転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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135話 決戦に備えて ①

「この辺りって、聞いてたんだけどな。……あ、庭に風車小屋みっけ。あれがバダックさんの家だな」

 

パプニカ郊外の上空を飛翔していた俺は、事前に聞いていた目印のある家を見つける事ができて、そう独り呟いた。その家は、上空から見るとコの字型に見える石造りの平屋の家だった。コの字の引っ込んだ部分にある中庭にワニがいるように見えるが、何かのオブジェかな? フロリダ州じゃないんだ。人の生息域に、さすがに本物のワニはいないだろう。

 

俺はその家の玄関口らしき場所に降り立ち挨拶をした。

 

「お早うございまーす、バダックさん! 起きていらっしゃいますか?」

 

ここは、パプニカの町の外れにある少し小高い丘の上だった。このバダックさんの家と思わしき家の周りには他の家が見当たらず、遠くに数軒チラホラと見える程度だった。南に目を移すと海が見渡せ、その海は顔を出したばかりの朝日に照らされキラキラと輝いていたため、俺はその眩しさに思わず目を細めた。うん、徹夜明けの俺には眩しすぎるな……。

 

俺は今日の朝、まだ朝日が完全にその姿を見せる前に、あの2人の甘美な拘束から強固な意志を持って抜け出し、バダックさんの家に泊まっているクロコダインのおっさんとチウを迎えに来ていた。

 

俺が声をかけてしばしすると、小さな片開きの扉がガチャッと開いて、見慣れた人物が顔を出した。

 

「おおー、ポップ君。早いのー。今ちょうど朝ご飯の支度をしておったところじゃ。ポップ君もまだじゃないかの? 一緒に喰っていかんか?」

 

そのお誘いに、一も二もなく頷いた俺は、バダックさんに案内されて家の中に足を踏み入れる。へー、奥さんは随分前にお亡くなりになっていて、お子さんは結婚して家を出ているから気ままな一人暮らしをしている、と以前祝勝会で酒を酌み交わした時に言っていたが、意外に綺麗に片付いているな。

 

俺がそんな風に周りを見回していると、バダックさんが「どうかしたか?」と聞いてきたから、その事を尋ねてみる。

 

「ああ、それなら、ほれ。あ奴のおかげじゃよ」

 

そう言って指し示した所では、頭に三角巾を巻いたチウが朝っぱらから手ほうきを持って、パタパタと忙しそうに動き回っていた。

 

「儂は構わんと言ったのじゃが、世話になっているだけでは申し訳ないと言ってきかんのじゃよ」

 

「なかなかの働き者じゃよ」、とバダックさんはカラカラと笑う。

 

……なるほど。ふふふ。チウの奴、もうすっかり馴染んでいるじゃないか。俺はその様子を見て、くすくすと笑う。そんな風に笑みを零していると、突然外から「じいさん、洗濯はそろそろ終わるぞ」と、大きな声がしたものだから驚いた。

 

「おー、クロコダイン。もうすっかり手際がよくなったのう。今日から修行に行ってしまうのが、残念じゃわ」

 

そう声をかけながらバダックさんが縁側のような所から庭に出て行くものだから、俺もその後をついていく。そこには、大きなたらいの前で指を水につけてくるくる回しているクロコダインのおっさんがいた。……あっ、さっき空から見てワニのオブジェがあると思ったのは、どうやらおっさんだったみたいだ。良かった、空から爆撃しなくて。

 

「やあ、おっさん。お早う! ……って、な、何しているのさ?」

 

「おう、ポップ! もう迎えに来たのか? 随分と早いではないか?」

 

おっさんは元気に俺に声を返してくれるが、俺はおっさんの前にある大きなたらいに目が釘付けになっていた。水がたっぷりと張られたたらいの中で、衣類がまるで全自動の洗濯機のようにぐるぐると渦を巻いた水と共に回転していた。……これって、もしかして……。

 

「な、なあ、おっさん。これってもしかして、獣王会心撃の極最小版をこのたらいの中に放ってない?」

 

「おう、よく気がついたな、ポップ。その通りよ。わっはっは。最初は加減が分からず、たらいや衣類をズタズタにしてしまったが、もう慣れたものよ」

 

「うむ、クロコダインが儂の家に泊まっている間何か手伝いたいと言うので、数日前から洗濯係を任せておるのじゃよ!」

 

お、おお……。まさか天下の獣王に洗濯係をさせているとは……。恐るべし、バダック……!

 

俺が唖然としていると、おっさんがニヤッと笑みを浮かべた。

 

「ふっふっふ。俺がこのような事をしているのが、意外か? だがポップよ。俺が今考えている新しい技のヒントは、この作業で思いついたのだぞ。……よく見ていろ」

 

そう言っておっさんは、ぐるぐると時計回りに回転している渦の中に指を1本浸けて、ほんの少しだけ逆回転で回した。すると途端にグォン、グォンとたらいの中に逆回転の渦が現れ、元々回っていた渦と合わせて、たらいの中に2つの相反する渦が出現した。

 

へ、へーーー。面白いな。俺はその現象をじーっと見つめていたが、これが新しい技とどう結びつくのか分からず、首を傾げて考え込んだ。

 

「わっはっは。まあ、後は本番をご覧じよ、という奴だな。じいさん、干すのは任せていいか」

 

「うむ、もちろんじゃ。さあ、早くせねば、修行の時間がなくなるじゃろう。もうご飯も炊けた頃じゃ。皆で頂こう!」

 

 

 

「うわっ! これ、めちゃくちゃ美味いっすね、バダックさん! 特にこのあじの干物が最高ですよ!」

 

俺はともすれば感涙にむせび泣きそうになるほどの勢いで、テーブルに並べられた朝食に箸を伸ばしていた。テーブルの上には、あじの干物と白米、赤みがかった漬物、それに貝の出汁がよく出た潮汁が並べられていた。

 

「あじの干物? ギルドメイン大陸ではこの魚をあじと呼ぶのか? この魚はオーキルという名の魚じゃぞ?」

 

そうなのか、この見た目があじそっくりな魚はオーキルという名なのか。いや、そんな事はどうでもいい。苦節15年、夢にまで見た和食が俺の目の前に広がっているんだ。俺はバクバクとあじの干物を口に運んだ。

 

その俺の様子を見て、あじの干物を5匹ほど一気に摘まんで口に運んでいたおっさんが笑う。

 

「わっはっは。ポップがそれほどこの魚を好むとは驚いたな。この魚は、港の瓦礫の撤去を俺が手伝った時に、漁師がお礼にと言ってくれたのよ」

 

「そうじゃ、そうじゃ。それを儂が婆さん直伝の技で干物にしたんじゃよ。少し乾燥が間に合わんかったが、そこはこのクロコダインがの……」と、バダックさんがおっさんにウインクして水を向ける。

 

「うむ、まだ乾燥が甘いと爺さんが零しておったから、最後は俺が焼け付く息(ヒートブレス)を一吹きして仕上げてやったわ。がっはっは!」

 

え、そうなの……? 天日干しじゃなくて、おっさんが最後火を噴いて仕上げたの、これ? う、うーん、美味いから良いんだけど、出来ればそれは聞きたくなかったな……。

 

「まだまだ裏口にたくさん干してあるから、いつでも食べに来るがいい。それにこの白米は、チウがラインリバー大陸から持ってきたものじゃぞ。米なる食材はこの大陸では余り見ぬが、オーキルの干物によく合うのう。実に美味い!」

 

「そうでしょう、そうでしょう。白米は、どんな料理にも合うんですよ。って、おい、ポップ!この白米はお世話になるバダックさんへの差し入れなんだぞ。少しは遠慮しないか!」

 

焼け付く息(ヒートブレス)の事を意識的に記憶から閉め出して、既にお茶碗に3杯白米をお替わりしている俺に、チウが指を突きつけて文句を言う。

 

いや、だって15年ぶりなんだよ。この白米と魚の干物の組み合わせに加えて、梅干しに似た味のする酸っぱい漬物も最高だ。何杯だってお替わりさせてよ。

 

「わははは。良いじゃないか、チウ。食事は大勢で取った方が美味いものじゃ。しかし、その漬物を好むとはポップ君はなかなか食通じゃな。それは婆さんがよく作ってくれた物じゃが、人によっては口をすぼめるほどで、姫など一口食べたきり二度と食べようとせんかったがのう」

 

「ああ、確かにこれは人を選ぶかもしれませんね。でも、俺はこの味大好きです。バダックさん、落ち着いたらこれの作り方を教えてくれませんか?」

 

俺が美味そうに食べているのを見て、梅干し?に興味を持ったチウがそれを口に運ぶが、途端に髭をビビビと震わせて顔いっぱいに渋面を作った。くすくす。どうやらチウの口には合わなかったようだ。

 

「おお、こんなので良ければいつでも教えてやるわい。……それはそうと、ポップ君。ずいぶんと目が腫れておるが、昨日はよく眠れんかったのかのう?」

 

「え? ……ああ、そうですね。昨日はちょっと、2体の可愛らしい小悪魔の襲撃が断続的にあって、よく眠れなかったんですよ」

 

「なんと!? 小悪魔というと、ベビーサタンか! お主にとっては可愛らしいと言える取るに足らん魔物でも、儂等にとっては十分な驚異じゃぞ! 警備を強化するよう姫に進言せねばならんのう……!」

 

「いやー、俺は毎日でも襲撃されて構わないんですけどね。全く問題ありません」

 

いや、ほんと。睡眠不足は辛いけれど、他に代えがたい最高の時間だった事は間違いない。俺の言葉に首をかしげている3人を余所に、俺はそんな事を考えていた。

 

 

 

「修行に使う鎖と言うのはこれで良かったのかのう、クロコダイン。船の係留に使う碇用の鎖を取り寄せてみたんじゃが……」

 

食後、俺達は家の裏手に移動し、バダックさんがそこにあったうずたかく積まれた鋼鉄製の鎖を指さす。……何だ、この鎖? こんなのを修行に使うのか?

 

問われたおっさんは鎖に手を伸ばし、その太さや長さを確認して「十分だ、じいさん。感謝する」と口にした。

 

「チウ、お前はどうだ? お前がこの鎖を引っ張れんと修行にならんが、持てそうか?」

 

その言葉にチウが鎖に近づき、特に苦にした様子も見せずにジャラジャラと鎖を動かしている。

 

「大丈夫そうです、クロコダインさん。任せてください!」

 

その言葉に満足そうに頷くおっさんの隣で、俺は感嘆の声を思わず上げた。

 

「凄いな、チウ。俺なんて、この鎖を持ち上げることすら出来ないぞ」

 

俺の嘘偽りのないその言葉に、チウがいつものように反感を示すのかと思ったが、意外にチウはふん、と鼻を鳴らしただけだった。

 

「お前は、その分魔法があるじゃないか。僕は、お前の魔法の力の方が羨ましいよ」

 

「……? チウ、お前、どうした――」

 

いつもと異なるチウのその反応に俺が戸惑っていると、おっさんが俺の肩を軽く叩いた。

 

「ふっふっふ。ポップ。チウも先の鬼岩城襲来時のお前の戦いぶりを見て、何か思うところがあったのだろうさ」

 

……そうか。だけど、チウがこんな様子じゃあ、勝手が狂って仕方ないな。

 

「何言っているんだよ、チウ。適材適所っていうじゃないか。魔法じゃなくて純粋な力が必要な場面では、お前の力が必要とされる事もあるさ。現に今だってそうじゃないか」

 

「ふ、ふん! そんな事はお前に言われるまでもないさ! いつかマァムさんの意識を、お前から取り戻してやるからな!」

 

いつものチウに戻ったなと思っていたら、急にそのチウがモゾモゾとし始めた。

 

「そ、それよりポップ。パンちゃんは、もう里に帰ったのか? もうあの子は、魔王軍との戦いに参加しないのか?」

 

「パンか? さあ、どうだろうな。確かに今頃は里に戻っているか、俺の実家で寛いでいるかだろうけれど、あいつは気分屋だからな。また一緒に戦ってくれるかどうかは分からないぞ」

 

俺の言葉にチウが、「そ、そうか……」と少し沈んだ声を出す。あれ、もしかして、チウって……。

 

「へー。……なあ、チウ。もしかしてお前、パンに惚れてたりするわけ?」

 

「な!? ち、違うぞ! ぼ、僕はただ年長者としてあの子を守ってあげないといけないと思って!」

 

「ふーん。へー。ほーん」

 

俺のジトッとした目を見て、チウは腕を振り回しながら「そ、その目は何だよ、ポップ!?」と慌てる。

 

「くっくっく。マァムとパンの2人に気のあるそぶりをするなんて、チウは男の風上にも置けないなー」

 

「な!? ぼ、僕はそんなんじゃないぞ! ――! っていうか、そんな事は、2股しているお前にだけは言われたくないんだよ!」

 

あ、特大のブーメランが返ってきてしまった。うん、確かに何も言う資格なかったな、俺。

 

プリプリと怒るチウから視線を外し、俺は海の方にそっと目をやった。

 

 

 

 

 

~~~~バルジの島近海 マトリフ住居~~~~

 

 

「感謝します、マトリフ殿……!」

 

「おう! だがなー、アバンもかつて失敗していたが、それをつけたままだと力がセーブされて思うように戦えないからな。ポップでも解除できるようにしてあるから、修業が終わったらちゃんと外しておけよ」

 

「承知しました。では、これにて。いくぞ、チウ! ポップ、帰りはガルーダに頼むつもりだ。1週間後にパプニカで会おう。互いの健闘を祈る!」

 

そう俺達に挨拶をして、クロコダインのおっさんとチウは師匠の住居を辞していった。その背中に手を振っていた俺は、師匠に首を傾げながら尋ねた。

 

「アバン先生が失敗したんですか?」

 

「おうよ。あれは、あいつが海波斬の修行をしていた時だったかな。あの魔道具を身に付けたまま敵の親玉と戦い始めたもんだから、俺がそれを解除するまでえらく苦戦していたよ」

 

へー。そんな事があったんだ。クロコダインのおっさんが師匠から受け取ったのは、重圧呪文(ベタン)の力を応用した魔道具だった。もともとおっさんはバルジの大渦で新必殺技の修行をするつもりだったが、もう一つ目的があった。

 

それは、基礎能力の向上というもので、基本となるパワーやスピードを修行中に向上させたいというものだった。その話を聞いた俺は、以前師匠がそんな魔道具を作ったという話を聞いていたので、ついでにおっさんをここに連れてきていた。

 

まあ、ぶっちゃけて言えば、どこぞの戦闘民族が宇宙一を目指して修行した重力ルームの魔道具版みたいなものだよな。その効果は十分予想が付くけれど、自分でやろうとは絶対に思わない。元々のパワーが規格外のおっさんだからこそできる修行法だろう。よくアバン先生も、そんな無茶苦茶な修行をしたものだな。

 

「……それで? お前も何か修行をするために、俺の所に来たんだろう? 話の内容によっては、手伝ってやってもいいぜ?」

 

おっと、そうだ。人の事に構ってはいられない。俺も、俺自身の修行を進めなければ。

 

「ありがとうございます、師匠。はい、師匠には俺が考えている新しい呪文の実現性についての助言をいただければと思います」

 

「ほう、新しい呪文……」

 

続けろ、と師匠が目で俺を促す。

 

「はい。俺が考えている新しい呪文、それは、……極大消滅呪文(メドローア)の改良です」

 

俺のその言葉に、師匠の眼光が鋭くなる。それはそうだろう。そこらの有象無象の呪文を改良しようっていうんじゃないんだ。唯一無二にして、現状最強の力を有する極大消滅呪文を改良しようと言うんだ。その難易度、影響度を誰よりも熟知している師匠が、額に皺を寄せるのも良く分かる。

 

極大消滅呪文(メドローア)……。この呪文は、その特殊性から考えても、大魔王バーン打倒の切り札になり得る呪文です。ですが、この呪文には2つの大きな弱点があります」

 

そう言って指を2本立てる俺の姿を、師匠は黙って見つめる。

 

「まず1つは、その驚異的な威力故に、敵から常に警戒されてしまい、よほど丁寧に敵を追い込んで放たないと直撃させられないという点。そして2つ目ですが、これは師匠も言っておられましたが、あまりの超威力故に万が一呪文を跳ね返されると、こちらが全滅する程のダメージを受けるという点です。後は、発動までに時間がかかる、両手が拘束されるなどの弱点もありますが、大きくは先に挙げた2点です」

 

「……ふむ。まあ、そうだな。だが、それは言ってしまえば、極大消滅呪文(メドローア)という呪文の特殊性故に発生する弱点だ。その弱点を克服するなんざぁ――」

 

「いえ、克服できます……!」

 

俺は師匠の言葉を遮り、そう言い放った。俺の不遜な物言いに、師匠はニヤッと挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「俺が考えている改良は、こういうものです……」

 

そして俺は、師匠に考えている新しい呪文の構想を説明する。その間、師匠は俺の話を身じろぎ一つせず聞いていた。

 

 

 

「……以上です。いかがでしょうか? 理論的には破綻は無いと思っています。しかし、当然ながら実践では試していないので、そこが分かりません……。何か見落としている事もあるかも」

 

俺の問いに、師匠は深く瞑目し長い沈黙をする。ポタッ、ポタッと、水滴が洞窟の壁を伝い落ちる音だけが俺の耳を打つ。師匠が長い長考をしている間、俺はゆっくりと部屋の中を見渡した。何に使うのか分からない仮面や、何が入っているのか分からない小瓶などが雑多に詰め込まれた蓋の開いた宝箱の中に、いつか俺から取り上げた3つの輝聖石が無造作に放り込まれていた。

 

何度目になるか分からない水滴の音を俺の耳が拾った時、突然師匠が目を見開いた。そして、ゆっくりと口角を上げたかと思うと、次の瞬間に洞窟内に大きな笑い声が響いた。

 

「……くっ。くっくっく。あーはっはっは。面白え、面白えぜ、ポップ!」

 

額に手を当て、大声で笑うマトリフ師匠。その姿を見て、俺は自分の理論に間違いがないと確信し、ホッと息を吐いた。

 

「では、師匠から見ても理論に破綻はありませんね? 後は、実践ですが――」

 

俺の言葉を遮るように、師匠が「いや、実践も問題ねえ……!」と断言する。まだ試してもいない実践に問題無いと断言する師匠に俺が首を傾げていると、師匠は更に言葉を続けた。

 

「問題ねえのさ。狙ってやった訳じゃあないが、俺は昔お前が今言った事に近い事をやった事がある。お前の理論は、それをもっと先鋭的かつ技術的に発展させたに過ぎない。……出来るさ。くっくっく。しかし、まさかここに来てその発想をするか。おい、ポップ。そいつは改良というよりはむしろ、……」

 

俺と師匠は、顔を見合わせてニヤッと笑みを浮かべた。しかし師匠は直ぐに表情を改め、こうも続けた。

 

「……しかし、ポップ。お前の考えたそれも、それが有効に通じるのは1度だけだぞ。1度見せちまうと、結局は警戒されて敵は容易く喰らってくれなくなる。ましてや、通常の極大消滅呪文(メドローア)より手順が複雑で発現速度や効果範囲に難があるんだ。使うタイミングは、よくよく吟味する必要があるぜ?」

 

「ええ、それは承知しています。俺も師匠の言うとおり、この改良版は1度しか使用できない、一発芸のようなものだと認識しています。ですが、そのたった1度をバーンに喰らわせてやる事が出来れば、元が取れるどころかお釣りが来ると思いませんか?」

 

その俺の言葉に、師匠は不敵に笑みを浮かべて「……違えねぇ」と呟いた。

 

「よしっ! そういう事なら、俺も手伝ってやるよ。猶予は1週間だったな。極大消滅呪文(メドローア)の改良をする前に、あれも開発する必要があるだろう。その開発に3日、後は極大消滅呪文(メドローア)の習熟に充てよう。ただの極大消滅呪文(メドローア)より遙かに難度が高いんだ。間に合うかどうか微妙な所だぜ」

 

「よろしくお願いします! あ、後、重圧呪文(ベタン)をベースにした合成呪文の開発も考えているんです。それもお手隙の時に相談に乗っていただければと……」

 

「あぁ!? ったく、師匠使いの荒い奴だぜ。そういう所もアバンに似てきやがって、全くしょうがねえ奴だな」

 

俺はブツブツと文句を言いながら立ち上がった師匠の後ろを、「まあ、まあ」と宥めながら着いていった。

 

 

 

 

 

~~~~一方、その頃のパプニカ王城~~~~

 

 

「え、ベビーサタンの襲撃? そんな報告は受けてないわよ?」

 

昨夜のベビーサタンの襲撃をバダックが主であるレオナに告げたところ、レオナからそう返事を返された。

 

「むむ……? しかし、ポップ君は可愛らしい2体の小悪魔の襲撃にあったと言っていたんじゃが……」

 

バダックから目を向けられた3賢者も、レオナ同様顔を見合わせながら首を傾げる。彼らも城に隣接した文官用の別棟で寝起きしているが、昨夜そのような騒動があった覚えもなく、不思議そうな表情をする。

 

「え? 可愛らしい2体の小悪魔の襲撃……? ――! ははーん……」

 

しかし、ある特定の方面にのみ異常な勘を働かせるレオナだけが、何かに気がついたかのように、突然ニヤニヤとその顔に笑みを浮かべる。

 

「ひ、姫……?」

 

主であるレオナがそのような笑みを浮かべると碌な事が無い事を十分承知しているバダックや3賢者が、一様に顔を引きつらせる。

 

「うふふふ。城の警戒態勢は変えなくて良いわ。そんな事より、マァムは何処に……あっ、もう修行に行った頃だったわね。じゃあ、メルルは何処にいるのかしら?」

 

マリンが記憶を探るように首を傾げた後、「メルルなら確か今は保管庫で、集まった支援物資の目録を作っているはずです」と答える。

 

「そう、分かったわ! じゃあ、私はちょっと保管庫に行ってくるから、後はよろしくね」

 

そう皆に伝えた後、レオナは「うぷぷぷ……」と零す口を隠しながら、足取り軽く執務室を退出していった。

 

 

 

「メルル、お疲れ様! 朝から頑張っているわね」

 

保管庫の中で手元の書類に目を落としていたメルルを見つけたレオナは、そう気さくに声をかける。

 

「レオナ姫。お早うございます。そんな。私に出来る事はこれだけですから」

 

そう謙遜するメルルをよそに、ステップを踏みながら近づいたレオナはメルルの耳に口を寄せ、彼女にだけ聞こえるような声で囁いた。

 

「うふふふ。ゆうべは(3人で)お楽しみだったようね♪」

 

その瞬間、メルルの顔がまるで茹で蛸のようにボンッと真っ赤になる。わたわたと突然手を動かし挙動不審になるメルルを見て、自身の勘が正しかった事を確信したレオナは更にメルルを追い込む。

 

「それでそれで、ポップ君とはどこまでいったの? 彼、ずいぶんと寝不足だったみたいだけど、もしかして2人で攻めたてて寝かせなかったのかしら?」

 

そこはもはや、レオナの独擅場と言って良かった。マァム不在の今、全ての追求の矛先がメルルに向かったのも、メルルにとって不幸だっただろう。

 

「ど、どこまでだ何て、――どこまでも行っていません!」

 

メルルとしては昨夜の記憶が全く無かったのだから、これしか言えなかった。朝になってポップの匂いの残るベッドの上で目覚めたメルルにできたのは、顔面蒼白になりながらシーツの汚れだけを確認した事だけだった。誰にも言えない夢の中の出来事が現実で無かった事に安堵したメルルは、やはり同じタイミングで目覚めたマァムと顔を合わせて、こそこそと自分達の部屋に戻っていた。それがまさか、最も知られたらいけない相手に知られていたとは……!

 

しかし、頭から湯気を出す勢いのメルルに突然救いの手が現れる。

 

ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、メルルのこの反応だけでパンを5枚食べられそうと考えていたレオナの背後から、その声はかけられた。

 

その声は、テムジンのものだった。

 

「姫、少しお聞きしたいのですが。葡萄ジュースの瓶ケースの中に、ワインを忍び込ませたというのは誠ですかな? それと、ベンガーナの百貨店でスロットに散財したというのは誠ですかな? 明朝、私の執務室にそのような事を記した封書が投げ込まれていました。ああ、後、拳の中に石を握り込んで殴りかかるような淑女教育をパプニカ王家では採用しているのか、という疑念も記載されておりましたな」

 

それを聞いたレオナは、およそ淑女なら発しないであろう「ゲッ!?」という言葉を口にして固まる。

 

「……ふむ。どうやら誠のようですな。全く嘆かわしい。どうも姫には再度教育を施す必要があるようですな。ここ最近は政務に追われそのような時間は取れなかったようですが、先ほどからの様子を拝見していると随分とお暇なご様子。よろしい……。私が手ずから再教育いたしましょう」

 

「ちょ、ま、待ってよ、テムジン! 今、メルルがとっても可愛い所なんだから! だ、誰よ、そんな手紙を書いたのは! さては、ポップ君ね! 絶対に許さないわよ!」

 

メルルは、臣下であるテムジンに首根っこを捕まれて連行されていくレオナを見て、助かったと安堵の息を一人吐いていた。

 

 




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