転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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閑話です……。でも、閑話の一言で済ませられないエピソードとなってしまいました。一度『閑話』の単語の意味を調べた方が良いと、叱られそうな気がする今日この頃……。


138話 閑話② 大魔道士がたどり着いた大賢者の秘密

 

俺の首は、何者かの頭部と右上腕部の間にがっちりと挟まれていて、引き抜く事ができない。両足は大きく股を開いたあられも無い格好で何者かの手によって膝裏を摑まえられていて、やはり微動だにしない。どうにか首を逸らして上を仰ぎ見ると、大地がどんどんと加速するように迫ってきている。頭上から叩きつけられる凄まじい風圧といい、それは俺が今まさに何者かによって逆さに捉えられ、空から地面に叩きつけられようとしている事を如実に現していた。

 

この体勢のまま、地面に激突すればどうなるか。おそらく、激突と同時に首と背骨が折れ、股は完全に裂けるだろう。つまり、明確な死が待ち受けているという事だ。

 

あまりの恐怖に、俺は絶叫する。

 

「う、うわぁーー! ろ、6を9にーー!! だ、駄目だ、超人強度が足りないッ!」

 

 

絶叫と共に、俺はガバッと身を起こした。

 

ハァッ、ハァッ! 

 

何処だここは? リングじゃなかったのか? 俺は生きているのか? 股が裂けていない事を確認し、次に首、腰と順に手を触れ、特に異常が無い事を確認した俺は、ひとまずホッと息を吐いた。

 

どうにか生きている事を確認した俺は、周囲をキョロキョロと見回す。薄暗くてよく見えないが、徐々に目が慣れてきた。その間に、激しい息づかいも徐々に整ってくる。

 

洞窟……? 俺が隣に目をやると、マトリフ師匠が毛布を被って高いびきをかきながら横になっていた。

 

あ、ああ、夢か。そ、それもそうだよな。この世界でキン肉バスターなんて喰らうはずがないもんな。

 

……それにしても恐ろしい夢だった。俺は何者かにキン肉バスターをかけられて、もう少しで首折り、背骨折り、股裂きの刑に処される所だった。

 

俺にそれをかけた奴の姿は霞がかかったように思い出せないが、おそらくあれは大魔王だろう。しかし、いくらなんでも予知夢という事はないはずだ。大魔王がキン肉バスターをかけてくる展開なんて、絶対にないと断言できる。いくら、俺がすでに未知の領域に足を踏み込んでいると言ってもだ。

 

そんなの俺が許しても、『ダイの大冒険』ファンが許さないし、引いては『ドラゴンクエスト』ファンも許さないだろう。もし実際にそんな展開になっていたら、読んでいたジャンプを地面にたたき付けて、火をつけて燃やすぐらいの過激なファンも現れたはずだが、そんな話を俺は聞いた事がない。あいつもそんな事は言っていなかった。

 

これは言ってしまえば、『北斗の拳』の世界にギャラクシアン・エクスプロージョンが登場するようなもの、『鬼滅の刃』の世界にかめはめ波が登場するようなものだ。世界観ぶち壊しだ。もっとも、この世界にカレーやラーメンを誕生させた俺が言える事ではないが。

 

ん……? でも同じ集〇社だな。あれ? 異色コラボっていう線も百歩譲ってあるのだろうか?

いや、ない、ないはずだ。俺は集〇社の良心を信じているぞ。もしいつか日本に戻れてもドラゴンファングの件でもう集〇社を訴えたりはしないから、そこだけは頼むぞ、おい。

 

動悸が落ち着いた俺は、隣で寝ている師匠を起こさないようゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

ここはバルジの島近海に無数にある大小の無人島の一つだった。ここに連れてきてくれたのは師匠だ。この島は一周するのに1時間も必要としないほどの小さな島だったが、島の中央に奥にだだ広い空洞を有する巨大な洞窟があった。どこに魔王軍の目があるか分からない中、秘密の特訓をするのにぴったりの場所だとは師匠の言葉だった。

 

俺は左手方向にある洞窟の出口に目をやった。洞窟を出たらそこはすぐに砂浜になっているため、ここからでもザザーン、ザザーンという、砂浜に寄せては返す規則正しい波の音が微かに聞こえてくる。

 

そして右手方向、洞窟の奥の方からは冷たい冷気が漂ってくる。今は8の月の下旬で気温が高いため、本当なら温度が一定でひんやりしている洞窟の奥で寝るのが一番良いのだが、今その洞窟の奥はひんやりどころでないほどの極寒の地になっている。当然そんな所で寝たら永眠する事になるのは必至なので、俺達は洞窟の入り口にほど近い場所で寝ていたわけだ。

 

俺はゆっくりと、波の音が聞こえてくる方へと歩みを進めた。

 

 

 

波の音さえ除けば、夜は静かなものだった。視線を上げると、空には薄く雲が広がっており、その合間から月が覗く。それは、淡く黄色く、まるで闇に滲むかのように浮かんでいた。

 

視線を戻すと、砂浜にさざ波の波紋が作られては消えていく光景が目に映る。遠くに目をやると、漆黒の海が視界いっぱいに広がっていた。

 

考え事をするのにちょうどいいと考えた俺は、誰もいない砂浜に一人座り込みその様子に目を落とした。

 

今日は修行を始めて2日目の夜だった。修行期間は後4日。やはり師匠に助力を頼んで正解だった。師匠の魔法技術は俺より頭一つ、いや二つも三つも抜けている。術式の勘所を即座に掴む眼力、既知の術式から未知の術式を類推する魔法センス。どれも、魔法を覚えてたかだが10年ちょっとの俺が到達できない領域に師匠はいる。

 

師匠のおかげで、修行は予定より早く進んでいる。今日までで改良版極大消滅呪文(メドローア)の完成に向けた第1段階はクリアできた。明日からはいよいよ、改良版極大消滅呪文(メドローア)の術式の構築に取りかかる事になる。気合いを入れよう。明日からは、ほんの少しの気の緩みが命に直結するのだから。

 

視線を、寄せては返すさざ波に向ける。少し離れた場所では、薄闇の中、ウミガメのようなシルエットの生き物が海面から姿を現して陸に向かってズリズリと砂浜を這っている様子が見えた。産卵かな? こんな大変な時なのに、自然界の日常は変わらないんだな。当たり前のことを、今更ながらに俺は考えていた。

 

 

 

ただひたすら暗い海を見つめていると、徐々に俺はこの世界にただ一人の孤独な人間なのでは、という意識が胸中を占め始めてきた。そしてその意識は次第に、不安へと姿を変えていった。

 

今のこの展開は、原作通りに進んでいるのだろうか? 何か致命的な事象を見落としたが故に、俺の知らない何かが背後で蠢いていないだろうか。原作ポップは今この時、いったい何をしていたんだろうか。

 

そうだ……。アバン先生は、原作ならもう復活していただろうか? 俺はアバン先生が果たすはずだった役割を、その時が来たら察知できるのだろうか。察知して、先生の代わりが出来るのだろうか?

 

アバン先生、アバン先生……。アバン先生は、どうしてあんな事ができたんですか? どうして……。どうして、あなたは『凍れる時間(とき)の秘法』なんてものを唱えられたんですか?

俺の問いに、答えてくれる人はいない。夜気の中、ただ月光に照らされた白波が銀暗色に瞬いていた。

 

『いいか、ポップ。凍れる時間(とき)の秘宝という術は、数百年に一度の皆既日食の日だけに唱えられる秘術だ。その秘術を唱えると、対象の時間を停止させる事ができる。ただし、術者に十分な力量がなければ、その時間の停止は術者自身にも降りかかる事になる。かつてアバンが、1年の長きにわたって石化したようにな……』

 

俺は、師匠からその秘法の詳細を聞いた時、驚きのあまり声も出なかった。皆既日食の日にだけ使用できるその秘法。よくそんな事ができたものだ。時が止まるなんて、俺は自己犠牲呪文(メガンテ)より恐ろしい呪文だと思った。自己犠牲呪文(メガンテ)を唱えた俺にはよく分かる。少なくとも俺は、死ぬ事より時間が止まる事の方が恐ろしい。

 

俺が『凍れる時間(とき)の秘法』を唱えた時の事を想像してみる。目が覚めた時に、いったいどれだけの時間が経過しているのか。父さん、母さんは生きているのか? ダイは成人している? マァムは? メルルは? ヒュンケル、クロコダイン……。俺が目覚めた時、皆天寿を全うしているんじゃないのか? マァムもメルルも、石化したままの俺をいつまでも待ってくれていたのか? どこかで見切りをつけて、俺の知らない誰かを伴侶として迎えたんじゃないのか。

 

怖い……。置いて行かれる事は、死ぬ事より恐ろしい。ただでさえ、俺はこの世界にとって異端なのに、その上心を通わせた皆からも置いて行かれるなんて……。

 

なあ、俺はどうしてこの世界に転生したんだよ。……分からない。いくら考えても分からないよ。俺をこの世界に転生させた誰かがいるとしたら、そいつは俺に一体何をさせたいんだよ? 俺には、アバン先生と同じ事が出来ないんだぞ。いったい俺に何を期待しているんだよ。

 

ザザーン、ザザーン……。

 

どこまでも吸い込まれるような暗く深い海が俺の不安を助長する。頬を冷たいものが伝ったのを感じた俺は、抱えた膝にそっと顔をうずめた。南の大陸特有の生暖かい風が時折俺の髪を凪いでいるのに、なぜか俺は一人寒さに震えていた。

 

 

 

……怖い。誰か、代わってくれないかな。

 

 

 

「……良い所だろう、ポップ?」

 

不意に頭上からかけられたその言葉に、俺は顔を上げた。俺の視線の先では、マトリフ師匠がニヤッと笑みを浮かべて立っていた。

 

「よっこいしょっと」と言葉を発しながら、俺の隣に腰を下ろす師匠。

 

「ここは、秘匿呪文を覚えるのにうってつけの島だろう? お前にやるから、これからはお前が使うといい」

 

お前にやる……。この人は、時折そういう言い方をする。まるで、少しずつ自分の身の周りを整理していっているような言い方。俺は……嫌いだ。

 

思わず師匠から顔を背けた俺の頭を、師匠は左手でガシガシと掻き回しながら揶揄するように口を開く。

 

「何をしけた顔してんだよ、ポップ?」と。

 

その言葉に俺は、何も返す事が出来ない。……言えないよ。これほど俺に助力してくれている師匠に、怖いだなんて。……逃げたいだなんて。

 

しかし、洞察力に長けた師匠は、そんな俺の心の声を正確に聴き取ったようだった。

 

「くっくっく。怖いか、ポップ」

 

何が楽しいのか、本当に嬉しそうに笑いながら言う師匠。そんな師匠に拗ねた、いや、甘えた俺は、思わず本心を呟いていた。

 

「……怖いですよ、そりゃあ」

 

片眉をピクンと上げて、続けろよ、と言いたげな顔で口角を上げる師匠。その様子に釣られた俺は、更に言葉を紡ぐ。

 

「だって、俺達の肩に全てがかかっているんですよ。徐々に事が大きくなって言って、今は世界中の国々が俺達の後押しをしてくれる。だけど、皆が俺達に力を貸してくれたら、貸してくれるほど……怖くなります。俺達は、皆の期待に応えられるのだろうかって……。俺は、あの人のような事が出来ないのに……」

 

「くくく。お前は、相変わらずだなぁ。なあ、お前、自分の一番の強みは何か考えた事があるか? ん……? 言ってみろよ」

 

その問いに思わず言葉を詰まらせた俺は、それでも少し考えた後口を開いた。

 

「一番という事なら、魔法力、でしょうか?」

 

バラン戦までに問われていたなら知識と答えていたかもしれないが、原作の知識はもうここに来ては何の役にも立たなくなっている。今の俺に残されているのは、幼少期から研鑽を積んできた魔法力ぐらいだ。まあ、それも大魔王の足下にも及ばないレベルだろうけど……。

 

俺の答えに師匠はクッと笑った後、「……違うな。お前の一番の強みは、弱さだよ」と言った。

 

一番の強みが弱さ? 意味が分からないよ。何かの禅問答かな……? 俺が理解できていないと見た師匠は、「まあ、分かんねえよな」と言った後言葉を続けた。

 

「分かる様に言い換えてやるよ。お前の一番の強みは、求心力さ」

 

「……求心力?」

 

「そうだ。求心力ってのは、人を引きつけ、周りの人間にそいつのためにやってやろうとさせる力の事だ。お前はその力に秀でている。魔法力や頭脳も悪くはないが、それらは所詮個人の力だからな。どだい一人の力で成せる事なんてたかが知れている。ましてや、魔界の神とまで言われる野郎と戦おうって言うんだ。大事なのは、パーティーとして、集団としてどうなんだって話だ。それを考えると、やはりお前の最大の強みは求心力だよ」

 

「求心力……ですか。……それが弱さと関係があるのですか?」

 

俺に求心力があるかどうかはさておいて、それが師匠の先ほど言った弱さと繋がらなくて首を傾げる俺。そんな俺を見て、師匠は更に口を開いた。

 

「大ありだよ。なぜなら、その求心力を呼ぶのが、弱さだからさ。いいか、ポップ。人は弱い奴を助けたくなるのさ。それは惹かれると言い換えても良い。弱い奴が弱いなりに力を振り絞っていたら尚更だな」

 

「弱いと助けたくなる……。あの、それって誇っていい事なんですか?」

 

「当り前じゃないか。気がついていないのかもしれないが、お前達勇者一行(パーティー)は、お前のその求心力に惹かれて集まっている集団だ。ダイも、マァムも、ヒュンケルも、あのでかい、そうクロコダインもそうだ。皆が弱いお前の力になりたくて、お前に惹かれて強固に結びついている。それを誇らなくてどうするよ?」

 

そう言って、師匠は海の向こうに目をやった。その目は海を見ているようでいて、まるで遠い今はいない誰かを見つめているかのようだった。

 

「……15年前、俺はアバンに協力して魔王打倒の手助けをした。だけど、あの時俺がアバンのパーティーに入ったのは、最初はアバンの為じゃなかったんだぜ?」

 

アバン先生のためじゃない? じゃあ、誰の為だったんだろう?

 

「俺があいつらのパーティーに加わったのは、ロカがいたからだ。俺は最初、あいつの力になってやりたくてアバンのパーティーに入ったのさ。あいつがいなかったら、俺はアバンとつるむ事はなかっただろうな……」

 

それは意外な言葉だった。アバン先生とマトリフ師匠は出会った時から互いに心を通い合わせているように思っていたのに、最初はそんな関係では無かったなんて……。

 

「ロカ……。マァムの亡くなった父親、ですね?」

 

「そうだ。あいつは、本当に馬鹿な奴でなー。あれほどの馬鹿は、俺の長い人生でもついぞお目にかかった事が無い程の馬鹿だった」

 

魔導書に封印された師匠とロカの出会いの話、魔物の腕を剣代わりにして戦った話、はてはロカがカールの町中を裸で走り回った話などを時折笑いながら、時折寂しそうに語る師匠に俺は、「そ、そうですか……」と幾分顔を引きつらせながら答える。

 

ロカというと質実剛健な戦士というイメージを持っていたが、意外にムードメーカー的な素養もあった人なのだろうか?

 

しかし師匠は、「だけどな……」と続ける。

 

「だけど、あいつは努力家でな。親友のアバンの力になりたいという一心で、いつも笑っちまうくらい一生懸命だったんだよ。俺は、そんなあいつを見て、思わず助けてやりたくなっちまったんだ。……くっくっく。それが、俺がアバン達のパーティーに加わったきっかけさ」

 

15年前を懐かしく思い返しているのか、夜空を見上げて楽しそうに笑う師匠。

 

「なあ、ポップ。強い奴がちょっと頑張るのと、弱い奴が必死で頑張るのと、どっちに力を貸したくなるよ? くっくっく。つまりそういう事さ。まあ、これはパーティーの仲間だけの話じゃなくて、男と女の恋愛観にも通じるものがあるがな」

 

……なるほど。俺は、自分が精神的に弱く脆い事を自覚している。だけど、その弱さが時に武器となるのか。男と女の恋愛観? そちらはよく分からないや。

 

「だからな、ポップ。俺はお前に、『大丈夫だ、お前なら百に一つの勝ち筋を掴み取れるさ』なんて言葉をかける事はできねえ。お前はこれからも、大魔王を恐れて怖がるだろうさ。だけどな、怖がる自分を卑下する必要はねえ。怖がって怯える。それは、お前の一番の強みだ。そこから歯を食いしばって這い上がるお前だからこそ、ダイやマァム達がついて来たがるのさ。お前の隣には、いつだってあいつらがいるだろう?」

 

俺は、師匠のその不器用ながらも、心から俺の事を想ってくれた暖かな言葉に思わず笑みが浮かんだ。

 

「ありがとうございます、師匠。おかげで少し気持ちが軽くなりました」

 

「……おう。弱い弟子を持つと師匠も大変だ。俺も思わず手を貸してやりたくなるぜ」

 

その物言いが可笑しくて、俺は思わず声を上げて笑った。その師匠はいつものニヒルな笑みを浮かべて俺を見つめていたが、不意に周囲をキョロキョロと見渡した後、俺がこれまで見た事もないような穏やかなほほ笑みをその顔に浮かべた。

 

 

 

「くっくっく。しかし、それはそれとしてお前は本当におかしな奴だな。どうやったら、お前みたいな奴が出来上がるんだよ?」

 

ひとしきり笑った後、師匠が俺の顔を見て、そうしみじみと言った。どうやったらと言われてもな。

 

「アバンが魔王を討伐したのが15の歳だった。あいつは、その時点でほぼ完成された人格が形成されていたから当時も相当の早熟だと思っていたが、お前はそれに輪をかけて早熟だ」

 

「そうですか? 憚りながら言わせていただきますが、俺も今15の歳ですから、早熟具合ならアバン先生とそう大差無いのではありませんか?」

 

「いいや、違うな。お前の人格がほぼ形成されたのは、おそらく5歳から10歳の間じゃないのか? 確か、5歳で回復呪文(ホイミ)を覚えたと言っていなかったか? まあ、それだけなら早熟の一言で片づけても良いが、そこからがおかしい。確かその後、6歳で魔王軍の再来の可能性を危惧し、邪気の無い魔物に教えを請い、果ては医療魔法まで独自に編み出した、と言っていたな」

 

ああ、そう言えば師匠には以前俺の来歴を語っていたな。

 

「人が人格を形成するのに、最も大きな影響を与えるのは生まれ育った環境だ。アバンの奴は、あれでもカールの貴族出身だ。それなりに世界の動向を察する事のできる立場にあったと言える。しかし、お前はしがない村の武器屋の息子だろう。その狭い世界で、たかだか5年から10年程度しか生きてねえガキが大局的な視野を持つというのは、どう考えてもありえねえ。非凡という言葉すら生ぬるい。それは『異常』と言い換えても良いぐらいだ」

 

その師匠の言葉に、俺は自分でも驚くほど穏やかな気持ちで師匠の目を見返していた。師匠は、(医療魔法のベースとなる未知の知識、既存の枠組みに捕らわれない柔軟な発想、年齢にそぐわない成熟した人格、死が身近にある世界への忌避感と恐れ、つまりそれらは……)などとブツブツと呟いている。

 

今この時、マトリフ師匠は俺の最大の秘密に最も近づいた人物だった。だけど、なぜか俺は恐怖は感じなかった。逆に俺は、……期待を感じていた。それは、マトリフ師匠になら知られてもいい、いや、知ってもらいたい、と心の何処かで思っていたからだろう。知ってくれれば、俺はこの世界で独りじゃなくなる……。

 

次の瞬間、師匠が俺を見つめる瞳がかすかに揺れた。そして、徐々にその瞳孔が開かれていく。

 

……ああ、たどり着いたな、俺の秘密に。俺はその事を、僅かに揺れた空気で察した。

 

答え合わせをする必要は無いだろう。

 

俺がふっとマトリフ師匠に微笑みかけると、師匠は大きく目を見開いて俺を見返し、すぐに俯いて体を徐々に震わせ始めた。

 

そして、すぐに大きな声で笑い声を上げた。

 

「くっ、くっくっく。あーははははッ! おもしれえ、おもしれえよ、ポップ! まさか90年余も生きてきて、まだこんな面白い事があったとはな。いやー、まだまだ世界も捨てたもんじゃねえな」

 

マトリフ師匠は、俺の背中をバンバンと叩きながら、目に浮かんだ涙を拭う。

 

「しっかし、エセ僧侶が輪廻転生なんて言葉を使って信者から金を毟り取っているのを見聞きした事があるが、まさかまさかだな。……お前も、苦労して生きてきたんだな」

 

「……まあ、実年齢以上に生きてきた自覚はありますよ。もっとも、合わせた所で師匠程は生きておりませんが」

 

俺の言葉に、師匠は優しげに「そうか……」と呟いた。

 

「これで、知りたい事は全部知れたぜ。心置きなく、お迎えを待っていられるな」

 

「いやいや、お迎えはせめてこの戦いの帰趨を見届けてからにしてくださいよ」

 

「くっくっく。それもそうだな。しかし、転生ねー。俺なら、何に転生を希望するかね。もう人間は十分生きたし、次は別の種族が良いな。おい、どの種族が良いか、選べるのか?」

 

その問いに、「普通はできないと思いますが、師匠ならあるいは……」と答えると、師匠は腕を組んで真剣に悩み始めた。ずいぶんと楽しそうだな、師匠。ていうか、若いよ、師匠。その年でどうしてこれほど新しい事に対する柔軟性があるんだ? 俺が師匠の歳になって、同じ発想が出来るのかな?

 

「――! そうだ! 決めたぞ! 俺は、転生したらスライムになるぜ!」

 

へー、スライム。ちょっと意外だな。いわゆる『転生したらスライムだった件』、ってやつだな。

 

「……その心は?」

 

「へへへ。スライムになってよう、女の服の中に忍び込むんだよ。きっと楽しいぜ♪ お前は、どうなんだよ。次に転生するとしたら、何になりたいんだよ?」

 

女の服の中に忍び込むって、それって、やってる事は今と大差ないじゃないかと思いながら、師匠に言葉を返す俺。

 

「……そうですね。それじゃあ、俺はスライムベスにでも転生して、ゴメも加えて師匠と一緒にスライムタワーをやってみたいですね」

 

本当は逃げ足の速いメタルスライムに転生したいが、経験値目当てに狩られそうで怖いからな。

 

「何だよそれ。そんな事より、お前も女の服に忍び込んでみろよ。胸は譲らんが、尻なら許可してやっても良いぜ?」

 

「……忍び込むのはやぶさかではありませんが、俺も胸フェチなので、どうせなら胸の方がいいです」

 

うん、スライムになって女の子の服に忍び込むのは確かに男のロマンとも言える。実際ゴメも時々しているし、それなら俺がやっても叱られる事は無いだろう。しかし、どうせやるなら俺も胸がいい。

 

「馬鹿野郎! そこは師匠に譲るところだろうがよ!」

 

「転生したら、師匠も弟子もないでしょうが! だいたいスライムベスの方がスライムより格上ですよ!」

 

 

気がついたら、俺達はいつものやりとりに没頭してしまっていた。俺の胸の奥底にずしりと横たわっていた黒い鉛錘が、いつの間にやら消失していた事に気づいたのは、師匠とこんなやり取りをしていた時だった。

 

 

 

そんなこんなで、俺の6日間の特訓の日々は過ぎていった。

 

 

 

 

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side マトリフ

 

小便にしては遅いなと思った俺が様子を見に浜に行くと、こいつが1人砂浜に座り込んで、膝に顔をうずめて震えてやがった。いつもの小憎たらしいほど利発な男の姿をかなぐり捨てた今のこいつの姿を見て俺は、……やはりこいつらしい姿だと思った。

 

「……徐々に事が大きくなって言って、今は世界中の国々が俺達の後押しをしてくれる。だけど、皆が俺達に力を貸してくれたら、貸してくれるほど……怖くなります。俺達は、皆の期待に応えられるのだろうかって……」

 

くくっ、こいつは相変わらずだなぁ。初めて会った時から、自分の事に関しては驚くほど無自覚だった。こいつはこの弱さが自分の一番の武器だと気づいていない。やれやれ、俺が人肌脱ぐしかねえか。ん……? こんな風に思ったのは2度目だな。ああ、やっぱりこいつは、こういう所があいつによく似てやがる。

 

 

 

「大ありだよ。なぜなら、その求心力を呼ぶのが、弱さだからさ。いいか、ポップ。人は弱い奴を助けたくなるのさ。それは惹かれると言い換えても良い。弱い奴が弱いなりに力を振り絞っていたら尚更だな」

 

俺の言葉に、ポップは納得しがたい表情を顔に浮かべている。くくく、こういう所もそっくりだ。あいつも、俺が力を貸してやる理由を語った時に、同じ表情を顔に浮かべていた。

 

しかし俺はポップにはあえて伝えなかったが、求心力を呼ぶもう一つの力がある事を俺は知っている。それは弱さとは真逆の圧倒的な強さだ。弱い奴を助けたくなる者もいれば、圧倒的強者に従いたくなる者もいる。

 

つまりそれは、今こいつが対峙しようとしている大魔王の事だ。弱さに惹かれたポップの求心力か、強さに惹かれた大魔王の求心力か。果たして、勝敗を分けるのは何だろうな。

 

魔法力では勝負にならない。元々の魔法力に加えて、先日(ドラゴン)の血を身体に取り込んだ事で、ポップの魔法力は飛躍的に向上している。おそらくその力は今の俺はもちろん、俺が最も高い魔法力を維持していた時よりも上だ。

 

だが、それでも大魔王には到底及ばないだろう。恐らく大魔王は、呼吸をするように魔法を使うはずだ。俺達が詠唱し発動しているような特別な動作は取らない。大魔王はただ無造作に魔法を放つ。俺はそう見ている。

 

だからそこで勝負をしては間違いなく負ける。なら、どこで勝負をするべきか。個人で挑むなら、魔法力ではなく、発想と知恵だろう。幸いこいつには何物にも捕らわれない自由な発想と、俺でも時に舌を巻くほどの知識の引き出しの多さがある。それにこいつの最大の持ち味である求心力によって仲間の力が結集されたとしたら、あるいはそこに活路が生まれるかも知れない。

 

俺が考えうる大魔王に勝つ目算は、それだけだ。ちっ、何が全ての魔法使いの頂点に立つ大魔道士だ……。死地に向かおうとしている愛弟子に、満足なアドバイス一つしてやる事も出来やしねえ。

 

俺の雲をつかむような漠然とした言葉に、「気持ちが軽くなりました」と言って笑うポップを見て、一人自己嫌悪に陥る俺。そして俺は、今は存在しないかつて過ごした雲の上の隠れ里を脳裏に思い浮かべる。

 

……なあ、カノン。お前ならアバンにしたように、俺なんかよりももっと良いアドバイスをこいつにしてやれたんだろうなぁ。俺よりもお前が生きていてくれた方が、こいつにとっても良かったんじゃぁ――

 

そう心の内で問いかけていた俺の耳に、不意に『……なーに、あんたもなんとか間に合っているよ』という声が聞こえた気がして、俺は思わず周囲にキョロキョロと視線をさまよわせた。

 

 

 

しかし、いったいどうやったらこんなおかしな奴が出来上がるんだろうな。先ほどの幻聴をただのさざ波が発した偶然の産物と考えた俺は、改めてポップをしげしげと見つめた。

 

こいつの両親には会った事がないが、いったいどんな育て方をしたらこうなるのか、是非聞いてみたいぜ。ただの武器屋の倅がどうしてこれほど……。

 

俺はじっと、こいつの目を見つめた。ポップは、俺に対して何かを期待している目で見つめ返している。こいつ……。良いだろう、期待されたからには、期待に応えるのがマトリフ様だ。

 

まず、医療魔法がおかしい。あれは人体の機能について隅々まで把握していないと開発できない呪文だ。隅々と言うのは、1人の人間がその一生で到底到達できる深度の話では無い。何世代にも渡ってそれについて研究していた人間だけが至る事の出来る領域だ。その領域に、たかだか10歳そこそこのガキが至っただと? はっ、馬鹿も休み休み言いやがれ。

 

既存の枠組みに捕らわれない柔軟な発想もおかしい。どうして武器屋の倅が既存の枠組みに捕らわれない発想が出来るんだよ。別に武器屋を馬鹿にするわけじゃないが、既存の枠組みに捕らわれないというのは、既存の枠組みを知らずに出来る事じゃない。既存の枠組みを熟知した奴が、その枠組みに捕らわれない発想が出来るんだ。武器屋から見える狭い世界で、既存の枠組みを熟知出来るって言うのかよ?

 

年齢にそぐわない人格は言わずもがなだ。死が身近にある世界への忌避感もおかしい。この世界に生を受けて育てば、忌避感なんて抱きようが無いだろう。忌避感を抱くと言う事は、既に別の価値観がこいつの根底に存在し、それが故に忌避感を抱いているんだ。

 

これらの事から推察すると、……。

 

おい、まさか……。俺は、久しく感じた事の無かった()()()()という久しぶりの感情を味わった。焦点のぼやけた視線を徐々に集束させていく。

 

もう一度見返したこいつは、真っ直ぐな瞳で『ようこそ』と雄弁に語っていた。

 

 

 

いや、参ったぜ。この歳になって、まさかまだこれほど驚く事があったとは。輪廻転生など、エセ僧侶共の与太話だと思っていたが、まさかまさか。ちっ、今度托鉢(たくはつ)している僧侶を見かけたら、奮発して1ゴールド入れておいてやろうか。

 

しかし、面白い話を聞いた。俺もじきにお迎えが来るだろうが、それが楽しみになって来たぜ。こいつはおそらく、魔法の存在しない世界から来ているな。それは、医療魔法のベースになっている人体知識の深度から明らかだ。あれは、魔法という概念が無いからこそ発展した学問だ。

 

答え合わせは……いらねえな。無粋だぜ。

 

しかし、おかしな奴だとは思っていたが、まさかそんな背後事情があったとは。こいつもずっと孤独だったんだな。だからさっきは、俺を歓迎するような目で見たのだろう。

 

……良いだろう。後どれほど俺がこの世界に留まれるか分からねえが、俺の目の黒いうちはこいつを一人にはしねえ。俺が、孤独という名の吹き荒む風から身を守るお前のローブになってやるよ。

 

そして、いつか俺がいなくなった後は、マァムやメルルに暖めてもらいな。あいつらなら、家族という名のお前の新しいローブになってくれるだろうさ。

 

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大魔王戦役最終盤において、勝敗の帰趨を左右したと言われる大賢者ポップと大魔王バーンが繰り広げた僅か1分にも満たない時間の頭脳戦は、後年『天上の盤面』と呼ばれる事となる。

 

この言葉は、大魔王戦役から150年が過ぎた現在でも、チェスなどの遊戯で優れた頭脳戦あるいは心理戦が展開された際に、それを形容する言葉として広く用いられている。

 

この大魔王バーンとの間に繰り広げられた頭脳戦を制したポップ・マーカストンには、彼を好む、好まないに関わらず皆が一様に惜しみない称賛の言葉を彼に送っている。僅か15の歳を数えるに過ぎない成人したばかりの人間が、数千年を生きた大魔王に対して、その傑出した知謀と胆力を武器に堂々と渡り合い、最後はほんの半歩とはいえ確かに大魔王の上を行った。いったい、それがどれほどの偉業か。彼を信奉し研究する者達は皆、この点を強調してやまない。

 

大魔王バーンとの最終決戦において、決定打となったと伝わるこの頭脳戦。この戦いを制したポップ・マーカストンが大魔王戦役の数年後に発した言葉が、現在も残されている。

 

『あの戦いは、まさに万の中に一つの勝ち筋を掴んだものでした。もう一度同じ事をやれと言われても、できはしません。俺は、たった1度、……たった1度だけの勝ちをあの瞬間に掴んだんです。……だけど俺があの勝負を挑めたのは、マトリフ師匠が俺に必要なカードを与えてくれたからです。俺はただ、受け取ったカードで勝負を挑んだにすぎません』

 

このポップ・マーカストンの言葉を受け、彼の師匠であったマトリフ・サザーランドも言葉を残している。

 

『……けっ。あの戦いに俺は関与してねえよ。俺が関わっていたら、あそこまで追い込まれる前にケリをつけていたさ。だけどまあ、ひよっこにしちゃあ、よくやったんじゃないか。何、あいつを誉めてやったかって? もちろん誉めてやったさ。あいつには、褒美に胸を譲ってやるって言ってやったよ。くくくっ。あいつは、泣いて喜んでいたぜ?』

 

マトリフ・サザーランドは、この言葉を残した数か月後に天寿を全うし、その90年余に及ぶ生を終えている。彼の逝去に立ち会ったポップ・マーカストンは彼を見送った後、1ヶ月を越える長きにわたって表舞台から姿を消したと伝わっている事から、彼の師を失った事に対する寂寥の思いは推して知るべしと言えた。

 

このマトリフの残した言葉の中にある『褒美に胸を譲ってやる』という意味の解釈については諸説あるが、魔王軍の本拠地であった鬼岩城の『心臓(ハート)の間』が新たな呪文の契約を行う場所であった事から、何かしらの秘呪文をポップ・マーカストンに伝授したという意味の隠語なのではという説が最も有力である。

 

なお、この諸説についてポップ・マーカストンの妻の1人であるマァム・マーカストンは、『そんなの、どうせ考えるだけ無駄な下らない話に決まっているわ。だいたいそんな事は、あの2人だけが分かっていたらそれで良いのよ』と、友人に笑い飛ばしたと非公式ながら伝わっている。

 

 




マトリフとポップの関係性は、個人的に一番好きなんですよね。だからなのか、この二人のやり取りを描写しようとすると、筆が止まらなくなるんです。需要はないかもしれませんが、また二人の閑話を書こうかな。本章残りの閑話は全て、ズバリ『女の闘い』です。
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