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「――くっ!」
フェンブレンの手刀による突きを僅かに身をよじる事で躱すマァム。彼女はその場で半回転しながら裏拳を放ちフェンブレンの頬を殴打するが、その攻撃は僅かにフェンブレンを後退させるのみで、そのオリハルコンの肉体に傷をつける事は出来ずにいた。
「カッカッカ。スピードと身のこなしは中々のものだが、肝心の攻撃力がこの程度ではな……。いずれは体力が尽き、儂の刃が女、貴様のその柔な肌を真っ赤に染め上げるぞ……!」
その言葉にマァムは悔しげに顔をゆがめながらも、フェンブレンの言葉が正しい事を悟っていた。マァムの習得している閃華裂光拳は、あくまで生命活動を行っている生物にしか通じない。禁呪法生命体であるフェンブレンには、通用しないことは分かり切っていた。
今はまだ体力気力も充実しており、闘気も全身に張り巡らせているが、長期戦になるとそれも難しくなる。そうなった時、マァムの身体はフェンブレンの言葉のとおり、真っ赤に染まってしまうだろう、と。
マァムは、フェンブレンの突き出された腕を絡め取って、一瞬のうちにフェンブレンを地面にたたき付けた。その間に、マァムはいったんフェンブレンと距離を取る。
「フハハハ。やるではないか。大した体術だ。たとえ儂に与えるダメージが皆無であってもな」
ダメージなど全く受けていない様子で、陥没した地面からゆっくりと起き上がるフェンブレン。その言葉に、マァムはグッと唇を噛みしめる。それは最初から分かっていた。オリハルコンの肉体を持つフェンブレンを、いくら体術で圧倒してもダメージなど与えられるはずもない事は。
「儂と距離を取りたいのならそれでも良い。しかし、儂の技を接近戦だけと思うな……。儂が体現するは風! さあ、受けてみるがいい! ――
真空魔法の最上位に当たる
その呪文を見た瞬間、マァムは決心した。そう、ロン・ベルクから手渡された新たな武装、魔甲拳を使うことを。
「ロン・ベルクさん、使わせてもらいます! ――
その言葉を発すると共に、マァムが左腕に装着していた手甲が大きく広がり、マァムの全身を包み込んでいく。
「何!?」
フェンブレンが思わず声を発するが、その時には既にマァムの全身、特に左半身を中心に薄手の鎧が装着されていた。その鎧は、マァムに迫った無数の風の刃を防ぎきっていた。
「フェンブレン……。あなたに守りたいものがあるように、私にも守りたいものがあるわ。そのためなら、私はあなたを倒すことも辞さない……!」
マァムは左肩に装着されているメタルフィストを取り外し、それを右拳にはめて宣言する。
「儂を倒すことを辞さない、だと……? クックック。馬鹿め、それは儂を倒す力のある者が言う言葉よ! お前如きに儂が倒せる訳がなかろう!」
その言葉とともに突進してきたフェンブレンに、マァムはメタルフィストをはめた拳を一閃し、カウンターで合わせる。
バキーーーン!
次の瞬間、ガラスの砕けるような音と共に、フェンブレンの右腕の刃の一部が砕け散った。すぐさま再び距離をとるフェンブレン。
「クッ!? なるほど、その武装があれば儂を傷つける事も可能という事か。クックック……。良いではないか。面白くなってきた……!」
「フェンブレン……?」
「牙のない獲物を追い詰めるだけなどつまらんだけよ! 女……、いや、マァムと言ったな! 死にたくなければ、再び仲間と会いたければ、その牙で儂を食い破ってみるがいい!」
マァムは、フェンブレンの狂気じみたその言動に冷たい汗が背中を流れるのを感じていた。
マァムとフェンブレンの死闘は続いていた。マァムとしては、武神流の奥義である閃華裂光拳と並ぶもう一つの奥義、猛虎破砕拳を繰り出す隙を狙っていた。閃華裂光拳が柔の技なら、猛虎破砕拳は剛の技と呼ぶべき技だった。その繰り出す威力は武神流の技の中でも最も高く、命中すればその一点から相手は破砕される。
そして、幸い親衛騎団の
「クックック。何やら大技を狙っておるようだな、マァム。だが、そのような隙を儂が見せると思うか?」
大きくなぎ払うように繰り出されたフェンブレンの右足による蹴撃をバク転で躱しながら、マァムも蹴り上げた足の甲でフェンブレンの身体を下から上に縦に切り裂く。その一撃はフェンブレンのオリハルコンの身体の表面に傷をつけたものの、やはり躱しながらの攻撃では浅かった。
いくら魔甲拳を纏っていても、体力までをカバーしてくれるわけではない。短期決戦を決意したマァムは、続くフェンブレンの攻撃に対して高く宙に飛び上がって避ける。
「馬鹿め! たとえその鎧に魔法が通じずとも、突風による物理現象までは防げまい! 吹き飛ぶが良い! ――
宙に高く飛び上がっているマァムに突風の嵐と真空の刃が襲いかかる。フェンブレンの狙いは、マァムの背後にそびえ立つ塔に彼女の体を叩きつける事だった。
しかし、そのフェンブレンの攻撃はマァムが誘ったものだった。いつかの、ポップから放たれた
「何だと!? ――チィッ!」
深く腰を落とした体勢のままマァムが吠える。
「武神流 奥義! 猛虎破砕拳!!」
――ズガァッ!!
マァムの右拳がフェンブレンの左胸に炸裂した。その威力は凄まじく、フェンブレンの背中にまで瞬時に衝撃波が達する。虎の形に左胸を砕かれ、ズルッと横倒しに倒れるフェンブレン。
「ハァッ、ハァッ!」
荒い息を吐きながら、仰向けに倒れたフェンブレンを見下ろすマァム。フェンブレンとの戦いでは常に全身に闘気を漲らせておかねばならず、更に奥義である猛虎破砕拳を放った事で、そのマァムの闘気は限界に近かった。
「フェンブレン、ごめんなさい……」
横倒しになったまま微動だにしないフェンブレンにそう声をかけるマァム。しかし、マァムの予想に反して言葉を返す者がいた。
それは、左胸に存在する
「謝罪の必要は無い。最後に勝つのは儂なのだからな……!」
「――!? あっ、ぐぅうッ!!」
驚きと同時にマァムの右足に激痛が走り、苦渋の表情を顔に浮かべるマァム。マァムの右足の太ももには、フェンブレンの左腕の切っ先が深々と突き刺さっていた。
フェンブレンがゆっくりと身体を起こし、その左腕をマァムの足から引き抜くと、傷口からブシュッと音を立てて鮮血が迸った。
マァムは激痛を堪え、とっさに左足で背後に飛んで距離を取る。そして、右手を真っ赤に染まった患部に当てて
マァムは額に生じた脂汗を拭い、前方で仁王立ちしているフェンブレンを見つめた。
「ど、どうして……。確かに左胸の
「クックック。
「十分ではない……?」
「そうだ……! 儂以外の親衛騎団の連中には
「――!」
その言葉に、マァムは目を見張った。2つ……? それでは、もう1つはどこに?
「ククッ。もう1つの
「……フェンブレン」
フェンブレンの語気は次第に荒ぶっていく。マァムはその様子を、驚きとともに見つめていた。
「――儂だけが違う! 儂だけが! 同じハドラー様に生み出していただいた禁呪法生命体だと言うのに、何故儂だけがハドラー様の性質から外れた嗜好と能力を有しているのだ!! ……何故、儂は皆と同じでないのだ!!」
フェンブレンのその瞳に、涙は浮かんでいなかった。しかし、なぜかマァムは、フェンブレンが涙を流しているように思えてならなかった。まるで、自分一人だけ仲間はずれにされた事を疎ましく思う子供のように……。
「……フェンブレン、それは違うわ。ハドラーは――」
「黙れ、マァム!! ハァッ、ハァッ! クッ、ククククク。どうやら
激高していた先ほどまでの姿から一変し、再び冷酷な気配を放ち始めたフェンブレン。
「その怪我では、いくら回復呪文を施しても先ほどまでと同じ動きはできまい。そして儂は、先ほどのような油断はもうお前に対して絶対にせぬ。……儂を他の親衛騎団の連中と同じと思ったのが、貴様の敗因と知れ」
フェンブレンの狂気じみた言葉を聞いて、マァムは理解した。フェンブレンはどのみちこの戦いで死ぬつもりだと……。
それを理解した時、マァムは右足の傷口にかけていた
そして血でべったりとぬれた右手をスッと横に払うと、白亜の床に赤い線が一筋刻まれた。この線の内側が私の間合い。
訝しげに見つめるフェンブレンをよそに、マァムはその線を睨みながらその場で仁王立ちする。それは、彼女が習得した豪破一闘が最大の威力を発揮する正統な体勢。そして彼女は全身に力を漲らせる。彼女の周囲の大気が揺らいで見えるほどの圧縮された力が立ち昇る。ただし、彼女の全身を覆ったのはただの闘気では無かった。
それは、生きとし生ける者全てが有する生命力だった。その事に対峙するフェンブレンも気付く。
「凄まじい力だな、マァム。今お前の身体を覆っているのは闘気では無い。それは……生命力か」
「そうよ、フェンブレン。今のあなたには闘気では勝てないと気づいたわ。あなたに勝てる唯一の手段、それは私の全生命力をぶつける事よ」
その言葉と共に、先ほどマァムが白亜の床に付けた間合いの内側で凄まじい気流が吹き上がる。その気流は、マァムの命の輝きのように神々しく、そして荒々しく立ち上がっていた。
自身の命を賭けているかのようなその技に、立っているだけのマァムの額に脂汗が浮かぶ。その様子を見て、フェンブレンは口を開いた。
「なるほど……。その間合いの中に一歩足を踏み入れば、今お前の周囲で吹き荒れている生命の力の全てが、儂に襲い来るという訳だな」
その言葉にマァムは言葉を返さない。そのような余裕は既にマァムには存在していなかったから。
「生命力の発散とその限界の見極め、攻撃のタイミング、どれか1つ誤るだけでお前の命は無い。よくも儂を相手にそのような技を放とうと決断したものよ。だが、お前もその技を放つのは初めてであろう」
「――!」
言葉は発さずともマァムの表情を見て、自身の推測が正しい事を察するフェンブレン。
「その技を放つには、まだお前の技量が足りていない。故に欠点だらけよ。現に、このまま儂がお前を攻撃せずただ時間だけを浪費すれば、お前はその技の体勢を維持する事が出来ず、ただ無駄に生命力を消耗していくだけだろう。違うか……? フフフ。労せずして、儂はお前に勝てるなぁ」
そう言いながらも、何故かフェンブレンは鋭い刃物と化した両手を重ねて、空に高く掲げる。そして彼は、「だがッ!!」と続ける。
「……フッ!! フハハハハッ!! 無粋、無粋、無粋!!! そのような勝利に何の意味があろうかッ!! どうせ儂はハドラー様の死と共に潰える身!!! マァム、お前がその命を賭けるというのなら、その命が最も光り輝く瞬間を狩り取ってこその狩人よッ!!! ――ツインソードピニング!!」
その声と共に、まるでフェンブレン自身が竜巻の化身となったかのように、その身体を高速回転させて宙を飛んだ。
そして、フェンブレンはその切っ先を仁王立ちするマァムに向けて大気を穿ちながら加速する。
鋭い刃の切っ先が、マァムが先ほど付けた赤いラインを越えた瞬間、仁王立ちしていたマァムが動いた。闘気では無く、己の生命力を爆発させるかのように傷ついた右足を振り抜くマァム。塞がりかけていた傷口が開き鮮血が舞うが、マァムはそれを一顧だにせず、ただ叫んだ。
「――武鋒・豪破一闘!!!」
決死の覚悟と共に、己の生命エネルギーを全て自身の間合いである武鋒円内に張り詰めながら、相手を観察し待ち構える。そして、ひとたび武鋒円に足を踏み入れた敵に対して、張り詰めていた全闘気を己が手にする武器に込めて叩きつける。
マァムの亡き父ロカが15年前の魔王軍との最終決戦で開眼した技であり、長い歴史を誇るカール騎士団の歴代団長でもその領域までたどり着けた者は片手で数えるほどしかいないとされる技。 『武鋒・豪破一闘』……。それが、この禁断の技の名だった。
極限まで圧縮された生命エネルギーを纏った衝撃波が、ツインソードピニングの切っ先がマァムの身体に触れるコンマ何秒かの差で、フェンブレンの身体に叩き込まれる。
「――ガハァッ!!」
オリハルコンの破片をまき散らしながら、宙に弾き飛ばされるフェンブレン。そしてそのまま彼は重力に従い、白亜の床に背中から叩きつけられた。
バチッバチバチッ……。
横たわるフェンブレンの胸を、時折終末の電光が走っていた。もう一つの彼の
マァムはその側に膝をつき、フェンブレンの最後を静かに看取っていた。
「クッ、ククク。み、見事な……技だった。お、お前の命の輝き……確かに見せてもらった」
息も絶え絶えな様子でそう問いかけるフェンブレンに、マァムは睫毛を伏せた。
「ねえ、フェンブレン。聞いてちょうだい。あなたは、自分だけがハドラーや他の親衛騎団と違う事を嘆いていたけれど――」
「――嘆いてなど……おらぬ……! ――!?」
マァムは、そっと自身の手をフェンブレンの口元に置いて言葉を続けた。
「フェンブレン……。あなたはさっき自分の事を卑怯って言ったけど、私はそうは思わないわ。残虐である事は否定しないけど……ね」
「お前……は……なに……を……」
マァムはフェンブレンを安心させるように微笑んだ。
「フェンブレン。誰しも心のうちに色々な面を持っているわ。ハドラーだって確かに以前に比べたら正々堂々と戦うようになったけれど、残虐性が無くなっているわけでは無いはずよ。私から見たら、親衛騎団の中であなたが一番ハドラーの特性を受け継いでいるように見えるわ」
「その……ような……戯……言」
「それにね、あなたには
「――!」
「知らなかったようね。これでも戯言かしら? 大丈夫、あなたは間違いなくハドラー親衛騎団の一員よ。きっと他の4人、皆がそう思っているはずよ」
「……」
「フェンブレン……?」
マァムが押し黙ってしまったフェンブレンの顔を覗き込む。しかし、フェンブレンはそのマァムの視線から逃れる様に横を向いた。
「マァム……。もう……行くが……いい。儂が……その生命活動を……停止する時、……大規模な……爆発が……起き……る」
その言葉を受けてもマァムはしばらくその場から動かずにいたが、やがて諦めたかのように立ち上がった。
「さようなら、フェンブレン」
「さら……ば……だ。マァ……ム……。さいごの……が……お前で……良かった……よ」
背中を向けたマァムの耳に、フェンブレンのそんな言葉が微かに聞こえた気がした。
独自解釈
フェンブレンには核が二つあった。異論は認めます(笑)
次回は、『悲しき戦い(仮題)』です。