転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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137話 パプニカ、出立

小高い丘の上に立つパプニカの王城を穏やかな風が凪ぎ、雲一つない空からは暖かな日差しが降り注いでいた。1週間ほど前の鬼岩城襲来時の復興は、港区こそまだ一部で復興途上ではあるものの瓦礫の撤去などは既に終わっており、街道を行く賑やかな商人や町人の姿から、町に住む者の日常が戻ってきている事が見て取れた。

 

今、レオナ達はその王城前の広場で、魔王軍の本拠地と目されている死の大地に向かうメンバーの最後の一人が現れるのを待っていた。既に、クロコダイン、チウ、それにダイ(+ゴメ)、ヒュンケル、マァムと言った独自に遠方に修行に行っていたメンバーは集まっていた。

 

また、彼ら気球でカール王国に向かうメンバーとは別に、海路でカール王国に向かうパプニカ魔法兵団の精鋭50名も彼らを遠巻きにして整列している。

 

「おっそいなー、あいつ! もう9時になったじゃないか。もしかして、怖気づいて逃げ出したんじゃないだろうな」と、北の方の空を見つめ先ほどからチウが文句を言っている。

 

そんなチウを横目に見ながらメルルが、「マァムさん、大丈夫ですか?」とげっそりした顔のマァムを気遣う。

 

「え、ええ……。大丈夫よ、メルル。私こそごめんね。私がいなかったからメルルが集中して狙われたでしょう?」

 

「い、いえ、そんな……」と返事を返しながらも、若干恨めし気な視線をレオナに向けたメルルを、誰も責める事は出来ないだろう。

 

メルルに続いてマァムからもジトッとした視線を受けたレオナは、さも心外だと言いたげに腰に手を当てる。

 

「あら、私は客間の総責任者として、あの晩城内で風紀の乱れが無かったかどうかを確認していただけよ。決して、興味本位からあの夜の話を聞き出していたわけじゃないわよ。誤解をしないでほしいわ」

 

この場にいる誰もが、そのレオナの言葉を額面通りに受け取っていなかった。先ほどまでの、マァムに対するレオナの執拗な『聴き取り』という名のからかいのやり取りを見ていた皆は、一様に苦笑と呆れの混ざった顔をしている。

 

小悪魔だの貞操がどうのと、本日合流してからの短い時間にレオナに散々にいじられたマァムが、そのレオナのいけしゃあしゃあとした言葉に目をむいて反論する。

 

「何が誤解よ! だいたい、レオナがジュースのケースにワインを紛れ込ましていたのがいけないんじゃない! そのせいでメルルと私が酔っちゃって、し、仕方なくポップのベッドで寝ちゃったのよ!」

 

「……? 私、1本しかジュースとワインを取り換えなかったわよ? マァムは自分からポップ君のベッドに――。――も、もがッ!?」

 

真相をばらされたくなかったからなのか、真実から目を背けたいだけなのか、修行の成果を感じさせる機敏な動きでマァムがレオナの背後に回り込み、余計な事を喋ろうとしていたレオナの口を押える。

 

「ワインは2本あったの! そうでしょっ、レオナ!?」

 

その鬼気迫る表情のマァムに、反論する事は己の身が危うくなる事を悟ったレオナが、こくこくと頷く。

 

彼女達がそんなやりとりをしていると、チウが「あっ! 来た、来た! 遅いぞ、ポップ!」と声を上げた。

 

皆がその声に北の空を見上げると、確かに彼らが待っていた男が空を飛翔してこちらに向かって来ている所だった。見る見るうちに、その姿が大きくなる。特にその姿に変わりはないように見える。トレードマークであるいつもの黄色いバンダナを額に巻き、身体にはテラン国で譲り受けた薄緑色のドラゴンローブを纏っている。腰に巻いたベルトには、アバンから譲り受けたバッグが括り付けられている。

 

1週間ぶりに目にするその変わらぬ姿に、先に集まっていた者達がほっと息をついた。

 

 

 

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どうやら俺が一番遅かったようだ。ていうか、さっき9の鐘が鳴る音が聞こえたから、ちょっと遅刻しちゃったかな? 綺麗に整列した兵士達の列の前に、見知った顔ぶれが集まっているのを見た俺は、瞬間移動呪文(トベルーラ)を解除し皆の前に降り立った。

 

ダイとヒュンケルの側には、ロン・ベルクがいた。わざわざ見送りに来てくれるとは、意外に良い所があるな。ヒュンケルの手に『鎧の魔剣』がある所を見ると、どうやらロン・ベルクがやってくれたようだな。後でお礼を言っておかないとな。

 

チウが「遅いっ!」と突っかかって来るから、「悪い、悪い」と謝る。時間ギリギリまで新呪文の修練に明け暮れていたら、思いのほか時間が過ぎてしまった。

 

「ふっふっふ。ポップ、何度かマトリフ殿の住居に様子を見に行ったが、ずっと不在のようだったぞ。いったいどこで修行をしていたのだ?」

 

「へへへ。そいつは秘密さ、おっさん。おっさんこそ何やってたんだ? バルジの島周辺で漁をしていた人達が、潮の流れが随分と変わって困ったとぼやいていたぜ」

 

俺の問いかけに、おっさんはチウと顔を合わせてニヤッと笑みを浮かべ「ふふふ。それは実戦をご覧じよというところさ」と答える。

 

へー。何をしていたかは知らないけれど、おっさんも最終決戦に向けたレベルアップが図れたようで何よりだ。俺はいつもと変わらないそのおっさんの堂々とした態度に、俺の知らない未知の領域に踏み込んでいる恐れが払拭されていくのを感じた。

 

そんな事を考えていたら、ダイが突然「ポップ! 会いたかったよ!」と抱きついてきた。おっと、記憶にあるより体当たりの力が強くなった気がするな。思わずたたらを踏んだ俺は、ダイのその大げさな行動に苦笑いを浮かべた。

 

そういえば、こいつと一緒に旅を始めてから1週間も離れていたのは初めてかもしれないな。ゴメも再会を喜んでくれるのか、俺の周りを「ピィ、ピィ」とパタパタ飛んでいる。

 

「ああ、俺も会いたかったよ。ロン・ベルクさんのところでの修行はどうだった? ダイの剣は使いこなせるようになったか?」

 

「うーん、俺の剣は一度も抜けなかったんだ。だけど、時間内でできる限りの事はやったよ! あ、あとね、修行中はずっとポップの家でお世話になったんだよ」

 

(へー、そうなのか。ヒュンケルもうちの家に来たんだろうか)と思い、ヒュンケルに目をやるとヒュンケルもコクリと頷いた。

 

「お前の両親には世話になった。それと、口には出さなかったが、お前に会えない事が寂しそうだったぞ。タイミングが合えば、顔を出してやれ」

 

「ああ、分かった。ところで、お前が右手に持っているそいつは……」

 

「ふっ。お前がロン・ベルクに頼んでくれたおかげだ。これが、アバンの剣を素材に、新たに打ち直してもらった『鎧の魔剣』だ」

 

そう言ってヒュンケルは、手に持った剣を分厚い鞘に収めたままズシッと大地に突き刺すようにして見せてくれた。良かった、これでヒュンケルの装備は万全だろう。俺は、ダイとヒュンケルの後ろに立っているロン・ベルクに礼を言う。

 

「ロン・ベルクさん。無理を聞いてもらって、ありがとうございました。お代を支払っていないと思いますが、ダイの分と併せていくら用意すればいいでしょうか?」

 

そうなんだよな。ロン・ベルクに剣を依頼しても、これまで彼からお金の請求を受けた事がない。浮世離れした雰囲気をしているから俺も忘れそうになるが、鍛冶屋が報酬ももらわずに剣を打つなんて、本当はいけないことだ。しかし、俺のその問いかけにロン・ベルクは首を左右に振った。

 

「必要ない。俺への報酬は、俺の打った剣が何を切るかで返してもらえばそれで良い。真魔剛竜剣も、覇者の剣も、全て切ってくれるんだろう? もし切れなかったら、俺の打った剣ではなく、お前達に問題があるという事だ。その時は目の飛び出るような代金を請求してやるよ」

 

その返しに俺が背後のダイとヒュンケルを振り返ると、2人が静かに頷いた。その目は、必ず、と言っていた。だから俺はロン・ベルクに、「では、剣の代金を用意する必要はなさそうですね」と笑って答えた。

 

 

 

「ポップ、お帰り。遅かったから心配したわよ」

 

「ポップさん、ご無事で良かったです。何だか痩せていませんか、ポップさん。きちんと食事は取っていましたか?」

 

「ああ、ただいま2人とも。ちょっと修行に熱が入って、気がついたらこんな時間になっちゃったのさ。……痩せたかな? まあ、師匠とあり合わせの食材で腹が膨れたらいい程度の食事しかしていなかったから、確かにちょっと痩せたかも?」

 

「そうですか。それじゃあ、お弁当箱にポップさんの好きな食べ物いっぱい詰めていますから、後でたくさん食べてくださいね」

 

俺は朗らかに笑うメルルに「それはありがたい」と返答を返しながら、マァムに身体を向けた。

 

「マァムは修行の成果はどうだった? 森の猿は仲間に出来たのか?」

 

「……何で修行の成果に、森の猿を仲間にできたかどうかを聞くのよ?」

 

「いや、ほらマァムが雄叫びを上げたら、猿を筆頭に霊長類のお友達が呼応して援軍にやってきてくれたり……。――って、冗談だって! ごめん、ごめん!」

 

途端に俺は、目をつり上げたマァムにヘッドロックされ、頭頂部を拳でグリグリされる。いや、頬にマァムの胸の感触を感じるのは良いが、頭が痛くてそれどころではない。ハゲができるって、これ!

 

「くすくすくす。全くもう、あなた達は相変わらずね。久しぶりね、ポップ君。君には1週間前の夜の話とか、マァムとメルルと一緒のベッドで寝た話とか、小悪魔の襲撃の話とか色々聞きたいことがあるんだけど、それは空の上のお楽しみにさせてもらうわね」

 

助け船として現れてくれたと思った姫さんは、どうやらあの晩の話にご執心のようだ。メルルとマァムはまだ続くのか、と幾分げっそりした顔をしているが、姫さんの表情は反対にキラキラしている。実に楽しそうだ。

 

「その話を語るなら、姫さんのあのいたずらも話題に出る事になると思うけどね。俺もあの日は、肩がこるわ、寝不足になるわで大変だったんだぜ?」

 

「あら、でもその分良い思いをしたんじゃないかしら? 私に感謝してくれても良いのよ」

 

うーん、その言葉に否定できない自分がいるのが悔しい……。俺が、勝ち誇り「ホホホ……」とばかりに高らかに笑う姫さんに「グヌヌヌ……」とうなり声を上げていると、姫さんの背後に控えていたテムジンから声がかけられた。

 

「ポップ殿、いつぞやはゆっくりと礼を言う暇もありませんでしたので、今させていただきますぞ。命を助けていただき、心より感謝します」

 

そう言って頭を下げるテムジンに、俺は一瞬何の礼を言われているのか分からなかったが、直ぐに思い当たった。ああ、そう言えばあの時、テムジンは灯台にいたんだっけか。

 

「いえ、良いんですよ、テムジンさん。それにお礼なら、あの時灯台にいた守り人の方にもたくさんしてもらいましたから。彼からいただいた酒のつまみ、とても美味しかったんです。テムジンさんがお知り合いなら、俺がどこで買えるか聞いていたと伝えていただけませんか?」

 

「ああ、あのつまみは私もいただきました。確かに、おいしゅうございましたな。そのお話、彼に確かにお伝えしましょう」

 

「よろしくお願いします。そうそう、ノヴァの事ですが、彼についてもご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします」

 

「ほっほっほ。ノヴァ殿なら順調に回復しておりますぞ。今日もこの場に来ると言って聞かなかったのを、止めるのが大変でした。ポップ殿の見立ては正しいようですな。回復まで後数日ほど見ればよろしいでしょう」

 

俺がテムジンとそんな会話を交わしていると、姫さんが突然俺に対して無茶ぶりをした。

 

「さあ、ポップ君。ここにはこれから死の大地に向かう全員が揃っているわ。あなたの口から、戦いに当たっての意気込みを皆に言ってちょうだい!」

 

姫さんのその言葉に、綺麗に縦に10人ずつ5つの列を作って整列していた大勢のパプニカ兵達が一斉に踵をそろえて、直立不動の構えを取った。

 

……え、ちょっ、待ってよ。嫌だよ、そんな目立つ真似……。突然の事に狼狽した俺は、姫さんに小声で文句を言う。

 

(いやいや、何で俺なんだよ……。そういうのは、立場の偉い姫さんが適任じゃないか)

 

元来そういう目立つ真似が苦手な俺は、姫さんに役割を振ろうとするがそうは問屋が下ろしてくれなかった。

 

(駄目よ。こういうのは、実戦部隊のリーダーが発してこそ効力を発揮するのよ。つまり、ポップ君よね)

 

そんなの、なおさら俺じゃないだろうが。リーダーって……。脳筋集団の中で、随一ではなく唯一の頭脳労働担当とは自認しているが、自分がリーダーだと考えた事はないぞ。そう思って、ダイ、マァム、ヒュンケル、おっさんの順に目をやるが、皆が姫さんの言葉に依存が無さそうだ。チウだけが僕が僕がと前に出たがっているが、おっさんがその首根っこを引っ掴んで止めている。いや、やりたいんなら是非変わってあげたいんだけどね……。

 

(……お、おい、ダイ。お前がリーダーだろう? 何か言えよ)

 

(え? リーダーって色々考えて、皆に指示する役割の人でしょ? それならポップに決まっているじゃないか)

 

う……、ダイなら丸め込んで代わってもらえるかと思ったが、いつの間にやらちょっとは賢くなったようだ。俺がそれならとマァムを見るが、そのマァムは、さっさとしなさいとばかりに俺を突き放したような目で見るだけだった。さすがに、ヒュンケルやおっさんは駄目だろうな。

 

遠い昔に、高校の親友の結婚披露宴で友人代表として突然スピーチを求められた時の事を、走馬灯のように思い出す俺。

 

はー、仕方ない。俺は、一瞬だけ俺に突然無茶ぶりした姫さんを軽く睨んだ後、立ち並ぶパプニカ兵の皆さんの前に出て軽く見渡す。

 

おや……? 皆の顔が強ばっている気がするな。そうか、皆も不安だよな。それもそうか。敵の本拠地に向かい、もう一度生きてこの地に帰ってこられるという保証は何もないものな。俺は、この場で自分に求められている役割を自覚した。

 

俺は、軽く深呼吸をした後、俺を注視する皆を見渡し口を開いた。

 

「えー、本日はお日柄もよく、じゃなかった、アバンの使徒で一応大賢者やってますポップと言います。若輩者ですが、ご指名ですので一言ご挨拶させていただきます」

 

緊張のあまり、幾分結婚式のスピーチの入りに酷似した挨拶をしてしまった俺は、軽く咳払いして言葉を続ける。

 

「皆さん、大魔王の力は強大です。それは、先の鬼岩城の襲撃を見ても明らかです。おそらく、向かう先にはあれ以上の脅威が待ち構えている事でしょう。正直言って、奴らに勝つには奇跡がいくつも必要な事なのかもしれません」

 

俺の言葉に、多くの兵士が悔しげに顔をしかめる。そうだ、現状認識は大事だ。敵は強い。それは確かだ。だけど、諦めるにはまだ早いはずだ。辛酸を舐めたパプニカの皆にこそ、それを思い出してもらいたい。

 

「……だけど、ここパプニカを魔王軍の魔の手から奪還した皆は、もう知っているはずです。奇跡というのは、起きるのを待つものではなく、起こすものだと言う事を! 起こしましょう、奇跡を! ここ、パプニカを奪還した時のように! 一度で足りなければ何度でも!」

 

立ち並ぶパプニカ兵達から徐々に顔のこわばりが消えていき、逆に燃え上がるような闘志がその背中から吹き上がり始めるのを俺は感じた。そして俺も、自分の言葉に徐々に高揚し始めている事を感じていた。さあ、後は景気づけの一声だ。俺は一呼吸を置いて、後ろにいたマァムとメルルを一瞬振り返った後、最後の言葉を放った。

 

「マァムとメルルのお腹が大きくなる前に、とっとと片をつけてやる! ぶっ飛ばそうぜ、大魔王を!!」

 

俺の言葉にマァムとメルルが顔を真っ赤にして「ポップ(さん)!!」と声を上げるが、その声は俺の言葉に応えた皆の「オォォーーー!!」という耳をつんざくような掛け声にかき消されていった。

 

ああ、後で2人にこっぴどく絞られそうだ。だけど、俺はこの発言に後悔はしていない。戦いに勝つ事が最終目標じゃないんだ。勝って、それぞれが帰るべきところに帰るまでが目標だという事を俺は皆に言いたかったんだ。拳を突き上げて雄叫びを上げる兵士の皆さんを見つめながら、俺はそれが伝わると良いなと思っていた。

 

 

 

 

 

レオナは、気勢を上げるパプニカ魔法兵団の様子を見て満足そうな表情で頷いた。やはり、彼にお願いして正解だったと。彼がその能力に反して、誰かの陰であり続けたいと考えている事には以前から気がついていた。だが、今は状況がそれを許さない。それが彼にとって負担に感じるだろう事は承知していたが、必要だと感じたからこそレオナは求めていた。

 

かつてアバンは、魔王ハドラーの出現に狼狽するカール王国の主立った者に、「ジタバタしかできないのなら、ジタバタしましょう!」と説いてその士気を鼓舞したと聞く。今この場に、アバンのその言葉を直接耳にした者はいないだろう。

 

しかしレオナは、間違いなく先ほどの彼の言葉が、かつてのアバンの言葉のように死地に向かうパプニカ魔法兵団の心に火をつけたと感じていた。そして同時に、彼の最後の言葉は、彼らに勝つ事だけが目的ではなく、故郷に帰ってこようという意識を思い起こさせたとも。

 

事実、今気炎を上げている兵団の一部からは、「妻も妊娠中なんだ! 生まれるまでには!」、「もう一度息子を抱きしめるんだ!」、「今から彼女にプロポーズしてくる! すぐ戻る!」と言った言葉が至るところから聞こえてくる。

 

彼らを統括する立場のレオナは、こんな時代にも絶望せず未来への希望を口にする彼らに思わず涙ぐみ、それを誰にも気づかれる事なくそっと拭った。

 

そして、マァムとメルルに詰め寄られて、たじたじになっているポップに目を移した所で吹き出した。彼女達にも同情する。つい先ほどまでは、堂々とした彼の背中を誇らしげな表情で見つめていたのに、急転直下騒動のただ中に放り込まれたようなものだ。

 

彼女達は、バダックやマリンから、「悪阻を甘く見てはいかん」、「気球に毛布を積み込んで、お腹を冷やさないように」などと声をかけられて目を白黒させていた。

 

そんな彼らの様子には、これから敵の本拠地に乗り込むという悲壮感がまるで感じられない。その雰囲気を作り上げたのは、紛れもなく彼だ。

 

今、この場にいるほとんどの者は生前のアバンに会った事がない。伝え聞くのは、その場にいてくれるだけで、どこか心に平穏を与えてくれるあの独特の存在感。そして今、ポップを見つめる皆が、同じ存在感を彼に感じていた。

 

はたしてそれは、ポップの生まれ持った資質がアバンに酷似していたためだろうか? それとも、ポップ自身がアバンの重責を継ごうと努力した結果なのだろうか? あるいは、アバンと1年以上を共に過ごし、アバンの息吹を最も身近に感じていたがために生じた、ポップの無自覚な変化なのだろうか。

 

いずれにしても、伝え聞くアバンの存在感をポップが発揮し始めた事だけは、彼を見つめる皆の目を見ると明らかだった。

 

 

 

「さあ、それじゃあ、空路で向かう組と海路で向かう組に分かれて出発しましょう! カール王国のサババで合流するわよ!」

 

レオナのその号令に、各々が動き出した。

 

 

 

どれほどの時間が過ぎただろうか。俺達の乗った気球は海を越え、すでにギルドメイン大陸上空に達していた。メルルの用意してくれていたお弁当を籠の中でいただいた俺達は、眼下に広がる光景に静かに目を落としていた。

 

俺と同様に眼下に視線を投げかけていたマァムが不意に、「どうして、あの川の向こうから道が広くなっているのかしら?」と呟いた。その声に俺も川向こうの景色を見ると、確かに街道が川を渡ったあたりから馬車が離合できるほどに幅員が広くなっていた。というか、俺はあの光景に見覚えがあった。

 

「ああ、ちょうどあの川がカール王国とベンガーナ王国の領地境になっているんだよ。カール王国は陸路による物流を重視して街道の整備に力を入れていたから。それに、ほら。街道の隅にまばらにだけど花が咲いているのが見えるだろう? かつては、あれがカールの首都まで続いていたんだよ」

 

俺は、かつてアバン先生に同じように説明された言葉をマァムに伝えた。そうだ、俺は半年ほど前にこの街道をアバン先生と共に歩いた。あの時はまさか、アバン先生不在でこんな風に皆と共に気球でここを通るとは思ってもいなかったけれど……。

 

「ポップ君の言う通りね。このまま街道沿いに進むと、後数時間ほどで私達の最初の目的地であるカールの王城に着くはずよ。でも、カールの街道はどこも花街道と呼ばれるほど綺麗だったんだけど、今は……」

 

そう姫さんが眉をしかめながら、俺の言葉に続ける。ああ、姫さんの言う事は分かる。俺が思わず過去形で語らざるをえないほど、美しかった花街道は無残な姿を晒していた。魔王軍に踏み荒らされたためなのか、管理する者がいなくなって久しいためなのかは分からないが、街道沿いに咲いていた綺麗な花はほとんどが残っていなかった。俺は、この光景をアバン先生が目にせずに済んだ事に、ほんの少しだけ安堵した。

 

皆が声もなく眼下の景色を見つめている。空から見える範囲では、魔物の姿は見当たらなかった。しかし同時に、人の姿も全く見ることができなかった。その空虚な光景の中、ゴォーという気球を浮かすバーナーの役割を果たしている魔道具から発せられる炎の音だけが、俺達の耳朶を打っていた。

 

俺は鞄の中から手製のオカリナをそっと取り出し、口に咥えた。……かつてアバン先生が好きだと言ってくれた曲を奏でよう。

 

~~~~~~♪ ~~~~~~♪

 

曲に気がついた皆が俺を振り返るが、そのまま誰も声を発する事なく俺の奏でる曲を皆は静かに聴いていた。

 

これをアバン先生に捧げる鎮魂歌(レクイエム)とは口が裂けても言いたくはない。俺はただ、どこかでこの曲を聴いたアバン先生が再び俺達の前に姿を現してくれる事だけを願っていた……。

 

……アバン先生、俺は帰ってきましたよ。アバン先生は今、どこにいるんですか? 早く先生も帰ってこないと、大好きなフローラ女王を助ける良い役回りを、俺が取っちゃいますよ?

 

 

 

「良い曲だったわ、ポップ君。でも、私はもう少し明るい曲の方が好きね。次はそっちを奏でてくれない?」

 

1曲吹き終わった俺に、姫さんがそうリクエストをする。……そうだな、しんみりする曲はもうやめておこうか。

 

「じゃあ、また『おてんば姫の行進』なんて――」

 

「それはもう結構よ!」

 

その姫さんの剣幕に、事情を知っているダイとマァム、ゴメが「あははは/ピィ、ピィ」と笑う。そうか、駄目か。じゃあ、と考えていた俺にダイがリクエストする。

 

「ねえ、ポップ! 前に爺ちゃんの所に泊まった時に吹いていた曲を聴かせてよ」

 

ふむ……、爺ちゃんの所に泊まった時に吹いていた曲というと、あれかな?

 

「なんかあの曲、鳥に乗って大空を飛んでいるみたいな気分になれる曲だったんだ。ちょうど今、気球に乗っているから聞きたくなって」

 

姫さんも、「あら、良いじゃない。私も聞いてみたいわ」と合いの手を打つ。

 

なるほど……。鳥に乗って大空を飛んでいるみたいな曲か。くっくっく、と俺はそっと笑みを浮かべる。

 

「ああ、良いよ。あの曲ね。しかし、さすがは○山先生だな。まさかドラクエの主人公にそんな風に思ってもらえる曲を作曲するとはね……」

 

「……○山先生? ……ドラクエの主人公?」と首を傾げるダイに、俺は気にするなと声をかけ、再びオカリナを口に咥える。

 

そして再び、空にたなびくオカリナの音色。

 

皆もその曲にしばし目を閉じ、聞き入っていく。伸びやかな透明感のある旋律が、魔王軍に滅ぼされたカールの国の空をたゆたっていった。

 

 

 

###########################################

 

 

パプニカ王国が魔王軍の手から奪還された日から、数えて28日後。アバンの使徒達を乗せた気球とパプニカの魔法兵50名を乗せた船がパプニカを出立し、魔王軍の本拠地である死の大地の眼前にあるサババの町を目指して向かったと、新生パプニカ王国建国史には記録されている。

 

彼らのうち、何名が再びホルキア大陸の大地を踏みしめられたのかについての正確な記述は、現在はっきりとしたものは残されていないが、少なくない数の兵士が異国の地で散った事は想像に難くない。

 

そしてそれは、常に最前線で戦っていたアバンの使徒達も同様だった。ある者は愛する者を永遠に失い、ある者は五体の一部を失った。皆がこの一戦に賭け、多くの犠牲を払った戦いだった。

 

大魔王戦役から150年後を生きる我々は、名もなき無名の戦士を含む彼らの献身を忘れてはならない。人族だけではなく、この大地に生きとし生けるもの全ての者が総力を挙げて大魔王に抗ったあの戦いを。我々が今踏みしめているこの大地は、彼らの尊い犠牲の上に成り立っているのだから。

 

この日の死の大地へ出立する際の記録は、当時パプニカ王国で内務大臣を務めていたテムジン・レイナードによって詳細に残されており、その記録文書は現在パプニカ歴史博物館内にて展示されている。

 

この記録文書で確認出来る、出立の際にポップ・マーカストンが述べた『奇跡というのは、起きるのを待つものではなく、起こすもの』という言葉は、戦役後に発刊された『心に響く名言 100選』にも選ばれるなど、人の心を打つ名言として広く知られている。この書籍には、他にも彼の師であったアバン・デ・ジニュアール3世の『ジタバタするしかないなら、ジタバタしましょう』も選ばれている。

 

また、ポップ・マーカストンの残した言葉は、同様に戦役後に発刊された『心に響くかもしれない迷言 100選』にもいくつか選定されており、『2兎を追う者には、3兎目が出てくる』、『女は結婚前に泣くが、男は結婚後に泣く』などが選定されている。

 

なお、アバンの使徒の1人であるマァム・クロフォード(後のマァム・マーカストン)が身重の身で大魔王と対峙したと言う現在まで残る逸話は、この時のポップ・マーカストンの発言に起因していると言われている。

 

実際は、マァム・クロフォードがポップ・マーカストンと結婚したのは、大魔王戦役終結から2年と半年が過ぎてからであり、彼との間に第1子を授かるのはそれからさらに1年後と記録されているため、このホルキア大陸を中心に浸透している逸話は事実ではない事が通説である。

 

しかし彼女の熱烈なファンは、この勇猛果敢さを現す彼女の逸話を特に好んでおり、彼女の雄たけび1つでホルキア大陸中の霊長類が決戦時に援軍に現れたと言う逸話と合わせて、これらの逸話の真偽を大魔王戦役から150年経った今でも検証している。

 

その検証結果は近い将来に公表予定と噂されているため、今から彼女のファンはそれを心待ちにしている。

 




今話で、7章の本編は最後となります。後、136話と137話の間を繋ぐそれぞれの出来事を閑話で4話から5話ほど投稿して、8章突入予定です。
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