転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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170話 死神の暗躍

静謐な佇まいが美しい白亜の間に似つかわしくない、『ゴン、ゴゴン……!』という、鈍器で固い何かを連続して殴りつけるかのような音が、重く響いていく。

 

「痛ったー……! ちょっと力入れすぎじゃないの、お前ら? ここ、敵中だよ?」

 

俺は頭上に星がチカチカと瞬くようなめまいを感じ、瞬間移動呪文(ルーラ)で接地した場所に思わずうずくまった。俺以外の面々は、それでもまだ不満げな顔をして、それぞれが固い物(俺の頭だ!)を殴った自分の拳、あるいは額をさすっていた。

 

「何言ってるのよ。これでも時と場所を考えて、加減しているわよ。それに、帰ったらフローラ様のお説教も待っているんだから、覚悟しておきなさい!」

 

俺の鼻面にピッと指を突きつけてそう宣言する姫さん。

 

うっ、そういえばフローラ様からもそんな事を言われていたんだった。あ、でも、ちょっとだけフローラ様の説教は楽しみだな。また2人きりになれるのかな? 俺は、フローラ様に抱擁されたあの日の出来事を思い出し、思わず顔がにやけるのを抑えられなかった。

 

と考えていた時、俺の足の甲に激痛が走り俺は思わず飛び上がる。やったのは、マァムだ。

 

「痛ってー……! いきなり何すんだよ、マァム……!?」

 

「ふんっ。あなたの足に虫が這っていたから払ってあげただけよ」

 

「だから、マァムのそれは『払う』じゃなくて『踏み潰した』だって、前にも言っただろうが! だいたい、大魔宮(バーンパレス)に虫がいるかよ!」

 

俺達が顔を近づけて言い争っていると、ダイが堪えきれないように笑った。

 

「ぷっ、あ、あははは。ポップもマァムも、ロモスの時から変わらないよね」

 

そしてダイは、まるで遠くを見ているような目で言葉を続けた。

 

「あれから俺達、随分と遠くに来たみたいに感じるけど、俺、皆と一緒だったからここまでこれたって、心から思えるよ。ありがとう……皆」

 

「ダイ君……」と姫さんが瞳にうっすらと涙を浮かべ、ヒュンケルはフッと僅かに口角を上げた。

 

ダイ……。ああ、俺の魂の力が本当に『勇気』だとすれば、ダイの力は、『純真』なのかもしれないな。俺は、今までダイのこの透き通るような蒼い瞳に何度も救われてきたのを思い出し、なぜだかそう感じていた。

 

俺はダイの頭にポンと手を置き、ワシャワシャとかき乱して笑みを浮かべた。

 

「くっくっく。センチになるのは、早いんじゃないか。これが俺達の最後の戦いだ。これまで培ってきた技術、知識、経験、そしてなんと言っても、俺達を信じてくれている人達の想いの全てをぶつけてやろうぜ……!」

 

「うん……!」

「ええ……!」

「もちろんよ……!」

「無論だ……!」

 

俺の突き出した右手に皆が次々と手を乗せ、覚悟を決めた眼差しが交差する。よしっ、これでようやく『整った』ってやつだな。一番整っていなかった俺が言うのも何だが、もう迷いはない。

 

俺の全てを出し尽くしてやるぜ……!

 

 

 

~~~~大魔宮(バーンパレス) 中央通路~~~~

 

 

俺達が、大魔宮《バーンパレス》の中央にある天魔の塔へと駆けていると、目の前に見知った男の姿を見つけて皆が足を止めた。それは、黒の核晶(コア)の爆発で死んだと思われていたハドラーだった。ヒュンケルが絞り出すような声を発する。

 

「ハドラー、生きていたか……。黒の核晶(コア)の爆発で死んだとばかり思っていたが……」

 

皆がハドラーの姿を凝視する。死の大陸が吹き飛ぶほどの爆発の中、いったいどうして生きていたのか。ハドラーはヒュンケルの問いかけに言葉を返さず、ただ、どこかで見ているであろう大魔王バーンに対して、声を張り上げる。

 

「大魔王バーンもとくと見よっ!! このハドラー最後の戦いをっ! ただし、何人たりとも手出し無用っ!! 寄らば生命(いのち)が無いものと思っていただきたいっ!!」 

 

その直後、突然の閃光が俺達の体を包み、凄まじい力でダイから引き離された。――! これは、瞬間移動呪文(ルーラ)か!?

 

 

「――みんなっ!」と叫ぶダイの声が聞こえた気がしたが、直ぐにそれは彼方に消え去って行った。

 

 

 

 

~~~~大魔宮(バーンパレス) 尾翼~~~~

 

「ここは……」

 

俺は突然の瞬間移動呪文(ルーラ)によって身体を運ばれた場所を、キョロキョロと見渡す。

 

「ここはもしかして、大魔宮(バーンパレス)の別の場所……なのかな?」

 

俺のその質問には、側に屹立する塔のような円筒状の建造物の上からかけられた声が答えてくれた。

 

「その通りだ。氷の賢者ポップ。ここは、大魔宮(バーンパレス)の尾翼に相当する場所だ。突然の招待になった無礼をお詫びする」

 

俺が空に顔を向けると、高い円塔の中程に張り出した狭い足場上に、親衛騎団の一人シグマが立ってこちらを見下ろしていた。やはり、こいつか。俺の相手をするのならお前だろうと思っていたよ。

 

「なーに、知らない仲じゃないんだ。突然の招待でも俺はかまわないよ。だけど、理由を教えてくれないか? どうせ他の皆も俺と同じように、お前達親衛騎団によってハドラーから離されたんだろう? ダイを除いて……」

 

「フッ。そこまで分かっているのなら、答える必要などないのではないかね。……そうだ。もはや時間の残されていないハドラー様の希望を叶えるため、我々は勇者以外の者を排除するために動いたのだ」

 

時間の残されていない……。なるほど、先ほど一瞬見たハドラーの負傷は、もう回復する力も残されていなかったためか。しかし、ハドラーの最後の希望がまさかダイとの一騎打ちとは。

 

俺も、デルムリン島からこれまでずいぶんと自分が変わった自覚はあるが、ハドラーも大概だな。今のハドラーとなら、アバン先生の仇という事にいったん目を瞑ってでも共闘できたかもしれないが、何の因果かな。奴の最後の希望がダイとの一騎打ちだとは。

 

ふー……と、俺は密かに嘆息した。多分ダイは、ハドラーからの一騎打ちの挑戦を受けるんだろうな。あいつはそういう奴だ。だったら、俺がここでシグマと戦う意味って……。

 

「さあ、氷の賢者ポップ。勇者の一の相棒である君だけは、ハドラー様の元に行かせるわけにはいかない。君にはここで私の相手をしてもらうぞ……!」

 

塔の上から飛び降り俺の眼前に仁王立ちするシグマが、陽光を浴びて銀色に光り輝く槍を俺に向けて構える。

 

 

そんなシグマに、俺は1つの提案を試みることにした。

 

 

 

~~~~大魔宮(バーンパレス) 後方左翼~~~~

 

 

「クックック。悪く思わないでくれよ、女……いや、確かマァムと呼ばれていたな。この組み合わせを決めたのはアルビナスだ。儂では無い」

 

「フェンブレン……」

 

マァムは、目の前で右腕を剣のように構えるフェンブレンを見据えた。

 

「ポップをシグマが、ヒュンケルをヒムが連れて行くのを見たわ。呪文をはじき返すシグマがポップを抑え、一番ヒュンケルに対して固執していたヒムが足止めする。そして、武器を持たない私を、全身凶器のあなたが応対する……という訳ね」

 

「カッカッカ。途中までは推測の通りだが、最後は的外れだな。儂の担当は、賢者と戦士を除いたその他大勢よ。もう一人の女も担当するつもりだったが、邪魔が入って失敗したわ。だが、あの程度の女が残った所で問題はなかろう。アルビナスも残っていることだしな」

 

「アルビナスが……? それじゃあ、ダイは1人でハドラーとアルビナスの相手を!?」

 

マァムは焦った表情で、遠くに見える、先ほどまでいた大魔宮(バーンパレス)の先端に視線をやった。

 

「その心配はいらん。アルビナスは、あくまで見届け役よ。儂も同じ事を提案したが、ハドラー様にそれを却下された。……あの方は儂などと違って、どこまでも一本気なお方よ」

 

マァムは、フェンブレンからハドラーの命が尽きようとしている事を聞いた。そしてハドラーの命が尽きたその時、彼から生み出された存在である親衛騎団も命を散らす事になる事まで察する。

 

「そんな……フェンブレン。こんな戦い、無意味よ。私達が争って何になるの? バーンを喜ばせるだけじゃない?」

 

マァムのその言葉を、フェンブレンは一笑に付す。

 

「クックック。無意味? 何が無意味なものか。儂は弱い者をいたぶるのを好むのだぞ。儂をシグマ達と同じと考えられては困る。彼らは皆騎士道精神の厚い者達だが、儂は違う……! 儂が好むのは残虐だ! ハドラー様の命と己の残虐的嗜好を満たせるのだ。断じて、無意味な事では無い!」

 

「――! くっ!!」

 

突如フェンブレンがマァムに突進し、その鋭利な刃と化した右腕を横薙ぎに振るった。かろうじてそれをバックステップで躱したマァムだが、もはや戦闘は避けられない事を彼女は悟っていた。

 

 

 

~~~~大魔宮(バーンパレス) 後方右翼~~~~

 

 

ヒュンケルは、接地したと同時に周囲の状況を確認した。そして、彼は恐らくここは後方右翼と当たりをつける。

 

「……感激だぜえ、ヒュンケル。お互い生き延びてまたこうして戦えるなんてなあ……! 死の大地での借り、ここで返させてもらうぜ!」

 

ヒュンケルの背後には、ハドラー親衛隊のヒムが腕組みをして立ち尽くしていた。そのヒムを見ても、歴戦の戦士ヒュンケルは動じることなく言葉を返す。

 

「……俺はお前の鉄仮面など見ても何の感慨もわかんし、死の大地では俺はお前と矛を交えていないはずだがな……。まあいい。問答をする時間が惜しい。早くかかってこい!」

 

「……ああ、そうかいっ!」

 

ヒムはギリッと歯を噛みしめ、ヒュンケルに突進した。

 

 

 

~~~~大魔宮(バーンパレス) 中央通路~~~~

 

 

大魔宮(バーンパレス)の中央部に繋がる通路上で、ダイとハドラーが向き合っていた。

 

「良いな、ダイ。今こそお互いの全てをかけて……!! 男と男の最後の勝負をする時だっ……!」

 

ハドラーの決意のこもった言葉に、ダイはゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「な、なに言っているのよ! ダイ君、こんな勝負受けちゃ駄目よ!」

 

ダイにかけ寄ったレオナが構えを取ったダイを止める。その傍では、レオナの服に密かにしがみついてここまで付いて来ていたゴメも「ピッ! ピピィッ!」と勇ましく飛び回っていた。

 

レオナはダイだけではなく、ハドラーにもこの場で戦う事の無意味さを説く。しかしハドラーは、そのレオナの言葉を拒絶した。そう、ハドラーにはもはや時間が残されていなかったのだ。ダイもそれに気が付いた。死の大地での戦いでハドラーがその身に受けた傷が回復していない事に……。

 

ダイは、ハドラーが最後の生命(いのち)を賭けて自分自身の誇りのために戦おうとしている事に気づく。そして、その相手に自分を選んでくれた事にも。

 

その事に気づいた時、ダイはレオナに手出し無用を伝えてハドラーの挑戦を受ける事を宣言した。

 

「ハドラー!! 俺の全ての力を燃やして……受けて立ってやるぞ!!」

 

その言葉にハドラーは、ニヤッと笑みを浮かべてただ一言、「ありがたい……!」と発した。

 

 

 

大魔宮(バーンパレス)を舞台に今、アバンの使徒達とハドラー及びその親衛騎団の最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

side ハドラー

 

やっと来たか……。人間達の唱えた呪文でこの大魔宮(バーンパレス)が動きを止めた時から、その時は近いと確信していた。

 

さあ、お前達の、いや、お前の顔を見せてくれ。

 

俺は期待を込めて、目の前に現れたアバンの使徒達に視線を投げかけた。そして目当ての男の目を見た俺は、思わず口角が上がるのを抑える事が出来なかった。

 

そう、目当ての男、それは勇者ダイだった。

 

あの日、父であるバランを卑劣な暗殺という手段で失ったダイの目に光は灯っていなかった。バーンは、そんなダイの首を取れなどという指令を下したが、そのような指令に従えようも無かった。

 

あのような状態のダイに勝っても、それで俺の胸の内にいるアバンに勝った事にはならぬ。俺はアバンに勝つためだけに、この魔獣の姿へと化したのだ……!

 

俺がアバンに勝つとすれば、今、俺の目の前に立つ強い意志の力を瞳に宿したダイに勝った時! よくぞ立ち直った、勇者ダイ!! それでこそ(ドラゴン)の騎士 バランの息子にして、アバンの弟子よ!!

 

 

俺は、黒の核晶(コア)の爆発に巻き込まれて死ぬはずだったあの日の事を、脳裏に思い描いていた。

 

 

 

ミストバーンが眼前から消えた。そう認識した時、俺の胸から取り出された黒の核晶(コア)が白く輝いた。口惜しい……。このような最後を迎えるために俺は魔族の身体を捨てたのでは無い。最後はアバンに繋がる者達と満足のいく戦いを思うまま行い、その生を終えたかった。

 

そんな想いが俺の脳裏をよぎった時、突然俺を焼かんとする白い輝きが陰った。俺をその影に包んだ男は、城兵(ルーク) ブロックだった。驚く俺をよそに、ブロックはその巨体を2つに割って、その中から初めて見る姿が現れた。

 

「ブロック……。お前……何故?」

 

「ハドラー様。……どうか御心のままに」

 

 

 

気がついたら、俺は場所も分からない薄暗い洞窟の中に横たわっていた。俺が目を覚ました事に気づいたのか、「ハドラー様!」の声を挙げて駆けてくる親衛騎団の面々。その中にブロックの姿はなかった。

 

「どういう事だ……? 何故俺はここに? ブロックは――」

 

洞窟の壁に手を突きながら起き上がった俺に、傍らのアルビナスが返答する。

 

「……キャスリングです、ハドラー様」

 

その言葉に、俺は副官の顔を凝視する。そしてアルビナスはブロックの隠された特殊能力の事を口にする。対象と身体の位置を取り替え、攻撃されるはずだった対象を守る。そのような能力がブロックの身体に隠されていたとは。

 

「ブロック……」

 

それでは、あの爆発に巻き込まれてブロックは……。俺は、我が身を犠牲にしてまで俺を救いに来てくれたブロックに、深い哀惜の念を抱く。他の親衛騎団もブロックの死に打ちひしがれていた。

 

「アルビナス、ダイ達は……、アバンの使徒達はどうなった? バーンにやられたのか?」

 

「……ヒュンケルとクロコダインの姿は確認できておりませんが、その他の者の生存は確認できております」

 

「そうか……。では、勇者の側にはあの男がいるのだな。くくっ、それは良い報告だ、アルビナス」

 

「ふふふ。ハドラー様は勇者の生存より、あの賢者の生存を喜んでいるように見えますな」

 

シグマのその問いかけに、俺はニヤッと笑みを浮かべて応える。

 

「フッ。あの男が付いている限り、勇者は必ず力を取り戻す、……いや、以前以上の力をその身に宿して俺の前に現れる事だろう……!」

 

俺の脳裏に、あの男の目がはっきりと思い起こされる。どのような状況に置かれても、事態を打開する事を常に考え実行する、勇者の右腕とも言えるあの男。

 

俺の言葉にアルビナスが同意するように頷き、「……それで、どうされますか、ハドラー様?」と俺に問いを投げかける。その問いが、何を確認しているのかは明らかだった。最初にそれに反応したのはヒムだった。

 

「どうしますか、じゃねえだろうが、アルビナス! このままじゃあ、このままじゃあ、俺達は終われねえだろうがよっ!!」

 

「落ち着け、ヒム。アルビナスは、ハドラー様にどのように動かれるかと確認しているのだ」

 

「シグマの言うとおりですよ、ヒム。ハドラー様。我々はこれからいかがすればよろしいでしょうか? 我らの敵は、ハドラー様のお身体にあのような物を埋め込み謀ったバーンでしょうか? それとも、アバンの使徒でしょうか?」

 

アルビナスの言葉に、皆が俺に視線を向ける。アルビナスに言われるまでも無い。バーンは許せぬ。俺の誇りを踏みにじり、ただの道具として俺を始末しようとした。

 

このまま奴に良いようにされたままでは、死んでも死にきれぬ。俺の敵はアバンの使徒か、それとも……。

 

「――コフッ!」

 

突然胸からこみ上げてきた血流に、思わず俺は吐血する。

 

「「「「ハドラー様!」」」」

 

皆が顔色を変えて俺の周りに集まるが、俺はそれを手で制した。ぐっと口元を拭い、改めて身体を確認する。ダイとの戦いで受けた傷が回復していない。超回復が特徴の超魔生物のはずだが、これは……。

 

俺は自分の命が長くない事をその時悟った。そして、それを悟った瞬間、俺は決意した。

 

俺に残された僅かな時間で、あのような愚物共を相手に出来ようものか。あの者達にはそのような価値すら無い。

 

『ハドラー様。……どうか御心のままに』

 

ブロックの最後の言葉を思い出す。そうだな、ブロック。残された時間が僅かなら、俺は、俺の胸の中で今も色あせないあの男に連なる者達を相手にしたい。あの最高の男達との戦いなら、俺の死に様を見事に彩ってくれるはずだ。

 

「俺は決めたぞ。俺の最後の相手は、勇者だ……! バーンにミストバーン、キルバーンなどでは、俺の魂は高ぶらぬ!!」

 

「おおっ! さすがはハドラー様! そうですよ、もう魔王軍なんて関係ない!! 俺もあいつらとはまだ戦い足りないと思っていた所だッ!! やってやりましょうッ!!」

 

「承知しました、ハドラー様。それでは、ハドラー様が勇者と心ゆくまで戦えるよう、勇者以外の戦士は我らが引き受けましょう!」

 

「うむッ。では、儂はあの女武闘家をいただこうか。このオリハルコンの身体に、あの女の血を吸わせてくれる」

 

「だったら、俺の相手は戦士(ヒュンケル)にさせてもらうぜ! あの野郎、俺の胸に傷を付けやがって……!」

 

「ヒム、死の大地で出会ったあの男は、変身呪文(モシャス)で変貌していた別人ではないか」

 

「うっせえ、シグマ! そんな事は関係ねえ! 俺の身体に傷を付けたのは、あのふてぶてしい顔をした男だ! 中身が誰だろうが関係ねえ!!」

 

そのヒムの言葉にシグマが呆れたように肩を竦め、フェンブレンが「カカカッ。単細胞な男よ」と肩を揺すって笑った。

 

そんな中、アルビナスが控えめに口を開いた。

 

「ですが、ハドラー様。たとえ勇者を倒したとしても、その先は……」

 

「どうした、アルビナス? お前は反対か?」

 

「いえ、勇者達と闘う事に反対はしません。ただ、それならば、私はまずは、バーン様にもう一度恭順を示されてはいかがかと思っています。その上でバーン様の敵である勇者を仕留めれば、バーン様もきっとハドラー様の功績をお認めになるでしょう。そうすれば、その怪我も治してくれるかもしれないではないですか」

 

そのアルビナスの言葉に、ヒムが色を変えて詰め寄る。

 

「何言っているんだよ、アルビナス! バーンは、ハドラー様をだましていたんだぞ! そんな奴に今更頭を下げられるかよ! だいたい、ブロックはバーンの企みのせいで死んでるんだぞ!!」

 

「そ、それは……。ですが、確かにブロックの事は許せませんが、大事なのはハドラー様のお命です。ブロックの事は一時飲み込んででも、バーンに――」

 

「そこまでだ、アルビナス」

 

俺は、アルビナスの言葉を遮る。

 

「お前の言いたい事は分かる。だが、バーンの事だ。あの男は自分以外の者は全て道具としてしか見ておらぬ。あいつに恭順した所で、俺の満足する戦いをダイとさせてくれるとは思えん。今俺がもっとも優先するのは、己の命の延命では無く、ダイとの満足する戦いだ。それを邪魔する要素は全て排除する。バーンなど、もはや眼中に無い……!」

 

俺の言葉に、アルビナスを含む皆が強く頷きを返してくれた。……どうやら俺は、最後の最後で配下に恵まれたようだ。

 

いや、それは違うな。魔軍司令であった時も、各軍団長は一騎当千の連中だった。バラン、ヒュンケル、クロコダイン、ミストバーン、フレイザード、ザボエラ……。奴らを効果的に使えなかったのは、俺自身の力量が心身ともに不足していたからだ。

 

ダイ……。お前がアバンの弟子なら! バランの息子なら! ……そして、あの男が側にいるなら! 必ずや、再びその目に強い闘志を宿して俺の前に現れてくれるはずだ!!

 

頼む……、ダイ。どうか俺を失望させないでくれ。俺の最後の挑戦を受けてくれ……! 

 

 

 

 

 

親衛騎団が、俺とダイの一騎打ちのためにダイ以外の勇者一行(パーティー)を伴い、それぞれの戦場に散って行った。

 

もはや2度と奴らと会う事は叶わぬだろう……。だが、どこで戦っていようが、俺達の想いは1つだ。

 

ハドラー親衛騎団最後の戦いを、バーンにも、ダイにも、そしてアバンにも存分に見せてくれる!!

 

俺は全身から魔炎気をほとばせて、生涯最後の相手となるダイを見据えた。

 

 

 

 

 

~~~~大魔宮(バーンパレス) 玉座の間~~~~

 

 

「大魔王バーンもとくと見よっ!! このハドラー最後の戦いをっ! ただし、何人たりとも手出し無用っ!! 寄らば生命(いのち)が無いものと思っていただきたいっ!!」 

 

手負いのハドラーが放った気炎が、悪魔の目玉を通じて遠く離れた玉座の間にまで届かんばかりだった。玉座にゆったりと腰を下ろしたバーンがフッと笑みを浮かべる。そのバーンの側に立つ死神キルバーンも、バーン同様何を考えているのか読み取れない酷薄な笑みを、悪魔の目玉に向けていた。

 

「……よかろう、ハドラー……。思う存分戦うがいい……。悔いが残らぬようにな」

 

顎に手を当て、ハドラーとダイの対峙を観覧するバーン。そんなバーンを振り返り、何食わぬ顔でキルバーンが提案する。

 

「……バーン様。ミストを地上から呼び戻した方が良いのではないですか?」

 

「ミストバーンを……?」

 

「ええ、アバンの使徒達は元より、ハドラー君とその配下も、皆この大魔宮(バーンパレス)に集結しています。もうミストを地上に配置しておく必要は無いと判断します。それより、勇者と氷の賢者を始めとするその他の者が分断されている今が好機。この機にミストに勇者以外のアバンの使徒を片付けさせては? 断言しても良いですが、人形共にアバンの使徒達の相手は務まりませんよ」

 

キルバーンの提案に、バーンは全てを見通すかのような視線をキルバーンに向けた。

 

「ふむ……。確かに悪く無い手だが、お前が動いても良いのではないか……?」

 

「ウフフ。僕はタイミングを見て、勇者とハドラー君の決闘の勝者を始末するつもりです。バラン君のように……ね」

 

「……ふ」

 

バランの名が出た時、思惑通りにバランの暗殺に成功したあの光景が脳裏に浮かんだのか、ほんの僅かバーンの口角が上がった。その様子をそっと視界の端に収めながら、キルバーンは続ける。

 

「ですから、ここはミストが適任でしょう。それとも、あの大魔宮(バーンパレス)の掃除屋を動かしますか? 僕はあまりお勧めしませんがね。彼は若干、品性に欠けますから」

 

そのキルバーンの揶揄を含んだ言葉に、バーンは肯定するように頷きを返した。

 

「……良いだろう。ミストバーンを呼び戻そう。もはや地上の軍勢など放置しても良かろう」

 

「素晴らしい。では、私は私の役目を果たすとしましょう。……失礼します、バーン様」

 

恭しくバーンに頭を下げたキルバーンは、くるっと踵を返し玉座の間から音を立てずに退出していった。

 

 

 

 

 

カツーン、カツーン……。規則的な足音が、大魔宮(バーンパレス)の白亜の回廊内を反響していた。宙に浮く使い魔を従えながら回廊を進むキルバーンの前に現れたのは、白い長套を身に纏ったミストバーンだった。両者は互いに無言のまま交差するが、すれ違いざまに足を止めたキルバーンが背後を振り返らず言葉を発する。

 

「ミスト。バーン様から話は聞いているかい……?」

 

「……無論だ。勇者が抑えられている間に、アバンの使徒共を片付けるよう……お言葉を頂いている」

 

ミストバーンも、キルバーンの問いかけに背後を振り返らず返事をする。

 

「……そうか。なら、君は最初に氷の賢者の始末を考えているのかも知れないが、それはお勧めしないよ」

 

「ほう……」 

 

キルバーンの言葉通り、これまでの闘いで憤懣やるかたない感情を幾度も抱かせていた男の始末から始めようと考えていたミストバーンが、キルバーンに続きを促す。

 

「……あの男には、彼にとって天敵とも言える者達が相対する手はずになっている。切れ者とはいえ、しょせんは一人では何も出来ない非力な魔法使い。勝ち目は無いさ。それより君は、自らの心に従い、ヒュンケル君の始末を優先すべきじゃないかな」

 

「……」

 

「クスクスクス。君がヒュンケル君に強い執着を抱いている事は知っているよ。おっと、怒らないでくれたまえ。僕はただ君の事を思って、言っているんだから」

 

背後から膨れ上がった殺気に、キルバーンが苦笑いを浮かべる。

 

「……良いだろう。勇者を除けば、奴が勇者一行(パーティー)の中で最大戦力なのは確かだ。まずは奴から始末しよう」

 

そのミストバーンの言葉に、キルバーンが「それが良い。ああ、そうだ……」と提案を持ちかける。

 

「ミスト、彼との戦いでは、君を僕の特別な場所に招待してあげるよ」

 

「――! キル……」

 

初めてミストバーンがキルバーンを振り返った。それほど、先ほどのキルバーンの提案はミストバーンに取って意外なものだったからだった。

 

「ウフフ。これは友人である君への僕からのささやかなプレゼントさ。地上で大幅なパワーアップを果たしたヒュンケル君が相手では、君も例の力を使わざるを得なくなるかもしれないだろう? しかし、あの姿はむやみに見せるべきではない。そこで、あの場所さ」

 

「……」

 

「あそこなら、僕も含めて誰の目も届かない。……誰にはばかる事なく、あの力を使う事が出来るだろう?」

 

キルバーンもミストバーンを振り返り、ミストバーンと正対しながらそう口を開く。そのまま見つめ合う二人の間に、無言の時間が流れる。

 

「……。キル……、貴様……、何を考えている……?」

 

「何を、だなんて心外だなぁ、ミスト。言葉通りの意味さ。全て、友人である君に確実な勝利をプレゼントするためさ。心配はいらない。あの空間なら、外部の目や声は絶対に届かない。例えば、……君がヒュンケル君をどうしようが、誰にも知られる事は無い」

 

キルバーンの仮面の下の素顔を見抜くかのような視線を向けるミストバーン。再び両者の間に沈黙が流れるが、その沈黙を最初に破ったのはミストバーンだった。

 

「……良いだろう。ヒュンケルとの戦いは、お前の用意した場所で行う」

 

「ウフフ。それで良いんだよ。僕と君の仲じゃないか。友人の好意は素直に受けないとね。じゃあ、またね、ミスト」

 

ミストバーンの返事に気をよくしたキルバーンは身を翻し、再び回廊の先へとゆっくりと歩みを進める。

 

徐々に小さくなるキルバーンの背に無言のまま視線を投げかけるミストバーン。彼は気づかなかった。

 

先ほどのキルバーンの言葉が、巧みにミスディレクションを誘発した言葉だった事に……。

 

キルバーンが「またね、ミスト」と口にすると同時に、背後に浮かぶ使い魔がミストバーンに背を向けたまま「さよなら、ミスト」と口を動かしていた事に……。

 

 

 

~~~~時は少しだけ遡る~~~~

 

ピチャン、ピチャンと、硬い岩肌をなぞった水滴が地面に落ちる音のみが反響する、とある洞窟。天井に生じた亀裂からほんの少しだけ陽の光が差し込み、薄暗い洞窟内の壁に2つの影を映していた。

 

「クスクスクス。まさか君からコンタクトを取ってくるとはね。ハドラー君は知っているのかい? 君の裏切り行為を……」

 

「……」

 

「フフフ。まあ、僕は別に構わないけれどね。それより、バーン様への口添えだったね。それは構わないけれど、勇者を始めとするアバンの使徒達の生存情報だけでは……ね。そうだね、それに一つ条件を加えようか」

 

「……」

 

「……氷の賢者を確実に始末するんだ」

 

その言葉に、疑問を示すかのようにほんの僅か首を傾げる人物。

 

「分かっているよ。本来ならそれは僕の役目だ。だけど、今の僕は手が離せなくてね。こう見えても忙しいんだよ、僕も」と、片手にトランプのカードをスッと広げて見せる男。その広げられたカードのうちの一枚は、武骨な鎖で周囲をがんじがらめに縛られた漆黒の門が描かれたジョーカーだった。

 

「ウフフ。あの男はもう用なしだからね。確実に退場させるんだ。良いね……?」

 

その言葉にこくりと頷いた人物は身を翻し、その場から立ち去ろうとする。一瞬その身体が天上から注がれる陽の光を反射し、キラッと輝いた。

 

 




ハドラーをダイ達と原作通り対峙させるか、あるいは共闘させる流れにするかは、最後の最後まで悩みました。原作と違う展開にする方が書いていて楽しいのですが、ハドラーが最後の命の炎を燃やしてまでぶつかりたいと思う者は誰か、という事を考えると、やはりダイ以上の存在はいないだろう、という結論に落ち着きました。

ちなみに共闘させる場合の適役としては、バラン君の切り飛ばされた腕をバラモスゾンビならぬバランゾンビ的に進化させた相手を考えていました。これならエビルデインも放てるかな、とか、ドルオーラの打ち合いできるかな、みたいな。

でも私の中の、ハドラーの最後の相手はやはり血肉の通ったダイであって欲しいという、ハドラー愛がそうさせてはくれませんでした。

次回、『霊長類最強 VS 狩人』
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