転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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台風10号の関係で予定していた仕事がキャンセルになり時間が出来たため、今週も投稿させていただきます。

さて、ご報告です。

本日より、完結までの残り26話を毎日21時に投稿できるようセットしました。途中で何か大きな投稿ミスが発生すれば停止するかもしれませんが、予定としてはそんな感じです。

いただいた感想については、即日ではなく後日になるかもしれませんが、全て読ませていただいて、必ずお返事をさせていただきます。

彼ら、彼女らの冒険に最後までお付き合いいただけると幸いです。


174話 冷たく鋭い刃の視線が向かう先は……

~~~~地上 ロロイの谷~~~~

 

 

「やれやれ、ようやく行ったか」と、安堵の声を発したクロコダインは、直上にある大魔宮(バーンパレス)を見上げた。

 

「てえぇぇーい!! そうですね、全く最後までお騒がせな男ですよね、全く!」

 

襲ってきた魔物を何やら危なっかしいヌンチャクで撃退し呆れたように言うチウに、クロコダインは苦笑いを浮かべる。お騒がせ男とくれば、あの男しかいない。

 

「まあ、そう言ってくれるな。冷静沈着、頭脳明晰なだけの男に、人はついていこうとはせん。一生懸命な男に人はついていくのさ。お前と同じようにな」

 

そう言ってクロコダインは、チウの隣で戦う獣王遊撃隊の面々を見つめる。いつの間に増えたのか、おかしな布をかぶったメンバーまで含めると11までの数字が確認できる。

 

対するは、先ほどミストバーンに置いて行かれた格好のザボエラと、魔法の筒改め魔法の球から出現した魔界の魔物達。その数、優に300は超えようかという軍勢だった。

 

 

「ふむ……。おぬし、100体は軽くいけるのではないかね……?」

 

獣王遊撃隊の一員、⑪と書かれたバッジを胸につけ白い布を頭からかぶった者が、クロコダインの隣に立ちそう声をかける。

 

「む……? ふっ、そうおっしゃる御仁こそ、俺以上にいけそうですが?」

 

その正体は不明なれど、これまでの闘いでこの奇妙奇天烈な出で立ちの戦士がただ者でない事を悟っていたクロコダインが、ニヤッと笑みを浮かべて返す。

 

「いやいや、儂は『ひざがしらむずむず病』にかかっておるからのう。ここは隊長にお任せするよ」

 

「いいっ!? そ、それはないですよ~!」

 

隊員11号の正体を知っているチウが、ギョッとした表情で慌てる。その様子を見てクロコダインが豪快に笑い声を上げた。

 

「ワッハッハ! 隊員が戦えぬのならば、隊長が戦わざるをえんな! チウ! 隊長としての腕の見せ所だな!」

 

強敵を前にそんな会話をしていたクロコダイン達に後方から指示が飛んだ。その凛とよく通る声は、カール王国女王フローラの発したものだった。

 

「皆、アバンの使徒達は大破邪呪文(ミナカトール)を発動し、バーンとの決戦に向かいました。我々の役目は、彼らの援護のためにここを守り抜く事! 態勢を整えます! 前方はカール及びリンガイアの混成部隊、左方はオーザム隊、右方はベンガーナ隊が中心となって壁を作ってください! 中央にはパプニカ魔法兵! 負傷者は速やかに中央に運び治療を受けるように! 冒険者及びクロコダイン殿には遊撃をお願いします!」

 

その言葉にクロコダインは、「――おう!」と返事を返し、最も敵の集中している前方に地響きを立てながら駆けて行った。その側には、「獣王遊撃隊、続けー!」と気勢をあげるチウがいた。

 

 

 

フローラは全体の戦略方針を指示した後、傍に控えるバウスン、エイミ、メルルの順に顔を向けた。

 

「バウスン将軍、以後の全体指揮はお任せします。エイミ、レオナ姫不在の間のパプニカ魔法兵の指揮をお願いします」

 

「はっ、お任せ下さい」、「承知しました!」、「分かりました!」とバウスン、エイミ、メルルはそれぞれフローラに返事を返し、持ち場に駆けて行く。

 

 

 

~~~~大魔宮(バーンパレス) 後方右翼~~~~

 

「ウワァァァァーーー!!」

 

ヒュンケルの放ったブラッディースクライドを胸に受けたヒムは、その勢いのまま後方に飛ばされ、断末魔の声を上げながら大魔宮(バーンパレス)の淵から地上へと堕ちていった。

 

「……ヒム。お前も弱くはないが、運が悪かった。俺が新たな力に覚醒したばかりの時に当たってしまってな……」

 

傷一つ負わないままヒムを下したヒュンケルは手に持った鎧の魔剣を額に装着し、今しがたヒムの堕ちた場所に背を向けた。

 

そして、その場から一歩足を踏み出した時だった。突如としてヒュンケルの身体を覆うように黒い円柱状の影が立ち昇った。

 

「――! これはっ!?」

 

戦闘に勝利した後の一瞬の隙。その場にポップがいれば、それが他者転移呪文(バシルーラ)の術式に手を加えた魔道具の一種が発動した事を看破したであろうが、戦士であるヒュンケルにはその魔道具の発動から逃れる術が無かった。

 

次の瞬間、黒柱の中に捕えられたヒュンケルの姿が掻き消えた。後に残されたのは、ひらひらと舞いながら落ちる1枚のカードだった。

 

 

 

そこは異様な空間だった。周囲の全てが漆黒に染められているというのに、視界は閉ざされていない。広く、どこまでも続いているかのように見えて、何故か見えない壁が周囲を覆っている気配を感じる。

 

ヒュンケルは油断なく周囲を警戒する。既にその右手には抜身の剣が握られていた。そして、直ぐにこの漆黒の空間内に異形の魔物がいる事に気づく。

 

その魔物は、上半身だけで宙に浮いており、死神の大鎌を思わせる巨大な鎌を両手に抱いた異形の魔物だった。

 

「――何者だ!」

 

その魔物はヒュンケルの誰何(すいか)に何も答えを返さず、そればかりかヒュンケルの存在自体認識していないかのように、虚ろな視線を何もない空間に向けたままだった。

 

「無駄だ、ヒュンケル。それはジャッジという、死神の道具の一つだ」

 

訝し気な視線をその魔物に向けていたヒュンケルの背後から、突然声が投げかけられる。その声の主に覚えのあったヒュンケルは、背後を振り返る前からそれが誰の発した言葉なのかを察していた。

 

「ミストバーン! 俺をここに連れて来たのは貴様だったか!」

 

その空間に突如現れた男は、白い長套をその身に纏った彼のよく知る人物、大魔王バーンの右腕とも言える男、……魔影参謀ミストバーンその人だった。

 

ヒュンケルの険しい視線を受けても、ミストバーンはただ無造作に側に佇みヒュンケルの言葉を否定する。

 

「……違うな。この空間は、キルが決闘を仕掛ける際に相手を招待するための空間。つまり、お前はキルに招待されたのだ。そして、そこの魔物、いや、魔物ですらないな。ジャッジは、決闘の審判を行う機械にすぎぬ」

 

そのミストバーンの言葉に、ヒュンケルは一瞬だけ視線をジャッジと呼ばれた魔物に向ける。

 

「心配せずともよい。今この場は、キルの決闘の場ではない。キルの命令の無い限り、ジャッジは動かぬ」

 

「……そうか。しかし、ミストバーン。ずいぶんと饒舌になったな。俺と共にいた十数年間で交わした言葉など、数えるほどしかなかったというのに」

 

いくらか状況が理解できたヒュンケルが、ミストバーンに対して皮肉気に口にする。

 

「フッ……。この場から生きて出られぬ男に正体を隠す必要もあるまい」

 

「ほう……。面白い。では、地上での戦いの続きと行こうか」

 

そう言ってヒュンケルは、鎧の魔剣を正眼に構え闘気を全身に纏う。そのヒュンケルに対して、ミストバーンも無言で両手の爪を束ねて剣の様に伸ばす。互いの視線が交錯し、ジャッジを除き誰も存在しない閉ざされた空間で、かつて闇の師弟だった2人の最後の闘いが始まろうとしていた。

 

 

~~~~大魔宮(バーンパレス)~~~~

 

 

「そう……、アルビナスは……そんな事を……」

 

シグマの隣を駆けるマァムは、シグマとポップからアルビナスの最後を聞いて悲しげに顔を伏せた。彼女は、同じ女性としてアルビナスの気持ちが痛い程よく分かった。そのマァムの沈んだ表情を見て、シグマはマァムに言葉をかけた。

 

 

「……君も、ポップと同じようにアルビナスを女性として扱うのだな」

 

「そんなの当たり前じゃない。彼女は、最後までハドラーの事を思っていたのね」

 

「……。私からも君に尋ねたい。フェンブレンは、満足して逝ったのだろうか?」

 

その言葉に、マァムは一瞬顔を伏せたが、同じ親衛騎団のシグマには伝える必要があると考えたのか、顔を上げてその問いかけに応えた。

 

「満足したかどうかは、分からないわ。でも、フェンブレンは最後に、最後の戦いの相手が私で良かった……、そう言っていたわ」

 

「――! そうか、それなら良かった。彼は、我々の中で最もハドラー様の御心の根幹に近い男だった」

 

そう安堵したかのような表情をしたシグマ。次いで彼は、中央部に繋がる通路を駆けながら、その視線を大魔宮(バーンパレス)後方右翼の方向に向ける。そこは、ヒムとヒュンケルの闘いの舞台だった。その視線に釣られ、マァムもシグマ同様に後方に視線を投げかけ、「ヒュンケル……」と不安げな声を上げる。

 

「マァム……だったな。私の立場で伝える事ではないが、おそらく……、いや、間違いなく彼らの闘いの勝者はヒュンケルのはずだ」

 

「……分かるのか、シグマ?」と、シグマの頭上からポップも声をかける。

 

「ああ、ヒムの生命力を近くに感じない。残念ながら、ヒムも敗れたのだろう」

 

「そう……、良かった……。あ、ごめんなさい、シグマっ!」

 

シグマの言葉にほっと安堵の息を吐いたマァムだったが、シグマの胸中を察し直ぐに謝罪する。

 

「謝る必要は無い。あの男が相手だったのだ。ヒムもきっと力の全てを出し尽くし、満足して逝った事だろう。この悪意渦巻く大魔宮(バーンパレス)において、尊敬に値する相手と闘って逝ける事は、限られた時間しか残っていない我らにとって望外の喜び。……君達に感謝する」

 

「……そうか。だけど、俺達も感謝しているよ。あんた達との戦いは、死神や妖怪爺なんぞとの闘いでは決して得られる事の無い清涼感すら感じられる闘いだった――っ痛っ! 舌噛んだじゃないか、シグマ!」

 

「むう……」

 

「むう……、じゃないんだよ! ナンバ走りだって、さっき言っただろう。足運びはタッタッタ、じゃなくて、スーだよ、スー」

 

「何言っているのよ、ポップ! だいたい、あなたがさっきからずっとシグマの背中におぶさっているのが悪いんでしょ!? いい加減に降りなさいよ!」

 

シグマの隣で駆けているマァムが詰め寄るのも無理は無かった。ポップはマァムと合流する前からシグマの背におぶられて現れており、それは今も続いていた。

 

「いや、これはシグマが、親衛騎団同士の内輪もめに巻き込んだ事のお詫びって事で怪我を負った俺をおぶってくれているんだから、良いんだよ」

 

「何が怪我よ! そんな怪我、もう治っているじゃない!」

 

「ちょっ、ローブを引っ張るなよ、マァム! シグマが良いって言っているんだから、良いじゃないか。――! ははーん。もしかしてマァム、“ポップをおぶるのは私の役目よ”だなんて思ってたりするのか? 大丈夫だよ、マァム。シグマは男だからやきもちを焼く必要は―― グハァッ!」

 

ポップに最後まで語らせるマァムでは無かった。シグマにおぶられたポップの脇腹には、マァムの放った神速の手刀が突き刺さっていた。

 

その衝撃で、ポップばかりか、駆けていたシグマまでが思わずよろめく。

 

「おい、私の上で暴れるな。まったく、君達は信頼し合っているのか、反目し合っているのか、いったいどちらなのだ……」

 

「い、いたたた……。ち、違うよ、シグマ。これは複雑な女心が絡んでいてね、マァムは俺にやきもちを――」

 

「――あなたがどの口で女心を語っているのよ!? 早く降りなさい、ポップ!」

 

「わっ、ちょっ、だから引っ張るなって、マァム!」

 

シグマの背中の上でワタワタと始める2人。彼らの目指す場所は、目前にまで迫っていた。

 

 

 

~~~~大魔宮(バーンパレス) 中央通路~~~~

 

俺達がダイとハドラーの決闘の場に戻った時、既に2人の戦いは佳境に入っていた。

 

ダイは、俺達が戻って来た事に気が付かないほど集中していた。そしてそれは、ハドラーも同様だった。シグマはハドラーの集中を乱さない様に、いつの間にやら俺達とはハドラーを挟んで反対側に移動している。

 

姫さんの話では、一度ダイが新しいアバンストラッシュ、アロータイプとブレイクタイプを組み合わせた『アバンストラッシュクロス』を繰り出し、ハドラーの超魔爆炎覇を破ったらしい。しかし、ハドラーはそれほどのダメージを受けてもなお、再度立ち上がった。

 

ハドラー……。本当に最後の炎を燃やし尽くしているな。それは、あの右腕にある、根元から折れた覇者の剣より延びる光の剣を見たら明らかだった。あれはもう覇者の剣では無く、生命(いのち)を燃やして創出している生命(いのち)の剣だ。

 

そしてダイは、ハドラーと距離を取り剣を鞘に納めて力を溜めている。ハドラーの生命(いのち)の剣に対抗するんだ。生半な技では勝ちえない事は、俺にだって分かる。だからあれは、ダイが自身の持ち得る最大の技を放つための構えなのだろう。

 

ハドラーは、そのダイの姿を見て笑みを浮かべている。そうだろうな。ハドラーは、ダイと戦うためだけに明日の無い超魔生物の身体になったようなものだ。最初の戦いはキルバーンのバラン暗殺によって水を差されたが、今は親衛騎団の力を借りて心ゆくまで戦う事が出来ている。

 

そしてダイは、そんなハドラーの想いに十分に応えられる実力をつけている。それにダイは俺とは違い、誰が相手でも真正面から受けて立つ気性だ。ハドラーもさぞかし楽しい事だろう。

 

「どうだ、ハドラー。俺の弟分は最高だろう?」と、2人の対峙を見つめながら俺は一人独白する。

 

 

 

ダイが鞘からその剣を引き抜いた。ダイの剣に、目がくらむほどの雷光が纏われている。あれは、電撃呪文(ギガデイン)だろうか。

 

そして両者は、互いに持ち得る最高の技をぶつけ合った。それは、謀など全く存在しないばかりか、暗い復讐の怨念すら介在しない、ただの純粋な魂のぶつかり合いだった。

 

 

 

勝者は、ダイだった。バラン最大の秘剣ギガブレイクの構えを取っていたダイは、ぶつかる寸前でその構えを変化させ、アバン先生最大の奥義 アバンストラッシュの構えを取った。あれを何と形容すれば良いのだろう……。そうだ、あれはバランの力とアバン先生の技が合わさった全く新しいストラッシュ 『ギガストラッシュ』だ。

 

横倒しになったハドラーが、満足した表情でダイに手を差し伸べる。ああ……、この戦いはバーンに何も痛痒を与えるものでは無かったが、あの2人にとっては必要な儀式のようなものだったんだろうな。

 

デルムリン島から始まった2人の因縁に、ようやく決着がついた……。いつかダイに、今の胸中を聞いてみたいものだ。それこそ、あいつが酒を飲めるような歳になったら……な。

 

 

俺が2人を見つめてそう考えていた時、突然ダイとハドラーの周囲に9つの小さな柱が出現し、不気味な振動を発し始めた。

 

 

~~~~~♪ ~~~~~♪

 

俺達が突然の事態に動揺していると、どこかで聞いた笛の根が響いた。これは……。

 

背後を振り返ると、階段の上に予想した通りの奴。

 

「「キルバーン!!」」

 

俺と同様に背後を振り返ったマァムと姫さんがそいつの名を叫ぶ。やはり来たか、キルバーン……。

 

「……フッフッフッ……。諸君 気に入ってくれたかなァ……。この曲は僕からの鎮魂曲(レクイエム)だ」

 

――! やはり、こいつ……!

 

「ダイ! そこから逃げてぇー!!」と、嫌な予感に苛まれたマァムの悲壮な声が飛ぶが、ハドラーとの戦闘のダメージが回復していないダイは、その場を動けずにいた。

 

「……クスッ! もう遅いよ……!! 出でよっ!! 魔界の炎ッ!!」

 

その直後、ダイ達の周囲に出現していた小さな柱から業火が立ち昇った。その炎は誰も止める暇も無く、2人をまるで鳥かごのように取り囲み、それが上空で一つになろうと噴き上がる。

 

 

8つの炎は、ダイ達の上空で一つになる。恐らくこのトラップはまだ完成していないだろうに、現段階でも凄まじい程の熱気が発せられている。

 

「「ダイ(君)!!」」

 

「……さあ、最後の瞬間だッ!! この◇の9(ダイヤナイン)のトラップ、最大の見せ場!! 8つの炎柱が中央の光点に集まる時、中の生物は灰となって燃え尽きるのさ!」

 

「燃えつきろォッ! ゴミめぇ!」

 

キルバーンとその使い魔ピロロが宣言する通り、今にも上空で一つとなった巨大な炎柱は今にも直下のダイ達に堕ちようとしていた。

 

……しかし。

 

「……あれ? ねえ、キルバーン。まだ堕ちないよ?」

 

「――!?」

 

いつまで経っても堕ち始めない炎柱に、キルバーン達が不審の声を上げる。

 

くっくっく。そりゃーそうさ。そんな簡単に出し抜かれたら、商売あがったりなんだよ。……だって、俺がいるんだぜ、この場には?

 

 

「キルバーン、あれを見て! 何かいるよ!?」と、ピロロが杖を8つの炎柱の交点に指して、声を張り上げる。

 

「あれはいったい……」とキルバーンが呟くが、その直後、奴はバッと身体ごと俺を振り返った。

 

「氷の賢者……! まさかあれは君が……?」

 

 

その問いかけに俺は答えず、ただ左手からの魔力供給を更に増大させた。その魔力供給を受けて炎柱の交点に浮かぶ物体が更に力を増す。すると、先ほどまで感じていた熱気が徐々に薄まっていき、逆に肌寒いほどの冷気が周囲を漂い始める。上空に浮かぶ物体が氷の結晶と共に白い霧をその周囲に放出し、徐々に周囲の炎を駆逐していく事で、その姿が次第に露わになってくる。

 

 

 

それは、……白く輝く巨大な狼だった。

 

 

「狼、狼だよ、キルバーン!」とはしゃぐピロロに、キルバーンが苦々しげに答える。

 

「ああ、そうだね、ピロロ。ただし、狼は狼でも魔法で作った狼だよ。あれは……!」

 

 

「ポップ、あれはあなたが……?」と、マァムが俺を振り返る。

 

ふっ、そろそろネタ晴らしと行くか。それに、キルバーン達が思考停止しているうちに、ダイ達と合流しないといけないしな。

 

だから俺は、姫さんとマァムにニヤッと笑みを浮かべて応えた。

 

「……そういう事! あれは、俺がバルジの絶海の孤島で開発した呪文 氷系呪文(フェンリル)さ! さあフェンリル、全てを凍てつかせろッ!!」

 

俺からの魔力供給が増えた事で、空に浮かぶ白狼はまるで雄たけびを上げるかのように天に向かって大きくその口を開く。直後、8つの炎柱が白狼と接している交点から徐々にバキバキっと凍り付いていく。その氷は直ぐに地表に埋め込まれた柱まで届き、それを白く染める。

 

そして、白く染まった菱形状の柱にピシッとひびが入ったと思うと、次の瞬間にそれは粉々に砕け散った。

 

よしっ、これで◇の9(ダイヤナイン)とかいうトラップは潰したぜ。

 

ようやく俺はホッと安堵の息を吐いた。この氷系呪文(フェンリル)という呪文は、死の大地での決戦前に、氷結魔法の最上位に当たる呪文氷系呪文(マヒャド)を、対個人戦用に改良し開発していたものだった。

 

元々氷系呪文(マヒャド)は、個人戦を想定した火炎呪文(メラゾーマ)とは違い、集団戦を想定した呪文だ。それはそれで良いのだが、俺は氷系呪文(マヒャド)の威力を複数人ではなく対個人に収束させた呪文を開発したかった。それが、この新たに開発した氷系呪文(フェンリル)だ。

 

これでようやく氷系呪文も、火炎呪文同様に対個人を想定した呪文を開発できた事になる。ちなみに白狼をモチーフにしたのは、かつてオーザム国でライオネルさんに誘われて森で狩りをした際に、思わず見とれるほど立派な白狼に遭遇した事に起因している。

 

 

「皆、ダイ達の元へ! 姫さんはダイの回復を最優先で頼む!」

 

俺の言葉に、皆が弾かれたようにダイの元へ向かう。

 

 

 

「ハドラー様、ご無事で!?」

 

俺達と同様、シグマもハドラーの側にかけよりそう声をかける。

 

「シ、シグマか……。そうか、親衛騎団もどうやらお前だけになってしまったようだな。アルビナスは……」

 

「アルビナスは、最後までハドラー様の副官としての任を全うしました。見事な最後でした……」

 

ハドラーはシグマのその言葉を聞いて僅かに目を瞑った後、シグマを見つめた。

 

「そうか……。お前達の献身のおかげで、俺はダイと満足する戦いを行う事ができた。もはや悔いはない。感謝するぞ、シグマ」

 

その言葉にシグマは顔を伏せ、「もったいないお言葉です、ハドラー様……」と、震えるように声を発した。

 

そして、俺達がハドラーとその忠実な部下のやり取りを固唾を飲んで見守っていると、不愉快な甲高い声が俺達に掛けられた。

 

 

 

「ウッフッフ。まさかあそこから◇の9(ダイヤナイン)を破られるとはね。君の事は十分評価していたつもりだったが、まだ足りなかったようだ。しかし、僕のトラップがこれぐらいで終わるとまさか考えている訳じゃあ、無いよね?」

 

不愉快な甲高い声の主、キルバーンがそう宣言し、その左手にずらっと十枚以上のトランプを並べた。

 

「もう朽ちて死んでいくだけのハドラー君はさておき、勇者ダイは弱ったこの時に必ず始末をしておきたいんだ。悪いけれど、畳み掛けさせていただくよ♪」

 

そう宣言したキルバーンに、ピロロは「やっちゃえ、やっちゃえ!」と陽気に言葉を発する。

 

「来るぞ! 姫さんはダイの治療を最優先で頼む! たくっ、こんな時にヒュンケルはどこで油を売っているんだよ! 今こそあいつの専売特許の出番だろうに!」

 

シグマの話ではとうにヒムとの戦いの決着がついているはずなのに、一向に現れないヒュンケルに愚痴る俺。しかし、その俺の愚痴にキルバーンが可笑しげに応えた。

 

「クスクスクス。無駄だよ、氷の賢者君。彼、ヒュンケル君はミストの招待を受けて、目下歓談中さ」

 

「ヒュンケルがミストバーンに!?」

 

姫さん、マァム、そして俺も、キルバーンの言葉に驚愕する。なぜミストバーンがヒュンケルを……。いや、今はそんな事を考えている場合ではない。ヒュンケルがどこでミストバーンと戦っているのかも分からないんだ。今の俺達にあいつのためにしてやれる事はない。

 

だいたいあいつも、俺達の手助けを必要とはしないはずだ。あいつはそういう奴だ。それに、考えようによっては、ミストバーンをあいつが抑えてくれているとも言えるんだ。

 

ヒュンケルの事をいったん頭から締め出し、眼前のキルバーンを睨む俺。さあ、何が来る!? あらゆる状況に対応するのがパーティー内での魔法使いの役割だ。復活した大賢者を舐めるなよ……!

 

 

 

~~~~side レオナ~~~~

 

私はゴメちゃんと一緒に、ダイ君とハドラーの戦いを固唾を飲んで見守っていた。本当はハドラーとの一騎打ちなんてさせずに、ダイ君の援護をしたかったのだけどそれは当のダイ君に断られてしまった。

 

『……ごめんね、レオナ。あとでいっぱい俺を怒っても良いよ……!!』

 

いつの間に、あんな男の表情をするようになったんだろう。ついこの間まで男の子だったのに……。男の子の成長って本当に早いな……。そのダイ君のたくましい横顔を見つめながら私は、ダイ君の育成計画に見直しをかける必要がある事を頭の片隅に入れていた。

 

 

 

「レオナー!」

 

私を呼ぶ聞き慣れた声に、私は後ろを振り返った。ゴメちゃんも、声がかけられた瞬間に誰か分かったのだろう。私が振り返った時にはもう、「ピピィー」という声を残して迎えに飛び出していた。

 

やはりマァムだった。マァムの隣にはポップ君の姿もあった。私は内心でホッと息を吐きかけてギョッとした。彼らの中に、先ほど一瞬見かけた馬の顔をした親衛騎団の1人がいたからだ。確か名前は、シグマと言っただろうか。

 

ゴメちゃんもその事に気がついたようで、「ピッ!?」と発して一瞬固まったかと思うと、直ぐにパタパタと翼を羽ばたいて、私の元に慌てて戻ってきた。

 

まさか戦闘中!? ……と、私は遠方に見える彼らを凝視するが、次の瞬間、私は思わずよろめいてしまった。シグマが、なぜかポップ君をおんぶしていたのだ。つい先ほどまで命のやり取りをしていた敵と、いったい何をどうしたらああなるのか、本当に彼は意味が分からない。

 

シグマという名のオリハルコンの戦士は、話してみると意外と言っては失礼だが理知的な性格をしていて、彼の言葉によれば、ヒュンケルも直にやってくるだろうという事だった。そのシグマは、「特等席で一緒に観戦しようぜ」というポップ君の友人にかけるかのような言葉を固く辞去し、私達とは離れてダイ君達の闘いを食い入るように見守り始めた。

 

「アルビナス、君の分も最後まで見届けるよ」というとても小さな声が、どこからか私の耳まで運ばれて来た。

 

 

 

戦いに勝利したダイ君の周囲から発生した8つの炎の柱が、ダイ君の頭上でとぐろを巻いている。しかし、その炎の柱は、どうやらポップ君の開発した新しい呪文のおかげで食い止められているようだった。

 

キルバーンとその使い魔が、その様子を見て驚愕している。私を含めて皆が傍観する事しかできなかったあの状況で、彼だけがキルバーンの手を読んで行動に移していた。

 

シグマに見せていた先ほどまでの警戒心の全く感じられない姿からは想像もできないその頼りになる立ち姿に、私は『勇者一行(パーティー)の頭脳』の名はやはり伊達ではないと、改めて感じていた。

 

ポップ君が左手を頭上に高々と掲げ、「さあフェンリル、全てを凍てつかせろッ!!」と声を張り上げると、宙に浮かぶ白い狼が遠吠えをするように身体を震わせ、8つの炎の柱を徐々に氷の柱へと変えていった。

 

触れるだけで灰になりそうな程の地獄の業火にも見えた炎が、まるで薔薇のような形状で凍り付いていく。そして8本の氷の薔薇が完成した直後、シャーンと音を立て細かい氷の欠片になって砕けていった。それは、キルバーンの仕掛けたトラップ◇の9(ダイヤナイン)を破った証であると同時に、思わず息をのんでしまうほどの美しい光景だった。

 

 

 

「レオナ……」

 

「そのまま横になっていて、ダイ君」

 

力を出し切って横たわるダイ君のそばに私は膝をつき、右手をそのダイ君の胸に当てて回復呪文(ベホマ)を唱えた。緑色の光が放射状に放出され、まだ大人になりきっていないダイ君の小さな身体に降り注がれていく。

 

ダイ君の隣では、ハドラーが同じく息も絶え絶えの様子で横たわっている。この男が、15年前に世界を席巻した魔王ハドラー。今は魔軍司令ハドラー、それともただの超魔生物ハドラーと言ったらいいのかしら。いずれにしても、アバン先生を殺し、世界各国を滅ぼした憎い敵には違いない。

 

でも、今私の前で横たわっているこの男に、何故か私は嫌悪感を抱くことができなかった。間接的にとはいえ、私の父を殺した憎い男でもあるのに……。

 

そんな葛藤を私が抱いていると、「ダイ、お疲れ」と、私が治療しているのを覗き込むようにポップ君がダイ君に声を投げかけた。

 

「……ポップ、無事だったんだね。良かった」と、ダイ君も力のない笑顔ながらポップ君にそう返事をする。

 

むっ……。ダイ君ったら、やっぱり私とポップ君への反応に差がある気がするわ。

 

「無事も何も、ダイ君がハドラーと死闘を演じている間に、ポップ君ったら新しい友人を作ってたみたいよ」

 

ダイ君が心底ほっとしたような口ぶりでポップ君の顔を見たものだから、私は少し口をとがらせて嫌味を言った。しかし、ポップ君には私の嫌味などどこ吹く風と言うものだったらしい。ハドラーの側で膝を着くシグマの肩を抱いてポップ君は笑顔を見せる。

 

「チッチッチ。友人じゃなくて、親友(マブダチ)って奴さ。なあ、シグマ……?」

 

シグマはその馴れ馴れしい素振りを嫌ったのか、肩に置かれた手をパシッと跳ね除ける。

 

「何を言っている、ポップ。私と君は一刻だけ協力関係を結んだに過ぎないだろう。勘違いをするな」

 

「へえ、だけど涙を流したお前に、俺は胸を貸してあげただろう?」

 

「誰が胸を借りた!? そもそも私がいつ涙を流したか!? でたらめを言うな、ポップ!」

 

勢いよく立ち上がり、そうポップ君に詰め寄るシグマ。ああ、もうシグマはポップ君の人たらしの術中にはまっている。ああなったら、お終いだ。ポップ君からはもう離れられない。ダイ君はその様子をおかしそうに微笑みながら見ている。そしてハドラーは、驚きに目を大きく見開いてシグマとポップ君のやり取りを見つめていた。

 

そんな事を考えていた時「カサカサカサ……」と、怖気の走る不愉快な羽音のような音を私の耳が拾った。

 

「何が……」と、ダイ君の胸に手を置いたまま周囲を見渡すと、遠くから黒い霧のような物が私達目がけて飛来して来るのが目に入る。何だろう、あれは……。それが近づいた時、その正体に気づいた私の肌がぞわっと泡立った。それは、何万匹にも達しそうな程の虫の集団だった。

 

「ウフフフ。♡の6(ハートシックス)、魔界の昆虫のお出ましさ。彼らは食欲旺盛でね。見ての通り、一体一体の成りは小さいけれど、一度喰らいついたらそう簡単には剥がれないよ」

 

そのキルバーンの言葉の通り、一体一体は手のひらに収まるほどの大きさの虫達が、その咢を嚙合わせるカチカチカチ、ギチギチギチという不愉快極まりない音が聞こえて来る。その音に私は更に寒気が走ったが、ポップ君は向かってくる虫の集団を一瞥し鼻で笑った。

 

「はっ、何が魔界の昆虫だよ。外来生物を地上に持ち込みやがって。要するに、イナゴの集団のようなものだろう。だったら、火あぶりに限るさ。そら、火炎壁呪文(ファイヤーウォール)!」

 

途端に虫の集団と私達の間に炎の壁が出現し、私の瞳を真っ赤に照らした。その炎の壁は私達の周囲を完全に取り囲んでいた。そして何万匹もの魔界の昆虫とやらは、無秩序に炎の壁に突入して次々に消し炭へと姿を変えていった。

 

あれほどいた虫が全て駆逐されるまでにかかった時間は、ごくわずかだった。炎の壁をポップ君が解除した時、私達の周囲にはただの一匹も虫は残っていなかった。

 

「フッフッフ。……なかなかやるねえ。だけど、まだまだこんなのは序の口さ。さあ、次は♤の4(スペードフォー)だよ」

 

途端に、私達の足元から毒々しい紫色の瘴気が噴出し始めた。これは……! マァムが血相を変えて注意を促す。

 

「ポップ、これ、毒の沼よ……!」

 

「オッケー。問題ない。みんな、ちょっと息を止めててくれ。――破邪呪文(トラマナ)!」

 

破邪呪文(トラマナ)……。同じ破邪呪文のマホカトールに比べたら初歩の呪文に相当するその呪文をポップ君が唱えると、ブクブクと毒の瘴気を発し始めていた私達の足元が途端に元の石畳に戻って行った。一瞬でフィールドを毒の沼に変えるトラップもさることながら、それを同じく一瞬で元に戻すポップ君の魔力も尋常なものでは無かった。

 

その後も、次々に襲い来るトラップに淡々と対処していくポップ君。習得している呪文の豊富さもあるのだろうけど、その咄嗟の機転には正直舌を巻いた。爆弾岩が集団で転がって来た時は、石床を泥沼に変化させ爆弾岩をその泥沼に沈めた。霧状の毒が、視界が効かないほど周囲を覆った時は、滝のような水を上空から降らせ全てを洗い流した。

 

あらゆる状況に即応して対処していくその姿は、まさにパーティー内で求められる魔法使いの理想形と言って良かった。

 

そして今、キルバーンの足下から発生し階段を伝って私達目がけて流れてくる溶岩に対して、ポップ君が氷系呪文で対抗しようとしている。右手を突き出し、ポップ君は詠唱する。

 

「――氷系呪文(ヒャダイン)!」

 

複数の氷の塊が、向かってくる溶岩に次々に降り注ぎその動きを止めていく。そしてポップ君は、この氷系呪文(ヒャダイン)で、キルバーンに対して直接攻撃する事も考えていたようだった。

 

1つの氷の塊が、溶岩では無くキルバーンに向かう。しかし、その試みはキルバーンに読まれていたようで、キルバーンは無造作にその手にある大きな鎌を振るい氷の塊を粉々に砕いた。

だけど、その氷の中に何かを潜ませていたのか、氷を砕いたキルバーンの身体を中心として緑色の鱗粉がサラサラと宙を舞う。

 

「これは……迷い草かな? やれやれ、死神である僕に、魔法ですらないこんな下卑た道具を使うなんて、舐められたものだね」

 

残念ながらポップ君の放った迷い草はキルバーンには通じなかったようで、直ぐにキルバーンは新たなトランプのカードをシャッフルし始めた。

 

しかし、先ほどまで器用にカードをシャッフルしていたキルバーンの手から、何枚かのカードがハラハラと零れ落ちた。そのカードは、地面に落ちる前に上空を吹く強い風に煽られ、空の彼方に消えていく。

 

「ウフフ、これはお恥ずかしい。溶けた氷で、手が滑ってしまったようだね」

 

そうニヤニヤと笑うキルバーンに、ポップ君はいつの間にかキルバーンに向けていた左腕を下ろしながら、挑発する様に笑いかけた。

 

「くっくっくっ。本当に溶けた氷かい? 俺にトラップを破られ続けて冷や汗をかいたせいで、手が滑ったんじゃないのか?」

 

「フフフ。あまり調子に乗らない事だね。これまでのはただの余興。本番はこれからさ」

 

 

笑みを深めたキルバーンは、残ったカードの中から1枚を取り出す。そして取り出したカードをニヤッと笑みを浮かべながら、私達に見せつけた。

 

「これが本命のジョーカーだよ。いくら君でもこのカードだけは防げないよ。何しろ、このカードは僕が忠誠を誓う主から特別に頂いたものだからね」

 

キルバーンはそのカードから発せられるトラップに絶対の自信を持っているのか、不気味な笑い声をいつまでも響かせていた。

 

 

 

 

 

~~~~side ■■■~~~~

 

ズズーン……というくぐもった振動が足元から伝わってくる。おそらく奴によって泥沼に沈められた爆弾岩が連鎖的に爆発でもしているのだろう。

 

……全く忌々しい男だ。ボクは、人形の目を通して次々とボクのトラップを破る勇者一行(パーティー)の一人、氷の賢者の姿を見つめていた。矢継ぎ早に仕掛けるトラップを、冷静にその多岐にわたる呪文と圧倒的な魔法力で無効化していく。

 

想定外だったか? いや、想定できていた。ボクのトラップを破れるとしたら、最初からあの男だろうとは思っていた。だからあの人形に、奴を確実に始末するように命じていたのだ。

 

あの男の真価は、単純な戦闘能力だけでは計れない。戦闘能力だけで言えば、勇者(ダイ)はもちろん、戦士(ヒュンケル)の方が上かもしれないが、あの男の存在感は勇者一行(パーティー)の中で群を抜いている。

 

おそらく魔王軍の中で、僕が最もあの男に対して警戒心を抱いているはずだ。あの男の暗殺をボクに指示したミストですら、あの男の真価は掴めていない。

 

……危険な男だ。ともすれば、(ドラゴン)の騎士よりも……。ボクの勘がそう言っている。大魔王からバランの暗殺を依頼されたため、あの男の暗殺を中断した。その結果、確かにバランの暗殺には成功した。それはボクの輝かしい暗殺の成功例の中でも、最高の甘美を味わう事のできた完璧な暗殺であり、同時に、あの成功によって大魔王のボクに対する警戒も薄める事ができた。

 

しかし、同時にこうも思う。真に優先すべきは、あの男の暗殺だったのではないか……と。ヴェルザー様にはあの男が大魔王とミストとの間にある秘密に辿り着く可能性があるので泳がしてみると伝えていた。

 

そして、その判断が正しかった事は直ぐに証明された。氷の賢者の言動に対するミストの反応に加えて、あの決戦でのバランが取った最後の不自然な行動。それらにカールの王城で目にした秘法の存在が加わった時、全ての線が繋がった。それは、彼がいたからこそ辿り着いた秘密だった。その秘密には、ヴェルザー様も特にお喜びだった。今頃はおそらく……。

 

だが、それでもボクは一抹の不安を感じていた。それは、もしかするとあの男の頭脳はボクのその計画をも上回って来るのではないか、という懸念だった。だからこそ、真実に辿り着き、泳がす必要のなくなった氷の賢者の確実な抹殺をあの人形に命じたというのに、役立たずめ。

 

氷系呪文(ヒャダイン)の氷塊がボク、いや、人形目がけて迫ってくる。ふん、氷の中に何か潜ませているな。……下らない、ボクがそれに気が付かないとでも思ったのか。

 

念のためにボクは風上に位置取り、人形が手に持つ大きな鎌でその氷の塊を砕く。氷塊に潜ませていた何かの粉がサラサラと周囲を漂う。

 

人形を通して、その粉の正体を分析する。……また迷い草か。滑稽だね……。誰もあの人形を本体と信じて疑わない。大魔王も、ミストも、バランも、そして『勇者一行(パーティー)の頭脳』と呼ばれている氷の賢者でさえも気が付かない。人形に魔法も、迷い草も効くはずがないというのに。

 

――!?

 

嘲りの声を密かに胸の内で発していた時、甘い香りが人形を通じてでは無く、直接ボクの鼻孔をくすぐった。

 

これは……! しまった、いつ風向きが変わった!? 確かに風上にいたはずなのに、上空を不規則に吹く風が悪戯したのか、いつの間にやらボクのいる位置は、風下に変わってしまっていたようだ。

 

迷い草の香りを僅かに吸い込んでしまったボクは、一瞬意識が混濁し人形とのリンクが途切れてしまった。幸い直ぐに回復したが、人形の操作にあるまじきミスを犯してしまう。人形の手から零れたトランプのカードが、数枚風に飛ばされ小さくなっていく。

 

「ウフフ、これはお恥ずかしい。溶けた氷で、手が滑ってしまったようだね」

 

ボクは人形を操り、トランプを掴んでいた左手を軽く振り水を振り落とす動作をさせた。まさかとは思うが、気づかれなかっただろうか? ……ボクと人形の関係に。

 

「くっくっくっ。本当に溶けた氷かい? 俺にトラップを破られ続けて冷や汗をかいたせいで、手が滑ったんじゃないのか?」

 

氷の賢者は僕のその懸念を他所に、ニヤッと下卑た笑みをその顔に浮かべる。

 

くすくすくす。買い被りすぎたか。切れる男とは言え、やはり所詮は下等な人間。ミストはもちろん、大魔王すら気づかないボクの秘密に、この程度の男がたどり着けるわけが無かった。

 

先ほどのようなイレギュラーな事態は危険だと考えたボクは、人形からもアバンの使徒達からも更に距離を取る。しかしまさか、冒険者が使うような下卑た道具を、練達の魔法使いであるあの男が使って来るとは……。

魔法に対する耐性は十分習得しているつもりだったが、地上界に繁茂する様々な毒草の全てまでは網羅できていなかった。あのような下卑た毒草をこのボクに使用するなど、やはりあの男は許しがたい。ボクは、ふつふつとあの男に対する怒りが沸いてくるのを感じていた。

 

 

……そんな風に胸の内よりこみ上げる怒りに囚われていたボクは、気づく事が出来なかった。

 

 

氷の賢者が、人形では無く()()()()()()()()、その冷たく鋭い刃のような視線を一瞬だけ向けた事に……。

 

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