side メルル
チッチッチッチ……。
鳥の鳴き声で、私は目が覚めた。部屋にはベッドが2つ横に並んでいる。1番窓際にある私の眠っていたベッドからは、外の景色がよく見える。庭木の枝に止まっている小鳥が先ほど鳴いていた鳥だろうか。上半身を起こした私は、外の景色に目を向けながら、まだ少し寝ぼけた頭で昨日のことを思い出していた。
ここは、教会の中の一室だ。昨日、私とおばあ様はそのまま教会に泊まらせてもらった。
あの後ポップさんはご両親と一緒にご自宅に帰って行った。ポップさんのご自宅はこの村で武器屋を営んでいるらしく、私にいつでも来ていいと言ってくれた。
でも、私は話しかけてくれるポップさんの顔を恥ずかしさで見ていられず、きちんとお返事が出来なかった。
「はー……」
ポップさんに嫌われなかっただろうか? 不安にかられた私は、思わずため息が出た。
おばあ様には、あの後すぐに、ポップさんに拾ってもらった薬の入った袋を渡している。これでおばあ様の具合も良くなると良いけれど。
「メルル、早いね。もう起きたのかい?」
隣のベッドで眠っていたおばあ様が、体を起こして私に声をかけた。
「おはようございます、おばあ様。お体の具合の方はどう?」
「ああ、おはよう。体の方は、昨日メルルが薬を取り返してくれたのを、直ぐに飲んだから大丈夫だよ。心配をかけて済まなかったね」
おばあ様ったら、あの薬を取り返してくれたのはポップさんなのに。でも良かった。元気になってくれたみたいで。
「今日はどうするんですか、おばあ様? しばらくこの村に滞在するのですか?」
私はそうだったらいいなと思って、おばあ様に聞いてみた。
「ああ、この村の人達にはお世話になったからね。少し長居をして、商いをしてみようと思っているよ。そうさねー、2週間くらいでどうかね」
「私は、おばあ様の言う通りでいいですよ。じゃあ、泊まるところを探さないといけませんね」
私は、本当の気持ちとは裏腹に、おばあ様に返事をした。2週間……。本当はもっとこの村に留まっていたい。
「ああ、それなんだがね、この村にいる間は、神父様の厚意でこの部屋を使わせてくれるそうだよ。それで、メルルさえ良かったら時間のある時にこの教会で行う施療を手伝って欲しいってさ。メルルはそれで構わないかい?」
「私は構いません。今日からですか?」
「いんや、3のつく日と言っていたから、明日じゃないかね。メルルも、今日はゆっくりすると良いよ。私も村をぶらぶらしてみるつもりさ。なんなら、昨日世話になったポップとやらの家に行ってみるのもいいんじゃないかい?」
ポップさんの名前を聞いて、私は顔が火照ってしまった……。そんな私を、おばあ様が穏やかな表情で見ていた。
「……でも急にお伺いして、お邪魔に思われないかしら?」
私は少し不安を感じて、おばあ様に聞いてみた。
「構わないさ。メルルは、もう少し積極的に行動した方が良いんじゃないのかい?」
そうなのかな? よく分かりません。でも、私もポップさんに会いに行きたかったので、おばあ様の提案に従ってみることにしました。
「分かりました、おばあ様。それじゃあ、後で行ってみますね」
「ああ、そうしてごらん」
私とおばあ様は、教会でマイル神父様とマリーさんと一緒に朝食をいただいた。その後、私はポップさんのご自宅に行ってみることにした。この教会からだと、歩いて20分ほどの距離らしい。
教会を出た私は、見慣れぬ街並みをきょろきょろ見回しながら、ポップさんの自宅を目指した。
いくつかの曲がり角を曲がり歩いていくと、通りの先に武器屋の看板を掲げた家が見えてきた。良かった。マリーさんが丁寧に教えてくれたおかげで、どうにか迷わずに着いたみたい。
私は、武器屋の前で少し深呼吸をした。それと、ちょっとだけ身だしなみを確認した。昨日はぼろぼろの姿を見られたから、今日は少しでも良い印象を持ってもらえると良いなと思った。
そうして、最後にもう一度深呼吸をした私は、武器屋の入口の扉を開けて中に入ってみた。
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俺は、今日は武器屋で店番をしていた。
昨日の戦いで魔力を使い切った俺は、一晩しっかり休んだことで魔力は回復したが、疲労まではなかなか回復しなかった。ただこれはどちらかというと、肉体的疲労と言うより、精神的疲労の方かもしれない。昨日のライオンヘッドとの命のやりとりで精神的に疲れ切ったって気がする。
だから今日は、エウレカの里に修行に行くのをやめて、午前中だけ父さん、母さんの手伝いをすることにした。午後からはルッツ達と遊びに行く約束をしている。疲労はあるが、子供同士の付き合いも大事だからな。
今、俺は買い物に行っている母さんの代わりに武器屋のカウンター内に座って店番をしている。父さんは隣の工房で剣を打っているはずだ。時折、カン、カンと剣を鍛える音が聞こえてくる。
店を開けて1時間ほど経った。今日はまだ客が来ていない。暇だな……。俺はそう考えながら、カウンターの上に肘をついて顎を乗せた体勢のままぼけーと過ごしていた。
チリン、チリン。
不意に扉が開き、同時に鈴の音が店の中に響いた。この鈴は、前世の知識を元に俺が付けたんだ。まだ他の店には普及していないけど、父さん、母さんにはお客さんが来たら直ぐに分かると評判が良い。咄嗟に俺はお客さんだと思い、姿勢を正して「いらっしゃいませ」と声をかけたが、現れたのは、昨日出会った女の子、メルルだった。
「こんにちは、ポップさん。昨日はきちんとお別れの挨拶も出来ずに失礼しました。改めてきちんとお礼をしたいと思って来たのですが、……ご迷惑だったでしょうか?」
少し不安そうにメルルが俺にあいさつした。迷惑だなんてとんでもない。ていうか、メルルってお人形さんみたいにかわいい子だな……。昨日は薄暗い森の中で出会ったし、その後も戦闘やら疲労やらで、ゆっくりメルルのことを見れていなかった。
今日初めて、明るい日の光の下でメルルを見て、かわいい子だと改めて思った。流れるような黒色の髪、吸い込まれそうな漆黒の瞳、俺はその姿に思わず息をのんだ。
「あの……、ポップさん?」
はっ、いかんいかん。つい呆然としてしまった。
「あ、ああ。ごめんメルル。あんまり昨日と印象が違うからびっくりしちゃった。迷惑なんてとんでもないよ。いらっしゃい、メルル。よく来てくれたね。お婆さんの具合はどう?」
「はい、おかげさまですっかり良くなりました。ポップさんには本当に感謝しています。本当にありがとうございました。」
「もうそれは良いよ、メルル。昨日も言ったけど、僕がしたくてした事だから。でも、お婆さん体がよくなって良かったね。メルル達はしばらくこの村にいるの? 泊まるところは決まった?」
「はい、2週間ほど滞在する予定とおばあ様が言っていました。その間、私たちは神父様のご厚意で教会に泊まって良いと言ってくださったので、そちらでお世話になるつもりなんです」
そうか、2週間か。これは彼女達にとって長い方なんだろうか、それとも短い方なのかな? いずれにしても、原作でも彼女達は世界を転々としていたようだ。こんな小さな体で大変だな。俺に何かしてあげられることがあると良いんだけど。
「そうなんだ。2週間か。残念だけど、世界を旅している占い師だもんね。仕方ないんだろうね」
「はい、でもそれでも長くいられる方なんです。……あのー、ところでポップさん。私のこと、昨日と印象が違ったって言われていましたけど、そんなに違いますか?」
「ははは、そりゃー違うさ。だって昨日のメルルは出会った時、頭に枝とか葉っぱとかが突き刺さってた状態だったもん。」
「え! ほ、本当ですか!?」
メルルは、真っ赤になって、手をわたわたと動かしている。
「ははは、ごめんごめん。冗談だよ。さすがにそんなことは無かったよ」
俺が嘘だよと伝えると、「え、冗談? ……! ポップさん、ひどいです!」と言って握った手を上下に振りながら俺に怒ってきた。
俺がごめん、ごめんと笑いながら謝っていると、母さんが買い物から帰ってきた。
「あら、ずいぶんと楽しそうね。まあ! メルルちゃん、いらっしゃい。どう、具合悪くなってない?」
母さんが、にこやかに笑いながらメルルに声をかけた。
「はい、おば様。あ、お邪魔しています。昨日は大変お世話になりました。祖母も、お礼を言っていました」
「良いのよ~。この村で起こったことなんだから、私達にも責任の一端はあるわ。それより、今日はポップを遊びに誘いに来てくれたのかしら?」
「え!? あ、そ、そう言うわけでは無くて、わ、私はただ昨日のお礼を言いに……」
メルルがごにょごにょと言いよどんでいると、母さんは「せっかく来てくれたんだし、一緒に遊んできなさいよ。ポップは確か午後からルッツ君達と遊ぶ予定じゃ無かった? メルルちゃんも誘って一緒に遊んできたらどう?」と言った。
「ああ、そうだね。メルル、一緒に遊びに行かない? それとも、昨日の件で疲れてる?」
「い、いえ! 大丈夫です。お婆さまからも今日は自由にしたら良いと言われているので……」
「じゃあ、決まりだね。あ、母さん。メルルの分のお弁当もお願いできないかな?」
「もちろんよ。メルルちゃん、ちょっと待っててね。直ぐに用意するわ」
「そ、そんな……。わ、私は良いです。ご迷惑を……」
「あら、1人分作るのも2人分作るのも同じよ。子供が遠慮なんてするもんじゃ無いわ。ちょっと待ってて」
そう言って母さんは自宅の方に入っていった。メルルは、申し訳なさそうにあわあわしている。
「ねえ、メルル。僕はまだこの村以外の村や町に行ったことが無いんだ。良かったら他の町がどんな様子か教えてくれない?」
「え、は、はい。そんなことで良ければいくらでも……」
それから俺とメルルは、母さんがお弁当を2人分作ってくれるまで色々な話をしていた。
ランカークス村の北西には少し小高い丘が広がっている。丘の上には木々も繁茂しているが、東の大森林ほどではなく、魔物も出没しない。村から丘に行く道は一本道の上り坂になっていて、ときおりこの道を馬車が通るためか道が踏み固められていて、とても歩きやすい。
その道を俺は今、メルルと2人で歩いていた。
「この先に何があるんですか、ポップさん」
「ふふ。それはたどり着いてからのお楽しみさ」
俺は、この先に何があるかメルルにはまだ言っていない。メルルは興味深そうに周りの景色を眺めながら、俺の隣を歩いている。
「そんなことを言われると、ますます気になります……。あっ、ポップさん何か見えてきました」
俺達は、丘を少し上がったところにある開けた場所にたどり着いた。まだルッツ達は来ていないようだ。今、俺達の目の前には、楕円形をした大きな池が広がっている。今日はいい天気だから池の表面に空の雲が反射していて、とても綺麗だ。
「……こんな所に池があったんですね。すごく大きい。ポップさん、ここが来たかった場所ですか?」
「そう、ここだよ。この池は、ため池って言ってね、村の東を流れているセーヌ川の水位が低くなって水が取水できなくなってきたら、使用する池なんだ」
この時期は川の水位が高いから、この池の水も使用されずに沢山溜まっている。
「おーい、ポップー。ずいぶん早いな。店番は良かったのか?」
俺がそんな会話をメルルとしていると、ジーンの声が聞こえてきた。どうやら皆も来たようだ。
「ポップ、久しぶり。そちらの子はどうしたの?」
「ポップ君、こんにちは。わっ、かわいい子。ねえ、ポップ君、私達にも紹介してよ」
いつもの3人組が、池の側にいる俺たちの側にやってきた。
「ああ、この子はメルルって言って、2日ほど前からランカークス村に滞在しているんだ。昨日ちょっと知り合いになってね、まだしばらく村に滞在するっていうから、今日一緒に遊ぼうと思って声をかけたんだ。皆、宜しくね」
「あ、わ、私、メルルと言います。ポップさんには、とてもお世話になっています。今日はよろしくお願いします」
「俺、ジーン。なんだよ、硬いな! もっと適当で良いよ! よろしくな!」
「僕はルッツ。ポップの友達なら僕たちの友達も一緒だよ。よろしくね」
「私はライカ。女の子同士仲良くしようね。あ、私の家食堂をやってるから、良かったら今度来てね」
うん、メルルはちょっと人見知りするかなと思ったけど、3人組がぐいぐい来るからか、うまくなじめそう。良かった、友達が増えて。
「それより、ポップ。早速頼むよ。俺、昨日から楽しみで楽しみでなかなか寝られなかったんだぜ」
「ああ、分かっているよ、ジーン。それじゃあ、早速始めるから皆ちょっと後ろに下がってて」
俺の言葉に、何をするのか分かっている3人組は、少し池から距離を取る形で俺の後ろに下がった。
「メルルちゃん、こっちこっち。そこにいたら危ないよ」
「え……、あ、は、はい。……あの、一体何が始まるんですか?」
3人組の元に移動したメルルがライカに訪ねている。
「今からね、ポップ君がこの池を凍らせるの」
「えっ!? そ、そんなことできるんですか?」
俺は、そんな後ろから聞こえるやりとりから意識を離し、前の池に対して集中した。そして、右手を池の方に突き出した。
「じゃあ、始めるよ。……
俺が、
「ふー、出来たよ。アイスリンクの完成だ!」
俺は後ろを振り返り、皆にそう声をかけた。
「やったぜ、ポップ! 早速滑るぞー!」
「ありがとう、ポップ。あ、ジーン! 久しぶりだから、最初はゆっくり始めないと危ないよ!」
「やったー! さ、メルルちゃんも滑ろう! ……あ、メルルちゃんのスケート靴って、あるのかな、ポップ君?」
「ああ、家から予備をメルルの分って事で持ってきているよ。でも、メルルは初めてだと思うから、最初は僕が教えるよ。ライカは先に皆と滑っておいでよ」
「分かったわ。じゃあ、メルルちゃん。後で一緒に滑ろうね」
そういって、ライカは先に池に向かった2人を追いかけていった。
「あ、あの、ポップさん。滑るって一体? そ、それにこの氷一体どうやって?」
「ああ、池の水の表面を、氷結魔法で凍らせたんだよ。理由は、このスケート靴を履いて、氷の上を滑るためさ」
「氷の上を滑る? それは一体……」
「まあまあ、まずはこの靴を履いてごらんよ。その後は、僕が手を引いて滑り方を教えるからさ」
俺は、まだよく理解できていなさそうなメルルに、とりあえずスケート靴を履かせて、手を引きながら凍った池の上に連れて行った。
「……あ、あのポップさん、……これ、すごく怖いです! ぜ、絶対に手を離さないでくださいね!」
「もちろん。絶対に手を離さないから安心して。ほら、3人を見てごらん。あんな風に滑るんだよ」
3人は昨年も滑っていたからか、上手に滑っているようだ。あ、ジーンが転んだ……。ジーン、スピード出しすぎなんだよな。
「すごい、皆さん。あんなに上手に……。……私、できるかな?」
「大丈夫だよ。メルルもちょっと練習したら、直ぐに上達するよ。さあ、まずは右足から出してごらん……」
俺はメルルを励ましながら、滑り方を教え始めた。メルルは俺の両手をかたく握りしめ、俺の言うとおり、ちょっとずつ滑り始めた。
それから30分ほどが過ぎた。
「ポップさん、見てください! 私、1人でも滑れるようになりました!」
メルルが俺に笑顔を振りまきながら、目の前を滑っていく。うん、やっぱりメルルは運動神経が良い。旅慣れているからか、華奢な外見に似合わず、意外に足腰がしっかりしている。俺が教え始めて、あっという間にここまで上達した。
「すごい、メルルちゃん! もうそんなに滑れるようになったの!? じゃあ、こっちにおいでよ。一緒に滑ろう!」
「はい、今行きます!」
ライカの誘いに、実にうれしそうに返事をして、池の中央の方に滑っていく。もう1人で大丈夫そうだな。そう判断した俺も、メルルを追って池の中央に向かった。
結局、お昼休憩を挟んで俺達は、日が傾くまでスケートを楽しんでいた。3人組はもちろん、メルルもとても楽しそうに滑っていた。この世界、娯楽があまり無いから、こういうのって楽しいんだろうな。とても良い笑顔だった。
スケートを始めたのは昨年からだ。父さんに人数分のスケート靴を暇そうな時に頼んで作って貰った。俺の作った氷は、魔力の込め具合に応じて1度作れば長期間維持することが可能だ。
さすがに真夏とかになると早くに溶けてしまうが、これから寒くなるこの時期、一度製作すると、1シーズン中は余裕で持つ。今日はつまり、スケートシーズンのオープン日だったって訳だ。
「ポップさん、今日は誘ってくれてありがとうございます。私、こんなに楽しかったの初めてです」
メルルは、とても楽しかったらしく、満面の笑みで俺にお礼を言った。
「喜んでくれて良かったよ。この村にいる間、また滑ると良いよ」
「うん、また一緒に滑ろうよ、メルルちゃん。私もメルルちゃんと滑るの、とっても楽しかった」
「はい、是非!」
ライカとメルルもとても仲良くなったようだ。子供は本当に友達を作るのが早いな。
「あ、メルル、教会に着いたぜ」
「あ、はい。皆さん、今日は本当にありがとうございました。また良かったら誘ってください」
「ああ、この村にいる間はいつでも遊ぼうぜ」
「うん、また遊ぼうね、メルル」
「メルルちゃん、またね」
「メルル、僕も今度教会に様子を見に行くよ。また一緒に遊ぼう」
俺たちはメルルと別れ、それぞれ家路についた。