~~~~ベンガーナ王国 王宮 玉座の間~~~~
ギルドメイン大陸において最も高い軍事力を有する強国 ベンガーナ王国。その首都ベンガーナの町の高台に位置する王宮のきらびやかな玉座に、立派な髭を蓄えた男が腰を掛けていた。その男の名は、クルテマッカ八世。現在のベンガーナ王国の君主であった。
「うーむ……。遅い……! まだ偵察の者は戻らぬのか……!」
クルテマッカはそう口にしながら、ひじ掛けに置いた指をいらいらと叩く。玉座の後方に控える護衛の兵士、更に彼の左右に控える側近達は主君の機嫌が悪い事を察し、主君と目を合わさないよう足元に視線を固定させていた。
そんな時、玉座の正面に当たる壁に備え付けられた扉が大きく開け放たれ、一人の兵士が飛び込んでくる。一瞬、クルテマッカの側に控える護衛の兵士達の間に緊張が走るが、飛び込んできた兵士の顔に覚えがあったのか、直ぐにその緊張を解く。
「おおっ! 戻ったか! いかがであった、ロックハート砦は!?」
飛び込んできた兵士が、待ちわびていた者であった事に気づいたクルテマッカが、思わず玉座から立ち上がり、声を上げる。声をかけられた兵士は、息をつく暇もなく駆けて来たのか、直ぐには主君の問いかけに返事をする事が出来ず、よろめきながらクルテマッカの前まで歩を進め、膝をついた。
その姿勢のまま、息を整えた兵士はようやく口を開いた。
「は! ロ、ロックハート砦は……」
クルテマッカだけではない。彼の左右に控える側近達も皆、続く言葉を聞き漏らさぬよう耳をそばだてる。
「……ロックハート砦は、健在! 健在です、陛下!」
「健在……。そうか……。健在であったか……」
玉座の間に詰めていた者達から一斉に「ほう……」、と安堵の息が漏れると同時に、クルテマッカも放心したように呟き、再び玉座に腰を下ろした。
そう、クルテマッカを始めこの玉座の間に詰めていた者達は皆、ベンガーナ王国の南部に位置し、南の要所とも言えるロックハート砦を憂いていたのだった。
それは2日前の未明の事だった。ベンガーナの王城からでもはっきりと見えるほど、ベンガーナの町から見て南の空の一部が煌々と白く輝いたのだ。直後、大気が震えるような振動とくぐもった音が風に乗って運ばれてくる。それらの異変は、王宮内の自室で就寝していたクルテマッカを叩き起こすのに十分だった。直ぐに彼は、南の地、つまりロックハート砦の状況を確認するよう早馬を飛ばす指示を出す。
そして今、その報告を彼は玉座の間で聞いたのだった。
「そうか……。ロックハート砦はそれほどの魔物の大群を退けたか。うむ……! よくやった!」
報告を聞いたクルテマッカは大きく手を叩き、側近に回復薬や備蓄食料などをロックハート砦に送り届けるよう指示を出す。
「しかし、見事なものですな! スノードラゴンにサタンパピーまで含んだ魔物の集団を退けるとは!」
「さよう、さよう。あの砦には我が国が誇る剣豪、ジャン隊長を後詰に送っていたはず。彼が活躍したのですかな?」
「しかし、それではあの発光は一体……?」
側近達も思いもよらぬ吉報に気をよくしたのか、皆が相好を崩して口々に声を漏らす。そんな彼らに、飛び込んできた兵士はさらに詳細を報告する。
「はっ。私が到着した時には既に戦いは終わっていたのですが、砦の者達に聞いたところでは……」
そして、その報告に玉座の間に詰めていた皆は、言葉を失い絶句する事になる。
「で、では……あの巨大な発光は、噂に聞く『氷の賢者』殿の魔法だと……?」
「馬鹿な……。ロックハート砦とベンガーナの間にどれほどの距離があるというのだ。極大呪文とはそれほどの威力なのか? とてもではないが信じられん……」
「いえ、フォス大臣。私は、パプニカの空を炎の絨毯で埋め尽くした彼の魔法を直に見ております。それを考えれば、あながちありえない事ではないかと……」
「うーむ、いや、しかしだな。確か、ポップと言ったか? かの者、そのパプニカでは陛下にぞんざいな口をきいたとも聞くが……。少々才能に恵まれているからと言って、増長が過ぎるのではないか?」
ロックハート砦から戻った兵士より戦いのあらましを聞いた者達が口々にそのような発言をする中、突如「くっくっく……」という陽気な笑い声が漏れる。それに気づいた皆がその発言者に視線を向けると、その者は玉座に座っていた。
クルテマッカは皆の視線が集中したのを気にもせず、髭をさすりながら上機嫌に続けた。
「くっくっく。やはり生きていたか、ポップ。余は信じていたぞ。さすがは、勇者の右腕。将来のベンガーナの筆頭魔術師よ! あっぱれ!!」
主君が氷の賢者ことポップを宮廷に招こうと画策している事を知っている者が、首を傾げながら発言する。
「しかし、そのポップ殿は現在カールの地で最後の作戦に従事しているはずでは? 何故、今回ロックハート砦に来援に来てくれたのでしょうね?」
「はっはっは。そんな事は分かり切っておるではないか。あいつはベンガーナの出身ゆえ、我が国に対する愛国心が強いのよ。アキームにも、ベンガーナの魅力をしっかとポップに伝え、王宮に連れて帰るよう命じておるからな。内務大臣、あやつの受け入れ準備は進んでいるだろうな?」
そう主君に水を向けられた内務大臣はこくりと頷く。
「ご安心ください。筆頭宮廷魔術師の役職はもちろん、叙爵の手配も進んでおります。それと、ランカークス村のジャンクでしたな? 彼にも宮廷鍛冶師への復職を許す旨を打診中です。『将を射んと欲すれば、まず馬を射よ』と言いますからな。はっはっは」
「おお。もうそこまで手配を進めているとは。では、後はアキーム殿がポップ殿を連れて我が国に凱旋するのを待つのみですな」
側近達が口々に発する言葉を、髭をいじりながら満面の笑みで頷くクルテマッカ。彼の脳裏には、『氷の賢者』ポップ・マーカストンを擁し、更なる栄華を誇る我が国の姿がはっきりと思い描かれていた。
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『氷の賢者』ポップ・マーカストンは何故、出身国であるベンガーナ王国に仕官しなかったのか。
この素朴な疑問は、大魔王戦役終結からほどなくして直ぐに人々の話題に上る事になる。ご存じのとおり、大魔王戦役終結後ポップ・マーカストンは新生リンガイア王国に仕官し、ほぼその生涯にわたって同国の復興と発展に力を注ぐこととなる。
もちろん、その生涯において、非公式ながら時折各国に生じた難題の相談に乗ったり、時には直接的に力を貸したと思われる形跡は残されているが、公的に新生リンガイア王国以外の国に仕官したという記録は残されていない。
ポップ・マーカストンがベンガーナ国王クルテマッカを意図的に避けていた事は、彼自身の言動や彼の周囲の人間の言動などから明らかである。それは、大魔王戦役から150年経った現在までも残されているいくつかのエピソードからも読み解くことができる。
たとえばそれは、ポップ・マーカストンの父親ジャンクが、王宮からの『宮廷鍛冶師への復職を許す』という高圧的な使者の言葉を鼻息一つで退かせ、『商売の邪魔だ!』と蹴り飛ばしたというエピソード。
あるいは、『叙爵と共にベンガーナ王家の血を引く娘の降嫁を打診されたポップ・マーカストンが、青い顔をして即座に首を振り使者を追い返した』というエピソード。
もっとも後者については、使者が発言したその場に、後に彼の妻となる女性達がいたためではないかという推測もされているが、その他にも無数に存在するエピソードから、彼がベンガーナ王家から距離を取りたがっていたという事は間違いのない事実であろう。
しかし、では彼は、ベンガーナ王国と全く接触を持たなかったのかと言うと、それは違うと言わざるを得ない。実際彼は、後年『ベンガーナの犬』とも、『ベンガーナに鈴をつけた男』とも呼ばれるほど、ベンガーナ王国とはその生涯に渡って一定の関係性を築いている。
ポップ・マーカストンと、当時のベンガーナ国王クルテマッカ八世。『犬猿の仲』と一言で断じるには、この両者の関係性は説明が出来ない。先ほど少し触れたが、ポップ・マーカストンによる各国への非公式な助力、その中にはベンガーナ王国も含まれているのである。
私が思うに、ポップ・マーカストンは感情面ではクルテマッカと距離を取りたいが、現実的には様々なしがらみから、一定の距離を保つ必要があるという冷静な判断もそこに存在していたのではないだろうか。
では、クルテマッカ自身はポップ・マーカストンをどのように評価していたのだろうか。彼がポップ・マーカストンの能力及び人格に惚れ込み、心の底から自国に取り込みたいと考えていたのは間違いないだろう。その手段に多少の問題はあったにせよ。
その思いは彼の後継者にも引き継がれ、クルテマッカ十三世の代でとうとうポップ・マーカストンの曾孫に当たる女性を自国に取り込む事ができ、それを国を挙げて祝っている事からも明らかである。
後にクルテマッカ八世が退位する際、非公式な場で2人が酒を酌み交わしている姿が目撃されているが、これらの証言から私は、両者は互いに行政的・内政的な意味での『好敵手』と認識していたのではないかと推測している。
最後に余談であるが、大魔王戦役終結後、ベンガーナ王国より参陣していた当時の戦車隊隊長アキーム・ナントールがポップ・マーカストンを伴って王宮に戻る事が出来なかった事について、意外にもクルテマッカ八世は、その件でアキームを叱責する事は無かったという。
その理由について概ね我々識者の考えは一致している。その理由とは、クルテマッカの名代として最終決戦に派遣していたアキームが、余人の追随を許さない程の戦果を上げて凱旋を果たしたためである。それがためにクルテマッカは、苦々しい顔を隠しながらアキームの肩を叩き、「よくやった」としか言えなかったと伝わっている。
クルテマッカ、けっこう好きなキャラなんですよね。原作より本作の彼は、少しできる君主として描写している気がします。少し、少しですよ。