転生大賢者の冒険   作:怪盗218

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178話 因縁の対決

~~~~ 4年前 定期船(ベンガーナ⇔パプニカ) 航路上 ~~~~

 

 

少し開いた船室の小窓から涼しい風が入り込み、アバンの髪をサラサラと撫でていった。額に玉のような汗を浮かべ真剣な表情で机に向かっていたアバンは身体を起こし、椅子の上で大きく伸びをした。

 

「ふー、ようやく出来ましたね。さしずめこれは『祈りの指輪』とでも名付けましょうか」

 

右手で持ったその指輪を顔の前に近づけ、その出来上がりにアバンは満足した表情を浮かべた。

 

「これは、いつか魔法使いか、僧侶の才能を持った人物を弟子に取った時の卒業のお祝いにちょうど良さそうですね」

 

そう独り言を言いながら、机の横の取っ手に引っかけていた自身の鞄の中に、その『祈りの指輪』をそっと入れるアバン。

 

アバンは、3日前にベンガーナの町でとある娘から見せてもらった、トヘロスの効力を持ったペンダント型の魔道具の事を思い起こしていた。この世界に魔道具は数あれど、宝飾品の形を取った魔道具はアバンの知る限りではあれだけだった。そもそも通常の魔道具は、(コア)となる魔結晶に膨大な術式を刻み込む必要があるため、どうしても小型化が難しく小さな宝飾品の形状をとる事など不可能だった。

 

それをあの魔道具の制作者は、呪文の機能を維持したまま極限まで術式を削ぎ落とす事で、魔道具の小型化を実現させていた。その上、所有者が触れるだけで魔力の再充填を可能とする画期的な術式まで付与して。

 

魔道具に対する深い造詣がそれを可能とした事になるが、アバンにとって最も感銘を受けたのは、その小型化した魔道具を宝飾品へと加工するその発想だった。

 

そんな事を考えていた時、不意にアバンは自身が首にかけた逆三角形のペンダントに意識が向かった。このペンダントは、10年以上前に魔王と対峙する際、母国の姫君が手ずから授けてくれたペンダントだった。ペンダントの名は『カールのまもり』と言い、嘘か誠か装備する者の命を守るという言い伝えが残っていると、その姫君は言っていた。

 

まさか……、という思いが僅かによぎったアバンは自身でも半信半疑の思いで、そのペンダントを首から外し、机の上にそっと置いた。魔道具を宝飾品として加工するという着想を得た事が、これまで意識すらしていなかったその思いつきに繋がっていた。

 

手元のルーペを眼鏡の上に装着し、そのペンダントをじっくりと検分するアバン。ペンダントの中央部には、母国の清廉な空気と水を育む森林を連想させる新緑色に輝く宝石(エメラルド)が埋め込まれていた。

 

……。見たところ、宝石に違和感を抱かせる所はなかった。やはり考えすぎだったか……、とアバンが僅かな失望と共にルーペを外そうとした時、海に面した小窓からそよ風が部屋の中に吹き込んだ。

 

そのそよ風は、船室の壁に掛けていたアバンのマントを僅かに揺らし、マントに付着していたごく小さな綿毛を、アバンの元へと運んだ。

 

綿毛が、机に置いたペンダントの宝石部をそっと撫でて何処かへと飛んでいく。

 

――!

 

その光景を何とはなしに見つめていたアバンは、その瞬間目を大きく見開いていた。それは、綿毛が宝石の表面を撫でた時、僅かに何かに引っかかるような動きをしたためだった。

 

震える手でもう一度ルーペを眼鏡に装着し、その倍率を限界まで上げて宝石をつぶさに観察するアバン。そしてアバンは、宝石の中央部に髪よりもはるかに細い線が長方形の形で薄らと刻まれている事に気がついた。

 

アバンは、はやる心を抑えその細い線上に特殊な薬品を塗る。そして震える手でピンセットを操り、その長方形に囲われた宝石部に触れた。ほんの少しの抵抗の後、四方を線に囲われた部分の宝石が外れた。それはまるで、宝石の奥に存在する何かを守るための蓋の役割を果たしていたかのような、薄く平たい宝石だった。

 

 

 

その薄い宝石で守られた場所には、黒い魔結晶が大事そうにそっと埋め込まれていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「それじゃあ、その時にアバン先生は『身代わりの石』を複製したんですか?」

 

大魔宮(バーンパレス)の本城に向かう通路を駆けながら、俺は隣のアバン先生に問いかけた。

 

「いえいえ、『カールのまもり』に込められていた『身代わりの石』は、そんな1週間程度の船旅で複製できるような代物ではありませんでした。試作品らしきものが仕上がったのは、それよりずっと後。ポップと旅に出る直前でしたね」

 

「俺と旅に出る直前……?」

 

「ええ、ランカークス村の村長、その本当の姿はもうポップなら分かっていますよね? あの方と村長室で魔道具について貴重な談義ができた事で、ようやく『身代わりの石』の完成に目処が着いたんです。それから森の中にあった、使われていない小屋の中で3日ほど製作に取りかかり、どうにか完成させた次第です」

 

……なんと。『身代わりの石』の試作品の完成にサーラさんが関与していたとは……。そう言えばアバン先生、俺と出会った時3日ほど森の中でやる事があるって言っていたが、もしかしたらその間に……。

 

「ただ、一応製作はしたものの、いざという時にその効果をきちんと果たすかどうかまでは分かりませんでした。即死呪文などそうそう受ける事もありませんし、試す事も躊躇しますしね。だからハドラーの即死呪文をポップが受けた時、私は確実に効果を発揮する事が分かっている『カールのまもり』をポップに授けて、私は胸の内ポケットに潜ませていた試作品に一縷の望みを賭けていた、という訳です」

 

「……そう、だったんですか。それで一命を取り留めたアバン先生は、自分の力を鍛え直すために破邪の洞窟に潜っていたと」

 

「じゃあ、私達が破邪の洞窟に潜っていた時、先生はそのずっと先にいたんですね」

 

「そうですよ、マァム。レオナ姫達が上の方の階で大破邪呪文(ミナカトール)を使ってくれたおかげで、最後の戦いが近い事が分かりました。そして、数か月振りに地上に出た私は、破邪の洞窟の側にあった砦に残されていた武具で身の回りを整え、飛翔呪文(トベルーラ)でここにやってきたわけです」

 

「え、じゃあアバン先生は私達があの砦を出発した後、入れ違いのように砦に入ったのですか?」

 

「ええ、どうやらそういう事になりそうですね」と、姫さんの問いに答えるアバン先生。

 

「そしてここ大魔宮(バーンパレス)に到着すると、ポップが何やら無茶な事をしようとしていたでしょう? 驚きましたよ、全く」

 

そのアバン先生の言葉に、先頭を走っているマァムが俺を振り返りギロッと睨んだ。俺はまた説教されてはかなわないと、そのマァムから視線を外す。

 

マァムから視線を外した俺の視界に、黙々と俺達と共に駆けているシグマが映った。あれ、そういえばシグマって何で一緒にいるんだ?

 

「なあ、シグマ。お前、何でまだ俺達と一緒に行動しているんだ? 俺達と敵対しないのはありがたいけど、もうお前は自由に生きても良いんだぜ?」

 

俺のその問いかけに、シグマはチラッとこちらを向いた後すぐに視線を前方に戻す。

 

「私は、ハドラー様からいただいた最初で最後の願いを叶えたいだけだ。それに……(君にはアルビナスの心を救ってくれた借りがあるからな)」

 

「え、何だって? 何か言ったか、シグマ? アルビナスがどうしたって?」

 

最後の方の言葉が聞き取れなかった俺は、シグマに問いかける。

 

「何でも無いよ、ポップ。それより、見えてきたぞ。本城への入口が……!」

 

そのシグマの言葉に、全員が立ち止まり改めて大魔宮(バーンパレス)の中心部に大きくそびえ立つ城を見上げた。

 

「……戻って来たね」と、ダイがどこか遠い目をして上空にそびえ立つ天魔の塔を見上げて呟く。マァムが緊張した眼差しで、「あそこに、バーンが……」と呟いた。

 

以前はいきなりあそこに突入したからこういう風に俯瞰して観る事が無かったが、こうやって外から見るとやはりでかいな。一度はあそこに行ったんだ。ここからあそこに瞬間移動呪文(ルーラ)でいけないかな。俺は目を細めて天魔の塔を見上げる。

 

……駄目か。恐らく俺にしか見えていないだろうが、どういう訳か俺の目には、バーンが張ったと思われる魔力的な移動手段を阻害する結界が天魔の塔を中心に覆っている様子が見えていた。

 

となると、やはり愚直に下から昇っていくしかないか。俺は前方に伸びる1本の通路を見つめた後、背後を振り返った。気づけば、アバン先生も俺と同じ行動を取っていた。俺とアバン先生の視線が交錯した。

 

「アバン先生、ここは俺が――」

 

「駄目ですよ、ポップ」

 

俺の言葉をアバン先生が即座に却下する。

 

「何が駄目なの?」と、分かっていない様子の姫さんが俺達を振り返った。マァムとダイも、首を傾げて俺達を見つめる。

 

「敵陣突入の鉄則ですよ。敵の本拠地に乗り込む時に気を付けなければならないのは、立ちはだかる敵を倒すより、むしろ後続の追いうちを絶つこと……。前方の敵と戦い消耗した時に、後ろから挟み撃ちにあうのが最も危険なのです」

 

「へえーっ……」とダイが感心した声を出す。そうだ、俺もこの教えはアバン先生との1年間に及ぶ旅の間に聞いていた。

 

「……だから隊列を組む時には最前列はもちろん、最後尾にも強力な仲間を付けておかねばならない。……でしたよね、アバン先生。なので、俺がその役割を果たそうと思ったんですが……」

 

そう言ってもう一度俺が提案をしてみるが、アバン先生が首を左右に振る。

 

「ポップは駄目です。あなたはダイと共に、出来る限りバーンに近い場所まで進むべきです。後続の追いうちを断つのは私に任せて下さい。あなたには、あなたにしかできない役割があるはずです」

 

「でも先生。先生の習得した破邪の秘法を最大限に生かすなら、先生は単独行動を取るべきでは……」

 

そんなやり取りをしていると、突然俺達に声が掛けられた。

 

「そういう事なら、私がその殿を務めさせていただこう……!」

 

そう言ったのは、槍の柄をドンッと床に着いて仁王立ちするシグマだった。

 

「私は先ほど君達と行動を共にしたばかりだ。当然、君達がこれまでにしてきたような高度な連携は取れないだろう。それなら私が単独でここに残り、後続の敵を断つ事が最も適していると思われる。アバン殿の意見はいかがかな……?」

 

シグマにはたと見据えられたアバン先生は、少しだけ思案にふけった後口を開いた。

 

「確かにシグマさんの言う通りですね。ですが、回復手段のないシグマさんでは大変な危険を伴う事になりますが、本当によろしいのですか?」

 

「ふっ、危険を伴う事など先刻承知。ハドラー親衛騎団 騎士(ナイト)の名に懸けて、ここから先には敵を1体たりとも通さぬよ……!」

 

「シグマ……」と声を掛ける俺に、シグマは視線を向けた。

 

「ふっ。そんな顔をするな、ポップ。何故私が禁呪法生命体から脱却できたのか、これから長い時間をかけて私なりの答えを探すつもりだ。こんな所で死ぬつもりは無いよ」

 

そこで一呼吸ついたシグマは、ニヤッと悪戯っぽい笑みを顔に浮かべて「それに……」と続ける。

 

「それに、あまり早くあちら側に行くと、彼女から邪魔をするな、と叱られてしまうかもしれないからな」

 

「くくく。確かに」と笑みを浮かべる俺。

 

そして俺達は、シグマをこの地に残し先に進んだ。通路をしばらく進んだところで、危惧していた通り大勢の魔物が突如背後に現れた気配がして、俺は思わず後ろを振り返った。

 

そこには、俺達に背を向け、ただの1匹たりともここは通さないと言う気迫を背中から漲らせている、文字どおりの騎士(ナイト)がいた。

 

「ポップ……」と、俺の肩を叩いたアバン先生を見返し、俺は再び前を向き駆けだした。

 

 

 

 

 

シグマは、遠ざかっていくポップ達の後ろ姿を一瞬だけ振り返り、再び正面を向いた。今、シグマの目の前には魔界の住人とでも呼ぶべき魔物が大挙していた。

 

魔物の一体であるヘルバトラーが、立ちはだかるシグマを嘲笑する。

 

「……グフフッ!! たった一人で行く手を遮るとは……、とんだ馬鹿者だな!!」

 

その声に周囲の魔物達も追随してシグマを揶揄した。

 

「これだけの数を、相手にてめえ1人で持ちこたえられるわけがねぇ!」

 

「今更降伏するって言っても許さねえぜぇ! てめえは裏切り者だろう! 処刑してやるよ、人形!!」

 

人の頭ほどもある鉄球を握った『てっきゅうまじん』のその言葉に、シグマは不敵な笑みを浮かべる。

 

「降伏……? ふふふ。これは異な事を言ってくれる……。私は騎士(ナイト)騎士(ナイト)に、降伏などと言う言葉があろうはずがなかろう……! そして、私はもはや人形では無い! ハドラー親衛騎団 シグマ、その名を忘れるなぁッ!!」

 

そう気炎を上げたシグマは、魔物の集団に突っ込み、その手に握った槍で先ほど自身を侮辱した『てっきゅうまじん』を串刺しにする。

 

「グァアアアーーッ!!」

 

胸から背中まで槍に貫かれた『てっきゅうまじん』が断末魔の悲鳴を上げるが、シグマはその悲鳴を気にもせず、そのまま槍を振って既に絶命した『てっきゅうまじん』を周囲の魔物の群れに叩きつけた。

 

「さあ、来るがいい!! ハドラー親衛騎団の名に懸けて、ここは通さん!!」

 

 

 

~~~~ロロイの谷 祭壇前~~~~

 

ロロイの谷における戦士団と魔物達の戦いは終局に近づいていた。バウスンの巧妙な指揮や、ライオネルやフローラを始めとする各国の戦士団及び冒険者の働きによって、当初戦士団に倍するほどの数だった魔物達はそのほとんどが倒され、五体満足な状態で立っているのはもはや妖魔師団長ザボエラを含む数体という状態だった。

 

開戦当初ロン・ベルクと激しい剣戟を繰り広げていたミストバーンは、とうにその妖魔師団長ザボエラを残して大魔宮(バーンパレス)に帰還している。

 

もはや帰る場所すら無いであろうザボエラを、フローラ達は憐みの目で見つめる。クロコダインが、1人ワナワナと震えるザボエラを見かねて、声をかけた。

 

「……ザボエラ……!! ……もうこうなれば他に手はあるまい! 降伏しろ! このまま大魔宮(バーンパレス)に帰っても処刑される……。かといって、この人数を相手に勝てると思うほどお前も馬鹿ではあるまい!!」

 

しかしザボエラに、かつては共に六大軍団長として肩を並べたそのクロコダインの言葉は届かなかった。逆にクロコダインを嘲笑したザボエラは、周囲にある魔物の死体に向かって光弾を放つ。いや、その光弾は死体だけに放たれたわけでは無かった。瀕死の状態にあった魔物、少ないながらもザボエラを守る様に立っていた魔物達にもその光弾は命中する。

 

そのあまりに非道な行いに、クロコダインが激高する。

 

「きっ……、貴様っ!! 瀕死の部下を皆殺しにするとはっ……!!」

 

「クククッ! 頭の悪い奴には分かるまい。死体でなくてはならんのじゃあ!! この儂の最強兵器の部品(パーツ)は……な!!」

 

「……部品(パーツ)だとッ!?」

 

ザボエラはクロコダインの言葉を無視し、その両手を光弾を受けた魔物の死体達に向け叫んだ。

 

「超魔!! 合成~~!!!」

 

その言葉に、周囲の魔物の死体がザボエラの元へ吸い寄せられるように集まっていく。そして強い光が発した後、そこにいたのは、自身の身体に異形の物体をまるで鎧のように纏った化け物だった。

 

「……これぞ、超魔生物 第2号……。いや、超魔ゾンビと呼んだ方が良かろう! フォッフォッフォッ!!」

 

それは、ザボエラが息子であるザムザの助けも借り、長年研究していた超魔生物の完成形だった。自身の身体に一切のリスクを負わず、他者の生命を取り込むことで完成するその卑劣な思想に誰もが声を失った。

 

ロン・ベルクが、その姿をただのこけおどしと判断し自身の手に持つ剣で切りかかる。しかし、その行為は、ザボエラを取り込んだ超魔ゾンビの体表を傷つける事が出来ず、逆に彼の持つ剣が砕かれただけで終わった。

 

「ヒーヒッヒッヒ! 強烈な一撃をありがとう、ロン・ベルク……! これで結論が出た……。これこそまさに究極の超魔じゃよ……!!」

 

「くっ! ならば、これならどうだ!! ――獣王会心撃ッ!!!」

 

クロコダインが、闘気技の奥義を超魔ゾンビに対して放つ。

 

凄まじい威力の闘気流が超魔ゾンビに直撃する。しかし、その闘気流は超魔ゾンビの体表をさざなみのように震わせるだけで、その衝撃が内部まで達することが無かった。

 

「――なっ!?」と、驚愕の表情を浮かべるクロコダインに、ザボエラが嘲笑する。

 

「……クックック! この超魔ゾンビの身体は死肉の凝縮体! まるでゴムのように衝撃を吸収するのよ! つまり、いかなる武器でも切断は不可能! ……もちろんそれは、閃華裂光拳も同様よ!!」

 

「せ、閃華裂光拳を知っているのか!!?」

 

「当然じゃ、ネズミよ! あの技にはテランでも小娘に煮え湯を飲まされたし、ロモスでも儂のかわいい息子が世話になったじゃろうが。そもそもこの超魔ゾンビの発想は、その閃華裂光拳から来ているのだから、効かないのが当然よォッ!!」

 

「ろ、老師……、あ、いや、じゃなくてビースト君! あいつの言っている事は……」

 

チウに水を向けられた老師改めビースト君は、静かに「まことじゃ……」と呟いた。

 

「……閃華裂光拳の根幹となる過剰回復呪文(マホイミ)は、生体活動を異常促進させて敵を倒す呪文……。既に生命活動が停止しているゾンビには効かないね」

 

そのビースト君の言葉を聞いたバウスンは、「ならば……!」と、全員に指示を発した。

 

「皆、呪文だ! 攻撃呪文で対抗するのだ!!」

 

その指示で、フォブスターやパプニカ魔法兵団達から様々な攻撃呪文がザボエラに向かって放たれた。

 

「よしっ、ならば俺も! 唸れ!! 業火よ!!」

 

クロコダインもその手に握ったグレイトアックスを振るい、火炎呪文(メラゾーマ)にも匹敵する威力の炎が、ザボエラに向かった。

 

「ヒーヒッヒッヒ! 魔法攻撃か! 狙いは悪くないが、それも儂の長年の研究によって解決済みじゃ!! そうら、氷結呪文(マヒャド)!!」

 

超魔ゾンビの体内奥深くにいるザボエラの周囲を取り囲んだ黒い金属物体。それが突如振動と共に光を発し、そこから超魔ゾンビの両の手に繋がっている管を通じて光が超魔ゾンビの体表に発露した途端、氷雪の嵐が発生した。

 

その氷雪の嵐は、クロコダインや戦士団から放たれた火炎魔法を押し返し、逆に戦士団に襲い掛かった。

 

「「「ぐあああーーー!!」」」

 

襲い来る氷雪に、戦士団は苦悶の声を上げた。それは戦士団の中央で指揮を取っていたバウスンも例外では無く、自身を捉えた氷雪により身動きが取れなくなってしまっていた。

 

「くっ! 馬鹿な……!! 超魔生物は呪文を使えないのでは無かったのか!?」

 

ロモスで超魔生物と戦ったポップ達から超魔生物の特徴を聞いていたバウスンが、信じられないとばかりに声を上げた。

 

「クックック! それはいつの話じゃ……? 確かに、研究の初期段階においては超魔生物は呪文が使えなんだ。それは超魔ゾンビも同様じゃ。しかーーし!! 儂はその課題をついに克服したのじゃ!」

 

「克服しただと……!?」

 

「そうじゃ。……ほう、お主のその顔。覚えておるぞ。元リンガイア王国の将軍、バウスンじゃな。クククッ。国が滅びたあの時に死んでおれば良かったものを、無駄に生き恥を晒しおって……」

 

「くっ……!」と、悔しげに顔をゆがめるバウスンを見つめていたザボエラが、思い出したかのように口を開いた。

 

「……そうじゃ、忘れるところじゃった。この課題の克服には、お主の息子にも協力してもらっていたんじゃった。儂は受けた恩は忘れん男じゃからのう。恩返しに、せめてお前の生き恥を注いでやるとしよう。ひと思いに命を奪う事でなぁ!!」

 

そしてズンズンと超魔ゾンビはバウスンの元へ進む。

 

「いけない! バウスン将軍、後ろに下がってください!」

 

フローラの声が後方から飛ぶが、そのバウスンは未だに氷結呪文(マヒャド)の影響によって身動きが取れないままだった。

 

「くっ! 行かせんぞ、ザボエラァ!!」

 

いち早く氷の牢獄から脱却したクロコダインが、バウスン目がけて進む超魔ゾンビの大きな足を掴み、その進撃を食い止めようとする。

 

「武器も呪文も通じぬとあらば、この身をはって倒すのみよっ!!」

 

そしてクロコダインは両の腕から血管が浮かび上がるほどの力を籠め、超魔ゾンビの動きを阻害しようとする。

 

しかし……。

 

「……小さい! 非力じゃのう、クロコダイン! きっと以前の儂は、お前の目から見るとこんな風に見えたんじゃろうのう!」

 

クロコダインの必死の制止をどこ吹く風とばかりに、超魔ゾンビの大きな左腕がクロコダインの身体を一閃しその身体を大地に叩きつけた。

 

「がはぁっ!!」

 

「ギィーッヒッヒッヒ!! いい気分じゃぞいっ!! 巨人の気分というのはなぁっ!!」

 

そしてクロコダインを退けたザボエラは、再びバウスンに目を向けた。

 

「さあ、邪魔者は消えたぞ……! お前の息子に受けた恩、本来なら直接息子に返してやりたかったが、もうあやつは死んでおるからなぁ。じゃが、安心するがよい。儂は義理堅いからのう。あ奴に受けた恩は、父親であるお主に返してやるわい……! キーヒッヒッヒ!」

 

 

 

超魔ゾンビが群がる戦士達を一蹴し、バウスン目がけて突き進む。しかし、突如戦場を見渡す崖の上からよく通る声が戦場を走った。

 

「僕に恩を返してくれるだって? だったら、父さんじゃなくて僕に直接返してもらおうじゃないか、ザボエラ!!」

 

「何じゃと! 誰じゃい!?」とザボエラが崖の上を見上げると、そこには黒い鎧をまとった一人の少年が悠然と立っていた。

 

「誰とは、言ってくれるね。僕に、ザイードという新たな名を与えてくれたのはお前じゃないか! 僕からも、お前に恩返しをさせてもらうよ……!!」

 

 

「お、お前はノヴァ!! それに、その鎧は……!! 生きておったのか、お主ら!?」

 

とっくの昔にノヴァとその纏っていた鎧を廃棄したつもりでいたザボエラは、突如現れた2人に驚愕の声を上げた。

 

 

 

「クロコダインさん、無事助け出されていたようで安心しました。ヒュンケルさんも……?」

 

「ああ、ヒュンケルも無事だ。今頃は、ポップ達とあそこで大暴れしている頃だろうさ」

 

クロコダインは、隣でザボエラに対して剣を構えるノヴァに、上空の大魔宮(バーンパレス)を親指で指し示しながらそう言葉を返した。

 

「そうですか。では、僕達も負けてはいられませんね」

 

「うむ。しかし、ノヴァ。あの姿となったザボエラはそう容易くはいかんぞ……」

 

「ええ、承知しています。僕と、このシーザーは超魔生物に関しては皆さんより多少は知識がありますから」

 

ノヴァは、自身の装備している黒い鎧に一瞬目を落としてそう言った。クロコダインはそのノヴァの様子に、「何か策でも……?」、と問いかける。

 

「策と言うほどではありませんが、シーザーから提案された技があります。……そうだよね、シーザー?」

 

シーザーと声を掛けられた黒い鎧の表面にある獅子の口から、言葉が漏れる。

 

「ああ、俺とお前だからこそ出来る技だ。ノヴァ、お前はもう魔法力はほとんど残っていないだろう? だからお前は、いつものように闘気剣を放つ事に集中すると良い。後は、俺が合わせよう」

 

そのやり取りに、クロコダインは一瞬目を瞬かせた後、豪快に笑った。

 

「がっははは。そうか、お前達は二体で一つと言っても良い奴らだったな。そうか、ならば頼りにさせてもらおう」

 

そんな会話をしている2人に、突如氷結呪文(ヒャダルコ)と思われる巨大な氷の刃が向かってくる。それをノヴァは、手に持った剣を一振りして打ち砕く。

 

「ヒッヒッヒ。……どうやら、本当に生きておったようじゃな、ザイードよ。どうじゃ? 儂の元へ戻って来るなら、儂の部下として使ってやらんでもないぞ? ちょうど、部下のほとんどが死んでしまったばかりじゃからのう」

 

超魔ゾンビは右手の指をノヴァ達に突きつけて、肩を揺らして笑った。

 

「お断りだよ、ザボエラ。僕はこの戦いが終わったら父さんと一緒にリンガイアの復興に力を注ぐつもりなんだ。二度とあんな牢獄に囚われるつもりは無い……!」

 

「ほう、そうかそうか。では、鎧の方のザイードはどうじゃ? この超魔ゾンビの研究は、お前による力も大きいと儂は考えておるのじゃぞ? 今は力を失っておるようじゃが、死肉を喰らえばまた力を取り戻すことも可能じゃろう。儂の元へ戻ってこぬか? ……ん?」

 

そのザボエラの言葉に、ノヴァの纏った鎧であるシーザーは僅かに沈黙した後、その胸部に浮かんだ獅子の口を開いた。

 

「ザボエラ……。確かに俺はあの時盲目的にお前に従っていた。だけど、俺は知らなかった。外の世界の事を。こいつは、ノヴァは一緒に外の世界を見ようと言ってくれた。俺を連れて行ってくれると。……今更お前の元へ降って、狭い世界しか知らずに生きていくのはごめんなんだよ……!」

 

「ぐ、ぐぬぅぅ……! ザムザの代わりに、お前に目をかけてやろうと思っておったのに、相変わらず脳の足りん奴よ……!!

 

「シーザー……」

 

「何を呆けている、ノヴァ。早く闘気を溜めないか。さっさとこいつを片付けて、ポップ達の援護に行きたいんじゃなかったのか?」

 

「ああ、そうだったね……」とシーザーに頷きを返したノヴァは、自身の握る剣に闘気を込めはじめる。しかし、その様子に背後から見ていたロン・ベルクが思わず声を掛けた。

 

「待て、ノヴァ。闘気を込める事で奴を倒せるのであれば、とうに俺やクロコダインが倒せている。闘気剣は奴に通じない……!」

 

ロン・ベルクはノヴァの肩を掴み、無謀な賭けに出る事を諌めようとするが、それをダメージから回復したクロコダインが止めた。

 

「いや、ロン・ベルク殿。この男は、出来もせん事を豪語したりはせぬ。それに、どうやら一人ではなさそうだしな。……ここは()()()賭けてみようでは無いか」

 

「しかし……」と、なおも心配そうな顔を向けるロン・ベルクだが、突如ノヴァの身体から噴き上がった闘気に思わず目を見張った。

 

「心配してくれてありがとうございます、ロン・ベルクさん。でも、クロコダインさんの言うとり、僕は1人ではありません。シーザーが手伝ってくれるのですから、大丈夫です」

 

超魔ゾンビを見つめたままそうロン・ベルクに言葉を返すノヴァ。その身体全体から噴き上がっていた闘気は、次第に彼が右手に握る剣に移っていく。そして、その剣は白く輝いた。

 

「さあ、シーザー。準備出来たよ。次はどうする?」

 

「ああ、そのようだな。では、……氷結呪文(マヒャド)

 

シーザーが氷結呪文(マヒャド)を唱えると、白く輝いていた剣から氷の結晶が次々に吹き出し始める。

 

「闘気剣に、魔法の力が宿ったじゃと! それではまるで、ダイ君の魔法剣と同じではないか!?」

 

バダックが目を向いて驚きの声を上げた。それは、当のノヴァ自身も同じ思いだった。

 

「シーザー、これって……!?」と、自身の右手に握る剣に生じた異変に動揺するノヴァ。

 

「何を驚く? 俺の氷結魔法は、もともとお前から習得した魔法。お前の闘気の性質をよく知っている俺なら、お前の闘気剣に魔法を乗せる事も可能だ。さあ、ノヴァ。準備は整ったぞ。あの男の目に、俺達が到達した境地をしっかりと焼きつけてやろうぜ!」

 

シーザーの言葉に、ノヴァは深く頷いた。

 

「うん、分かった……! ザボエラ! お前は僕がここで必ず倒す! それが、僕なりの過去への決別だ!!」

 

「え、ええい! こけおどしをしおって……! どれほどの威力の攻撃とて、儂の超魔ゾンビの肉体を貫く事などできぬわ!! そら、もう一度喰らえい、氷結呪文(マヒャド)!!」

 

 

「邪魔はさせん! ――獣王会心撃!!」

 

「まぞっほ殿! ――火炎呪文(メラゾーマ)!!」

「おうさ! ――火炎呪文(メラゾーマ)!!」

「私も忘れないで!  ――火炎呪文(メラゾーマ)!!」

 

ザボエラが放った氷結呪文(マヒャド)の氷雪の奔流を、クロコダインの放った闘気流が迎撃する。同時に、フォブスターの合図でまぞっほが、そしてエイミも新たに習得した火炎呪文(メラゾーマ)を放った。

 

クロコダインの闘気流は、彼らが援護として放った火炎呪文(メラゾーマ)も取り込み、荒れ狂う炎の竜巻と化していた。

 

氷雪の嵐と炎の竜巻が激突し、途端に周囲に濃い水蒸気が発生する。

 

「グ、ググググ……。おのれー、雑魚共が儂の邪魔ばかりしおって……! ――!?」

 

クロコダイン達の思わぬ反撃に毒づいていたザボエラの直上に突然影が差した。思わず顔を上げる超魔ゾンビ。そこには、冷気を放出しながら白く輝く剣を振りかぶったノヴァがいた。

 

「――ザボエラ! これでっ! ――オーロラ・グランブレード!!!」

 

「――!」

 

ノヴァの振り下ろした剣から闘気と冷気が同時に迸り、超魔ゾンビの肉体に襲い掛かった。死肉を使用しているがゆえにその高い弾力性が武器であった肉体は、冷気によって瞬時に凍り付きその優位性が消える。

 

氷結した超魔ゾンビの肉体を、鋭利な刃と化した闘気剣が頭部から唐竹割に切り裂いていく。そして、ノヴァが両手に握りしめた白い刃の切っ先は、超魔ゾンビの肉体の奥深くに鎮座していたザボエラにも届いた。

 

「ヒ、ヒィィィーー!!」

 

超魔ゾンビの分厚い死肉を左右に切り分ける様に両断していく中で、とうとうその姿が露わになったザボエラ。いつ以来だろうか。ノヴァとシーザーが直接ザボエラの姿を視認するのは。ノヴァの両の目と、漆黒の鎧の胸部に浮かぶ獅子の双眸から、ザボエラの身体を貫くような鋭い視線が飛んだ。

 

「これで終わりだぁぁーーー!!」

 

ノヴァは剣の勢いを全く減ずる事なく、そのまま恐怖におののいているザボエラに剣を振り切った。ザボエラの頭部から股にかけて真っ直ぐに一本の白い線が走る。

 

「ア、 アアアアーーー!! ガ、ガフッ!! わ、儂がこんな、こんな所でーーー!!」

 

ノヴァと彼の纏う鎧に、ザボエラの身体から吹き出した青い血が降りかかった。

 

それは、800年以上を生きた魔族の最後の断末魔の叫びだった。

 

 

 

「ノヴァ……。よくやったな」

 

リンガイアから連れて来ていた戦士団だけでなく、多くの仲間達から手荒い祝福を受ける息子を見つめて、バウスンは目を細めていた。

 

そんなバウスンに、ロン・ベルクが「大したものだな……ご子息は」と声をかける。

 

「いえ、そんな……。息子の纏っているシーザーという鎧の力でもありますから」

 

「ふっ。その鎧の力も含めてご子息の力だよ。回り道をしたのかもしれんが、彼の辿って来たこれまでの苦難の経験があってこそ、あの鎧もご子息の力となっているのだ。素直に褒めてやると良い」

 

そう言って下がっていくロン・ベルクにバウスンはそっと頭を下げ、再び息子の姿をその視界に収めた。

 

気の荒い戦士達に頭を小突かれ、自由奔放な女冒険者達から熱い抱擁を受け、しどろもどろしている息子には、もう故国を守る事が出来なかった後悔で暗い影を落としていたいつかの姿は見受けられなかった。

 

バウスンの耳に、「北の勇者、万歳!」と息子を称える声が聞こえていた。

 

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