砦の門の前に立つダイの顔を、木々の隙間からそそぐ朝日が優しく照らしている。ダイはその光景を脳裏に刻みつけるように、穏やかな表情で見つめていた。
「……ダイ君」と掛けられた声に、ダイは砦の方を振り返った。そこには、半ばダイが予想していたとおり、笑顔を浮かべたレオナが片手を上げながら近づいてくるところだった。
「……やあ、レオナ」
落ち着いた様子のダイの表情に、レオナはふっと安堵の表情を浮かべ、何か良い事でもあったのかと問いかけた。
「……母さんの……夢を見たんだ。夢の中の母さんは……とても綺麗だった。ふふふ。父さんの言っていた事は本当だったよ」
ダイは、いつかの氷のかまくらで父バランと一夜を過ごした時の事を思い出していた。いつも眉間に皺を寄せていた父さんだけど、母さんの事を話す時だけは穏やかな人間らしい表情をしていた、と。
ダイには父と過ごした記憶はほとんどなかったが、あの晩父と語り合った記憶だけは鮮明に覚えていた。寝相が悪いため寝具から身体がはみ出した自分を、誰かが優しく寝具の中に戻してくれた朧げな記憶と共に……。
「そう、お母さんの……。ふふふ、それは良かったわね」
「うん! 夢見の実をくれたメルルにお礼を言わなきゃいけないけど、どこにいるんだろう?」
「もういないわ。メルルやエイミ達は私達の後方支援だもの。他の戦士団と一緒に昨夜のうちにカール山脈に向かったわ。今ここに残っているのは、私と君とマァムとポップ君、つまり
「……そういう事だな。やっ、おはようさん、ダイ、姫さん」
門の前で会話する2人に、森の中から現れたポップが声を掛けた。
「ポップ、どこに行っていたのさ。朝起きたらベッドにいなかったから心配したんだよ」
「どこって、日課の棍の修練さ。片腕だったせいでしばらくさぼっていたから、つい力が入ってね」
そのポップは、確かに身体を動かしていた事を証明する様に僅かに上気した顔をしていた。ダイは、ポップの右腕が確かにそこにある事を確認し、昨日の事は夢では無かったんだと安心したように頷いた。
「おはよう、ポップ君。昨夜はお疲れ様。魔法力は回復しているかしら?」
レオナはポップに挨拶を返しながら、昨夜の事を労う。
「ああ、魔法力なら大丈夫。あの程度、ちょっと寝たらすぐに回復するよ。それにしても、いくらお酒を残していきたくないからって、あれほど飲んで酩酊するなんて、ちょっと戦士としてどうかと思うけどね」
そのポップの自分を棚に上げた物言いに、レオナはジトッとした眼差しを送る。
「あら、ポップ君は忘れちゃったんじゃないでしょうね? あのパプニカ奪還の祝勝会の日の事を」
「とんでもない。記憶力には自信があるんだ。しっかりと覚えているよ。あの日は確か、姫さんがむら――」
「――そんな事は今すぐ忘れなさい!」
「――痛ってぇ! わ、分かった、分かった。忘れた! もうすっかり忘れた!」
ポップの足の甲をレオナが渾身の力で踏み抜き、ポップは文字通り飛び上がって悲鳴を上げた。
「まったくもう……!」
今日が最後の大一番だと言うのに、ダイと同じく平常心のように見えるポップに、感心と呆れの混ざった感情を抱きながらレオナはそう毒づく。そこに、ダイがキョロキョロと周囲を見渡しながら、コテンと首を傾げた。
「マァムはもう部屋にいなかったけど、ポップは一緒じゃなかったの?」
「いんや、一緒じゃなかったぞ? マァムの事だから、この森でもお猿さんと友達になりにどこかに行ったんじゃないか?」
そのポップへの返事は何故か上空から届く。
「そんな訳ないでしょ!?」
ガサガサッと傍にある大きな木の葉が揺れたかと思うと、そこからマァムが身軽に飛び降りてきた。
「おはよう、マァム。マァムも、やっぱりもう砦の外に出てたのね。ポップ君みたいに身体を動かしていたの?」
レオナの言葉にマァムは、「え、ええ……。ま、まあそんな所ね……」と答える。
その時マァムが若干赤面していたのは、木の上から久しぶりに見るポップの棍の型の動きに見とれて、出ていくタイミングを逃していたためであろう。
「よし、行くぞ、皆!!」
ダイの言葉に、皆が頷き決戦の地ロロイの谷の方角を見上げた。
~~~~カール北部 ロロイの谷~~~~
ロロイの谷……。そこはカール王国の北部に位置する、険しいカール山脈に周囲を囲まれた窪地のような場所だった。
その大地に、今魔王軍の手によって祭壇のような舞台が整えられ、2人の戦士がその舞台の上で鎖によって拘束されていた。それは、ダイ達の仲間であるヒュンケルとクロコダインだった。
処刑が宣告された正午まであとわずか。その処刑を取り仕切るのは、大魔王バーンの腹心の部下であるミストバーン。そのミストバーンの補佐、いや下僕のように腰の引いた仕草で控えるはかつての妖魔師団長ザボエラ。その周囲には、さまよう鎧を中心とした魔影軍団の兵士が整然と並んでいた。
そんな彼らの周囲を取り囲む険しいカール山脈の影から息を潜めて見つめているのは、昨夜最後の砦を出立しこの地に到着していた戦士団の面々だった。
「バウスン将軍、全員配置につきました。いつでも行けます」
部下の報告に、視線だけは眼下の処刑場に向けたまま頷くバウスン。
「分かった。では、勇者殿達が動かれるまでその場で待機だ」
その言葉に、はっ、と簡潔に答えて再び伝令に走っていく騎士。
バウスンは処刑場から目を離し、そっと空を見上げた。彼らの頭上にある太陽は、もうすぐ最も高い位置に到達しそうだった。それは処刑の執行が近い事を意味していた。
(ポップ殿、頼みますぞ……。ノヴァも……)
バウスンがそう心の中で呟き緊張をほぐす様にそっと息を吐いたのと、処刑場で動きがあったのはほとんど同時だった。
ヒュンケルがミストバーンから何かの飲み物を手渡され、それを口に含んだのだ。その直後、谷中にヒュンケルの苦悶の声が響き渡る。
「ヒュンケル……!」
ロン・ベルクによって修復された『鎧の魔剣』を胸の前でギュッと握りしめたエイミが、想い人の苦悶の声に耐えられなかったのか、思わず身を乗り出す。それを慌てて止めたのは、側にいたチウだった。
「だ、駄目だよ、エイミさん! ポップ達が来るまで待たないと! 勝手な事をしたら、助けられるものも助けられなくなっちゃうよ!」
そうだ、そうだと言わんばかりにエイミの周囲をゴメも飛んでいた。
「でも……! このままじゃあ、ヒュンケルは……」
「落ち着くんじゃ。あそこにいる男は、あのまま命を落とすような男ではあるまい。彼ならきっと……」
狼狽するエイミを諭したのは、頭からすっぽりと白い布をかぶった獣王遊撃隊の一員だった。ダイ達であればその正体に思い至ったであろうが、エイミはその正体に気づかず困惑の表情を浮かべた。
「あ、あの、あなたは、一体……」
その言葉には答えず、白い布をかぶった者は静かに処刑台を指さした。
そこでは、新たな動きが発生しようとしていた。
苦悶の声をあげ倒れたままだったヒュンケルが、ゆっくりとその身を起こしたのだ。
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俺は地上に出て直ぐに、ヒュンケルとおっさんの状態を確認した。良かった、長い牢獄生活で疲弊はしているようだが、回復呪文で治療が不可能なほど取り返しの付かない怪我は、見た所負っていないようだ。
今俺達は処刑台の上に姿を現していた。処刑台のすぐ側の大地は、俺達が現れた事で粉々に砕けている。
遠方からヒュンケル達が囚われた場所を確認した俺達は、俺の
それほど時間を費やさず処刑台のすぐ近くまで到達した俺達は、地上での異変に気付いた。本当は直ぐにでも飛び出したかったが、ヒュンケルの事を信じようと言うダイの言葉に従いその場で待機していた。
そして案の定と言うか、さすがと言うか、やはりヒュンケルは自分の力だけで暗黒闘気を打ち破ったようだった。ヒュンケルの身体に光の闘気が満ちるのを感知したマァムの言葉で、俺達は地上に飛び出した格好だった。
「おおおーー! 勇者様達に続けー!」
「皆、出遅れるんじゃないよ! 昨夜の酒代分は、働かないとねぇっ!!」
俺達が地上に現れて直ぐに、周囲を囲む険しい山々のあちこちからそんな鬨の声が聞こえてきた。
途端にロロイの谷は乱戦状態に陥った。この場で最も警戒すべきと考えていたミストバーンは、ありがたい事にロン・ベルクが抑えてくれているようだ。ダイは知っていたようだが、ロン・ベルクがあれほどの剣の使い手とは思わなかった。互いに一歩も引かない剣戟が2人の間に繰り広げられている。
ミストバーン……。バランが与えてくれた好機はまだ続いている。一瞬ここで奴を始末したい誘惑に駆られたが……駄目だな。俺には俺のすべき役割があるし、この場ではそちらを優先すべきだろう。おそらくチャンスは一度だけ。ミストバーンと対峙するのは、今じゃない……。
俺達はヒュンケルに、今からやろうとしている
「そういう事なら、俺はお前達のための盾として働こう! この新しい斧も受け取った事だしな!!」
長期間の牢獄生活の疲弊を全く感じさせない動きで、新しくなった斧を握りしめおっさんが前線に走っていく。
「ポップ! ここは私達に任せて、あなた達は
いつの間にか傍に来ていたフローラ様のその言葉に俺は頷き、皆と共に処刑台の舞台だった祭壇に上がった。
俺達は
皆が、程度の差こそあれ緊張した表情を顔に浮かべている。俺が最後か……。心臓がドキドキと脈打つのを、否応にでも俺は感じていた。
俺の胸にあるアバンのしるしが光るのは、マァムやメルルが保障してくれている。だから、大丈夫だ。俺は、マァム達が俺のしるしが光るのを確かに見た事があると言う言葉を思い浮かべる事で、内心の不安を押し隠そうとしていた。
姫さんが始めようとする前に、エイミさんがヒュンケルの前に現れ改修された『鎧の魔剣』を手渡す。何やらアンニュイな雰囲気をエイミさんが醸し出していたが、時と場所が悪かった。姫さんがそんな雰囲気をぶった切ってエイミさんを追い出し、早速儀式が始まる。
あっけないほど簡単に、姫さんの胸にあるアバンのしるしが光り輝いた。白い光が柱となって天に立ち昇る。ああ、これが姫さんの魂の力、『正義』か。なるほど、たとえどんな状況でもゆるぎない精神を発揮する姫さんらしい力だ。
次はダイだ。ダイは少し緊張している様子だったが、姫さんから「頭をからっぽにしてやってみると良い」というアドバイスを貰い、目を瞑る。
すると、直ぐにその効果が現れた。ダイの身体から、青い光の柱が天に向かって伸びたのだ。この光は何だろう。やはり勇気だろうか。フォルケン王から送られた古文書には、
『正義』が姫さん、『勇気』がダイ、『闘志』がヒュンケル、『慈愛』がマァム。だとすると、残る名前が判読できない何かが俺の魂の力と言う事になる。
……駄目だ、やはり不安だ。自分の魂の力が何かさえ分かればそれを思い浮かべる事で光らせられるかもしれないのに、その力が何か分からなければどうすれば良いのか分からない。マァムは何と言っていた? そうだ、強い敵に立ち上がろうと歯を食いしばっていた時に、俺のアバンのしるしは輝いていたと言っていた。
マァムはその力を『勇気』かもしれないと言っていたが、さすがにそれは無いだろう。勇気の力なんて、ダイ以外ありえない。俺なんかが、勇者の象徴である『勇気』の力を持ち合わせているはずがない。
「ポップ……。さあ、手を出して」
俺の右隣にいるマァムから突然声を掛けられて、俺は我に返った。驚いた。既にマァムの身体からは淡い赤色の光が立ち上っている。その隣では、紫色の光を立ち上らせたヒュンケルの姿も見える。
いつの間に、俺の所まで進んでいたんだ……。マァムが、呆然とする俺に首を傾げて再び声をかけてくる。
「どうしたの、ポップ? 大丈夫、ポップのしるしが輝くのは間違いないわ。無心になって、いつものように前だけを向いていたら良いのよ」
俺の内心の不安を察したのだろうか。マァムが、俺を安心させようと笑顔を向けてくれる。
「そうよ、ポップ君。君のアバンのしるしが光るのは、私もつい先日見たわ。さあ、皆が敵を抑えていてくれるうちに、早く……!」
姫さんもそう言って、俺に手を差し伸べる。剣がぶつかる音、魔法の炸裂音、そして血の匂いが俺の鼻孔をくすぐる。そうだ、躊躇している場合じゃない。マァム達が一度は見ているんだ。俺のアバンのしるしが光らないはずはないんだ……!
覚悟を決めた俺は、姫さんとマァムの手を取って無心になって祈った。
さあ、『アバンのしるし』よ……! 頼む、光ってくれ!!!
しかし、俺のそんな切実な願いとは裏腹に、俺の首にかけられた『アバンのしるし』が光る事は無かった。
原作沿いで書いていると、原作と違いが出せないエピソードをどのように描写すべきかと言うのは、2次小説の永遠の課題のように思えます……。明日も多分投稿します。