「ポップ、本当にこの先にお前の言う『不死鳥のかがり火』とやらがあるのか?」
狭い地下道の中を照明を手に持って歩くヒュンケルが、背後を振り返る事無くそう俺に問いかける。
「師匠が言っていたんだから、間違いないと思うんだけどな……。でも、結構進んだ気がするけど、ここってもうサババの町を抜けているかもしれないな」
「ふむ……。しかし、潮の匂いがしてきた所を見ると、そろそろ出口が近いのではないかな」
そう言ったのは、俺の後ろを大きな身体を縮こませて窮屈そうにして歩いているおっさんだった。上背のあるおっさんは、ほとんど四つ足に近い格好で最後尾を着いてきていた。
俺達は、サババでの親衛騎団との戦いの後、ダイとマァムを置いてとある朽ち果てた雑貨店から地下に降り、そこに封印されていた地下道を見つけて、今その地下道を奥へ奥へと歩いていた。
もちろん、目的もなしにそんな事をしている訳では無い。目的は、『不死鳥のかがり火』というアイテムだった。俺は、この町にそのアイテムがある事をマトリフ師匠から聞かされていて、それを死の大地の地下にあるという大魔王の居城への入口を探るために入手しようとしていた。
「確か、15年前ハドラーの居城もそれで発見したとか言っていたな」と、おっさん
「そうそう、その火種を持って近づけるだけで、炎の揺らぎから敵の本拠地が分かったらしいぜ」
「確かに死の大地と言っても広大だからな。それがあれば、向こうに渡って右往左往せずに済むか……。むっ、ポップ。どうやら出口のようだぞ」
ヒュンケルの言葉に、俺は奴の肩越しに前方を見やった。本当だ。土壁で覆われた狭い地下道の先に、小さな木製の扉が見える。
そして俺達は、その扉をそっと開いた。
「ラーハルト、慎重にな……」
はっ、と背後から投げかけられたその言葉にラーハルトは返事を返し、右手に持ったカンテラの中の火を、燭台の上で灯っている種火にそっと移した。
カンテラの中で灯っていた小さな炎が燭台の炎に合わさった途端、ボゥッと大きな炎が立ち上がり、薄暗い部屋の中を一瞬明々と照らす。1つの炎に戻った事を喜び勇んで踊っているかのように見える炎の揺らぎが、それがただの炎で無い事を見る者に悟らせていた。
「『不死鳥のかがり火』……。噂に聞いた事はありましたが、こんなアイテムがあったのですね」
ラーハルトは、徐々に揺らぎが落ち着いていく炎を見つめて、そう感嘆の吐息を漏らした。
「そうだ。この『不死鳥のかがり火』のおかげで
バランもラーハルトにそう言葉を返しながら、神々しい炎の灯火に目を細めていた。
「このアイテムは、神が地上の人間に与えた聖なる炎だ。邪気を祓い、邪気を知る事の出来るアイテムは、非力な人間にとって貴重なものと言える。いかに
周囲のレンガの壁にくっきりと映っていた彼ら2人の影が、『不死鳥のかがり火』の灯りが落ち着いて行くにつれて、淡く滲むように輪郭を失っていく。
ここは、サババの町から西に数キロ離れた海に突き出した半島の先だった。この半島の先に建つ一軒の民家に『不死鳥のかがり火』が存在する事を、バランはかねてより把握していた。それは、この民家が古の技術によって認識疎外の結界が張られていたとしても、
燭台以外は何もない5m四方のレンガ壁に囲まれた殺風景な小さな部屋。
これでここにもう用は無いとバランが踵を返そうとした時、突然部屋の隅の床の一部がめくれあがり、そこから見覚えのある男達が姿を現した。
「バラン……。お前、ここで一体何を……」
地下道の果てにあった木製の扉を開くと、そこは小さな部屋で、その部屋の壁には上へと続く昇降階段が設置されていた。そして、俺達がその昇降階段を上りきると、そこは5m四方の窓一つない薄暗い部屋だった。ただ、中央に鎮座している燭台上で明々と炎が燃え盛っていたため、完全な闇に囚われていた訳では無かった。
その燭台上で神々しく輝く炎が、それが『不死鳥のかがり火』である事を俺に一目で悟らせたが、それ以上に目を引く者達がその部屋の中にいたため、思わず俺はそちらの方に目を奪われてしまった。
その部屋には、偶然にもかつて死闘を繰り広げたバランとその従者ラーハルトがいたのだ。
「貴様らこそ、何故ここへ……」と、ラーハルトがバランの前にすっと出て槍の穂先を俺達に向けて構える。
その動きを見て、ヒュンケルとおっさんもぐっと腰を落とし警戒する素振りを見せた。だけど俺は、『不死鳥のかがり火』の炎に半身が隠れるように身を置いているバランの姿を見て、バランの目的を察した。
なるほどね、こいつも
「ちょっと待ってくれ、バラン。……なあ、俺達の目的はもしかしたら同じじゃないのか?」
バランは俺の問いかけに沈黙したままだ。
「俺達は、『不死鳥のかがり火』を使って
俺の問いかけに、かがり火の反射を受けて紅く輝く槍の穂先を俺に向けるラーハルト。
「貴様……、なぜバラン様がお前にそのような事を教えねばならんのだ。身の程を――。 ……バラン様?」
ラーハルトの言葉を、バランがそっと手を挙げて遮った。そしてバランは俺の目を見て、言葉少なに応えてくれた。
「
「バラン……お前……」
ヒュンケルがバランの言葉に、驚きの声を上げた。そして、おっさんもバランの目的がなんであるか察知したようで、思わず声を掛けた。
「バラン、まさかお前は1人、いやラーハルトとたった2人でいくつもりか? 馬鹿な……! いかに貴様とて、たった2人で大魔王に挑んで勝てると思っているのか?」
バランは、眼光鋭く俺達を見やりながら、おっさんのその問いかけを肯定する。
「……確かに、大魔王バーンは、生半な相手では無い。だが、だからと言って私の決断は変わらぬッ!」
バラン……。お前、目の色が変わったな。俺の記憶にあったバランは、人間への憎しみに囚われた目をしていた。しかし、今のバランの目にはそれが無かった。あるのは、後悔と贖罪……。俺はそんな風に感じていた。
おっさんとヒュンケルが、大魔王バーンを生かしておけなくなったと断言するバランに、共闘を持ちかける。だが、それに対する反応は激烈だった。
「人間どもも私にとっては倒さねばならぬ敵の1つ!! 死んでも協力など出来るか!!」
その言葉と共に、バランによって打ち倒されるヒュンケルとおっさん。
そして、今度こそ俺達に背を向けて立ち去ろうとするバランに、今度は俺が声を投げかける。その言葉にバランは足を止め、振り返って俺を睨み付ける。うっ、こ、怖え……。威圧感、半端ないって、お前。俺、前はよくこんなの相手にやり合ったものだな。
しかし、怯んでいてはいけない。俺はなけなしの勇気を振り絞って、言葉を続ける。
「……バラン。俺は別にお前が魔王軍から離反しようが、勝手にバーンに突っ込んだあげく無駄死にしようが、別にどうだって良いんだよ」
俺の言葉に、バラン、というより隣に立つラーハルトが俺を呪い殺しそうな目で睨む。だけど俺は、精一杯平常心を保ち更に口を開いた。
「……ただ、ダイのために一度俺達と一緒に来てくれないか?」
「……ディーノ、のためだと?」
良かった、いつぞやの時のようにいきなり紋章閃を放たれる事はなさそうだ。一応バランは俺の言葉を聞く姿勢を崩していなかった。
「そうだ……。話は変わるけれど、俺の故郷はベンガーナ王国にあるランカークスという名の村なんだけどさ、毎年秋、ああ、今は夏になったけど『手紙送り』っていう祭事をやってんだよ」
いきなり話題を変えた俺に、「一体何を言っているのだ、貴様」とズイッと前に出て凄むラーハルト。だけどバランは再びそれを腕で制し、俺に続けろと視線で促した。
「その祭事は、亡くなった家族や大事な人に生きている人間が手紙を書いて、それを手製の船に乗せて川に流すんだ。その祭事が、ついこの間ダイと一緒に実家に帰った時にやっていたから、皆で参加したんだよ」
「亡くなった家族……」
「そうだ。ダイは、お母さんに宛てた手紙を書いていたよ」
バランはどこか遠い目をして、「……そうか」と呟く。
「だけど、ダイがお母さんに宛てた手紙は短かったんだ……。そう、とても短い。どうしてだと思う?」
「……」
バランは答えない。だから俺が代わりに答えてあげた。
「ダイは、お母さんの事をほとんど知らないんだ。前に、そこのラーハルトからダイの母親がアルキード王国の王女だったという話は又聞きで聞いているよ。だけど、ただそれだけだ。彼女が何に笑って、何が好きで、何を苦手としていたか、……彼女がダイをどれほど愛していたか。それら全てをダイは知らない。お前を交えて、3人で仲睦まじく過ごしていた頃の記憶もあいつには無い」
俺は一呼吸置いて、バランに拝むように片手を立てて続けた。
「ダイに、俺の弟分に、あいつのお母さんがどんな女性だったか、どれほどあいつを愛していたのかを伝えてやってくれないか。別に一緒に戦ってくれなんて事は言わない。あいつのために、お前の知っているソアラさんの姿を伝えてやってくれるだけで良いんだ。それは、悔しいけど俺にはできない。父親であるお前にしかできない事だ」
俺はそう言って、バランに頭を下げた。ここは、海に近い場所なのだろうか。海から吹きすさむ風の音がやけに耳につく。どれほど頭を下げていただろうか。俺の耳朶をバランの静かな声が打った。
「お前は以前、ディーノまで獣にするつもりか、と私に言ったな……。ディーノにとって、母の事を知る事はそれほど大事か?」
俺はゆっくりと頭を上げた。再び目を合わせたバランの目は、俺が今まで見た中で最も優しく見えた。
「……ああ、大事だ。自分が確かに誰かに愛されていた。その事実が、時に人を救ってくれる。……お前は違うのか?」
「……」
バランは俺の問いには答えない。だけど俺には分かっていた。今のバランには、ソアラさんが自身に注いでくれた愛情に縋る事と、そのソアラさんとの子供であるダイに注ぐ愛情しか残されていないという事に……。
「……良いだろう。それがディーノのためになるというのなら、お前の言葉に従おう」
そのバランの言葉に、俺は破顔してただ「ありがとう」とだけ伝えた。
どうにか、バランに俺達と同行する事の了承を貰った後、俺達は燭台が鎮座していた部屋を後にした。外に出て後ろを振り返ると、ここは半島に突き出した高台の上だったようで、そこに特に特徴のない平屋の一軒家が立っていた。
そして遠くに目をやると、サババの町並みが見える。なるほど、あそこからここまでが地下道で繋がっているのか。マトリフ師匠によると、『不死鳥のかがり火』を管理していたのはディードックという師匠の昔馴染みのようだが、なかなか凝った仕掛けを考えるものだ。
「どうかしたのか、ラーハルト」
いざサババの港町に皆が
「……いえ、何か風切り音が聞こえた気がしたのですが、どうやら気のせいだったようです。失礼しました」
そう頭を下げるラーハルトに、バランは鷹揚に頷いた。群れるのは嫌そうなバランだから、バランはラーハルトと、俺はおっさんとヒュンケルを連れてそれぞれ
そして、2筋の光の矢がサババの町に向かって飛んで行った。
「チウ! あっちにゴメスさんが動けないでいたから、こっちまで背負って来てくれない?」
マァムの言葉に、チウが「分かりました!」と早速駆けていく。
その側で、メルルが「あっ、ゴメさん。ありがとうございます」と、ゴメが口に咥えて持ってきた包帯を受け取る。
今サババの町は、親衛騎団に手ひどく痛めつけられた多くの負傷者が町中の至る所で治療を受けており、さながら野戦病院のような有様となっていた。
メルルが、ゴメスを背負ってこちらに駆けてくるチウを見て目を細めた。
「チウさんがとても積極的に手伝ってくれるから、私達救護班も助かっています」
「そうね。チウの事だから、1人で死の大地に先行偵察に行くかもって心配していたけれど、そんな素振りも見せないものね」
そんな会話をしつつ、軽傷者には包帯を巻き、骨折を負うなどした重症者には回復呪文をかけていたメルルが、港の方を見て「あっ……」と声を上げた。
「マァムさん! 港にパプニカの船が……!」
その声にマァムも回復呪文をかけていた負傷者から顔を上げて、笑みをこぼした。
「本当! エイミさんやバダックさんが来てくれたみたいね! パプニカの魔法兵が来てくれたら、もう大丈夫ね」
パプニカの魔法兵の半数は、回復魔法に覚えのある兵達で占められている。それに、あの船には薬草を始めとした補給物資が沢山積み込まれている事を、パプニカで補給物資の差配の手伝いをしていたメルルはよく知っており、マァム同様に顔をほころばせた。
「皆、重症者を担架に乗せてこちらに連れてきて頂戴。後、手の空いている人は船からの荷降ろしを手伝って」
レオナが周囲にいる者達にそう指示を出す事で、皆がてきぱきと動き始めた。
そんな風に皆が、自分達のやるべき事を行っている時、二筋の