転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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149話 大賢者 乾坤一擲の秘策

~~~~大魔宮(バーンパレス) 玉座の間~~~~

 

 

死の大地の北西の海岸に上陸した各国の戦士団と、同じく死の大地の南東部に上陸した勇者一行(パーティー)の画像が、玉座の間の上部に張り付いた悪魔の目玉から送られてきていた。

 

「フッフッフ。北西に上陸した人間共は、やはり勇者一行(パーティー)の動きを隠す陽動に過ぎぬようだな」

 

「そのようですね。しかし、彼らはその狙いに我々が気づかないとでも思っているんでしょうかね? だとすれば、随分とおめでたい」

 

「……」

 

玉座の間には、豪奢な玉座にゆったりと腰を下ろしている大魔王バーンと、その左右に控えるようにして死神キルバーンと魔影参謀ミストバーンが佇んでいた。

 

「しかし、バラン君の姿が見えませんね。彼が魔宮の門の周辺を調べていたのは把握していますが、さて……?」

 

「フッ。どうやら、(ドラゴン)の親子は共闘の道を選ばなかったようだ。おそらくバランは、一人で魔宮の門を突破するつもりなのだろう。一度は死闘を繰り広げたあの親子の確執は、やはり相当根深いものがあったと見える」

 

その時、これまで沈黙していたミストバーンが疑念を口にした。

 

「しかし、いかにバランと言えど、1人であの門を破壊できるでしょうか……?」

 

「できるだろうな」

 

「……!」

 

当然のようにそう口にしたバーンに、ミストバーンがその肩を震わせて驚きを示した。

 

「フッフッフ。(ドラゴン)の騎士を侮ってはならん。ましてやバランは、冥竜王ヴェルザーすら下した男だ」

 

「確かにそうでしたね。では、あの有象無象の人間どもは地上の勇者達の陽動に過ぎず、その勇者達もバラン君の陽動に過ぎない、という事ですか。正直、いささか拍子抜けをしましたね。この展開は、勇者一行(パーティー)の司令塔である氷の賢者が関与しているはずですが、彼がいてこの程度の策しか立てられなかったとは……」

 

「フフフ。お前が買っていた男だったが、所詮はこの程度だったようだな。戦力を分断させるなど愚の骨頂。バランが魔宮の門を抜けハドラーと接触した時点で、あれを起動させるとしよう。それで、バランはもとより地上の勇者共も塵となって消えよう」

 

「……」

 

そのバーンの言葉にミストバーンが沈黙で返すが、ミストバーンのその沈黙の裏にある感情に気づいたバーンが、ミストバーンに面白そうに目を向けた。

 

「ほう……。ミストバーンが余以外の者にそれほど執着を示すとは、珍しい。よほどハドラーの生き様がお前に影響を与えたと見える」

 

「いえ、そのような事は……」と、そっと頭を下げるミストバーンを見てキルバーンが揶揄する。

 

「ウフフフ。ミスト、君がハドラー君にある種の敬意を払っているのは、先の鬼岩城でのパプニカ襲撃からも知っているよ。だが、あえて言わせてもらおう。大魔王様のお言葉は――」

 

「――すべてに優先する。キル、そのような事、お前に言われるまでも無い……!」

 

ミストバーンとキルバーンのそんなやり取りを横目で見ながら、バーンは優雅に手に持ったワインの入ったグラスを口に運んでいた。

 

 

 

 

 

~~~~死の大地 南東の海岸~~~~

 

 

「さーて、仕切り直しだ。サババの続きと行こうじゃないか。シグマ、お前の相手は分かっているだろうな」

 

「もちろんだ、ヒム。今度こそ、あの賢者のしたり顔を崩してくれる……!」

 

シグマが、己の蹄をカッカッと打ち鳴らしながら、緑衣の魔術師を睨む。しかしそのシグマの並々ならぬ決意は、直ぐに叶う事となる。

 

それは、強烈な殺気をその身に受けた緑衣の魔術師が、したり顔を崩すどころか、その鼻から大きな鼻水を垂らしながら後ずさったためだった。

 

「ひぃっ!? あ、あんなのに狙われるとは聞いとらんぞ、儂は!?」

 

「……?」

 

サババで相対した時とは異なる賢者の反応に、訝しげな視線を向けるシグマ。そんなシグマの視界を遮る様にヒュンケルが前に出て吠えた。

 

「お前達の相手は僕だ! さあ、死にたい奴からかかってこい!!」

 

「……僕……?」

 

ヒュンケルの言葉に違和感を抱いたアルビナスが僅かに首を傾げた時だった。突如彼らの頭上を大きな影が駆け抜け、一瞬太陽を遮って行った。

 

「何だ、ありゃあ!? まさか、ドラゴンか!?」

 

上空を見上げたヒムが、そう驚愕の声を上げるが、それは他の親衛騎団も同様だった。

 

「確かにドラゴンのようだったが、あれほど巨大なドラゴンが地上に上がっていたなど、聞いておらんぞ……!」とフェンブレン。

 

しかし、ヒムとフェンブレンの言葉などよりはるかに重要な言葉を、シグマが発した。

 

「いや……、――いや、そんな事より、あのドラゴンの背には、勇者達が!!」

 

「「「「――!?」」」」

 

皆がシグマの言葉に絶句する。そして、その言葉の意味にいち早く気付いたアルビナスが、目の前の勇者達をバッと振り返った。

 

「たくっ、ポップの奴め。何が倒したら、経験値ならぬお宝ざくざくのメタルスライムだっ! こんなやべえ奴らなら、最初に言っておけよなっ!」とダイ。

 

「やれやれ、若い者は時間にルーズでいかん。30秒遅れだぞ、ポップよ」とポップ。

 

「ふふふ。でも、敵とはいえちょっといい男達が揃っているわね。特にお馬さんが紳士っぽくて好みだわ」と、シグマに対してしなを作りながら秋波を送るマァム。

 

「クロコダイン……真似……難しい」と、クロコダイン。

 

「あ、あなた達はやはり……」とアルビナスが口にした途端、ヒュンケルを除く勇者一行(パーティー)の身体が白い煙に包まれる。

 

そして煙が晴れた後に現れたのは、アルビナス達にとって初めて出会う冒険者達だった。彼らを代表してダイに扮していた男が、ははっ、と胸を張る。

 

「何だよ、その残念そうな顔は! 俺らだってれっきとした勇者なんだぜ! と言っても、ニセ(もん)だけどなぁっ!! ぎゃはははっ!!」

 

煙の中から現れたのは、昨夜未明にサババに到着したでろりん一行(パーティー)だった。

 

「くっ! しまった! 彼らはまさかっ!」 アルビナスが後方を振り返る。

 

「おい、おい! 嫌な予感がしやがるぞ! 今すぐあのドラゴンを追いかけなきゃ、やべえんじゃねえか!? ――!? っと、こいつ、まだ!?」

 

ヒムが、死の大地の中央に高くそびえ立つ頂に飛び去って行ったドラゴンを指さしていた時、突然彼に斬りかかった者がいた。その攻撃を辛うじて後ろに飛びすさり躱すヒム。

 

「どこを見ている! お前達の相手は僕だと言っただろう!」

 

「ヒム! その男もあの剣士ではないぞ! サババの時とは剣筋が明らかに異なる!」

 

フェンブレンの言葉に、「あぁっ!?」と驚きの声を上げるヒム。

 

「当然だろう! 僕はあの人達程、強くない! だけど、そんな僕でもやれる事があるんだ!」

 

ヒュンケルがそう叫んだ時、彼の身体も白い煙が包み込んだ。煙が晴れた後、現れたのは漆黒の鎧を纏った一人の剣士だった。

 

「僕の名はノヴァ!! お前達と対峙するために集った勇士の1人 ノヴァだ!!」

 

「何だとぉっ! てめえ……!」とそのノヴァに正対するヒムだったが、彼を制止する声が後方より飛んだ。

 

「ヒムッ! 今はあのドラゴンの後を追うのが先決です! その者達は放っておきなさい!」

 

ノヴァと対峙しているヒムに対して、後方からアルビナスが叫ぶ。アルビナスの顏には焦燥の感情が隠しようも無く浮かんでいた。既にブロック、フェンブレン、シグマもアルビナス同様飛翔呪文(トベルーラ)を唱えて宙に浮いている。

 

ヒムは後方の仲間達を振り返り、「分かっているよ!」と返事を返し、彼らに続いて宙に浮いた。

 

「逃がすかっ!」と、そのヒムを追って飛翔呪文(トベルーラ)を唱える素振りをするノヴァを、でろりん達が必死で抑える。

 

「馬鹿っ! 俺達の仕事はここまでだ! 早くこの大陸からずらかるぞ!」

 

「そうじゃ、そうじゃ! 早う沖合まで出んと、回収されずじまいになるではないか! へろへろ、こやつを引っ張っていけ!」

 

「分かった……。ノヴァ、行くぞ……」と、へろへろがまぞっほに返事を返し、ノヴァをそのたくましい腕に抱えて海岸に乗り捨てている小舟まで走り始めた。

 

「わっ!? わ、分かりました! 分かりましたから、下ろしてください、へろへろさん!」

 

「駄目よ、ノヴァ! あんたってば、病み上がりの癖に無茶しすぎなのよ!」と、ずるぼんがノヴァに声を掛けながら、並行して駆けだす。

 

そして彼らは小舟に取りついて、全速力で死の大地から離れ始めるのだった。

 

 

 

 

 

~~~~大魔宮(バーンパレス) 玉座の間~~~~

 

 

「ドラゴン……。何故、今あれほどの個体がここへ……」と、ミストバーンが独白する様に言葉を発した。

 

死の大地の上空に突如として巨大なドラゴンが出現した事は、ここ玉座の間でも直ぐに知る所となった。大魔王バーンを含めた皆が、悪魔の目玉に遠目に映るドラゴンから目を離せずにいた。

そのドラゴンの翼を広げた大きさは、優に20mを超えている。全身は艶やかな白銀の鱗で覆われており、今その鱗は太陽の光を全身に浴びて黄金色に輝いていた。

 

「すごい大きさのドラゴンだね。あんなドラゴンがどこから……」と、キルバーンの背後に浮かぶピロロが感嘆の声を漏らすと、キルバーンも幾分呆然とした様子で言葉を発した。

 

「しかし、超竜軍団はバラン君の離反によって解散したはず。まさか、バラン君が呼び寄せた……?」

 

キルバーンのその疑問に誰も返事を返すことが出来なかった。それほどこの事態は、彼らにとっても想像の範疇を超える異常事態だった。

 

その時、大魔王バーンが玉座のひじ掛けを強く手で握りしめ、天井を見上げて口を開いた。

 

聖母竜(マザードラゴン)がこの戦いに関与を……? いや、まさか……!!」

 

それは、ここ数十年、いや、数百年と言っても良い程に誰もが久しく目にした事の無かった、大魔王バーンの驚愕の表情だった。

 

 

 

 

 

高度を下げ分厚い雲を抜けると、目の前に岩山と岩しか存在しない荒れた大地、すなわち『死の大地』が突然姿を現した。俺達の乗ったドラゴンは、そのまま一切のスピードを落とす事無く、死の大地の上空を滑空する。

 

「ポップ、海岸線で親衛騎団達がいたのが見えたわ! もちろんシグマもよ!」

 

背後からのマァムの言葉に、俺は頷きで返す。

 

「おい、クロコダイン! その絨毯の外に足を踏み出すな! 刺し殺すぞ、貴様!」

 

「分かった、分かった! 少し下の様子を覗いていただけだ! そう目くじらを立てるな、ラーハルト!」

 

「ポップ、バウスン将軍達もこちらを確認したようだ。死の大地からの撤退を開始している」

 

そのヒュンケルの言葉にも、俺は頷きを返す。俺は今、呪文の発動のために極限まで集中していた。

 

「ポップ、目の前に死の大地の頂が! やった、ポップの作戦通りだ!」

 

いいや、まだだぜ、ダイ。本番はこれからだ! 呪文の合成を終えた俺は、ドラゴンの首元から眼下の景色に目を走らせた。

 

ああ、ダイの言葉の通り、確かにここは死の大地の中心点だ。今、ドラゴンは死の大地で最も高い頂の周囲を、大きく広げた翼で風を切りながらぐるりと旋回している。

 

よしっ、何は無くともまずは挨拶からだ! 俺は鼻から大きく息を吸い込み、この死の大地の地中深くにいるであろう大魔王達に届けとばかりに大声を張り上げた。

 

「ははっ、大魔王さん! 高い所からこーんにーちわーッッ!!!

 

返事は返ってこない。だが、大魔王からでは無く、俺の肩に乗って地上をじぃっと見つめていたゴメが「ピピィッ!!」と凛々しい声を上げて、死の大地の一点を翼で指し示した。直後、手の中に構えた万物を虚空へと誘う消滅の矢をギリリッと引き絞る俺。

 

「さあ、これが開戦の号砲だ!! 喰らいなっ! ――極大消滅呪文(メドローア)!!!」

 

 

ズガァァァァーーーーン!!!

 

 

俺の手から放たれた消滅の矢が、ゴメが指し示した死の大地の一点を上空から撃ち抜いた。眩いばかりの閃光が収まった時には、直径30mにも及ぼうかという大穴がぽっかりと死の大地に空いていた。同時に、大穴の奥から微かに聞こえる何かが爆発したような音。

 

「よっしゃあ!! 手ごたえあり! 『ワレ、奇襲に成功セリ』だぜ!! ナイススポッターだったぞ、ゴメ!」

 

「ピピッ!!」と片翼を元気に上げたゴメとハイタッチを交わす俺。そしてそのまま俺は、俺達をここまで運んできたドラゴンに対して声を張り上げた。

 

「よしっ、()()()!! あの空いた穴から大魔宮(バーンパレス)に突入だ!!」

 

「貴様、バラン様に指図をするなと言っているだろう! 身の程をしれ!!」

 

 

ラーハルトのそんな怒号を聞き流し、俺達はドラゴンに変貌したバランの背に乗って大穴の中に突っ込んで行った。

 

 

 

 

時は昨日まで遡る……。

 

 

~~~~サババの町 町長の自宅~~~~

 

『不死鳥のかがり火』が隠されていた朽ち果てた民家からサババの町まで飛んだ俺達は、目に付いた大きめの建物の中に移動していた。今、この町には世界各国からの戦士団が集結している。つまりそれは、ちょっとバランの姿を見せたくない人達もその中にはいるだろうという配慮からだった。

 

俺はヒュンケルに、ダイ達と姫さんをこの場所までこっそりと連れて来てもらうように頼む。そして、俺の要請通りほどなくして姫さんとダイ、それにマァムが人目をはばかるようにしてやってきた。

 

その場で俺達は、バランが掴んだ魔宮の門に関する情報を披露し、明日の作戦を議論し始める。俺達と同行するようにバランを説得した時は、別に俺達と一緒に戦わなくても良いという話で付いて来てもらっていたはずだが、何故かバランがダイと会った後は、なし崩し的に共闘する流れになっていた。

 

ちょっとよく分からない展開だったが、バランってもしかして昭和の頑固おやじ改めツンデレ親父になったんだろうか? ダイに、「俺達と一緒に戦ってくれるんだね!」と問いかけられると、バランが少し言いよどんだ後、そっと頷きを返したんだよな。

 

その後、思い出したかのように「大魔王を倒した後は、お前と私で雌雄を決する事に変わりは無いッ!」と、唾を飛ばしながら宣言する所なんて、『か、勘違いしないでよねッ!』というツンデレのテンプレ的言葉と重なって俺には聞こえたものだった。

 

 

 

「魔宮の門は、大魔王バーンの魔力によって閉ざされている。生半な者が向かった所で傷一つつける事も出来ぬ」

 

「うーむ、ならばやはりバランがその門へ向かうのが最も適役か。だが、いくらなんでもバラン一人では……。海中と言う悪条件もある事だし、付いていける者も限られる。ここはやはり(ドラゴン)の騎士同士、バランとダイがその魔宮の門へ向かうのでどうだ?」

 

そのおっさんの言葉に、ダイも「うん、俺なら大丈夫だよ!」と頷きを返す。そしてバランも、ダイと一緒に魔宮の門に向かう事に特に反対しなかった。

 

うーん、しかしなー。ちょっと嫌な予感がするんだよな。俺が感じている嫌な予感、それはハドラーの事だった。師匠から少し聞いたが、テランでハドラーが襲撃をかけて来た時、言葉で上手く説明できないが、ハドラーの体内に何かやばいものがある気がしたって言ってたんだよな。

 

ただの勘のようなものだから、忘れてくれても良いってその後師匠は言っていたが、百戦錬磨の師匠の勘を、額面通り『はい、そうですか』と忘れようとするほど、俺は愚かじゃないつもりだ。

 

……何かあるんだよ、ハドラーには。実際、ハドラーが魔宮の門の奥で待ち構えているのか、それとも死の大地の上で待ち構えているのかは分からない。だけど、ハドラーがどちらに現れるにしても即応できる態勢を俺達は取っておくべきだと思う。

 

そう考えた時に、確かにバランとダイのコンビは地上最強だと思うが、いかんせん戦闘能力に極振りし過ぎているとも思えるんだよな。つまり、臨機応変さが足りない。そこを補うのが、憚りながら俺なんだよ。で、逆に俺の方は戦闘能力に難がある。一部の呪文を除いて、俺はダイやバラン程に敵を圧倒するほどの攻め手を保有していない。

 

つまり、俺達は戦力を2つに分けない方が良いと思うんだよな。そこまで考えた時、俺はそもそもの大前提を疑う事を考え始めた。そうだよ、別に馬鹿正直に正面から行く必要って無いんじゃないのか?

 

俺が1人そんな事を考えていたら、ヒュンケルが「ポップの考えは?」、と尋ねて来た。皆の視線が俺に集中する。だから俺は、少し考えて口を開いた。

 

「うーん、ちょっと話を戻すような事を言ってしまうんだけど、別に無理して魔宮の門から侵入しなくても良いんじゃね?」

 

俺の言葉に、皆が目を見開いて驚きの表情を顔に浮かべる。

 

「ちょ、ちょっとポップ君。いきなり何を言っているのよ。魔宮の門が、大魔宮(バーンパレス)の入口だって情報は、バラン達が『不死鳥のかがり火』を使って入手してきた貴重な情報じゃない。それを、そこから侵入しないって、一体……」

 

「いや、ほら、ちょっと例で説明するよ。たとえば姫さんが、誰かの自宅にお呼ばれしたとしてさ、どこからその家にお伺いする?」

 

「そ、それは当然相手の自宅の玄関、つまり門からでしょう?」

 

当然じゃない、と言わんばかりで姫さんが俺のたとえ話に返事を返す。他の皆もただ頷いている。

 

「そうだな。でもそれは、姫さんがその相手のお宅で和やかにお茶する場合の話だよな。これが、相手の自宅に強盗に入る、もしくは家主をぶん殴りに行くっていう場合だったら、姫さんはどこから入るよ?」

 

姫さんに問いかけるたとえ話では無かったが、それでも姫さんは、「そ、その場合は……」と真面目に付き合ってくれた。

 

「そりゃあ、その場合は人目に付かない様に裏口からとか、窓から侵入したりとか……。――! そ、そうか。ポップ君の言いたい事って……」

 

どうやら理解してくれたようだ。俺はニマッと笑みを浮かべて皆をゆっくりと見渡して言葉を続けた。

 

「そういうこと。つまりさ、俺達は別に大魔王と仲良くお茶しに行くわけじゃなくて、殴り込みに行くわけだろう? だったら、馬鹿正直に門をノックして入れてもらう必要は無いんじゃないかって事さ」

 

俺の言葉に、なるほど、と理解を示す者がちらほら出始めるが、ラーハルトが怒気を俺に対して放った。

 

「貴様、バラン様が危険を冒してまで入手した情報を無下にするというのか……」

 

「別に無下にしたりはしないよ。バラン、お前が大魔宮(バーンパレス)の入口が海底にある魔宮の門だって事を掴んだ事は、魔王軍に知られていると思うか?」

 

「……恐らく知られているだろうな。海中までは監視の目はないだろうが、陸上で探索していた際に我々を監視する悪魔の目玉の気配を感じた」

 

「むう……。では、大魔王にも我々が魔宮の門の位置を掴んだ事は知られていると考えた方がよさそうだな。やっかいな……」と、おっさん。そんなおっさんに、俺はニマッと笑みを浮かべて返す。

 

「いや、逆だよ、おっさん。知られている方が俺達にとって好都合さ」と言った俺の言葉に、おっさんだけでなく皆が首を傾げる。だから俺は更に言葉を続けた。

 

「バランが大魔宮(バーンパレス)の入口を掴んだと向こうさんが知っているのなら、当然向こうはその入口から俺達が侵入してくると考えるだろう。敵の戦力だって門の先に集中する事になる。そこで、俺達が別の侵入口から入り込んだら……」

 

「なるほど……! 逆に魔王軍の意表をつけると言う事だな!」

 

おっさんが手を拳で打って俺の言葉に納得の表情を浮かべた。だが、バランがそれに冷や水を浴びせる。

 

「待て。お前の言葉には矛盾がある。私は、大魔宮(バーンパレス)の入口が他にないからこそ門の場所を探したのだ。門以外に侵入する手段があったのなら、最初から門を探したりはしない」

 

ふふふ。頭が固いぜ、バラン。

 

大魔宮(バーンパレス)への入口が魔宮の門しかないのなら、他に作ればいいんだよ」

 

「他に作るだと……?」

 

「そうそう。またたとえ話になるが、姫さんが相手の家主をぶん殴りに行きたい時に、裏口も窓も無かったとしたらどうするよ? 姫さんの事だから、きっと壁をぶち破って家に侵入するだろう?」

 

「しないわよ!」と、顔を真っ赤にして抗議する姫さんを無視して、俺は言葉を続ける。

 

「そこで俺の出番だ。バランは忘れたのか? 俺がテランで、お前が放つ寸前だった竜闘気砲呪文(ドルオーラ)と対峙した呪文の事を」

 

竜闘気砲呪文(ドルオーラ)と聞いて、ダイもろとも放とうとしていたあの時の自分を思い出したのか、眉間に皺を寄せたバラン。しかし、それでもあの時対峙した俺の呪文は強く印象に残っていたのだろう。

 

「なるほど……、あの呪文か。ふむ……あれなら確かに大魔宮(バーンパレス)までの入口を作り出せるかもしれぬ。だが、どうやってあれを撃つ? 死の大地の中枢まで行かねば思惑通りにならぬだろうし、仮にお前が飛翔呪文(トベルーラ)で行ったとしても、そのお前に付いていけるのは私とディーノくらいだろう。その他の戦士が残される事を考えると、戦力の分散に繋がるのではないか?」

 

くくく。良い質問だ。俺はバランのその問いかけにニヤッと笑みを浮かべた。バランがその俺の笑みに若干引いたように身体を逸らした。

 

「ふっふっふ。諦めろ、バラン。こいつがこのような表情をした時は、何かろくでもない事を考えている時だ」

 

「そうだ。俺達と共闘する事を承諾した以上、こいつの突飛な発想には嫌でも付き合わねばならん。テランでも身を持って経験済みだろう?」

 

かつての同僚達のそんな言葉に、バランは心底共闘を承諾した事を後悔するような表情を浮かべた。ろくでもない事とか、嫌でも付き合わねばならんとか酷い事を言いやがる。だけど駄目だぜ、バラン。もうお前はロックオン済みなんだ。逃がさねえよ。

 

俺の背後でマァムとダイが額を抑えて深いため息をついている気がしたが、俺はそんな事には構わずバランに問いかける。

 

「なあ、バラン。ときに、火竜変化呪文(ドラゴラム)は習得しているか?」

 

火竜変化呪文(ドラゴラム)だと? あの呪文が、先ほどまでの話と何か関係があるのか?」

 

「ふふふ。もちのろんさ。ああ、別に習得していなくても構わないぜ。俺はあの呪文は契約出来ていないが、術式はアバン先生から教えてもらっているんだ。お前が習得していないのなら、俺が契約の手ほどきをしてやるよ。

 まさか、真の(ドラゴン)の騎士が(ドラゴン)に変化する呪文を習得できないなんて事は、……ないよな?」

 

うふふふ。そんな馬鹿な話は無いよな? (ドラゴン)の騎士の誇りにかけて、火竜変化呪文(ドラゴラム)は覚えてもらうぞ、バラン。

 

かくして俺達の作戦は決定した。バランは最後に天井を見上げて長い間、本当に長い間瞑目した後、大きく息を吐いて観念したように同意した。最後までうるさかったのはラーハルトだ。

 

「バラン様の背に土足で上がるような作戦など、認められるか!」

「ああ、姫さん。どっかから、高級な敷物か、大きめの絨毯を手配して来てくれないかな。それをドラゴンに変化したバランの背に敷くから」

「分かったわ! 任せて頂戴!」

 

「そもそも、バラン様の背に乗るなどと言う不敬がありえんと言っている!」

「だったら、お前だけは泳いで来いよ。それに、ダイだって乗るんだぞ。これまで10年以上ダイをほったらかしにして、背中におぶったりもしていないんだ。そのツケが今来ているんだよ、バランには」

「ぬっ! くっ、ディーノ様はまだしもお前達まで乗るなど――」

「大丈夫、大丈夫。パーティーってのは家族のようなものなんだから、ダイの家族は俺達の家族も同然さ」

「そんなわけがあるか!」

「ラーハルト、もうよした方が良いわ。こうなったポップは誰にも止められないわ」

 

 

とまあこんな次第でラーハルトが最後までうるさかったが、肝心のバランが同意してくれたから最後には折れてくれた。

 

後は、極大消滅呪文(メドローア)を反射する鏡を持っているシグマを含む親衛騎団が死の大地の上にいたら邪魔だな。あいつらを死の大地の中枢から引き離すために、冒険者から何人か勇士を募って俺達に扮して死の大地に上陸してもらおう。それなりに危険な役目だが、時間さえぴったり合わせたら直接矛を交える事もないだろう。俺が極大消滅呪文(メドローア)を放つ瞬間だけ遠ざけてくれていれば良いんだから。

 

 

よしっ。見ていろよ、大魔王! 明日はお前の度肝をぬいてやるからな!

 

 

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side バラン

 

 

パプニカの王女に続いて部屋に入ってきたディーノは、私の姿を見て大きく目を見開いた。

 

「……バラン……。どうしてここに……?」

 

ディーノから投げかけられたその問いかけに、私は思わず声を詰まらせていた。私は、ディーノの友人である賢者に、ソアラの事をディーノに語ってやって欲しいと頼まれてここに来ていた。だが、私は何故かそれをそのままディーノに告げる事が出来なかった。そうではない……。私はもう一度息子と言葉を交わしたかったのだ。

 

その思いをディーノに悟られる事を嫌った私は、はぐらかすように別の事を口にする。

 

「ディーノ。それがお前の新しい剣か?」

 

私がディーノが肩に背負っている剣に視線を投げかけてそう問いかけると、ディーノはうん、と頷き背中の剣を鞘ごと引き抜いた。

 

「これ、ダイの剣って名前にしたんだ。皆が力を貸してくれたおかげでこれが完成したんだよ」

 

ディーノはそう言って、息子の名を冠した剣をその両手に乗せて、私に掲げるように見せる。抜刀しなくても分かる。この剣は、私の真魔剛竜剣にもひけを取らない剣だ。神が作ったと言う真魔剛竜剣ではなく、皆が力を貸してくれたおかげで完成した剣か……。不意に私は、この子らしいと感じた。

 

私のそんな思いとはうらはらに、ディーノは「ただ、この剣って、抜く必要が無い時には抜かせてくれないんだ。我が儘だよね」と、恥ずかしそうに笑っている。

 

「そうか……」 そんな無邪気な息子の笑みに、知らず私も頬が緩んでいた。どうやら、この子の保護者は人間だけではないようだ。

 

「それで、バランは――」

 

「ダイ……」

 

ディーノと共にこの部屋にやってきていた女武闘家、確か名はマァムと言ったか。その少女はディーノの言葉を遮り、何やらディーノに耳打ちをする。……? 何故かディーノは、眉間に皺を寄せてうーん、と悩む素振りをし始めた。

 

「ほら、ダイ」と、見かねたようにその少女がディーノを促すと、僅かに顔を赤らめて私を横目でチラチラと見ていたディーノが、意を決したように私に向き合った。

 

「えっと、と、……父さん、もうあの時の怪我は治ったの?」

 

――!

 

父さん……。今、ディーノは私を父さんと、父と呼んだのか……? その言葉を耳にした瞬間、私は知らず身体を硬直させていた。

 

「バラン様……?」と、私の様子を訝しんだラーハルトの声でどうにか心を静める私。

 

「あ、ああ。(ドラゴン)の騎士には、傷ついた身体を癒やすための祠がある。そこで既に身体は癒やしている」

 

……この戦いが終われば、ディーノにもその場所を伝えておかねばならないな。

 

「そっか。それなら良かった。それで、今日はどうしてここに? もしかして、俺達と一緒に戦ってくれるの?」

 

その言葉に、思わず否定の言葉が喉までこみ上げた。しかし、その言葉を発する前に、私を見つめるディーノのソアラによく似た透き通るような青い瞳を目にした私は、そんな思いとは裏腹の言葉を思わず発してしまっていた。

 

「……ああ、そのつもりだ」

 

その言葉に、ディーノの親友ばかりか、私の忠実な配下であるラーハルトまで驚きに目を見開いて私を見つめていた。何故かその瞬間、私の耳にかつてよく耳にしていた女性の(クスクスクス)という笑い声がどこからか聞こえてきた気がした。

 

 

 

私は、目の前の男の言葉にただただ呆れていた。まさかこの私に火竜変化呪文(ドラゴラム)の呪文を覚えさせ、その上でその背に乗って大魔宮(バーンパレス)に突入しようなどと。賭けても良い。そのような発想、地上界と魔界を合わせても、この男以外誰一人として思い浮かばぬだろう。それがたとえ大魔王バーンだとしてもだ。

 

ラーハルトはその戦略を聞いた途端に、目をつり上げてあの男に詰め寄っている。確かに、人間が(ドラゴン)の騎士を足代わりにするなど、許される事では無い。だが、……。

 

「バランはどう思う? 俺の考えは検討にも値しないか……?」

 

血相を変えて詰め寄るラーハルトをやり過ごし、男が私に静かに問いかける。検討にも値しない……。いや、そのような事は無い。これが大魔王の想像の範疇を超える妙手で有る事は疑いようも無い。

 

この男……。ディーノの親友であり、勇者一行(パーティー)の知恵袋。人間の身でありながら、(ドラゴン)の騎士である私を最も死地に追い込んだと言える男、……ポップと言ったか。

私は認めざるを得なかった。この男の働きかけがあった事で、私は今このように望外の刻を得ていると言う事を。

 

「……お前には借りがあったな。一度だ。それに免じて、一度だけはお前の言葉に従おう」

 

「借り? テランでの戦いの事を言っているのか? あれはお互いもう水に流そうぜ」

 

違う……。私がこの男に感じている借りは、水に流せるような物では決して無い。

 

「バ、バラン様……。よろしいのですか? このような作戦、(ドラゴン)の騎士であるバラン様に対して余りに不敬が過ぎるのでは……」

 

ラーハルトが、そう驚きの声を上げるが、私はもう決心していた。

 

「構わぬ。一度彼らと共闘すると言ったのだ。彼らのやり方に合わせる事も必要だろう」

 

「はは、ありがとうよ。それで、火竜変化呪文(ドラゴラム)は覚えていないって事で良いんだよな? 時間が無いから早速始めたいんだけど、まさか自信が無いなんて言わないよな? ちなみに、アバン先生は契約出来ていたぜ?」

 

「誰に物を言っている……? 確かに火竜変化呪文(ドラゴラム)は覚えていないが、今まではただ必要が無かったため、習得していなかっただけだ」

 

私を挑発するような不遜な物言いに、私は即座に返事を返す。

 

そして私は、その場で火竜変化呪文(ドラゴラム)を習得した。

 

 

 

「では、作戦の決行は明日早朝だな。……行くぞ、ラーハルト」

 

ハッと、返事を返すラーハルトを従えて、私は部屋を出ようときびすを返した。しかし、私の肩に背後から手を置く男がいた。ポップだった。

 

「ちょい待ち、バラン。お前、忘れてんじゃ無いだろうな?」

 

「何の事だ……? 火竜変化呪文(ドラゴラム)は契約した。作戦も理解している。もはや用はないだろう」

 

私の言葉に、ポップは肩を竦めてヤレヤレと言いたげに息をつく。

 

「お前、最初の目的を忘れているだろう。俺がお前に頼んだのは、ダイにソアラさんの事を色々と教えてあげて欲しいってやつだっただろう?」

 

その言葉に、私は僅かにたじろいだ。そうだ、確かに私がここまで付いてきたのはそれが理由だった。

 

ニヤッと笑みを浮かべたポップは、更に続ける。

 

「もうすぐ夕餉の時間になるんだ。食事でもしながら、ゆっくり親子水入らずで語り合えよ。場所は俺がセットするから。……な?」

 

ソアラの名を聞いたディーノが、私に何かを期待するかのような目を向ける。その目を見た私に断るという選択肢は存在しなかった。

 

 

 

火竜変化呪文(ドラゴラム)を唱えた私の身体が、周囲の木々の背丈を超えるほどの大きさまで膨れ上がる。サババから少し離れた場所にある森の中。木々に止まっていた鳥が突然の事にバタバタと飛び立つ。

私の足下では、ラーハルトとディーノ達、それにパプニカの王女がこちらをあっけにとられたかのように見上げていた。

 

「すごいわね……。銀色の鱗だからか、全身オリハルコンみたい。綺麗だわ」 

 

パプニカの王女が私を見上げてそう呟くように発した。

 

「ええ、本当。それにこんなに大きくなるなんて。アバン先生が火竜変化呪文(ドラゴラム)を唱えた時もこんな風だったの、ポップ?」

 

「いやー、修行中に一度アバン先生が見せてくれた事があるけど、それより一回りほど大きいよ。さすが(ドラゴン)の騎士。大したもんだ」

 

「ねえ、ポップ。今度俺にも火竜変化呪文(ドラゴラム)を教えてよ。父さんが使えるなら、俺にも使えるよね!」

 

ディーノが私をキラキラした目で見上げたかと思うと、ポップにそう鼻息荒く詰め寄る。

 

「うーん、使えるかも知れないけど、ダイが唱えてもドラゴンキッズくらいのサイズになっちゃうんじゃ無いか?」

 

「ぷっ。良いわね、それ。とってもかわいいわよ、ダイ君!」

 

「ピィ、ピィ♪」

 

「がっはっは。そのサイズでは流石に背中には乗れんな」

 

「何だよ、それッ!」

 

仲間達に笑われて憤慨しているディーノが目に入る。ふっ、やはりディーノはソアラに似ている。ソアラも太陽のような女性で皆に慕われていた。

 

「おい、そんな事よりもバラン様の背中に敷く敷物は用意したんだろうな?」

 

ラーハルトが、何よりもそれが大事と言わんばかりに彼らに問いかける。

 

「ええ、もちろんよ。ヒュンケル、それを開いてくれる?」

 

ヒュンケルが手に抱えていた敷物をその場で広げた。それは艶のあるビロードのような赤毛の絨毯だった。その絨毯の表面に描かれていた刺繍は……。

 

「どうかしら? 縫製大国パプニカの威信にかけて、腕に覚えのある兵士をかき集めて、一晩で仕上げさせて貰ったわよ!」

 

パプニカの王女がそう言って胸を張る。

 

「おー、これは凄い。『ジェバンニが一晩でやってくれた』を地でいったな」

 

ポップがその刺繍をまじまじと見つめて、そう感嘆の声を漏らす。

 

「誰よ、ジェバンニって? でも、どうかしらラーハルトさん。あなたもこれなら文句は無いでしょう?」

 

「う、うむ……。これなら、まあ良いだろう。だが、この刺繍の上に土足で乗る事など許されぬ! この上に更に敷物を――」

 

「――きりがねえよ!」

 

ラーハルトとポップがそんなやりとりをしている様子を私は高所から見つめていた。彼らの隣には広げられた絨毯が置かれている。

 

 

 

その絨毯の中央には、我々(ドラゴン)の騎士の象徴である(ドラゴン)の紋章が、くっきりと刺繍されていた。

 

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