転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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154話 運命に抗う大賢者

 

バランは、俺達の目の前で灰と化して消えていった。文字通り、空を吹く強い風に運ばれて、もはやバランだったものの遺灰は一掴み分すらそこに残されていなかった。

 

「フッフッフ。(ドラゴン)の騎士バラン。伝説に違わぬ勇猛な戦いぶり、見事であった。余も久方ぶりに痛みという感覚を思い出したわ。だが、悲しいかな。人間の感情が強くですぎていたようだな。それも、妻を持ち、子を持ったがゆえんか。クックック」

 

「う、ううう。うわぁぁっ!!」

 

「――駄目よ、ダイ!」

 

怒りに我を忘れたダイが、抑えていたマァムの手を振りほどき、バーンの下へ足を一歩踏み出す。そして二歩目も。だが、三歩目の踏み出しは俺が許さなかった。ダイは足を踏み出した姿勢のまま突然ガクッと膝を落として、白亜の床に横倒しになって倒れた。

 

「ダ、ダイ……!? どうしたの!」

 

そのダイに飛びついてダイの身体を揺するマァムに俺は声をかけた。

 

「ダイには、俺が(ドラゴン)の騎士特効の睡眠呪文(ラリホー)をかけた。頭に血が上ったダイは、あいつらにとって格好の獲物だ。そのまましばらく眠らせて頭を冷やさせておいた方が良い」

 

(ドラゴン)の騎士特効……。こんな状況を想定して開発していた呪文じゃないのに。

 

「ポップ……」

 

「クスクスクス。仲間に、それも勇者に睡眠呪文(ラリホー)をかけるとは、相変わらず大胆な事をする。でも、良い判断だったね。あのまま向かってきてくれていたら、父親の後を直ぐにでも追わせて上げられていたのに」

 

「……」

 

キルバーンの視線が、ミストバーンの鋭利な爪に飛んだ。そのミストバーンは、伸ばしかけていた爪を再び無言のまま引っ込める。

 

俺は奴らに返事を返さず、こちらの状態を把握しようと皆に視線を走らせる。

 

パーティーの状況としては、最悪と言って良かった。バランもラーハルトも死んだ……。目の前で親父さんを失ったダイは、この戦いにおいて戦力に数えられないだろう。マァムは優しい娘だ。立て続けに起きた仲間の死に動揺している。

 

そして俺が頼りとするヒュンケル、クロコダインは……。俺は彼らに視線をチラッと向ける。駄目だ、戦闘態勢は取っているものの精神が戦える状態になっていない。……無理も無い。俺もそうだが、大魔王バーンの圧倒的な威圧に一度は呑まれかけていたんだ。それをバランと言う最強の男がバーンの相手をしてくれる事で、一度は持ち直した。

 

その後バランがキルバーンにより暗殺された事で、今度こそバーンと俺達が直接対峙する必要が生じた。いくら歴戦の彼らと言えど、目まぐるしい状況の変化に伴う気持ちの切り替えができるはずがない。

 

キルバーンは、まさに最悪のタイミングで暗殺を決行したと言える。あいつはバランの命を奪い、激高したラーハルトの命をも奪い、そして、ダイを含む俺達全員の精神をへし折ったんだ。

 

暗殺者として最高の愉悦を感じているのだろう。奴が、してやったりという感情をあの仮面の下に浮かべている事が、ありありと分かる。

 

普通に考えたら、ここは逃げの一択だ。それ以外の選択肢は存在しない。幸いここは空だ。上空からの脱出が可能だ。だが……。

 

「……逃げないのかね?」

 

――!?

 

唐突に、バーンが俺達に、いや、俺に話かけてきた。

 

「お前達の最強の手札であるバランは死んだ。そしてラーハルトも。肝心の勇者もそのような有様で、これ以上お前達は戦えるのかね?」

 

見下した余裕の笑みで、一見優しく語りかけるバーン。それは、思わず一も二もなく飛びつきたくなるほど甘い誘惑の言葉だった。だけど……。こんな状態だというのに、なぜか俺の頭は冷や水を浴びせかけられたかのように冷めていた。

 

俺は、ベルトに指していた父さんがかつて授けてくれたサバイバルナイフを鞘ごと引き抜き、それに他者転移呪文(バシルーラ)をかけた。途端にサバイバルナイフは宙を飛びサババの方に向かって……飛んで行かなかった。

 

サバイバルナイフは俺達の上空で何か見えない壁にぶつかり宙に波紋を生じさせた後、カラン、カランと俺の足元に落ちてきた。……やっぱりな。逃がす気も無い癖に「逃げないのかね」、なんて言うからこんな所だろうと思ったぜ。

 

ギリッ……。俺は強く奥歯を噛みしめ、落ちてきたサバイバルナイフをそっと拾ってベルトに戻す。

 

「出来もしない事を勧めるなんて、性格悪いって言われた事はないか、大魔王さんよ?」

 

「フッフッフ。幸いにして言われた事は無いな」

 

俺のその敬意の欠片も見受けられない物言いに、キルバーンはクスクスと笑い、ミストバーンは無言で圧を強めた。

 

「さすがに目ざといな。そうだ。死の大地の下にあった先ほどとは違い、今やこの大魔宮(バーンパレス)は余の魔力によって完全に覆われている。瞬間移動呪文(ルーラ)で逃げる事は不可能だ。フッ、フッフッフ……。大魔王からは逃げられぬ」

 

は……、ははは……。乾いた笑いしか出てこねえ。まさかゲームで幾度となく聞いた言葉を、ここで聞かされるとは……。何がゲームじゃないから逃げられるだろう……だ。あの時の俺をぶん殴りに行ってやりたいぜ。

 

「さあ、そろそろ幕を下ろそう。……そなた達は良くやった。最後は灰となり、この大魔宮(バーンパレス)からそなた達の愛する大地に還っていくといい」

 

灰、だと……!? まさか極大閃熱呪文(ベギラゴン)を……!? 駄目だ、あんなのは防ぎようがない。いったいどうすれば……!

 

「そう怯えた顔をするでない。あれは使わぬよ。先ほどはバランに確実に致命傷を与えるために使ったが、本来あれは余の好みとする所ではない」

 

「好みじゃない……だと……?」

 

「そうだ。あれでは、あっけなさ過ぎるであろう? 余の魔力をその身に受け、断末魔の叫びを上げ、それが波濤万里まで伝わってこそ、余の威光が地上、魔界を問わず隅々まで届こうというものよ。……違うかな?」

 

そう俺達に対して死刑宣告したバーンは、右手に魔力を集中させた。直後その右手の先に巨大な火の鳥が出現する。それはまだバーンの掌中にあるというのに、凄まじい熱気が俺にまで届く。

 

おい、おい……。この世に神はいないのかよ……。いくら何でも、試練を与え過ぎだろうが……!

 

「先ほど余がバランに対して放った火の粉は火炎呪文(メラ)だ。そしてこれが……余の火炎呪文(メラゾーマ)だ。魔界では太古よりこれを『カイザーフェニックス』と呼んでおるが、……フッフッフ……、そなたの火炎呪文(フェニックス)と同じようなものよ」

 

バランを包み込んだあの竜巻のような業火が火炎呪文(メラ)、だっただと……? おい、誰か、嘘だと言ってくれ。俺の火炎呪文(メラゾーマ)にも匹敵する程の威力だったじゃないか。……どこが同じだよ。

 

いや、諦めるな。さっきのバランの電撃呪文(ライデイン)はバーン達を倒すために放ったものじゃないはずだ。あれは、俺達に対する絶対に諦めるなというメッセージだったはずだ!

 

後悔も、反省も後だ! ――考えろ、考えろ、考えろ。今俺が考える事をやめたら、パーティーは全滅するぞ。最後の最後まで考えるんだ……!

 

「さあ、『氷の賢者』よ。これをどう捌く……? ――はッ!」

 

羽ばたきを上げながらバーンのフェニックスが放たれた。よく見慣れたその火の鳥は、まるで俺に反旗を翻したかのように迫ってくる。――どうする!? 俺もフェニックスで対抗するか!? 

 

いや、馬鹿か俺は! 同じ土俵で勝負したら負けだ!

 

「――氷系壁呪文(アイスウォール)!!」

 

俺は左手をバーンに対して突き出す。

 

バーンと俺との間に氷の壁が5枚瞬時に構築される。ドオオーンッと音を立てて火の鳥がその氷の壁にぶち当たる。砕かれてはいない。ただ一瞬にして蒸発されていく。2枚目、3枚目の壁も同じだ。4枚目、5枚目は蒸発こそしなかったものの、やはり瞬時に砕かれた。

 

だが、それで十分だ……!

 

「皆、伏せろーーー!」

 

俺は背後を肩越しに振り返り、そう声を振り絞った。

 

身体を深く沈み込ませた俺達の上空を火の鳥が飛び去っていく。良かった、ぶっつけ本番だったが上手くいった。俺は氷の壁の強度を、部位ごとに強弱をつけて構築していた。バーンのフェニックスは威力こそ俺のそれを遥かに上回っているが、誘導機能はついていない事は一目見て分かっていた。だから俺は氷の壁の強度に強弱をつける事で、ほんのわずかずつその進入角度を上方にずらしていき、かろうじてその直撃を逸らしていた。

 

「見事……! ならば次よ……!」

 

――次だと!? ぎょっとした俺は、背後に飛び去っていく火の鳥から目を離し、バーンを振り返る。そこには、いったいいつの間に作り出したのか、バーンの頭上に無数の爆球が浮かび上がる光景が広がっていた。

 

嘘だろう! いつの間にあれだけの爆球を作り出したんだよ! ひゃ、百はあるんじゃないのか!? かつて俺がバラン戦で作り出したハッタリの爆球であるはずもない、本物の爆球が静かに浮かんでいる。

 

そう毒づいている間にも、その無数の爆球は次々と俺目がけて飛んできた。

 

くっ! 片手じゃ捌ききれない……!

 

「――閃熱呪文(ギラ)(×20)!!」

 

俺は両手を使って魔力圧縮で限界まで増幅した閃熱呪文(ギラ)を速射で放っていく。そこまで増幅して初めて俺の閃熱呪文(ギラ)は、爆球の表膜を貫通し誘爆を誘う事が出来ていた。それはつまり、この爆球がただの爆裂呪文(イオ)のレベルで無い事を意味していた。

 

俺は両手をまるで二丁拳銃のように閃熱呪文(ギラ)を連続して放ち、次々にこちらに向かってくる爆球を迎撃していく。発動速度、威力、精密射撃、これまでに培った全ての魔法技術を駆使して、ただ無心になって閃熱呪文(ギラ)を放っていく俺。

 

いつまで続くんだよ、これは! 通常の魔法使いの閃熱呪文(ベギラマ)を超える威力の閃熱呪文(ギラ)を、俺は次々に放っていく。あまりに連続する高速詠唱に俺は脳の血管が焼ききれそうになるのを感じながら、それでも反撃の機会を密かに伺っていた。

 

3つ、4つ、まだだ。もっと、もう少しだけ。慎重に……。閃熱呪文(ギラ)で迎撃しているとはいえ、細かな爆発の余波が俺を襲う。ドラゴンローブが多少は威力を軽減してくれているが、それでも小さくないダメージが俺の身体に蓄積されていく。だが、自身に回復魔法をかける余裕など、今の俺には無かった。

 

次々に襲い来る爆球を迎撃しながら、俺は少しずつ、ほんの少しずつ仕込みを進めていた。

 

6つ,7つ……! ここまでだ! これで勝負に出る!

 

 

 

バーンの頭上に浮かぶ無数の爆裂呪文(イオ)の爆球の一部が、突如としてバーンの意図しない動きをする。その数僅かに7つ。

 

この魔法戦が始まって初めてバーンが困惑した表情を浮かべる。そりゃあ、そうだろうさ。そいつらは、俺が閃熱呪文(ギラ)の速射の合間合間に少しずつ創出していた()()爆球だ。俺は自身が創出した爆裂呪文(イオ)の爆球を、間断なく続く爆発の連鎖の合間を縫って、バーンの上空に浮かぶ無数の爆球の中に紛れ込ませていた。 

 

――木を隠すなら森の中って言うよなぁッ!!

 

「――いけぇっ!」

 

7つの爆球が、バーンの頭上から奴の周囲に降り注ぐ。直接は狙わない。それが本命じゃないからだ。

 

ドドドドドドドッ!!

 

――バーンの周囲に着弾する7つの爆球。

 

その爆発によって舞い上がった土煙と破片が、バーンの視界を覆い隠していく。バーンがその薄いベールを纏っている間に、俺は乾坤一擲の呪文を唱える。左手に火炎呪文(メラ)を、右手に氷系呪文(ヒャド)を!

 

急げ、急げ、急げ! チャンスは今しかない! 両の手を胸の前で組み合わせ、ほんの一呼吸で炎熱のエネルギーと氷結のエネルギーを同質化する。十分に左右の魔法力を調整しないまま合成したため、俺の両手にそれぞれ火傷と凍傷の跡が刻まれる。だが、そんな事を気にしていられる余裕は一切ない。どうだ、これまでの最速記録を更新したぜ! 即座に俺は右手を大きく後ろに引きしぼり、その手を離した。

 

「――極大消滅呪文(メドローア)!!」の言葉と共に……。

 

全てを消し去る消滅の矢がバーンに放たれた。直後、俺とバーンの間に降りていた土煙という名のベールが風にさらわれ、バーンの姿が露わになる。だが、もう俺の放った消滅の矢はバーンの目前にまで達している。いくらバーンでも今からでは避けられまい……!

 

――勝った! 俺は賭けに勝った事を確信した。

 

 

……次の瞬間までは。

 

 

「パキィィィィン!」という甲高い音を発して、バーンの前方に突如として光の壁が出現する光景を、俺は確かに見た。

 

おい、まさかあれは……!

 

「……覚えておくのだな。これが呪文返し(マホカンタ)だ……」

 

ニヤッと笑みを浮かべたバーンの眼前で、消滅の矢が反転し俺目がけて飛んできた。かろうじて俺の胸に残されていた極小の希望の光を、絶望の黒い染みが無慈悲に漆黒に染め上げていく。

 

これを避けるわけにはいかない。即座に俺は両の手を突き出し、逆に俺を消滅せんと向かってきた消滅の矢を迎撃する。

 

バァーーンと、大きな音を立てて俺に極大消滅呪文(メドローア)が直撃するが、かろうじて俺の手の中に再び極大消滅呪文(メドローア)を作り出す事に間に合った。

 

極大消滅呪文(メドローア)極大消滅呪文(メドローア)で抑え込む。大丈夫、自分が作り出した極大消滅呪文(メドローア)だ。極大消滅呪文(メドローア)を構成している術式は、手に取る様に分かっている……!

 

「――! これは……!? いや、それは後だ……!」

 

「ポップ!」と叫ぶマァム達の声が聞こえてくる。大丈夫、任せてくれ。俺は後ろを振り返らず、極大消滅呪文(メドローア)を抑え込む事だけに集中する。

 

そして俺は、どうにか呪文返し(マホカンタ)によって反射された極大消滅呪文(メドローア)の相殺に成功する。

 

だが、息をつく暇も無かった。

 

バーンは再び、その燃える火の鳥、フェニックスを俺に向けて放った。それに対して俺は先ほどと同じように5枚の氷の壁を構築する。

 

だが、バーンは俺のその対応を見てニヤッと笑みを浮かべたと思うと、反対の手を一閃しもう1羽の火の鳥を放ってきた。

 

連発だと!? これほどの呪文を、全く溜める事なく放つのかよ!?

 

その火の鳥は直ぐに先行の火の鳥に追いつき、次の瞬間初めから1羽の鳥だったかのように巨大化する。

 

――まずい! 大きくなっただけでなく、推進力も倍加している! これでは、逸らせない!

 

どうする!? ――と俺が迷った時、俺の横を一人の戦士が横切り、迫りくる火の鳥に対峙した。

 

 

それは、ヒュンケルだった。

 

「俺の鎧ならば、多少なりとも持ち堪えられるはずだ! その間に、体勢を立て直せ!」

 

ドオオーンと大きな音を立ててヒュンケルに直撃する炎の鳥。確かにロン・ベルクが打ち直したその鎧なら耐性があるだろうが、無制限という訳では無いだろう。その証拠に、肉の焦げる嫌な匂いが前方より微かに漂った。

 

「ヒュンケル、無茶だ! 下がれ!」

 

「――俺に構うな! 火の鳥なら喰らった事がある! それに比べたらこれしきの炎、どうと言う事もない!」

 

ヒュンケル……、お前……。火傷による痛みで耐え難い苦痛を今この瞬間にも抱いているだろうに、それを全く感じさせない不敵な笑みを浮かべるヒュンケル。

 

「ロン・ベルク作の鎧の魔剣か。確かにそれなら多少は持ち堪えられても、不思議ではないな。だが、これならどうかな? ――ハッ!」

 

バーンがもう片方の手を大きく空に突き出し、それを振り下ろした。ゴファッと上空からの熱風を感じた俺が空を見上げると、今度は直上から火の鳥が急降下してきていた。その大きさは、今ヒュンケルが受け止めている火の鳥と遜色ないほどの大きさだった。

 

……チッ! 極大消滅呪文(メドローア)は、――駄目だ、間に合わない!

 

その時、焦りの表情を浮かべる俺の背後から突然竜巻のような闘気流が噴き上がった。更にほんのわずかタイミングが遅れて2つ目の闘気流も。

 

俺が背後を振り返ると、おっさんが両の掌から上空の火の鳥目がけて渾身の獣王会心撃を放っている姿が視界に映った。

 

「おっさん……」

 

「ぐっふっふ。戦いの最中に茫然自失するとは、無様な姿を見せたな、ポップ。だが、もう大丈夫だ。さあ、反撃だ! ――獣王激烈掌!!」

 

おっさんがその両の手を組み合わせて闘気流を捻ると、火の鳥はまるで左右に引き裂かれるように霧散した。

 

前方に目を戻すと、ヒュンケルが火の鳥を胸に抱きしめるようにして、完全に抑え込んだ所だった。

 

――今しかない!

 

「フッフッフ。腐っても、さすがは元六大軍団長といった所か。ならばこれは――「重圧呪文(ベタン)!!」」

 

強者に対して受け身に回っていてはやられる! 一気呵成に行くべき所だと判断した俺は、師匠直伝の呪文で続く攻防の先手を取った。

 

超重力磁場が瞬時に発生し、その中心にバーンを捉える事に成功する。

 

「ほう……、これが重力を操る呪文か。なかなかの呪文だが、これしきの事では――」

 

7Gの重力を受けていると言うのに、バーンの様子は変わらない。だが、この魔法はここからだ!

 

「まだだ! ――火炎呪文(フェニックス)!!」

 

今度は俺の火の鳥を受けて見ろよ! 俺は重力磁場を構成している左手をバーンに突き出したまま、右手を一閃する。次の瞬間、バーンのカイザーフェニックスより幾分小さなフェニックスがバーンに向かって飛翔する。

 

単発の威力では劣っていても、知恵と工夫でカバーしてやるさ!

 

フェニックスが、重圧呪文(ベタン)の重力磁場の中に突入した途端、その半球状の空間内部で紅蓮の炎が踊った。それはさながら、太陽の表面で断続的に発生する爆発現象に酷似していた。

 

「――合成魔法『太陽爆発呪文(フレア)』!!」

 

重力磁場内の白亜の石畳が高熱に晒され、ガラス状に変状していく。直ぐに磁場の中が真っ赤に染まり、中の様子が伺えなくなる。

 

 

閉ざされた重力磁場の中では、フェニックスの熱量は数倍に跳ね上がるはずだ。これならもしかして……と俺が思った瞬間だった。

 

赤く染まっていたはずの重力磁場が、突如として純白に変貌した。そして次の瞬間、内から発せられた強い魔力を受け止めきれず、俺の重圧呪文(ベタン)が吹き飛ばされた。

 

暴風のような風に煽られ、俺の身体が浮き上がりかけるが、おっさんが俺の身体をガッシリと受け止めてくれた。

 

 

「……ポップ。出て来るぞ」

 

おっさんに礼を言おうとした矢先のヒュンケルの言葉に、俺は前方に視線を戻す。

 

既に重圧呪文(ベタン)は破られているというのに、半球状の白いドームのような物体がそこに出現していた。薄らとその表面に白い霧が揺蕩っている所を見ると、おそらく何らかの氷系呪文を用いて俺の太陽爆発呪文(フレア)を破ったな……。

 

一体どれほどの魔力差があれば、灼熱地獄のようなフィールドを瞬時に絶対零度のそれへと変貌させられると言うのか……。

 

ゴクリと、誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。

 

白いドームの表面に、ピシッと亀裂が走った。その亀裂は最初は一筋だったが、直ぐに連鎖する様に複数の亀裂がドームの表面を走っていく。

 

そして次の瞬間、ドームが細かい破片に細断され、その中から無傷のバーンが現れた。同時に、スパッと身を切られそうな程の冷気を俺の肌が感じ、自然と鳥肌が立った。

 

……無傷。無傷かよ。合成魔法『太陽爆発呪文(フレア)』。俺の奥の手で無傷とは……。俺が小さくない精神ダメージを受けていると、それを更に煽るような声が飛んだ。

 

「ウフフ。中々の大技だったけど、魔法戦でバーン様に勝てると思うなんて、増長が過ぎるんじゃないのかい?」

 

「そうだ、そうだ。たかが人間の癖に生意気だぞ!」

 

バーンの背後にいたキルバーンとその使い魔のピロロが、俺をそう揶揄する。しかし、他ならぬバーン自身がその言葉を否定した。

 

「いや、先ほどの攻撃には余も僅かだが肝を冷やしたわ。重力魔法と火炎魔法の合成魔法か。まさに太陽の表面で爆発するフレアを彷彿とさせる呪文であった。先の極大消滅呪文(メドローア)と言い、なかなかに興味深い技術よ……」

 

そしてバーンは、自身が地上支配を目論んだ理由を語る。地上を消し去り、魔界に太陽が降り注ぐ時、真の魔界の神になる、と。

 

ギリッ……。かつての神々が犯した愚行を償うだと……。俺とは全く尺度の違う神話の時代の話をするバーンに圧倒され、思わず奥歯を噛みしめる。

 

バーンは、視線を俺に固定したまま更に口を開いた。

 

「さあ、今少しそなたとの遊戯に嵩じたい所だが、余にも余り時間がない。この上は接近戦で雌雄を決そうではないか……」

 

そう言って、この戦いが始まって初めてバーンが足を一歩踏み出した。その動きに、クロコダイン達が即応する。

 

「ポップ、下がれ!」

 

「お前は後ろから俺達の援護を!」

 

「ポップ、ダイの事をお願い!」

 

クロコダインが斧を構え、ヒュンケルが魔剣を正眼に構える。そしてマァムは半身に構えて浅く腰を落とした。

 

そんな彼らの構えを見ても、バーンの歩みは止まらない。まるで彼らを最初からそこにいないかのような目で見つめながら、徐々に近づいてくる。

 

その動きに焦れたのは、こちらの方だった。正面からはおっさんが、その左右にヒュンケルとマァムが位置取り、バーンに突貫する。

 

最初に仕掛けたのはヒュンケル。ヒュンケルはいきなり必殺のブラッディースクライドを側方からバーンに放つ。しかし、バーンはそれを素手で刀身を摘まむようにして防いだ。

 

信じがたい光景だった。不意を突いたとはいえ、(ドラゴン)の騎士であるバランすら貫いたあの一撃必殺の突きを素手で抑えるなんて……。

 

バーンはそのままヒュンケルの体勢を空中で崩し、マァムにぶつける。体勢を崩したマァムとヒュンケルはそのまま地面に転がった。

 

「おおっ……おのれエエッ!!!」

 

おっさんが右手に持った真空の斧をバーンに振り下ろす。しかし、それより一瞬早くバーンの掌底がおっさんの腹部にめり込み、その巨体を吹っ飛ばした。

 

「……ぐふっ!!!」と思わず耳を塞ぎたくなるような苦悶の声を上げながら地面に横たわるおっさん。

 

続く腕の一振りで、ヒュンケルとマァムが吹き飛ばされ、地面に横たわる。

 

それは、彼らの援護をしようと構えていた俺が立ち入る隙もない、一瞬の出来事だった。

 

そして、バーンの見た目と反した余りの近接戦闘能力の高さに俺が愕然としている間に、バーンは俺の眼前まで近づいていた……。

 

「下がれ、ポップ!」

「ポップ、逃げて―!」

 

ヒュンケルとマァムの声で我に返った俺は、即座にダイを左腕に抱えて飛翔呪文(トベルーラ)で後方に飛翔した。

 

十分な距離を取った俺はダイをそっと下ろしバーンを睨む。まさか近接戦闘もあれほどの強さとは。あれならまだ遠距離でやり合った方がマシなのだろうか……。脳裏に今後の戦い方を思い描く俺は、不意にバーンの頭上でクルクルと舞いながら落ちてくる物体に意識を取られた。

 

細い何かが、不規則に回転しながら落ちてくる。何だ、あれは……。あんな物、さっきまでは無かったぞ。

 

ボテッと鈍い音を立ててその何かは地面に落ち、ようやく動きを止めた。

 

――!

 

直後、俺はその何かから目を離す事が出来なくなった。

 

 

 

……何故なら、その何かは、俺の右腕に他ならなかったためだった。

 




後1話で本章も終了です。
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