転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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176話 冥界の門

(ちっ、……遠いな)

 

そう小声で独白した俺の言葉を耳にした姫さんが不思議そうな顔で見上げるが、俺は曖昧な笑みを浮かべただけに留めておいた。

 

しかし、ジョーカーか。忠誠を誓う主から貰った、と言っていたな。主という事はバーンの事だろうか? 何だろう、この違和感は……。キルバーンは、これまでバーンの事を、忠誠を誓う主だなんて言い方をしていただろうか?

 

いや、今はそんな事はどうでも良い。問題は、これが俺に対処可能な罠なのかどうかと言う事だ。

 

「感激してほしいね。地上でこの門を目にするのは、おそらく君達が初めてじゃないかな。……さあ、顕現せよ、冥界の門……!!」

 

キルバーンが左手に持ったジョーカーのカードがボッと燃え上がって灰と化していく。同時に、キルバーンの隣に、ズワッとばかりに足下から異形の物体が出現し徐々にその姿を現していく。

 

――でかい! 全長10mはあろうかという馬蹄形をした漆黒の門がその姿を現した。おそらく観音開きだろうその門の表面には、何の生物の骨なのか分からないが、不気味な白骨がいくつもへばりついていた。

 

 

「くっ! 馬鹿な!? 冥界の門だと! そのようなものを、何故貴様が操れるのだ! それは冥竜王の――!」

 

ダイの側でうつ伏せになって倒れていたハドラーが大声で叫ぶ。

 

……冥竜王?

 

「ハドラー、あれが何か知っているのか? ……教えてくれ。今は少しでも情報が欲しい」

 

俺の言葉に、ハドラーが俺を振り返って呻くように語った。

 

「冥竜王ヴェルザー……。かつて魔界で大魔王バーンと覇権を争った知恵ある竜がいた。15年前に地上支配の野心を抱いた冥竜王ヴェルザーはバランによって倒され、今は天界で精神体のみとなり封印されている。俺とて直接見た事は無いが、冥界の門とは、その冥竜王ヴェルザーのみが扱う事のできる禁断の技だったと聞いている」

 

冥竜王ヴェルザーのみが操る禁断の技……。そんなものはもうトラップの枠を超えているな。いったい、どれほどの力を秘めたものなのか……。

 

「ウフフ。さすがは元魔王ハドラー君。その存在ぐらいは知っていたか。でも、その力の真髄までは知らないと見える。心配はいらないよ、今からこの門を開くから。そうしたら、嫌でもこの偉大な力をその肌で感じられる事だろうさ」

 

そう言ってキルバーンは、「――イッツ、ショータイムッ!!」と、大仰な素振りと共に声を張り上げた。

 

ゴゴゴゴ……。地響きを立てながら、ゆっくりとその扉が左右に開いていく。徐々に開いていく門の内側から、白い瘴気のようなものが漏れる。

 

そして、180度の大開きに扉が開いてようやく不気味な鳴動が止まった。その扉の奥には何も無かった。全ての光を吸い込んでしまいそうな程の完全な漆黒の闇が、そこには広がっていた。やばいな、嫌な予感がビンビンしてきた。あれは、俺だけの手に負える代物じゃあなさそうだ。

 

少しあの門から距離を取りたいが、ダイは動かせる状況だろうか?

 

「姫さん、ダイの回復具合はどうだ? まだ時間がかかりそうか?」

 

「ごめんなさい、さっきから回復呪文(ベホマ)をかけ続けているんだけど、少しずつしか回復しなくて……」

 

俺と姫さんの会話に、ハドラーが割って入る。

 

「それは、俺との戦いで受けた暗黒闘気の影響だろう。暗黒闘気で受けた傷は直ぐには回復せぬ」

 

「なるほど……。まあ、それは仕方ない事として、シグマに手を貸してもらっても良いか、ハドラー? 一応主であるお前の了承を貰っておかないと、色々と頼みづらいんだが……」

 

マァムが、「ここに来るまでシグマに散々おぶってもらっていたくせに、今更じゃないかしら?」と首をかしげているが、俺はその言葉を華麗に無視する。

 

「ああ、お前の好きにしたらいい。この戦いの勝者がいなくなれば、俺とダイの戦いを伝え残す者もいなくなろう。シグマ、良いな?」

 

そのハドラーの問いかけにシグマが「無論です、ハドラー様」と返すのを見て、俺は皆に指示を発した。

 

「よしっ! 蛇が出るか、鬼が出るか知らないが、やばい気配がビンビンしている。マァムとシグマは前衛を頼む! 俺は後方から支援する。姫さんは引き続きダイの回復に注力してくれ!」

 

「「「分かったわ!/承知!/ええ!」」」」と皆がそれぞれ声を返してくれ、戦型を整えた時だった。

 

突然、常闇のようだった門の向こう側で、赤い光点がボッといくつも灯った。

 

 

 

 

~~~~大魔宮(バーンパレス) 玉座の間~~~~

 

 

「キルバーンめ、あのような物まで持ち込んでいたとは……」

 

わずかに苦笑した表情で、バーンが右手に握ったワインの入ったグラスを揺らした。

 

「バーン様……、『冥界の門』とはやはり……?」

 

バーンの側に控えていた銀色に輝く異形の大男が、そうバーンに訪ねた。

 

「フフフ。冥竜王と出会った事の無いそなたは知らぬだろうな。あれこそ、冥竜王ヴェルザーが『冥竜』の名で呼ばれる一因となった力よ。あれには、かつて余も幾度も手を焼かされたわ」

 

そう言って遠い目をするバーンに、側に控える男は感極まった声を発する。

 

「おお、そのような曰くのある力だったのですね。冥竜王が死神を大魔王様の元へ送り込んだ時は、いったいどのような意図かとうがって見ておりましたが、まさかそのような力を死神に貸し与えていたとは……。冥竜王も、大魔王様の覇業に力を尽くしておられるようで喜ばしい事ですな! ウワッハッハッハ!」

 

冥竜王が死神を通じて大魔王の元で力を尽くしていると考えた大男は、何の疑いも持たない様子で高笑いをする。

 

そんな大男の高笑いとは裏腹に、バーンは悪魔の目玉が見せる映像に冷ややかな視線を投げかけていた。

 

「フッ……。ヴェルザーの意図など分かりきっておるわ。大方、あの力も本来ならばアバンの使徒を相手に使うつもりは無かったのだろうて……」

 

 

大男は、そんなバーンの独白の意味が理解できず、ただそばに控えていた。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「――爆裂呪文《イオラ》!」

 

俺が創出した複数の爆球が炸裂し、迫るアンデッドの集団を吹き飛ばす。その爆発から奇跡的に逃れたアンデッドに対して、マァムとシグマが個別に対応する。呪文を放った俺は間髪を入れずに、上空から押し寄せるキメラやサタンパピーの姿をしたアンデッドに対して、次々に氷の槍を突き刺していく。

 

しかし、この魔物の集団は一体何なんだ。ガーゴイルに、さまよう鎧、悪魔神官、ホースデビル、サタンパピー、キメラ、ライオンヘッド等々と、分類のしようのないとりとめのない軍勢だ。それも、門から出てきた段階で部位を欠損したりしていて、一目でこれらの魔物がとうに死している事が分かる。おまけに、すべての魔物の目が真っ赤に充血しており、その全身からは黒い瘴気がゆらりと立ち上っている。

 

「ポップ、魔物が!?」

 

マァムの言葉で、俺は地上に目を移した。

 

――! ……何だ、これは。俺はその光景に目を疑った。

 

俺の呪文やマァムの豪破一闘あるいはシグマの槍で、貫かれたり、切断されて地に伏していた魔物を真っ黒な瘴気が包み込み、徐々にその欠損部位を補填し立ち上がってくる。酷いのになると、いくつかの肉片が集まり、元が何の種族が分からないような異形の姿に変貌して起き上がってくる奴までいる。

 

「ウッフッフ。無駄、無駄。この『冥界の門』は、死者を蘇らせ使役する力を有しているのさ。どうだい、素晴らしい力だろう? それに、皆が一度死んだ者達だ。この門が開いている限り、常に供給される瘴気によって彼らは何度でも蘇る」

 

「死者を蘇らせて使役するですって? なんて非道な力を……!」

 

マァムの言葉を、キルバーンは愉悦の表情で聞き流す。

 

「ウフフ。そんなに怒らなくても良いじゃないか。それに、これは彼らも望んでいる事だよ?」

 

「望んでいるだと……?」と、再び起き上がってきたアークデーモンを手に持つ槍で貫きながら、シグマが声を上げた。

 

「そうだよ。気がつかないかい? 今この門を通ってきた魔物、門の向こうで控えている魔物は皆、これまで君達、あるいは君達に連なる者に殺された魔物達だよ。この魔物達にとっては、君達に復讐する絶好の機会が与えられたんだ。僕はこの魔物達に感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはないよ」

 

「今までに俺達に殺された魔物だと……? おい、まさか……」

 

猛烈に嫌な予感がした俺は、キルバーンの隣で屹立している門に目をやった。

 

その時、その門の内側の縁を、突如現れた大きな掌がガシッと掴んだ。その掌の位置は全高10mにも達しようかという門の最上段に近かった。次の瞬間、ヌッと大きな足が暗闇から現れ、こちら側の石畳をその足が踏みしめた途端、ズズーンというデジャブを感じる振動が俺達を襲った。

 

「ポップ、あいつ……!」と、未だ横たわったままのダイが声を上げる。

 

「ああ、ずいぶんと懐かしい顔だよな。まさかまたあいつに会う事になるとは……」

 

 

その巨大な異形の魔物は、かつてデルムリン島で魔軍司令だったハドラーと共に現れた巨漢の牛に似た魔物『ザングレイ』だった。

 

背後から「ザングレイ……」と、ハドラーの呟く声が聞こえたので、俺はハドラーを肩越しに振り返って尋ねてみた。

 

「……なあ、ハドラー。ザングレイに致命傷を与えた俺と、味方だったザングレイに止めを刺したお前。あいつは、いったい俺とお前のどっちをより恨んでいるだろうな?」

 

その答えは、おそらく両方だったのだろう。ザングレイは俺とハドラーを一目見るや目を血走らせ、地響きを上げながら俺達に向かってきた。

 

「……ハドラー……、……ニンゲン……。コロス……!」

 

生前の記憶が多少は残っているのか、ザングレイは口から泡を吐きながら迫ってくる。

 

出てきた魔物はザングレイだけでは無かった。続いて、これも巨漢の魔物 海戦騎だったボラホーンが現れ、更に門から飛び出し上空を飛翔するは、愛竜に跨がった空戦騎のガルダンディーだった。黒い瘴気に全身を覆われたガルダンディーは、マァムをはったと睨みつけていた。

 

「オンナ……! ルードの……エサニ……シテクレル!」

 

「シグマ、お前はあの特別でかい牛頭を頼む! あいつの狙いはハドラーだ。忠義の見せ所だぞ! 俺はボラホーンを! マァム、ガルダンディーの狙いはお前だ、気をつけろ!」

 

皆が、一際強い力を有する強敵に対峙する。俺も片手でボラホーンをけん制しつつ、もう片方の手で雑魚どもの相手もする。しかし、こいつらは倒しても倒しても次から次へと蘇ってくる。

 

――! そうか……、だったら倒さなければいいんだ。そう考えた俺は、先ほども唱えた呪文を詠唱していた。

 

「――氷系呪文(フェンリル)!!」

 

俺は白く輝く狼を顕現し、それを目の前のアンデッドの集団に突っ込ませた。俺の意のままに縦横無尽に集団の中を駆け巡る白狼。その身から放出される絶対零度の冷気は周囲にも及び、白狼に触れたアンデッドはもちろん、その周囲のアンデッドまでも次々と氷の彫像へと変えていく。

 

(よしっ、いける!)と考えた俺は、門から出てきたばかりの無数の心臓を身体に纏わせた醜悪な姿の悪魔神官に白狼を突っ込ませ、一瞬で氷の彫像に変えた。そしてそのまま白狼を『冥界の門』に喰らいつかせた。

 

大元であるこの門を砕いてしまえば、この劣勢を覆す事ができる。そう考えた俺は、鞄から取り出した『魔法の聖水(濃縮版)』を口にしながら、白狼に先ほど同様強い魔力を流し込んでいく。

 

白狼の喰らいついた部分から、徐々に『冥界の門』が白く凍り付いていく。キルバーンは何故かその様子を高みの見物しているが、今はあいつに意識を割いている場合じゃない。

 

徐々に氷に覆われていく『冥界の門』。どうやら上手くいきそうだと俺が安堵した時、突如黒い瘴気が『冥界の門』から噴出し、それは既に門を覆った氷ばかりか白狼まで覆っていった。

 

まずいッ! と、俺が感じた瞬間、白狼は粉々に砕かれていた。そして門を覆っていた氷までもが蒸発するように消えていく。それは、門だけではなく、先ほど白狼によって氷漬けにした魔物達も同様だった。再び活動を始める魔物達。

 

唖然とする俺を、キルバーンが嘲笑する。

 

「ウッフッフッフ。いささか増長が過ぎるんじゃないかい、氷の賢者君。今君の目の前にあるこの『冥界の門』は、大魔王バーン様と並び称される冥竜王ヴェルザーの力そのものなんだよ? たかが人間の魔力で無効化できるはずがないじゃないか」

 

当てが外れた俺は、ギリッと奥歯を噛みしめた。だめだ、通常の魔法ではあの門は壊せない。考えがまとまらないまま、俺は再び向かってきた魔物達と対峙した。

 

 

 

「――豪破一闘!」

 

マァムの右足から放たれた一筋の衝撃波が、木切れの魔物を一刀両断する。しかしその魔物は、左右に分かれたはずの身体を再び一つに接合して、まるで呪詛のような言葉を吐く。

 

「ソノワザ……ヤハリ……アノ……オトコニ……ツラナルモノ……。ユル……サヌ……」

 

何なんだ、あいつは。随分とマァムにご執心のようだが、マァムは身に覚えがないのか困惑した表情をしている。

 

ズズーンという振動で、思わず俺はたたらを踏んだ。振動の発生源に目をやると、そこではシグマがかろうじてザングレイの突進を食い止めているところだった。

 

 

不意に俺の頭上に影が差した。

 

「――ポップ君!」と叫ぶ姫さんの言葉が終わる前に、俺は頭上に向かって真空呪文(バギマ)を唱えていた。ズバンッと、何かが切断される音が俺の耳を打った。

 

切断したのは吸盤のついた長い触手だった。その触手は、門の向こうから伸びていた。おそらく身体がでかすぎて、あの門をくぐってこられないのだろう。

 

クラーゴンまで呼んだか……。俺の頬を、冷や汗がツツーと垂れた。

 

……まずいな、これは。1体1体は、かつて俺達が倒した相手だから問題ないが、終わりが見えないのがまずい。実際、先ほどマァムが倒したガルダンディーも、俺が倒したボラホーンも起き上がり始めている。このままではいずれじり貧になって、擦り潰されるのは目に見えている。俺の焦りが伝播したのか、背後のダイが身じろぎする気配がした。

 

「ポップ、俺も……!」

 

「駄目よ、ダイ君! まだ君の治療は終わっていないわ!」

 

姫さんが必死でダイを押さえる様子を見た後、俺は周囲に視線をやった。皆、致命傷は負っていない。しかし、皆の体力が尽きる前になんとかこの状況を打破しないと、一気に持って行かれてしまうだろう。

 

俺は鞄の中にそっと手を突っ込み、目当ての物がそこにある事を確認した。

 

積極的に使うつもりはなかったが、万が一の時のために持ってきておいてよかった。

 

俺はゆっくりと鞄の中からそれを取り出す。……それは、4つの輝聖石だった。先日、師匠の住まいである洞窟を訪れた時、俺は師匠からこれを拝借していた。もちろん、無断でだ。すみません、師匠。どうか破門だけは勘弁してください。

 

俺は心の中で師匠に詫びながら、ゆっくりと自身の周囲に輝聖石を置いていく。ロモスの時ほど広範囲じゃないから、配置としてはこれで十分だろう。ただし、目標があの『冥界の門』だからあの時以上に魔法力を込める必要がありそうだ。俺は鞄の中から最後の『魔法の聖水(濃縮版)』を取り出し、口に含んだ。これで半分ほどまで魔力は回復したかな。

 

破邪呪文(マホカトール)……。氷結魔法では『冥界の門』を砕けなかったが、破邪魔法なら別だろう。おそらくこの状況で最も適した魔法だと思う。俺はちらっと肩越しに姫さんを振り返った。

 

もしかしたら、俺より破邪魔法に適正のある姫さんがやる方が良いのかもしれない。しかし、姫さんは破邪呪文(マホカトール)を覚えていないから、今から覚えてもらうような悠長な事をしている暇はない。

 

それに、姫さんは既に大破邪呪文(ミナカトール)を唱えているから、これ以上は身体に負担がかかる懸念もある。パプニカの大事な跡取り娘に、そんな危険な真似はさせられない。

 

やはりここは無頼の俺が適任だろう。なーに、寿命が縮むと言っても、ここを切り抜けないとどのみち明日は無いんだ。これで最後にするつもりだから、勘弁してくれ。

 

「……? ポップ、何を……。――! あなた、それ……!?」

 

おっと、マァムに気づかれてしまった。さあ、マァムに止められてしまう前にさっさと片をつけてしまおう。俺は深く瞑目した。

 

 

「駄目よ、ポップ! レオナ、ポップを止めて! それは体への負担が……!」

 

「マァム? 何を……」と状況が分かっていない姫さんが戸惑っている。

 

俺の足下に緑色の光を発する円環状の魔方陣が浮かび上がる。よし、仕込みはこれで十分だ。さあ、後は最後の詠唱を唱えるだけだ。出し惜しみはしない。俺の全魔法力を注ぎ込んで、『冥界の門』をぶち抜いてみせる。

 

 

 

そう決意して右腕を大きく振り上げた瞬間、俺の耳朶が信じられない声を拾った。

 

それは透き通るようでいて、皆に不思議な安心感を与える、俺の大好きだったあの声。その気負う事のない穏やかな声は……俺にこう語りかけていた。

 

 

 

「いけませんねー、ポップ。ただでさえ影の薄い師匠の、数少ない見せ場を奪おうとしては」

 

 

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