転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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173話 女王(クィーン)の護りたかったもの

ドガァッ!

 

アルビナスの背後にそびえ立つ塔に、魔法力で伸びたブラックロッドがめり込む。余裕を持って躱したアルビナスが背後を振り返り、「フム……」と感心したように言葉を発した。

 

「記録に無い武装ですね。材質は青鍛鋼(ブルーメタル)。特徴は、魔力を込める事で強度を増し、伸縮も自在という所ですか。地上随一の魔法力を誇るあなたがこれに魔力を込めると、我々オリハルコンの肉体にも届きうる硬度となる。実にあなたに適した優れた武器です。ただし、……当たれば、の話ですが」

 

クククッと笑みを浮かべたアルビナスに、俺は立て続けにブラックロッドを振るう。しかし、どれも掠るどころか、アルビナスの影すら捉える事が出来ない。

 

「ちっくしょう! なんて速さだ! 当たりゃしねえ!」

 

「当然です。私は、僧正(ビショップ)城兵(ルーク)の機動力を合わせ持つ盤上最強の駒。この姿になったからには、あなたに万に一つの勝ち目もありませんよ。……なにしろ……この姿の私は……」

 

――消えただと! ――!?

 

「――がぁあッ!!」

 

突然背中を蹴りつけられ、俺は前方に吹っ飛ばされる。しかし吹っ飛ぶ先にまでアルビナスが現れる。とっさに俺はブラックロッドの片方を地面に突き指し、ギュンッと横方向に伸ばす事で方向転換し、待ち受けていたアルビナスの攻撃を躱す。

 

「……スピードが違います。あなたの動きも、まるきり素人という訳ではありませんが、その魔法技術の高さと比較すると、お粗末と言うレベルですね」

 

どこに逃げても目の前に追いついてくるアルビナスに俺は、ブラックロッドを振り上げた。

 

「そんな事は言われなくたって、分かっているんだよ! ――爆裂呪文(イオ)!」

 

追いすがってくるアルビナスの足元に爆裂呪文(イオ)を唱えてバランスを崩し、僅かにその速度を落とす事に成功した俺は、ブラックロッドを上段に構えて振り下ろした。

 

「今だっ! ――地竜閃!」

 

振り下ろしたブラックロッドがアルビナスの頭部にめり込む。

 

――!? いや、これは残像だ! アルビナスに見えた何かは蜃気楼のようにぼやけて消えて行った。ちっくしょう、残像拳なんてこの世界には存在しないだろうが!

 

――! 背筋に冷たいものを感じた俺は、咄嗟に氷系壁呪文(アイスウォール)を唱えて、背後に展開した。展開させたと同時に氷の壁が砕かれる音がした。その氷の壁には、アルビナスの抜き手が深々と突き刺さっていた。

 

くっ! アルビナスが氷の壁にその腕を取られている間に、俺は飛翔呪文(トベルーラ)で何とか距離を取る。

 

バキバキと氷を砕きながら、何でも無い事のように静かに俺を見つめるアルビナス。

 

畜生、やっぱ強え……! ただでさえスピードタイプの敵との1対1は魔法使いが苦手な分野だと言うのに!

 

「――重圧呪文(ベタン)!!」

 

ドゴンッと大きな音を立てて、アルビナスの存在した地面を中心に半円状の陥没が発生する。しかし当然のように、そこに既にアルビナスはいなかった。

 

ほら見ろ、やっぱり捕まえられない! オリハルコン相手に通じる呪文が限られている上に、これほどのスピードで動き回られたら手が付けられねえよ!

 

「――! ちぃっ!」

 

どこから放ったものなのか、至近に迫ったサウザンドボールに気づいた俺はその場から飛翔呪文(トベルーラ)で離脱する。しかしその影響範囲外に出る前にサウザンドボールが爆裂し、俺の身体に少なくない爆風と熱線が襲い来る。

 

纏っていたドラゴンローブが淡い光を発し、その高い耐熱、耐爆性能で俺を防護してくれるが、極大閃熱呪文(ベギラゴン)に匹敵するほどの威力の全てを減衰できたわけでは無かった。

 

くっ……。爆風と熱線の嵐の中からかろうじて飛び出した俺は、回復呪文(ベホマ)を唱える事で傷ついた身体を回復させる。

 

前方には余裕のつもりなんだろう。ニヤリっと笑みを浮かべるアルビナスが、静かに立っていた。

 

「フフフ。無駄ですよ、ポップ。言ったでしょう、あなたのこれまでの闘いは分析していると。これまでの闘いであなたが最も苦戦を強いられた戦いは、バラン戦を除けば、陸戦騎ラーハルトとの戦い。魔法の発動よりも速く動く相手をあなたは最も苦手としています。そして、今の私はあの時のラーハルトのスピードをも凌いでいます。あなたに勝ち目はありません」

 

ちっ、上から目線で語りやがって。治療を終えた俺は、右手に握っていたブラックロッドを腰のベルトに戻した。悔しいが、こいつの言葉は正しい。ラーハルトもかくやという速度で動くこいつに、俺がロッドを振り回したところで当たるはずがない。やはり、こいつに勝利するためには、俺も相応の覚悟が必要か……。

 

重圧呪文(ベタン)では、足止めにもならないでしょう? 使えばどうですか、例の極大消滅呪文(メドローア)を。知っていますよ、あれならオリハルコンだろうがなんだろうが、全ての物質を消滅させるのでは?」

 

やれやれ、やはり極大消滅呪文(メドローア)は警戒され過ぎているな。奥の手ならあるいは通じるだろうか? ……いや、駄目だな。こいつほどのスピードがあれば仕込みがまず出来ないし、何よりあれは一発芸だ。バーン以外の敵に使う訳にはいかない。

 

「よく言うぜ。極大消滅呪文(メドローア)を撃ったところで、お前躱すだろう? あれは隙が大きい呪文だ。撃ってもお前に避けられるのが分かっているのに、そうそう撃てるかよ……」

 

「フフフ。しかし、あなたの手持ちの呪文では、あれしか私に通じるものがないのでは? ですが、極大消滅呪文(メドローア)を撃たないのであればそれはそれで結構。私のやる事は変わりません。今少しあなたと遊んでいても良かったのですが、そろそろ終わりにさせていただきましょう。さようなら……ポップ。このような結果になりましたが、私はアバンの使徒の中で、最もあなたに敬意を抱いていましたよ」

 

そう言って、アルビナスはその場から消えた。……否、高速移動を始めたようだ。ダイやヒュンケル、マァムならともかく、これはもはや後衛職の俺の動体視力で追えるスピードではない。

 

だから俺は、奴が消えたと同時にある呪文を唱えていた。それは、この冒険を始めてからこれまでずっと俺の生命線となってくれていた呪文、そう、……氷系壁呪文(アイスウォール)だった。

 

俺を中心にして半径約15m程の半球状の氷の壁を瞬時に出現させる俺。外界と閉ざされたドーム内に冷気が徐々に満ちていき、ひんやりとした空気が俺の肌を撫でていく。

 

俺のこの呪文に氷の壁の外から嘲笑の声が飛んだ。

 

「クスクスクス。そのような氷の壁で一体何が守れると? まさかあなたほどの智者がそのような浅はかな行動を取るとは、思いもしませんでしたよ」

 

「そうは言うが、この氷の壁は俺をこれまでずっと守って来てくれたんだ。たとえオリハルコンが相手でも、そう易々と砕かれはしないさ」

 

ドームの外から聞こえたアルビナスの声に、俺はそう答えた。俺の答えに自尊心を傷つけられたのだろうか。アルビナスは無言のままドームの外で高速移動を続けている。オリハルコンが相手でも耐えられると挑発したんだ。サウザンドボールやニードルサウザンドなどの遠距離攻撃を選択せず、突っ込んできてくれると良いんだが。

 

ピーンと周囲の空気が張りつめる。来るな……。これはタイミングが全てだ。集中しろ。ほんの僅かでも遅れたら死ぬぞ……。

 

全神経を氷の壁に集中するために瞑目していた俺から見て8時の方向。その位置にある氷の壁が一瞬で砕かれた。それを感じた瞬間、俺は唱えていた。重圧呪文(ベタン)、と……。

 

直後、俺の構築していた氷のドームが、俺自らが唱えた超重力によって粉々に粉砕された。

 

「グッ!? ば、馬鹿な! こんな事は……ありえない! これがあなたの戦術というのですか!?」

 

高速で俺に向かっていたアルビナスが、突然の重力磁場に身体を拘束され、片膝を地面に着いた状態で身体を震わせていた。……ああ、ようやく捉えた。だけど、これはまさに『肉を切らせて、骨を断つ』ってやつを地でやってしまったな。

 

「そ、そうだよ……。これが……俺の戦術だ。ガ、ガハッ! き、気に入らなかったかい?」

 

アルビナスに答えながら、地面に這いつくばる姿勢のまま吐血する俺。俺はこの時、アルビナス以上に危険な状態に陥っていた。

 

何故なら、俺は重圧呪文(ベタン)を8時の方向ではなく、()()()()()()()展開していたからだった。高速で移動するアルビナスを重圧呪文(ベタン)の重力磁場に捉えるためにはこれしかなかった。こいつは俺の首を取りに来るわけだから、俺を中心に展開すれば必ず捉えられると考えた俺の判断は正しかったと言える。

 

問題は、そのタイミングだった。目にも捉えきれないスピードのため、重圧呪文(ベタン)発動のタイミングが早ければ狙いに気づかれ避けられるし、遅ければ発動前に首を取られる。

 

そのタイミングを計るために使ったのが氷系壁呪文(アイスウォール)だった。俺は氷の壁を俺の身体を守るための防御壁としてではなく、アルビナスの接近を感知するためのセンサーとして利用していた。

 

……しかし危なかった。15mの距離を取って氷の壁を構築していたのに、アルビナスが今いる地点と俺との距離は10mを切っている。氷の壁が破壊されたと感じた瞬間に重圧呪文(ベタン)を唱えたと言うのに、コンマ1秒にも満たないそのわずかな間にこれほども詰められた事になる。

とんでもないスピードだ。壁を壊されてからその方向を指定して重圧呪文(ベタン)を唱えていたら、間違いなく間に合わなかっただろう。方向は指定せず、最初から俺を中心に発動する前提で待ち構えていたからこそ、かろうじて間に合ったんだ。

 

そして、まだ戦いが終わったわけではなく、まだまだ俺とアルビナスの綱渡りの攻防は続いていた。その証拠に、アルビナスは膝を着いていた身体を起こし、ゆっくりとだが立ち上がっていた。

 

「き、気に入らなかったか、ですって? 気に入るわけが、……ないでしょう。こんな、自ら死を選ぶような戦術を……あなたが取るとは……。これが自殺……行為だと気が付かないのですか……!」

 

さすがのアルビナスも、この5Gの重力磁場では高速移動など出来ようはずも無く、まるで亀の如き鈍重さでゆっくりと俺に近づいてくる。しかし、動けるだけマシと言うものだろう。俺など、まるで蛙のように重力磁場に押しつぶされ、かろうじて指を動かす事しかできていないのだから……。

 

「人間であるあなたと、……禁呪法生命体である私。身体能力の差を認識……していなかったのですか? あなたは、この重力を更に加速……させられるかもしれませんが、……それをすればあなたに待つのは死……のみです。つまり、この重力磁場で私の……動きを完全に止められなかった……あなたの負けです」

 

……分かっているよ。俺までこの重力磁場に囚われていなければ、俺はまだまだ重圧呪文(ベタン)の重力加速度を上げられた。だが、俺自身が重圧呪文(ベタン)の影響下に捕らわれている限り、これ以上は上げられない。今でさえ、肋骨の一部が砕け臓器に突き刺さっているんだ。全身の骨だって、粉砕骨折の一歩手前の状態だ。これ以上重力加速度を上げれば意識を失いこの呪文が解除されるか、その前に自分の呪文によって圧死するかのどちらかだ。いずれにしても待っているのは、死のみだ。

 

……だけどなあ、アルビナス。お前は忘れてはいないか。

 

俺が2重魔法詠唱者(ダブルキャスター)だと言う事を……!

 

 

「くっ……! ――ゴフッ! ヒ、氷系呪文(ヒャダルコ)!」

 

吐血と共に口から発せられた詠唱に呼応するように、重力磁場の更に上空に13本の氷の槍が創出された。俺はそれを動かし、その内の1本を直上から重力磁場の中に突入させ、そのままアルビナス目がけて打ち込んだ。

 

重力磁場の中に突入した途端、氷の槍が加速する。その加速したままアルビナスに激突した氷の槍は、次の瞬間、完全に砕かれ無数の細かい氷の欠片へと変貌した。

 

自身の周囲をキラキラと氷の欠片が舞う様子を見て、アルビナスは俺への歩みをいったん止め、おかしそうに笑った。

 

「まさか……この氷の槍で私のオリハルコンの身体を砕こうと……? クックック。私は……あなたを過大評価……していたようですね。まさか……これほどあなたが……愚かだったとは。どれほど加速しようが、……氷で神の金属オリハルコンは砕けませんよ」

 

俺はその嘲笑には答えず、ただひたすら次々と氷の槍を上空よりアルビナス目がけて打ち込んだ。

 

アルビナスはそんな俺の行動を歯牙にもかけず、ゆっくりと俺に近づいてくる。そして、いよいよ残り1本となった時、アルビナスは俺をその射程に収めていた。

 

「さあ、……いい加減に無駄な足掻きはよしなさい。これで、……終わりです」

 

アルビナスがゆっくりと右腕を振りかぶる。その腕が俺の首を切断するのに十分な高さに達した時、俺の命は尽きるのだろう。

 

しかし、俺はまだ諦めてはいなかった。俺には、まだ本命が残っているんだよ……!

 

最後の氷の槍が上空より落ちてくる。その槍の中心部は、何故かこれまでの氷の槍より黒く濁っていた。

 

「――!?」

 

グシャァッと音を立てて、アルビナスの振りかぶっていた右腕が千切れ飛んだ。最後の氷の槍は、アルビナスの右腕を切断しそのまま地面に突き刺さる。

 

一瞬宙を舞ったアルビナスの右腕は、直ぐに重力に囚われ地面に縫いとめられる。

 

「くっ! ……外したか! いや……、まさか躱された!?」

 

クルクルと宙を舞ったアルビナスの右腕を見て、俺は思わずそう呻いていた。

 

地面には、表面を覆っていた氷の膜が砕けその内部に収められていたブラックロッドが姿を現し、深く白亜の床に突き刺さっていた。

 

 

切断された右腕の上腕部を抑えていたアルビナスが、ゆっくりと口を開いた。

 

「……ええ、あなたが外したのではありません。私が……避けたのです。見事な戦略でしたよ、ポップ。まさに乾坤一擲と言える、自身の身を犠牲にした戦略でした。改めて、……あなたに敬意を……表します」

 

勝利を確信した余裕なのか、痛みを感じる事も無いからなのか、涼しい顔で俺をそう評するアルビナス。グッと俺は唇を噛みしめ、アルビナスを睨みつける。

 

「……気づいて……いたのか?」

 

「ええ、気づいていましたよ。あなたがベルトに収めていたロッドが、いつの間にか無くなっている事にね。それに気づいた時、あなたの戦略が読めました。つまり、金貨はあなた、落とし穴はこのロッドだったわけですね。ですが、これで本当にお終いです。さあ、……名残惜しいですが、長かった戦いも……これで終わりにしましょう」

 

そう言ってアルビナスは、今度は左腕を高々と掲げる。俺はその様子を圧死寸前の朦朧とした意識の中で見つめながら、口を開いた。

 

「そ、そうか……、気が付いていたか。ゴフッ! だ、だけどな、……アルビナス。俺も気付いていたんだぜ?」

 

「……?」と、俺の言葉の意味が分からず不審そうな表情を顔に浮かべるアルビナス。

 

「分からない……のか? なら教えてやる……よ。俺はな……、俺のベルトからロッドが無くなっている事をお前が気付いていた事に……気付いていたんだぜ?」

 

「――!?」

 

重力磁場の上空から不意に14本目の氷の槍が動く。いや、それは槍と呼べるようなものではなく、針ほどの大きさでしかない、……ただの氷の欠片だった。

 

アルビナスが俺の言葉に大きく目を見開くのと、その氷の欠片が奴の左胸を射抜くのは同時だった。それはまるで、糸を引くような閃光だった。

 

 

 

ビシィッと、その針状の何かがアルビナスの左胸を一瞬で貫き、地面に突き刺さった。その何かがアルビナスに致命の一撃を残していったのは明白だった。なぜならアルビナスのその左胸からは、機械が爆発する際に生じる電光のようなものが既にバチバチッとほとばしっていたからだ。

 

それを、薄れゆく視界の隅で確認した俺は、ようやく重圧呪文(ベタン)を解除した。とたんに、ずっと上から圧迫されていた感覚が消え去り、息苦しさから解放される。

 

即座に俺は自身に対して回復呪文(ベホマ)を唱え、重圧呪文(ベタン)で負った傷を治療していく。身体全体の骨に生じていた亀裂が綺麗に修復されていくのを実感し、俺はようやく安堵の息を吐いた。

 

そして俺は、重圧呪文(ベタン)を解除したというのに俺の側で両膝をついて動けないでいるアルビナスに、目を落とした。

 

 

 

アルビナスは、自身の左胸にある(コア)を撃ち抜いた物を、驚愕の表情で見つめていた。

 

「こ……、これは私の毒針……。ポップ、あなた……、あ、あの時にこれを手に入れて……」

 

アルビナスの目の前で地面に突き刺さっている銀色に輝く小さな針。アルビナスの言う通り、それはサババでの親衛騎団との初戦でアルビナスによって俺の腕に打ち込まれた毒針だった。あの時解毒呪文(キアリー)によって毒を治療したと同時に抜け落ちていた毒針を、俺は密かに回収していた。

 

「そうだよ。こんな小さななりでも、オリハルコンには違いないからな。オリハルコン製の爪楊枝にでもするつもりで持ち帰っていたんだよ。まあ、血は違えど、染みついた魂みたいなのは変わらないって事かな。つい、『もったいない』って感じちゃってさ」

 

「こ、こんな小さな針で……私を……倒そうと……。あの……ロッド……ではなく……?」

 

「ああ、俺の本命は、最初からこの小さな針だったのさ。と言っても、シグマがお前の外装を破壊してくれたからこそ取れた戦略だったけどな」

 

そうだ、これはシグマが、アルビナスの外装をライトニングバスターで破壊してくれていたからこそ取れた戦略だ。そうでなければ、空の技を修めていない俺が、こんな小さな針を正確に(コア)に命中させる事などできるわけがない。

 

横たわるアルビナスの隣に膝を着いていた俺に、不意に影が差した。俺が顔を上げるとそこには苦悶の表情で胸を抑えているシグマが立っていた。

 

その姿に気づいたアルビナスが、「シグマ……」と小さな声を発した。シグマはそれには返事を返さず、俺と同じように仰向けに横たわるアルビナスの側に膝を着いた。そして、息をそっと吐きながら、呟くように口を開いた。

 

「アルビナス……。どうしてこんな……」

 

「フッ……。シグマ、私を愚か者と笑ってくれて……いいですよ。ハドラー様を裏切った私にはお似合い――」

 

「いや、お前は別にハドラーを裏切っちゃいないだろう」

 

アルビナスの独白を遮り、俺は言葉を発した。

 

「ですが、私は……」と俺に顔を向けるアルビナスに、俺は安心させるように微笑んだ。

 

「お前はハドラーを裏切っていない。もちろんシグマもな。お前達は2人とも、ハドラーのために戦ったんじゃないか」

 

「ポップ……」と呟くシグマにも俺は顔を向けた。

 

「シグマはハドラーの意思を守るために、……そしてアルビナスは、ハドラーの生命(いのち)を守るために戦っただけだろう。どちらもハドラーの大切なものを守るために戦ったんだ。もう1度言うぞ、アルビナス。お前はハドラーを裏切ったりしていない。誰にも、……誰にもお前を裏切り者と言わせはしない。大賢者の名に懸けてそれを誓おう……」

 

「……ポップ。……ありがとう……」

 

俺はアルビナスの側に落ちていた千切れた右腕を拾い、アルビナスの身体の上にそっと置いた。

 

「なあ、アルビナス。俺が最初にお前に尋ねた質問を覚えているか?」

 

「質問……?」と憑き物が取れたような穏やかな表情でアルビナスは俺に問いかける。

 

「くすくすくす。忘れたか? お前達に性別は無いのかって質問だよ……」

 

「ああ……。それなら……私達に……性別は「いや、あるよ」」

 

俺は再びアルビナスの言葉を遮り、アルビナス、そしてシグマの順に顔を向け笑いかけた。

 

「ハドラーの生命(いのち)を賭けた最後の戦いを盛り立てようと、まるでお祭り騒ぎのようにふるまう単細胞なシグマ達が野郎なら、そんなものに1ゴールドの価値も見出さず野郎どもの盛り上がりを冷めた目で見つめるアルビナスは間違いなく女性だよ」

 

「お祭り騒ぎ……単細胞……」と、呆然とした様子で呟くシグマを無視して、俺はアルビナスに微笑んだ。

 

「アルビナス、お前はただ、ハドラーのいない天国を歩むんじゃなくて、ハドラーと共に歩む地獄を選んだんだよ。正直、お前にそれほど慕われているハドラーに妬けてしまうよ」

 

俺の顔を声も無く見つめていたアルビナスの頬を、ツーと涙が伝っていった。

 

「アルビナス……。それは……!?」とシグマが驚愕の表情を浮かべた。

 

「ふっ、ふふ……。そろそろ機能が……麻痺してきたようですね。こんな……誤作動を……起こすなんて。……ポップ、最後に1つだけ……聞かせて……。ハドラー様の副官に……私はふさわしかった……ですか?」

 

その問いに、俺は肩を竦めながら答えた。

 

「誰にとって幸か不幸かは知らないけれど、ハドラーの隣にお前が控えているのは脅威以外の何物でもないよ。少なくとも、俺なら裸足で逃げ出しちゃうね」

 

俺の問いにアルビナスはふっと笑みを浮かべ「ありがとう……」と確かに発した。そして口を引き締め、言葉を続ける。

 

「……ポップ、キルバーンに……気をつけなさい。彼は……今でも……あなたを……」

 

もういくらも時間が残っていないだろうに俺の身を案じるアルビナスに、俺は「……分かった。心配するな」と返事をする。

 

俺の返事に安堵したのか、アルビナスはこくっと頷き、次にシグマにその穏やかな顔を向けた。

 

「シグマ……。手を……握っていただいて……も……?」

 

「ああ、もちろん……。もちろんだ、アルビナス……!」

 

そう答えるシグマの目にも、いつの間にやら涙が浮かんでいた。

 

アルビナスの左手を、シグマの両手がガシッと包み込む。

 

「シグマ……。ハドラー様を……頼み……ます。私の……代わりに……どう……か……」

 

最後にそう呟き、アルビナスの瞳はゆっくりと閉ざされていった。シグマはアルビナスの左手を握ったままただ項垂れている。一瞬、その握られた手が光ったように見えたが、ただの光の反射だったのだろうか。

 

 

 

「ポップ……。……すまない」

 

「……え?」

 

2人を見つめていた俺に、シグマがそう声を掛けた。謝られる意味が分からずシグマに顔を向けるが、その直後俺の身体をシグマの槍が横薙ぎに打った。

 

突如振るわれた槍によって俺は塔の壁に背中をぶつけ、思わず咳き込んだ。

 

「がっ! ――痛ってー!! いきなり、何すんだ――「ドォォーン!!」 ――!?」

 

いきなりのシグマの行動に俺が文句を言おうと口を開くが、突然先ほどまで俺が立っていた地点で大きな爆発が起きた。

 

お、おいおい。まさかアルビナスが死んだから爆発したのか? という事は、シグマはこの爆発から俺を守るために? いやいや、たとえそうだとしても、乱暴すぎるだろう。こちとらひ弱な魔法使いなんだぞ。もっと優しく扱ってくれよ……!

 

頬を打つ爆風に俺が顔をしかめながら内心でシグマを罵倒していると、爆発の煙の中からシグマがガシャ、ガシャとゆっくりと歩きながらその姿を現した。そして、俺を見たシグマが僅かに頭を下げる。

 

「ポップ……。()()の事、迷惑をかけた。このとおり、謝罪させていただく」

 

「良いよ、別に。……でも良かったな。最後に()()と和解できて……」

 

「ああ……。君のおかげだ」と肩越しに背後を振り返るシグマ。その左手には小さな針のような物が握られていた。

 

「あれ、シグマ。それ、アルビナスの……。一緒に爆発したのかと思っていたが、違ったのか……」

 

シグマが左手に持っていた針は、俺がアルビナスの(コア)を撃ちぬくのに使った、かつての毒針だった。

 

「ああ、どういう訳かこれは爆発していなかった。どうだろう、ポップ。良かったらこの針、私にくれないか?」

 

そのシグマの申し出に俺は首を傾げる。まあ、元はアルビナスのだから、同じ親衛騎団のシグマが所有権を主張するのも分からないでもない。だけど、落ちていたのを拾ったのは俺だから、今は俺の持ち物だ。オリハルコン製の爪楊枝にロマンを感じていた俺は、若干その申し出に渋った。

 

……いや、待てよ。そうだ、代わりにあれを要求してみようかな。そう考えた俺は、シグマに交渉を持ちかけた。

 

「良いよ、あげても。その代わりと言ったら何だけど、……」

 

 

 

あまりと言えばあまりなその提案に、シグマはその馬の頬をひきつらせていた。

 




今週はここまでとさせていただきます。来週は私用で休むかもしれません。古〇任三郎でした。……分かる人いるかな?
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