俺がエウレカの里で修行を始めて、もうすぐ4年が過ぎようとしていた。俺は10歳になっていて、今は10の月だ。
この間、かなりの数の魔法をエウレカの里の皆から教わった。最近はもっぱら、自分で新しい魔法を開発したり、教わった魔法の発動時間を短縮したりと言った工夫を行い、日々を過ごしていた。
現時点で俺が習得している魔法は、
攻撃魔法:火炎呪文(メラ、メラミ)、氷系呪文(ヒャド、ヒャダルコ、ヒャダイン)
閃熱呪文(ギラ、ベギラマ)、爆裂呪文(イオ、イオラ)
真空呪文(バギ、バギマ)、ザキ、メガンテ
回復魔法:ホイミ、ベホイミ、ベホマ、キアリー、キアリク
補助魔法:スカラ、スクルト、ピオリム、ラリホー、トヘロス、インパス、マヌーサ、
マホトーン、ザメハ、レミーラ
オリジナル呪文:ウォーター(水を発生させる)
パキ(突風を発生させる)
ファイヤーウォール(炎の壁を発生させる)
アイスウォール(氷の壁を発生させる)
ドロヌーバ(地面を泥の沼に変化させる)
トンネラー(地中内に存在する特定の鉱石を探し出し抽出する)
特殊技能:魔力圧縮
である。
回復魔法については、
後、攻撃魔法の最後に不穏な呪文があるが、これは里にいる爆弾岩のロッキーから教えてもらった。さすがにこの魔法をロッキーから教えてもらう時には、サーラさんから一言「外でやれ……」という言葉をもらってしまったが。この魔法を覚えて以来、俺が「メ……」と呟くたびに里の皆が脱兎のごとく逃げていくのが可笑しかった。
攻撃魔法は、まだそれぞれの系統の最上位魔法を覚えてはいないが、それについては、特殊技能「魔力圧縮」があるので、それほど困っていない。この技能「魔力圧縮」は教えてもらった技能ではなく、俺のオリジナルスキルだ。
以前、俺が仮定した魔法を発動する一連の行程の中にある「制御室」では、通常その内部を魔法の光跡が1回転して次の行程である「選定室」に向かっているが、それをそこにとどめ置き、2回転、3回転と複数回回転させることで、その呪文の威力が2倍、3倍と倍々式に跳ね上がることを発見し、編み出したスキルだ。
実は初めてこの技能を使ったのは、随分前にランカークス村で行ったネズミ退治の時だ。あの時俺は
今では、
後は、慣れないうちは留める分呪文の発動までに余計に時間がかかるという欠点もあるが、その欠点を補って余りある技能だ。この技能を活用することで、おそらく魔法力において圧倒的に差のある大魔王との戦いで、少しでもその差を縮めることができるといいのだが。
補助魔法もバランスよく身に付けたつもりだ。以前開発を誓った医療魔法については、まだできていない。ただ、これについては新しく覚えた補助魔法の1つ、
この魔法は、なんとベビーパンサーのパンが教えてくれた。きっかけは、勉強の合間にパンやスラリン達とかくれんぼをしていた時に、箱の中や扉の向こうに隠れた俺や他の魔物達を、パンが百発百中で発見した事からだった。いくら鼻が利くと言っても正答率が高すぎるだろうと、パンが他の魔物が隠れている箱を見つめている所をじっと観察していると、パンが何やらゴニョゴニョ呟いている事に気が付いた。
それで、パンの協力を得てその手段を確認したところ、なんと
オリジナル呪文の
あと、
くわばら、くわばら……。
固い岩盤を泥沼に変化させる
いずれにしても攻撃魔法、回復魔法それに補助魔法と全体的にバランスよく習得できたのではないだろうか。とはいえ、まだ里の皆から教わっていない魔法もまだまだある。引き続き頑張ろう。
さて、こんなことを考えながら、今俺はエウレカの里からランカークスの村に移動しているところだ。もうすぐ森を抜けられるだろう。この4年間、ほとんど毎日と言っていいほど通った道だ。もう目をつむっていても帰れると言えば言い過ぎになるが、それでも通り道に生えている木の1本1本まで覚えていられるほどにはなっている。
今日はエウレカの里での勉強が長引いたので、早く村まで帰らないと真っ暗になってしまう。俺は、いつもよりも早足で歩き、ようやく森を出ることが出来た。
後は、遠くに見える橋を渡って村に戻るだけだ。俺は橋に向かって駆けた。
「お願いじゃ。孫娘を助けてくれんか!」
俺が橋にたどり着くと、1人のおばあさんが橋の上で大声を出していた。なんだなんだ、どうしたんだ? そのおばあさんは、頭に典型的な魔法使いの象徴のようなとんがり帽子をかぶっていて、紫色のローブを羽織っている。具合が悪いのか、橋の手摺りにもたれかかるように立っていた。
「そうは言っても、もうすぐ日が落ちるのに、今から森には行けねえよ、ばあさん。……悪いな」
橋を行きかう旅人の一人が、おばあさんにそう言っていた。
「お願いじゃ、どうか、どうか……。うぅっ!」
旅人に話しかけていたおばあさんが、急に胸を押さえてうずくまった。これはいけない。
「大丈夫ですか、おばあさん? いったいどうされたんですか?」
俺はおばあさんに駆け寄り、背中をさすってあげながら、そう言った。
「……おお、ありがとうよ。じゃが、こうしてはいられんのじゃ。こうしている間にも孫娘が……」
「お孫さんがどうされたんですか? もしかして1人で森に入ったんですか?」
「ああ、そうなんじゃ。実はの……」
話を聞いてびっくりした。
どうやらおばあさんとその孫娘の2人は昨日ランカークス村に着いたらしい。聞くと旅の占い師だという。そのおばあさんの常備している薬が、今日ランカークス村の中でスリにあい、奪われてしまったらしい。
その薬は原材料となる薬草の入手が難しく、村の薬屋では在庫が無く2人で困っていたところに、旅の青年らしき人物が今の時期ならその薬の原材料が森の東部で繁茂しているので探しに行ってみてはどうかと声をかけてきたそうだ。
……うーん、この時点でその青年かなり怪しいな。もしかしてスリをした人間と共謀しているんじゃないのか?
おばあさんは、そんな場所に孫娘を行かせられないと孫娘を止めたが、孫娘の方は、おばあさんが薬が切れて苦しむ姿を見て、いてもたってもいられず森に向かったらしい。
そして、おばあさんは痛む体を鞭打ってここまで孫娘を探しに来たと。
これはまずい状況だな。話を聞く限り、その青年は人さらいじゃないのか? この世界、普通に人さらいが存在している。この村は自警団が普段から目を光らせているから、そんな話は聞かないが、だからといって全く無いわけではない。
それに間の悪いことにその自警団は、丁度一昨日から隊商の護衛のために村を離れている。やっかいな自警団がいない隙を狙って誘拐を企む悪人が村に侵入し、丁度目に付いたおばあさんと孫娘を分断し、孫娘を森まで誘い出したところで誘拐する。そんなシナリオが頭に浮かんだ。
「……話は分かりました。その孫娘さんは、僕が探してきます。もうじき暗くなりますので、おばあさんは村の教会で待っていてください。おばあさんが、このままここにいるのも危険です」
「そ、そんな……。いくらなんでも、お主のような子供にそのような真似は……」
お婆さんは、俺のような子供が孫娘を助けに行くと言ってくれるとは思ってもいなかったんだろう。さすがに俺にそんな真似はさせられないと、俺を止めた。だけど、事は一刻を争う。
「……僕が必ず探し出します。どうか僕を信じて村で待っていてください」
俺は、お婆さんにそう宣言し、右手をおばあさんの身体に少しだけ触れ、
お婆さんは、突然胸の痛みが取れたことにびっくりした様子で、自分の胸と俺の顔を交互に見て声もなく驚いている。
そして、俺の持つ不思議な力を実感した事と、他に頼れる人がいないという事に、ようやく意を決した様子で口を開いた。
「……分かった。迷惑をかけるの。お前さん、名前は何というんじゃ?」
「僕の名前はポップです。それじゃあ、急ぎますので僕はこれで行きます。ちゃんと村に戻って待っていてくださいね。教会で僕の名前を出してくれれば、大丈夫ですから」
「うむ、ポップとやら、すまぬの。孫娘をよろしく頼む」
おばあさんは、深々と頭を下げながら僕にそう言った。
俺はおばあさんのその返事を聞くと、後ろを振り返らず一目散に森の東部に走った。
この森は広大だ。東部ということは、俺が旅の祠に向かうためにいつも足を踏み入れている場所から、かなり離れている。既に太陽が、西の山にかかり始めている。
闇の中では、人さらいに攫われた可能性の高い孫娘を見つけにくくなる。俺ははやる心を抑え、全力で走っていた。
森の東部にやってきた。東部と言っても広大で、どこから森に入ればいいか少し迷ったが、俺は街道から最短距離かつ、けもの道が存在する地点から森に侵入することに決めた。辺りは、かなり薄暗くなってきたが、まだかろうじて見える。
ここで俺は、孫娘とやらの女の子の名前を聞いていないことに気が付いた。自分の迂闊に呆れながら、俺は森の奥に足を踏み入れた。
森の中を進む。俺はただ闇雲に捜索しているわけでは無かった。エウレカの里で、狩猟が得意なリリパット族の魔物が森の中を歩く時のこつを以前教えてくれていた。枝葉の折れ具合、不自然な草の倒れ方など、ヒントは無いようでいて実は沢山ある。俺はさっきから、最近出来たと思わしき枝葉が折れた木々の間を縫うようにして進んでいる。
……しかし妙だな。森の中が随分と静かだ。今はまだ10月と、動物が冬眠し活動を休止する時期ではないので、いつもなら鳥の鳴き声やサルの声が時折聞こえてくるんだが、今日はそういった声を一切聞かない。……何か嫌な予感がするな。
リリパット族のルールーという魔物は、こういう時はなんて言っていたっけな。……そうだ、確か強い魔物がそのエリアに入り込むと鳥などの小動物は息を潜め、サルや鹿などの中規模の動物は別のエリアに移動すると言っていたはずだ。これはもしかすると……。
俺が森の中を探索していると、突然遠くの方から男の悲鳴が聞こえてきた。それも複数だ。
「ひー、なんだこの化け物は!?」
「こんなやつがいるなんて聞いていないぞ!」
「おい、小娘はどこだ! う、うわー!!」
いったいどういう状況なんだ? 悲鳴が上がった後、ゴリっと肉を噛むような音もした。化け物だって? もしかすると人さらい達と魔物が鉢合わせしたのか? しかし、まだこの辺りは森の入口に近い。それほど強力な魔物はこの辺りにはいないはずだが、この森の先ほどからの異様な静寂といい、やはり強い魔物が現れたのか?
俺はそう考えながら、周囲を警戒しつつ悲鳴の聞こえた方に走った。
辿り着いた先は、わずかに藪が開けた場所だった。俺は思わず鼻を押さえた。何故なら、そこには、ひどい臭気がたゆたっていたからだ。人の腕や頭と言った部位が周りに飛び散っており、一目見て生存者はいないと判断できる。この惨劇が起こったのがつい先ほどだという事を示すように、まだ湯気の立っている臓器の一部が木の枝にぶらーんと引っかかっている。
俺は思わず吐き気がこみ上げたが、どうにか持ちこたえることが出来た。俺は一瞬、この中におばあさんの探していた孫娘がいる可能性を考えたが、直ぐにその考えを打ち消した。先ほどの悲鳴で小娘はどこだと探していた声が聞こえた。
つまり、魔物の襲撃前に、孫娘は人さらいから逃げ出したのだ。では、その女の子はどこだ? いや、そもそもこの惨劇を引き起こした魔物はどこに行った? そう考えた俺はすぐに理解した。ここを襲撃した魔物は、そのまま逃げた女の子を追っていったんだ。
いけない、早く追いかけないと! 俺は、魔物に付いたと思われる返り血がべっとりと付いてる藪の中に入っていった。
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side 捕らわれた少女
「――はぁっ、はぁっ!」
私は手を縛られた不自由な体勢で必死に逃げていた。最初は、悪い人達に捕まっていた。そのうちの一人は、村で私に親切に薬の原材料が生えている場所を教えてくれた人だった。
私がその原材料、シズの花を森の中で見つけて摘んでいる最中に突然3人の男の人達に襲われた。一瞬のことで抵抗もできなかった。3人は私の手をねじり上げ両手をしばった。
その後足も縛られようとしていた時、それは起こった。
突然突風のような風を感じ、私がよろめいて倒れたのと同時に、頬に温かい水のようなものがピチャッと飛んできた。何かなと思って縛られた手で頬をぬぐうと、それは水ではなく、真っ赤な血だった。
驚いて後ろを振りかえると、そこには足が6本もある1匹の大きな獣がいた。私を捉えた悪い人達もあっけにとられていたようだった。私は、一瞬身体がひるんだけれど直ぐに逃げなければと思い、とっさに立ち上がって背後の藪に飛び込み、一目散に逃げた。
後ろの方から「子供が逃げた!」といった先ほどの悪い男達の声が一瞬聞こえたけど、直ぐに聞こえなくなった。でも、その代わりに生臭い獣の匂いと、その息遣いが聞こえてきた。それも、私のすぐ後ろからだ。後ろを振り返る余裕なんてなかったけれど、あの獣が私のすぐ後ろにいることがその臭いと息遣いで分かった。
私は泣きながら走った。おばあ様、ごめんなさい。おばあ様は止めたのに、私が馬鹿な真似をしたから。どうか許して。私は駆けながら、ただ1人の肉親であるおばあ様に謝っていた。
「――痛っ!」
背中が不意に熱くなった。背中を切られたんだと私は思った。相変わらず私は森の中を駆けていた。今のは、たぶんあの獣の爪だ。殺そうと思ったらすぐに殺せるのに、わざと殺さずに遊んでいる。背後からは「シュー、シュー」という息遣いが聞こえる。私を怖がらせるためにわざと荒い息遣いをしているんだ。私は絶望的な気分になった。
この森さえ抜ければもしかすると助かるかもしれないと思ったのに、私は逆にどんどん森の奥深くに入り込んでいるみたいだ。
――熱い! 次は右足に痛みが走った。でも走れないほどじゃあない。相変わらずこの獣は私で遊んでいる。
それから、どれほど走っただろう。後ろからは相変わらず獣の気配がする。急に背中を強い力で押された私は、目の前にあった木の根元に倒れこんでしまった。背中の痛みを我慢しながら、恐る恐る後ろを振りかえると、それは目の前にいた。
足は、さっき見た通り6本。頭は昔本で見たライオンのように見えるけど、ライオンよりはるかに大きい。背中には大きな蝙蝠の羽のようなものが付いている。その獣は私の方をその爛々と光る眼で見つめ、地面に横たわる私を見下ろしていた。その口は既に赤く染まっていて、血や服の切れ端のようなものが付いた牙が、口からはみ出している。
一瞬、その獣がニヤッと笑ったと私は思った。
私は、とうとう死ぬんだと思った。ああ、最後におばあ様にちゃんとお別れしたかったな。おばあ様ごめんなさい。どうか薬を手に入れて体調がよくなりますように。
獣が、倒れた私に対して片足を振り上げた。どうせ殺すつもりなら、もう遊んだりしないで一息でやって欲しいなと私は思った。
その足が振り下ろされる瞬間、私は目をギュッと閉じた。
一瞬の後に感じたのは、寒い、という感覚だった。何か冷気のようなものが体の周りから発せられているように感じる。……もしかして、私もう死んじゃった? でも全然痛くなかった。
おかしい、どうしたんだろうと思い、恐る恐る目をあけると、私の目の前に大きな氷の壁が出来ていた。その氷の壁は、円を描くように私の周りをぐるりと取り囲んでいた。私が寒いと感じたのは、この氷の壁から発せられる冷気だったみたいだ。
私を襲っていた獣はその氷の壁の向こう側で悔しそうに私を睨んでいる。時折その鋭く尖った爪で氷をひっかいているが、爪痕はできても壊すまではいかないみたい。氷の壁はとても分厚そうだけど、青白くて透明で出来ているから、壁の向こう側がよく見えた。
すると、唐突に獣の向こう側から子供の声が聞こえてきた。驚いた獣が、とっさに背後を振り返る。
「……ああ、良かった。ぎりぎり間に合ったみたいだ」
そこには、私と同い年ぐらいに見える男の子の姿があった。
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俺は急いでいた。
大きな魔物の通ったと思われる痕跡を追いかけて走っている。時折、草木に人間のものと思われる血が付いているが、たぶんこの血を流している人間が、おばあさんの探していた孫娘だろう。血の量が少ないのでまだ致命傷を負ってはいないはずだ。
でもこの感じではどうやら追いかけている魔物は、いつでも殺せる獲物をもて遊んでいるつもりなんだろう。
この魔物の気がいつ変わるか分からない。俺はとにかく全速力で、魔物の後を追った。
追跡を始めてすぐに、少し開けた場所に出た。そこに出た瞬間、前方に大型の魔物の後ろ姿、そして更にその前方、魔物の足元に横たわる格好で、小さな女の子が倒れているところを確認した。――まずい、魔物が足を振りかぶっている! 今にもその足を女の子めがけて振り下ろしそうだ。
「――
俺はとにかく最速で防御の魔法をと思い、その女の子の周りに氷の壁を構築した。突然目の前に現れた氷の壁に魔物は当初驚いていたが、直ぐにその氷を破壊しようと、足を振りかぶってその鋭い爪で氷を傷つけ始めた。
……でも問題ない。俺はこの
女の子の方も、どうやら無事のようだ。自分をとり囲む氷の壁を見て、不思議そうな顔をしている。
……間に合って良かった。
さあ、後はこの目の前の魔物を倒すだけだ!