「よしっ! ミストバーンには、ダイとヒュンケル! キルバーンには、ラーハルトとおっさん、マァムで当たってくれ! 奴らとバーンを分断するんだ!」
俺の言葉で、バランを除く全員がそれぞれの相手に向かって駆けて行く――「ドゴォォォーーーン!」
彼らがそれぞれの相手と接敵する直前、この戦場の外壁が吹き飛ばされ開戦早々に想定外の敵が乱入して来た。いや、決して想定外では無かったが、それは正直に言うと、もう少し遅れて来てくれると助かると思っていた敵だった。
崩れた外壁によって発生した濛々とした煙が立ち込める中現れたその人影。それは……超魔生物ハドラーだった。
天魔の塔の外壁を破壊し突如現れたハドラーは、一瞬俺達全員に視線を投げかけた後、ミストバーンに向かって駆けていたダイに視線を固定し突進した。事前にこのケースに応じた対処方針を俺から聞いていたダイもそれに即座に呼応し、背中の剣を引き抜ぬくやいなやハドラーと相対する。
「申し訳ありません、バーン様! 死の大地の守護を任ぜられておきながら、アバンの使徒共の
ダイと鍔迫り合いをしながらハドラーがバーンに対して謝罪するが、バランと睨みあいを続けていたバーンは一瞬の沈黙の後、特に気にする様子も無く言葉を返す。
「……。いや、謝罪には及ばぬよ、ハドラー。こやつらがまさかあのような手段でここへ乗り込んでくる事など、余も想像だにしておらなんだ。これよりは、勇者
「ハッ!」
「ダイ、ハドラーはお前に任せる! 俺も援護するから無理をするな! マァム! ヒュンケルの方に――」
「無用だ!」
ハドラーの乱入によってこちらの陣形を変更しようとした俺だったが、ヒュンケルから制止の声が飛んだ。
「ミストバーンの相手は俺一人で十分だ! こちらの事は気にかけるな!」
「……。分かった! マァムはそのままキルバーンの相手を頼む!」
ヒュンケルの言葉を信じたのと、議論をする時間も惜しんだ俺は、そう奴に言葉を返す。そして俺は、それぞれの戦いを視界に収めながら、全体に対して適時援護を行う戦いに没頭していった。
ミストバーンに対して、ヒュンケルが攻勢に出ている。対ミストバーン戦で気をつけるべきは、奴が暗黒闘気の使い手だという事だ。特に闘魔傀儡掌を始めとする搦め手には注意が必要だ。それが分かっているからこそ、最初から奴の相手にはヒュンケルを当てていた。
ヒュンケルはアバン流の上伝に当たる『空の技』を習得している。あの技は、暗黒闘気の使い手に対して特に有効だ。不意を突かれない限り、ヒュンケルはミストバーンに対して分のある戦いが展開できるはずだ。
そして俺は視線を左方に向けた。そこでは、キルバーンに対してクロコダイン、マァム、ラーハルトが波状攻撃を仕掛けている。何か援護出来る事があるか、と少し思案を巡らせたが、現時点では必要なさそうだと俺は判断した。おっさんがキルバーンからの攻撃に対してタンク的な役割を果たしている間に、マァム、ラーハルトがキルバーンに接近戦を挑む。まだ致命傷は与えられていないが、直ぐに戦線が崩壊するような事は無いだろう。
少し離れた場所で、瓦礫を盾にするようにして半身を隠したピロロが「頑張れー、キルバーン!」と応援していた。どうしようかな……。今ならあいつだけでもサクッと殺ってしまうのは簡単にできそうなんだけど。うーん、いや、やっぱりやめておこう。キルバーンは何が何でもここで始末したいが、あんな声援を送る事しか出来ない無力な使い魔まで殺るのは、弱い者いじめみたいでさすがに抵抗がある。それに、仮にも一度は共闘したような仲だしな。
そして右方では、ダイがハドラーと一騎打ちをしている。ダイの力は信じているが、ミストバーン戦、キルバーン戦に比べてこの戦いは実力伯仲だ。と言う事で、俺の意識の大半はこれまでの所ダイに向かっていた。
ただ、時折手傷を負ったダイに回復呪文をかけるんだが、どうにも回復が遅い。もしかすると、ハドラーが身体に纏わせている暗黒闘気とやらは、回復呪文の効き目を阻害する効果があるのだろうか。ダイに対しては回復呪文による援護というよりも、ダイが攻撃を受けないための援護に比重を置くべきか。
っと、言ったそばからかよ! 俺はダイに向けて放たれたハドラーの左手から伸びた『
「ちぃっ! ポップめ、邪魔をしおって……!」
俺の援護に多少の余裕が生まれたのか、いったんハドラーと距離を取って息をつくダイ。
「ポップ、ありがとう!」
「おう! ダイ、無理に突っ込む必要はないからな」
俺はダイにそう声を掛けながら、ミストバーン戦、キルバーン戦にも目を配る。ヒュンケルも含めて皆、無理に仕掛けるような戦いはしていない。
皆、分かっているのだ。この戦いの帰趨は、バランとバーンの戦いで決まると。今俺達に求められているのは、彼らの戦いに、ハドラー、ミストバーン、キルバーンを参入させない事。
バーンさえ倒せば、この長くつらかった戦いが終わる。そのために俺達は、いや、世界から集った勇士達はこの地に集ったんだ。ここまでは、ほぼ思惑通りの戦いが出来ている。アバン先生の教え。『無傷の勇者を敵の親玉の所へたどり着かせる事』。勇者がダイからバランに変わりこそすれ、今こちらの最大戦力であるバランは無傷で敵の親玉バーンと対峙できている。
俺は、ほんの少しだけバーンと対峙しているバランに意識を向けた。
「ふむ。こうして対峙してみて初めて、ヴェルザーが
バーンが、自身を油断なく見つめるバランに対してそう言葉を投げかける。
「そうかね。私は、お前の顔を初めて見たが、想像以上に……」
「フッ。想像以上に、年老いて見えるかね……? この首など容易く折れそうなほどに?」
「そう……だな。だが、見た目ほど容易くは折れんだろうという事は分かる……」
そう答えながらも、バランには違和感があった。ただ立っているだけでも、その身から溢れるほどの甚大な魔法力を感じ取る事ができる。しかし……。バランはこれまで薄布越しでしかバーンと接してこなかったが、言葉には力が宿る。そのためその者の持つ力は、直接目に触れなくとも分かろうというものだった。
バランは、自身が魔王軍六大軍団長の一人であった頃も含めて、これまでにバーンが語った言葉の端々から、彼を魔法力だけに特化した人物とは捉えていなかった。魔法力はもちろん、武力も生命力も尋常ならざる領域に至っている男。それがバランの捉えていたバーンの姿だった。
「……試してみるか」
バランは背中の剣、真の
「真魔剛竜剣……か。フッ……、フッフッフ……。その剣を抜かれては、余もこれを出さねばなるまいな」
バランの構えた剣を見て、バーンがそう独りごちた。そして右手を背後の何もない空間に手を伸ばす。すると次元の狭間でも開いたのか、その何もない空間に手を入れ1本の杖を取り出すバーン。
その杖を見て、訝しげな表情を浮かべるバラン。
「フッフッフ……。そう警戒せずとも良い。これは神が作ったそなたの神剣と違い、一人の魔族が打ったただの杖に過ぎぬ。この杖の名は、『光魔の杖』よ……」
「『光魔の杖』……」
「そうだ。さあ、今代の
光魔の杖を両手で構えてぐっと腰を落とすバーン。その杖はまるで生きているかのように、杖から伸びた数本の管を持ち手であるバーンの腕に突き刺す。途端に、杖の先端から生じた光の刃が強く輝く。それを見てバランは、真魔剛竜剣を上段に担ぎ、「ドンッ!」と音を立てて強く白亜の床を踏み込んだ。
「バーン! 力を見極めるのは私の方だ! 貴様の力、私に見せて見ろ!!」
その動きを読んでいたバーンは、杖の先端より魔力光を強く放出させ迎え撃つ。
ガキィィンッ、と硬質な音を響かせ真魔剛竜剣と光魔の杖が打ちあった。その結果は、……。
ピシッ!
次の瞬間、あろうことか神が作った真魔剛竜剣の刀身の半ばに微細な亀裂が走る。
「――ぬぅっ! これはッ!?」
バランに生じた僅かな動揺を突いたバーンが、光魔の杖を続けざまに横薙ぎに振るう。だが、その一撃は即座に後方に飛んだバランを捉えきれず空を切った。
しかしバーンからすれば、バランの持つ真魔剛竜剣に亀裂を生じさせただけで十分だった。
「馬鹿な……! その杖がお前の魔力を光の刃に変換させる事は気づいていた。しかし、この真魔剛竜剣を上回る硬度を有しているとは……」
「フッフッフ。やはり気づいていたか、光魔の杖の力に。だが、惜しかったな。お前は、自身の剣の硬度が低下している事に気づいていなかったと見える」
「何っ!?」
驚くバランに、バーンはキルバーンの身体を両断したために真魔剛竜剣の剣身が腐食していた事を告げる。
「あの時か……! おのれっ!」
憎々しげに顔をゆがめるバランに、バーンが続ける。
「戦士が己が武器の状態を把握しておくのは当然の事。よもや、卑怯とは言わんだろうな、バラン。さあ、神剣に傷を負ったお前に引導を渡してくれる!」
そして今度はバーンの方からバランに打ち掛かる。光の刃が、バランの首に吸い込まれる。
……いやその寸前、光の刃の軌跡が止まっていた。
止めたのはバランだった。バランは、真魔剛竜剣を納刀し両手の掌を重ねる形で、光の刃を首下で受け止めていた。
「くっ! これを素手で受け止めるとは……!」
憎々しげに吐き捨てたバーンの腕に更に力が込められるが、その光の刃は微動だにしない。
「引導を渡すだと……? たかが剣一つに亀裂を入れた程度で、図に乗るなぁッ、大魔王!!」
――バシュッ!
直後、バランの額から閃光が放たれ、バーンの右肩を貫いた。その閃光はそのままバーンの背後の白亜の壁を貫き、虚空に消えていく。
「――ぐぅっ!」
今度はバーンが苦悶の声を上げて後退する。
(バーン様!?)
ミストバーンから、バーンを案じた念話が飛ぶがバーンはそれに応えなかった。
「……こ、これが『紋章閃』か……! 余の身体に、
ボタボタッ、とバーンの肩口から流れた暗緑色の血が地面に落ち、白い白亜の石床にどす黒い染みを作っていくが、その血だまりに小刻みな波紋が描かれていく。
血面に波紋を生じさせた理由……。それは、バランを中心に天魔の塔全体が揺れるかのような振動が発生しているためだった。
光魔の杖を無手で受け止めたために生じたのだろうか。バランの両の掌からもポタポタと血が垂れていた。しかしその血の色は赤色ではなく、バーン同様に魔族特有の暗緑色に変貌していた。
「バーン。よもや忘れたのではないだろうな。冥竜王ヴェルザーを制した
「……竜魔人……!」 苦笑交じりの笑みを顔に浮かべてそれに応えるバーン。
「そうだ、人族、魔族、そして竜族を統べる竜魔人の力をその身で受けるが良い、バーン!!」
その言葉と共に、バランの肉体は完全に竜魔人へと変貌を果たしていた。
竜魔人と化したバランの周囲には、バーンから放たれた
ドドドドドドドド………!!!
天魔の塔内に木霊する凄まじい爆発音。しかし……。
「……それが
バーンの目前で、バランの両の掌が組み合わされ、徐々にその組み合わされた掌に光点が集中しようとしていた。その組み合わされた両の掌はまるで竜の咢を想起させた。
「バラン……」
バランの狙いを察した大魔王の頬を一筋の汗が伝う。
バランは、バーンとの戦いを長引かせる事を選択しなかった。周囲に目をやると、ディーノを中心とした勇者
しかし、ここは敵の中枢。彼らの戦力がこれだけと言う保証は何もなかった。そのため、バランはバーンとの決着を急ぐため竜魔人へと変貌したばかりか、その最終戦闘形態でしか放てない技で勝負をつけようと考えていた。その判断に、かつて愛息子を自らの手で殺害する寸前にまで至ったこの形態を、できるだけその息子の目に晒したくないという考えはよぎったのだろうか。
バランの組んだ両の掌に徐々に光が集中していく。それはかつて、アルキード王国をただの一撃で滅ぼした終焉の光だった。
「
バーンが、手の中の光魔の杖を身体の前で構える。既に己が魔力を限界まで杖に注ぎ込んでいるのか、杖の先から放出される光の刃がくっきりと具現化していた。
「死ね、バーン……! 地上を砕かせはせぬ……! ――
「……バーン様!」
バーンの身を案じたミストバーンの隙をつき、ヒュンケルの放った空烈斬が無防備なミストバーンの背を穿った。抉られた白い長套の下から、黒い瘴気がゆらりっと立ち昇る。
それでもミストバーンは、白い閃光に包まれたバーンを案じ、そばに駆けつけようとする。しかしミストバーンが行動を起こすよりも早く、そのミストバーンの前後左右を青白い氷の壁が囲う。
「邪魔をするな!!」
激高したミストバーンが鋭利な爪を振りかざし周囲の氷を砕こうとするが、どれほど破壊してもその氷は即座に修復されるため、いかに彼と言えどそこから逃れる事は容易ではなかった。
俺はミストバーンの周囲に構築した
決して油断して良い相手ではないが、俺が思うにキルバーンの真価は暗殺にある。こうして正面から姿を現して戦ってくれている方がこちらとしてはありがたい。どういうわけか閃華裂光拳は通じないが、それならそれでやりようはいくらでもある。
そして、ダイもハドラーを相手に互角の戦いを演じている。
ハドラーやミストバーン、それにキルバーンにも、勝つ事は出来ないかもしれないが、負けない戦いをする事はできそうだ。俺達の役割は、こいつらをバーンに合流させず、バランの邪魔をさせない事だ。
バランは勝負に出ている。真魔剛竜剣がバーンの構えた杖に打ち負けたのを見た時は肝が冷えたが、竜魔人に変貌してからは終始バランの方がバーンを押し気味に戦いを進めているように見えた。
そして今、竜魔人の形態でしか放つ事の出来ない究極の呪文、
ゴゴゴゴゴゴ……。
今もこの戦場に激しい横揺れが続いている事から、2人の間で一進一退の攻防が続いている事が分かる。
そんな次元の違う戦いを展開している2人から意識を切り離し、俺はこちらの闘いに集中する。
……?
そんな俺の視線の先で、不意にラーハルトがキルバーンとの戦闘から離脱した。どこか怪我をしたのだろうか? もしそうなら俺の出番だと思いラーハルトに呼びかけたが、奴はこちらを気にするそぶりも見せなかった。……怪我じゃないのだろうか?
……。どうやらラーハルトの向かう先はバランの下のようだ。
……まあ仕方ないか。ラーハルトにとって、バランは忠誠を誓った主だ。
本音を言うと一言言ってから向かって欲しい所だけど、あいつはパーティーの仲間ではなく助っ人のようなものだから、俺としても細かく注文しづらい。あいつがやりたいと思う事をさせてやるのが、あいつを一番生かせる方法だろう。それに、あいつの懸念通り、
それに……と、俺はラーハルトが抜けたマァムとおっさんが展開してるキルバーン戦に、視線を投げかける。幸い、さっきから何故かキルバーンの動きが鈍い。何度かおっさんやマァムの拳がキルバーンの身体を捕え始めている。今のキルバーンなら、前衛2人と後衛の俺で十分抑えられるだろう。ハドラーとミストバーンの方も激高して動きが単調になっているから、うちの2トップなら安心して任せられそうだ。
……? 何だろう、今俺の脳裏を、不吉な予感が一瞬電流のように走った。
待て、俺は今何と言った? おかしくないか?
ラーハルトは俺を毛嫌いしているが、バランの指示には忠実に従い、先ほどまでは俺の言葉に文句を言いながらも従ってくれていた。そのラーハルトが、この大事な一戦でバランから新たな指示が出たわけでもないのに、突然任せられた戦線から離脱するか……? 戦闘のプロと言っていいあいつが?
それに……キルバーンだ。こいつの動きがさっきから妙にたんぱくだ。もうこいつと対峙するのは3度目になる。いつもは戦闘中でもうっとうしい程に陽気に話しかけてくる奴なのに、さっきからずっとだんまりを決め込んでいる。
いったい何だ、この違和感は……。この時、俺の直感は、考えるより先に答えに辿り着いていたのかもしれない。その証拠に、いつの間にやら俺の全身の肌は泡立っていた。
『俺が思うにキルバーンの真価は暗殺にある』
俺の脳裏に先ほど浮かんだ言葉だ。どうして俺は、今またこの言葉を思い起こした……?
徐々に、脳内に灯っていた黄色い警告ランプが真っ赤なそれに代わっていく。カン、カン、カン、カン……。まるで壊れた遮断機の赤いランプが、甲高い音と共に止むことなく点滅しているかのように。
――!
俺はその瞬間、自身が攻撃される可能性を全く考慮せず、バッと身体ごとバランとバーンの戦場を振り返った。
半球状のドームに覆われた広い天魔の塔内……。ラーハルトはもうすぐバランの背後に到達する。そのラーハルトの後ろ姿を見た俺は、何故か操り人形を動かす人形劇の時のような細く透明な糸が、ラーハルトの全身から空に向かって何本も伸びているように錯覚した。
待て、待ってくれ。駄目だ。駄目だ。やめてくれ、頼む。こんな予想、外れてくれ。いくら何でもあんまりだ。
だけど俺は、半ば無意識に確信を持って大声で叫んでいた。
「バラン!!! ――後ろだぁッ!!」
俺がその言葉を言い終わるよりも早く、ラーハルトの手に握られた『鎧の魔槍』の穂先が、
……貫いていた。
準備ができたので、今日は3連続でお届けします。