転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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131話 再開された世界会議

「さあ、ポップ君。その席についてちょうだい」

 

姫さんはそう言って、円卓を囲む立派な椅子のうちの一つを指し示す。

 

「いや、座ってと言われても……」

 

戸惑った俺は、既に席に着いている俺以外の面々をゆっくりと見渡した。ベンガーナ王クルテマッカ七世、ロモス王シナナ、テラン王フォルケン、旧リンガイア王国将軍バウスン、そしてパプニカ王女レオナ。

 

大礼拝堂の最上階の中央に構えられた円卓には、既に各国の首脳が席に着いている。そして、部屋の壁際には各国から随行してきた高級文官らしき人達が俺を囲むように立っていた。そんな席に着いてくれと言われて、「はい、そうですか」と、しがない平民が付けるわけがないだろうに……

 

無事にメルルを救出しパプニカの町に瞬間移動呪文(ルーラ)で戻った直後、大礼拝堂からの使いで俺とメルルがこの再開された世界会議の席上に呼び出されていた。いや、呼んだのは姫さんだろうけれど、呼ぶなよ! ちなみにメルルが同席しているのは、目の前でキルバーンに連れ去られたメルルを皆が心配して、とにかく一度無事な姿を見ておきたいから、との事だった。

 

軽く胃を押さえて青い顔をした俺を、姫さんが呆れたような口調で言う。

 

「ほら、遠慮しないの、ポップ君。もう形式張った事を悠長にしている時間は無いんだから。誰にもね。……マリン」

 

会議の補助を務めているマリンさんが姫さんの言葉に軽く頷き、椅子を引いて俺にどうぞと勧めてくる。ぐっと息を飲んだ俺は、降参して勧められた席に着いた。メルルは、俺の背後にそっと付き沿うように立つ。

 

「それでは、あのような事になりましたけれど、今を逃せばもう一度このような機会を持つ事は難しくなるかもしれません。皆様、国元が心配だろうと存じますが、急ぎ決めるべき事を決めておきたいと思います。それでは、最初に彼のご紹介をさせていただきますね。バウスン将軍以外はすでに面識がおありだと思いますが、彼が勇者一行(パーティー)の頭脳と呼ばれている大賢者ポップです」

 

その紹介に、俺は内心ついた溜息を隠し、すくっと席を立って皆に一礼する。

 

「ご紹介にあずかりました勇者一行(パーティー)で大賢者をやっておりますポップと申します。初めまして、バウスン将軍。リンガイア第一の将と名高い将軍にお会いできて光栄です。皆様、先ほどは危急の事態でしたので、挨拶もろくにできず失礼しました」

 

俺の言葉にシナナ王が、「先日以来じゃの、ポップ。ロモスでは世話になった」と気安く声をかけてくれた。

 

そして、フォルケン王は俺が身に纏っているドラゴンローブを、目を細めて見つめた。

 

「久しぶりじゃな、ポップ。ローブが板に付いて来たようじゃのう。そのローブは役に立っておるかね?」

 

「ローブですか? もちろんです。今は特にメルルの匂いが移っているのが最高で―― 痛っ!」

 

気さくに声をかけてくれたフォルケン王に応えていると、突然ローブ越しに背中を誰かにつねられた俺は、思わず小さな悲鳴を上げた。そっと背後に首を巡らせると、メルルがニコッと笑みを浮かべて立っていた。

 

「……? よく分からぬが役に立っているようなら、良かった。メルルや、先ほどは心配したぞ。無事で良かった。ナバラも儂の随行で来ておるので、後で会える時間を設けよう」

 

「ご配慮いただきありがとうございます、フォルケン王」と返すメルル。

 

そしてフォルケン王に次いでクルテマッカ王が、目を輝かせ身を円卓に乗り出すようにして、俺に声を掛けてきた。

 

「1年ぶりだな、ポップ。アバンに庇われておったそなたが、よくぞこれほどの成長を遂げたものよ。……いつぞやの事を謝罪しよう、ポップ。あの時、アバンの言葉をもっと真剣に捉えておれば、今少し状況が良くなっていたやもしれぬと思うと、悔やんでも悔やみ切れん。だが、せめてこれより先は、全力でそなた達をバックアップさせてもらうつもりだ」

 

「もったいないお言葉です、クルテマッカ王。我が師アバンも喜んでいる事でしょう。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」

 

……驚いたな。尊大だったクルテマッカ王が、まるで憑き物が取れたみたいに人が変わっている。もしかして、一連の魔王軍の襲撃と撃退に、何か人生観が変わるような事があったのだろうか? まあ、悪い変化ではないから、良いんだけどね。

 

それより、こちらに早いところ報告しておこう。そう考えた俺は、バウスン将軍に顔を向けた。

 

「ポップ殿。私こそ、『氷の賢者』と名高い貴殿にお会いできて光栄だ。私は既に滅びた国の将軍。敬称などいらぬ故、そのつもりで接して欲しい」

 

「いえ、智将と名高いバウスン将軍に礼を失しては、私が師アバンに叱られます。それより、バウスン将軍に急ぎお伝えせねばならない事がございます」

 

俺の言葉に、僅かに首をかしげるバウスン将軍。皆に時間がないのは分かっているが、これだけは先に伝えておきたい。

 

「ご子息のノヴァ殿ですが、彼は生きています。ロモスの宿屋で私が保護しておりますので、どうかご安心ください」

 

「――なっ!?」

 

ガタンッと椅子を蹴って立ち上がるバウスン将軍。他の面々も将軍の子息の事を知っていたのか、一瞬ザワッと場の空気が乱れた。

 

「そんな馬鹿な! 私の息子は、リンガイアに侵攻してきた超竜軍団の手の者に敗れ、死んだはずだ!」

 

「確かに、ご子息はその時に敗れました。ですが彼はその後、魔王軍の手によって捕らえられていたのです。そして先日のロモス襲撃の際、敵に捕らわれていた彼を発見し救出しました。長く牢獄に囚われていたため今少し安静が必要ですが、命に別状はありません。ご安心ください」

 

俺の言葉に、バウスン将軍は、「囚われていた……。生きて……」と放心したように呟いている。うん、わざわざ洗脳されたみたいになって敵として現れたなんて事は、今言う必要は無いだろう。

 

「バウスン将軍、良かったですね」

 

姫さんからそう声をかけられて、ハッと我に返った様子のバウスン将軍は、その後つかつかと俺の前までやって来て俺の手を取った。

 

「……ポップ殿。息子を助け出してくれた事、心より感謝する。ありがとう。この恩、生涯忘れぬ……!」

 

「いえ、良いんですよ。彼とは1年前に面識もありましたし、当然の事をしたまでです。ご子息は、後で瞬間移動呪文(ルーラ)で連れてきますので、もう少し待っていてくださいね」

 

俺の言葉に、バウスン将軍はぎゅっと痛いくらいに俺の手を握りしめ再び感謝を示した後、席に戻っていった。

 

 

 

「それでは、敵の本拠地と思われる『死の大地』に逆侵攻をかけるために、8日後にカール王国北部の港町サババに集結するという事でよろしいですか?」

 

姫さんの言葉に、各国の首脳が深く頷く。俺はその辺りのやりとりはただ横で聞いているだけだった。しかし、8日後か……。正直に言うと、もう少し敵が各個に襲撃してくるのを潰していく各個撃破戦術を取りたい所だけれど、なかなかそうもいかない。

 

そもそも、敵がどこに襲撃をかけてくるのかが分からないし、大軍の魔王軍に対して寡兵の俺達が受け身に回っていては、いずれはじり貧ですり潰されるのが目に見えている。古来より、大軍に対しては、少数精鋭による敵指揮官の打破と言うのが有効な戦術と言われている。確か、織田信長が大軍を擁する今川義元に勝った桶狭間の戦いとか、そんな感じだったよな。本音を言えば、そんな決死隊のような戦い方は遠慮したいところだけど、それしか手段が残されていないのだから仕方がない。

 

だから俺ももう覚悟を決める必要があるんだが、少し提案をしておきたい。少しでも勝つ確率を上げるために。

 

「それじゃあ、実戦部隊を代表してポップ君から何か意見は無いかしら?」

 

おりよく姫さんが俺に話を振ってくれたので、俺は軽く息を吐いて口を開いた。

 

「反攻作戦を決行するにあたって、私からお願いがあります。1つは、怪我や魔力を回復するための回復アイテムを可能な限り用意願いたいです。特に、少数でも結構ですから、『エルフの飲み薬』などの高品質な物をそろえて頂けると助かります」

 

薬草や『魔法の聖水』も良いが、正直これからの戦いを考えると、それではほとんど役に立たない。敵の眼前で悠長に薬草を食べたり、聖水を何度もグビグビと飲む余裕なんてありはしないんだから、質の高い回復アイテムは喉から手が出る程欲しい。賞味期限切れのアイテムはこりごりだが……。

 

俺の言葉に、皆が頷いている。まあ、これは皆が納得しやすい要求だから反発も無いわな。問題はここからだ。

 

「それと、俺達の仲間には魔物もいます。もしかしたら魔族も。用意していただいた回復アイテムは、彼らも使用させていただきますので、それはあらかじめご了承下さい」

 

この言葉に対する反応は少し割れた。テーブル席の諸王は皆頷きを返してくれたが、窓際にいる文官達、特にベンガーナの文官達が苦い顔をしたのを俺は見逃さなかった。やはり、人間以外の種族に対する反発が根強いな。まあ良い。それについては後だ。

 

「そしてもう1つ。ベンガーナ、ロモス、リンガイア、パプニカからもそれぞれ戦士を派遣されるとお聞きしましたが、集まった戦士団には明確な指揮系統と役割分担を与えておいていただけますよう、お願いします」

 

俺の言葉の意味が十分に理解できなかったのか、皆が不思議そうに首を傾げる。そして、皆を代表して姫さんが俺に問いかける。

 

「ポップ君、指揮系統は良いとして、役割分担と言うと具体的にはどのようなものかしら?」

 

「はい。傲岸不遜な言い方に聞こえるかもしれませんが、集結した戦士団には、我々アバンの使徒を出来る限り無傷に近い状態で大魔王の元にたどり着かせるための戦いをしてもらいたく思います」

 

俺の言葉に、皆が驚きの表情を浮かべる。まあ、それはそうだろうな。俺も、傲慢な言い方をしている自覚はある。だけど、これは大事な事だと俺は信じている。

 

「私は、アバンとの1年に及ぶ旅の中で彼から教わった事があります。それは、『全ての戦いを勇者のためにせよ』という教えです。これは、実際に15年前の魔王ハドラーとの戦いの際に、アバン達勇者一行(パーティー)が取った戦い方です。魔王ハドラーの元へ無傷の勇者アバンを辿りつかせるため、彼以外のメンバーは全ての戦いをアバンのために行いました」

 

俺の言葉の意味を察したのだろう、バウスン将軍が納得の表情を浮かべた。それを横目に俺は言葉を続ける。

 

「いくら精鋭が集まっても、皆がバラバラに戦っていては烏合の衆に過ぎません。それでは、魔王軍に勝てるはずもありません。大魔王と直接対峙する者、そのための露払いをする者、支援部隊を守る者、本陣を守る者と言うように、明確に役割を定めておく必要があると思っています。ああ、大魔王と直接対峙する役割を、現時点で私どもに固定しているつもりはありませんので……」

 

そこまで言い切った俺は周囲を見渡した。俺の副音声まで聞こえただろうか? 我こそはと言うパーティーや戦士を自国に抱えているなら、代わってくれていいんだからな? これは俺の本心だ。俺達より強いパーティーがいるなら、そいつらに大魔王と直接対峙する役を任せて、俺達は露払いに回っても良い。

 

だけど、事がここまで進んだ段階で俺達に代わる者の名が挙がっていない時点で、そんな奴らがいるとも思えないし、そもそもこの物語は『ダイの大冒険』だ。あいつが主役である以上、代わる者など現れるはずもない。

 

そんな事を俺が考えていると、バウスン将軍が俺を見つめ、「なるほど……」と頷いて口を開いた。

 

「つまり、ポップ殿の言いたい事は、『全ての戦いを勇者のためにせよ』というアバン殿の教えの通り、まずは全ての戦士団は勇者一行(パーティー)のための戦いをせよ、という事だね。その上で、君たちは勇者のための戦いをする、と」

 

さすがは、智将バウスン。俺の真意を的確につかんでくれた。

 

「その通りです、バウスン将軍。補足しますと、自身のレベルよりはるかに強い敵にやみくもに挑まれると被害も馬鹿になりません。私も非情ではないつもりですから、そのような者達を見ると放ってはおけません。しかし、傷つき倒れる仲間の全てに対応していては、肝心の大魔王との戦いにおいて我々の果たすべき役割が果たせません」

 

バウスン将軍と俺の言葉で皆が理解できたらしい。クルテマッカ王が深く頷き口を開いた。

 

「うむ、ポップの言葉、至極もっともよ。しかし、それを兵士に徹底するには、ポップの言うとおり指揮系統をはっきりさせねばならんな。ただでさえ、サババに集まる戦士は各国から集まった混成団という事になるからな」

 

「……ふむ。混成団の指揮官を決めねばならぬな。突入部隊となるアバンの使徒達にその役目は任せられんしのう……」

 

そこまで口にしたシナナ王が、姫さんを見て言葉を続けた。

 

「レオナ姫はダイ達と共にサババに赴かれると聞いておるが、姫が混成団の指揮官で良いのではないかのう?」

 

姫さんは、「私ですか?」とシナナ王の言葉に一瞬戸惑う表情をした後、直ぐに頷きを返した。

 

「分かりました。ですが、私は軍務に疎い身です。実戦指揮は、バウスン将軍に一任させていただければと思います。それと、アキーム隊長にも補佐として支えていただきたく思いますが、クルテマッカ王、よろしいでしょうか?」

 

姫さんの言葉に、バウスン将軍とクルテマッカ王が深く頷き了承を返す。その様子を黙って見ていたフォルケン王が、優しい目で俺を見た。

 

「ふっふっふ。見違えたぞ、ポップ。その立ち居振る舞い。まるで、若かりし頃のアバンがここにおるかのようじゃ。アバンに感謝せねばならんのう。この混迷の時代に、お前と言う男を育て、残してくれた事を……」

 

「全くだ。ポップ。この戦いが終わったら、我がベンガーナに仕官せぬか? これまで我が国は、魔法の力を軽視しておったが、今回の一件で考えを改めた。かつて我が国にあった宮廷魔術師の役職を復活させ、お前にその地位を与える事を約束するぞ」

 

「あら、クルテマッカ王。彼にはパプニカが先に声を掛けているのです。彼もまんざらではなさそうな様子でしたので、彼のベンガーナ国への仕官はお諦め下さい」

 

何が、まんざらではなさそうな様子だよ。そんな素振りを見せた事は一度たりとも無いだろうが。俺は、フフフ、ホホホ、とけん制し合っているクルテマッカと姫さんをジトーと見つめる。

 

……ああ、そうだ。平民の俺が、これだけの世界の首脳陣と直接言葉を交わせる機会はなかなかないんだ。この機会に、言いたい事は言わせてもらおう。

 

俺は、軽く手を上げて発言する意思を示した。皆がそれに気づき、俺の言葉の続きを待つ素振りをしたので、俺はそのまま口を開いた。

 

「……対魔王軍との決戦に関しては、これ以上私から伝えたい事はありません。ただ、お願いばかりで恐縮ですが、最後に一つ皆様にお伝えしておきたい事がございます」

 

そこで俺は小さく咳払いをして、言葉を続けた。

 

「皆様には、大魔王との戦いの後の世界のありようも、頭の片隅に入れておいて頂きたく思います」

 

「む? 大魔王との戦いの後だと? しかし、今はその大魔王との戦いに勝つ事が最優先事項だろう。そのような事を今から――」

 

「いいえ、クルテマッカ王。大事な事です」と、非礼を承知でクルテマッカの発言を遮る。

 

「皆様は、各国の為政者です。私達のように、狭い視野で魔王軍に勝つ事だけを考えていられる立場ではないはずです。今から話す私の言葉を頭の片隅に留めておいていただきたく思います。まず、今回の魔王軍との戦いですが、これは『魔族を含む魔物対人間』と言う構図ではございません。我々の陣営には人間だけではなく、大魔王の支配を憂う魔物や魔族も協力してくれています」

 

俺の言葉に、クロコダインのおっさんやブラスさんを知っている姫さんが静かに頷いた。

 

「そもそも、既に皆さまご存じの事だと思いますが、勇者ダイからして純粋な人間ではありません。彼は、『(ドラゴン)の騎士』という種族と人間との間に生まれた子供です」

 

俺は、皆にアルキード王国の王女ソアラと(ドラゴン)の騎士バランの間に起こった悲劇を伝える。皆、細かな事までは把握していなかったと見えて、俺の言葉に悲痛な表情を浮かべる。

 

「また、彼が手にし、さきほど皆様の命を救った勇者の剣は、ロン・ベルクという名の魔族が、大魔王を打倒するために手ずから打ってくれた剣です。そして私は人間ですが、私に戦う術を授けてくれたのは心優しい魔物達です。私の最初の師はアバンではありません。その魔物達が私の最初の師です。彼らは15年前にアバンが魔王を打倒した直後から大魔王の襲来を予見し、私に戦う力を与えてくれました」

 

俺はエウレカの里の皆を頭に思い浮かべる。

 

「何が言いたいかというと、皆様には今回の闘いは人間だけが戦っているのではないという事を忘れないでいただきたいのです。この大地は人間だけの物ではありません。魔族や魔物も等しくこの大地に生きているんです。生きる権利があるんです」

 

いつか気兼ねなく世界を旅したいと言っていた人一倍好奇心旺盛なスラリン。人の住む町で人と関わって生きてみたいと言っていた優しいホイミン。別の大陸の泥で泳ぎたいと言っていたルーサ。皆、夢があるんだ。誰も好き好んでギルドメインの森奥深くで息を潜めるように生きていたい訳じゃない。

 

「たとえ今回の戦いに勝てたとしても、魔物や魔族の協力あるいは献身を忘れ、この大地に生きる者が自分達だけだと人間が増長した時、必ずや第2、第3のバーンが現れるでしょう。……それはもしかすると、私かもしれません」

 

少なくない数の人間が息を呑むような、声にならない声が円卓の周りからだけでなく、部屋のいたるところから聞こえた。俺は壁際に並ぶ各国の文官達に軽く目をやった。

 

……驚くなよ。俺はそれなりの覚悟をもって発言しているんだ。

 

だいたい、バランが魔王軍についたのだって、元をたどれば人間の増長や傲慢が原因なんだ。あれがなければ、ダイから母親が失われる事が無かったんだぞ。アルキードはもちろん、リンガイアやカールが滅ぶ事も無かったかもしれない。……その事を分かっているのか、お前達は。

 

「私の戦後の仕官先をあれこれと気にされる余裕があるのでしたら、戦後の、人と魔族と魔物が共に手を取り合ってこの大地で生きていける未来を思い描いていただきたく思います」

 

痛いほどの静寂が場を支配した。何人かの文官(主にベンガーナだな)が、俺を睨むように見つめている。まあ、盛大に偉い人に対して不敬を働いた自覚はあるから、それも仕方ない所だな。でもまあ、後悔はしていないがね。これで皆が俺の事を危険視するのなら、魔王軍との戦いが終わった後、全てをほっぽり出して師匠に倣って隠遁生活を送ったって良い。ただ、ダイの将来の事だけは考えてやらないといけないが……。

 

俺がそんな愚にも付かない事を考えていると、そっと俺の肩に乗せられる手があった。メルルだ。どうしてだか、俺にはそのメルルの手が(その時は私もついて行きますね)と言ってくれているような気がして、肩に置かれた手に自分の手を重ねた。

 

 

「それでは、私はこれで失礼します。瞬間移動呪文(ルーラ)で皆様を自国にお送りする件は承知しました。自分の居場所は分かる様にしておきますので、お帰りの準備が出来ましたらお声掛け下さい。それでは」

 

言いたい事を言いつくした俺は、不敬だのなんだのと糾弾される前に、メルルと共に早々にその場を退出した。港に行って瓦礫の撤去を手伝おう。俺は、何だか無性におっさんやチウと言葉を交わしたくなっていた。

 

 

 

 

 

ポップが去った会議室では、未だ沈黙が場を支配していた。そんな中、最初に口を開いたのはロモス国王シナナだった。

 

「ふーー、名が人を(はぐく)む……と言うべきかな。ポップも、大賢者の名に相応しい風格が付いて来たようじゃ」

 

シナナは、耳に痛い諫言を受けたにも関わらず、どこか誇らしいような表情をその顔に浮かべて、その豊かな顎鬚を撫でる。

 

「いや……。むしろ、麒麟児がようやく自らの意思を発する決意をした、というだけの事では無いかな。あの者の本質は、アバンの弟子であった頃から変わっていない様に思える」

 

そうポップを評したのは、その麒麟児によって水面下で自国に関する不名誉な噂が徐々に浸透している事など微塵も思っていないテラン国王 フォルケン。

 

2人の言葉を静かに聞いていたレオナは、どちらかと言えばフォルケンの言葉に肯定する思いを抱いていた。彼の本質は、アバンの弟子であったかどうか、あるいは、大賢者に相応しい能力を得たかどうか、で変わったとは思えない。その本質は成人するよりずっと前に確立されており、ただそれを発信する決意を抱いたか、抱かなかったか、というだけの問題のように思える。

 

シナナはフォルケンの言葉に深く頷き、「それにしても……」と、ため息とともに口を開いた。

 

「人間が増長した時、第2、第3のバーンが現れる、か。……我々為政者には、耳が痛い話であったのう」

 

「そうじゃな。しかし、ポップの言葉は傾聴に値する意見じゃった。アルキード王国から逃れ、我がテラン国で生活を営んでいた(ドラゴン)の騎士様の一家を守れなかった責任の一端は、儂にもある」

 

フォルケンもシナナ同様に苦渋の表情を顔に浮かべて、そう独白した。

 

「ふーむ。大賢者ポップか。どうやらあの者は、乱世に力を発揮するだけにとどまる男ではなさそうだな。彼はもしかすると、平時でこそその真価を発揮するやもしれん。儂は、いよいよあの男が欲しくなったぞ」

 

「クルテマッカ王。もうその話はよしましょう。お互い、また彼に叱責されてしまいますよ」

 

レオナはクルテマッカにそう声を掛けながら、ポップの言葉の裏を読み解こうとしていた。彼はおそらく自分に戦う力を与えてくれた魔物達のためだけでなく、相棒であり弟のように思っているダイの事でも、私達にけん制したつもりなのではないだろうか。

 

今は大魔王という脅威がいるため、純粋な人間ではない勇者ダイも私達人間側の一員と誰もが考えている。だが、大魔王に勝利した後はどうなるのか。人間が、人間以外の者をこの大地に住む存在として認めないと増長した時、(ドラゴン)の騎士である彼はどういう扱いを受けるのか。

 

彼はそれを危惧していた。全てが終わった後、ダイに帰る場所はあるのか、と。レオナは自身の不明を恥じた。他の誰よりも、自分がそれを考えなければならなかったのに、彼に示唆されるまで気が付かなかった。彼の方が、私達の誰よりも長期的な展望を持っていた事が悔しい。

 

「アルキード王国で起こった悲劇を、再び繰り返すわけにはいきません。彼らに後顧の憂いなく戦ってもらうためにも、私は彼の言葉を全面的に肯定します。第2、第3のバーンを出さない事は、我々為政者に突きつけられた重い命題だと考えます」

 

そう述べたレオナの言葉に、皆が一様に頷いていた。

 

 

 

 

 

 

###########################################

 

大魔王戦役終結からちょうど70年後、『氷の大賢者』を初めとする数多くの異名で呼ばれたポップ・マーカストンが逝去した。それは、ネイル村の自宅で妻や子、孫達に看取られた穏やかな最後だったという。

 

彼の死の一報は瞬く間に世界中に広まり、彼の葬儀に参列するための列は、どのアバンの使徒のそれより長く続いていたと記録されている。その葬儀には、各国の王族だけにとどまらず各国の民草までもが参列し、いかに彼が民衆から絶大な人気を博していたかをうかがい知ることができた。また、その参列者の中には人間だけではなく、多くの魔物や魔族が含まれていたとも記録されている。

 

ポップ・マーカストンが生前成した偉業は枚挙にいとまがないが、大魔王戦役を勝利に導いた立役者の一人という恒星のような偉業を除いた時、最も特筆すべき偉業は以下の二つと言われている。

 

一つは、医療魔法の創造と普及である。それは、この魔法の普及前と後では、人間の平均寿命に少なく見積もっても20年の差が生じたという統計データが、この偉業の大きさを物語っている。今でも彼の功績をたたえ、毎年医療学問の発展に寄与した人物に彼の名を冠したマーカストン医学賞という名の賞が与えられているのは、そのためである。

 

そしてもう一つは、魔物や魔族に対する人間の偏見をなくした点である。もちろんこれは彼だけの功績ではないが、彼の想いが当時の各国の為政者の心を動かし、長い年月をかけて徐々に人間が魔物や魔族に対して持つ偏見を無くしていった点が評価されている。そしてその流れは彼の死後も留まることなく、大魔王戦役から150年経った現在、2つの町村で堂々と魔物が町長、あるいは村長を務めている事実がそれを現している。

 

現在、町に出れば町中で魔物や魔族の姿を見る事がさほど珍しくなく、彼らが働く様々な店、彼らが出演する劇団、彼らとパーティーを組む冒険者など、大魔王戦役以前を知る者からすれば、にわかには信じられないような光景が展開されている。

 

そして、短い時を生きる人間は現在の光景を作り出すために尽力した人物の事を忘れても、長い時を生きる魔物は誰が今の光景を夢見て行動に移した結果なのかを忘れていない。

 

そのため、ポップ・マーカストンが眠るとされる墓地に、彼が生前好きだった食べ物や花を備えるのは、現在ではむしろ人間より魔物の方が多いとも言われており、時折彼の墓前でスライムやホイミスライム、ドロヌーバ、キラーパンサー、爆弾岩などといった魔物が楽しそうに故人を偲びながら酒盛りしている姿を、多くの者が目撃している。

 

当代を代表する不世出の魔法使いであり、『氷の大賢者』や『生活魔法の父』など数多の異名で呼ばれた彼に最後に与えられた異名は『魔物達の解放者』であった。この異名は彼の死後に加えられた3つの異名のうちの1つであり、生前の彼を知る者は『この異名こそが、彼が最も喜んだ名だろう』と述懐したと伝わっている。

 

 

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