転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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ちょっと最後までコンスタントに投稿できるかどうか分からない見切り発車ですが、本話より8章スタートです。


8章 魔界の神
143話 激突!!! 集団戦闘 ①


カールの町の北に悠然とそびえる山脈を越えると、潮の香りが微かに俺の鼻腔を漂った。顔を眼下の景色から正面に向けると、マァムの肩越しに深いコバルトブルーに輝く海が俺の視界いっぱいに広がる。そして、更にその向こうに目をやると、真っ黒い剣山のような大地が朧げに見える。もしかしてあれが『死の大地』か? その黒い大地の上空には薄暗い雲がかかっていて、そこからは時折稲光が走っていた。うーん、まさに魔王の居城という雰囲気を醸し出しているな。

 

俺が視線を戻しその手前の海岸線に目をやると、港町らしきものが見えた。あれがサババの町だろうか。行った事がないから、確信は持てない。だけど、町の所々から黒い煙が空に向かって伸びている様子を見ると、やはりあそこが魔王軍に襲撃を受けたというサババの町と考えて間違いないだろう。

 

俺は、俺をおんぶしているマァムと隣を飛んでいるダイに、目指す場所を指さしながら声をかけた。

 

「マァム、ダイ。どうやらあそこがサババの町みたいだな。このまままっすぐ進もう」

 

2人とも「分かった(わ)」と答えてくれたので、俺はダイがついてこれる程度の速さまで飛翔呪文(トベルーラ)を加速させた。

 

 

 

 

 

俺達が廃墟と化していたカールの王城に着いたのは昨日の夜遅くだった。そこで先着していたバウスン将軍と合流した俺達は、廃墟となった城の片隅で野営をした。

 

そして今日、集合場所になっているサババの町に出立する直前、サババに先着していたフォブスター(ロモスで知己を得た魔法使いだ)が、息も絶え絶えの状態で「反撃の拠点として整備中だったサババに魔王軍の襲来があった」と瞬間移動呪文(ルーラ)で飛んできて言うものだから、気球で悠長に向かう時間はないと判断し、俺とダイが飛翔呪文(トベルーラ)で先行した訳だ。……そして俺が飛翔呪文(トベルーラ)で飛ぶとなれば、当然マァムが黙っておらず、どこかで見た光景が再び展開される事になっている。

 

「……どうでもいいけど、マァムが俺をおんぶするのって、もうデフォルトになっているのかな? 見直すつもりはないの?」

 

「そんなの今更でしょ? あなた、ダイとキャンプに行く時もダイにおんぶされているじゃない。嫌なら、あなたが私をおんぶできるようになったら良いのよ」

 

「……俺は、勝ち目のない勝負はしない主義なんだよ」

 

ことここに来て、俺がマァムの手を長時間引けるようになるほど腕力のレベルアップが図れるはずもないという事は承知している。俺達の会話を耳にして、口に手を当てて笑っているダイを俺はじろっと睨んだ。

 

「そんな事より見えてきたわよ、ポップ。……何かしら、あれ? 銀色……の人間みたいなのが何人かいるわよ」

 

マァムの言葉に、俺も前方を注視する。本当だ。日の光を反射して眩しいほど輝いている銀色の人形みたいなのが何体かこちらを見ているな。他に立っている戦士はいないようだけれど、もしかして皆やられたのか?

 

「どうやら、あいつらが襲撃してきた敵の可能性が高いな。警戒しながら近づこう」

 

 

 

地面にマァムの足が付いたので、俺もいそいそとその背中から降りる。木の焼け焦げた匂いと、薬品や硝煙の匂いが混ざり合って俺の鼻を衝く。この匂い……。ちっ、せっかく集めてもらった希少な回復アイテムがおじゃんになったんじゃないのか……? いや、終わった事を嘆いていても始まらない。まずは喫緊の問題から解決していかないと。

 

俺達の目の前には4体の銀色に鈍く輝く敵がいて、彼らは一様にこちらを観察するようにじぃっと見つめていた。マァムにおんぶされて飛んできた所をじっくり見られた俺は、多分赤面していると思う。こんな状態なのに、ちょっと恥ずかしいと思う俺は決して悪くないはずだ。

 

「おいおい、まさかまさかと思っていたが、助っ人に現れたのは女と、その女におんぶされた男、それにガキじゃないか。まさか本当にお前らが、ハドラー様のおっしゃる勇者一行(パーティー)と言うんじゃないだろうな」

 

女におんぶされた男……。このメンツの中では最も人型に近い姿形をした男が、俺達を、いや俺をそう揶揄する。うーん、胸にグサッと突き刺さる事を言う奴だな、こいつ。ダイも俺の隣で「ガキじゃないぞっ」と憤っているが、多分俺の方が精神ダメージは大きい。

 

「ふふふ。ヒム、やはり彼らが勇者一行(パーティー)のようですよ。ほら、彼の背中の剣がその何よりの証拠です」

 

「本当かよ、アルビナス? じゃあ、この小さいのが噂の(ドラゴン)の騎士とやらかよ?」

 

「見た目で判断せぬことだ、ヒム。見た目通りの実力なら、ハドラー様があれほど再戦を心待ちにするはずがあるまい」

 

「左様左様。それに彼奴の背にしょった剣。確かに、尋常な剣ではないぞ」

 

馬の頭をして大きな槍を握った男と全身刃のような男が、ヒムと呼ばれた男をたしなめる。俺が訝しげな表情をしている事に気が付いたらしいアルビナスと呼ばれた女?が自己紹介をしてくれた。

 

なるほど、女王(クイーン)アルビナスに、兵士(ポーン)ヒム、騎士(ナイト)シグマ、僧正(ビショップ)フェンブレンか。4体、という事でいいのかな? あれ、チェスの駒をもじっていると思うが、そうなると(キング)城兵(ルーク)はいないのかな?

 

それにしても、ハドラー親衛騎団か。また新しい強敵の出現かよ。嫌になるな、全く。しかも、全身オリハルコン製で呪文が通じないだって? 魔法使いにとっては悪夢のような奴らだな。

 

……でも、まあいい。オリハルコン製なら、倒せばそのオリハルコンが手に入るんだ。あの量のオリハルコンが手に入ると、一体どれほどの装備が作れるか……。ふふふ。鍛冶屋の息子の血が騒ぐぜ。

 

俺がそんな事を考えほくそ笑んでいると、「ポップ、涎が垂れているわよ」と呆れたような声がマァムから飛んで我に返る。いかん、いかん、取らぬ狸の皮算用になってしまう。オリハルコンの素材回収は、こいつらを片付けた後で考えよう。

 

ズズーーーーン……。

 

とっ……。突然ぐらっと大地が揺れた気がした俺は、思わずたたらを踏む。その大地の揺れは、徐々に強くなってくる。それは俺ばかりか、ダイとマァムも感じたようで、ダイ達も不審な表情を浮かべる。

 

そんな俺達の様子を見てアルビナスと名乗った戦士が、「これは失礼……。一人紹介が抜かっておりました」と、自身の背後を振り返り指をさした。その視線の先に目を向けると、何故か陸上を巨大な船がズゥゥン、ズゥゥンと上下に揺らしながらこちらに近づいてくる所だった。

 

「……え、な、何よ、あれ?」

 

「船が陸を……」

 

マァムやダイも目を大きく見開いて驚いている。そりゃー、驚くよ。俺も開いた口がふさがらなかった。

 

次第にその地響きの原因が分かってきた。家と家の間の通りから1体の、やはり銀色に輝く巨漢の戦士が、自身の体の何十倍もありそうな船を担いで現れたのだ。

 

「……彼の名は城兵(ルーク)ブロック。残念ながら言葉をしゃべれないので、私が代わって紹介させていただきます」

 

「おい、ブロック! その船は人間共の大事なものだそうだ。返してやりなっ!!」

 

ヒムのその言葉に、ブロックと呼ばれた戦士は大きな声で「ブローム!!」と返し、俺達目がけてその船を放り投げてきた。

 

――! マジかよ!? 突然、巨大な船の底が日を遮り、俺達の周囲を暗く染め上げた。俺は即座に地面に手を付き一瞬の溜めの後、呪文を唱えた。

 

「――泥沼呪文(ドロヌーバ)!」

 

俺がそれを口にし終わるのと、それを待っていたかのように俺の襟首を引っ掴んでマァムが後ろに飛ぶのは、ほとんど同時だった。

 

船が地面に激突する寸前に、俺が手を突いた場所を中心として周囲一帯が泥沼と化す。そしてドプンッっと鈍い音を立てて着水する巨大な船。

 

ほー、危なかった。ギリギリだったな。続けて俺は、沼面に傾斜をつける事で泥沼に浮かぶ船を海に向かって誘導し、目立った損傷も無く船を海面に浮かせる事に成功した。

 

ダイとマァムが「さすがポップ!」と笑顔を向けてくるのがこそばゆい。まあ、こんなのは臨機応変の対応を得意とする魔法使いの腕の見せ所だ。任せてくれ。

 

 

 

「おいおい、何だよ、今のは。あんな魔法、見た事も聞いた事もねえぞ……」

 

「……ふむ。どうやらやはり彼が、ハドラー様のおっしゃっていた『氷の賢者』ポップのようだ」

 

「フフフ。噂に違わぬ臨機応変の対応力ですね。これだから魔法使いは侮れません」

 

「クックック。たかが魔法使い如きと思っておったが、なかなか練達の使い手ではないか。面白い……!」

 

余裕綽々の様子で俺を誉めるアルビナス達に、俺は苦笑しながら返事を返す。

 

「お誉めに預かり、恐縮だね。せっかく返してくれてなんだけど、もう少し丁寧に扱ってほしいものだよ。さて、『氷の賢者』……か。どうやらこちらの情報は筒抜けのようだから、自己紹介は必要なさそうだな」

 

 

 

ダイとマァムが俺の前に僅かに進み出て、それぞれが即応の構えを取る。ダイは、パプニカのナイフを構えている。マァムの両耳のキラーピアスから緑色の魔法の粒子が放出されている所を見ると、既にマァムの身体には防御力変動呪文(スクルト)敏捷力変動呪文(ピオリム)がかかっているようだ。そして俺は、そんな2人を後方から支援する体勢をとる。

 

敵も俺達同様に戦闘態勢を取った。魔王軍の襲来前は穏やかな港町であったであろうサババの港町の一角を、一瞬にして張り詰めた空気が包み込む。3対5か。個々の力量は不明ながら、数で劣っているのは確実だから、乱戦になるとやっかいだな。ここは一発、俺からかましてやるか……。

 

「――重圧呪文(ベタン)!」

 

突如、ドゴォッと言う地面が陥没する音と共に、奴らを中心に半球状のクレーターが発生する。敵は、足場が崩れると同時に重力が増した事によって体勢が崩れている。

 

よっしゃあ! やっぱり重力魔法は使い勝手が良いぜ!

 

「う、うおお!?」

 

「ば、馬鹿な! 魔法が我らに通じるとは!?」

 

「ブ、ブローム……」

 

「いえ、皆さん! これは……魔法攻撃ではありません、――物理攻撃です!」

 

 

へえ……、やはりあいつは見た目通り賢そうだな。そう、重圧呪文(ベタン)の魔法は、一見魔法攻撃に見えて実は物理攻撃とも言える。何と言っても、かける対象が奴らではなく、奴らの周囲の大気に魔法をかけているという点が味噌だ。大気に魔法をかけている以上、その影響を副次的に受ける奴らには物理攻撃が加えられるのと等しい。つまり、オリハルコンのボディにも通用するって事だな……!

 

ゴォォォォ!

 

5G……6G……7G……。俺は、重圧呪文(ベタン)の圧力を加速度的に高めていく。まだまだ上げられるぜ……? あと少し敵を足止めすれば、闘気を貯めたダイ達が遠距離から攻撃出来るだろう。そう考えた時、敵が動いた。

 

「フェンブレン! 頼みます!」

 

「承知!」

 

アルビナスの言葉に、全身刃物の塊のような戦士フェンブレンが答える。この重力下で何が出来る、と思っていると、そのフェンブレンが突如真下にドリルのように回転して潜って行った。

 

――しまった! 真下に穴を空けて逃げるとは! しかし、俺の考えはまだ甘かったようだ。奴はただ逃れたのではなかった。何故か、徐々に足元より小刻みな振動が伝わってくる。……おいおい、マジかよ。これって、まさか……。

 

「ポップ、飛んで!」

 

「下よ、ポップ!」

 

ダイとマァムの言葉が飛んだのは同時だった。もちろん俺も既に悟っている。その言葉が終わるか終らないかのタイミングで、俺は飛翔呪文(トベルーラ)で後方に飛んでいた。ダイもマァムも俺に続く。

 

直後、「――ツインソードピニング!」という裂帛の声と共に、両腕を合わせた状態で高速回転しながら地中よりフェンブレンが現れた。おいおい、これってまさにコンバトラーVの超電磁スピンそのものじゃないか。

 

巻き上げられた細かな岩に顔をしかめながら、フェンブレンと距離を取る俺。ダイとマァムも一定の距離を取り、いつでも動ける体勢で構えている。

 

 

 

「ふー、助かったぜ! ありがとうよ、フェンブレン」

 

オリハルコン製の身体のくせに肩がこったのか、首回りをコキコキと回しながら重圧呪文(ベタン)の重力圏から脱出したヒムが口を開く。

 

「……ふむ。素晴らしい魔法の発現速度と威力だった。あの賢者、オリハルコンの我々に対する手札を、まだまだ隠し持っていると見た」

 

「ふふふ。先手はアバンの使徒に取られてしまいましたね。では、今度はこちらの力をお見せするとしましょう……。ヒムはあの武闘家を、フェンブレンは勇者を、そしてシグマは賢者を頼みます。ブロックは彼らの分断を……」

 

アルビナスが何かを指示した瞬間、ブロックという巨体の戦士が俺達めがけて家の様な大きな岩を放り投げてきた。

 

俺達はその大岩を難なく躱すが、躱した瞬間俺達にそれぞれ敵が肉薄してきた。俺には馬面のシグマ、ダイには先ほど俺の重圧呪文(ベタン)を破ったフェンブレンが、そしてマァムには威勢のいいヒムが張り付いてきた。

 

こうなると、俺もダイやマァムを気にしていられる場合じゃなくなる。シグマから距離を取りつつ、チラッと横目で見るとアルビナスに動きは見られない。ブロックは俺とダイ、マァムの中間地点に移動し俺達の合流を阻害する意思を示している。

 

……へー、なかなか良いチームプレイをする。司令塔はやはりあいつか。……ハドラー親衛騎団、今までに無かったタイプの集まりだな。油断できない奴らだ。

 

っと、危ない。シグマの放った槍が俺のそばを掠める。俺は空に飛翔するが、奴も飛翔呪文(トベルーラ)を使えるらしく執拗に追いかけてくる。だが、飛翔呪文(トベルーラ)による飛翔速度は術者の魔法力に左右される。どう見ても前衛職のこいつに追いつかれるとは思えないな……!

 

「ふふふ。確かに飛翔呪文(トベルーラ)により賢者らしからぬ機動力を有しているが、少々直線的過ぎるな。 ――爆裂呪文(イオ)!」

 

――何!? シグマは俺の移動先を予測してまるで先回りするように爆裂呪文(イオ)の爆球を放ち、その爆発の余波を避けるために速度を落とした俺に肉薄した。凄まじい速さだ。まるで跳躍するかのように俺の眼前に現れた奴は、俺に右手に握った槍を次々と繰り出す。

 

「――チィッ! 氷系壁呪文(アイスウォール)!」

 

肉眼で終えないほどの速さで繰り出される槍を俺が裁けるはずがない。俺は奴との間に分厚い氷の壁を作り、かろうじて槍の速度を減じる事で、その突き出される槍による攻撃を躱していた。

 

 

 

「――ポップ!」

 

上空でシグマに捕まり接近戦に持ち込まれたポップを見て、マァムは思わず声を上げていた。それは、ポップの力は知っているものの敵がオリハルコンの身体という事で、豊富なポップの魔法の数々が封じられる事を危惧したためだった。

 

「女、あいつの心配をしている余裕があるのかよぉッ!」

 

ヒムの放った右拳をわずかに首を傾けて避けるマァム。その凄まじい拳圧に、ヒムの言葉通りポップの事を気にしていられる余裕は無い事をマァムは悟った。身体を半回転させながら避けると同時に、マァムはその勢いのままヒムの左頬にその右拳をたたき込む。

 

だが、ミシッという鈍い音がマァムの拳から発せられたのみで、ヒムにダメージを与えられた様子はなかった。もちろんマァムは撃ち込んだ右拳に闘気を練り込ませていたが、それで自身の拳を守る事ができこそすれ、ヒムのオリハルコンの肉体に傷をつけるまでは至らない。

 

「ははは! 人間の柔な体で、俺のオリハルコンの身体に傷を付けられるかよ!」

 

肉弾戦に絶対の自信を持っているのか、ヒムがなおもマァムに接近戦を挑む。何度かの攻防の末、ヒムの放った右回し蹴りをマァムは咄嗟に両手を交差させ十字受けで受けとめるが、威力までは殺しきれず背後の家の壁に吹っ飛ばされる。

 

「――くッ!」

 

石壁に激しく背中を打ちつけたマァムの頭上に影が差した。それは、ヒムがまさにマァムの頭部に踵落としを放とうとしたためだった。しかしマァムは、先ほど石壁に身体をぶつけたダメージを感じていないかのような機敏な動きで、その落ちてくる踵を躱した。

 

「よく避けたなぁッ、女ぁ! ――! 何ッ!?」

 

踵落としを避けられたヒムが続けざまに繰り出した右拳を、マァムは躱しざまに腕ごと捉え、ヒムの身体を背中に担いだ。そしてヒムの向かってくる勢いを殺すことなく、前方に一本背負いの要領でヒムを投げ飛ばした。

 

この時、ヒムの背中を地面にたたき付けず、前方で背中を見せていたブロック目がけて投げ飛ばした点が、経験豊富な武闘家マァムの真骨頂と言えた。

 

ガシャーン、というオリハルコン同士がぶつかる甲高い音が戦場に響いた。その様子を油断なく見つめながら、マァムが手をパンパンと叩く。

 

「女、女とうるさいわね! 私の名前は、マァム。覚えておきなさい!」

 

 

 

「くっ! こいつ、まるで全身が剣じゃないか!」

 

「そらそら、どうした、勇者よ。縮こまって固まっているだけでは、儂を倒す事はできんぞ!」

 

「――うわっ!」

 

ドカァッという音を立てて、フェンブレンの横なぎに払われた右腕にダイは背後に吹っ飛ばされる。ただ、全身に竜闘気(ドラゴニックオーラ)を纏わせていた事から、斬撃によるダメージはなさそうだった。

 

「カッカッカ。ご大層な剣がどれほどの物かと思っておったが、何故それを抜かん。この狩人の異名を持つ儂にそんなナイフ1本で相対しようなど、いくら勇者といえど増長が過ぎるのではないか?」

 

そんな事を言われるまでもなく、ダイは先ほどから背中の剣を抜こうとしていた。早く目の前の敵を圧倒して、呪文の手数を封じられ苦戦しているポップの援護に向かうために。

 

しきりに背中の剣を抜こうとあがくダイを見て、フェンブレンが右腕を高くつき上げる。

 

「ふん、拍子抜けだな。ならばその剣を最後まで抜かぬまま、死ぬが良いわ!」

 

その言葉と共に、大きく右腕を振りかぶったフェンブレンがダイを一刀両断にせんと突進する。

 

それを見てダイは、一向に抜けない背中の剣を抜く事を諦め、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を全身に纏わせた。そして同時に、竜闘気(ドラゴニックオーラ)による防御のみでは危険と判断したのか、腰に差しているパプニカのナイフに手を伸ばす。

キィンッと、硬質な金属同士がぶつかる音が戦場に響いた。それは、硬度に劣るパプニカのナイフで、オリハルコンの刃を纏ったフェンブレンの右腕を受け止めた音だった。

 

「な、なんだと!? たかがナイフで、儂の腕を受け止めただと!?」

 

驚愕のあまり声を上げるフェンブレンに、ダイが得意そうに声を上げた。

 

「お前の剣なんて、この剣を抜くまでもないや! たぁあッ!」

 

ダイはナイフを巧みに操り、逆にフェンブレンに切りつける。ダイの手に握られているパプニカのナイフは、全力を出した竜闘気(ドラゴニックオーラ)にもちろん耐えられるはずもないが、ダイはパプニカのナイフの限界を把握しており、オリハルコンと対峙しうる強度まで巧みに向上させていた。それはまさに、ロモスでの経験が生きた技術だった。

 

そして両者の剣戟が始まった。

 

 

 

シグマの手に握られた槍が俺に対して突き出されるが、シグマと俺の間に常に展開している氷壁がその速度を減じる事で、どうにかその槍の軌跡を俺は視認できていた。首を僅かに傾ける事で頭部目がけて突き込まれた槍を躱す俺。次々と氷壁に穴を空けられるが、俺は穴が空くと同時に氷壁を復旧させていく。俺自身に掛けた敏捷力変動呪文(ピオリム)の効果もあるのだろう。足を止めた接近戦で、どうにか俺は致命傷を負わずに踏ん張っていた。……あともう少し仕込みの時間を稼ぎたいな。

 

「魔法使いが不慣れな接近戦でよくやる……! ――だが、これで!」

 

シグマは一瞬槍を大きく後ろに引いたかと思うと、槍が消えたかと思える程の速度で次々と攻撃を繰り出す。

 

パリーンッ!

 

まずいっ! 氷壁の復旧も間に合わず、一瞬で氷壁全体が粉々に砕かれた。

 

「――くっ!」

 

「逃がさん!」

 

飛翔呪文(トベルーラ)で後方に下がろうとする俺を押さえようと、キラキラと宙を舞う氷の欠片の向こうから、シグマが俺に向かって加速する。

 

しかしその直後、飛翔呪文(トベルーラ)で飛翔していたシグマは突然前方につんのめるかのように動きを止めた。ふー、どうにか間に合ったな。

 

「――な、何!?」

 

驚いたように自身の下半身をシグマが見ると、そのシグマの下半身には地面から伸びた長さ10mをも超えるサイズの巨大な氷の樹が、まるで木の蔦ならぬ氷の蔦のように巻き付いていた。そしてこいつが動揺している隙に、こいつが右手に握った槍にも氷の蔦を巻きつかせる。

 

よし、こいつの身上は高速戦闘のはずだ。槍に速度が乗らない限り、この氷は砕けないぜ?

 

「魔法が効かないってのは、良い事ばかりじゃないぜ? 何も感じなかっただろう?」

 

俺は、冷気も熱気も感じないだろうと思われるシグマのオリハルコンの身体に密かに地上から伸ばした氷を巻き付かせ、その動きを止めていた。冷気で倒せるとは鼻から思っちゃいないが、十分に仕込みをさせてもらう時間はあった。

 

その間にも俺は左手に火炎呪文を、右手に氷系呪文を唱える。俺が欲したのは、この呪文を創生する僅かな時間だけだ。それ以上は望んじゃいない。

 

自身の下半身に巻き付く樹氷を見下ろし、シグマは本心から感心したように口を開いた。

 

「なるほど……。君と戦っていると、実に多くの事に気づかされるな。長所と短所は表裏一体とも言えるのか」

 

俺はこいつの無駄口に付き合う事なく、両手を胸の前で組み合わせ右手を大きく後ろに引いた。よし、これでセットアップは完了だ。後は、こいつを身動きのできないシグマに放つだけ。

 

そこまで進めて、俺は改めてシグマを直視する。そのシグマは身じろぎもせずに、無言のまま俺を正面からはたと見据えていた。

 

……? ……妙だ。俺はシグマのその姿に僅かに違和感を覚えた。魔法など通じるはずが無いと考えている? あるいは、逆にこの魔法の力を認識し諦めた? 

 

……いや、違う。こいつは何かを待っている……。もしかしてこれか? 俺は、自身の掌中にある消滅の矢に視線を落とす。

 

『強すぎる力は、時に自分に降りかかることがあります。魔法に限らず強力な武器を持つ者は、常にそのことを頭に入れておかなければなりません』

 

この言葉をアバン先生からいただいたのは忘れもしない。かつて俺が極大消滅呪文(メドローア)を暴走させたために生まれた、『魔獣の咆哮』内でのやり取りだ。どうしてだか、今この時、俺の脳裏にこの言葉が浮かんだ。

 

「……どうした? それを撃つのでは無いのか? やって見たまえよ。オリハルコンの私にその呪文が通じると思うのなら」

 

静かに口を開いたシグマ。その言葉を耳にした瞬間、俺は悟った。こいつは呪文を反射する何らかの術を持っていると。呪文か? それともアイテムか? 師匠から依然、前大戦時に呪文を反射するマントを羽織った敵とやりあった事があると言う話を聞いた事があるが……。

 

「ふむ。このような好機、そう何度も訪れるとは思わない事だ。氷の賢者と呼ばれるほどの君なら、分かっていると思うが……」

 

「はは。安い挑発だな、シグマ。お前、その戦闘力は認めるけど、役者としては三流も良い所だな。俺にこれをどうしても撃たせたかったのなら、その口角の上がった馬面を俺に見せるべきでは無かったな」

 

そうシグマに返しながら、俺は手の中の消滅の矢を解除する。こいつが三流役者でよかった。やはりこいつは呪文が効かないだけではなく、呪文を反射する何らかの術を持っているな。

 

俺が呪文を解除したのを見て、シグマも自身の狙いが悟られた事を理解したのだろう。先ほどまでの役者面を拭い去り、素と思われる笑みを浮かべた。

 

「やれやれ、アルビナスの指示通り行ったが、主役を張るには演者である私はやはり力不足だったようだな。……見事な洞察力だ、氷の賢者ポップ。先ほど君が手の中の呪文を撃っていれば、私は労せずして君を倒せていただろう。これによってな……」

 

そう言ってシグマは大きく胸を張ったかと思うと、突如その胸の外構が観音開きのように大きく開き、その中からは不思議な紋様の描かれた微妙にオリハルコンとは色彩の異なる物体が現れた。

 

「これは『シャハルの鏡』。君が想像したとおり、受けた呪文をそのまま敵に反射する究極のアイテムだ!」

 

やはり呪文反射系のアイテムを持っていたか。呪文が効かないばかりか、反射までされるとなると流石にちょっとばかりやっかいだな。まあ、それでも手が無い訳じゃあ無いが、面倒には違いない。こいつの相手は他の奴に任せるのが無難……か。

 

「……答え合わせどうも。しかし、俺にお前を倒す決め手が無くなったと言ってもお前が身動きの取れない状態に追い込まれている事には変わりはないぜ? そして俺には、まだお前を倒すための手札が残っている」

 

樹氷はこいつの下半身にびっしりと張り付いている。こいつの身上はスピードで、決してパワーではない。この状態からトップスピードに持っていくのは不可能だから、こいつには氷の塊を砕く術は無いはずだ。援護の手が伸びない限りは……。

 

俺がチラッと地上にいるアルビナスとブロックを見ると、ブロックはヒムと何やら揉めているようだし、アルビナスは戦闘初期の立ち位置のまま微動だにしていない。

 

シグマは俺の言葉が正しいかどうかを確かめるかのように、その拳でガツガツと氷の塊を打つが、僅かに破片が飛び散るのみで、拘束が解けるまでは到底いかない。

 

「……ふむ。氷でありながら、鋼鉄と見まがわんばかりの硬度に達しているな。しかも君の魔力が常に満ちているので、少々の欠損は直ぐに元通りになる……か。しかし、演者としては君のお眼鏡に叶わなくとも、戦士としては今少し君の予測を上回らせていただこう。フフフ。……次こそは、賢者である君を驚かせられたら良いのだが」

 

そう不適に言い放って突然右手首をスポッと右手から引っこ抜いたシグマは、下半身を覆う巨大な樹氷にその先を突き当てた。

 

何だ、何をするつもりだ、こいつ……?

 

俺の疑念をよそに、突然シグマが声を張り上げた。

 

「――ライトニングバスター!!」

 

「――!?」

 

思わず顔をしかめるほどの強烈な輝きがその手の先から発せられ、次の瞬間、地上から延びた樹氷全てが、まるで風船が破裂したかのような音を立てながら、細かな結晶体へと粉砕された。マジか……。あの輝きは爆裂呪文(イオ)の爆球に酷似していた。もちろんその威力は爆裂呪文(イオ)の比ではなかったが。ほとんど溜めを必要とする事無く、あの威力の魔法をゼロ距離で放つか……。

 

「フフフ。どうやら驚いてくれたようだ。この我が右腕から繰り出されるライトニングバスターは、爆裂呪文(イオナズン)と同等の力よ!」

 

やはり爆裂呪文(イオナズン)級だったか。なるほど、そんな隠し玉を持っていたとは。しかし、と言う事は、残り4体も恐らく……。

 

……と、いけない。悠長に分析している場合じゃなかった。拘束から解かれたシグマは、再び俺目がけて突っ込んできた。

 

しかし、その槍が俺に届く寸前、シグマが空中でその身を翻した。直後、シグマのいた場所を凪いでいく衝撃波。ああ、あの衝撃波は……。俺はその衝撃波に見覚えがあった。海波斬だな、おそらく。ダイは眼下でフェンブレンと戦っているから、そいつを放てる人間は俺達のパーティーには後1人しかいない。

 

 

眉間に皺を寄せたシグマの眼前に、俺の盾になる様にガルーダに肩を掴まれたおっさんが立ちはだかる。そしてそのガルーダの背には、先ほど海波斬を放ったヒュンケルが。

 

「遅くなったな、ポップ!」

 

その頼もしすぎる鋼鉄の鎧をまとった大きな背に内心安堵の息をついた俺は、おっさんに軽口で返す。

 

「なーに、良い感じに場を暖めておいたぜ、おっさん」

 

「……ポップ。今の奴が敵の指揮官か?」とヒュンケル。

 

「いんや。あそこでこっちをじっと見つめている女のような奴が指揮官だよ。ダイ、マァム! 仕切り直しだ! 戻ってくれ!」

 

俺は涼しげな表情を崩さないアルビナスを顎で指しながら、大声でダイとマァムを呼ぶ。おっさん達が到着した以上、こっちも数の不利はなくなった事になる。仕切り直しをするには、ちょうどいいタイミングだ。

 

 

敵も同じ事を考えていたのだろう。再び互いのパーティーが、一定の間隔をとって睨み合う。

 

 

 

 

 

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side アルビナス

 

 

南の山の向こうから、空を飛んで向かってくる2人の人間に気がついた。……? いや、2人では無い? よく目を凝らしてみると、1人と思っていたのは、1人がもう1人を背負っているようだった。

 

あの道化のような真似をしているのがアバンの使徒? 私は一瞬それを危ぶんだが、隣を飛ぶまだ子供のような背丈の少年を見て、その考えを改めた。あれがハドラー様が警戒する勇者だ。間違いない。

 

しかし、するとあの女に背負われている魔法使い然としてローブを着込んでいる男が、ハドラー様が勇者同様に警戒している『氷の賢者』ポップ? 勇者一行(パーティー)の頭脳とも評されている、あの……?

 

「カッカッカ。ずいぶんと愉快な奴らが向かってきているではないか。あれが本当に勇者一行(パーティー)なのか? 何かの間違いではないのか、アルビナス?」

 

「いえ、フェンブレン。ハドラー様から聞いていた特徴と一致します。おそらく間違いないでしょう……」

 

「しかし、勇者一行(パーティー)に遊び人が加わっているとは、聞いていないぜ?」

 

「フフフ。ヒム。太古の昔、賢者は遊び人を極めた人間がつく職種だった頃もあると聞いた事があります。つまり、あの道化のような振る舞いも、何か深い考えがあっての事かもしれませんよ」

 

「本当かよ? 背負っているのは女じゃねえか。どんな深い考えがあるのか知らんが、女に背負われるのなんて、俺は死んでもごめんだぜ!」

 

「フフ。しかし、もうじき到着する。本当に勇者一行(パーティー)だとしたら、歓迎してやらねばならん。私のこの盾もようやく役に立てる時が来たかもしれんな」

 

「ヘヘヘ、俺は違うと思うぜ? まあ、あそこで転がっている奴らよりは楽しめるかもしれねえがな。おい、ブロック! 奴らはあの船をお望みだろうぜ。持ってきてやれよ!」

 

ヒムの言葉に、ブロックが「ブローム!」と返事を返し、船を改造していたドックまでゆっくりと歩いて行った。

 

さあ、勇者一行(パーティー)よ。ハドラー様が再戦を熱望するほどの力を我々に見せてください。

 

私は知らず知らずのうちに、口角を上げていた。

 

 

 

「おいおい、何だよ、今のは。あんな魔法、見た事も聞いた事もねえぞ……」

 

クスクス。ヒムが、思い描いていた結果にならなかった事に唖然とした声をあげているのは、なかなか面白いですね。

 

しかし、やはりただの道化では無かったようですね。とっさの機転といい、呪文の発現速度といい、先にあしらった戦士達とは一線を画す人間のようです。

 

それに、私達を分析するかのように観る怜悧な視線は、勇者と武闘家のそれとも明らかに異なりますね。どうやら、勇者一行(パーティー)の頭脳の名は、伊達ではなさそうです。おそらく先ほどのあの姿は、我々に警戒心を植え付けない仮初の姿という事でしょう。

 

まさか、戦場に到着する前からそこまで考えて行動に移しているとは……。私は目の前の賢者に対しての警戒レベルを1ランク上げる事にした。

 

「フフフ。噂に違わぬ臨機応変の対応力ですね。これだから魔法使いは侮れません」

 

 

 

ヒム、シグマ、フェンブレンが私の指示でそれぞれの相手と対峙している。ヒムの相手は女武闘家ですか。格闘戦を得意としているヒムと遜色ない動きをしている所を見ると、女と侮れる相手ではなさそうですが、いささか決定打には欠けるようですね。あれなら長期戦に持ち込めば、敗れる事は無いでしょう。

 

フェンブレンの方は……。いけませんね。やはり、さすがは勇者という所ですか。背中の剣を抜く事なく、フェンブレンと互角の剣戟を繰り広げるとは。おそらくあの剣は、ハドラー様と対峙するその時まで抜かないつもりなのでしょう。我々親衛騎団が彼に勝利するには、いかにしてあの剣を彼に抜かせぬまま、一瞬で勝利を掴むかにかかっているでしょうね。

 

そして私は、シグマの戦いに目をやった。……フフフ、シグマは上手く賢者の足を止める事に成功したようですね。先ほどの重力を利用した呪文と言い、あの賢者の手癖は想像以上に悪そうですからね。

 

あのような相手に勝利を収めるには、目先の対応に忙殺させ余計な事を考えさせない事が一番です。特にそれが勇者一行(パーティー)の頭脳と呼ばれるほどの男なら尚更です。あのような男にフリーハンドを与えると、その影響力は一個人ではなくパーティー全体に及びますからね。

 

おや? なるほど……。やはり手癖の悪い男だ。私は、彼に向かって槍を突きだすシグマの真下から、シグマ目がけて氷の蔦のような物がスルスルと伸びていくのを目にした。狙いは恐らくシグマの拘束。となると次の一手は……。

 

フフフ。ちょうど良い。このままあの男が、先日鬼岩城に対して放ったと聞くあの呪文を放てば、逆に彼を始末する事ができるかもしれません。様子見のつもりでしたが、ここであの男を始末できれば望外の喜びというもの。頭脳の無くなった肉体(ボディ)など、始末するのに造作もありませんからね。シグマ、アバンの使徒が我々の情報を得ていない今が好機です。抜かりなきよう頼みますよ……。

 

しかし、私の思惑通りには進まなかったようです。あの男は絶好の好機にもかかわらず、その手にある消滅の呪文を解除しました。……残念ですね。噂通り、洞察力にも優れた男のようです。シグマの行動のどこかに不審を覚えたのでしょうね。やはりそう簡単には始末できませんか。

 

それに、増援……。あの2名は、元百獣魔団長のクロコダインと、元不死騎団長のヒュンケルですね。いずれも一筋縄ではいかない相手のようです。

 

 

 

勇者一行(パーティー)もベストメンバーが揃ったと見えますね。前衛が揃った以上、賢者はやはり後方に下がりましたか。では、こちらもいったん距離を取り、仕切り直しとしましょう。

 

私は、残る4名に集合の合図を送った。誰も大きな損傷は負っていない様子。これなら継戦に問題は無いでしょう。さあ、アバンの使徒達よ。ハドラー様のために、今少しその力を見極めさせてもらいますよ。

 

 

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