転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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152話 蟲毒

竜闘気砲呪文(ドルオーラ)を放出する両の掌に全力を注ぐ。この戦闘形態(バトルフォーム)でなければ竜闘気砲呪文(ドルオーラ)を放てない理由はここにある。竜魔人と化していなければ、あまりの威力に両の腕が持たないからだ。

 

ディーノは竜魔人へと変貌できるだろうか。出来るのであれば、この技を伝授する事が(ドラゴン)の騎士の先達としての務めだが……。

 

そう考えたバランは、連綿と続く(ドラゴン)の騎士の長い歴史上でも類を見ない強者であり、魔界の神とも謳われる存在との戦闘中にも関わらず、思わず口を歪めた。

 

……ディーノは竜魔人へと変貌できない方が良い。ソアラと同じ瞳の色を受け継いだあの子に、このような異形の魔人の姿は似つかわしくない。

 

竜魔人へと変貌しなければ倒せないような強者は、この戦いの全てが終わる前に排除する。バランは再び両の掌に意識を集中させた。バーンは魔力を力に変換する光魔の杖で、竜闘気砲呪文(ドルオーラ)を防いでいる。だが、自身の竜闘気砲呪文(ドルオーラ)はまだ最高出力に到達していない。私の中の戦いの遺伝子が囁いている。この激突が続けば最後に立っているのは私だと……。

 

突如バランは、背後に誰かが立つ気配を感じた。敵か? いや、それはないはずだ。ディーノ達は期待していた以上にハドラー達を抑えている。

 

それにこの闘気は……。バランは背後に感じた闘気の主を類推し、背面に展開した竜闘気(ドラゴニックオーラ)の発動を抑えた。

 

背後を振り返る事無く、バランは言葉を発した

 

「どうした、ラーハルト? お前にはポップの指示に従うよう命じていたはずだ。私に何か――」

 

――ズシュッ!

 

バランの胸から忠実な配下が手に握った魔槍の穂先が飛び出すのと、ポップの悲壮な警告の言葉が彼の耳に届いたのは同時だった。

 

 

 

「ゴフッ! ラ、ラーハルト……、な、何故? 何が……お前に……。 ――!?」

 

口から大量の吐血をしながら、信じられないものを見るかのように肩越しにラーハルトを振り返るバラン。しかしバランの見たそのラーハルトの顔は、能面のように何の感情も映し出していなかった。

 

「……良くやった、キルバーン。誉めて遣わす」

 

その声にハッとして正面を振り返るバラン。既に竜闘気砲呪文(ドルオーラ)の放出は止まっていた。バーンは竜闘気砲呪文(ドルオーラ)による光の奔流を受け止めていた光魔の杖を地面に突き刺し、両の掌を今にも胸の前で組み合わせようとしていた。

 

――!

 

「――離れろ、ラーハルト!!」

 

バランに出来たのは、かろうじてラーハルトをバーンの放った呪文の射線軸上から逸らす事ぐらいだった。

 

微かに耳に届いた愛息子の声が、バランの脳裏に昨夜愛息子と共に過ごした束の間の団欒の光景を、思い起こさせていた……。

 

すまぬ……ディーノ……。

 

 

 

「バラン!!! ――後ろだ!!」

 

俺が叫んだのと、バランの胸から槍の穂先が飛び出したのはほぼ同時だった。

 

頭が真っ白になり、理解が追いつかない。頼む、だれか嘘だと言ってくれ。

 

俺の警告の言葉を耳にした皆がバランを振り返り、一様に声も出せず押し黙っていた。

 

否、ダイだけはただ一人叫んでいた。

 

 

「――父さーん!!!」

 

 

 

まだ間に合う……! 今ならまだカバーができるはずだ。俺はバランに向けて加速した。いや、出来なかった。飛翔を始めた俺の右足に長い爪が巻きつき、俺のその行動を阻害する。

 

――ミストバーンッ!!

 

俺は右足に視線を送り、次いでミストバーンに視線を移そうとしたが、突然ゾワッとした言語化できない寒気を感じた俺は、前方のバーンに視線を送った。次の瞬間、俺の瞳がその目に映った光景を反射し、朱色に染まった。

 

その人智を超えた圧倒的な魔力を目にしたからか。バランを救う事が出来ない事を悟ったからか。あるいは……敗北を受け入れたからか。……知らず、俺の頬を一筋の涙が伝っていた。

 

その光景を、俺は生涯忘れないだろう。無造作に開いたバーンの左右の両の掌から、紅蓮の炎が半円状にとぐろを巻いて噴き上がっていた。

 

バーンがその両の手をゆっくりと自身の胸の前で組み合わせる。その無駄の一切感じられない優雅な動きには、勝利を確信した王者の風格が漂っていた。

 

喉が涸れる。急速に周囲の大気から水分が蒸発していっているように感じるのは、俺の錯覚なのか?

 

刹那、影すら焼き焦がさんばかりの閃光が迸った。それは、極限まで圧縮された極大閃熱呪文(ベギラゴン)の光だった。

 

バーンの放った極大閃熱呪文(ベギラゴン)が、バランの胸を貫いた。俺の耳に、ジュッという不愉快な音だけを残して。

 

 

 

 

 

 

「父さん! 父さーーん!」

 

ハドラーと戦っていたはずのダイが、地面に横たわるバランに縋り付いている。駄目だ、そのダイの背後にはハドラーが立っている。

 

「くっ、ダイ、後ろだ! ハドラーが!」

 

それに気づいた俺がダイの所を向かおうとするが、俺の脚には未だにミストバーンの爪が巻きついていた。そしてヒュンケル達も皆、相対していたミストバーン、キルバーンに立ちふさがれてダイの下へは駆けつけられなかった。

 

 

「ハドラー。そのまま勇者の息の根を止めよ」

 

極大閃熱呪文(ベギラゴン)の構えを解いたバーンが、ダイの背を取っているハドラーにそう声をかける。しかしハドラーは、ワナワナと身体を振るわせるだけで動こうとしない。その様子を訝しんだのか、バーンがハドラーに更に声を投げかける。

 

「どうした、ハドラー。私の命が聞けぬのか?」

 

その問いかけに、ようやくハドラーはバーンを振り返って叫んだ。

 

「これは……、これはいったいどういう事なのですか、バーン様! バランは一体……!?」

 

「その質問には僕が答えよう、ハドラー君」

 

ハドラーのその怒気を纏った問いかけに悠然と応えるキルバーン。皆がキルバーンに意識を向ける中、奴は悦に入った表情で言葉を続けた。

 

「フフフ。バーン様からバラン君の暗殺を命じられた僕は、洞穴の奥深くで傷を癒していたバラン君の暗殺に伺ったのさ。あの時、僕はこの鎌でバラン君の五感を奪い暗殺を決行するつもりだったんだけど、さすがは当代の(ドラゴン)の騎士。バラン君は僕の狙いを見抜き、逆に胴切りにされてしまった。

だけど、さすがのバラン君も気が付かなかったと見える。あの時、僕が仕掛けたのはバラン君ではなく、君だったという事に……ね」

 

君……。ああ、だからラーハルトだったのか。キルバーンが、バランの側で立ち尽くしたまま放心しているラーハルトに流し目を送り、クスクスと笑みを浮かべる。

 

「……そう言う……事……か。お前はその時、仕込みをしたな? バラン暗殺が一筋縄でいかないと判断したお前は、ラーハルトを意のままに動かしてバラン暗殺の手ごまとした……」

 

俺の言葉に、キルバーンは実に嬉しそうに微笑んだ。

 

「ビンゴォッ!! そう、あの時僕はラーハルト君に毒を仕込んだのさ。仕掛けに時間はかかるけれど、時が経過するにしたがって対象の四肢を自在に操る事が可能となる遅効性の毒。その名も、『終焉のワルツ(ワルツ・オブ・ザ・エンド)』をね……!」

 

 

『……耳に何か風切り音が聞こえた気がしたのですが、どうやら気のせいだったようです』

 

『いや、少し耳鳴りがしただけだ。もう問題ない』

 

そうか、あれがその仕込みの兆候だったわけか……。何のことはない、……予兆はしっかりあったじゃないか。どうして俺はこれまで、ラーハルトの言葉を右から左に聞き流していたんだ。あの時、遠慮などせず無理やりにでもラーハルトの状況を気にかけていたら、異変に気付けていたんじゃないのか……。

 

耳鳴り程度なら特にこだわる事でもないか……だと。馬鹿だ、俺は。キルバーンが聴覚に働きかける技を有している事を、俺は知っていたじゃないか。誰よりも俺がそれに気が付いて然るべきだったというのに……!

 

 

「ウフフ。直接手を下す事ができないので、僕としてはあまり好みのやり方では無いんだけど、上手くいったよ」

 

「ねえ、ねえ、キルバーン、ポップにもお礼しないと!」

 

「ああ、そうだったね。この暗殺の成功は、君のおかげでもあったんだった。感謝するよ、『氷の賢者』ポップ」

 

「俺の、おかげだと……? いったい何を――」

 

こいつらの言っている事が理解できなかった俺は、愕然として問いかけた。

 

「ウフフフ。忘れたのかい? 君が竜闘気(ドラゴニックオーラ)の弱点を教えてくれたんじゃないか」

 

――! まさか、こいつら……。

 

「君が以前言った言葉だよ。『いかに堅牢な竜闘気(ドラゴニックオーラ)といえど、意識外からの攻撃に対しては役に立たない』だったよね? 君はあの時、仲間の一人を重傷を負って戦線離脱したとバラン君に誤認させる事で、竜闘気(ドラゴニックオーラ)の間隙を突いた。それと同じさ。僕は今回――」

 

俺は思わず顔を伏せた。もういい。十分だ。よく分かった。確かに俺がヒントを与えてしまった。

 

「……味方だとバランが判断している人間を手駒にする事で、竜闘気(ドラゴニックオーラ)の間隙を突いた、か……」

 

「そのとおりだよ、氷の賢者君。あらためて君に感謝を伝えさせてもらうよ」

 

そう言って、キルバーンは恭しく頭を下げて俺に礼をした。

 

は、はは……。なんてこった。これがこの冒険の結末かよ。何が勇者一行(パーティー)の頭脳だ。結局、全てこいつらの手のひらの上だったって事じゃないか。

 

ぐうの音も出ないほどの絶望の淵に叩き落とされた俺は、深く(こうべ)を垂れた。既に、俺の足に巻き付いていたミストバーンの爪は存在しない。だけど、そんなものが無くても俺はもう一歩も身体を動かす事が出来ずにいた。

 

……負けた。完敗だ……。ごめんなさい、アバン先生。やっぱり俺には、先生の代わりをする事は無理だったようです……。

 

「ウッフッフ。どうですか、バーン様。最高のショーになったでしょう……? そうそう、彼、ラーハルト君も主君を裏切ってこちらに付いてくれたんです。彼を新たな竜騎将として迎え入れるのも――」

 

「――ギィールゥバァァーーーーン!!!

 

突然の怒号が戦場に木霊した。それは怒れる野獣と化した男の発した言葉だった。止める間もなく、ラーハルトがその手に魔槍を握りしめキルバーンに特攻する。

 

「よせっ、ラーハルト!」 ヒュンケルの制止の声が飛ぶ。だが、既に遅かった。

 

「――ごふっ!」

 

突然ラーハルトの動きが止まったかと思うと、その口から大量の血が吐き出される。そしてラーハルトの身体がググッと宙に持ち上げられていく。それをしているのは、ラーハルトの胸部より突き出た物体だった。

 

ビュートデストリンガー……。それがその物体の正体だった。ミストバーンの右手から伸びた鋭利な爪がラーハルトの身体を背中から貫いていた。

 

しかし、怒れる獣はまだその目に怒りの激情を宿したままだった。

 

「――グッ、ガァアアー!!」

 

ミストバーンの鋭い爪に胸部を貫かれ身動きの取れないその状態で、裂帛の声と共に手に持った魔槍をキルバーン目がけて投擲する。

 

だが、おびただしい出血が槍を持つ手を滑らせたのだろう。その槍はキルバーンでは無く、奴から離れた場所でニタニタと不快な笑みを浮かべていたピロロに飛んだ。

 

「――わっ!?」

 

突然の事に、ワタワタと慌てるピロロ。

 

そして、キィーン……という硬質な音が戦場に響いた。それはピロロの前に一瞬で移動したキルバーンが、その大鎌でラーハルトの放った魔槍を弾き返した音だった。

 

……?

 

「やれやれ、せっかく僕が君を魔王軍に迎え入れようと進言したのに……。仕方ない。バラン君の後を追うが良い」

 

そしてキルバーンはラーハルトの前に突然移動し、その漆黒の鎌をラーハルトの喉元に一閃した。途端に周囲にまき散る鮮血。ラーハルトの喉からは噴水のように緑色の血が流れ出ていた。

 

ミストバーンが無言のまま手を一閃するとビュートデストリンガーに貫かれたままだったラーハルトは、白亜の床にその身を投げ出されそのままピクリとも身動きをしなかった。

 

「ラーハルト、そんな……」

 

1分にも満たない僅かな時間で立て続けに発生した悲劇に、マァムが真っ青な表情で口を押さえる。

 

「フッ、……フッフッフ。悲劇の上塗りだな。キルバーン、よくやった。さあ、ハドラー。ダイを始末しろ」

 

「よせっ、やめろ、ハドラー! ダイ、今は何も考えるな! 立て!!」

 

俺だけじゃない。皆がダイを案じて声を張り上げるが、ダイはバランの身体に覆いかぶさったまま動こうとしなかった。

 

しかしハドラーは、その絶好の好機にも関わらず、ダイの背中をただ睨み付けただけだった。そしてギュッと唇を噛みしめたかと思うと、バーンを振り返り怒声を放った。

 

「冗談では無ぁいッ!! 俺はアバンの使徒を倒して、……アバンに勝つ事だけを目的にこのような身体になったのだ!! こんな有様のダイを倒して、いったい何をアバンに対して誇れというのかぁっ!!」

 

「ハドラー……、お前……」

 

俺は、バーンに対してそう啖呵を切るハドラーに驚いていた。アバン先生に勝つ事だけを目標に……。そうか、俺だけじゃない。お前の心の中にも、まだアバン先生がいるんだな。

 

「やれやれ、結局こうなるか……。どうします、バーン様」

 

呆れたように肩を竦めてバーンを振り返るキルバーンに、バーンは目を細めてハドラーを見つめた。

 

「ハドラー。もう一度だけ命ずる。ダイを始末せよ。さすれば、今の言葉は忘れよう」

 

「断る!! 断じて断る!! どのみち俺の命はあとわずか! ならばその命の使い道は俺が決める!!」

 

「そうか……。だが、ハドラー。お前は思い違いをしている。お前の命は既に余の手の内にある。ミストバーンよ、あれを起動し、ハドラーを死の大地で始末せよ。バランは倒した。勇者一行(パーティー)もこれまでだ。かくなるうえは、大魔宮(バーンパレス)浮上のため、ハドラーは死の大地を消し去る道具として使ってやろう」

 

あれを起動……? 大魔宮(バーンパレス)を浮上……? いったい何を言っているんだ、バーンは。

 

「……かしこまりました」

 

ミストバーンがハドラーの前に歩み出る。そして、左手の爪を巻きつくように伸ばして、ハドラーの身体を拘束する。ハドラーはそれに対して抵抗しなかったが、バーンから視線を剥し、静かにミストバーンに声を投げかけた。

 

「ミストバーン、お前にはこの身体になる時間を稼いでくれた恩義がある。お前も、俺の意思を汲んでくれたのでは無かったのか……?」

 

「ハドラー、確かに私はお前が超魔生物に至る事に協力した。だが、忘れるな。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そしてミストバーンは、ハドラーの身体を拘束したままハドラーの眼前に一瞬で移動し、爪を束ねる事で鋭い刃と化した右腕を、ハドラーの身体に突き込んだ。

 

「――何っ!?」

 

だが、その鋭利な爪はハドラーの胸部を貫くには至っていなかった。グググッとミストバーンが力を込めるのがここからでも分かるが、その爪の切っ先がハドラーの皮膚を穿つ事は無かった。

 

その様子をただ無造作に見おろしているハドラーが、静かに口を開く。

 

「……そうか。お前があくまで大魔王の言葉を優先するというのなら、俺も告げよう。よいか、ミストバーン!! ()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

その言葉と共にハドラーの身体から吹き上がる黒い闘気。それは、ハドラーの身体を拘束していたミストバーンの強靭な爪を瞬時に粉砕していた。

 

「――!?」

 

「俺とアバンとの戦いの邪魔は、誰にもさせん!! たとえそれがお前であろうと、大魔王であろうともだッ!!」

 

――ドカァッ!!

 

ハドラーの強靱な右腕がミストバーンの腹部に突き込まれ、ミストバーンは天魔の塔の天井の壁にめり込むほどに吹き飛ばされる。

 

アバンとの闘い……。ああ、ハドラーは俺と同じなんだな。俺はアバン先生の背中に追いつこうと手を伸ばし、ハドラーはアバン先生に勝とうと今でも手を伸ばし続けている。あいつと俺は、目的は違えど同じアバン先生を、……今でも追いかけているんだ。

 

「くっ、ハドラー。そうまでしてバーン様に刃向かうか……」

 

めり込んだ壁からダメージの感じられない動作で起き上がったミストバーンに、バーンから言葉が飛んだ。

 

「ミストバーン、闇の衣を脱ぐ事を許可する。その力でハドラーを葬れ」

 

「!? よろしいのですか、バーン様?」

 

「構わぬ。今のハドラーは、あの力を用いなければ止められぬだろう。どのみち、この場にいるものは皆ほどなく命を落とす。これ以上ハドラーにかける時間が惜しい。手短に片付けよ……」

 

「はっ……。承知しました」

 

そう答えたミストバーンは、自身の纏っている長套に手をかけた。異様な力がミストバーンを包み込む黒い霧の内側から吹き出そうとしている。それはまるで、全てを吸い込むブラックホールが、逆にこれまで吸収した何かを放出するかのようだった。

 

ミストバーンが首に駆けていたネックレスのようなものの表面にピシッと亀裂が入り、次の瞬間それは2つに砕ける。

 

「お、おお……」

 

「あれがミストバーンの正体……」

 

ミストバーンと付き合いの長かったおっさんとヒュンケルが、黒い霧の下から現れた姿を食い入るように見つめている。

 

闇の衣を脱ぎ去ってその真の姿を現したミストバーンは、拍子抜けするほど普通の男だった。瞼は閉じている。最も特筆すべきは、傷一つ無いその美しい顔だった。いや、顔だけで無く恐らく身体にも傷は一切付いていないのだろう。それほど、見た目とは裏腹に神々しいほどの気品が備わった男だった。

 

そしてミストバーンの姿に驚くのは、かつてミストバーンを指揮する立場にあったハドラーも同様のようだった。

 

「ミ、ミストバーン……。それがお前の隠された正体か……?」

 

「そうだ、ハドラー。この姿になった以上、もはやお前に勝機は無い。大魔王様の命に従い、疾くその命を散らせ」

 

「そうか、それがお前が隠し続けていた力か。面白い、死を前にしてようやく相まみえる事が出来たな。だが、超魔生物と化した俺をたやすく葬れると思うなァッ!!」

 

ハドラーの右腕からジャキンっと音を立てて覇者の剣が飛び出し、その剣に黒い闘気が纏わり付いていく。

 

「――喰らえっ、超魔爆炎覇!!」

 

ハドラーは、覇者の剣から伸びる黒い光跡を後に残しながら、上空に佇むミストバーンに突進した。そしてそのままミストバーンの首筋にその刃を撃ち込み、その勢いのままにミストバーンを袈裟切りするかに見えた。

 

だが……。

 

「な、何だとっ!! 馬鹿なっ、き、傷一つ付かぬとは……!?」

 

ハドラーが驚愕の声を上げるのも無理は無かった。どういう理屈か、必殺の闘気を纏わせていたはずの覇者の剣は、防御態勢を全く取っていないように見えるミストバーンの一見何の変哲も無い肉体に毛ほどの傷も与えられていなかった。

 

「残念だ、ハドラー……」

 

ザシュッ!!

 

「ガハッ! な、なんだ、それはぁっ!!」

 

ミストバーンが、右手の手刀をハドラーの体内に突き込む。その動作も、むしろ先ほどの鋭利な爪を伸ばした一撃の方が激しく見えるほど無造作なものだったというのに、何故かその右手は超魔生物の硬い皮膚を容易く貫き、ハドラーの体内奥深くに突き込まれていた。

 

そして、それだけで無くハドラーの体内から何かを引っ張り出してきた。それは、人間の頭部ほどもある黒い物体だった。その黒い物体からはコードのような物が何本もハドラーの体内に伸びていた。

 

「な、何故そのような物が、俺の身体の中に! ――!? まさか、大魔王! お前が……!」

 

「お前が知る必要は無い。そしてこれが、バーン様がお前の生殺与奪権を握っていた証だ」

 

ミストバーンが掌中に収めた黒い物体に何かの力を込める。途端に、その物体から凄まじい力が漏れ始めた。あれだ、間違いない。マトリフ師匠はあれの事を言っていたんだ。一体何なんだよ、あれ……。

 

その俺の疑問にはバーンが答える。

 

「ハドラー、それは黒の核晶(コア)だ。それを見るのは初めてでも、その名を聞いた事ぐらいはあろう。ひとたびそれに火が入れば、大陸ごと消し飛ばす」

 

「く、黒の核晶(コア)だと!? 大魔王、貴様、そのような物を俺の身体に……! お、おのれ、バーン!!」

 

ハドラーがバーンを睨むが、バーンは涼しい顔のままその笑みを崩さない。

 

「さあ、もう黒の核晶(コア)に火は入った。今よりお前は大魔王様のために最後の奉仕をするのだ。行くぞ……」

 

そして、ハドラーの身体に触れていたミストバーンは、ハドラー共々その場から忽然と姿を消した。

 

「ミストバーンと、ハドラーが消えた……。いったい、どこへ……?」

 

おっさんが二人の消えた虚空を見上げてそう言った時、これまでに感じた事の無い程の激震と轟音が俺達を襲った。とてもではないが、立っていられるような振動では無かった。俺だけでは無く、皆も思わず膝を突き、その振動をやり過ごす。その振動が先ほどバーンが言っていた、黒の核晶(コア)による爆発だと言う事は明白だった。

 

激しく揺れる視界の中、かろうじて俺の目には横たわるバランにしがみつくダイの姿が映っていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

side ハドラー

 

 

「――超魔爆炎覇!!」

 

「――ライデインストラッシュ!!」

 

俺の放った超魔爆炎覇と、ダイの放った技がぶつかり合う。明らかにかつてアバンが放ったアバンストラッシュより威力、精度とも上回っているその技に俺は高揚を抑えられなかった。

 

魔宮の門の先でバラン達を待ち受けていたが、こやつらは別の入り口を作り出し、そこから大魔宮(バーンパレス)に侵入を果たした。

 

あやうく出し抜かれる所であったが、それはもういい。俺は、どこか15年前のアバンとの戦いを彷彿とさせるこやつらの機転にどこか郷愁の念を抱いた。思えば、あの時の俺にはバルトスやガンガディアと言った忠臣がいた。その忠臣達の力を発揮させられなかったのは俺が未熟だったからだ。

 

今はどうか。俺には親衛騎団という新たな配下が出来た。あいつらは、俺の命が尽きると共に消滅する運命だというのに、俺の望みを叶える事だけを考えて動いてくれている。俺にはもったいないほどの奴らだ。

 

「――閃熱呪文(ベギラマ)!」

 

接近してくるダイに対して俺は閃熱呪文(ベギラマ)で応戦する。ダイはおそらくそれをアバン流の海破斬で迎撃するだろう。その隙に俺は奴の側面から地獄の鎖(ヘルズチェーン)を放ちその動きを止めてくれる。

 

そう考えて放った閃熱呪文(ベギラマ)だったが、ダイは迎撃するまでも無いとばかりに閃熱呪文(ベギラマ)の閃光の中に身を投じた。ちっ、竜闘気(ドラゴニックオーラ)か! 身体中に竜闘気(ドラゴニックオーラ)を纏わせたダイが閃熱から飛び出して、逆手に握っていた新たな剣を俺に振るう。

 

「――アバンストラッシュ!」

 

ズシャァッ!

 

その一撃で、俺の胸からは緑色の血が噴水のように吹き上がる。だが、浅い。この程度なら容易に回復できる。

 

フッフフフ。楽しい、楽しいな、ダイ。お前とこのような戦いをするために、俺は自身の身体を超魔生物に改造したのだ。さあ、この至福の時間をもっと続けようでは無いか。

 

だが、突如その至福の時間は終わりを迎えた。

 

それは、バランがキルバーンの暗殺の手にかかったためだった。

 

 

 

 

「ハドラー。そのまま勇者の息の根を止めよ」

 

何を言っているのだ、バーン様は。勇者の息の根を止めよなどと、ただ止めるだけならば俺はこのような姿になっておらぬ。俺は、これまでアバンの使徒共に敗れ続けてきた。確かにあの日俺はアバンに雪辱を果たし勝利した。だが、残された奴の弟子を倒さずして、俺は真にアバンに勝ったとは言えんのだ。

 

今俺の目の前には、瀕死の状態に陥った父バランに縋って肩を落とすダイがいる。今この剣をダイの背から突き刺すのは、赤子の手を捻るより容易。今までの俺なら、一も二も無くこの好機に飛びついていただろう。

 

だが、それをして俺にいったい何が残るというのだ。どのみちこの命はもう長くない。これまで負け続けてきて、ようやく俺の望む戦いが出来るようになったというのに、この期に及んでそのようなやり方で勝利を掴んで何になるのだ! ――何が残るというのだ!!

 

ふつふつと、抑えようもない怒りが臓腑の奥から込み上げてくる。大魔王バーンに対しても、キルバーンに対しても。バランに対してもだ……! 何故俺の邪魔をするか……! 俺は神が作った(ドラゴン)の騎士であり、アバンの意思を宿した好敵手(ダイ)と心ゆくまで戦いたいのだ。それが俺が今まで生きてきた証なのだ!! バーンなど知った事か!!

 

そして俺は、再度のバーンからの命に反旗の声を上げた。

 

 

「冗談では無ぁいッ!! 俺はアバンの使徒を倒して、アバンに勝つ事だけを目的にこのような身体になったのだ!! こんな有様のダイを倒して、いったい何をアバンに対して誇れというのかぁっ!!」

 

アバンに勝ちたい……! 瞼を閉じれば、今でもあの男の幻影が俺の脳裏に確かに揺蕩っているのだ。その幻影を屈服させるには、あの男が残した者達との戦いに勝つ以外にない……!

 

だから俺は、ある種の恩義を感じていたミストバーンに対してもその刃を向けた。クククッ、ミストバーンよ。勇者との戦いは、全てに優先するのだ。悪く思うなっ!!

 

 

 

「ガハッ! な、なんだ、それはぁっ!!」

 

俺の身体の中から現れた黒い物体に俺は驚きの声を上げる。超魔爆炎覇で傷一つ付けられなかった事にも驚いたが、これはそれ以上の驚きを俺に与えていた。

 

これはただの物体では無い。ドクン、ドクンと脈打つかのように動いている。これはまさか……爆弾か!? 

 

「な、何故そのような物が、俺の身体の中に! ――!? まさか、大魔王! お前が……!」

 

俺はバーンに視線を投げかけた。バーンはそんな俺を、もはや生物に対して向ける視線では無く、道具に向けるかのような目で見つめていた。

 

「ハドラー、それは黒の核晶(コア)だ。それを見るのは初めてでも、その名を聞いた事ぐらいはあろう。ひとたびそれに火が入れば、大陸ごと消し飛ばす」

 

カッと頭に血が上る。おのれ、バーン! 最初からそのつもりだったな! 俺の命を、俺の誇りを弄んだかっ!!

 

ミストバーンを押しのけ、俺がバーンの下へ向かおうとした時、俺の目の前の光景が一変した。

 

 

 

白亜の壁に覆われた天魔の塔から一変して、俺の視界には岩と岩山が屹立するだけの寒々しい光景が目に映る。目の前にあるのは、死の大地の中央にある一際高くそびえ立つ岩山の山肌だった。

 

「こ、ここは死の大地……か?」

 

俺の独白に、俺と共にこの場所に転移していたミストバーンが言葉を返した。

 

「そうだ。ハドラー、お前は今から黒の核晶(コア)の爆発によって死の大地と共に消える。それによって、白亜の鳥は空を舞うのだ。バーン様のお役に立って死ねる事を誇りに思え」

 

「ミストバーン、お前は……! お前も俺の身体の中にこのような物が埋め込まれていた事を知っていたのか!? 知っててお前はこれまで……!」

 

「それが大魔王様の望みだったからだ。さらばだ、ハドラー。……お前の事は忘れぬ」

 

そしてミストバーンは俺の前から姿を消した。黒の核晶(コア)のみを残して。

 

「――!?」

 

直後、その黒の核晶(コア)が全ての色彩を白へと変えて爆ぜた。自身の身体の影すら白く塗りつぶされたように感じた俺の意識は、そこで潰えた。

 

 

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