転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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175話 闇の師弟の戦い

ポップ達がキルバーンと対峙していた時、別の場所では、かつての闇の師弟同士の闘いが続いていた。

 

 

 

「――海波斬!!」

 

ミストバーンに向かって、ヒュンケルが抜く手も見せず放ったアバン流最速の斬撃が飛ぶ。その斬撃は、ヒュンケルの練達の技術を証明するかのように、連撃となっていた。しかし、ミストバーンはその斬撃を躱すでもなく、ただ無造作にその身に受けた。

 

ほとんど同時に二連の海波斬をその身に受けたというのに、その身体には全くダメージを受けた様子がない。

 

「……無駄だ。闇の衣を脱いだこの姿の前には、どのような攻撃も通じぬ」

 

そう静かに口にするミストバーンのその姿は、ヒュンケル達がいつぞやの闘いで目にした、肉体に傷一つ負っていない若い一人の魔族の姿をとっていた。2人の激闘が始まって、もうすぐ30分が過ぎようとしていた。

 

当初は光の闘気を用いる事で、闇の衣を身に纏ったミストバーンに対して優勢に戦っていたヒュンケルだったが、戦い始めていくらもしないうちにその闇の衣を脱ぎ去ったミストバーンに対して、その後有効打を放てずにいた。

 

「はぁっ、はぁっ!」と、荒い息を吐くヒュンケルとは対照的に、全く息切れする事なくミストバーンが言葉を続ける。

 

「貴様も見ていたはずだ。超魔生物と化したハドラー最大の技、超魔爆炎覇ですらこの身に傷一つつける事叶わなかった事を。それはたとえバランのギガブレイクが相手であっても同じ事。いかに貴様の力が大幅に上昇したとしても、彼ら以上の攻撃力を身に着けたわけではあるまい」

 

そう言って、瞬間移動してきたかのようなスピードでヒュンケルに迫るミストバーン。ただ無造作に振るわれたその右手による手刀を、魔剣で受けるのではなく身を躱す事で避けるヒュンケル。しかし、その手刀から放たれた衝撃波までは避け切る事ができず、身体を何度も床に打ちつけながら転がるヒュンケル。

 

「くっ。信じられない程の速さと重さの攻撃だ……。格闘戦ではバーンすら上回るのではないか」

 

苦渋の表情を顔に浮かべながらも、剣を杖代わりにして再び立ち上がるヒュンケル。かろうじて致命傷は受けずにいるのは、その優れた身体能力に反して意外なほどに稚拙な格闘技能しかミストバーンが有していないためにすぎなかった。

 

「無駄だと言ったはずだ、ヒュンケル……」

 

ミストバーンの言葉に、血反吐を吐きながら鋭い眼光を向けるヒュンケル。

 

「たとえ無駄だとしても、俺にはこのやり方しか出来ぬ。俺はポップとは違うからな。俺はあいつほど賢くなければ、口も達者ではない」

 

そうミストバーンに応えたヒュンケルは、今度は魔剣を上段に構えて高く飛び上がる。

 

「――アバン流刀殺法 大地斬!」

 

アバン流刀殺法随一の剛の技を繰り出すヒュンケル。上空からの斬撃は、泰然と構えていたミストバーンの肩に打ち込まれる。しかし再び、「ガキーン!」という硬質な音が空間に響き、同時にヒュンケルの手にした魔剣の刀身の一部が欠けて宙を舞った。

 

「まだまだぁっ!」

 

ミストバーンの身体を、一瞬で蛇腹状に変貌した魔剣が拘束する。

 

「……」

 

「これならどうだっ! ――グランドクルス!」

 

魔剣の柄と鍔を十字に見立て、ヒュンケルの放てる最大最強の技がミストバーンを襲った。暗闇に閉ざされた空間をまばゆい光が断ち切るように迸る。

 

しかし、そのヒュンケルの秘技でさえもミストバーンには通じない。全く痛痒を感じない所作で、静かにヒュンケルとの距離を詰めるミストバーン。そんな彼にカウンターで再び放たれる一筋の衝撃波。

 

「……!」

 

それまで無造作にヒュンケルの攻撃をその身に受けていたミストバーンだったが、その攻撃だけは咄嗟に身体を逸らす事で回避する。そして、それを見逃すヒュンケルでは無かった。

 

「……やはりこの攻撃だけは避けるようだな。……アバン流刀殺法 空烈斬。避けるという事は、この攻撃だけは通じるという事」

 

「……」

 

「だんまりか……。こうやって、直接その姿の貴様と矛を交えてようやく分かってきた気がする。お前は確かにこれまでに出会った敵の中で最強と言っていい。しかし、その強さとは裏腹に不思議とその姿のお前には、積み重ねられた根幹となる物が存在しない。まるで、借り物の身体で戦っているような……」

 

ヒュンケルはある意味、ポップとはまた異なるアプローチでミストバーンに隠された真実に辿り着こうとしていた。そして、ヒュンケルの言葉に沈黙で返すミストバーンが、彼のそんな推測が正しい事を裏付けているかのように感じさせる。

 

「大地斬に海波斬、グランドクルスすら脅威と捉えていない貴様が、実体の無い敵に対して致命の一撃を与える空烈斬には警戒を解かない。どういう理屈かは知らぬが、その肉体を有していても、貴様の正体はエネルギー生命体あるいはガス生命体といった所か」

 

「……それがどうした。確かにお前のその技はこの姿の私に対して唯一通じる技かもしれぬ……。だが、それも当たらねば意味が無い。そして、お前のその技が私に当たるまで、私が指をくわえて見ているだけとは思うな」

 

「――!」

 

ミストバーンが再びヒュンケルに肉薄する。積み重ねられた根幹となる物が存在しないというヒュンケルの言葉が正しくとも、ミストバーンに圧倒的な戦闘力が備わっているのも、また紛れもない事実であった。

 

ヒュンケルが身に纏っている鎧の魔剣の防御力は、その製作者の技量と素材自体の硬度が合わさる事で、オリハルコンを除けば間違いなく地上最高と言って良かった。しかしその鎧すら、まるで泥細工あるいは紙切れであったかのように砕き、貫き、切り裂くミストバーンの無手による攻撃。

 

かろうじて致命傷となる攻撃を躱していくヒュンケルだったが、ミストバーンの猛攻に防戦一方に追い込まれ、唯一通用すると思われる空の技を放つ隙すら見出すことが出来ずにいた。

 

 

 

「くっ! はぁっ、はぁっ!」

 

息も絶え絶えの状態のヒュンケルに、ミストバーンは最後になるであろう言葉を投げかける。

 

「ヒュンケル……。私が幼いお前を拾い育てたのは、お前の身体を私のメインボディとして使用するためだった……」

 

「――! なるほど……。では、やはりお前のその身体は……借り物の身体……という事か。となると、……これまでのお前の言動から察するに、その身体は……」

 

そう言って、闘う事を諦めたのか、構えた剣を下げ無造作にその場に立ち尽くすヒュンケル。

 

「……それ以上は口にするな、ヒュンケル。残念だったな、そのお前がたどり着いた答えを仲間に伝えたくとも、この空間ではそれも叶うまい……」

 

「仲間に伝える……? ふっ……、今更そのような事に……意味はあるまい」 

 

自身の命が風前の灯火であるにもかかわらず、ミストバーンのその言葉に皮肉な笑みを浮かべるヒュンケル。そして、ヒュンケルの言葉の真意に気づかないまま、ミストバーンは言葉を続ける。

 

「そう……、意味は無い。お前はここで命を落とし、残る仲間も直ぐに後を追うだろう。お前は私にとって最良の道具、いや、武器になるはずだった」

 

「武器……。そうか、……お前にとって……俺は……武器……か」

 

「そうだ!! お前は私の武器だ! 道具だ!! お前を殺せばまた新たな武器を探さねばならぬが、大魔王様のお言葉は全てに優先する。地上を滅ぼしたのち、新たな武器を探す旅に出るとしよう……! さあ、無駄話はこれで終わりだ、ヒュンケル!! 死ね!!」

 

抜き手の構えを取り、神速の速さでヒュンケルに肉薄するミストバーン。ヒュンケルは依然戦闘態勢を取らずただ無造作に立ち尽くしていた。

 

勝利を確信するミストバーン。だが、彼は気付いていなかった。ヒュンケルの胸元に掛けられているペンダントから、色彩の存在しないこの空間に反発するかのように、薄紫色の燐光が煌々と放たれていた事に。

 

 

 

ヒュンケルにとって師と言える人物は二人存在した。一人はアバン、そして今一人は、ヒュンケルを武器と言い放ち迫る男。しかし、何故かヒュンケルは、自身の命を奪おうと迫る自己の拠り所を持たない目の前の男に、憐憫の感情を抱いていた。

 

アバン、すまない……。もはや直接会って謝罪する事もできないが、せめて残る弟弟子達のためにここでこの命を捨てよう。ミストバーンの正体を伝える事は出来ないが、その必要はあるまい。俺如きが気付いたのだ。おそらくあいつならとうに気づいているはずだ。アバン、どうか俺の最後の闘いを見届けてくれ。

 

目を閉じ剣を握りしめた態勢のままヒュンケルは、ミストバーンの繰り出した右腕が自身の胸に吸い込まれるのを、緩やかに流れる時間の中確かに感じていた。

 

ミストバーンの鋭利な抜き手がヒュンケルの胸につき刺さる。その衝撃によってヒュンケルの身体は後方に弾き飛ばされる。もはや防具としての体を成していない鎧を無視して突き込んだ自らの手刀がヒュンケルの肉体を貫けなかった事に、一瞬ミストバーンの表情が曇る。

 

しかし、それでも即死は免れられない衝撃をその身に受けたであろう事も悟ったミストバーンは、ゆっくりと吹き飛んだヒュンケルに視線を投げた。

 

だが、視界に入ったのはありえない光景だった。その視線の先で、ヒュンケルは剣を手放し吹き飛ばされながらも、宙で一回転しながら地に足をつけたのだ。

 

「――何っ!?」

 

アバン、お前の技を借りるぞ! ヒュンケルは、宙で手放していた剣を再び手にし、矢のような速さでミストバーンに迫る。それは、15年前にアバンが当時魔王であったハドラーに対して放ったアバン流の返しの奥義『無刀陣』そのものだった。

 

「ミストバーン! お前は間違っていない、俺は確かに武器だ! だが、この武器はお前が手にする武器に非ず! お前を倒すために振われる、アバンの使徒のための武器だ!! ――アバン流刀殺法 空烈斬!!!」

 

両者が交錯する瞬間、ヒュンケルの右手に握られた鎧の魔剣の刀身がミストバーンの身体に振われた。背を向け合ったまま距離を取り佇む二人。今しがたその攻撃を受けたミストバーンの身体に変化は見えない。

 

……だが、ヒュンケルの放った見えざる刃は、確かにミストバーンの体内にまで達していた。

 

「グッ、グォォッ! お、おのれ、ま、まさか……、あのような技を……。ガハッ!!」

 

「……さらばだ、ミストバーン。我が闇の師……」

 

空烈斬を放った態勢のまま背を向けていたヒュンケルが、背後を振り返る。

 

「――! ミストバーン、貴様、まだっ!?」

 

ヒュンケルが驚くのも無理は無かった。手ごたえはあった。間違いなく、無敵と思われる強靭な肉体の奥底に眠るミストバーンの本体を見えざる刃で断ち切った。だが……。

 

「クッ、ククク。惜しかったな、ヒュンケル。あわやというところで思い出したわ。15年前のアバンとハドラーの闘いを見ていなければ、今の一太刀で私の本体は両断されていた事だろう。だが、ダメージこそ負ったが、この程度では致命傷とは言えぬ!」

 

幾分その動作がおぼつかないまでも、まだ十分にヒュンケルを圧倒しうるだけの圧を放ちながら、ミストバーンが振り返る。焦燥の表情を顔に浮かべて、ヒュンケルが再びその剣を腰だめに構える。

 

「くっ、ならば、この命尽きるまで放つのみ……!」

 

「……無駄だ。もはや私に油断は無い。今のような手は、二度と通じぬと知れ」

 

そして、ゆっくりとヒュンケルに向かって歩くミストバーン。

 

その時、ミストバーンとヒュンケル以外動く者の存在しないはずの空間で、何かが動いたためなのか空気が揺らぐ。その何かは、ヒュンケルに向かって歩みを進めていたミストバーンの背から抱き着くようにしがみ付いていた。

 

「――!? ジャッジ……! 何故だっ!?」

 

そう、それは彼らの闘いが始まってからもずっと微動だにしていなかった、キルバーンの決闘のための機械人形、ジャッジだった。

 

少なからず空烈斬のダメージを受けた影響からなのだろう。あれほどの膂力を有したミストバーンが、背後から抱き着くジャッジを咄嗟には振りほどく事が出来ずにいた。

 

「クッ! 機械人形が勝手に動くはずもない……! キル、まさか貴様……。――!?」

 

そして、いかに状況が呑み込めなくとも、この絶好の機会を逃す男ではなかった。

 

「――ミストバーン、友人は選ぶべきだったな! 次は外さぬ!! ――アバン流刀殺法 空烈斬!!!

 

ヒュンケルの剣から放たれた見えざる刃が、今度こそミストバーンの体内奥深くに潜む本体を両断した。

 

「ガッ、ガハァッ! お、おのれ、ヒュンケル……! おのれ、キル……! クッ、ククッ! も、申し訳ありませぬ、バーン……さ……ま」

 

それがミストバーンの本体なのか、ミストバーンだった物の肉体から黒い瘴気のようなモノが立ち昇り、徐々に霧散して消えていく。その様子を目にしながらヒュンケルもまた、力尽きたように両膝をつき、目を閉じて意識を失っていった。

 

 

 

その場に残されたのは、外見上は一切傷を負っていないように見えるミストバーンだったものの肉体のみ。その逞しい傷一つない肉体は、閉ざされた目を開くこと無く、ただ漆黒の空間内で静かに屹立していた。

 

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