転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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少し予定より遅くなりましたが、本話より最終章スタートです。前章同様、基本的には毎休日での投稿を予定していますが、リアルの事情によりたまに飛ばす事もあるかもしれません。

最終章の副題は、べたべたのべたで申し訳ないですが、連載開始当初からこれしかないと決めていました。と言うより、まさかここまで書き続ける事が出来るとは思ってもいませんでした……。

本作は本章にて完結させます。ボリューム的には40話ぐらいでしょうか。よろしければ、是非最後までお付き合いください。


最終章 そして伝説へ……
156話 漂流


「ごふっ! うぶっ……!」

 

不規則に揺れる波のしぶきを思わず飲み込んでしまい、俺は海水を吐き出す。

 

「ポップ、大丈夫!? ほら、もっとしっかりと私に掴まって」

 

マァムが、強い力で水面下に沈みかける俺の身体を引っ張り上げる。

 

「つ、掴まって、て言ったって、マァムはダイまで抱えているじゃないか。俺までマァムにおぶさったら、いくらマァムでも……無理だよ。俺は……こう見えても、小学生の時に水泳二級のワッペンをもらった事もあるから……だ、大丈夫だよ」

 

「何を訳の分からない事を言っているのよ、あなたは! 二級だか一級だか知らないけど、片手で泳げるはずないでしょう!」

 

あ、ああ、そうか。ワッペンなんて言ってもマァムには分からないか。俺も魔力枯渇による疲労と、失血過多で意識が朦朧とし始めているな。それに、さっきから妙に身体が重い。

 

ダイは脈こそあるものの、まだ意識が戻らない。俺が魔力さえ残っていたら瞬間移動呪文(ルーラ)なり他者転移呪文(バシルーラ)なりで、最悪ダイとマァムだけでも陸地に飛ばせるんだが、もう完全に魔力が枯渇してしまっていてそれすら出来ない。

 

いや、無い物ねだりしていてもいけないな。このままじゃあ、3人ともお陀仏だ。

 

「マ、マァム……。俺は、……後から追いつくから、ダイを抱えて陸地を目指して……泳ぐんだ。こ、このままじゃあ、海流に流されて……どんどんサババから離される事に……」

 

「そんな言葉を、はいそうですか、と私が信じると思っているの!? ダイも、あなたも絶対に死なせないわ……!」

 

そう言ってマァムは右肩に俺を、左肩にダイを背負って気丈に前を向く。

 

「馬……鹿。いくらなんでも……こんなの続くわけがない。片腕を失った魔法使いと、……勇者だぞ。どちらを優先すべきか、……考えるまでも無いだろう。み……皆のために勇者を生かさないと。私情で動いたら駄目――」

 

「私情で動いて何が悪いのよ! それに、私はメルルに約束したの! あなたを絶対に連れて帰るって……! くだらない事言ってないで、黙って私に担がれていなさい。慣れているでしょう!?」

 

……駄目だ、こうなったマァムは梃子でも自分の意見を翻さない。まったく、とんでもない女性を好きになってしまったもんだ、と俺はこんな時なのに思わず苦笑する。

 

……それにしても、随分と冷たい。8の月の海水温度はもっと高いはずじゃないのか? どうしてだろう……? 俺は、徐々に瞼が重くなっていく事を自覚しながらそんな疑問を頭に浮かべていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ポップ!? こら、起きなさい! 駄目よ、こんな所で寝たら!」

 

あれからどれほどの時が経っただろうか。日は既に落ち、周囲は暗闇に閉ざされていた。方向感覚はとうに失われており、マァムは先ほどから泳ぐと言うより強い海流に流されていたと言った方が良い状態だった。それでも、両肩に担いだダイとポップの身体だけは、片時も手放してはいなかった。

 

マァムは右肩に担いだポップを激しく揺する。ダイは意識は戻らないまでも体調は安定していた。しかし、ポップの方はその顔に生気をほとんど感じず、体温も急速に下がっているように感じていた。

 

つい先ほどポップは意識朦朧の状態ながらも、「ほ……ほらみろ……、あの時……危ない水着を……貰っていたら……役に立ったのに……。う、うう……。死ぬ前に……一目……見たかった……」と口にし、マァムもそれに対して「うるさいわね! そんなに見たいのなら、母さんに借りて今度着てあげるわよ! だから、ちゃんと生きていなさい! 良いわねっ!?」と、返事を返したところだった。

 

しかし、その会話を最後にポップは意識を手放したようで、返事をする事が無かった。

 

このままじゃあ……。マァムが焦りの表情を顔に浮かべる。墜落地点から北の方に流されたのか、海水温も随分と下がってしまっていた。遠くに黒く大きな山のようなシルエットが見えるが、もしかするとあの大陸は北のマルノーラ大陸だろうか。

 

マルノーラ大陸にはマァムも行った事が無いが、どのような大陸なのかは知っている。1年を通じて雪と氷に閉ざされた永久凍土の大陸。当然近づくにつれて海水温は下がっていくはずだ。

 

マァムはどうにかしてその大陸から離れようと、水面下で足を動かす。いくら体力に自信のあるマァムでも、既に限界が近かった。しかしマァムは、この両肩に背負った2人こそが、地上に生きとし生ける者達の最後の希望だと言う事を、誰よりも理解していた。

 

大魔王バーンを含む魔王軍幹部の力は圧倒的だった。大魔宮(バーンパレス)での戦いは完敗と言っても良かった。だが、マァムはこの2人さえいれば希望はあると確信している。戦闘能力だけの話では無い。ポップの勇気が皆の心に火を付け、ダイの透き通るような瞳がその火を明々と反射し増幅する。ヒュンケルに託されるまでも無い。この2人を生かす事が、自分の役割だとマァムは自身に言い聞かせていた。

 

その時、必死で足を動かすマァムの足が、偶然ポップが腰に下げていた鞄を蹴った。すると、突然その鞄がもぞもぞと動きだし、金色に輝く何かが夜空に飛び出した。

 

「え!? な、何が……!? ――! ゴメちゃん!?」

 

そう、ポップの鞄から飛び出したのは大魔宮(バーンパレス)に突入した際に、ポップの鞄の中に押し込められていたゴメだった。ゴメは、その身を心配したポップに促され、鞄の中にあった眠り草に口をつけたため、あれからずっと眠っていたようだ。

 

「ピ、ピィイイ―!」

 

今までずっと眠っていたためか、逆に元気いっぱいの様子でマァム達の周囲を飛び回るゴメ。そのゴメを見て、マァムも張っていた気が僅かに緩んだ。

 

「ゴメちゃん……。そっか、ずっとそこにいたのね。ごめんね、色々あり過ぎてゴメちゃんの事をすっかり忘れていたわ」

 

ゴメはマァムの言葉に周囲を見渡し、ダイとポップの意識が無い事に気が付いたのか、先ほどまでとは一転して悲しそうな顔で「ピィィ……」と呟いた。

 

「ごめんね、こんな状態だからゴメちゃんを撫でてあげる事も出来ないの。ゴメちゃんは、空を飛べるから平気かしら? つらくなったら私の頭に乗って良いわよ」

 

マァムの言葉に、ゴメは事態の深刻さを悟ったようだった。マァムの周囲をパタパタと飛んでいたかと思うと、不意に空高く飛び上がる。そして、高い位置から周囲を見渡し、遠くに何かを見つけたのか一直線に飛んで行った。

 

「ゴ、ゴメちゃん! 何処に……!?」

 

マァムが驚きの声を上げるが、そのゴメは直ぐに戻って来た。その口には、近くの波間に漂っていたらしい、短い板切れが咥えられていた。

 

「そ、それにダイとポップを……? あ、ありがとう、ゴメちゃん。ありがたく使わせてもらうわね」

 

「ピィ!」

 

マァムは喜色を浮かべ、その板に意識の無いダイとポップの上半身を押し上げる。そして徐々に冷たくなっていくポップの身体を、少しでも温めようと背中を必死で擦る。

 

諦めないわ、絶対に……! マァムは2人の背中を抱えるようにして、足を動かしていた。

 

 

 

それからどれほど経っただろうか。どんよりとした重い雲が月と星々の輝きを遮り、海面上は漆黒の闇に閉ざされていた。その漆黒の闇の中、金色をした水滴型の物体が「ピィ、ピィ」と言葉を発しながら、慌ただしげに飛び回っていた。

 

その金色の物体、ゴメはマァムに対して必死で訴えていた。何故なら、マァムが先ほど木切れに掴まるダイとポップの背中に覆いかぶさった格好で、疲労の余り意識を失ったためだった。マァムの僅かに開いた唇からは、白く消え去りそうなほど小さな吐息が発せられ、そのマァムの指先からは徐々に力が失われていくのが、ゴメには分かった。

 

だからゴメは必死でマァムの周りを飛び回るが、マァムはもちろん、ダイもポップも意識を取り戻す気配が無かった。

 

「ピィー、ピィー!」

 

涙を流しながらもどうにかマァムの目を覚まそうとしていたゴメだが、次の瞬間何かの覚悟を決めたのか、高く高く夜空に飛び上がった。

 

そしてゴメは上空で「ピピピィ!」と甲高く叫んだかと思うと、周囲に目も眩むような黄金の光を発した。それはまるで海に浮かぶ灯台の様に周囲を黄金色に照らし、何海里先までもその黄金の光を届かせた後、徐々に光が消えていった。

 

全ての力を使い果たしたのか、そのままポテンと海上に落ちたゴメは、マァムの背中の上で「ピィ、ピィ」と鳴くように呟き、意識を手放した。

 

 

 

「ゴンゾの親方、本当にこの辺りですかい?」

 

「ああ、間違いねえ。さっきのとんでもねえ光の後ろに、ランツェの灯台のシルエットが小さく見えたからな。おい、お前ら海面に目を凝らせよ! 絶対に見落とすんじゃねえぞ」

 

「「「「へい!」」」」

 

小さな漁船を操るランツェの町の漁師ゴンゾとその船員達は、浪間に揺れる海面に何かいないかと、目を皿のようにして探した。

 

そのうち、目の良い1人の船員が「親方! あそこ!」と声を上げた。その声に、皆がその船員の指し示す方向を凝視する。すると、そこには小さな木の板に2人の少年が寄りかかる様に覆いかぶさっていて、更にその2人を守るかのように1人の少女がその背中に縋り付いていた。その少女は、今にも海中に没してしまいそうに見える程不安定な状態だった。

 

「いけねえ! おい、急げ、お前ら! 早く引き上げるんだ!」

 

ゴンゾの声で、皆が船の帆の向きを調整し彼ら漂流者の元へ急ぐ。そして、到着した彼らは、3人と小さな羽の生えたスライムをどうにか船に引き上げる。

 

「親方! このローブの子……!」

 

「ああ、ポップだ! こうしちゃいられねえ! ライオネルの旦那の船は、今どの辺りだ!? 直ぐに向かうぞ!」

 

ゴンゾは、1年ほど前に知己を得た少年がそこにいた事に驚いたが、彼の立場を考え、直ぐにオーザム国王にその身柄を預けるべきだと考えた。

 

 

 

一艘の漁船が、帆を高く掲げて極寒の海に向かって疾走した。

 

漁船を操る彼らは、この時点で知る由も無かった。

 

この時彼らを救助した一事が、後に世界の命運を左右した事を……。

 

 

 

 

 

「う……うーん……。……? こ、ここは……?」

 

マァムは、ゆらゆらと規則正しく揺れる振動に揺り動かされるようにして、目を覚ました。身体を起こしたマァムは周囲をゆっくりと見回す。

 

ここは、船……だろうか。今もゆらゆらと時折身体が揺れている事からマァムはそう見当をつけた。そして、今自分が横になっていたベッドもその見当が正しい事を裏付けていた。スペースを効率的に使うために設置された小さな2段ベッド。その下段に寝ていたのか、とマァムはまだよく働かない頭でそう結論付けた。

 

「私、一体、何を……。――! そうだわ、ポップは!? ダイは!?」

 

唐突に意識を失う前の状況を思い出したマァムは、血の気が引いた顔で周囲を見渡した。私だけが助かって、まさかあの2人が……、と心の臓が凍えるような不安に包まれたマァムだが、手を伸ばせば届くほどの距離にある反対側のベッドで眠るダイをその目にして、直ぐに大きく安堵の息を吐いた。ダイの枕元では、ゴメがすやすやと寝入っていた。

 

よろよろとベッドから立ち上がったマァムは、まずダイの様子を確認し、ホッと息を吐いた。まだ意識は戻っていないけれど、状態は悪くないように見える。同時に、漆黒の海でずっとマァムに付き添って、励まし続けてくれていたゴメの身体もそっと撫でる。

 

そして、恐らくもう一人は上段にいるのだろうと思い、伸び上がってその上のベッドを覗いたマァムは再び恐怖に駆られた。

 

そこにいると思っていたポップがいなかったのだ。そんな、どこに……とマァムが焦燥した様子で周囲を見渡す。その部屋には自身が横になっていた2段ベッドとダイの眠っている2段ベッドしかなく、そのどちらのベッドの上にもポップの姿は無かった。

 

「そんな……ポップ、まさか……」と思わず呟いたのと、その部屋の扉が開き一人の壮年の男が部屋に入って来たのは、ほぼ同時だった。

 

「――誰!?」

 

自身の置かれている状況が分からず、思わず入室してきた男に対して警戒態勢を取るマァム。しかし、部屋に入って来た男はそんなマァムを見て、安心しなさい、と言いたげな表情で頷いた。

 

「ああ、驚かせてすまない。物音がしたと報告があったものだから、気が付いたのかと思ってね。俺はライオネルと言う。オーザムで国王をしている者だ。……どうか、安心してほしい。俺は、いや、オーザム国は君達に危害を加えるつもりは毛頭ない。むしろ、国を挙げて君達の支援をしたいと考えている」

 

その言葉に、マァムは思わず目を見開いていた。

 

 

 

「ポップ……」

 

マァムはポップの身体に巻かれたガーゼを取り換え、新しく清潔な物に取り換えた後、未だ目を覚まさないポップの頬に自身の手を重ねた。マァムの視線が自然にベッドに横たわるポップの右手に向かい、思わず痛切の表情を浮かべる。ポップの右腕が失われたのは私達のせいだ。マァムは、ここ数日ずっとそう考えて自身を責めていた。

 

バランがキルバーンの卑劣な手段によって弑された後、マァム、ヒュンケル、クロコダインの皆がバーンの圧倒的な威圧に気圧されてしまった。唯一その威圧を強靭な精神力で跳ね除け、バーンに対峙しえていたのはポップだけだった。彼だけがあの押しつぶされそうな重圧の中、歯を食いしばって戦っていた。

 

「ごめんなさい……ポップ……」

 

マァムの頬を伝った一筋の涙が、ポップに掛けられたシーツを僅かに湿らせた。

 

私達が最初からパーティーとして機能していたら、ポップがあれほど追い込まれる事などなかったはずなのに……。挙句の果てに私達はバーンのポップへの接近を防ぐことが出来ず、彼の大切な右腕は永遠に失われてしまった。

 

この船に救助されてから2日、ポップの容体は一進一退の状態だった。凍傷は既にほとんど癒えているが、出血が多かった事と長時間冷たい海水に浸っていた事で、彼はずっと危篤の状態が続いている。船に乗っている薬師の話では、体力が限界を迎える今日目覚めなければ、危ういと言われている。

 

コン、コン……。

 

医務室の扉が外から控えめに叩かれる。マァムが返事を返すと、開いた扉からオーザム国王ライオネルが顔を覗かせた。

 

「どうだ、マァム? ポップの様子は?」

 

国王という立場を感じさせない自然な動きでライオネルは部屋に入る。そして、マァムと同様にベッドの前に置かれた小さな椅子に腰を下ろした。

 

「はい、ライオネル王。大分顔色は良くなったのですが、まだ反応が弱くて……」

 

「……そうか。しかし、マァム。お前も少しは休んでいるのか? 起きてからずっとポップに付き添っていて、ゆっくり休んでいないだろう。お前も、疲労困憊で倒れていたのを忘れてはいかん」

 

「でも、側についていないと、どうしてもポップの事が心配で……」

 

ライオネルにそう返事を返しながら、マァムの手は寝間着を着たポップの、厚みを感じられない右袖をそっと撫でた。その動作を痛ましげな表情で見つめるライオネル。

 

「その腕、大魔王との戦いで失ったらしいな……」

 

「……はい。ポップは私達が大魔王バーンに怖気づく中、たった一人で立ち向かっていました。本当なら私達がポップの盾にならないといけないのに、逆に私達がポップに庇われて……。う、うぅ……」

 

堪えきれなくなったのか、膝に置かれた固く結ばれた拳にポタッポタッと水滴が落ちた。その様子を見て、ライオネルはマァムの肩に手を置いた。マァムは顔を上げ、気遣うような表情を顔に浮かべたライオネルを見上げた。

 

「大魔王との戦いで何があったかは俺には分からん。見ていないからな。だが、お前がたった一人でこの北の海を何時間も彼らを背負って泳いでいた事は、お前を救助した連中から聞いている。それは誰にでも出来る事じゃない。俺達、北の大陸に住む者でもできはしない。ポップとダイが生きてこの船にたどり着いたのは、間違いなくお前の功績だ。泣くな、マァム。お前はしっかりと戦っていた」

 

「はい……、ありがとうございます、ライオネル王」

 

マァムは流していた涙を拭い、ようやくライオネルに笑顔を向けた。その様子を見て安心したのか、ライオネルが一転して陽気な顔をマァムに向ける。

 

「ふっ、俺としてもこいつが生きていてくれないと、受けた恩の返しようが無かったからな。そういう意味でも、マァムには感謝しているよ。それより、俺の事は王とは呼ぶなと言っただろう? 王などと堅苦しくてかなわん。お前を最初に見つけた漁師などは、俺の事を旦那と呼んでいるぞ」

 

その物言いがどこかのお姫様と重なって見えた事をおかしく感じたマァムは、口に手を当ててクスクスと笑った。

 

「はい、分かりました。それじゃあ、ライオネルさんと呼ばせてもらいますね。……あの、アバン先生とポップは、2カ月もの間オーザム国で過ごしたと聞きました。もしご迷惑でなければ、その時のポップ達の様子を聞かせてくれませんか?」

 

「ああ、もちろんだ! そうだな、ポップはオーザムで採れる海産物に目が無くてな。あいつはよく『カニだ、アワビだ、ウニだ!』と、大喜びで食べまくっていたよ」

 

「ぷっ、くすくすくす。ポップらしいです。ポップったら意外に食べ物にうるさいんですよ」

 

 

 

「えっ、じゃあその娘、ポップと二人きりになるために遭難を装ったんですか!?」

 

「ああ、オーザムの娘は積極的だからな。だけどあいつ、ああいう方面になるとからっきしだから、誘われている事にも気づかずにさ、『だったら瞬間移動呪文(ルーラ)で帰ればいい』って言って、一瞬で深い山奥から町に戻って来たんだよ。その娘、服をはだけた状態で自分の家の前に一瞬で着いたものだから、目を丸くして驚いていたらしいぞ」

 

「あ、あははは。ポップったら、鈍い所は昔から変わっていないのね。ああ、おかしい……」

 

ぷっ、くすくすくす。その時の光景がまるで見てきたように頭に浮かび、マァムはこんな状況だと言うのに、目から薄らと涙を浮かべる程笑ってしまった。

 

「しかしまあ、あそこまで女心に鈍感で、こいつに恋人なんてできるのかねーと思っていたが、しっかりと良い女を捕まえたもんだな。それも聞いた話じゃあ、他にもいるんだって?」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべたライオネルに視線を向けられたマァムは、狼狽して手をパタパタと振る。

 

「え!? わ、私ですか……!? わ、私はまだポップとそう言うんじゃあ……。そ、そういうのは、この戦いが終わってからって……」

 

「ほう? だったら、俺の親族にポップと年嵩の合う娘がいるんだが、その娘をこいつに紹介しても良いかい?」

 

「――! そ、それは駄目です!」

 

思わず立ち上がり、ライオネルに全力で反対の意思表示をするマァム。その様子を眉を上げて面白げに眺めたライオネルは直後に爆笑する。からかわれた事に気づいたマァムは、憮然とした表情でそっぽを向いた。

 

そんな会話を病室で彼らがしていた時、扉の向こう側からライオネルを呼びかける声。

 

「ライオネル様、たった今、甲板にリンガイアの元戦士団長を名乗る男が降り立ちました。何やら勇者一行(パーティー)の行方を捜索しているとの事ですが、こちらに案内してよろしいでしょうか?」

 

 

その言葉にライオネルはマァムと目を合わせた後、「ああ、連れてこい」と返事を返した。

 

 

 

###########################################

 

大魔王バーンと勇者一行(パーティー)が初めて直接対峙した死の大地での戦い。この戦いに勝利した大魔王バーンが、勇者一行(パーティー)の中核を担う勇者達の逃亡を許した理由について、大魔王戦役から150年の間様々な憶測がなされてきた。

 

ある者は、ただ一言大魔王バーンの油断と断じ、またある者は大魔王バーンも少なくないダメージを負っており自身の回復を優先させたのでは、と推測しているが、中には以下のような見解も存在する。

 

それは、『大魔王バーンは、(ドラゴン)の騎士という人族・魔族・竜族を統べる恒星ともいうべき存在を注視しすぎたがゆえに、それ以外の衛星の存在が視界に入らなかった』というものである。

 

この見解は、結果から判断するならば、(ドラゴン)の騎士以外の存在に対して過小評価していた、という事になるが、大魔王バーンの立場になって考えてみると、それも無理のない事と言えるのかもしれない。

 

何故なら、『(ドラゴン)の騎士』という名の持つ重みを誰よりも理解していたのが、他ならぬ大魔王バーン自身だからである。つまりそれは、その名の持つ重みを誰よりも知っていたからこそ陥ってしまった、油断と断じてしまうにはあまりに酷な心理的傾向だったのかもしれない。

 

いずれにしても、今となってはこれらの推測は憶測の域を出ていないが、一つだけはっきりと言える事がある。それは、この戦いで勇者一行(パーティー)を確実に仕留めなかった事こそが、大魔王バーンが大魔王戦役で犯した最大の失策であろうという点である。

 

より正確に言うならば、勇者一行(パーティー)……いや、『氷の賢者』ポップ・マーカストンに再起の機会を与えた事こそが彼の最大の失策と言えたのだが、魔界の神とまで謳われた大魔王バーンと言えど、それをこの時点で知る事は出来なかった。

 

もし知っていれば、彼は目前にまで迫った地上の完全なる支配を遅らせてでも、ポップ・マーカストンの命を奪う事を優先しただろう、とは大魔王戦役を研究している者達の間で一致している共通の見解である。

 

この見解について、後年ポップ・マーカストン自身はこんな言葉を残している。

 

『私の命ですか……? さて、それはどうでしょう。確かに大魔王バーンを多少いらつかせたかもしれませんが、私自身はさほど彼に恨まれていないと思いますよ。仮定の話として、あの時誰かの命を奪っておくべきだった、という事であれば、その対象は私ではないでしょう。

 私が思うに、大魔王バーンがあの時最も警戒すべきだったのは、外ではなく内だった、……私はそう思いますね』

 

この時ポップ・マーカストンが指し示した“内”という言葉が誰を指していたのかは、現在に至るまではっきりしてしないが、彼と共に最後まで戦った者達、いわゆる彼にとっての“内”に該当する者達が彼の残した言葉を引き継ぐ形で発した言葉のいくつかが現在まで残されているので、紹介しよう。

 

『あ、あはは……。あれを多少いらつかせた程度って、ポップが言っていたの? あの時のバーンの形相は、レオナが癇癪を起した時に匹敵するほど凄かったよ?』

 

『大魔王バーンを多少いらつかせた? さほど恨まれていない? そんなはず、あるわけないわ。おそらくバーンは、彼の数千年に及ぶ人生の中であれほどの怒りを見せた事はなかったはずよ。ポップらしい、自己評価の低すぎる言葉ね、それは』

 

『くすくすくす。ポップさんがそんな事を? 僕はあの場にいたけれど、視線を向けられただけで危うく意識を失いかけてしまいそうだった、あの大魔王の狂気じみた瞳を今でも時々夢に見るというのに、さすがですね』

 

『ふっ。内……か。確かにそうかもしれん。俺も奴にはさんざん引っ掻き回されたからな』

 

『がっはっは。ポップは確か、バーンに一睨みされて咄嗟に誰かの背に隠れていたように記憶しているがな。今度会ったら酒の肴にしてやるとしよう』

 

 

 

大魔王戦役最終盤における無謬の如き思考の発露が、『魔王軍の戦略を読み切った男』という評価に繋がっている『氷の賢者』ポップ・マーカストン。

 

彼の言葉を信じるならば、少なくとも“内”に対して警戒をせずに済んだのは、大魔王バーンに対する勇者一行《パーティー》の数少ない優位性だったのかもしれない。

 

広義では、勇者アバンによる魔王ハドラー打破直後から、狭義ではデルムリン島での魔王軍襲撃直後からの日数を数える大魔王戦役。その戦役における最大の激戦と言われている最後の10日間は、死の大地で勇者一行(パーティー)が敗れた直後から数えられている。

 

 

そう、勇者一行(パーティー)最後の闘いは、死の大地での敗北直後から始まっていたと言えた。

 

 

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