「うー、まだ足の感覚が戻ってないんだけど……」
俺はそうブツブツと独り言を呟きながら、ベッドに投げ出した足を解すように、左手で足の裏をスリスリと擦る。俺は今、パプニカ王城内にある客室の一室で、行儀悪くベッドの上に寝そべりながら愛用の手帳を開いていた。夕飯は大分前にいただいており、首をめぐらせた窓から見える外の景色は、既に宵闇に閉ざされている。
いや、しかし昼間は酷い目にあった。ノヴァめ……。絶対に許さないからな。あんなタイミングで言い出すなんて、あいつ絶対わざとだろう。あの後俺は、隣室で酷い目にあった。長時間正座をさせられた上に、あの2人からの執拗な尋問にあった俺は、ガッツリと精神力を削られていた。
……うん、何がすごいってメルルだよ。神託の巫女の名は伊達ではないという事がよく分かった。
「どうして、エルフの女性を紹介してもらいたかったのですか?」
「……『エルフの飲み薬』の製造法を聞こうと……(一目で良いからその神々しいお姿をお目にしたいと……)」
「嘘ですね」
「……ポップ?(ポキポキ…… ※)」 ※マァムの組み合わせた拳から発せられる骨の鳴る音
「……」
「どうしてエルフの女性の耳に関心を示されるのですか?」
「関心なんか無いよ。それは誤解だよ、メルル(そんなの、そこに耳があるからとしか良いようが無いんだが)」
「嘘ですね」
「……ポップ?(ポキポキ…… ※)」 ※マァムの組み合わせた拳から発せられる骨の鳴る音
「……」
「ポップさんはお胸の大きな女性と、控えめな女性のどちらが好みなんですか?」
「や、やだなあ……、女性の胸の大小に貴賤は無いよ(大は小を兼ねるという金言はあるけれど)」
「嘘ですね」
「……メ、メルル?」
「……(この質問は、エルフの女性に全く関係がなかった気がするのは、俺だけだろうか?)」
と、こんな具合だ。うん、もう『神託の巫女』というより、『人間嘘発見器』だよね。まあ、ここまではまだ良かった。いや、決して良くは無いが。恐ろしかったのはここからだった。
「……ピロテース? 誰ですか、それは? まさかもう面識が?」
「そこに耳があるから? 耳なんて、誰しもに備わっていますが?」
「厨二病……? その病は、ポップさんの医療魔法で治療出来ないのですか?」
……。いや、待って。本当に待って。どうして俺の心の声が、メルルにダダ漏れしているの? これって、いくらなんでも嘘発見器のレベルを超えちゃってない?
「……あ、あのメルルさん。どうして俺の心の声を聞き取れたのかなーって、とっても不思議なんだけど……」
「え!? あ、ほ、本当ですね。どうしてでしょう……? ポップさんの事ばかり考えていたからでしょうか? 何故か自然と頭に浮かんできました」
何それ!? どんな特殊能力!? それってもはや『人間嘘発見器』どころじゃなくて妖怪『さとり』だよ! さとり妖怪『メルル』じゃないか!
やばい、やばい。閉心術ってどうやるんだっけ。あれ、あの術、別の物語だったっけ?
というような事があったんだよな。どうやらその力はまだ不安定みたいで、俺の心を読み取れたのはあの一瞬だけだったんだけど、非常に焦ったよ。まあ、終わった事はもういいや。これからの事を考えよう。
昨日の夜はこの部屋にダイもヒュンケルもいたんだが、2人は今日のノヴァの見舞いの後、ロン・ベルクの作業小屋に向かったため、今はこの広い部屋に俺一人だ。おそらくあの2人はそのまま向こうで修業をして来るだろうから、再び2人に会うのは1週間後になるだろう。ヒュンケルは首尾通り、あれを受け取ってくるだろうか。俺がマァムとメルルによる尋問を受けている間に行ってしまったせいで、細かい事を説明できなかったから少し心配だな。母さんに頼まれていた奴をダイに事前に渡しておいて良かったぜ。
マァムとメルルは隣の部屋でもう休んでいるはずだ。マァムも明日から泊まり込みで修業に行くつもりらしい。何やら前に修行をした森の中の滝つぼに行くと言っていた。そしてメルルも、俺達実戦部隊の後方支援として、姫さんの手伝いをして過ごす事が決定している。
皆がそれぞれ動き出している。1週間後には、いよいよ魔王軍の本拠地に乗り込むことになる。俺も、うかうかしてはいられない。パーティーがどんな状況に陥っても臨機応変に対応できるようにしておく事はもちろん、たとえ大魔王が相手でも必殺の一手が打てるようになっておきたい。そのために、俺も明日は朝からマトリフ師匠の住居に行って、密かに考えている新たな呪文についてのアドバイスを貰うつもりだ。
俺はいつかロモスで購入した手帳を開き、じっと目を落とす。この手帳へは、初めてロモスからパプニカに向かう船旅の間に書きつけ始めたが、どうにか3日坊主になる事無く、魔王軍に対する考察はもちろん、旅の間に気が付いた事や、初めて見る町や風景について感じた事といった、日々の何でもない出来事を少しずつ書き込んできた。
そして今俺が開いているページは、魔王軍幹部についての考察を書きとめたページだった。そう、未だにその正体がようとして知れないミストバーンとキルバーンについて書き留めたページだ。
あの2人とは昨日の鬼岩城の襲撃時とメルルを救出する際にもやりあったが、まだまだ情報が不足している。
まずはキルバーンだ。ピエロのような外見で巨大な鎌を手にした魔王軍の暗殺者であり、ピロロと言う名の使い魔を従えている。ベンガーナの町では奴の罠に嵌められてしまったが、昨日は逆に嵌め返す事が出来た。それもメルルが奴の気配を察知してくれたからこそ出来たわけだが、だからこそ、あの場で奴を仕留めきれなかったのは痛かった。
奴のように敵を罠に嵌め背後から一刺しするタイプは、ダイやマァム、ヒュンケル、おっさんと言った基本的に正攻法を良しとする面子の天敵となりうる。そういった意味でも、絶好の好機であった昨日のうちにきっちりと仕留めておきたかったんだが……。
昨日メルルを救出して戻ってきた後マァムに確認したが、マァムは確かにあの瞬間キルバーンに対して閃華烈光拳を撃ち込んだらしい。その言葉が正しいとすれば、生物に対して特効を持つ閃華烈光拳が効かなかったと言う事実は、奴が生物では無いという事を指し示している。
それに、護身用にメルルに持たせていた迷い草も奴には通じなかったとメルルが言っていた。あれはライナー隊長がランカークス村で持たせてくれた効き目抜群のアイテムだったんだが、あれが通じないと言う事もキルバーン非生物説を補強している。
……生物でない。そもそも生物の定義とは何だ。俺は前世で学んだ知識を思い返す。生物とは、細胞を有すること、エネルギー代謝を行うこと、自己複製を行うことが上げられるが、その定義に収まらない存在という事になるな。
生物でなければ一体何だ……?
『……あの人からは匂いというか、生き物なら誰でも身に纏っている生活臭のようなものがまるでしなかった気がして……。なんだか、そこにいるのにそこにいない人に捕まっていたような……』
そうキルバーンを評したのはメルルだ。メルルの感性は誰よりも鋭い。生活臭を感じない……という事は無機質な何か……という事に繋がるだろうか?
もしや、あいつの正体は機械……とか? 荒唐無稽……な話ではない気がする。前世でもAIが進歩し、生成AIという人工知能の一種が組み込まれた機械が生まれ始めていた。長期戦に適さない、というピロロの言葉とも矛盾しない。機械だとしても動力源は必要だろう。ただ、仮に機械だと仮定すると、次は誰が作った機械だ、という問題が新たに生まれる。それは当然……バーンだよなぁ。
そこまで思考を進めた俺は、髪の毛をぐしゃぐしゃとかき乱して、頭を左右に振った。うーん、考えれば考えるほど新たな謎が生まれてくる。駄目だ、まだ情報が足りなすぎる。次にあいつとやり合った時に、あいつの身体の一部を切断して確認してみたいな。
使い魔のピロロはある程度掴めた。あいつは間違いなく生物で、その脅威度は高くない。キルバーンが人質になったあいつを即座に切り捨てようとした所を見ても、あいつはキルバーンのお気に入りのペットのような存在に過ぎず、決してそれ以上ではなさそうだ。うん、やはりあいつの事は無視して問題無いだろう。
……やはりまず考えるべきは、キルバーンだ。
はー……。深いため息をついた俺は更にページをめくる。次のページには、ミストバーンについての俺なりの考察を記録している。そうだ、キルバーンも意味不明だが、ミストバーンも奴に輪をかけて意味不明な存在だ。
メルルを救出した後、ヒュンケルともミストバーンについて情報交換をした。奴とはバルジの島でもやりあっているし、奴について分かっている事は意外に多い。
現時点で分かっている事は、
・肉体は人型を呈しているが、黒い霧のようなものでその肉体の周囲を覆っているため、詳細が不明。ヒュンケルが言うには、俺が不在時に戦っていた際にミストバーンの顔が一瞬見えたとか。キルバーンとの会話で推測する所では、その黒い霧を解き放ち正体を見せる事はバーンによって固く禁じられているようだ。
・無口な人物と聞いていたが、激高すると饒舌になる
・能力は、闘魔傀儡掌をはじめとする闇の闘気を操る事と、伸びる爪、魔法を増幅して跳ね返すなど
・キルバーンとは互いに、ミスト、キルと呼び合う仲。キルバーン曰く、親友らしい。
・アバン先生と離別した後のヒュンケルの育ての親で、闇の師匠でもある
・ハドラー配下の軍団長と言う立場でありながら、バーンからの信任はハドラー以上と思われる
……などである。このように分かっている事は思いの他多いのだが、ほぼ全てにおいて疑問だらけなのがミストバーンだ。
・何故、その正体を明かす事をバーンから禁じられている?
・何故、無口な人物なのに、激高すると饒舌になる?
・何故、奴(とキルバーン)は、バーンの名を冠している?
・何故、奴は幼いヒュンケルを育てたのだ?
・何故、奴はバーンからの信任が厚いのか?
恐らく奴の最大の秘密は、バーンからその正体を明かす事を固く禁じられている点にあるはずだ。それに、どうして無口なくせに激高すると饒舌になるんだ? 無口な人間って激高すると人が変わるのか? いや、そうではないだろう。どちらかというと、激高すると我を忘れてつい……。
――! そうか。もしかすると、ミストバーンは口を開く事すらバーンから禁じられているんじゃないのか? ありえるな……。その正体を明かす事を禁じられているんだ。口を開く事すら禁じられていてもおかしくない。だから普段はその言いつけを守っているが、激高した時にはその言いつけを思わず破って、本来の饒舌な姿を見せてしまう。
ああ、多分これだ。恐らくこれが正しい。妙に腑に落ちたぜ。ただ、そうするとまた別の疑問が湧いてくるな。
どうして、口を開く事すら禁じられるんだ。その言葉に呪いの力でもあって、その力を使われるとバーンにとっても都合が悪いから? そう言えばとある漫画に、発する言葉に
……いや、違うな。少ないながらも俺達は奴と会話を交わしているんだ。呪いの効果などあったら、何らかの異常がとうに発生しているはずだ。確かに耳によく残るイケボとは思ったが、それ以上では決して無かった。
それに、名前の問題もある。何故ミストバーンとキルバーンはバーンの名を冠しているんだ? 主からの信任が厚かったり何らかの功績を上げたりすると、特別に主から名を授かる事もあるだろう。俺も最初はそんな風に軽い気持ちで奴に問いかけたんだが、その問いを発した瞬間奴は激発し凄まじいまでの殺気が立ち上った。
……何故だ? 信任が厚かったりした事でバーンから名を授かっただけなら激高する必要は無いだろう。奴が激高した理由、それはもしかすると、俺の問いかけが奴の正体に繋がりかねない問いだったからではないだろうか。
ミストバーンとキルバーン……。バーンという部分を除くと、ミストとキルか。キルは分かりやすいな。この世界の言語で殺すと言う意味だから、バーンのための暗殺者という意味だろう。では、ミストは? ミストはこの世界の言語で霧と言う意味を持つ。
霧……。霧のバーン? ……いや、逆か。バーンの霧?
……? 何だろう。今一瞬、ぼんやりと何かが頭の中で構築されそうな気がしたが、直ぐにその思いつきは俺の精神の水面の下に潜っていってしまった。
まだ分からない事がある。何故、奴はヒュンケルを育てたんだ? ヒュンケルに聞いた所では、始終共にいたわけでは無いが、時折ヒュンケルの前に現れたかと思えば、闇の闘法を指南して去って行ったと言う。まさか意外に子煩悩、という事はないと思うが、それ以外に理由が付かないのが困る。ああ、自身の右腕にと考えていたのかな。いや、あるいはアバン先生へのけん制のつもりだったか?
……まずいな。分からない事だらけだ。これだけの疑問点を解消しないまま、果たして本当に『死の大地』に向かっていいのだろうか……。
確かに敵幹部の数は減ってきている。魔王軍六大軍団長も残っているのはミストバーンぐらいで、現状死の大地で待ち受ける強敵は、バーンを除けばミストバーン、キルバーン、ハドラーの3名のみだ。
しかしその3名が手強いし、向こうで待ち受ける強敵が3名だけという保証も無い。本音を言えば、俺としては敵が個別に襲来してくるのを各個撃破していって、バーンの周囲の強敵を排除してから『死の大地』に殴り込みたかった。
これがゲームなら、何故か最終ダンジョンで四天王のような敵幹部が順番に現れてくれるから各個撃破していく手段が取れるんだが、この世界でそんなお約束の展開になる保証はどこにもない。最悪、大魔王バーンと3名の強敵と、同時に相対する羽目になる。そんな事になれば、俺達の勝利の可能性は限りなく低くなる。
……場合によっては、一当てして即時撤退も視野に入れておいた方が良いかもしれない。ゲームなら、イベント戦で『逃げる』というコマンドは無効になるが、この世界はゲームではない。逃げようと思えば、逃げられるだろう。
コン、コン……。
俺がそんな事を考えていると、扉をノックする音が聞こえ俺は顔を上げた。
~~~~死の大陸~~~~~
ピチョン、ピチョンと水滴が規則的に落ちる音だけが、誰も存在しない暗い洞穴内に響く。その暗闇の一角で突然炎がボワッと立ち上がった。その炎は青白く、まるで幽鬼のようにゆらゆらとその炎を左右に揺らした。不思議な事に、何故かその青い炎は洞穴の中空に浮き上がっていた。
その青い炎に照らされ、暗い洞穴内の壁に一体の魔族の影が伸びた。いつからそこにいたのか、その魔族は恭しく青い炎に向かって頭を下げていた。
「面を上げよ、■■」
ゆらゆらと揺れる青い炎の奥底からそんな声が魔族に対してかけられた。その声を耳にして、魔族は静かに頭を上げる。
「■■、バランの暗殺をバーンから命じられたようだな。あの男は曲がりなりにもかつて俺を倒した男……。お前にバランが殺れるのか?」
「正攻法で当たれば不可能でしょう。ですが、ボクの真骨頂は暗殺です。やりようはあるかと……」
炎の中から更に言葉が投げかけられる。
「ふむ……。その様子では何か目算がありそうだな、■■?」
「はい。くしくも、勇者
「ほう……」と炎の中から感心したような声が漏れる。
「お前の言う氷の賢者とやらは、
「はい、ボクもあの男の事を考えると、今でも
「ほう……」と、炎が揺らめきその先を促したので、■■は言葉を続けた。
「あの男は、ボクがこれまで調べていた、バーンとミストとの間にある秘密にたどり着けるかも知れません」
その言葉に炎が一瞬ボッと激しく燃え上がり、その炎の中から「何っ!?」と驚きの声を上がった。
「勇者
「分かりません。あくまでその可能性がある……というだけです。確かに、あの男はたかが人間。ですが、ボクの暗殺の手から3度も免れた者は、魔界、人間界を通じてこれまで1人もおりません。その事実は無視できぬかと……」
「ふむ……。たかが人間、……されど人間……か。良いだろう、人間如きいつでも消せる。それよりはその男に自由を与え、バーンとミストバーンの秘密を暴く駒にする方が、お前の言うとおり有益かもしれぬな」
その言葉に、■■は同意を示すように更に恭しく頭を下げた。
しかし、彼らは気づいていなかった。そのたかが人間の頭脳が、彼らが望んだ秘密を暴く事だけに留まっていなかった事に……。
異なる場所でそれぞれが抱いた有形無形の思惑を飲み込み、誰に対しても平等に常闇は徐々に深まっていった。
途中で中断を挟んだ7章もあと少し。最後まで走り切ります。