跡が途切れていたと言っていたし。

 

しかしハドラーめ……。とんでもなくパワーアップをしてやがる。バルジの島では、ハドラーに対して遠距離戦に徹する事で、どうにか勝利を収める事が出来た。だが、次にやったらたとえ距離を取った戦いが出来たとしても、勝てる自信は全くないな。

 

「ダイ、気がついたか……? さっきハドラーが俺に対してヘルズクローを撃ち込もうとした時……」

 

「うん、気づいた。ハドラー、ポップのローブの中にメルルがいるのを見て、一瞬闘気が揺れたね。今までのハドラーだったら、そんな事は無かったのに……」

 

そうだ、あの瞬間、走馬灯のようにハドラーの動きをスローモーションに感じていたから俺でも把握できた。ハドラーは、俺の懐にメルルがいるのを見て、確かに攻撃を躊躇した。もしあの躊躇が無ければ、ダイの飛び込みが間に合わなかったかもしれない

 

「ふむ……。かつてのハドラーとは違う、と俺も感じたな。ハドラーは、武人として一皮も二皮もむけた、そんな風に思える」

 

おっさんも、ハドラーの取った行為に気づいていたのか、ハドラーをそう評した。

 

はー……、まいったな。どうやらハドラーは、ダイとおっさんが評す通り、今までとは一線を画す強敵になったようだ。

 

正直、ハドラーがこれまでのように鼻水を垂らすようなメンタルだったなら、そこを突く事でまだ勝てたかもしれない。だけど、認めたくはないが、先ほどのハドラーからは隠しようのない覇王の風格のような物を感じた。今のあいつは、決して鼻水を垂らしたりしないだろう。

 

何が転機だったのかは知らないが、間違いなく言えるのはメンタル面でも奴は急激なパワーアップを果たしたという事だ。

 

しかし、どうもあれだな。なんとなくだけど、この物語も佳境に入ってきた……、そんな気がするな。準備は足りているだろうか? 敵さんの検証は十分か? やるべき事はたくさんあるが、果たして間に合うか?

 

いや、いずれにしても全力で立ち向かうだけだ。皆と力を合わせて……な。俺は、不安そうに奴らの消えていった北の空を見つめているダイとおっさんに声をかけた。

 

 

 

「え、マァム、やっぱり怒ってた?」

 

ミストバーン達が去った後、俺達は先ほどまでとは打って変わって凪のように落ち着いた海の上で軽く情報共有をしていた。その課程で、ダイからマァムが怒っていたよ、という話を聞いた俺はドキッとして、思わずダイに問い返していた。

 

「うん。俺、マァムから伝言を預かっているよ。えっと、『メルルを絶対に助け出す事。それと、一人で突っ込んでいった事については、戻ってきた後説教よ!』、だったかな」

 

「うむ。概ねそのような感じだったな。ハッハッハ。ポップ、もう諦めてマァムにお灸を据えられるのだな」

 

「諦めきれるかよ!? 畜生、せっかくメルルを助け出せたのに、そんなのあんまりだ……」

 

俺がそんな風に嘆いていると、メルルがクスクスと笑って言った。

 

「フフフ。ポップさん、私が魔王軍に捕まったのが悪いんですから、私からもマァムさんに許して貰えるようにお話しますよ」

 

「いや、メルルは何も悪くないよ。悪いのはキルバーンだって。全く、俺のメルルにあんな薄汚い手で触れるなんて、許しがたいぜ」

 

俺の言葉に、俺の腕の中にいるメルルはほんの僅かに頬を染める。うーん、かわいい。やっぱりメルルは天使だ。こんな天使にお仕置きをするなどと、どの口が言っているんだ、あいつらは全く。そんな事を考えていると、何かを思い出したのか、不意にメルルが真剣な表情で口を開いた。

 

「……あの、ポップさん。さきほどのキルバーンという人ですが、あの人はいったい何者なのでしょうか?」

 

「ん……? キルバーンかい? いや、それが俺もよく分からないんだ。生物に特効のあるマァムの閃華裂光拳を喰らってもピンピンしていたし、氷の中に閉じ込められてもまるでダメージを受けているようには見えなかった。だけど、あれほど流暢に言葉を操って、身軽に動いているんだから、生物は生物だと思うんだけど……。何か気になる事があった?」

 

「いえ、……私、あの人の腕に拘束されていたのですが、あの人からは匂いというか、生き物なら誰でも身に纏っている生活臭のようなものがまるでしなかった気がして……。

なんだか、そこにいるのにそこにいない人に捕まっていたような……。ポップさんからいただいていた迷い草が通じなかったのも、そのせいかもしれません。……ごめんなさい、何を言っているのか自分でもよく分からなくなりました。余計な事を言いました。忘れて下さい、ポップさん」

 

ふむ……。そこにいるのにそこにいない人……か。面白い表現だな。影の薄い人、あるいは、存在感の無い人って意味だろうか? あの外見と語り口で? それに生活臭がしない……か。まあ、確かにあいつが飯を喰ったり、風呂に入ったり、眠ったりしている姿は想像しづらいな。あ、でも、それはミストバーンも一緒か……。

 

だけど、ピロロの言葉が正しいとするなら奴はスタミナに不安があるはずだ。つまりそれは疲れるって事だし、疲れるという事はやはり生物と考えて良いよな……。ちなみに、奴の使い魔であるピロロは間違いなく生物だ。俺がこの腕にしっかりと捕らえていたから間違いない。あいつの心臓は、俺の腕の中で確かに脈動していた。

 

うーん、……いくら考えてもよく分からん! この件については、ミストバーンと合わせて後でまたじっくり考えるとしよう。ヒュンケルにも、ミストバーンの事を聞かなきゃならんしな。メルルが、俺を迷わすような事を言ってしまったのではと、気を揉んだ視線を俺に送るから、俺はニヤッと笑みを浮かべた。

 

「生活臭がしない……か。くすっ。キルバーンのことはよく分からないけど、メルルからは、しっかりと生活臭がするね」

 

「えっ、わ、私そんなに匂いますか!? あ、汗臭いですか!?」

 

突然、メルルが俺の腕の中で身じろぎして、自身の纏っている藍色の服の袖に鼻を近づけて匂いを嗅ぐような所作をする。

 

「汗臭くは無いさ。いや、別に汗臭くても良いけど。ただ、同じローブに包まっているからか、いつも以上にメルルの匂いを近くに感じるってだけだよ。そうだなー、メルルの匂いは桃、いやロウの実のようなフルーティーな匂いかな。良い匂いで、俺は好きだよ」

 

俺の言葉に、メルルは顔を真っ赤にしたかと思うと、突然俺の腕の中でワタワタと暴れ出した。

 

「も、もう悪い魔物はいなくなったんですから、私、ローブから出ます! は、離して下さい、ポップさん!」

 

「わっ! ちょっ、急に暴れたら危ないって、メルル!」

 

突然ローブの中から出ようとごそごそと動き始めたメルルだが、誤って海に落としたら大事だ。俺は「ちょっと待って」、と声を掛けながらメルルの身体を押さえている腕に力を込めた。

 

 

 

そんなほのぼの(?)としたやり取りをしている俺達を、ダイとおっさんが肩を竦めるようにして見つめていた。

 

 

 

 

 

~~~~ 死の大地 バーン居城~~~~

 

死の大地の地下に広がる大魔王の居城、その奥深くでワインを片手で転がしながら、バーンが玉座にゆったりと腰を掛けていた。

 

彼の前には、頭を下げる2人の腹心、ミストバーンとキルバーンがいた。先ほどまではこの場にハドラーもいたが、彼は新たに死の大地の守護者に任ぜられ、既に持ち場へつくために退席していた。

 

「……申し訳ありません、バーン様。お預かりした鬼岩城を……」

 

「ウフフフ。バーン様。僕も勇者一行(パーティー)の賢者の暗殺にまたしても失敗してしまい、お恥ずかしい限りです」

 

「ごめんなさーい、バーン様♪」

 

ミストバーンの隣で、暗殺の不首尾について笑みを浮かべて詫びるキルバーンと、その周囲を飛び交うピロロ。寡黙に謝罪するミストバーンと、それとは対照的に詫びているのか面白がっているのか分からないキルバーンと使い魔の様子に、バーンはフッと笑みをこぼした。

 

「フッフッフ。そのような事は気にするに及ばぬ。……しかし、なかなかどうして、彼らもやるではないか」

 

「ご心配なく、バーン様。3度目はありません。次は少し趣向を変えて――」

 

キルバーンのその言葉を、バーンは手を上げて制する。

 

「いや、それには及ばぬ。余も、ミストバーンにこれほど感情を露わにさせた人間に興味が沸いた。あの者に、余の前に現れる力があるのならば、一度会ってみたい」

 

そのバーンの言葉に、ミストバーンもキルバーンも驚いた。それは、大魔王バーン自らが会ってみたいと望むほどの人物は、これまでに数えるほどしかいない事を知っていたためだった。彼らが知る限り、ここ数十年では魔界の名工と唄われたロン・ベルク、そして(ドラゴン)の騎士であったバランの2人しか存在しなかった。

 

「それより、そなたには別の者の暗殺を頼みたい……」

 

「別の? それは……賢者以外のアバンの使徒ですか?」

 

「アバンの使徒ではない……。それに、お前でも殺れるかどうかは分からん……」

 

「――!?」

 

その言葉に、キルバーンが肩に担いだ大鎌がピクッと動いた。それは、キルバーンの暗殺者としての誇りが傷ついたためか、あるいは対象に興味が沸いたためなのか、上目遣いでバーンを見つめるその表情からは読み取れなかった。バーンはそのキルバーンの心境を気にする様子も無く、言葉を続けた。

 

「……だが、あれも所詮は人の親だ。今は静観を決め込んでいても、この先どう転ぶかは分からん……」

 

その言葉でキルバーンは、バーンの求めている暗殺対象者を理解した。

 

「……眠れる(ドラゴン)を……消せ……と……?」

 

バーンはキルバーンを見下ろしたまま、何も答えない。その様子を見てキルバーンはニヤっと笑みを浮かべる。

 

「……なるほど。それは確かに氷の賢者などより遙かに大物だ。……しかし、残念ですね。氷の賢者の弱点(ウィークポイント)を掴んだ所だったのです。そこで次は、人間を使った罠を試みようと思っていたのですが……」

 

キルバーンの言葉が意外だったのか、ミストバーンが思わずその重い口を開く。

 

「人間……? キル、お前が二度、いや、三度もしくじったあの男の暗殺が、人間ごときに可能だとでも?」

 

「違うよ、ミスト。僕が狙っているのは、人間にあの男を殺させるのではなく、あの男に人間を殺させる事だよ。どうやって殺させるかはまだ考えていないが、まず、あの男の大事にしている者、例えば今日の娘なんかを()()に殺させるのさ。それも、出来るだけ惨たらしくね。それを彼に知らせて、彼にそれをした人間に復讐させるのさ」

 

バーンが不思議そうに顎に手を当てて、キルバーンに視線を投げかけた。

 

「ふむ……? あの男を殺すのでは無く、あの男に人間を殺させるのか? それにいったいどのような意味があるのだ、キルバーンよ」

 

「ウフフフ。僕の見立てでは、あの男は魔物を殺した事はあっても、人間を殺した事はないはずです。興味がありませんか? 人間を殺した氷の賢者に。もしかするとそれによって、あの男の肉体では無く、精神を殺せるかもしれませんよ?」

 

キルバーンの言葉を思案していたバーンが、首をかすかに振って否定の言葉を発した。

 

「……分からぬな。お前の暗殺の手を幾度もくぐりぬけるほど知恵も胆力もある男が、今更人間の一人や二人殺した所で何が変わるとも思えぬ」

 

「大魔王様。人間の精神構造は我々とは異なります。特にあの男は――」

 

更に説明しようとしたキルバーンの言葉を、ミストバーンが遮る。

 

「キル、その話は終わりだ。大魔王様のお言葉は……」

 

「はいはい、分かっているさ、ミスト。大魔王様のお言葉は全てに優先する、だろう? あの男に対する暗殺計画はいったん棚上げにするよ。僕もさすがに、バラン君を相手にしながら、他を気にする余裕なんてないからね」

 

キルバーンは、ヤレヤレと言いたげに両の手の平を上に向け、肩をすくめた。その様子を見てバーンは、琥珀色のワインがなみなみと注がれたワイングラスに口をつけた後、静かに問いかける。

 

「出来るか、キルバーンよ? 相手は、生半(なまなか)な相手ではないぞ」

 

キルバーンは、そのバーンの問いかけにほんの僅かに沈黙した後、慇懃に頭を下げて答えを返した。

 

「……相手が相手です。絶対に出来る、とは言い切れません。ですが、少々仕込みに時間をいただければ……あるいは可能、かと……」

 

その言葉にバーンは、ただ鷹揚に頷きを返した。

 

 

 

 

 

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大魔王戦役から150年経った現在、当時の大戦を振り返った検証は私を含めて一部の研究者の間で今も続けられている。その検証の多くは、当時を生きた者が残した証言や各地に残された戦役の爪痕を元に続けられているが、その検証は当然、大戦の英雄の一人である『氷の大賢者』ことポップ・マーカストンが残した著作にも触れている。

 

彼は、後世『多才の人』とも呼ばれるほど各方面に造詣が深く、その多くの分野で彼の言葉が語録という形で残されている。特に多くの語録が残されているのは食に関する分野であり、それは、大魔王戦役前後に新たに生まれた料理のほとんどに彼が関与していたと言われるほどである。

 

次いで、医療魔法に関する分野、生活魔法に関する分野、夫婦円満に関する分野の順で語録が多く残されているが、意外にも大魔王戦役について触れた語録は、彼の著作を除けばそれほど多くは残されていない。

 

以下は、彼の著作の末尾に記されている大魔王戦役を振り返った述懐の抜粋である。

 

『大魔王戦役を今振り返ってみると、戦役の初期から中期の段階では、私達は自分達の力をただひたすら高め、強大な力を有する魔王軍と対峙するという単純な戦いの構図だったと記憶している。しかし、戦役が終盤に向かうにつれ、私達と魔王軍の力は互いに拮抗し、一つの失策が命取りになる、そんなステージへと徐々に移っていったように思える。

 

 これは私の驕りかもしれないが、今思うと、私はいつからか大魔王バーンとさながらチェスをするかのように、一手一手の差し合いをしていたように感じる。そして、その差し合いの最中に、私はいくつかの失着を犯した。そして同時に、大魔王バーンもいくつかの失着を犯した。

 

戦役の終盤では、互いが互いの駒を取っては奪われるといった、まさに薄氷を踏むような戦いが続いていたように思えるが、最終的にその盤面を私が制する事ができたのは、ひとえに私の失着を補ってくれた仲間達と、後はほんの少しの幸運が味方してくれたおかげだと考えている。

私と大魔王バーンとの差は、まさにここにつきた』

 

 

このポップ・マーカストンが残した述懐のうち、彼が犯した失着とは何だったのか、と言う論争は彼の死後も研究者の間で長く続いたが、その答えに繋がる書簡が今より32年前にギルドメイン大陸のテランの里の民家で発見された。

 

その書簡は現在、新生リンガイア王国の首都リンガイアの町にある歴史資料博物館に寄贈されており、それには差出人及び宛名の記載こそ無いものの、その筆跡からポップ・マーカストン本人が書いた書簡と言う事は断定されている。

 

また、使用されたインクの種類からこれが記載されたおおよその年代は、ポップ・マーカストンが逝去する10年~15年ほど前であっただろうとも推測されている。

 

以下が、その書簡の抜粋である。

 

『俺は、お前に謝罪しなければならない。誰も俺を責めないが、俺は大魔王戦役時に、取り返しのつかない3つのミスを犯した。

 

1つ目は、■■の戦いで仕留める事の出来た敵を■■■から仕留め損なった事。2つ目は、■■■の直感から正しい■■を導き出せなかった事。そして3つ目は、仲間であった■■■に対して■■■してしまった事。

 

この3つのミスが重なって、■■■はその命を落としてしまった。お前にもっと、■■■■■■やりたかったのに。俺が全てを台無しにしてしまったんだ。

 

お前は、その事で俺を今日まで一度も責めた事は無い。それどころか、変わらぬ信愛を俺に寄せて、笑顔を向けてくれてさえいる。だけど俺は、生きているうちにどうしてもお前に謝らなければならない。■■■さえ■■■ば、お前にはまた違った未来があったはずなのに……』

 

       

ポップ・マーカストンがこの語録の中で語っている3つのミスについては、残念ながら発見された書簡の保存状態が悪かった事から断定が不可能である。ただ、この語録中に記されている『お前』については、恐らくポップ・マーカストンの生涯の友であり、弟のようでもあったとされている勇者ダイの事を指しているのではと言う説が最も有力である。

 

このテランの里のはずれにある民家から発見された彼がおそらく勇者ダイに宛てたであろう書簡と、彼が残した述懐を読み解くと、後世において魔王軍の戦略を読み切った男と称えられる事の多い『氷の大賢者』ポップ・マーカストンが、人知れず悩みを抱え苦悶していた様子がありありと伝わってくる。

 

この書簡は、彼を神格化して称える一部の者達にはあえて無視をされる類いの物であるが、私としてはむしろ、この書簡が存在するがために、彼にこれまで以上の強い憧憬の念を抱かざるを得ない。

 

彼は決して全知全能の存在などではなく、多くの過ちを犯しつつもそれでも下を向く事無くただひたすら前を見据えて必死に運命に抗った男……、それが私の推察する人間『ポップ・マーカストン』の人物像である。

 

この私の推察が正しいかどうかは、今となっては歴史のみが知っている。

 




続きは、GW後半で。次話は、『再開された世界会議』です。
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