side メルル
「……よいしょっと」
両手で抱えていた薬草の入った麻袋を物資保管庫内の棚に下ろした私は、額に浮かんだ汗を手で軽く拭った。
「お疲れ様、メルル」
背後からかけられた言葉に振り返ると、保管物資の内容が書かれた書類を手に持ったエイミさんが立っていた。
「今日集まった物資は、これで最後のようね。区切りも良いし、この辺でお終いにしましょう」
「でも、記帳がまだ全部終わっていませんし……」
「それは明日でもいいわよ。初日から張り切りすぎていると、倒れちゃうわよ」
そう言って、「さ、今日はもうお終い!」とパンパンと手を叩くエイミさんに、私は分かりました、と頷く。
「メルル、今日は姫に根掘り葉掘り聞かれて疲れたでしょう? ごめんなさいね」
王城内の物資保管庫から文官用の宿泊棟に続く通路を歩いている途中、隣を歩くエイミさんから申し訳なさそうに声をかけられた。
「いえ……、そんな。お気になさらないでください。それに悪かったのは、私ですし……。それより、今日から急にエイミさんとマリンさんのお部屋に泊めていただく事になりましたが、良かったのでしょうか? ご迷惑ではありませんでしたか?」
私は、昨日までマァムさんと泊まっていた来客用の宿泊棟では無く、今日からエイミさん達の部屋に泊めてもらう事になった事が気がかりだった。もしかしたら、レオナ姫の言うように本当に城内の風紀を乱したから、部屋を追い出されたのではないかと……。
「迷惑なんて、とんでもないわよ。ちょうど1部屋余っていたし、遠慮しないで。それに急じゃないわよ。少し前にポップ君から頼まれていたのよ」
「……ポップさんに?」
私は、ポップさんの名前が出てきた事が不思議で、思わず立ち止まってエイミさんに問いかけた。
「ええ。マァムも含めてアバンの使徒の皆が修行に行ったら、メルルが1人になっちゃうでしょう? この間の件もあるし心配だから、私達の部屋に泊めてあげてくれないかってね」
そうだったのか。確かに今日からマァムさんも修行に行ったから、あの広い部屋に一人で寝起きするのは寂しいな、と思っていた所だった。ポップさん、沢山の事を抱えているのに、そんな事まで考えていてくれたなんて。私は胸が暖かくなって、思わず両の手を胸の前で組んで目を閉じた。
「ふふふ。メルルは、ポップ君に愛されているわね」
その言葉に、私は我に返ってあわあわと慌ててしまった。その様子を見て、くすくすと笑うエイミさん。
「ふふふ。そんな事より、今日から晩御飯を作ってくれるって言っていたけど、良いのかしら? メルルも疲れているでしょうし、食堂で食事を取っても良いのよ」
「いえ、泊めてもらうのですから、せめてそれぐらいはさせてください」
「そう? それなら、嬉しいのは確かだけど。正直、私も姉さんも料理はあまり得意じゃなくて」
そう言って、舌をペロッと出して苦笑するエイミさん。でも、エイミさんもそのお姉さんであるマリンさんもここパプニカで3賢者と呼ばれ、レオナ姫の側近を務めているお二人だ。料理が苦手な事なんか、全く気にすることが無いのに、と私は思った。
「はい、どうぞ。入って、入って。あ、姉さん。もう帰っていたのね」
「ええ、さっき帰った所よ。あら、いらっしゃい、メルル。ポップ君から聞いているわよ。今日からしばらくの間よろしくね」
「は、はい。よろしくお願いします」
私は、2人に勧められるまま、部屋の中に足を踏み入れた。この女性文官用の宿泊棟は、お城の裏のあまり目立たない場所に建てられていた。目立たないといっても、町にある2階建ての宿屋よりずっと大きい。ここには、お城で働いている女性文官のうちご実家の遠い人達が住んでいるらしい。1階には、10人以上が一度に入れるほどのお風呂もあるようで、食事の後、皆で入りに行こうと言う事になった。
「ここがメルルの部屋よ。自分の家だと思ってゆっくりしてね」
エイミさんが案内してくれたのは、ダイニングとリビングの周りに隣接している3部屋の内の1室だった。独りで寝起きするには十分すぎるほどの広さの部屋の壁際には、ベッドが一つ置かれていた。
「ベッド以外何もなくてごめんなさいね」とマリンさんが恥ずかしそうに笑うが、私にとっては十分過ぎる部屋だった。部屋の奥にある小さな窓からは、パプニカのお城の白い壁が見えた。
「あっ、そうそう。メルルに見て欲しい手紙があるのよ。荷物を置いたらリビングに来てもらえないかしら?」
「手紙ですか……? はい、分かりました」
私宛の手紙でもあるのかしら、と不思議に思いながらもエイミさんに返事を返す。ポップさんと再会するまでは一つ所にとどまらない生活をしていた私の荷物は、小さな鞄に収まる程度しかない。私はその小さな鞄を部屋の隅に置かさせてもらい、直ぐに踵を返した。
私がリビングに戻ると、エイミさんは椅子に腰かけ机の上にたくさんのお手紙を広げている所だった。マリンさんは自室でお着替えをしているのだろうか、隣の部屋から衣擦れの音が微かに聞こえてくる。
何だろう、と不思議に思いながら机に近づくと、エイミさんは苦笑いを浮かべながら「まあ、座って、座って」と、私にも椅子を勧める。
「随分たくさんのお手紙ですね。どなた宛のものなのですか」
そう声を掛けながら、テーブルを挟んでエイミさんの向かいの椅子に腰を下ろす私。
「ふふふ。これは、あなた達アバンの使徒の皆にあてられた手紙なのよ」
「あ、あの……、私はアバンの使徒では無いのですが……」
恐縮しながら、私はエイミさんの言葉を訂正する。アバンの使徒は、ポップさんやダイさん、マァムさん、ヒュンケルさん達の事で、私は皆さんに同行しているだけのただの旅の占い師だ。本来なら私は、お城に泊めてもらったり、こうして3賢者としての名声を得ているエイミさん達の部屋に泊めてもらえるような立場の人間ではない。それはエイミさんも知っているはずだけど、エイミさんは私の言葉を否定する。
「あら、それは厳密に言えばそうかもしれないけれど、もうメルルはアバンの使徒のようなものとして見られているわよ。それでね、そんな立場だからメルルにこの手紙を見て貰いたいのよ」
私の立場については色々思う所はあるけれど、それはいったん置いておいて、エイミさんの話を聞いてみた。どうやら机の上に広げられているお手紙は、お城で働く方や町の住民から届けられた恋文がほとんどらしい。
パプニカの奪還や先日の魔王軍の襲撃を経て多くの方がポップさん達に手紙を出したものの、皆がほとんどお城に留まらないまま修行に行ってしまい、手紙が溜まる一方になった。そのため、1人残った私にその取扱いを一任する様にレオナ姫が指示をされたみたいだ。
その話を聞き、私はそっとポップさん宛の恋文はどれかしら、と目を走らせた。……もしかして、たくさん来ているのかしら? そんな事を考えていたら、エイミさんが事前におおよその整理を済ませていたのか、机の上の手紙を次々に手に取った。
「ポップ君宛の手紙が一番多いわね。お城で働く女官や、魔法使い見習いの娘達からが一番多くて、後はパプニカの町の女の子からのようね。おおかた、この間来襲した魔王軍との戦いで彼の雄姿を見て送ってきているんじゃないかしら」
エイミさんが手際よく集めた手紙の束を受け取ると、ズシッと確かな重みを感じた。たくさんある……。30通ぐらい? ううん、もっとありそう……。私が、想像したよりずっと多かったその恋文の数に呆然としていると、エイミさんが口を開いた。
「ポップ君の分は、恋人のメルルに対応を任せるわね。燃やしたかったら、あの箱に入れておいて。後で回収して、焼却炉に持って行っておくから」
その言葉に、私は思わず顔を赤らめる。こ、恋人……。私とポップさんは正確には、この戦いが終わってからお付き合いをする事になっているのだから、まだ恋人ではないはずだ。だから、エイミさんのその言葉を否定したが、「でも、もう一緒のベッドで寝たんでしょう?」と返された私は、顔を赤らめて押し黙る事しか出来なくなってしまった。
「メルル……? ……大丈夫?」と、固まった私の前で手を左右に振ったエイミさんに、私は我に返った。落ち着くために一度咳払いをして、私は口を開いた。
「コ、コホン……! こ、恋人と言うのはその、ひとまず置いておいて、さすがにその、燃やすと言うのはあまりではないかと……」
かつて、ポップさんが左手首に巻いているミサンガを燃やそうかと考えていた事はおくびにも出さずにそう答えるが、これは私の本心なんだろうか? そんな葛藤を胸に抱えていた私は、机の上に残された手紙の中に、ヒュンケルさんに宛てられたと思われる手紙が少なくない数ある事に気が付いた。
「あの、エイミさん……。このヒュンケルさん宛の手紙はどうなされるんですか? その、……まさかこれも燃やしたり……?」
エイミさんがヒュンケルさんに好意を抱いている事は知っている。エイミさんは、これらのヒュンケルさんに宛てられた恋文を見て、胸がざわめかないのだろうか?
「え? ああ、これね。ひい、ふう、みい、……ふふふ。ヒュンケルったら10通も貰っちゃって」
私の思いとは裏腹に、エイミさんは意外にも嬉しそうにヒュンケルさんに宛てられた恋文を手に取る。私が不思議な顔をしている事に気が付いたのだろう。エイミさんが、苦笑いしながら言葉を続ける。
「彼は、……ほら、立場が立場でしょう? だから彼ったら、自分が誰かに好意を抱かれる存在だと言う事を、どうしても理解しないのよ。本当は、あんなに優しい人なのにね……」
そう少し寂しげに呟くエイミさん。ヒュンケルさんの事は私も聞いていた。私がヒュンケルさんに初めて出会ったのは、テラン国でダイさんのお父様と戦う直前だった。あまり多くの言葉を語らない寡黙な方だとは感じていたけれど、その目はとても優しく、同時にとても悲しげな目をしていると思っていた。そのため、後でここパプニカで起きた事を聞いて驚くとともに、納得もしたものだった。
「……だからね、これを彼に渡したら、少なくとも彼に好意を抱いている人が10人はいると気が付いてくれるでしょう? 私は、それが嬉しいの」
ヒュンケルさん宛の恋文を胸に抱いて儚げに笑みを浮かべるエイミさんに、私は先ほどエイミさんの提案に流されそうになっていた自分を恥じた。
……凄いな、エイミさん。私は、ポップさんに出来るだけ他の女性の影を近づけたくなくて、あんな風に葛藤していたのに……。私もいつか、エイミさんのような境地に立てるのだろうか。
そんな風に考えて先ほどまでの自分を恥じていると、エイミさんがその10通の恋文を見つめぶつぶつと呟きながら、手元のノートに何かを書き込んでいた。
「ローザ、リリアナ……。マティアス&ティルト……は父子みたいだから問題ないわね」
「……あの、何をしているんですか、エイミさん?」
「……え? あ、あはは。さっきはああ言ったけれど、それはそれとして誰が彼に好意を抱いているのかは把握しておく必要があるじゃない? ほら、もしかしたらお話し合いをする事になるかもしれないし」
……。口には出さないけれど、私は先ほどエイミさんから感じた感動を返してほしいと思った。
そして私もエイミさん同様、ポップさんに恋文を出した女性の名前を書き映す作業を始める。マ、マァムさんが後で知りたがったらいけないから。それだけよ、それだけ……。
後で知った事だけど、女性からと思われるダイさん宛の手紙については全てレオナ姫が自身に届けるよう厳命しているとの事だった。結局のところ、女性のやる事は皆同じなんだな、と私はこの短い時間で悟る事になった。
「美味しい! これ、美味しいわよ、メルル!」
「本当! それにこの白いご飯も、おかずにとっても合うわ、姉さん」
マリンさんとエイミさんが私の作った晩御飯を食べて、そう声を上げた。
良かった、お二人の口にあったようだ。今日の料理は、ポップさんが言う所の『和食』というものに初めて挑戦した料理だった。チウさんから分けてもらったお米は、この大陸ではあまり馴染みがないものみたいだけど、特に問題ないようだ。他には、お魚を醤油で甘辛く煮つけたものと、野菜とお肉を一緒に炒めたものを数品。後は、バダックさんにいただいた白ご飯によくあう酸っぱい赤い実。これは、今日の朝ポップさんがとても気に入っていた食べ物らしい。
正直に言うと、今日のご飯は、ポップさんの好みに合わせて作ってみた料理だった。美味しい、美味しいと食べてくれる2人にはちょっと申し訳なく思ったけれど、この反応ならいつかポップさんに作ってあげた時も喜んで貰えそうだ。
ポップさんは、アバン様と1年間旅をしていたためなのか、野外料理が得意だ。この間のデルムリン島でもローストビーフというお肉料理を作ってくれたけれど、とても美味しかった。他にも、私はまだ食べたことが無いけれど、パエリアとかアクアパッツアという料理も得意らしい。
ポップさんが料理を得意とするのは悪い事ではないと思うけれど、それはそれとして、私としては危機感を覚える。やっぱり将来のお、奥さんとしては、料理はポップさんより私の方が得意でいたい。だから私は、料理の腕をもっと上げないといけない。
口には出さないけれど、それはマァムさんも感じているようだった。今日の朝、修行に旅立つマァムさんのために卵焼きとおにぎりを作ったけれど(本当ならポップさんにも作ってあげたかったけれど、起きた時にはもういなかったし……)、マァムさんも自分で作りたがっていた。
だから私は、反対に私の昼食用にマァムさんに卵焼きとおにぎりを作ってもらった。マァムさんはおにぎりを握りながら、以前ポップさんに「固すぎて歯が折れそうだった」と大げさな事を言われたと、文句を言っていた。
私も、「それは言い過ぎですね」と笑って応えたけれど、お昼にマァムさんが握ったおにぎりを口に入れたら、「ガチンッ」というおよそ食べる物を噛んだとは思えないような音が、私の咥内から発せられた。その時私は、ポップさんの言葉に全く誇張が無かった事を理解した。
……おそらくマァムさんは、おにぎりのように力をかける料理が苦手なだけなんだと思う。実際、マァムさんの焼いてくれた卵焼きはとても美味しかった。多分マァムさんは、この魔王軍との戦いの中で飛躍的に力をつけているから、きっとそのせいで力加減が難しくなっているのだろう。つまり言ってみればこれも、魔王軍によってもたらされた数多ある悲劇の一つという事になる。
大丈夫ですよ、マァムさん。お料理の選択を間違いさえしなければ、食べ物が鋼鉄のように変異する事は無いんです。おにぎりとか、小麦粉をこねる料理などを避ければいいだけです。あっ、ハンバーグも難しいかも……。
私は、ポップさんと私自身の歯の健康のために、その辺りは同居前によく話し合っておく必要があると感じていた。
「ありがとう、メルル。とっても美味しかったわ」
「本当ね、姉さん。でも、1週間こうやってメルルに餌付けされたら、私達もうメルルと離れられなくなりそうね」
「ふふふ、大げさですよ、エイミさん。……食後のデザートに、バナーナでもいかがですか?」
そう言って私は、バケットに山盛りになったバナーナの果物を机の上に置いた。バナーナとは、温暖な気候の森の中で生育する果物で、黄色くて緩やかな弧を描いた見た目をしている。表面の黄色い皮を剥くと、中からは白い果実が現れる、人間だけでなく、サルなどの霊長類が好む果物としてよく知られている。
「あら、美味しそうね。でも、こんなにたくさんのバナーナをどうしたの?」
そのマリンさんの問いかけに、私とエイミさんは思わず顔を見合わせた。実はこのバナーナは、先ほど仕分けをしていたポップさん達への手紙の分類の過程で出てきた果物だった。
この果物の送り先は、全てマァムさんだった。そう、マァムさんにはお手紙では無くて、バナーナにリボンを結んで送ってこられた方が多かったのだ。(何故、バナーナ……?)と思ったのは、一瞬だった。
私もエイミさんも、マァムさんの異名が直ぐに脳裏に浮かんだ。
『霊長類最強の女武闘家』
多分、そういう事だ。送られた方達に悪気は無かったと思う。実際、よく熟した食べごろのバナーナばかりだった。おサルさんのように、きっとマァムさんもこの果物を好むと確信しているのだろう。
でも、私はマァムさんがあの異名に忌避感を抱いている事を知っている。とてもではないが、私からこれをマァムさんに渡す事は出来ない。そう考えた私は、このマァムさんに対する贈り物については、私達で密かに消費する事が一番と考えた。それがマァムさんの精神的安寧につながるはずだ。
私は、「美味しい、美味しい」とバナーナに手を伸ばすマリンさんを見て、微笑んだ。
翌日以降私はバナーナを消化する日々を過ごしながら、後方支援のお手伝いをして過ごした。ポップさんやマァムさんと違い、戦う力のない私にはこれくらいしか出来ない。でも、私は私に出来る事をやるだけだ。私は、5年前のただポップさんに守られるだけだった時とは違い、今確かにポップさんの隣で戦っている想いを、強く胸に抱けていた。
「では、準備が出来ましたのでどちらから占いを始めますか?」
私は、小さなテーブルを挟んで向かい側の椅子に腰を下ろしているマリンさん、エイミさんにそう声をかけた。今日は、マリンさん達と一緒に暮らし始めて6日目の夜だった。明日には、ポップさんやダイさんと言った皆さんがパプニカに戻ってこられるので、今日がマリンさん達と一緒に暮らす最後の日になる。
夕食後、私は2人から「良かったら恋占いをしてくれないかしら」、と控えめに頼まれたので、私はその言葉に直ぐに頷きを返していた。2人にはこの6日間、公私共々お世話になってしまった。恋占いぐらいでお世話になったお礼の代わりになるとは思っていないけれど、私は2人の希望に少しでも応えたかった。
「じゃあ、歳の順って事で姉さんからどうぞ」、とエイミさんが姉のマリンさんを促す。
「そう? じゃあ、私からお願いね、メルル」
その言葉に私は小さく頷き、私と正対したマリンさんの前に水晶球を静かに置いた。恋占いは、旅の間に巡った町々で必ずと言っていいほど求められる人気の占いの一つだ。当然私も、恋占いを得意とするお婆様からその秘儀は伝授されている。星読みを頂くための決まった手順を行った私は、最後に瞑目して水晶球に意識を向ける。
この時、どれほど具体的な星読みが出来るかが、占い師の腕の違いとなって現れてくる。私はまだお婆様ほど詳細な星読みが頂けないけれど、お世話になった2人に少しでも有益な助言が出来るようにと、深く、深く、意識を水晶球の中に潜り込ませるかのように集中した。
「……見えました。マリンさんの周囲には、マリンさんに好意を寄せている異性の方がいらっしゃるようです」
「えっ!? そ、それは誰!? もしかして5歳下の男の子かしら!?」
5歳下……? 随分具体的に問われた私は思わず首を傾げたが、集中力を途切れさせないよう瞑想したまま得た答えを返す。
「いいえ、この光の大きさからいくと、年下ではありませんね。おそらくマリンさんと同い年ぐらいではないでしょうか。それも、とても近くにいらっしゃいます。同僚……なのではないでしょうか」
そこまで読んだ私は、集中を解いて目を開いた。随分深く水晶球に意識を潜らせていたためか、知らず私は額に汗を掻いていた。
「同い年の異性の同僚……。えっ、そんな男性、私の周りにいたかしら? エイミ、誰か分かる?」
「えっ……?」と、マリンさんに問いかけられたエイミさんは口ごもった。そのままエイミさんは私に助けを求めるかのような視線を向けた。その視線の意味は、私にも分かる。その目は、どうして分からないんだろう、と明らかに告げていた。
どう考えても、先ほどの星読みで告げられた、マリンさんに好意を抱いている異性の男性というのは、アポロさんの事だろうと思う。アポロさんというのは、マリンさん、エイミさん達と同じくここパプニカで3賢者と称えられている方で、その中でも筆頭と呼ばれている地位に就いている。
私は、アポロさんとお知り合いになってまだそれほど日が過ぎていないけれど、あの方がとても誠実な方だと言う事はよく分かっていた。それは、先日私がキルバーンという名の魔族にさらわれた時からも明らかだった。ポップさんに助け出されて、再び大礼拝堂に戻ってきた私に真っ先に駆け寄ってきてくれたのがアポロさんだった。
アポロさんは最初に、側にいながら私が魔族に連れ去られる事を防げなかった事を私とポップさんに詫びられて、それから私が無事に戻ってきた事を心から安堵する表情を顔に浮かべてくれた。アポロさんはレオナ姫の護衛に付いていたのだから、本来私を守ったりする必要もないのに、それでも真摯に頭を下げられるアポロさんを見て、とても立派な方だなと思ったものだった。
マリンさんとアポロさん……。とってもお似合いの2人だと思うのに、アポロさんはマリンさんの視界に全く入っていないんだ……、と私は不思議な気持ちで「同い年……? いないわね、そんな男性」とまだ悩まれているマリンさんを見つめていた。
「ね、ねえメルル。本当に、年下って事は無いかしら? 例えば5歳下の、魔法の得意な……、ほら、あれよ。ちょっと冷たい魔法が得意な……。分かるでしょ?」
……? 随分と具体的な問いかけをされて私は思わず考え込んだ。でも、私が考え始めて直ぐにエイミさんが待ちきれないとばかりに、マリンさんを押しのけるようにして私の前に正対した。
「もう、姉さんったら、いつまでやっているのよ! メルルからもうお告げは貰っているんだから、後でゆっくり考えなさいよ。ねえ、メルル。次は私の番よ! 早く占ってくれないかしら!」
そう言って、鼻息荒く私の前に現れたエイミさん。私はその様子にクスッと笑みを浮かべて、「分かりました」と頷いた。
そして私は、マリンさんの時と同じ手順で水晶球に語りかける。そして水晶球は答えてくれた。
「エイミさんの恋は、……今すぐに進展をすると言う事はなさそうです」
私が瞑想したままそうお告げを口にすると、エイミさんから悲嘆の吐息が漏れたのを私は感じた。
「でも……」
「でも……!? でも、何かしら、メルル!」
「……? 近いうちに、何か大きな転機が訪れる……ようです。その結果次第では、エイミさんの恋愛運が大きく揺れ動く」
そこまで読んだ私は目を開けて、「……というお告げを頂きました」と続けた。
「……大きな転機……。メルル、それって何かしら?」
「すいません、そこまでは告げてくれませんでした。でも、星読みを頂いた感じでは、その大きな転機はエイミさんではなく、エイミさんが想われている方に起こる、そんな気がします」
上手く言えないけれど、エイミさんが想われている方、おそらくヒュンケルさんの事だと思うけれど、近い将来あの方にその生きる姿勢を変えるほどの大きな転機が訪れるのではないか……、そんな予感を私は感じていた。
ただ、それが良い方向に転がるのか、悪い方向に転がるのかは分からない。お告げはお告げで、絶対の物ではない。決して、人間が自分にとって都合の良い事にばかりなるわけではないのだ。
だから私にできた事は、不安と期待の入り交じった表情で窓から見える夜空を見つめているエイミさんに、どうかエイミさんの願いが叶いますように、とただ無心に祈る事だけだった。
寝起きさせて頂いている部屋に戻った私は、明日この部屋を辞去させていただくため、部屋の掃除を念入りに行った後、私物を鞄の中に入れた。うん、これで大丈夫。私は1週間ぶりに会えるであろうポップさんの顔を思い浮かべて、誰も見ていない事を良い事に、一人頬が緩むのを止める事が出来なかった。
ポップさんはこの1週間、きちんと食事を取れていたのだろうか。マトリフ様との修業に精を出しすぎて、食事がおろそかになってはいなかっただろうか。そうだ、明日は早起きして、気球の中で、皆でいただくためのお弁当を作ろう。
そう決めた私は、明日皆に会える喜びを胸にしまい込み、早々に横になった。
メルルの日常回でした。後2話で長かった7章も完結です。