転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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147話 忘れがたきサババの夏の一夜

「ほう、ここは懐かしいな……」

 

そんな事を言いながら、俺の隣を歩いていたおっさんがとある崩れた民家の前で立ち止まる。

 

ここは、サババの町の中心街から1本路地裏に入った狭い通りの一角だった。あの後、野営地に戻った俺はメルルの取り置いてくれていた食事をいただいた。そしてその後、おっさんとヒュンケルと一緒に、軽くサババの町を散策していた。

 

「おっさん、ここに何か思い出があるのか?」

 

「ふっ。俺が若かりし頃の話ゆえ、もう15年以上昔の話になるな。とある石像を、厳重に封印された部屋から運搬する仕事を受けた事があってな。あの時は地下から潜入したが、おそらくここがその場所だろう」

 

地下から潜入して石像を運び出す……。それって、運搬する仕事、と言うより、盗み出したって言わないのかな? まあ、昔の話のようだから、あまり詳しく触れない方が良さそうだ。時効だ、時効。

 

「……ふーん。どんな石像か興味があるけど、まあいいや。そんな事より、おっさんって若い頃があったんだ。俺、おっさんは産まれた時からおっさんだと思ってたよ」

 

「そんな訳があるか!」と、俺の背中をその大きな掌でぶっ叩くおっさん。

 

「げ、げほッ! い、痛いよ! 少しは加減してくれよな!」

 

涙目になりながらおっさんに訴える俺を、ヒュンケルは呆れた表情で見つめる。

 

「それより、そろそろ戻らないと、マァムあたりがうるさいのではないか?」

 

「大丈夫、大丈夫。ほら、向こうの方が賑やかじゃないか。俺、こんな雰囲気初めてだからもう少し夜風に当たってから帰るよ。なんなら、2人は先に戻っていてくれてもいいぜ?」

 

「そうはいかん。お前は、キルバーンに命を狙われている。単独行動は控えるべきだ」

 

「がっはっは、そういう事だ。マァムとメルルにも、お前の側を離れぬよう頼まれているからな」

 

……なるほど。俺が食後に散歩に行くと言ったら、メルルがおっさんに何かを頼んでいたようだったが、それだったか。ちなみにマァムは例の件が気恥ずかしかったのか、食事の間も食後も俺とまともに目を合わせようとしなかった。

 

「そっか。じゃあ、もう少し足を伸ばして中心街に行ってみよう」

 

その後、初めて見る町を中心部に向かって3人で歩いていると、徐々にいくつかのグループに分かれて焚き火を囲んでいる集団がチラホラと目に入るようになってきた。その集団は大体5、6人ぐらいずつの集まりで、戦士や弓使い、魔法使い、僧侶と言ったバラエティに富んだ面々だった。

 

「この辺りには、冒険者の集団が多いようだな」ヒュンケルが、焚き火を囲んで楽しそうに仲間内で談笑しているグループを見て、口を開く。

 

「ふむ。昼間は見当たらなかった所を見ると、夕刻に着いた集団かもしれんな」

 

「確か、ベンガーナ王が自国を拠点に活動している冒険者パーティーにも声をかけるって言っていたから、それじゃないかな?」

 

俺の言葉に、2人が納得したような顔をする。どこからかリュートの音色が風に乗って運ばれてくる所からすると、吟遊詩人の真似事ができる冒険者もいたりするのだろうか。何か、時々俺の名前がその旋律に含まれて流れている気がするが、気のせいだよな? ……気のせいだと思っておこう。

 

俺がそんな風に自分の耳を疑っていると、今度は疑いようなく俺の名を呼ぶ大きな声が、俺の耳朶を打った。

 

「ポップ君! 君、もしかしてポップ君じゃないか!?」

 

突然名を呼ばれた俺が驚いてその声の方向を見ると、焚き火を囲っていた1組の冒険者と思わしきパーティーの内の一人が、車座の輪の中から立ち上がり俺をまじまじと見つめていた。

 

誰だろう? 俺が自分の記憶を思い起こそうとしている間にも、その男はゆっくりと俺の前までやってきて、俺の手を取って喜びを表現する。

 

「ああ、やっぱりポップ君だ。面影があるよ! 君、ランカークスの武器屋の息子で、あの『ランカークス村の小さな賢者』だろう? 俺の事を覚えていないかい?」

 

歳は20代後半ぐらいの、髪を短く切りそろえた軽装の男性だ。……誰だろう? ランカークス村の事を知っていたり、俺の昔の二つ名を知っている所を見ると幼少期に面識があった人のようだけど。俺が困惑している様子なのを見て、目の前の人物は「覚えてないかなー?」と、俺の反応を面白がるように笑った。

 

「ほら、ランカークス村で君に氷結呪文(ヒャド)を教えたユーリカだよ! 忘れちゃったかい?」

 

……ユーリカ? あ、ああ! あの時の……! あれは、俺が6歳の時だったか。当時攻撃魔法を一つも覚えていなかった俺が、店に来た剣士の紹介で初めて攻撃魔法を覚えたんだった。

 

「覚えています! 村の宿屋で俺に魔法を教えてくれた、ユーリカさんですよね! うわー、懐かしいですね。お元気でしたか? 確か、カインさんという剣士の方と、トワさんという僧侶の方もいた……」

 

「そうそう、そのユーリカだよ! いやー、久しぶりだね。もう10年近く前になるよね? まさかあの時は、君が『ランカークス村の小さな賢者』と呼ばれたり、『氷の賢者』と呼ばれるほどのひとかどの人物になるとは思ってもいなかったよ」

 

俺の手を握って、記憶にうっすらと残っているままの人好きのする笑顔を見せるユーリカさん。俺は後ろを振り返って、置いてけぼりにされているヒュンケルとおっさんに、ユーリカさんを紹介した。

 

 

 

「カインさんとトワさんとは、今は一緒にパーティーを組んでいないんですか?」

 

俺は焚き火の周りでこちらを見ているユーリカさんのパーティーに少し目をやって、尋ねた。

 

「ああ、カインは随分前に膝に矢を受けた事が原因で、冒険者を引退してね。今は辺境の砦で衛兵をしているよ。トワは、……」

 

ユーリカさんはそこで一度息をついて、「トワは、今は僕の妻になっているよ」と告げた。

 

「そうなんですか! おめでとうございます、ユーリカさん。じゃあ、トワさんは今回の戦いには……」

 

「ああ、彼女も参加したがっていたんだけどね、お腹に子供がいてね。泣く泣く諦めたんだよ」

 

そう照れくさそうに頭をかくユーリカさん。

 

「さあ、仲間にも紹介したいし、向こうで一緒に話さないかい? 大丈夫、皆気のいい奴らだから。そちらの2人も是非どうぞ」

 

ユーリカさんの招きで、俺達は彼のパーティーの輪に加わった。

 

 

 

「ちょっと、あんた! すごい筋肉じゃないかい。少しでいいから、あたいに触らせてよ!」

 

「む……、う、うむ。それは構わんが……」

 

大柄な戦士の出で立ちをしたイザベラという名の女性(ドラクエ3の女戦士の恰好そっくりだ!)がおっさんの二の腕を見て、目を爛々と光らせている。その積極的な食いつき具合に、珍しくおっさんがタジタジになっているのが面白い。

 

「すっげー、ガッチガチじゃないか。ちょいとあたいと力比べしてくれないか」

 

人間でないおっさんに何の偏見もない様子で、おっさんの腕にベタベタ触れるイザベラ。おっさんもその距離感に徐々に慣れてきたのか、「そういうお前こそ、人間にしてはなかなか鍛えているではないか」と、逆にイザベラの筋肉を評し始めた。

 

そのまま、「よしっ、腕相撲で勝負だっ!」と腕をまくり出したイザベラを見て、ワッハッハと陽気に笑うおっさん。ユーリカさん達に勧められて飲んだお酒のせいもあるんだろうな。俺が楽しげな様子の2人を眺めていると、ヒュンケルともう一人の女性の声が聞こえてきた。

 

「あんた、なかなか良い目をしているじゃないか。そういう目、あたしは嫌いじゃないよ。そうか、勇者一行(パーティー)と言う事は、あんたがあの『不死身のヒュンケル』だね?」

 

「……不死身かどうかは知らんが、ヒュンケルという名は間違っていないな」

 

いつもの無愛想な顔で静かに答えるヒュンケル。

 

「そうかい。あたしは、ジーナ。このパーティーの斥候を務めているんだ。これでも、『黒剣使いのジーナ』って言う通り名で、ベンガーナではそこそこ知られているんだよ」

 

ヒュンケルは、自身の右隣に座ったジーナと名乗った軽装の女性を一瞥して、呟くように口を開いた。

 

「その手のたこを見れば分かる。お前は両手使いだろう。刺突を得意としているのではないか?」

 

「へー、分かるかい。さすがだね、ヒュンケル」と、嬉しそうに切れ長の目を更に細めるジーナ。いつの間にやらヒュンケルの心の間合いにするっと入った感じのあるジーナが、ヒュンケルに笑いかけている。それに無愛想ながらも一つ一つ答えていくヒュンケル。なんだか一見、お似合いの二人のように見える。……エイミさんに知られないようにしろよ、ヒュンケル。

 

 

「ちっくしょう! 全然動かないじゃないか! 根でも生えてんじゃないのかい!?」

 

「わっはっは! なんなら、両手で挑んでもいいぞ、イザベラとやら」

 

「言ったね、クロコダイン! 後で後悔しても遅いよ!」

 

燃えるような赤毛を振り乱したイザベラが、片手で構えるおっさんに今度は両手をかけて腕相撲を挑む。こっちはこっちでずいぶんと楽しそうだ。ああ、まさかこんな風に自然におっさんとヒュンケルを受け入れられるパーティーがいるとは思わなかったな。

 

俺は、隣に座るユーリカさんに視線をやった。

 

「……ユーリカさん、良いパーティーですね」

 

「ふふふ。そう言ってくれると嬉しいよ。本当はこのメンバーに妻のトワも加えて5人パーティーなんだよ。斥候兼小剣使いのジーナ、大剣使いのイザベラ、僧侶のトワ、魔法使いの俺、そして僧侶戦士のクラウス。もうこのメンバーでやって7年になるかな、クラウス?」

 

「ああ、それぐらいになるかな。うちはトワも入れたら過半数を女性が占めていて、2トップがあんな具合だから、俺達男の立場が弱いんだよ。だから同じ男同士、よろしくねポップ君。」

 

クラウスと紹介された角刈りの体格の良い男が、俺の空になったグラスにお酒らしきものを注ぐ。彼の背後には、手の届く位置に以前マァムが使っていた物に似たハンマースピアがあるので、彼はかつてのマァムのように戦える僧侶なのかもしれない。

 

「え、ええ。いただきます。――!? ちょ、これ、ずいぶんと濃いですね!」

 

おっさんがさっきから平気な顔をして口をつけていたから分からなかったが、この注がれたお酒はずいぶんと酒精が濃かった。

 

「ああ、『巨人殺し(ジャイアントバスター)』と名付けられた俺の故郷の酒だよ。大丈夫、飲み続けるうちに癖になるから」

 

クラウスはそう言いながら、再び俺の手に持つグラスに並々とその『巨人殺し(ジャイアントバスター)』を注ぐ。ちょっ、俺、あんまり酒に強くないんだから、ほどほどにしておかないと。

 

焚き火を挟んだ反対側では、おっさんとイザベラが『今度は飲み比べで勝負だ!』とコップをかち合わせては酒をぐいぐいと飲んでいた。

 

次第に俺達の周りには、ユーリカさんのパーティーだけでなく他の冒険者達も集まってきた。どうやら俺が思っている以上に、俺達の名は広く知られていたようだ。正直、握手を求められたり、キラキラとした目で見つめられるのはこそばゆかったりするんだが、おかげで冒険者の間で広まっている噂話を色々と聞かせて貰う事が出来た。

 

根無し草のように世界を旅する冒険者ほど、世界の様々な情報が入手できる立場にあるから、実際の所これは貴重な機会だった。

 

 

 

「まあ、空を飛ぶキラーパンサーの話は眉唾だが、ベンガーナの南の砦に『氷の女王』と呼ばれる美女がいるのは確からしいぜ? 後、『悪魔神官キラー』と呼ばれる物騒な女もいると聞くがな」

 

「ああ、その話なら聞いた事があるぜ。おかげで悪魔神官がその地方から離れて各地に散ったせいで、他では悪魔神官が増えたとか何とか……」

 

……そんな、悪魔神官が民族大移動しなければならないほどの悪魔神官特化の殺戮マシンがいるのかよ。どんな女だよ。恐ろしすぎる……。絶対に近づかないようにしよう。

 

「なるほど……。その『悪魔神官キラー』はさておき、『氷の女王』と呼ばれる美女の方には是非会ってみたいですね」

 

「違いねえ、違いねえ」と、周囲の冒険者達が笑い声を上げる。

 

 

その後は皆と歓談したり流行りの歌を聞いたりして過ごしていたが、ある冒険者が『決戦前に互いの力量を確認しておく必要がある』と言いだし、なし崩し的に全員強制参加の取組合(まあ、前世でいう所の相撲のようなものだ)が始まった。

 

今俺の目の前では、おっさんと、ロモスで知り合いになったゴメスが取っ組み合いをしている。ゴメスは昼間の戦いでそれなりに負傷を負っていたはずなのに、元気な事だ。その2人が取っ組み合いをしている舞台の上で「はっけよい、はっけよい!」と、行司的な事をしているのは、いつの間にか混ざっていたチウだった。

 

ちなみに全員強制参加という事は、当然俺も無理やり背中を押される形で参加させられたわけだが、今こうしてのんびりとおっさん達の取組合を見ているという事は、そういう事だ……。まあ、こんな腕力勝負の取っ組み合いに魔術師の俺が出る幕なんてあるわけがない。たとえ俺を投げ飛ばしたのが、女性だとしてもだ。……良いんだよ、日本人は相手に花を持たせる文化があるんだから。

 

「飲んでいますか、ポップさん!」

 

おっと、突然俺の隣に髪をポニーテールに纏めた褐色の肌の女性が座ってきた。この子は取組合が始まる前に少しだけ話した子だったな。名前は確か、レティだったか。歳は俺より1つ下だけど、冒険者歴僅か2年でもう頭角を現し始めている、とある冒険者パーティーの魔法使いとの触れ込みだった。

 

この娘は、向日葵のように良い笑顔で笑いかけてくれる子で、話していると俺も思わず顔がほころぶ。

 

「うん、いただいているよ。しかし、すごい雰囲気だね」

 

俺は視線を、ゴメスを地面に叩きつけて13連勝を飾って雄たけびを上げているおっさんに向けた。取組の様子を固唾を飲んで見守っていた他の冒険者の歓声が凄い。もうおっさんが、完全になじんでるんだけど。この戦いが終わったら、おっさんどこかの冒険者パーティーにスカウトされるんじゃないのか?

 

「うふふ。こういう合同任務のような時に、互いの力を確認したり連携を深めたりするためにてっとり早く取組合をするのは、冒険者仲間ではよくある事なんですよ。ポップさんは、あまりこういう経験は無いんですか?」

 

「そうだね。俺は冒険者じゃなくて、アバン先生の弟子として修行の旅をしていたからね。今回みたいに、他の冒険者と一緒に何かしたりする機会は少なかったから初めて見るよ。でも、確かに交流を深めるには良い風習のようだね」

 

実際、おっさんはどこの誰とも知らない冒険者と肩を組みながら楽しそうに酒をグビグビと飲んでいるし、ヒュンケルですらジーナを始めとする冒険者(全員女性だな。イケメンめ!)に囲まれて朴訥としながらも言葉を交わしている。ヒュンケルにしては非常に珍しい事だ。

 

「そうなんですけど、魔法使いにとってはちょっと不利な風習ですよね。さっき背中から落ちていたみたいでしたけど、怪我はしていませんか?」

 

あ、見られていたのか……。さっきの、女性戦士に足をスパッと狩られて、背中から地面に叩きつけられた無様な俺の姿を。

 

「だ、大丈夫だよ。自分で回復魔法をかけておいたから。情けない所を見られちゃって、恥ずかしいな」

 

「そんな事ありませんよ! ポップさんが魔法を使ったら、この場にいる誰よりも強い事は、皆が知っていますから! 私、同じ魔法使いとして、『氷の賢者』の二つ名で呼ばれているポップさんにずっと会って見たいって思っていたんです。だから、こうしている今も夢みたいなんですよ。ほら、触ってみてください。ドキドキしているでしょう?」

 

レティはそう言って俺の手をそっと取り、自分の胸に俺の手を誘った。ちょっ、えっ、これって有りなの? それとも、冒険者だったらこれぐらいのスキンシップは普通なんだろうか。

 

俺の動揺を余所に、レティは上目づかいで「ほら、ドキドキしているでしょう?」と吐息と共に呟く。

 

「そ、そうだね。本当だ。は、はは。俺の方がドキドキしてきたよ」

 

赤面している事を自覚している俺はそう言って手を引こうとするが、レティは俺の手を握ったまま離さない。

 

「……レ、レティ?」

 

「あの、ポップさん。私、最近手相占いに凝っているんですよ? 良かったら私に占わせていただけませんか?」

 

「え? あ、そ、そうなんだ。それじゃあ、お願いしようかな」

 

「はい、任せてください!」

 

輝くような笑顔を俺に向けたかと思うと、俺の右手を握りしめ真剣な表情で見つめるレティ。待つことしばし。レティが、おもむろに「……全てまるっと見通しました」と、満足した表情で顔を上げた

 

「 ……ど、どうだった?(ま、まるっと?)」

 

俺は、明日の決戦を前に不吉な結果が出ていたら嫌だなと思いながら尋ねてみる。

 

「はい。まず、ポップさんには運命の出会いが近いうちに、いえ、本日にも訪れる事でしょう」

 

「本日!? 随分と急で、具体的な話だね……?」

 

「はい、急です。ですがこれはもう確実なんです。もしかするとその相手は、ポップさんと同じ魔法使いかもしれません。今は気が付かないかもしれませんが、後で思い返してみてください。きっと、あの時の女性が運命の人だったと気が付く事でしょう。

ほら、見てください。人差し指と親指の間に伸びている線があるでしょう? これが運命線と言って、今まさにポップさんの目の前に運命の女性が現れている事を現わして――」

 

「……おかしいですね? 運命線でしたら、中指から伸びている線の事ですよ? それではありません」

 

「「え?」」

 

突然背後から俺とレティにかけられた言葉に、俺達は2人そろって振り返る。そこには、いつからいたのかニコっと笑みを浮かべたメルルがいた。

 

「げっ!? ま、まさか、……『神託の巫女』メルル?」

 

「メ、メルル……。ど、どうしたの、こんな所に?」

 

レティが何故か顔をひきつらせるが、俺も同じく顔をひきつらせていた。何故なら、俺には分かっていたからだ。ニコニコと笑顔を振りまいていても分かる。今のメルルは、相当なお怒りモードだ……。

 

「ふふふ。ポップさん達の帰りがあんまり遅いから、心配になって探しに来ちゃいました。それより、こちらの女性に手相を見て貰っていたんですね(……手相占いなら私だって出来るのに、わざわざこちらの女性に)」

 

ちょっ、今、ボソッと副音声が聞こえた気がするんだが……。俺のこめかみから、汗がたらりと垂れる。

 

「……でも、おかしいですね。私の見立てでは、ポップさんはもうとっくに運命の女性と出会っているはずなんですが。決して、今夜初めて出会った方が運命の人、何てことは無いはずです。あれ……? 失礼ですが、あなたの生命線、20代……」

 

レティの手の平を覗き込んでそんな事を言っていたメルルから、レティが勢いよく手を引き戻しバッと立ち上がる。そして焦ったように口を開いた。

 

「あ、あははは……。あっ、私急用を思い出しちゃった! ポップさん、また今度ね! ばーい!」

 

「ば、ばーい。――!? い、痛たたた……! メ、メルル、痛いよ!?」

 

転がるようにその場を立ち去って行ったレティを呆然と見送っていたら、突然メルルにギュッとわき腹をつねられ、俺は思わずうめき声をあげた。

 

「知りません! もう、どうしてポップさんはそう警戒心が無いんですか!」

 

「警戒? 警戒はちゃんとしているよ? 『死の大地』から魔王軍が来襲してもすぐに分かる様に――!? い、痛いってば! 何でッ!?」

 

つねるだけでは怒りが収まらなかったのか、「その警戒ではありません!」と俺の頭をポカポカとたたき始めるメルル。思わず頭を押さえる俺の耳に、マァムの声が聞こえてきた。

 

「こら、チウ! ポップ達を探しに行ったはずのあなたまで一緒になって、一体何をしているのよ!? クロコダインもクロコダインよ! ポップの事を見ていてって頼んでいたでしょう!?」

 

「ご、ごめんなさい、マァムさん! 皆が楽しそうな事をやっていたので、つい!」

 

「む、むう……。面目ない、マァム。思いの他、気の良い連中ばかりでつい熱が入ってしまった」

 

「まあまあ。嬢ちゃん、あんた『霊長類最強の女』だろう? どうだ、俺と夜の取組合いでも――」

 

「――しないわよ! それと、その名前で呼ばないで下さい!」

 

赤ら顔で無遠慮にマァムの肩を抱いてきた冒険者の男を、マァムはくるっと一回転させて背中から地面にたたき付ける。「おー、優勝候補の登場だ」と、楽しそうに拍手と口笛ではやし立てる周囲の冒険者達。そんな声に混じって、どこからかエイミさんの声も聞こえてきた。

 

「ちょっとヒュンケル! あなた、私との約束もまだ果たしていないのに、何を他の女とのんきにお食事しているのよ!」

 

「それは違う、エイミ。彼女達は、六刀流の極意を俺に聞きたいと真剣に――」

 

「2本しか腕の無い人間がどうして六刀流に興味を持つのよ!? もう、ポップ君と言い、あなたと言い、アバン様の弟子には唐変木しかいないの!? アバン様はいったいどんな教育をしていた訳!? 良いから、もう帰るわよ! あなた達も、ヒュンケルに用があるのなら、私を通しなさい! パプニカ3賢者のエイミがいつでも受けて立つわ! 良いわね!?」

 

ガルルル……とうなり声を上げる勢いでエイミさんがヒュンケルを囲っていた女性達を牽制している。何気にヒュンケルの巻き添えを喰らって俺もディスられた気がする。俺は断じて、唐変木じゃないんだけどな……。

 

「はい、はい。みなさん、もう十分交流ははかれたでしょう? これ以上は、明日の作戦に支障をきたすわ。今日はこれで解散! 良いわね?」

 

そう手をパンパンと叩きながら現れたのは、姫さんだった。まだ飲み足りない様子だった荒くれ者の冒険者達も、さすがに王族であり今回の戦士団の総元締めになっている姫さんには刃向かえないのか、まだ暴れたりなそうな顔をしつつ、一人、また一人とそれぞれの野営地に戻っていった。

 

うーん、なし崩し的に大宴会みたいになったけど、なかなか楽しかったな。強者どもが夢の跡、って感じで急に人気が引いた事でちょっとセンチな気分に浸っていると、半目をしたマァムがずずいっと俺に顔を近づけてきた。

 

「何を他人事のような顔しているのよ、あなた! メルルがあなたの帰りが遅いって心配するから、私達が探しに来る羽目になったんでしょうが!」

 

「くすくすくす。ポップさん、マァムさんはこう言っていますけど、一番心配していたのはマァムさんなんですよ」

 

「ちょっ、メルル!? あーもう、いいから、私達も帰るわよ! 何であなたはそんなに、自分が魔王軍にも、その他有象無象の連中にも狙われているっていう自覚がないのよ!? もっと警戒心を持ちなさい、警戒心を!」

 

俺が「魔王軍は分かるとして、有象無象の連中って誰だよ?」と首をかしげてマァムとメルルに問いかけると、2人はお互い顔を見合わせた後「はー……」と深いため息をついた。……? 何だろう、この処置無しとでも言いたげな呆れた表情は?

 

「ははは、女性が強いのは俺達のパーティーだけじゃなさそうだね、ポップ君」

 

頭に疑問符をたくさん浮かべていたら、ユーリカさんが気安く笑いかけてきた。同時にクラウスさん、イザベラ、ジーナも口々にお別れの言葉をかけてくれる。

 

「それじゃあ、ポップ君。今日の続きは祝勝会で! クロコダインさんもヒュンケルさんも、是非また一緒に飲みましょう」

 

「クロコダイン! 次はあたいの故郷の酒で勝負だからな! 逃げんじゃねえぞ!」

 

「ヒュンケル、今度あんたの剣技を見せてくれよな!」

 

その言葉に俺達は手を振りながら、帰路についた。

 

 

 

後年、俺はこの日の事を回顧する。後に、大魔王戦役と呼ばれる事になるこの一連の魔王軍との戦いの日々において、これほど穏やかな気持ちで夜を過ごせたのは、思えばこの日が最後だったと……。この日、サババの港町で出会った多くの兵士や冒険者達。この日より後、彼らと誰一人欠ける事なく再び邂逅できる夜は、二度と訪れなかった。

 

だけど俺は覚えている。彼らは皆、ただ一人の例外なく気高き志を持った勇者達だったという事を。彼らは決して聖人君子などでは無かっただろう。だけど、彼らが強大な魔王軍に対抗する強い勇気の持ち主であった事だけは、誰にも否定させない。

 

彼らと酒を酌み交わし、力を確かめ合い、肩を組んで歌い笑いあったサババの町のうだるような暑い夏の夜のひと時……。闇夜にポッ、ポッと浮かぶかがり火の一つ一つがまるで地面に落ちた線香花火の最後の灯火のように見えた幻想的な光景を、俺は生涯忘れる事が無かった。

 

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