ようやく、森を抜けることができた。
既に森の外は、完全に日が落ちていたが、今日は月が出ているせいか月明かりでどうにか周りを見渡せた。セーヌ川を挟んだ向こう岸のランカークス村の方から灯りがわずかに見える。その灯りを見て、父さん、母さんに遅くなることを言っていなかったのを思い出し、俺は心配してないかなと不安になった。
「ポップさん、あれ……」
森の中ではぐれたらいけないからと俺と手を繋いでいたメルルが、橋の上を指さして言った。
「……うん? 何だろう、あれ」
メルルが指さした方向を見ると、橋の上で複数のたいまつが焚かれていることに気が付いた。俺は、人さらいの仲間が逃げ出したメルルを探している可能性を考慮して、そのたいまつの方に警戒しながら近づいていった。メルルも俺の後ろを付いて来ている。
俺は更に警戒しながら近づくと、そこには、何故か自警団のメンバーがそろっていた。向こうもこちらに気が付いたようだ。自警団を率いているライナー隊長が前に出てきて、俺達に話しかけてきた。
「よう、ポップ。婆さんから聞いたぜ。どうやら、無事にお嬢ちゃんを助け出してきたみたいだな。人さらい達はどうした? 逃げられたか?」
「……いえ、彼らは死にました」
疲れ切っていた俺は、その質問に簡潔に答えた。俺のその答えに、ライナー隊長は顔を引き締めて更に聞いてきた。
「……死んだ? お前が殺ったのか?」
「いえ、僕ではありません。ちょうど人さらい達が、この子、メルルと言うんですが、メルルを攫おうとした所にタイミング悪く魔物の襲撃があって、その魔物によって人さらい達は殺されました」
「魔物……。そういえば、さっきまで森の方で派手な音が聞こえていたが、まさかお前……」
「ええ、それは、僕が今しがたまで魔物と戦っていた音だと思います。ライナー隊長、……ライオンヘッドでしたよ」
「何!?」「それは本当か!?」「最近は見なかったのに……」「あの野郎、まだこの森にいたのか……」
俺の言葉に、自警団のメンバーが色めき立った。無理も無いな。4年前の事とは言え、あの時瀕死の重傷を負ったメンバーもこの場にはいる。
「……戦ったというが、お前、まさかライオンヘッドに勝ったのか?」
「はい、どうにか勝ちました。……でも、めちゃくちゃ強かったです」
ライナー隊長が確認のために聞いてきたので、俺はそう返答した。自警団の皆は俺のその言葉に驚いたのか、息を呑んだように静まり返り、だれも声を上げなかった。
「そうか……。勝ったか。……よく頑張ったな、ポップ」
ようやくライナー隊長が感慨深げにそう言って、その大きな手で俺の頭を優しくなでてきた。
「っていうか、よく見たらお前達ズタボロじゃねえか!? 怪我はねえのかよ!?」
俺達がボロボロの恰好をしていることにいまさらに気付いたライナー隊長が慌てた様子で心配してきた。
「大丈夫ですよ。服はボロボロですが、怪我は癒えていますので」
俺は心配ないとアピールしておく。少なくともメルルの怪我は癒えているから、嘘は言っていないはずだ。
「…そうか。なら良いが、あまり無理はするなよ」
「……すげえ、さすがランカークス村の小さな賢者だ」
「もうあいつにおびえる必要も無いんだ。早く村の皆に教えてやらねえと」
「やったなー、ポップ!」
ライナー隊長との会話を終えた俺を、口々に自警団のメンバーが俺をたたえながら、バンバン背中をたたいてきた。
だから痛いって。俺、まだ怪我から完全に回復してないんだからな。だれだよ、今俺の背中を叩いたのは。覚えてろよ、父さんにチクっちゃうからな……。
「そんなことより、隊長。お婆さんが心配しているし、メルルも不安に思っています。早く村に戻らないと」
俺は蚊帳の外に置かれていたメルルに意識を戻し、そう隊長に言った。メルルは俺が自警団のメンバーと会話している間、ずっと俺の陰に隠れていた。
「ああ、そうだったな。メルルちゃんと言うんだね。待たせて済まなかったね。お婆さんは村の教会で君のことを待っているよ。さあ、村に戻ろう」
メルルは、お婆さんが教会で待っていると聞いて、笑顔を浮かべて頷いた。
俺とメルルは自警団の荷馬車に乗せて貰い、自警団に囲まれて村に戻った。
帰り道にライナー隊長に聞いた話では、隊長達が隊商の護衛を終えて村に戻った後、教会で孫娘の帰りを心配して待つお婆さんに会ったそうだ。それで、隊長達も自分達の村で人さらいが起きるなんて、許してはおけないと、さっきの場所で誘拐犯が現れるのを、網を張って待っていたそうだ。森に入ることも考えたそうだが、俺が先行して追いかけていることを聞いていたので、いったん様子を見ようと言うことになったらしい。
ライオンヘッドとの戦いの状況を自警団から聞かれたので、聞かれた事に答えていたら、馬車はいつの間にか村に入っていた。
そしてそのまま教会まで進み、やがて馬車は門をくぐったところで停止した。するとすぐに、馬のいななきで気が付いたのか、中から杖をついたお婆さんが出てきた。
あれ、お婆さんの後ろには俺の両親もいるな。そうか、事情を聞いたマイル神父が、連絡してくれていたんだな。父さんも母さんも俺の顔を見てホッとした顔をしてうなずいていた。俺も片手を上げて無事だよと分かるように合図をした。
でも、今はまずメルルとおばあさんの再会だな。俺はこの光景を見るために意地を張ったんだから。
メルルは馬車から飛び降りるように降りて、お婆さんの所にかけていく。お婆さんも涙を流しながらゆっくり前に進み、ようやく2人は抱き合うことが出来た。
「ごめんなさい、お婆さま。本当にごめんなさい。」
「……いいんじゃ、メルル。無事に戻ってきてくれて。それだけで良いんじゃよ」
2人は抱き合いながら涙を流している。ああ、良い光景だ。頑張った甲斐があったな。俺が2人を眺めてほっこりしていると、マイル神父とマリーさんがいつの間にか俺に近づいて来て、声をかけてきた。
「ポップ君、今回はご苦労だったね。無事お嬢さんを救い出せたようで何よりだ」
「そうよ、ポップ君。偉かったわね。怪我はしていない?」
「怪我はしたんですけど、僕の魔法力が尽きちゃったから、メルルが
「あら、そうなの? ちょっと良く見せて、ポップ君」
そう言ってマリーさんは俺の服をめくって、怪我の様子を確認する。いや、こんな大勢の人がいるところで服を脱がされるのって、恥ずかしいんだけど……。
「怪我ですって!? ポップ、大丈夫なの!?」
「どれ、見せてみろ、ポップ!」
俺の両親がその会話を耳にして、血相を変えて走ってきた。
「あ、父さん、母さん。心配をかけてごめんね。怪我はもうたいしたことは無いんだよ。もう血も止まっているし、メルルが
「馬鹿、何言っているんだ。って、お前よく見ると服がぼろぼろじゃないか! おい、神父さんよ。すまんが回復魔法をこいつにかけてやってくれよ」
父さんが、マイル神父にかけあう。マリーさんの
「ええ、もちろんです。ポップ君、楽にしていて下さいね。いきますよ。
マイル神父が手を俺の右肩に軽く乗せ、
「マイル神父さん、ありがとうございました。おかげで楽になりました」
「マイル神父様、ポップのために施療頂きありがとうございました」
俺と母さんがマイル神父に感謝の言葉を贈る。
「ポップとやら。孫娘のメルルのためにそんな怪我を負わせてしもうて、すまんかったの……。許しとくれ。それと、ありがとうな。おぬしには心から感謝しておる」
「ポップさん、……本当にありがとうございました。私、ポップさんがいなかったら、……あの魔物に殺されていました。……助けに来てくれて、ありがとうございます」
メルルとお婆さんが、俺の所にお礼を言うためにやってきた。メルルなんておばあさんと再会して安心したのか、涙をぽろぽろと流している。良いんだって、そんなのは。
「良いんですよ。僕がしたくてしたことなので。ほら、泣き止んでよメルル。僕はメルルの泣き顔が見たくて、頑張ったんじゃないんだから。ねっ?」
俺はメルルにそう笑いかける。すると、メルルは俺をじっと見つめたかと思うと、急にその顔を赤らめて、そのままうつむいて固まってしまった。あれっ? 俺何か失敗した?
「あらあら……。ライカちゃんに強力なライバル出現ね……」
「おい、ポップよ。お前、意外に手が早いじゃねえか。こりゃあ、隅に置けないな」
「ポップ、女の子とのお付き合いは、『誠実に』を忘れちゃ駄目よ。分かったわね?」
「良いか、ポップ。付き合う相手はよく考えて選べよ。でないと、俺のようになっちまうからな」
皆が口々に俺をからかってくる。なんだよ、俺別に変なこと言ってないだろう?
……あれ、なんか突然隣で、父さんと母さんが場外乱闘しているぞ。
「俺のようになるってどういう意味かしら、あなた?」
「い、いや、深い意味はないんだ……」
何してんだか、全く……。
気づくと、メルルがまだちょっと赤い顔で俺を見ていた。だから、とりあえずメルルに笑いかけてみた。すると、やっぱりメルルがまたうつむいて固まってしまった。……何故?