転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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157話 運命の悪戯

~~~~カール王城跡地~~~~

 

名残惜しさを感じる陽の光が崩れた城壁の隙間から幾筋も差し込み、薄暗く広々とした空間の一部を薄紅色に染め上げていた。そんな瓦礫が散乱するかつてのカール王城の玉座の間に、二人の少女と一体の魔物が周囲を警戒しながら、そっと足を踏み入れる。

 

「……駄目ね。ここにもダイ君達がたどり着いた形跡がないわ……」

 

「はい……。……ポップさん……マァムさん……」

 

広い玉座の間の周囲に縋るような視線を向ける二人の少女に、一匹の大ネズミが彼女達を安心させるかのようにあえて呑気な声を投げかける。

 

「……全くあいつは、相変わらず遅刻して周りの皆を困らせて。どうせダイ君もそれに巻き込まれているんですよ。困ったやつです」

 

その言葉の裏に自分達を励ます成分が多分に含まれている事に気づいた二人は、その不器用な優しさを示した大ネズミに、久しく浮かべていなかったほほ笑みを向けた。

 

「そう……ね。もう、本当にあの二人には困ったものだわ。ねえ、メルル?」

 

「ええ、そうですね、レオナ姫。もしかして今頃は、マァムさんに早くしなさいって、叱られているかもしれませんね」

 

二人の少女、レオナとメルルは顔を見合わせそっと微笑みあった。不安な気持ちをひた隠し、そう気丈にほほ笑みを顔に浮かべる二人だったが、その最中、突然メルルの表情が強張った。

 

咄嗟に彼女は自身の胸元に右手を差し入れ、彼女が誰よりも想っている人物から手渡されたネックレスを取り出す。それは、一見藍色に輝くダークサファイアのネックレスだった。だが、そのダークサファイアの背面には一目でそれと分からないように、魔物の接近を阻むトヘロスの呪文を刻み込んだ魔結晶がはめ込まれている。そして、常ならその魔結晶に刻まれている呪文は、瑞々しい程の蒼色に発光している……はずだった。

 

しかし、今彼女の視線の先で、その蒼色に発光していた文字がみるみると暗灰色へと変貌していく。その変色の速度から尋常でない危機が迫っている事を察知したメルルが、状況を把握できず困惑の表情を浮かべているレオナとチウに声を張り上げる。

 

「レオナ姫、チウさん! いますぐここから――「ウフフ。いけないね。開幕のベルが鳴る前に観客が帰ろうとしては」」

 

「「「――!?」」」

 

友人に優しく語りかけるかのように見えて、その友人の首を躊躇なく切り裂くような冷たく怜悧な意思を宿した言葉が、空虚な玉座の間を一瞬で駆け抜ける。

 

「――だ、誰だ!」

 

大ネズミのチウが、自身の役目を果たそうとするかのように、彼女達の前に飛び出して声を張り上げる。彼女達の視線の先……、一段高くなった場所に女王のみが着座を許されている玉座が鎮座していた。しかし、今その玉座には、この国の国民が敬愛する女王ではなく、黒を基調とした燕尾服を纏った道化師が足を組んで着座していた。

 

「あ、あなたは……!」

 

一度はその道化師にその身を拘束された事のあるメルルが、顔を青ざめて凝視する。また同時に、その脅威度を十分に認識しているパプニカの王女レオナが険しい目を、その道化師に向けた。

 

そう、玉座にゆったりと腰を下ろしニヤニヤと陰惨な笑みを浮かべて彼女達を見下ろしていたのは、魔王軍の幹部キルバーンだった。

 

「――お、お前がどうしてここにッ!」

 

幾分腰が引けた様子でも、唾を飛ばして自身を鼓舞するかのように大声を張り上げるチウ。同時にレオナも、その玉座にもっとも相応しくない者が触れている事が我慢ならないとばかりに、険しい目でキルバーンを睨みつける。

 

「その玉座から離れなさい! それは、あなたのような卑劣な者が触れて良い物じゃないわ!」

 

そのレオナの言葉にキルバーンは、「ウフフ……。それは失礼」と笑みを浮かべ、組んでいた足をほどき玉座から立ち上がる。その動作に危険なものを感じた彼らはぐっと腰を落として、いかようにも即応できる態勢を取る。

 

彼らのそのような動きを歯牙にもかけずゆっくりと睥睨していたキルバーンは、黒髪の少女を目にしてその視線を固定する。

 

「ウフフ。いつぞやの娘がいるようだね。ちょうどいい。もう一度君を……」と、口にした所で顎に手を当てて何やら考え込むキルバーン。

 

「……いや、もうその必要はないか。だって、肝心の君をアキレス腱としていた彼は、既にこの世という舞台から退場しているんだからね」

 

その言葉の意味を正しく理解したメルルが、気丈にもキルバーンに声を張り上げる。

 

「そ、それはどういう意味ですか!? ポップさんは死んでなんかいません、絶対に!」

 

「そうよ! あの彼がそんな簡単に死ぬわけないでしょ!」「――でたらめを言うなよ!」と、レオナにチウも続く。

 

そんな彼らに対してキルバーンはただおもむろに、自身の右手を、仮面をかぶった顔の前に掲げる。そして、ニヤニヤとした笑みを崩さないまま、それを彼らに誇示するかのように見せつけた。

 

キルバーンの右手。その人差し指には、装飾のほとんど施されていない銀色に輝く簡素な指輪がはめられていた。唯一それに施されていた装飾。指輪の中央に埋め込まれていた小さな青色の宝石が、手の動きに合わせて一瞬瞬いた。

 

その指輪にいち早く気づいたのは、やはりメルルだった。

 

「その指輪は……! ど、どうしてあなたが、それを……!」

 

信じられない……、いや、信じたくないものを見てしまったかのように口を押えてフルフルと首を左右に振るメルル。その様を見て、更に愉悦の笑みを浮かべるキルバーン。

 

「どうしてだって? 君もその意味が分からないほど愚かではないだろう? もう彼には必要のない物だからね。僕がこうして活用してあげているのさ」

 

「――そんなっ! その指輪は、アバン様がポップ君に授けた物だって……!」

 

「――う、嘘だっ!」

 

その言葉で、レオナもチウも気づいた。キルバーンが右手の人差し指にはめた指輪。それが氷の賢者と称えられていたポップが、かつて師であるアバンから卒業の証として授けられていた『祈りの指輪』である事に。

 

「フフフ。そうか、これは勇者アバンの手による物だったか。魔道具を極小化して装飾品として加工する技術は人間界では途絶えて久しかったはずだが、さすがは元勇者と言った所か。だけど、装飾品の体裁をしていても、魔道具は魔道具。使用されず土に埋もれるより、僕に使われる方をアバン君も望んでいたはずだよ」

 

「勝手な事を……!」

 

アバンが愛弟子であるポップに贈った特別な指輪。それがよりにもよって、卑劣極まりないこの男の手に渡る。その悪夢のような事実にギリッと唇を噛みしめ、憎々しげにキルバーンを見つめるレオナ。そのレオナの隣では、メルルが必死で涙をこらえて前を向く。

 

「――それを返してください! それは、ポップさんにとって何よりも大切な指輪なんです!」

 

「ウフフ。僕の言葉を聞いていなかったのかい? この指輪は、死人には無用の――「ポップさんは、死んでいません!」」

 

キルバーンの言葉を遮り、メルルが大声を張り上げる。その大きく見開かれた瞳には、悲しみの色ではなく、明確に燃えるような怒りの炎が灯っていた。

 

「……ほう。言ってくれるねぇ」

 

闘う力など皆無のように見える黒髪の少女にほんの僅かとはいえ気圧された事を自覚したキルバーンは、内心感じた不愉快の感情を晴らすかのように、いつの間にか手にしていた大鎌を一閃する。

 

ゴトッ……。

 

直後、鈍い音を響かせながら、先ほどまで彼が腰かけていた玉座が中央から縦に真っ二つに切断され、左右に分かれて倒れた。

 

「フフフ。言っただろう? 指輪も、玉座も、死者には必要ないものさ。さあ、相手としては不足も甚だしいけれど、せっかく出会えたんだ。彼らが寂しくないように、君達も彼らの所へ送ってあげよう……」

 

その言葉と共に、大鎌がヒュンッと風を切るように回転した。

 

 

 

ガラガラガラ……。

 

大鎌の一撃によって既に亀裂の入っていた壁面が音を立てて崩れていく。その背後から響く音を耳にしながら、メルル達は必死に城内の渡り廊下を駆けていた。

 

「はあっ、はあっ……!」

 

彼らの中で最も体力に不安のあるメルルが、荒い息遣いをしながらもレオナの後ろを駆けていた。最後尾には、彼らを守るようにチウ。レオナが背後のメルルを振り返り、声を投げかける。

 

「頑張って、メルル! 気球の場所までもうすぐよ!」

 

「は、はい、レオナ姫!」

 

背後より迫る悪意の塊から逃げる三人だったが、突然その悪意が前方に現れる。どのように移動したのか、黒い霧が前方の空間に揺蕩ったかと思うと、次の瞬間にはその霧は道化師の姿を取っていた。

 

「い、いつの間に!」とチウ。

 

「――こっちよっ!」

 

とっさにレオナは廊下に面した扉を開け放ち、その部屋の中に駆け込む。その部屋は王城に住まう者の私室だったのか、玉座の間ほどではないにせよ、十分な広さを有する部屋だった。部屋の床には、一部が黒く焼けただれてはいるものの、それでも気品の感じられる薄紅色の絨毯が。

 

そして、華美ではないながらも品のいい天幕の供えつけられたベッドが部屋の中央に鎮座し、壁一面に並べられた本棚にはたくさんの書物が収められていた。

 

「……? この部屋は、もしかして……」

 

咄嗟に駆け込んだ部屋だったが、そこに供えられた家具等のしつらえや、絨毯に施された刺繍からこの部屋の主に思い当たる節があったのだろうか。レオナが部屋を見渡して、思わずそう呟いた。

 

「そ、そんな事より早く、早く! あそこから外に出られるよ!」

 

部屋の片面には広い開放的なバルコニーが備え付けられていて、チウの言葉の通りそこから外に出られそうだった。

 

レオナもチウの言葉に、今はこの危機から逃れるべきと判断し、バルコニーへと続く大きな窓に向かって駆けた。しかし、その時メルルの切迫した声がレオナの耳に届く。

 

「待ってください、レオナ姫、チウさん! それ以上進んではいけません!」

 

「――えっ!?」と、声を上げつつ急停止するレオナ。しかしチウは直ぐにはその動きを制止する事が出来ず、幾分速度を減じながらも窓に身体を投げ出した。

 

「――ぐぅっ!」 

 

途端に苦悶の声を上げてうずくまるチウ。そんなチウの眼前に現れる、等間隔に窓の端から端に結ばれた赤い糸。……いや、それは糸ではなく鋭利な刃物だった。赤い糸のように見えたのは、チウの血が垂れた薄い刃物だったのだ。

 

「大丈夫ですかっ、チウさん! ――回復呪文(ベホイミ)」 

 

直ぐにメルルがうずくまるチウに駆け寄り、回復呪文を唱える。その様子を横目に、レオナは血のしたたる鋭利な刃物を見て「なんて悪辣な……!」と絞り出すような声を上げる。

 

「ウフフ。君達は一度ならず目にした事があるだろう。それは僕の仕掛けた鳥かごさ」

 

そう声をかけながら廊下に面した扉からゆっくりと現れたのは死神キルバーン。皆がハッとした表情を彼に向ける。

 

「鬼ごっこはそろそろお終いだよ。さあ、三人まとめてこの世から退場させてあげるとしよう」

 

キルバーンが手の中の鎌をヒュンっと回転させる。よろめくチウに寄り添うメルル。無駄と承知しつつ右手に火炎呪文(メラミ)の炎を纏わせるレオナだが、彼我の力の差は明らかだった。彼女達はジリジリと後退するが、唯一の退路は見えない刃で防がれている。彼女達の命はもはや風前の灯と言えた。

 

しかし、突如彼女達に投げかけられる言葉が。

 

「背を低くしてください、皆さん! ――カール騎士団正統! 初撃!! 豪破一刀!!」

 

「――! チィッ!!」

 

その言葉と共に、部屋の外、バルコニーの方から鋭い斬撃が飛んだ。それは、咄嗟に頭を低くしていた彼女達の頭上を飛び越え、部屋の中央にいたキルバーンに襲い掛かる。

 

咄嗟に手に持った大鎌でその斬撃を受け止めるキルバーンだったが、その勢いまでは殺しきれなかったのか、部屋の壁面に身体を強くめり込ませる。

 

「さあ、皆さん! 今のうちに……!」

 

先ほどの斬撃によって窓に張られた見えない刃も砕かれたのだろう。窓から金髪を短く刈り揃えた20代と思わしき青年が駆け込んでくる。レオナ達はその青年に見覚えが無かったが、どう考えてもキルバーンより信頼に足るであろうその青年の言葉に従い、窓からバルコニーへと飛び出す。

 

「レオン! こっちよ! 急いで!」

 

バルコニーに飛び出た彼らを待っていたかのように、張りのある凛とした声が彼らに投げかけられる。その言葉に「はっ! 直ぐに!」と返事を返し駆ける、レオンと呼ばれた青年。

 

しかしレオナだけは、その声の主を見て大きく目を見開き足を止めた。

 

「あ、ああ……、そんな……まさか……、やっぱり生きて、生きていらしたのですね……」

 

その様子を見てフッと笑みを浮かべる声の主。

 

「くすっ、再会を喜ぶのは後にしましょう、レオナ姫。さあ、皆私の側に。行くわよ!」

 

そしてレオナ達は救援に現れた者達と共にその場から矢のように空に飛び出し、東の空に消えていった。

 

 

 

キルバーンがバルコニーへと続く窓際にゆっくりと近づいた時、彼の視線の先では魔力の使い果たしたキメラの翼がヒラヒラと風に舞っていた。

 

「やれやれ、逃がしたか。しかし、あの男の出で立ち……、どうやらカール騎士団の残党のようだね。まさかアバンの使徒以外で、あの技を使いこなせる人間が生き残っていたとは。さすがは大陸最強と名高かったカール騎士団と言った所か。……まあ良い。逃げ延びたところで、地上に住む生物にはその命が数日永らえただけに過ぎないしね」

 

そう独り言を口にしたキルバーンは、「しかし……」と口にして今自身がいる部屋をぐるりと見渡す。

 

「ここに来れば何か新しい発見があるやもというトランプ占いの誘いで来ては見たが、出会ったのがあの程度の相手だったとは。これはとんだ無駄足だったかな」

 

肩を竦めてキルバーンがそうつぶやいた時、何の悪戯か今にも崩れ落ちそうだった本棚の一部が音を立てて崩れ、そこに収められていた書物の内の一冊がキルバーンの足元まで転がる。無視しても良かったが、その書物の装庁がキルバーンの目に留まった。

 

それは、厳密にいえば書物ではなかった。この部屋が高貴な者の住まう部屋であった事は、部屋の中の調度品を見れば分かる。当然その部屋の中にある書物のほとんども、重厚な装庁が施されている。しかし、今キルバーンの目に留まったその書物は、何十枚もの紙片を粗末な紐でつなぎ合わせただけの、ただの紙片の集まりだった。

 

それは言わば、研究者が何かを研究する際に判明した事をただ紙片に書きなぐっただけの、資料のそれに近かった。それはあまりに、この部屋の本棚に収められる書物としては異彩を放っていた。それゆえにキルバーンはその書物を手に取る。

 

その書物の表紙にはただ一言、手書きでこう記されていた。

 

 

『凍れる時間の秘法の解呪の方法について』

 

 

 

 




本日はここまでとします。次話は、『相身互身』です。
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