さあ、後はこの目の前の魔物を倒すだけだ!
魔物がこちらを振り返った。ようやく正面から俺は魔物と対峙した格好だ。あれっ? この魔物もしかしてライオンヘッドか? 大分前に自警団を襲ったあの? 特徴は、聞いていた姿形と一致する。ただ、ちょっと黒っぽく見えるけど、辺りが薄暗いからかな?
魔物も俺の方を観察しているようだ。俺をただの子供だと判断してくれるならやりやすいが、さてどうかな?
とりあえず先手を取っておこう。
「――
俺は、まずは様子見のつもりで、魔物の足下を狙って
――ちっ、動きが早いな。あの速度の
10mほど離れた位置に立つライオンヘッドは、その視線だけで俺を殺せるんじゃないかと錯覚するほどの殺意を向けて俺を睨んでいる。ああ、これが邪気のある魔物と邪気のない魔物の差なのか……。これほどの殺気を伴う目で俺を見てくる魔物に出会ったのは実はこれが初めてで、俺は今までその違いが良く分かっていなかった。
これは、エウレカの里の皆とは全く違う。
……怖いな。俺は強敵との初めての命のやりとりに、背中を冷たい汗が流れるのを感じていた。
「ガゥァアー!!」
――! ライオンヘッドが雄叫びと共に突進してきた。だが、俺は慌てること無く右手を突き出し、呪文を唱えた。
「――
俺の右手前方から氷の槍が13本瞬時に出現し、それを、カウンターを取るべくライオンヘッドに向けて射出した。俺の
向かってくる氷の槍と正面から激突することを嫌ったライオンヘッドは、即座に左へ跳んだ。甘いな。それで躱したつもりか? 俺は即座に左方向に指を曲げ、それに呼応するように氷の槍も左に曲がった。どうだ、俺の
背後から追ってくる氷の槍に気が付いたライオンヘッドは、急停止し、2本の足で身体を立ち上げた。そして、その状態で残る4本の足を振り回し、俺の13本の氷の矢をはたき落とすことで迎撃した。……やるな、ライオンヘッド。6本の足をそう活用してくるとは。
だが、さすがに全ての氷の槍を迎撃することは出来なかったようで、1本の槍が奴の肩に突き刺さり、軽い出血と凍傷が発生している。ふー、どうにか1本当たったか。だけどあの巨体だ。まだ致命傷にはほど遠いな。俺は、冷静に相手に与えたダメージを計っていた。
「――ガアッ!」
再び奴が向かってきた。しかし向かった先は俺では無く、俺の右側面に生えている大木に対してだ。一体何を……と思った瞬間、奴はその木を踏み台にそこから一気に俺までの距離を跳躍して詰めてきた。
――まずい!
俺は、ギリギリで奴との間に
だが、錬成時間が少なかったため氷の壁が通常より薄く、奴の鋭い爪により氷の壁の一部が破壊された。
そのため、俺の身体にもその鋭い爪がわずかに届いてしまい、鮮血が辺りに飛び散るが、それを気にしている余裕は俺には無かった。
女の子が、氷の壁の中で真っ青な顔になりながら俺を凝視している。
奴は俺を強襲したその勢いのまま地面に足を着けること無く、今度は俺の左側面の木に飛びつき、再度こちらに跳躍をしてきた。なんて奴だ、こいつ俺の周囲に存在する木を利用して3次元の動きをする事で俺を殺ろうとしている。
俺は咄嗟に左手で、自分の周囲に円状の氷の壁を構築した。そして同時に、右手で木々の間で跳躍を繰り返す奴めがけて
ちっ、森の中でネコ科の魔物と戦闘するのは、こちらにとって不利すぎるな。前回ライナー隊長がこいつと遭遇した時に、撤退を即決した理由が良く分かったよ。
だがしかし、奴の攻撃も俺が周囲に展開している氷の壁で防げている。時折氷の壁の一部が破壊されても、俺は直ぐに魔力を流すことで再修復している。
俺は右手で攻撃魔法、左手で防御魔法と、初めて左右同時呪文発動を実戦で使用している。昨日までは、なかなか難しくて満足に出来なかった技術だ。それがこの命のやりとりを伴った実戦でようやくこつを掴むことが出来た。やはり人間、とことんまで追い詰められたら壁を越えられる事もあるんだな。
そんなことを考えていると、奴がようやく木々を利用した跳躍をやめて、地面に足を降ろした。俺との距離は約10mといったところか。
悔しげに「グルルルル……」と吠えて俺を睨んでいる。奴は何故、優位に進めていた戦法を捨て、地に足をおろしたのか。
その答えは、木々の間を跳躍したくとも、もう俺の周りには立っている木がほとんど存在していないからだ。そう、俺は
もう奴が3次元戦闘を行うための土台は無い。
そして俺は、次の一手を打つ。突如、俺と奴を中心にして直径20mほどの円上の氷の壁が地面からせり上がる。高さは約10mほどだ。
ズズズ……。地響きを立てながら地面より立ち上がっていた氷の壁が、それほど時間をかけずに完成した。
そう、さながらこれは俺と奴を闘士と見立てた、コロッセオの様子を醸し出している。俺はこいつにこの場で逃げられることを、何よりも恐れていた。こいつはここで必ず仕留める。その決意の表れがこの氷の壁だ。
大規模な氷の壁を造成したため、俺の残魔法力はがっつりと減ってしまった。だが、それだけの意味はあった。さて、はたして奴はどうか。奴は最後の最後まで俺を殺しきる覚悟があったのか? それとも、戦況不利と悟ればこの場から逃げ出すつもりだったか?
俺は奴を冷静に観察していた。奴は周りを見渡し、逃げ場が無いと理解したのか悔しそうに俺を睨んだ後、再び俺への殺意をたぎらせてきた。……ふん、どうやら後者だったようだ。
だったら、俺の勝ちだ。俺は最初からお前を殺る気満々だ。今更お前が殺意をたぎらせたところで、俺のそれにはかなわない。……覚悟の差が勝敗を決定づけるのさ。
俺は吠えた。
「俺の勝ちだ! お前は俺に及ばない! ――さあ、来い!!」
「ガゥァアアー!!」
自分自身を追い込むベく叫んだ俺の言葉にけたたましい叫び声で応えた奴は、俺めがけて一目散に駆けてきた。俺は咄嗟に上空に飛び上がり奴の牙と爪から逃れた。
すると、奴はその場で瞬時に方向転換し、上空にいる俺めがけて更に跳躍をした。空中では満足な動きが出来ないはず。奴の瞳は、勝利を確信した目をしていた。
――だが、甘い!
「――
俺は咄嗟に自分自身に
――今度はこちらの番だ!
「喰らいな!
俺は奴が着地する地点を狙って、左手で
「――グウァー!!」
沼に足を取られ暴れるライオンヘッド。
すかさず、俺は右手を突き出し次の魔法を発動させる。
「凍てつけ! ――
俺の右手から発動した冷気は、瞬時にライオンヘッドを捉える。魔力を体内で5回転させることで5倍の威力に跳ね上げた増強版
よし、最後の一手だ、と思った俺は、奴の口の動きを見て驚愕した。そう、奴の口の動きは「ベ・ギ・ラ・マ」と唱えていたのだ。
奴は
――やばい! 発動寸前だ!
「くっ! ――
俺はそれに対して瞬時に右手を突き出し、同じく
「――うおぉー!!」
俺は全力で
だが、申し訳ないが俺はこんなチキンレースのような魔法の消耗戦に命を賭けるつもりは無かった。
そう、こういう場面でこそ輝くのが左右同時魔法行使なんだよ!
「――
俺は右手で
「――ギャアーン!!」
上空から降ってきた無数の風の刃が奴の身体を切り刻む。そして、集中力を乱したことで奴のベギラマが空中に霧散した。――今だ!
「いっけー!!」
俺は全力の
……30秒ほど経っただろうか。
徐々に白煙が晴れてきた。俺は油断せずに前を見据えていた。まず奴の足が見えてきた。まだ立っている? 奴の上半身にかかっていた煙も晴れてきた。完全に白煙が去って、見えてきたのは6本の足でしっかりと大地に立っているライオンヘッドの姿だった。
だが、奴の全身は既に血だらけで満身創痍のように見える。胸に空いた穴、おそらく
ライオンヘッドの赤い瞳は、変わらず俺の方を見据えている。……だが、どうやらそれも限界が近いようだ。徐々にその瞳から力が無くなっていく様子が分かる。
俺は、その瞳が何も映し出さなくなるその瞬間まで、決して油断せずライオンヘッドを見据えていた。……強かったな。本当にそう思える。
ていうかこのクラスでこの強さって、その上の魔王軍軍団長クラスになると一体どうなるんだと、先行きが不安になるほどの強さだ。エウレカの里でいくつもの呪文を習得して、ようやく賢者として恥ずかしくない実力になってきたかなと思っていた俺の自尊心が、ボキッとへし折られたような気分だ。
と、いけない、いけない。そんな反省は後にして、早く女の子を解放してあげないとな。風邪でも引かれたら俺の責任だ。俺はようやくライオンヘッドから目を離し、氷の壁に囲まれた女の子のところに歩き出した。
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side 捕らわれた少女
私は男の子と魔物との戦いの様子を、氷の壁に囲まれた安全な場所でじっと見ていた。この氷は、あの男の子が私を守るために作ったものだと言うことは、直ぐに分かった。
そう理解した途端、不思議なことに氷から感じる冷気が薄まったように思えた。魔物が木を足場にして、目にも止まらないくらいの早さで飛び回り出すと、その男の子も自分の身体の周りに氷の壁を作り出し、それに対抗した。それでも時折魔物の爪が氷の壁を砕き、男の子の身体を傷つける。鮮血が宙を飛ぶ度に、私は目を背けたくなったけれど、この男の子が私を守るために怖い魔物と戦っていることが分かっていたので、せめて最後まで見届けないと、と思い必死で目をこらしていた。
男の子はとても強かった。自分と同じくらいの歳のように見えるのに、いくつもの呪文を使いこなし、魔物と対峙していた。
突然、魔物が魔法まで使ってきた時は驚いた。それも
魔物を倒した男の子は、ふっと張り詰めていた気配を緩めて、私の方に近づいてきた。私は無意識に、なんて挨拶しよう、なんてお礼しよう、怪我大丈夫かな、と言うことを気にしながら、氷の壁の中で男の子が来るのを待っていた。
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俺は女の子の前に立った。
ようやく、じっくりと女の子を視認できた。その女の子は、女の子座りで地べたに座り、俺を緊張した様子で見あげている。黒髪黒目の、俺と同い年ぐらいの女の子だ。これは、元日本人の俺からしたら感動ものの容姿だな。実は、この世界で黒髪黒目の女の子に出会ったのはこの子が初めてだ。
だから俺はつい前世を思い出し、もう戻ることのできない遠い世界の事が、束の間頭によぎった。
……と、いけない、いけない。何はなくともまず回復だ。見ると、いたる所から血がにじんでいて、服もボロボロだ。鋭利な刃物で付けられた傷は痛いからな。出血は止まっているようだけど、跡が残らないようにしっかりと回復してあげないと。
そう考えた俺は、自分の残魔法力を推測した。この世界、自分の残魔法力がどのくらいだとかはっきりとした数値は実は分からない。異世界転生でありがちな『鑑定』や『ステータスオープン』とかがあったら便利だったのにな……。
だからなんとなくで判断するしか無いんだけど、今の感じだと、
よし、決めた。
「初めまして。僕の名前はポップ。ランカークス村の住民だよ。色々聞きたいことがあると思うけど、まずその怪我を治させて貰うね。そのままの姿勢で楽にしていて良いからね。じゃあ、いくよ。――
俺は右手で女の子の肩に軽く触れ、
……俺? 俺はまあ男の子なんだから、別に跡が残ったってかまやしない。良いのさ、ここで意地を張らずにいつ張るんだよって話だ。あ、でもこの感じ。これで俺の魔法力は大分枯渇したな。疲労が激しくなってきた。
「助けて頂いて、あ、ありがとうございます。そのうえ、回復までして頂いて。なんてお礼をすれば良いのか……」
「ああ、良いって良いって。お礼なら、君を助けて欲しいって言って、無理をしていた君のお婆さんにすると良いよ」
俺は、女の子の手に結ばれている縄をほどきながら言った。
「お婆さまを知っているんですか!?」
「知っているも何も、そのお婆さんに助けてやってくれって頼まれたから、僕が来たんだよ。お婆さん、心配していたよ? 駄目じゃないか、ちゃんとお婆さんの言うことを聞かないと」
俺の言葉に、女の子は自身のしてしまったことを改めて認識したのか、暗い表情でうつむいてしまった。
「はい……すいません、私考え無しに行動して、いろんな人に迷惑をかけてしまいました……」
「まあ、事情は少しは聞いているよ。……はい、これ。探していたのはこれでしょう?」
俺は、ずっと懐に入れていた小さな袋を取り出し、その子に渡してあげた。
「……! これは、お婆さまの薬が入った袋です! どこでこれを?」
「やっぱり。これは向こうの方に落ちていたよ。念のために中身も確認してみて」
そう、この袋はあの人さらい達がライオンヘッドに襲撃を受けた地点に落ちていたのを、咄嗟に目に付いたから拾って来たんだ。良かった、気が付いて。これであのお婆さんも大丈夫だろう。
女の子は真剣な表情で袋の中を改めていたが、何やらホッとした表情で涙を浮かべた。うん、この様子だと、どうやら中身も無事だったようだな。良かった良かった。
「薬もきちんと入っていました。本当に……ありがとございました、えっと……ポップさん」
「そりゃー良かった。あ、ところで、君の名前を教えて貰っても良いかな?」
「え!? す、すいません、私ったら。 コ、コホンっ……失礼しました。わ、私の名前は
メルルと言います。お婆さまと一緒に各地を旅している占い師の見習いです」
「……」
一瞬固まってしまった。……え、メルル? 今メルルって言ったの、この子? メルルって原作に出てきたあのメルル? え、でもメルルって占い師のお婆さんと確か一緒に旅をしていたはず……、あっ、あのお婆さん占い師じゃねえか! なんてこった、全く気づかなかったぞ。
ていうか、原作開始前に原作登場キャラクターに会うなんて、普通想像しねえだろ! どうなってんだよ、一体……。
「……あの、ポップさん? 何か?」
「あ、いや、ごめん、何でも無い、何でも無い。それより、お婆さんが心配しているから、歩けそうなら直ぐに森を出よう。どう、回復魔法はかけたけど、動けそう?」
「はい、大丈夫です。
メルルは、俺がまだ自分の怪我を回復させていないことを気にしているようだ。
「それなら良かった。俺の方は、ちょうど魔法力が尽きてしまったみたいだから、村に戻ってから治療してもらうよ。それに、見た目ほど重傷ってわけでは無いしね」
実際、血は既に止まっているし、それほど深い傷を受けたわけではない。跡は少し残るかもしれないけれど、村に戻ってからマリーさんかマイル神父に治療してもらっても全然大丈夫なレベルだ。
しかし、俺はそう思っていたんだけど、メルルはそうは思わなかったらしい。
「そんな! どうしてそんな状態で私に回復魔法なんて……。あの、私
ほとんどお役に立たないと思いますが、せめてそれだけでもさせてください!」
メルルが、「絶対に俺に
「……わ、分かった。分かったから。じゃ、じゃあ、せっかくだしお願いしようかな」
メルルは、俺の言葉に安心したのか、ようやく身体を俺から放してくれた。
「……はい。それでは、唱えますね。……
メルルが、俺の身体で傷が深かった部位に右手をかざして、ほんの少しの集中の後
ていうか、何気に俺、回復魔法をかけて貰ったのってこれが初めてだな。なまじ自分が使えるもんだから、今までかけて貰ったことが無かったけど、こんな感じなんだ。なんか母さんがやさしく抱きしめてくれているような感覚だな。……あれ、俺マザコンなのかな?
「ありがとう、メルル。すごく楽になったよ」
俺がメルルの手を取ってお礼を言うと、メルルは顔を赤らめて恥ずかしそうに俯いてしまった。……メルルって照れ屋なのかな?
俺達は、その後森の中を移動した。地味に魔法力が枯渇しているものだから内心疲れ切っていたが、そんな態度をメルルの前で取るわけにはいかない。俺は男の子の意地だと、先頭を切って藪をかき分けして、どうにかこうにかギルドメインの森を出ることが出来た。
ようやくポップの初陣まで書くことができました。この子は、原作開始前にポップと交流を持たせたかったんです。
ランカークス村での日々も終わりに近づいています。